校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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Ω-1

 階段を上り終えて廊下を数十秒ほど歩くと文芸部部室前にやってきた。

 既にヤスミは中にいるだろう、いなかったら少しばかり待ってみればいいだけである。

 そんなことよりも現状の俺が一番警戒すべきはこの呼び出しがトラップでないかという一点につきる。扉を開けた瞬間にズドン、など死んでも笑えん。せめて黒板消しの罠レベルのいたずらなら小一時間ほどの軽い説教で済ませてやるんだがな。

 なんてウダウダやっていたのも数秒間で、俺は覚悟を決めるや否や勢いよく――さすがにハルヒには劣るものの――扉を開け放って部室内へと侵入した。

 

 

「よう、来てやったぜ」

 

 当然ではあるが渡橋泰水は既に室内で待ち受けていた。団長席の後ろに立って窓の外を眺めているヤスミの表情が邪悪なものでないことを願う。これでヤスミがのっぺらぼうだってんなら俺の負けで構わない。

 そんなヤスミは一向に言葉を発する様子もなく、ともすれば進展がありそうになかったので若干の居心地の悪さを振り払うかのようにこちらから切り出すことにした。

 

 

「……で? オレに何の用だ」

 

 苦というほどではないがもう十分ぐらい遅れてでも学生鞄ぐらいは家に置いてくればよかった気がする、片手の重みがかったるい。

 

 

「まずは感謝の言葉。来てくれてありがとうございます、先輩」

 

 そう言って振り返って軽い一礼をしたヤスミはのっぺらぼうでもなけりゃ妖怪でもなくいたって普通の女子高生そのもの、いや贔屓目に見ても彼女の顔面偏差値は高ランクに値する、谷口の言葉を借りるとすればBランク+あるいはAランク-といったところか。

 社交辞令とはいえ呼び出しておいて何の挨拶もなし、なんて輩と比べるとヤスミはよっぽど礼儀がなっているんだろうが俺は細かいことを気にする性質ではない。

 

 

「御託はいいから手短に頼む」

 

「大した要件ではありません。あなたがここに来る、それ自体があたしの狙いだったから」

 

 何を言ってるのかさっぱりだ、意味不明な謎かけにはスルーと相場が決まっている。

 ため息のついでに文句でも言おうと言葉を紡ごうとした途端、ぐにゃり、視界が歪みはじめたではないか。

 

 

「もう終わりにしましょう。その方があなたにとっても幸せなはずです。……本物の朝比奈みくるさんにも申し訳ありませんし、今のあたしができる最善策をとることにします」

 

 次第に平衡感覚さえ怪しくなり、ともすれば目の前はブラックアウト寸前。クスリか、幻覚作用か、どんな手を使ったのかは不明なものの俺はとてもじゃないが立って意識を保っていられるような状態ではなかった。

 やっぱり罠じゃあねえか、なんともお間抜けな最期ではないか。

 

 

「ちくしょう、謀ったな」

 

 とでも言いたいが身体の感覚さえ失せているようで、声帯を操ることはできず実際に言葉にはならなかった。

 しかしなぜか聴覚だけはまともに機能しているようでヤスミの声は耳に入る。

 

 

「でもあたしは信じてますから、あなたが――」

 

 だがそれにも限界が訪れたようだ。

 言葉の先も聞けぬままに意識、が、暗転、する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――」

 

 振動、

 

「…、…」

 

雑音、

  

 

「うちの  が……まだ小学校を」

 

しゃがれた声、

 

 

「そう  で か」

 

女の声、

 

 

『時刻は午後五時半を    ではここで  』

 

気持ちノイズがかった音声、ラジオか、

 

 

「……ふん」

 

男の感嘆、

 

 

「いつまで寝ているつもりだ?」

 

俺が起きたのは決してその言葉が挑発的に聞こえたからではない。耳に入ってきた様々なノイズが生理的な反応を示し、信号待ち停止による若干のゆれが俺の意識を完全に覚醒させた。

 顔を上げる、フロントガラスの向こうには見慣れた県道が。

 

 

「やれやれ、お目覚めのようだね」

 

 右から聞こえた声はどこか安堵しているような表情を浮かべている女のものだった。

 彼女が身にまとっているであろう制服は市外の某私立校のそれだ、何より俺はこいつをよく知っている。

 

 

「お前……佐々木か? どうして」

 

 いったいいつ以来だろうか、一年じゃあきかないはずだ。中学を卒業して、塾通いは終わったわけで、すっかりそれきりとなっていた。本当に久しぶりである。

 そんなことよりここはどこだ。

 

 

「見ての通り市営タクシーの車内さ」

 

 ああ、言われんでも数秒で把握した。俺が聞きたいのはそういうことじゃなくてだな。

 

 

 なんだ? 何がどうなっている?

 

 後部座席に座っている俺の右隣には佐々木、左隣は知らない男――恐らくだが俺と同世代かそれ以下――に乗った覚えもないタクシーのおっさん運ちゃんと助手席にはこれまた知らない顔をした私服のツインテ女。

 まったくもって状況が呑み込めない。部室に呼び出されて意識を失ったかと思えばお次はタクシーの中、サイレントヒルでもここまで突拍子のない進行はしないぞ。

 旧友佐々木は困った様子で、

 

 

「本来なら病院で診てもらうのが一番なんだろうけども」

 

「そんな暇はない」

 

佐々木の言葉を切り捨てるかのようにのたまったのは左の男だった。

 

 

「寄り道をしているような余裕などない、そもそもこの男が当該時間軸における午後六時に県立北高校にいるという結果さえあればいい。僕にとって寝てようが起きてようが同じこと、目が覚めないのなら引きずっていたまでだ」

 

「"午後六時"だと……」

 

 制服のポケットから携帯電話を取り出す、時刻は午後五時半過ぎ。明らかにおかしい。俺が部室に行った時は既に午後六時になっていたはずだ。いったいどういうことなんだ、誰か説明しやがれ。

 今すぐに思いの丈をぶちまけてもよかったのだが、佐々木はさておき素性もわからぬ連中を前に冷静さを欠くのは人としてどうかと思い自重した。

 その代り、と言ってはなんだが俺は考察することにした。答えなど出るはずもないが考えをまとめるぐらいはできるだろう。

 状況を再確認しよう。

 

 

「佐々木、このタクシーの行先は?」

 

「放課後のキミにとっては二度手間かもしれないね、北高だよ」  

 

「……オレはいつからグースカ寝てた?」

 

「このタクシーに乗る直前キミはふいに昏倒した。慌てて彼に乗せてもらったはいいものの、友人として僕はキミが心配でしょうがない」

 

 感覚としては過去に何度か体験した未来人の時間遡行に近かった、ともすれば俺は部室に行く少し前の時間に戻されたのかもしれない。しかし何故ヤスミはそんなことをした。だいたいこいつらは何故俺を北高に連れていくんだ、口ぶりからすると必要に迫られてそうしているようだが俺には話の流れがまったく掴めない。

 考えど考えど新たな疑問点が浮上していく。その元凶は間違いなくヤスミだ、あの謎の後輩が俺の知らない"何か"に関わっているのは間違いない。

 もっとも俺はそんなことを知りたいわけではない、いや、巻き込まれてしまった以上関心を持たないのはかえって危険なのだろうが最低限の自衛すらままなりそうにない俺がどうこうできるレベルの話でもない。

 だからだろうか、俺は馬鹿げたことを訊ねてしまう。

 

 

「もしかしてお前らって宇宙人、あるいはそれに準ずる何かだったりするのか?」

 

 こんなことを口走るような奴は俺の知り合いに一人しかいない。そいつが誰かってのは重々承知だろ? なんなら俺が変人と呼ばれてもいいぐらいだ。 

 

 

「実に馬鹿馬鹿しい。どうやらあんたは本格的に精神異常をきたしているようだな。無理もない、涼宮ハルヒを相手にしていれば誰でもそうなるさ」

 

 思わせぶりなことを淡々と語ったのは男だった。

 きっと同じような質問を谷口にしたとしても似たような回答は返ってくるだろう。だがそれはハルヒのことを知っている前提があればこそだ、この男は北高生じゃないだろうし、ハルヒの悪評が広がるのも限度があるだろ。

 

 

「つまりどういうことだ?」

 

「あんたの想像通りってことだ。もっとも僕は一度説明したことを二度するつもりなどないがね」

 

 タクシードライバーと助手席のツインテ女は世間話をしており、こちらの与太話は聞こえていないようだった。よってどこまでがヤスミの仕業なのかはさておき少なくともこの男はハルヒが言うところの宇宙人ないしそれに準ずる異端者であることは相違ないらしい。

 

 

「お前が誰だろうがどうでもいいがな、何だってオレが北高にトンボ返りしなくちゃあならねえんだ」

 

「あんたには関係のないことだ」

 

 そうなのか? と佐々木の方を見てみるが佐々木は苦笑しているだけで答えてはくれなかった。

 一年以上は会っていないはずの佐々木がヤスミと何の関わりがあるのか、ひょっとすると佐々木も実は超能力者とかいうオチなのか、まさか。

 こうなった経緯は皆目見当がつかないものの、かくして俺はわけもわからぬままにタクシーに揺られ再び北高に向かうこととなる。

 環状線を外れ、県道に差し掛かるといよいよ見慣れた通学路に風景が切り替わった。

 

 

「なあ」

 

「……何だ」

 

 もう数分もせずに到着するとはいえ無言は空気が悪い。前二人に倣って俺は世間話を切り出すことにした。

 

 

「お前さん、何か趣味はないのか?」

 

「くだらん」

 

 男はやけに反応が悪かった。ともすれば俺との会話を避けているようにも感じられるが。

 

 

「おい佐々木、お前がこいつの代わりに答えてくれてもいいんだぜ」

 

「ふむ。残念ながら僕も彼のことはよく知らなくてね、むしろ僕もキミと同じように彼の趣味について興味を覚えたほどさ」

 

 だとよ、なんとか言ったらどうなんだ。

 

 

「僕があんたらの質問に答える必要はないだろう。くだらない、時間の無駄も甚だしい」

 

「ごもっともな意見だが、雀の涙ほども友好的な態度ってもんを見せないお前の方が『くだらない』奴だとオレは思うね」

 

「ふん、おのぼりさんが……」

 

 車は交差点で一時停止した。ここを抜けるとお馴染み急こう配の坂道へと続いていく、もう少しだ。

 カーラジオはディスクジョッキーの聞きたくもないトークがひとしきり続いてから曲が流れ始めた。世代じゃないが俺でも知ってる曲だ、70年代の名盤。色んな映画のサウンドトラックに収録されているし、むしろ日本ではこのバンドの曲はこれぐらいしか知られていないんだろう、げんに俺はほかの曲を知らない。

 と、よくよく考えると微妙な気持ちになってくる。名曲なのは間違いないのだが。

 

 

「……サッカー」

 

 そんな名曲の特徴的なイントロに耳を傾けていると、消え入りそうな声で男の口から言葉が漏れた。

 

 

「と、でも言っておこうか。ククッ……なに、深い意味などないさ」

 

「そうかい」

 

 男は決して屈強そうな見た目ではなかったが、かといってヒョロヒョロな軟弱者といった感じでもなかった。言われてみれば確かに趣味程度には運動しているだろうなという雰囲気だ、最近はご無沙汰だが昔は俺もそうだったからなんとなくわかる。

 なんにせよ共通の話題になりそうなものを挙げてくれただけ良心的だ。

 

 

「好きなチームとかあんのか?」

 

「……」

 

「国外でもいいぜ」

 

「……」

 

 耳が腐ってんじゃないのかこの野郎、もしくは心だ。

 

 

「こう見えてオレもサッカーが好きだぜ。もっとも今はやってねえが」

 

「……知ってるさ、あんたは僕のことを知らないだろうがな」

 

 どういうこった。お前は俺の熱心なファンもといストーカーだというのか。ハルヒを付け狙うよりはマシだが野郎に関心を抱かれたところで俺はマジに困るぜ、出るところに出てもらうしかない。

 

 

「実にくだらん」

 

 数分間のやりとりで把握したことだが、この男の口癖はどうやら「くだらん」のようだ。心根が枯れきってるのは違いない。

 そしてカーラジオから流れるブルースロック調の洋楽はいよいよサビの部分に差し掛かる。和訳すると『まったく問題ないから大丈夫だぜベイビー』みたいなタフガイじみたことを歌っているらしいのだが、この時の俺の心境とはとてもかけ離れていたのは言うまでもあるまい。

 右の男への関心を失った俺は次に助手席のツインテ女と話でもしたかったがその役目はタクシードライバーが小学六年生の息子を話の種に務めているので叶いそうにない。

 

 

「なに、気にすることはないよ。彼はいつもあんな調子でね」

 

 気休め程度に声をかけてくれる佐々木。その言葉に俺は何を返せばいいのやら。

 結局俺も無言になってしまい、暇つぶしといってはなんだが俺は彼女との出会いを回想することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高校受験を控えていた中学三年生の俺は自宅からやや離れたとこにある学習塾へ通うこととなった。

 はたしてどれほどの訓練効果があったのかはついぞ不明だ。リサリサ先生による波紋の修行を終えたシーザーだって結局は負けたんだからな、場末の学習塾に何を期待できようか。

 まあ、少なくとも友人の一人が出来たから有意義ではあったに違いない。

 最初に話しかけたのは合志町の間に手持無沙汰になっていた俺からだった。

 

 

「よう、参考程度に訊ねたいんだがおたくの志望校はどこなんだ?」

 

 唐突すぎるアプローチに若干たじろいでいたものの、そいつは淡々と隣町にある私立校の名前を口にした。高いカネをふんだくるだけあって進学率は県内トップクラスと聞く。

 そんなとこに自ら入っていこうと思うなど、よほどの勉強好きなのだなと感心していると今度はそいつが、

 

 

「キミのほうはどこを目指しているんだい?」

 

 俺が言うのもなんだがべつに大したところではない。そいつの志望校からはさほど離れていない場所に位置する某高校だ。そいつもすぐにそのことを理解したのか。

 

 

「なるほど……もしかすると来年から通学中に顔を合わせることになるかもしれないね」

 

「だといいけどな、お互い」

 

 この会話を機にそいつとは世間話をする程度の仲になった。

 そいつは名を佐々木といい、付け加えると異性なのだが俺は下心があったわけではない。ただ単に会話相手が欲しかったのさ。佐々木は隣の席だったわけだし、同じ学校の知り合いもクラスにはいなかったわけで、親父が言うには俺は『孤独が好きなくせして寂しがりや』とかいうわけのわからん性格らしい。もっとも俺はそれを信じてはいないが。

 それはさておき塾について何か述べるとすれば毎回毎回通うのがしちめんどくさかったということぐらいか。というのも肝心の学習塾が駅近と言えば聞こえはいいが、俺の家からは見事に遠かった。坂道地獄でおなじみの北高に通うよりも時間がかかっていたと説明すれば俺の徒労も少しはわかっていただけるだろうか。

 正直なところ通う意味さえ疑いかけていた。あそこよりも家から近い塾はあったし、じゃあなんでわざわざ遠い場所の塾へ通っていたのかと聞かれれば単純な話で、親が勝手に俺を塾に入れていたということだ。

 選んだ理由も単純で、

 

 

「コマーシャルでよく見てたじゃない」

 

見事なまでにうちの母さんはプロパガンダに踊らされてしまったということだ。決して俺の意思ではない。

 あるいは俺が自ら進んで他の塾に入るべきだったのかもしれない、が、部活を引退した直後のタイミングで俺の入会を事後報告されたのだからどうしようもないだろ。

 なんて話を塾の帰りがてらにすると、

 

 

「確かに時間の効率は悪そうだ。キミは東中だろう? ちょうどこことは正反対の方向になる、難儀なことだね」

 

ご親切なセリフ痛み入る。

 

 

「まあ、空いた時間があろうがそれを勉強に割こうとは思わねえが」

 

「くくっ、違いない」

 

 平凡な小市民の俺の意見に賛同するとは、いかにもオリコーさんっぽい奴の発言とは思えないな。

 

 

「そうかな。勉強は手段であって目的ではない、しかしここに通う連中の大半は勉強のために勉強をするような人種に見える」

 

「……つまり?」

 

「進学率のいい高校に入ってそこそこの国立大に現役合格する、素晴らしいシナリオだ、だが明確なヴィジョンがなければ頭がよかろうが頓挫するのさ……と、僕は考えている。重要なのは時間の使い方じゃないのさ」

 

 波長が合う、ってのはこういうことなんだろう。佐々木と別れる家路の途中までとはいえ、彼女との会話は無駄な時間とは思えなかった。

 もっともあちらさんがどう思っていたのかは知る由もないが。

 

 

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