校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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Ω-4

 

 

 ジョン・スミスと名乗ったグラサン野郎が喫茶店を出てから数分後に俺も店を出ることにした。

会計は当然の如く男が置いていった五千円札を利用、二人分のオーダーを合わせても支払いは千円に届かなかったが残りのお釣りはお札を含め全てレジの横にあった募金箱に突っ込んでやったさ。

 何故そのまま財布に入れなかったのかと聞かれればそこんとこだが俺にもよくわからんのだ。まあ、あの男風に言うならば深い意味などないんだろうさ、あるいはただの偽善か。

 近頃は四月とは名ばかりの暑さであったが喫茶店はそれなりにいい避暑となった、おかげさまで日も傾き始めているので気持ち程度はメランコリックな要素が消えた気がする。

 

 

「……はぁ」

 

 さて、携帯を取り出しポチポチとキーを操作しメール文を作成。内容は至極単純なもので、『今から会えないか? 俺は駅前だ』という文だ。

 送る相手は佐々木だ、まさしく思い立ったがなんとやらであろう。

 携帯電話の連絡帳はいつぞやのように壊滅状態で、ハルヒの名前もないし他の北高関係者の名前も当然ない。あるのは身内と東中時代に関わったぶんぐらいだ、その中に佐々木の連絡先は入っている。

 喫茶店から駅前公園まで戻り、アーチの柱に背中を預けて待ちぼうける。それから少しして、

 

 

『僕は今から帰るところだけど、どうかしたのかい?』

 

意外に早いレスポンスだったが相変わらず佐々木は帰るのが遅いようだ。

 何より私立の、それも進学校に通っているというだけあって時間は有効に使ってるのだろう。今更だがSOS団なんてのは時間をドブに捨てているようなもんだしな。

 さて何と返すべきか、『そっちが暇なら話でもしたいと思った』といった旨を送信。ダメでもともとだしなんなら日を改めればいいだけのことである。こっちの都合といったところで事実かどうかさえも怪しいわけだし。

 

 

『了解したよ。三十分もしないうちにそっちに着くから待っていてくれ』

 

 お互いにメールの顔文字やデコレーションの一切はないので見る人が見れば寂しい奴だと思うかもしれない。そういうキャラじゃないというのが一番の理由なんだがな。

 かくして俺はこれといった考えもなしに佐々木とのアポをとったわけだが、きっとなるようになるだろう。

 しかしながら何もせずだんまりなまま時間を浪費するのも忍びない。よって俺はメールを新規作成し、アドレスを手入力、文面は適当に送信。

 誰に送ったか、なんてのは一瞬のうちに送信失敗のメールが送り返されてきたので察してほしいね。

 悪あがきに電話もかけてみたが、まあ繋がるはずもない。

 

 

「Holy cow、って感じだな……」

 

 流石に今すぐあいつの家まで行って確認しようとまでは思わなかったもののどうにも落ち着かないのは事実だ。

 それにしたってなんだってあいつは毎度毎度いなくならないと気が済まないんだ、いや、正確には"俺がいなくなってる"みたいだが俺の方からしてみれば大差などない。要するにハルヒがいないらしいというのは以前も今も同じ、そしてもうひとつ同じことがある。

 心のどこかで俺は現実を求めている。宇宙人も未来人も異世界人も超能力者もいない真なる普通を。

 なんだかんだ退屈だの刺激だないだの言ったところでそういうのは日常化しちまったら面白みも何もあるまい。

 そうさ、俺が本当に望んでいるものがなんなのかがようやくわかったところなんだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は正直なところ人間観察を趣味にする人種の気が知れないのだが、こうもやることがなくては道行く人々をぼーっと見ているぐらいしかないわけで、下校中と思われる中高生もいればどこから湧いて来たのかもわからぬじーさんばーさんもいる。

 さて幸せとはなんなのだろうかと彼らに聞いてみたところで何人がハッキリとした主張をしてくれるのだろう。

 ご年配の方々は達観している部分があるだろうからそれなりにためになるようなありがたい話が聞けるに違いないが、俺とそう変わらぬ十代の野郎や女でそんな歳相応でもない思考をしてる奴はまず少数さ。

 でもってその少数派の一人と思われる奴がようやくやって来た。

 

 

「やあ」

 

 こちらに向かって片手をあげて微笑を浮かべたのは私立制服姿の佐々木だ。

 彼女はこちらを嘗め回すように見てから、

 

 

「見たところは元気そうで何よりだ、うん。それで僕に何か用かい?」

 

「用ってほどのことでもないんだがな。オレが退院してから会ってなかったなと思っただけさ、世間話でもしようかってな」

 

「ふむ……そうか、そういうことにしといてあげよう」

 

何を言いたいのかは甚だ不明だがあえて突っ込まないことにする。

 立ち話をするのもあれなので喫茶店にでも入りたいものの俺はついさっきいたわけだしな、わざわざ呼びつけておいて申し訳ないが、

 

 

「もう用事はないんだろ? だったら帰ろうぜ」

 

「なんだい、本当に僕と話がしたかっただけなのか。べつに構わないけど」

 

 なら歩いて帰ろうか、という彼女からの提案はこちらとしては願ったり叶ったりなものであった。

 例によって例の如く佐々木の家と俺の家は駅から見てまったくの別方向で、というかこいつの家から俺の家まで徒歩で向かうとなると一時間近くはかかるのではなかろうか。佐々木はバスを利用して帰宅しているぐらいだからな、市バスのロータリーはちょうど駅前にあるし。

 そういう地理的事情もあって高校に進学してからの俺は佐々木と疎遠になっていたわけだ。

 佐々木は未だに塾通いらしいが俺は今は通っていない。とりあえず一年の間は帰宅部直帰マンでも構わんだろうさ。

 などという怠惰的プランを述べてみたところ、

 

 

「人のことをとやかく言えた義理じゃないがキミの志望は国立大なんだろう、また塾に戻ってくればいい」

 

「暫くは小休止させてくれ」

 

「好きにすればいいさ。僕個人の意見としてはキミが塾に来てくれた方がありがたいけども」

 

 はて、何故佐々木はそこまで俺に現場復帰してほしいのやら。

 

 

「オレとお前の頭脳レベルの差はケルマデック海溝より大きいと思うんだが」

 

「いいや僕の認識が正しければキミと僕とはそう変わらないはずさ。実際、模試の点数だってそうだった」 

 

「はっ……昔の話だろ」

 

「おや、キミにとってほんの数か月前のことは参考にならないのかな。まあ確かに男子三日合わざれば括目して見よというぐらいだからね、願わくばキミが良い方向に成長していることあれさ」

 

 そういや今は高校一年生の春だったっけ、どこぞの高校で長らく過ごしたおかげで忘れていたが元々佐々木とは中学を卒業してからロクに関わりなどなかったしな。

 単純に勉強を先取り出来ているかどうかで問われればある意味強くてニューゲームな俺の方がこと定期考査でいい点を取る文には有利だろう。が、佐々木みたいに修羅みたいな勉強量をこなしているわけではないので理解度では劣るというものだ。

 あくまで佐々木は謙虚なだけだ。彼女のような才女さんと俺とでは生きてる世界が違うのさ。

 などという俺の態度に呆れたのか佐々木はくつくつと笑って、

 

 

「すまない。こうしているとなんだか懐かしくて、塾帰りにキミが僕の家路に同行してくれていたのがそれこそ遠い昔のことのように感じられるんだ」

 

ちょっとしたノスタルジーにでも浸るように語った。

 まあ同行なんていっても最寄りのバス乗り場までという大して長くもない距離だったが毎回なので頻繁に会話していたのは違いない。

 かくいう俺もなんだかんだ佐々木を見てからどことなく微かな充足感を感じている。

 否、安心感というべきだろうか。ともすればこのまま彼女とたわいもない世間話をエンドレスに興じていたいなどと思うほどに俺は考えるのをやめたがっていた。

 けどな、そいつは逃げだ。ちっとも前には進んじゃあいないだろ。

 今ここで投げ出すのは純然たる妥協でしかなく、俺の望む方向とはまったくの逆ベクトルなんだ。

 

 

『見てわからないの? 不法侵入しようとしてた』

 

 脳裏にフラッシュバックするのは三年前――体感時間で言えば五年になるか――の七夕の記憶。

 

 

『ねえあんた、確か同じクラスだったわね?』

 

 名前もまともに覚えてもらえていないのに好きになるなど、我ながら馬鹿馬鹿しいことこの上ないが同じ馬鹿なら踊らにゃ損だろ。

 

 

『どうでもいいから手伝いなさいよ』

 

 ――そうだ。

 こう、と決めたら迷わず猪突が猛進。

 曲がったことが大嫌いな上に自分を曲げるのが一番嫌い。

 欲しいものがあったらどんな手を使ってでも手に入れる。 

 俺が好きになったのはそんなどうしようもなくおてんばな女なのさ。だったら俺も負けてられるかってんだ。わがままだろうがこれが現実だろうが、どうでもいい。俺は自分のやりたいと思ったことをやらせてもらうだけだ。今のこれは単なるけじめでしかない。

 だが佐々木はそんな俺に追い打ちをかけるかのように、

 

 

「……本当によかった。キミが無事で」

 

横断歩道を信号待ちするべく立ち止まるやこちらを真摯に見つめてきた。

 

 

「知っての通り、僕は自分で言うのも悲しくなるぐらいに内向的な性分である上にこんななりだ。まともな友達なんてキミを除けばいないようなものでね」

 

 自嘲ともとれる発言だったが佐々木の表情は笑っていない。

 国道沿いではないといえ夕方の時間帯の交通量はまばらで律儀に信号待ちをしない輩も少数派ではないのだろう。事実として俺もそうだったし。

 ただ流石に交通事故にあった――事故に関する記憶は皆無だが――ともなれば多少なりとも交通ルールについて考えさせられるというものだ。

 

 

「塾でも学校でも他人との会話は皆無さ。知識だけじゃ世の中にはどうにもならないことが山ほどあるというのに、これでは集団生活を送っている意味がない」

 

 だったら佐々木はどうありたいのだろうか。そこいらの女子高校生みたいに同性でつるんで適当に店をブラブラするのに憧れているか、はたまた乙女チックな思考回路でもって異性との恋愛体験なんてものを空想したりしているのか、俺には甚だ不明だが少なくとも佐々木とハルヒが対極の存在であることは確かだった。

 あるいは本質的には同じなのかもしれないのだが、あいにくと俺は精神分析が得意でもないのでそういうのは得意そうな古泉にでも任せるとするさ。あの野郎の顔も長らく見ていないがな。

 信号が切り替わり、青になったので再び歩きはじめる。

 俺は取り繕うかのように、

 

「安心しろ。オレもお前と同じようなもんだ」

 

夢遊病患者のような気だるい足取りでもって前を向きながら、 

 

 

「同じ中学の奴なんざクラスにそういねえし、もともと仲が良かった奴も実のところは大した会話をするような間柄でもなかったからな」

 

「……」

 

「気に病むこたあねえさ」

 

笑えるほどに気休めな戯言を吐き続けた。

 それから暫く会話がほつり、と切れてしまう。

 

  

「やれやれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このまま無言の間がいつまで続くのだろうか。

 いつしか空は暗くなり始めているし、佐々木の家まで長い距離とはいえ必ず到着するわけで俺としても何かしらのアプローチを試みるべきである。

 と、結論付けた俺が喋りかけようとした瞬間に、

 

 

「……違う」

 

佐々木がピタリと足を止めた。

 

 

「違うよ、キミと僕とは違う」

 

 いったいなんの話やら。

 

 

「本当の僕はキミが考えているほど単純な人間じゃない。もっと打算的で、もっと汚らわしいのが僕の本質なんだ」

 

 俺は何か地雷を起爆させるような発言をしてしまったのだろうか、暗がりも相まって彼女の雰囲気は確かなアンニュイさを感じさせる。

 嫌なら自分のことを無理に好きになる必要はないが、それを俺に向けられたところで快いものでもなかろう。

 これ以上間を悪くするのも嫌なので、

 

 

「べつにいいだろ」

 

「えっ……?」

 

「いいんじゃあねえのか、それで」

 

思ったままのことを適当に述べる作戦に出ることに。

 

 

「どっかの誰かが言ってたんだがな。曰く『変わりたいと思う気持ちは自殺』なんだそうだ」

 

 この言葉の意味はよくわからんがそれとなく重みを感じるのは何故だろうか。

 実のところ答えはシンプルで、ヘンに大人ぶりたいだけな気がする。

 

 

「オレなりに考えてみたが、結局のところ自分を活かすのも殺すのも自分ってことじゃあないのか、でもって人間は自分本位だから何かと正統さや理由を求めちまう。そりゃあ否定する方が楽だわな」

 

 俺は知っている。

 

 

「お前は自分が評価されるために馴れ合うのが嫌なんだろ。ぬるま湯に浸かって他人のいいところだけを見るのが嫌なのさ」

 

 この生き方を良しとしない奴を。

 

 

「オレはお前の方が圧倒的に人間ができていると思っているし、お前がどう言おうがこの認識を改めるつもりはねえ」

 

 ノリが悪い、ズレている、ちょっとおかしい。んなもん言いたい奴に言わせときゃいいのさ。

 

 

「佐々木、お前の生き方を誰も保障する奴なんかいないだろうが、オレは保証するぜ」

 

 だからよ。

 

 

「自分を否定するのはやめろ。カッコつけにはなるが意味はねえ」

 

 なーんて、いや、そんなつもりは更々なかったのにどうして説教じみた話になったんだ。

 若干のデジャヴを感じながら「余計に気まずくなったんじゃね?」などと内心の焦りをつのらせていると、

 

 

「くくっ」

 

佐々木は今日一のスマイルを浮かべていた。

 

 

「優しいんだかおせっかいなんだか、キミは指導者に向いてそうだ、それも教師に」

 

 まさか、俺が教壇に立つなど間違ってもあってはいけない。何より生徒が気の毒ではなかろうか。

 

 

「適性の問題さ。僕の見立てはそこそこ正しいはずだよ」

 

「ほめ言葉として受け取っておくぞ」

 

「もちろんだ、僕はキミを尊敬しているからね」

 

 いくらなんでも持ち上げすぎだ。

 

 

「知らなかったのかい? 僕は前から――」

 

 ようやくよどんだ空気が吹き飛んだかと思えば佐々木が何か言いよどんだ。

 

 

「ん?」

 

「――いや、なんでもない」

 

 ならいいんだが。

 そして気が付けばけっこう遠くまで来てしまっていた、佐々木の家からは近いということだがここいらで腹をくくらねばならない。

 前にも似たような質問をしたが今回は違う、ダークシティという映画をご存じだろうか。

 ご存じない方はぜひ観た方がいい、名作だからな。

 

 

「なあ佐々木」

 

 さてもう何回目だ、こんなことを言うのは。

 

 

「お前、オレが異世界人だっつったら信じるか?」

 

 流石の佐々木も即答とはいかなかった。

 再び歩みを止め、目を細めながらさきほどやったよう俺を嘗め回すように見てから、

 

 

「異世界人?」

 

「ああ」

 

「キミがかい?」

 

「まあな」

 

「……ちょっと整理させてくれないか」

 

 毎度ながらこれを言われた方はどんなことを俺に対して考えているのやら。

 俺がこんなことを言われる立場だとしたら自分が気の毒だし相手の頭も気の毒だと思うはずだ。つまりそういうことなのだろう。

 

 

「ええと、異世界人ってことはこの世界とは別の世界から来たってことかな、パラレルワールド」

 

「その認識で概ねあってるな」

 

「キミはいつからこの世界に来たって?」

 

「実を言うとだな、病院で眼が覚めた時からだ」

 

 ひょっとすると事故のショックで頭がイカれたんじゃないのか、でもこのことを本人に言うのはちょっと失礼すぎるな。みたいな空気なのを俺は気にしない、そして佐々木も気にしないでくれた。

 

 

「詳細は割愛させてもらうがオレは何度も他の世界に飛ばされてるらしい。正直どこもそう変わらん世界だな、歴史も文明体系にも差はないはずだぜ」

 

「どういうことだい?」

 

「はっ、こっちが聞きたいぐらいだ」

 

 信じなくてもいいさ、と付け足しておく。

 

 

「ふと目が覚めたら違う場所、違う時間、違う景色、いいかげんにしやがれって感じだが現状は文句を言うべき相手も不明でよ。帰り方なんてもちろんわからん」

 

「だけどキミは僕を知っている。本当に平行世界から来たとは……にわかには信じがたい」

 

「オレが一番信じられん」

 

 何より信じたくはなかった。この世界にハルヒがいないということを。

 

 

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