集合の際に毎回遅刻してしまう現象についてだが本当にハルヒは時空でも歪めているのかもしれない。
とでも思っていなけりゃあそこまで遅刻し続けることに対する納得がいかないからだ。
そういや俺とハルヒが一緒に集合場所まで行けば俺がビリにはならない理論は未だに実践できていない。
これもあいつの能力が関係しているかもしれないと思うとぞっとするが。
要するに今日も今日とて俺が駅前集合のビリと化しているわけだ。
「あたしそろそろあんたに勲章でも用意しようかと思ってるんだけど」
俺が到着してからすぐさまジト眼に切り替わったハルヒがこんなことを口にした。
どんな勲章かは知らんが誉れある状況に俺が置かれているかといえば違うので不名誉な勲章に違いない。
もし俺を"遅刻大魔王"と呼ぼうと思っているのならばそれは全くの見当違いであり、何故ならば俺は設定時刻には間に合っているからだ。
「勲章なんかいらないから恩赦をくれ、罰金制度を回避するためのな」
「なんであんたにそんなものをあげないといけないのよ。条件はみんな同じなんだからあんたが遅刻しなきゃいいだけじゃない」
だから定刻通りにただいま参上しているから俺は遅刻ではない、と言いたいところではあるが今更意見しようが変わらないことなどわかりきっている。
同じことを何度も言うのは無駄であり、無駄だから無駄な行為は嫌われてしまうのだ。
「……善処しているんだがな」
曲がりなりにも山を往くというのに女子三人は大自然を舐めきった私服姿を見せていた。
長門にいたってはいつものセーラー服にダッフルコートを羽織っただけという有様。
古泉が持たされている二本のシャベルから察するに作業は男子のみで行わせるつもりなんだろうよ。
ここであらかじめ結論を述べておくがハルヒが期待しているようなお宝やら遺物やらの類は一切出土しなかった。
半日がかりの山狩りも、まさしく骨折り損のくたびれ儲けなうちに幕を閉じたのだ。
「では参りましょう」
添乗員さながらな古泉のけん引によってやってきたのは駅前バスロータリーで、はたしてスコップを持った野郎二人と女子三人が立ち並ぶ姿は異様な光景なのだろうか。
それから小一時間ほどバスに揺られて降車するといかにもな緑一色の世界と化していた。
これで市内だってんだからやはり俺たちの町など単なる片田舎でしかない。べつに都会っ子がどうこう言いたいわけではないがな。
降りたバス停で団員一同に向き直ったハルヒは念押しするかのように。
「いい? 家に帰るまでが宝探しなんだからね」
お決まりの台詞を吐いてくれたが帰宅の最中に宝が見つかってくれるほど世の中に夢や希望があるわけもない。
かくしてSOS団ご一行は宝探しとは名ばかりの遠足へと駆り出されることとなった。
目的地である鶴屋家が私有する某山はよほどのことでも起きない限り遭難などしようがない規模の山で、山頂まで半刻ほどで到着できたことからおおよその大きさは察しがつくだろう。
ちなみにここらは他にも山があり、小学校の遠足で行ったような覚えがある。
「適当にガンガン掘っちゃって」
登頂早々に丸投げするハルヒだが、言うは易し行うは難し。ついでに地面も硬かった。
古泉を生き埋めするための穴ならいくらでも掘ってやるのに生憎と今回は実体さえ不透明な宝を探し当てるのが狙いなのだ。
オーパーツや金銀が出ようが構わないが白骨死体なんぞ掘り当てた日には厄介なことこの上ないので何も出ないのが平和に違いない。
曲がりなりにも私有地で、穴を開けてそのままというわけにもいかないので一旦辺りを穴ぼこだらけにしてから再びその穴を埋めるという無意味な行為をひとしきり繰り返して山頂の探索はあっという間にほぼ完了。
ハルヒは見事なまでの不作ぶりに晴れやかな面持ちではないようで。
「お宝を見落としてるんじゃないの」
「だったらお前もやれよ」
「シャベルが二本しかないから無理よ。力仕事は男子の仕事でしょ」
女性の社会進出などこいつにとってはどうでもいい話に違いない。ともすればこいつはそんじょそこらの男よりも男らしい女だからな。
だいたいシャベルが二本しか用意されていないのも自分が掘らなくていいようにするための手回しに違いない。
これでかわいくなかったら誰があんな女を好きになるのやら。言ってて悲しくなってきたぞ。
木陰で小休止をしていると朝比奈がやってきて紙コップを手渡してくれた。中身はホットティーで、未だ寒いこの季節には甘味が五臓六腑に染み渡るありがたさだ。
「お疲れ様です。ほんとはあたしも手伝ってあげたいけど、あたしがやると余計に時間がかかっちゃいそう。ふふ」
こんな言葉をかけてくれるだけ野次を飛ばすハルヒや無言の置物と化している長門よりは幾分か良心的である。
未来のゴタゴタを持ちこんでくるおかげで差し引きゼロとなっているのでそれ以上でも以下でもないが。
「もう少し暖かかったらよかったんだが」
「二月ですからね。でも春はすぐそこですよ」
そう言った朝比奈の視線はどこか遠く彼方を見据えているようでもあった。彼女の高校生活はあと一年だ。
いったい何故彼女は二年生という設定でこの時代にやってきたのだろう。ハルヒがそう望んだからなのか。
ハルヒの無意識とはなんなのか。本当に神がサイコロを振らないのならば朝比奈が上級生である事実にも意味はあるのか。
異端者三人の誰にもあいつの秘めた力を推し量ることはできないのだから一般人の俺にわかるわけがなかろうて。
――未来は今から地続きにならない、時間とはそれぞれが区切られた瞬間そのものである。
と、未来人たちは考えていらしく朝比奈みくるも同じ考えを持っているそうだ。
しかしながらそんな考えは俺にとっては時間という概念そのものを覆しかねないトンデモ理論だ。
今というこの瞬間は新鮮そのもので、俺が死ぬその時まで今は新鮮であり続けるに違いない。
だが過去は過ぎ去ったものであり、戻ることも取り戻すことも永遠にできない。
「……はぁ」
これが俺たちの常識なんじゃないのか。時間は人間の造り上げた社会生活を営むための都合のいい指標かもしれないが、実際に物理的な運動がこの世に存在している以上、時間の可逆性はさておき時間に方向性があるものだと考えるのが自然だろ。
ならハルヒ、お前はどう考えているんだ?
「そろそろお昼にしましょ。みくるちゃん特製のお弁当をタダで食べさせてあげるんだから泣いて喜びなさい」
俺はまさかハルヒ相手に時間について議論するわけもなく、午前中の捜索が打ち切られると団長からお昼の号令が発せられた。
そう言う自分は泣いて喜ばないのかと思いつつウェットティッシュで手を拭いてハルヒが用意してきた赤黒チェックのレジャーシートの上に全員でしゃがみこむ。
朝比奈が手作りしてきたサンドイッチやらおむすびやら弁当箱につまったおかずの数々やらはたしかに人によっては泣いて喜ぶような代物だ。
「美味しいですね。いや、申し訳ありませんが僕は常套句しか述べられませんよ」
服装が土汚れてさえいなければそのままCMにも出られそうな爽やかスマイルでツナサンドを口に入れる古泉。
ハルヒと長門は相変わらずの健啖家ぶりを発揮し、このことを見越してか昼食の量は五人にしても多めに用意されていたに違いない。
朝比奈が持ってきていたバスケットの中身がすっからかんになってしまうことだけは揺るがぬ真実だろう。
「ここ今度の映画撮影で使えそうよね……うん、山での死闘って感じで。時には美少女だって汗臭かったり泥にまみれたりしていいの。画面の中限定だけど」
思い返せばこの日のハルヒはみんなで山に遊びに来たこと自体を楽しんでいるような感じであった。
昔のハルヒなら連休全部を費やしてでも山を更地に変えるぐらいにシャベルを振り回していたはずだ。
これも時間の流れによってもたらされた変化で、ハルヒが変化しつつあることは決められていたことなのだろうか。
俺はいい傾向だと思っているが、悪い傾向だと思っている奴だって少なからずいる。朝倉はどっちなのやら。
「……」
長門はどうして年中セーラー服なのかと考えているうちにお弁当はいつの間にか消えてしまっていた。
数十分のお昼休憩を挟んで――休憩といっても女子は何もしていないが――再び山の地面を掘る作業に戻る俺たち。
「涼宮さん、山頂の捜索はもう充分かと思われます。ここは別の場所を当たってみる方がよろしいかと」
などといった作戦参謀のような古泉の進言により、一同は山を少し降りてそこそこ開けている空間へとやってきた。
地中に埋まっている宝を埋めるには木々のあるところでは無理なので木のないところを探せば宝も見つかるという寸法だ。
さて、俺はなんとなく察しがついたが午後の部で俺たちが当たった場所はつい昨日に俺が石を動かした場所であり、早い話がハルヒに何かが見つかってほしくないから俺は鶴屋山に不法侵入させられたってわけか。
「ここも見つかんないわね。……うん、今日はもう終わりにしましょ」
一片の可能性としてランダムに掘り当てた先にハルヒが言うところの宝があったかもしれないが石が元々あった場所は長門が陣取っていたのでその可能性も潰えた。
かくして収穫ゼロの宝探しは終わりを告げてくれたのだ。ま、俺たちが探すのは不思議であって宝ではないということだろうよ。
若干の疲労を覚えつつ下山した俺たちはそのまま帰路につくこととなった。
「こっちよ」
登りと違うルートを辿って下山すると、なんと北高の通学路付近の道路に出てきた。
これなら駅前集合でなくて直接山に向かった方が良かったのではないか。バスに乗らずに済むわけだし。
何が悲しくてたまの休日に通学路をなぞらなければならないのかと思いつつ坂道を下っていると横の野郎が。
「そちらの首尾はどうですか?」
「オレに聞くなよ」
「長門さんに伺うわけにもいきませんので」
何故だ。どうせ古泉は長門の部屋にもう一人の朝比奈が仮住まいしていることも知り得ているのだから俺より長門に聞くべきじゃないか。
その旨をずんずか坂を下って行くハルヒと朝比奈の耳に入らぬよう小声で述べると。
「僕はあなたほど身軽な立場ではないのですよ。長門さんと僕との間にはSOS団の団員同士であるという以上の関係性はお互い望めないでしょうね」
「お前さんは去年の暮れにオレたちが運命共同体だとか言ってたと思うんだけどよ」
「主張を曲げるつもりは毛頭ありません。あくまでケースバイケースということで」
こいつも相当に身軽な野郎に思えるのだがはたして俺の認識は間違っているのか。
ところで話は一転するが人間の脳は結構スゴい。睡眠のメガニズムもそうだが空間認識という部分において脳は真価を発揮する。
例えば目の前で風船が破裂したとして、その弾けとんだ風船と破裂音が同時にあったものだと人間の脳は認識する。
事実として同時にあったという点では正しいのだが、音速で伝わる音と光速で伝わる視覚情報とでは本来人間に届くまでズレが生じるはずだ。
つまり毎秒三十万キロで進む光速の方が圧倒的に音速より早いので破裂してから音が聞こえるというズレがあるのだが、偉大なことに人間の脳は音速を優先して認識するように処理されており、それから受け取った視覚情報に照らし合わせるというプロセスを経ているおかげで我々が見られる世界は常にタイムリーな光景でいられるというわけだな。
「はっ、ケースバイケースなんて都合のいい台詞だな」
「おっしゃる通りですよ。僕とて自分の立場を恨めしく思ったことなど何度もあります」
思うに森や山に行った時に人間が味わう解放感や安らぎというのは脳が処理する情報が都会の景色のそれと比べて単純なものだからではなかろうか。
俺の勝手な解釈だが、狭いところにいても何故か落ち着くのだって同じ理由で説明できるから多分そうだ。
なんて取り留めのないことを考えている俺はきっと古泉の何倍も気楽な人種なんだろうよ。
「最近わかったんだがな、長門だってコミュ力は無きにしも非ずみたいでよ、朝倉よりはまだ友好的だろうぜ。だからお前があいつに話しかけても何かしらの反応はあるだろ」
「なるほど、心得ておきましょう」
ただ、何事にも優先順位があればいいかといえば得てしてその限りではないということだ。
やがて急こう配の坂道を下り終え、分かれ道に差し掛かるとハルヒが思い出したかのように。
「明日は市内の不思議探索をするから、また今日と同じ時間で駅前集合よ」
明日こそは罰金を回避したい。なるべく自分の実力でもって、だ。
俺がビリなのをいちいちハルヒのせいにしていては俺は何も成長しない。
価値のあるものは精神の成長だとかどっかのスカイフィッシュ愛好家が言っていた気がする。
「あんたは今日の分の罰金は明日の朝に持越しね。明日ビリの人はお昼を奢ってもらうわ」
今日は喫茶店に行ってないので持越しらしい。ジーザス。
俺の財布がお札に書かれた著名人の顔を忘れつつあるのが昨今の現状さ。
ちくしょうめ。『機関』から俺に援助金の一つでも寄越しやがれってんだ。
ハルヒは俺の苦しみなど知らぬ存ぜぬどこ吹く風といった様子で。
「もちろん、来ないと死刑だから!」
処刑方法さえ明かさぬままに穏やかじゃない決め台詞を吐いたあと、マンUの応援歌を口ずさみながら一人住宅街に消えていった。
そしてやれやれ俺は今日も今日とて分譲マンションへと向かわざるを得ない。
明日にやることの最終確認をもう一人の朝比奈とするために。
「……死刑は勘弁してくれよな」
せめてくすぐり1000回みたいな罰ゲームにしてくれりゃあいいんだがな。
律儀にも未来人の指令に協力する俺に連中となんの因縁があるのか。この時は知る由もなかった。