校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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第四十八話

 

 

さっぱりわけがわからん。

何度目の思考放棄だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山の道路に立ち尽くしている俺の目に映っているのはSOS団の給仕係で、俺より一個上で、未来人の"朝比奈みくる"のはずだ。

彼女は本当にぐっすり寝ていた。もしかしたら自分が誘拐されかけたことなど記憶から飛んでいるのかもしれない。

無人車両と化した深緑色のワンボックスの車体を背に眠る彼女。彼女が、妹。誰のだ。

 

 

「なんだってんだよ……」

 

いや、確かにあの未来人の男が口にした名前は我が愚昧のそれと同音であった。

しかしながら同じ字とは限らないだろうし、たまたま同姓同名だという可能性もある。

だとしたら何故あの男はあの場であの名前を出したというのか。

俺は何一つとして答えらしい答えを導き出せそうになかった。

 

 

「朝比奈さんを車内へ運びます。新川にやらせますのであなたは先に後部座席で座っていてください」

 

ふいに右肩にそっと手が添えられたかと思うと森さんがなんとも言えない様子で俺に声をかけた。

ツインテ女の姿はとうになく、どうやら彼女も歩いて下山しているらしい。

はっきり言って帰りのタクシーでの俺の記憶は真底不鮮明かつ不確かなのだが、気が付けば俺たちを乗せたタクシーが発進していて、後部座席は俺と朝比奈で使用している関係上森さんは助手席だったということぐらいは覚えている。

自分で行先を告げたのかさえ怪しいものの『機関』お抱えのタクシーは長門ご用達の某図書館前で停車してくれた。

 

 

「到着しました」

 

運転中に森さんが語ったことなど先ほどのパトカーは『機関』で用意したものだということぐらい。

新川氏ともども他に何かを語るでもなく、俺と睡眠中の朝比奈は終始無言。

で、停車するなり森さんは事務的に一言だけ発してくれた。俺は降りるよりも先に。

 

 

「あなたたちは朝比奈の本名について何か知っていたのか?」

 

「彼が言ったことが真実だとは限りません」

 

同時に虚構だと切り捨てることもできない。判断材料が著しく欠如しているから。

新川氏はコホンと咳払いをしてからバックミラー越しに俺に視線を飛ばして。

 

 

「なんの疑いも持たずに生きることができる人間などほんの一握りに過ぎまません。それに、わたくしどもは今を生きる人間なのです。未来のことは相応しい時に知覚するべきでしょうぞ」

 

だとしたらあの男は何故。俺の錯乱が狙いなら他にもやりようはあったはずなのだ。

と、疑問をぶつけようにも二人ともまともに答えてくれるわけでもない。

大人の都合ってことなのか。勝手な連中だ。ハルヒばかりか俺にも迷惑をかけようってのか。

もしかすると、俺の家族までも。

 

 

「オレはあんたたちを信じてやりたい。悪人じゃあないってな」

 

「あなたにとっての悪とはなんですか? ……我々とあなたの進む道が同じだということを願うばかりです」

 

朝比奈をなるべく衝撃を与えないようにタクシーから降ろすと森さんが会釈をして、すぐにタクシーは国道方面へと安全運転で走っていった。

現在時刻は十一時三十一分。早々に駅前に引き返さねばならないだろう。

 

 

「……やれやれって感じだな」

 

ところで意識不明の女子を運ぶ男の絵面を思い浮かべてほしい。どこをどう見ても不審者でしかない。

よって図書館の前で早急に朝比奈を揺り起こすことにする。

 

 

「起きろ」

 

「う、ううん……」

 

人通りが皆無で助かった。やがて目をぱちくりさせて起きた朝比奈は俺に肩を貸していることに気付いてパッと離れる。

それから慌てた様子で周囲を見渡して。

 

 

「わわっ。あ、その、ここは……?」

 

「詳しい話は後で頼む」

 

俺は朝比奈に有無を言わせず図書館の中に同行してもらうことにした。

長門はとうに用事が済んでいたのか出口付近で待ちぼうけており、俺たちに気付くとてくてく歩いてきた。

そしてダッフルコートの懐からファンシーなデザインの封筒を取り出すと俺につきつけて。

 

 

「これ」

 

と手渡してくれた。きっと大人朝比奈が来ていたのだろう。長門は多く語らなかったが。

ちらりと俺の隣に並ぶアナザー朝比奈の顔色を窺う。彼女は自分を知っているのだろうか。

もし、名前の一致は偶然なんかではなく未来の俺の妹がこの時代にやってきていてそれが朝比奈だとしたら。

俺は朝比奈が誘拐されてからのことを話した――謎の未来人が語った名前については話していない――。

するとなんとも言えぬ表情で朝比奈は。

 

 

「……どうやらこれで終わりみたいですね」

 

と、どこか落ち着かない声色で呟いた。事実、長門が俺に手渡した手紙の内容にはその旨が書かれており。

 

 

『そこにいる朝比奈みくるに元の駐在時間へ戻るよう伝令して下さい』

 

だそうだ。とはいえこの文面を俺は鵜呑みにすることができない。

何故ならば俺が俺へと宛てた手紙によると俺は朝比奈の面倒を八日間みてやってほしいと書いていた。

初日をカウントしたとしても月曜日から日曜日までは七日にしかならない。あと一日はどうするんだ。

俺がそう言うと朝比奈は。

 

 

「最後の一日分は明日じゃありません……もう少し先のことです。きっと」

 

「お前は自分が自分の身代わりになることを知っていたのか?」

 

「詳しくは話せないの。まだ」

 

彼女の家族構成がどうなっているのか。それだけでも俺は問いただすべきだったのかもしれない。

禁則事項だのなんだの言われたところで何かが変化するわけでもあるまい。既に俺の脳内には謎の男が口にした名前がリフレインされ続けているのだから。

アナザー朝比奈は俺と長門に一礼してから。

 

 

「少しの間でしたがお世話になりました。二人とも駅前に向かわなきゃいけないからあたし一人で長門さんのマンションまで行って、着替えてからこの時間軸を去ります。マンションの合鍵はコタツの上に置いておきますね」

 

足早に図書館の玄関口から失せてしまった。

ジーザス、アンド、ダミット。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十二時手前に駅前に戻るとそこには三人が俺と長門を待ち構えていた。

もちろん不思議は見つからなかったと言っておく。言わざるを得ない。

ハルヒは俺を訝しむような目で。

 

 

「あんたサボってたんじゃないでしょうね」

 

何をもって不思議探索をしているというのかは甚だ疑問ではあるもののこの日はどうやら午前だけで終了らしい。

お昼を昨日と同じイタ飯屋でとっている最中にハルヒの口から午後の部がないことが発表された。

疲れたのか、とでも言ってやりたかったが俺の方が間違いなく精神的に疲弊しているわけで、ミラノ風リゾットを喉に入れるのが精一杯であった。

昼飯は俺の奢りなどではなく、各々が好きに注文して適当な雑談を経て午後一時前には店の前で解散となる。

一様に散開して帰路につく俺たち。俺は古泉か長門に少なからず聞きたいことがあったわけだが。

 

 

「……後回しにしておいてやるさ」

 

実のところアナザー朝比奈にも中身を教えていない手紙が一つあった。その手紙によると、全てが終わったら駅前公園に来てほしいとのこと。

駅前公園とは俺が七夕にタイムスリップした際に大人朝比奈と遭遇したあの公園である。日付にして月曜日の明日を指していた。

さて、何を質問するべきなのやら。今のうちに脳内を整理でもしておこうと思いつつ帰宅した俺は居間のソファに腰かけて録画していたプリキュア5の第二話を観ていた。

俺は考える。科学技術の発展は日進月歩とは言うが今から数年経ったところでタイムマシンが完成するとは到底思えない。

それと同様にちんちくりんの愚妹がたかだか数年するだけで校内一の巨乳まで成長するとは誰が信じるのだろうか。

メタモルフォーゼでもしない限りは無理だろ。ただの偶然の一致だと考えるのが自然なのさ。

そうこうしているうちに時間は経過し一日が終わろうとしていた。晩飯も風呂も済ませていざ寝ようと思っていると、夜分遅くに携帯電話が鳴り響いた。

相手はハルヒ、どうしたというのか。とりあえず応答することに。

 

 

「こんな時間に何用だ」

 

『こんな時間ってまだ十時前でしょ』

 

起きても午後十一時前ぐらいが健康的な学生の起床時間だろう。であれば十時台は夜分遅くと言えよう。

愚妹はとっくに寝ているし、何も今電話をかける必要がどこにあるやら。明日の朝でよかろう。

 

 

『明日も駅前に集合ね』

 

「まさか明日も不思議探索をやるって言うのか?」

 

『違うわよ』

 

「次はどこに行こうってんだ」

 

ハルヒは明言してくれなかった。集合時間を午後二時に勝手に設定したかと思えばスピーカーをつんざくような大声で。

 

 

『来なかったら地獄の底に叩き落とすからねっ!』

 

などと穏やかじゃない捨て台詞を吐いて一方的に通話を切り上げてしまった。

ところで明日の月曜が休日な理由についてだが、北高の特進クラスの推薦入試が実施されるので在校性は登校しなくていいというわけだ。

新一年生どもは何をトチ狂って北高なんかを選ぶのやら。もう異端者の知り合いが増えるのだけは結構だが。

 

 

 

さて、翌日になり俺は渋々ハルヒに言われた通り午後二時前に駅前へと赴いた。

四日も連続でこんな場所でたむろするなど相当に行く場所がない連中なのだと思われても仕方がない。

今日も相変わらず俺がビリであったがハルヒは気味が悪いほど上機嫌で。

 

 

「ふふん、今日だけは見逃してあげる。団長特別恩赦よ」

 

寒空に浮かぶ太陽に負けじと1000ワットほどの輝きを持つ笑顔で応戦していた。

ちらりと異端者三人を見ても一様に笑顔で、さて何かあったのやらと思う間もなくハルヒの命により駅前ロータリーまで移動。

三日前のようにバスに乗り込むと降りたバス停も三日前と同じ。駅前から離れた山が近くにある自然の真っ只中だ。

 

 

「ついてきて」

 

とだけ言って説明らしい説明もなく先導していくハルヒの足どりはやはり三日前と同じで、ともすれば鶴屋山までやってきた。

それからハルヒが足を止めた場所は、山の中腹部にある平らな開けたスペース。周りにあるのは背の高い樹木と地面には落ち葉。

ハルヒは俺と古泉をじっと見据えて。

 

 

「あれから考えたんだけどね。やっぱりあたしの勘はこう言ってるのよ。お宝はここにあるって」

 

するとピーコートのポケットから先端が錆びついた園芸スコップを二本取り出した。

ハルヒはスコップを俺と古泉に手渡し件の大岩の横を指差して。

 

 

「ここよ、ここ。掘ってくれる?」

 

まるで花咲かじじいになった気分だ。ハルヒの指示通り俺と古泉はスコップで懸命に地面を掘り続けた。

そういや三日前も掘った場所なのになんの意味があるのか、と考えているうちにカチンと先端が硬い何かにぶつかった。

周りの土をよけて掘り起こしたそれは金属製の箱だった。長方形で上ぶたがしてあり、デザインから察するに元々クッキーの詰め合わせか何かだったに違いない。

三日前はこんなもの埋まっていなかった。まさかこれがお宝なはずもない。俺は恐る恐るふたを外して中を覗き込む。

 

 

「……ああ」

 

なるほど。俺には縁が無かったのですっかり失念していた――というより例年通りならばむしろ失念しようとしていた――わけだ。

スチール缶容器の中にはピンク色の包装紙にラッピングされた小箱が六つ敷き詰められている。

ご丁寧に三色ずつリボン分けされている。黄、赤、青、それぞれ二つずつで。

 

 

「義理よ。手作りだけど」

 

ハルヒがどこか落ち着かない表情でとっとと吐き出すようにそんなことを口にした。

黄色のリボンのやつがハルヒからので赤色が朝比奈、青色が長門によるもの。

つまり今日は二月十四日で、要するにバレンタインで、これはもしかしなくてもチョコレートなんだろう。

とたんにどっと疲れが押し寄せてきた。今まで通り思考を放棄するのは変わりないが、なんというか、うまく語源化できないがこの時の俺は嬉しかったから他のことを考えたくなかったのだけは確かだ。

俺はひょいっと一つずつ小箱を手に取っていく古泉に向かって。

 

 

「さっきからやたらニヤニヤしてたが、お前さんも仕掛け人か?}

 

「とんでもない。何かしらのイベントだろうと前もって予想はしていましたが、よもやお三方からありがたいプレゼントがあるとは夢にも思いませんでした」

 

当り前だ。こんなことは俺の人生譚において精々が小学校の時以来だ。

女子からチョコレートを貰うなど。しかも三つも。

顔がほころびつつある俺をたしなめるようにビシッと人差し指を突きつけてハルヒは。

 

 

「言っておくけどあたしは公私混同はしない主義だから、あんたのチョコだけ特別性ってことはないのよ。古泉くんのと中身に差はないわ」

 

むしろ俺のだけ激辛仕様とかだったらそれはそれで笑えるのかもしれないが幸か不幸か普通の甘いチョコレートだそうだ。

無言でこちらを見つめる長門も、ふふふと白い息を浮かべながら笑みを浮かべている朝比奈も、この時ばかりは普通の女子だった。

いや、女受けのいいツラをしている古泉はさておき俺に義理でもチョコを渡してくれる辺り風変りなのかもしれないが。

しかしな、俺は成し遂げたとでも言わんばかりの態度のハルヒに対して。

 

 

「オレの分が"義理"ってのはどういうこった。曲がりなりにもオレはお前と男女交際を継続していたはずだろ」

 

「だから義理よ、義理であげてるんだから。他になんて呼べばいいのかしら」

 

「つまり……?」

 

ハルヒの言いたいことがわからんでもないが、世間一般における義理チョコとこいつの呼ぶそれとでは若干の齟齬があるらしい。

まだわかんないの、と前置きしてからハルヒは。

 

 

「今更『本命だ』なんて言う必要、あたしたちにはないでしょ。言葉の使い所を間違えてるんだからそれこそ精神病の類ね」

 

どこまでも捻くれた発言をしていたハルヒだが、お互いに満更でもないのでよしとしようではないか。

素直さなんてのは上っ面だけで簡単に推し量れるものではないのだから。

そしてハルヒは借金を取り立てるかのようにずいっと寄ってかかってきて。

 

 

「で、あんた、何か言うことはないの?」

 

そうだな。貰って当然のような人種の古泉はさておき、俺は未だなけなしの普通さにしがみついているつまらない人種なのだ。

こういう時は常套句ながら返す言葉は一つしかないだろうよ。

古泉はどうぞお先にと言わんばかりの態度で肩をすくめ、彼の様子を見た俺は山に染み入るよう快く一言を発した。

 

 

「ありがとよ」

 

下山中にハルヒが語ったところによると、昨日の午後から長門のマンションに押し掛けて女子三人でチョコレート作りに励んでいたのだとか。

しかも泊りがけでの作業だったと言うのだから、なんともまあ、ただただ感謝の意を述べる他あるまい。

チョコが入った缶を埋めたのは今日の早朝の作業だったそうな。

 

 

「男子冥利に尽きるとはこのことですね」

 

これは古泉の弁だが彼の言葉を信用してはならない。翌日、十五日だというのに古泉は学校の女子からありがたく何個もブツを頂戴していたそうだ。

誰一人としていい返事をしていないらしく、とんだプレイボーイぶりである。忌々しい。

俺はというとハルヒどころか朝比奈と長門からも貰ったという事実は好評していない。

万が一に谷口辺りが聞きつけたら面倒になること請け合いだ。

 

 

「さっさと食べなさいよ。飾りたくなる気持ちはわかるけど、あたしは食べてもらうために作ったんだからね。新鮮なうちにペロっといっちゃいなさい。もちろん家で食べるのよ。帰り道で立ち食いなんて許可しないから」

 

昨日の今日で完成したチョコレートにフレッシュさなどあるのか。

男の俺にはどれほどの作業か不明だがそれなりに面倒だったことだけは予想できよう。

かくしてそれらしい戦利品を獲得した俺だが。

 

 

「来年も頼むぜ」

 

「ふん、いつも通りそれはあんたの努力次第よ。来年は麦チョコに降格してるかもね」

 

まだ最後の最後で相手にしなければいけない奴がいるわけだ。

この上なく嘆かわしいことに。

 

 

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