校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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第五十七話

 

 

春。それは陽気にあてられた連中どもがたむろする季節だ。

喜ばしいことに俺たちも例外ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は犬の気持ちは多少わかる自信があるが、猫の気持ちはわからない気がする。

近頃まで夜中になると俺の布団へと潜り込んでくるシャミセンだったが、それもなくなった。

てっきり猫なりに恩義を感じて懐いてくれているのだとばかり思っていたものの、実際のところは俺のベッドへと暖をとりに来ただけだったらしい。

と、あの猫もなんやかんやで我が家の住人と化している。愚妹のせいで。

 

 

「もっと言えばハルヒのせいなんだがな」

 

なんてことを快晴の空を見上げながら呟いていると。

 

 

「まあ、良いではありませんか。幼少のころにペットを飼うことはいいことですよ」

 

「そういう問題じゃあないっつの」

 

つまり俺が言いたいことはだな、ハルヒのせいで人生がしっちゃかめっちゃかになっているということだ。

のらりくらり生きていく予定だったのに、気がつけば異世界に宇宙人未来人超能力者に神だぜ。

俺の対応できる規模なわけがない。

 

 

「心中お察しいたします。正直に申し上げますが、僕とて己が立場に苦しんだことは一度や二度ではありません」

 

「そうかい。なら今はどうなんだよ」

 

「割り切ることにしましたので」

 

ゲンスルーもびっくりのニコッとした笑顔で古泉一樹はそう言ってのけた。

なるほど割り切るね。割り切れよでないと死ぬぞ、とはよく言ったものだ。

 

 

「オレの見解だが、慣れるってのは実に恐ろしい。結局のところオレもお前もあの人間台風女に慣れちまっただけに過ぎねえ」

 

「同感です。確かに慣れは恐ろしい。いいことづくめではありませんからね」

 

慣れすぎた末に突発的な出来事に対応できなかったり、果てには悪いことが続くのに慣れてしまったり。

要するにそれだけ人間の適応能力は優れているとも言える。希望的観測かもしれんがね。

 

 

「映画だってそうだ。悪魔の芸術みたいにならんようにコントロールするのが手一杯だぜ、トチ狂って映画学校に入った日には日本映画界の終焉だ」

 

「ゴーイングマイウェイが涼宮さんの良さですから」

 

「……かもな」

 

さて、俺たちがどこで油を売っているかと言えば只今は放課後の中庭の一角にいる。

文化系クラブによる部活説明会の時間だ。平素は貴重な放課後をだらだら浪費していくだけだがこの日ばかりは多少なりとも有意義な使い道と言えよう。

しかしながら俺はあくまで文芸部部員ではない。ただの帰宅部、公的には。

 

 

「いったいどうするつもりなんかね、ハルヒは」

 

ぱらぱらと散っている新入生どもを見ながら俺は考える。もちろん今後だ。

この一年ほどで宇宙人の知り合いができた、未来人の先輩と、横に並ぶハンサムマンもとい古泉は超能力者。

そして忘れてはならない――いや、どうやったら忘れられるんだ。誰か俺に教えてくれよな――俺に彼女ができた。

とはいえハルヒは気難しい女日本代表みたいな奴だ。ふとした拍子に世界征服をしようと動き出しかねない。

今年も今年で様々な厄介事に巻き込まれるのかと憂いでいると隣の古泉が。

 

 

「昔は違いましたが、今となっては涼宮さんが何をお考えになろうと大きな問題ではありません」

 

はたしてそうだろうか。校庭に前衛的アートを描くだの、教室の机をどっかやるだのされた日には大問題になる。

実際に中学の時は問題になっていたからな。そんなことを俺が口にすると。

 

 

「ですが今の涼宮さんには立派なフォロー役がいますので」

 

「もしかしてそれはオレのことを言っているのか?」

 

「他に誰がいるんでしょう」

 

こっちが知りたいぐらいだ。代われ。

 

 

「以前にもお伝えしました通り、僕としましてはあなたに全て一任したいところなんですがね。未だ叶わないのが現状ですよ。残念だ」

 

「たりめえだ。決定権はハルヒにあんだからな、オレがどうしようがあいつにとっちゃあ手の平を飛び回る孫悟空でさえないだろうぜ」

 

「では、そういうことにしておきましょうか」

 

しておくも何も事実だからしょうがないだろうに、古泉は俺に何を期待しているんだかな。

言っておくが俺がよくわからんスーパーパワーに目覚めるなんてことはないと断言できる。

ああ、間違いない。もし俺がそうなったらアメコミヒーローたちに申し訳ないね。

ここいらで他の団員が何をしているか解説を入れるとすると、長門は俺と古泉から少し離れた位置で椅子に座り、学習机に張り付けられた『文芸部』の紙きれなんぞそっちのけで読書をしている。

残る二人は、なんというか、衣装替え中だ。

 

 

「しかし気になるのはハルヒもだがお前らの方だ。まさか高校を卒業してもこんなことを続けるつもりなのかよ」

 

「さあ、僕にはわかりかねます。目下の最優先事項は現状維持ですからね」

 

長門はどうするのだろう。そして未来人だという朝比奈はいつまでこの時代に留まるのか。

俺としては多少気がかりな程度であるが、好きで面子を揃えたハルヒとしては、ある日いきなりハイさよならと言われたところで納得するわけがない。

つまりはこれまたハルヒに決定権があるに違いない。流石に永遠に高校生をやらされるのだけは勘弁してほしいが。

 

 

「僕もです。何事も終わりよければ全てよし。裏を返せば、終わりが無いということはいいことではありません」

 

願わくば俺の残り二年足らずの高校生活が平穏無事なものとなってくれよな。

と、そうこうしている間に時間は流れて行った。生徒会がやってきて小言を言われたりもしたもんだが、その辺の会話は重要でもなんでもない。

ひとつ何か挙げるとすれば、公序良俗的にどうかと思ったハルヒの衣装だ。

 

 

「へへっ、どうよ」

 

流石にブルっときた。メイド服の朝比奈はいつも通りなのだが、ようやっと中庭に登場したハルヒはチャイナ服を着ていたではないか。

何かコスチュームを着るとは聞いていたものの流石にこれはマズいだろ。当の本人はどこ吹く風だ。

もはや手遅れな気がしてならないが俺はやってきたハルヒに対して。

 

 

「おい、今すぐ着替え直して来い。文芸部の説明をするのになんだってチャイナドレスを着る必要があんだよ」

 

「わかってないわね。昔の人は言いました、『芸術は爆発だ』。つまり何事もインパクトが大事なの」

 

お前の数々の伝説で嫌というほど校内には多大な衝撃が走っているわけだ、現在進行形でな。

と、まあこんな感じでこの日も騒がしく――よく言えばハルヒらしく――過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺にとって深刻な事態と化していくのは部活説明会の翌日の金曜日、の更に翌日の土曜日からのことである。

はじめに前日の出来事を簡潔に述べよう。そのー、鶴屋家の花見の席に俺たちSOS団が出ることとなった。その二、土曜日は恒例となった市内探索を決行することに。

つまり今日がその市内探索ってわけだな。

 

 

「はえーよ、オレ」

 

と呟いてしまうぐらいには早く到着した俺。どう見ても他にメンバーはいない、集合場所の駅前公演に俺が一番乗りだ。

勝った。ついに俺は勝ったのだ、あの忌々しい異端者連中に勝った。

思えばこの一年弱、俺は事あるごとに何かを押し付けられてばかりだった。

だが今日は違う。ビリでないということはすなわち奢らなくていいということである。

清々しい、鼻歌のひとつでも歌ってやりたい気分だ。

 

 

「やあ、また会えたね」

 

などと浮ついた感情はすぐさま風化してしまった、佐々木がひょっこり出てきたからだ。

それどころか出てきたのは佐々木だけではない。見覚えのあるツインテール女も一緒だった。

 

 

「どもどもー、ご無沙汰してます」

 

忘れた人のために一言添えておくならばこのツインテ女は今からふた月ほど前に朝比奈を誘拐した一味の女である。

どうやらこの二人は俺を待ち構えていたらしい。

 

 

「はっ、『また会えた』だと? 佐々木、お前がうさんくさい奴だとは思ってたがこのツインテールとも繋がってたとはな」

 

俺の言葉に佐々木は困った様子で。

 

 

「キミは何か勘違いしているようだね。前にも言った通り、僕はキミと話がしたいだけなんだ。こちらの橘京子さんも同じさ」

 

ツインテール女の名前は橘京子というらしい。覚えてやる必要もない気がするが嫌でも覚えるはめになるかもしれないと思うと憂鬱だ。

オーケイ。女子と話をする、ね。これだけなら聞こえはいいがどうせこいつらの話の主題は。

 

 

「ハルヒなんだろ?」

 

俺の問いかけに両者とも否定はしなかった。つまりそういうことだ。

多少変わった事情があれど俺が一般人なことには変わりない。俺はハルヒの付属品としか見られちゃいないわけだ。

いずれにせよ気分のいい話ではない。

 

 

「とっとと立ち去りやがれ」

 

佐々木の立ち位置は不明だが、少なくとも橘京子は『機関』と対立関係にあるらしい。

従ってSOS団の異端者三人と友好的になれないのは日の目を見るより明らかだ。

 

 

「ううん……あなたがあたしを信用できないのはしょうがないけど、佐々木さんまで邪険にするのはどうかと思うな」

 

そう言って嫌な視線を俺にぶつける橘。

 

 

「だったら佐々木はこんな奴と縁を切るこったな。友達は選ぶべきだぜ。あるいは橘、お前の方から失せやがれ」

 

「くくっ。相変わらずに辛辣だねキミは。だ、そうだよ? 橘さん」

 

このままフェードアウトしてくれるのが俺の精神衛生上よろしい流れであったが、橘は素直にとんずらしてくれるようでもなかった。

よしわかった、異能力なしの殴り合いならこの程度のヒョロ女をコカすのなんざ超簡単だ。

悪いが俺はフェミニストだからな。気に食わなけりゃ男女構わずに声を荒げたくなるのさ。

すると橘の表情は途端にかしこまったものとなり。

 

 

「もしあなたが朝比奈みくるさんの一件で気を悪くしているのなら謝ります。ごめんなさい」

 

「オレに謝られても困るっつの、本人に言ってやれ」

 

「こっちにも事情があったんです――」

 

さてどんな釈明があるのやらと思えば橘は俺の後方に視線をやるとあまり芳しくない顔色となった。

俺は瞬間的に察しがついたが、義理で振り返ることにした。

 

 

「……やれやれだぜ」

 

俺の視界の右側の奴から紹介しよう。古泉一樹、涼宮ハルヒ、朝比奈みくる、長門有希、そいつら四人が俺から少し離れた位置でこちらを窺っている。

なるほど道理で早いわけだ。まだ待ち合わせ時刻より十五分も前だってのに揃い踏みとはな。

ハルヒは何も面白くなさそうな表情でずんずかこっちにやってきて。

 

 

「なに? あんた予定あったの? それも可愛い女の子二人となんて、大したご身分ね」

 

「勘違いするんじゃあねえ。オレはこいつらにレイズナーの面白さを小一時間ほど語ってたところだ。地球は狙われてんだってエイジがな……」

 

「違うわ! エイジじゃなくてアルバトロ・ナル・エイジ・アスカよ」

 

言われんでもわかっとる、我ながら苦しすぎる言い訳だからな。

古泉は目を細めて無表情だし、朝比奈は気まずそうな様子、デフォで無表情な長門は分析不能。

すると佐々木が助け舟に入ってきてくれた。

 

 

「彼と会ったのはたまたまさ。ここいらで待ち合わせ場所といえばここぐらいなものでしょう? 僕は僕の用事でここに来ただけ、涼宮さんが心配するようなことはありませんよ」

 

その"たまたま"に疑問を抱いている奴は少なくともハルヒ一人ではない。俺だってそうだ。

悪いがこうなった以上は下手な会話など無用だろう。一刻も早くご退場願おう。

こちらの意思がようやく伝わったのか――遅すぎるぐらいだ――佐々木はハルヒに一礼してから。

 

 

「ご縁があったらまた会いましょう。それではごきげんよう」

 

俺たちの横を通り過ぎて、橘ともども駅の改札口へとあっさり呑み込まれていった。

ジーザス。なんだってんだ、一体。だいたい因縁があるならもう少し早く登場すればいいものを、どうしてこんな微妙な時期に出てくる必要があるのか、理解に苦しむね。

気を取り直していつもの喫茶店に入ると、テーブルにつくなりハルヒが。

 

 

「あたしたちは改札口で合流したのよ、たまたまね」

 

ほう、それで。

 

 

「だから誰が最後か、なんて決められないわ。あんたが最初なのは確かだけど」

 

「ジャンケンでもして誰かに奢らせろ、じゃあないとオレの気が済まん」

 

「割り勘でいいじゃない」

 

「ふざけんな」

 

紆余曲折の末に俺を除く四人でジャンケンを行い、見事に一人負けを喫した古泉が奢るはめになった。

いい気味だ、ざまあ見やがれ。そして苦しめ、このまま俺が味わった地獄を味わえ。

と、なんやかんや不穏な空気が流れたのは最初だけで、いざ市内探索が始まればいつも通りの能天気モードだ。

しかも今回はハルヒの命により二手に分かれずに全員で行動することとなった。まあ、たまには団体行動も悪くないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。SOS団不思議探しツアーの成果などあろうはずもなく、平穏無事のうちに解散となった。

帰宅して、晩飯を喰って、それから風呂だ。ごく普通のサイクル。

 

 

「佐々木に、橘京子……ね」

 

湯船につかりながら考える。あいつらは果たして敵なのだろうか。

だが、その敵ってのは誰にとっての敵だ。ハルヒにとってか。

俺は違うと思う。ハルヒは誰かと競うことは好きでも誰かといがみ合うことは好きではない。

ハルヒにとっては面白いかどうか、遊べるかどうかが大事なんだからな。

つまりあいつらは古泉のようにこちらと近しい組織から厄介がられているだけに違いない。

じゃあ俺は誰となら戦いたいんだ。いや、俺が何かする必要なんてあるのか。

などと考えていると唐突にパジャマ姿の愚妹が家庭用電話の子機片手に風呂場へ突撃してきた。

今年で小学六年生とはとても思えないちんちくりんはこちらに子機を突きつけ。

 

 

「電話だよー」

 

「誰からだ」

 

「おんなのひとみたい」

 

名前を言え、名前を。しかしわざわざ家の電話にこんな時間にかけてくるとは何事か、と思いつつ愚妹から電話を受け取る。

相手方に保留音をいつまでも聞かせるのはアレだが相手は俺の知り合いなんだろうな、これ以上変な奴に出てこられても対処できんぞ。

風呂から上がったら数学のドリルを手伝えと言い残して去った愚昧を尻目に俺は子機のボタンを押して保留を解除した。

 

 

「もしもし、どちらさんで?」

 

得体の知れないテレフォンセールスなら説教のひとつでも聞かせてやろうじゃないか。

残念ながら俺は電話勧誘に払うカネなんか持ち合わせちゃいないんだからな。

結論から言えばそれはセールスでもなんでもない、ただの女子との通話だった。

あるいは悪徳商法の方が幾分かマシだったんだろうさ。

 

 

『……もしもし』

 

入浴中の俺の耳に届いたのは間違いなく女の声だった。

 

 

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