ロックマンZAX GAIDEN   作:Easatoshi

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 一週間の延期を経て、ついに最終話投稿となります。 ここまでお付き合いいただいた皆様方には感謝です! ……運動会の行方は!


後編『ザ・ファイナル(最終話とは言っていない)』 ※

 

 奇異の視線に晒される痛さに身をやつしながら競技に取り組んだ運動会。 長距離走に棒高跳びや走り幅跳びなどのオリンピックの課目にも含まれる本格的なカテゴリから、市民との親睦を兼ねた大会でもある為、日本における小学校の運動会に倣って綱引きや大玉転がしなど、子供でも参加できる微笑ましい様々な競技が行われ――――

 

「もうやだ……おうち帰りたい」

「全然ダメだ……死にたい」

 

 その全てにおいてエックス達のチームは勿論惨敗だった。 死んだ目つきで項垂れるエックス達の頭上には暗雲が立ちこめる。

 

「……お前らマジでゴメン。 俺ホントどうかしてたわ」

 

そして正にその戦犯と化したゼロ本人のメンタルは最悪だった。 最早開き直る余裕もなく、ただ不貞腐れるばかり。

 

「!! いやいやいやいやいや!!!! 謝んないでよ!!」

「ゼロのキャラ的にそこは開き直るところさ!! ほら! いつもみたいに堂々とするんだ!!」

「イヤもうダメだ……俺心折れたわ……」

 

 仕舞いには巻き添えを食った側のアクセルとエックスに励まされる有様だった。

 エックスやアクセル達は確かに頑張って成果を出し、何とかレプリフォース側に引き離されないように耐え忍んできた。 しかしそれ以上にゼロの成績がダメダメだった。

 長すぎる胴が仇となり、綱引きでは体を曲げられず寝そべって綱を引いて当然のように競り負け、走る系の競技では重心のバランスが取り辛く上半身を激しくシェイクさせて周囲の笑いを招いた挙げ句転倒。 棒高跳びは体の長さに対して棒の全長が足りず地面につんのめり、大玉転がしに至ってはハムスターが如く玉の回転に巻き込まれて隣のゴールに豪快に自分諸共シュートを決める有様だった。

 無論エックス達もそれをある程度予想していたからこそ、ゼロをフォローする為の今回の頑張りだった訳だが、彼に挽回する機会として当て込んでいた玉入れの競技が行われる事はなかった。

 

「ありえねぇだろ……ケインのじじいが昼飯だとか言ってよ、玉入れのかごに使う竹竿で流しそうめんなんか始めやがって……それで道具が足りなくなって競技中止だぞ……?」

 

 いじけるゼロの言葉にエックス達は冷や汗をかく。

 そう、期待していた玉入れの競技は、ケイン博士が唐突かつ狙い澄ましたかのように流しそうめんを始めたとかで、競技のために使うかごを急遽用意できなくなって中止に追い込まれたのである。

 これにはエックス達も愕然とし、競技を楽しみにしていた子供達もがっかりすると抗議しようかと思いきや、ジャパニーズナガシソーメンだとかテキトーな事抜かしてまんまと周囲の人間を懐柔してしまったために、ケイン博士に迂闊に文句を言えなくなってしまったいきさつがあった。

 

「うっ、い、いやあれは運がなかったと言うか……わざとかな?」

「ま、まあ参加した子供達喜んでたしそれは良かった……とでも思うしかないんじゃ――――」

「活躍の場潰されて良かった訳ねぇだろ!! このままじゃ俺はただバカを晒しに来ただけじゃねぇか!!」

「……まあその体で参加する事自体馬鹿なんだし――――」

 

 エックス! 慌てるアクセルのかけ声に慌てて口を塞ぐも時既に遅し。 ゼロはエックス達以上に暗い影を漂わせながら、その場にうずくまるように三角座りしていじけてしまった。 胴が長いのでロクに足を抱えられていないが。

 

「ああそうさ、どーせ俺はムノウテツクズゼンマイジカケだよ……このままうだつの上がらんクソアホイレギュラーになって、一世紀後のシリーズでも言いように使いっ走られる人生が待ってるんだよーだ……」

「「(めんどくせぇなオイ……)」」

 

 クソアホイレギュラーは元からだろ、とまで言わなかったのは優しさからか面倒なのか、まあ後者であろうが、とにかくこのままではゼロは本当に性根が腐り落ちてしまう。 せめて彼をどう立ち直らせればよい物か有効なアイデアが思い浮かばない中、無情にも運動会はついに佳境へとさしかかる。

 

<ただいまより最終プログラム『障害物リレー』が行われます。 参加者は控え室へと集合してください>

 

 エックス達が今大会の目玉として意気込みをかけた最終プログラム『障害物リレー』がついに行われる時が来てしまった。 エックス達は苦虫をかみつぶすように顔をしかめた。

 得点をとれないゼロへのフォローで消耗し、当の本人は戦意を喪失しつつある現状、はっきり言って最悪のコンディションで戦わなければならない。 許される物なら逃げ出してしまいたいと弱気になりかけるが、強引な手を使ってテストをかいくぐり、ここまで競技に取り組んできた手前、彼らにとってももう後に引けないという思いがそれを押しとどめた。

 

「……エックス、迷う事なんかないよ。 ここまでやっちゃったんだもの、やるしかないよ」

 

 エックス本人にとっては言われるまでもなく、ただ黙って首を振ると2人でゼロの体を抱え込んだ。

 いじけたまま一向に立ち上がろうともせず、ただ座り込んだままのゼロの体を強引に引きずり、選手の控え室へと向かう。 これまでのプログラムで散々間抜けなシーンをさらしてきたゼロを見て、他の選手達から失笑が漏れる。 ――――知った事か! 笑いたければ笑えと言わんばかりにエックスとアクセルは内心悪態をつく。

 

「……じゃあエックス、表彰台でね」

「ああ……」

 

 耳障りな笑い声を吹き飛ばすにはただ一つ、最早勝つしかない。 その為にはなんとしてでもアンカーのゼロに立ち直ってもらわねば。 この競技において選手達は、駅伝のごとく中継ポイントでバトンタッチする方式である為、アクセル達とはここで別れる事となる。 エックスはゼロをアクセルに任せ、去って行く黒い背中を見送った。

 

「(出たとこ勝負だ。 アクセルの言う通り、もうゼロを信じてやるしかない)」

 

 何度も自分に言い聞かせながら、控え室についに来た係員の案内に従い、後を追う。 薄暗い通路の先に明かりが見え、くぐり抜けた先は歓声に沸く競技場。 外は徐々に日が傾きはじめ、既に夕焼けに染まり始めている。

 

<それでは選手の入場です! 観客の皆様は盛大な拍手を!>

 

 会場のアナウンスに従う観客達の笑顔の拍手で迎えられるエックス達。 しかし一部の観客達に紛れ、その表情に明らかに種類の異なる笑みを……失笑を漏らす者達が居る事を、エックスのアイセンサーはしっかりと捉えていた。 何をして笑っているかかはわかりきっているが、あえてそれを咎めるつもりはなかった。

 

「クックック、精々醜態をさらさないよう気をつけるんだな」

 

 隣の選手はたてがみの立派なレプリフォース所属のライオン型レプリロイド『スラッシュ・ビストレオ』の姿だった。 貨物列車とはいえ鉄道に簡単に追いつくほどの脚力を持つ彼は、当競技における優勝候補の筆頭だ。

エックスを煽るような物言いは、彼の後ろに控えるゼロをひっくるめての事だろう。 仲間を馬鹿にする物言いは気に食わないが、今は競技に集中だ。

 スタートラインに並び、クラウチングスタートの姿勢を取る。 会場が一斉に静まりかえり、固唾をのむ観客の視線が一斉に突き刺さる。 緊張から速まる動悸、段を踏みつける足に否応なく力がこもる。

  

 時が止まったように長く感じられるたったの数秒間の後、スタートラインに立つ係員の空に掲げた空砲が鳴り響く。 選手一斉スタート!

 

「トップは戴きだぜ!!」

 

 真っ先に先頭へと飛び出したのはビストレオだった! かつて戦った際に見た彼の脚力は健在どころかむしろ強化されており、リレーが始まった正にその瞬間から既に大きく差を開けられる始末だった。

 

「(速い!! まさかこれ程とは……!!)」

「ははっ!! 俺に足の速さで勝とうなど10年早い――――」

 

 遠ざかる余裕綽々のビストレオの背に起きた異変にエックスが気づいたのは、正にビストレオが振り返って煽り文句を口にしたその時だった!

 

 ビストレオの背中に輝く赤い斑点が浮かび上がり――――突如上空から斜めに光の弾が撃ち下ろされる!!

 

「超特急で置き去りにして――――アババーーーーーーッ!!!!

 

 エックスが足を止めとっさに身をかばったと同時に、ビストレオは光弾に直撃!! 激しい爆風に会場一時騒然!!

 

「くっ……一体何が!?

 

 舞い上がった土煙が晴れると、トラックを抉るクレーターが生じ、そこに黒焦げになったビストレオが駆け足のままの姿勢で硬直! 何が起きたかわからないと言わんばかりに目を点にする有様だった。

 

<おおっとビストレオ選手! 『イルミナ』の攻撃に全身をムラなく焼かれてしまったーーーー!!!!>

 

 エックスはその名に覚えがあった! 光弾の飛んできた方向を振り向き、観客もまた一斉に振り向くと驚嘆の声を上げた!

 

 ――――そう、会場を見下ろす巨大メカニロイドのあまりに大きな影に!

 

「(な、何でこのメカニロイドがこんな所に!?)」

 

 正式名称『ビッグ・ジ・イルミナ』……かつてエックスが『ナイトメア事件』の際に遭遇した巨大メカニロイド。 巨体を生かした射程の大きな攻撃とタフネスを誇る厄介者で、本体を直接叩くよりエネルギーの給電ケーブルを切ってようやく撃破した事は印象深い。

 しかしエックスにとってそんな事よりも、どうして()()がこの運動会の会場にいるのか――――

 

<障害物競走と言ったじゃろ。 最後の競技だけはド派手に盛り上げてやろうとな、わしがこっそり直しておいたのじゃ! ま、精々攻撃をかいくぐりながらバトンを受け渡していくんじゃぞ!>

 

 その答えはケイン博士の道楽だった。

 

「(障害物ってレベルじゃない!!)」

 

 レプリロイド相手に普通でない障害物が用意されるのはなんとなしに理解はできるが、それにしても『コレ』はいささかやり過ぎではないか? 今まで競技自体は全うに行われていた後で唐突に殺しにかかるようなハードルの上げ方に、エックスは顔を引きつらせざるを得ない気分だった。

 

「ひ、ヒィッ!! こんなのが出てくるなんて聞いてねぇよぉ!! 俺は逃げるぜぇぇぇぇぇぇ!!!!

 

 すると、イルミナの容赦のない攻撃に怖じ気づいたであろう一人が、腰の引けるような言葉を口にした後にトラックから逃げ出してしまった!

 

 

――――直後、彼はどこからともなく飛んできた鉄球に吹き飛ばされ、宙を舞う。

 

 目が点になるエックスが、選手を吹き飛ばした鉄球の引っ込む動きを見た先には――――

 

<ドップラーとの共同作であるマオー・ザ・ジャイアントもおるぞい!!>

 

 そこにはイルミナに勝るとも劣らない巨大メカニロイド『マオー・ザ・ジャイアント』がいた!

 

<逃げたら()じゃぞ! あ、因みに後には『CF-0』も控えておるからな! ……それとダメ押しにコースにも罠や障害物が配置されとるからの、心してかかれ!>

 

 ……どうやらケイン博士はここに来て選手を殺しにかかっているらしい。 横暴ともいえる彼の処遇にさしものエックスも抗議しようかと考えるもつかの間。

 

「――――ヒャッハーーーーーーーーッ!!!!」

 

 まさかの観客大興奮。 ビストレオの不意打ちに静まりかえった会場が一転して熱狂ムード!

 

「殺せ殺せぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「これだから運動会はやめられねぇぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 お前ら何しに来たと言いたくなるような場違いな、しかし荒っぽい声援が一斉に会場を支配する! エックスは一体何の大会だったのか一瞬わからなくなったが、呆気にとられる彼の意識を競技に引き戻したのはビストレオだった!!

 

「――――ぬぅおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 我に返ったビストレオが、固まる選手達を置き去りに抜け駆けしたのだ!!

 

「どっちにしろやらなきゃやられるんだ!! やるこたぁ変わらねぇ!! 俺達レプリフォースが先にゴール――――ぎゃあああああああああああッ!!!!

 

 足を踏み抜いた先にトラバサミ!! ビストレオは足を挟まれた拍子に転んで次々と引っかかる!! 激痛にのたうち回る彼の姿に戦慄しながらもエックスは思った。

 

「(次にバトン渡すのダグラスだったけど……大丈夫かな?)」

 

 

 

 

 

 

  

 

 異様なムードに包まれながらも競技は進み、ここは最終ポイント。

 アンカーの選手が戦々恐々とバトンを待ちわびるこの場において、ゼロは相変わらず不貞腐れていた。 膝をついて地面に「の」の字を書こうにも、長すぎる胴は腰を曲げる事を許さず、その字を空中に描かせる始末だった。

 

「随分と腑抜けているな、ゼロ」

 

 隣から滑舌の良い男の声がゼロに問いかける。 力なく目をやった先には白を基調とした、翼の生えた馬形のレプリロイドがいた。 彼は確かレプリフォースチームのアンカーを務める――――

 

「ハルシオンだったか?」

「ペガシオンだッ!! スパイラル・ペガシオンッ!!」

 

 名前間違いに鼻息を荒げて抗議するペガシオンと名乗る彼。 そう言えばそんな名前だったか……ゼロは記憶を辿ると、中々に使い勝手の悪い技をラーニングさせてくれた奴がいたと思い出す。

 が、今はどうでも良かった。 競技もこなせず笑いものにされ、心の折れたゼロは何に対しても関心を持てず、フレーメンするペガシオンにそっぽを向く。

 その態度が余計に気に食わなかったのか、ペガシオンは指を指してゼロに告げる。

 

「いいか! この障害物競走でアンカーとして君と闘う為、僕は体重だってわざわざ増やしてまでトレーニングを重ねてきたんだ!!」

「それがどうした?」

 

 ゼロはやる気なく返事をするが、ペガシオンは更にヒートアップする。

 

「実に辛かった……しかしそれも全ては対等な条件で正々堂々と闘って勝利する事に意義があるから……なのに何だその体と腑抜けた態度は!! 僕は正直言ってがっかりだ!!」

「そうか、勝手に失望してろ」

 

 失望したと告げるペガシオンに、変わらず投げやりな対応をするゼロ。 すると一向に張り合おうとしない自身に業を煮やしたのか、ペガシオンは歯軋りする。

 

「……こんな、こんなふざけた輩じゃさぞかしアイリスも浮かばれないだろうな」

 

 見下すような……しかし物理的には見上げているペガシオンの物言いに、ゼロの体が僅かに動いた。

 

「君のようなへたれ切った男に彼女を任せてはいられない。 聞けば君は優勝の暁に彼女とチョメチョメする腹づもりらしいじゃないか……でも、果たして今みたいな意気地無しで、勝利するどころか彼女との関係もいよいよ危ういんじゃ?」

「……おいこの野郎、今なんて言った」

 

 両手を広げて呆れたようにため息をつくペガシオンの聞き捨てならない物言いに、火が消えかけたゼロの心の奥底に、僅かながら熱がくすぶった。

 ペガシオンもまた、アイリスに思いを寄せていたのは知っていた。 それだけにこの場で煽るような奴の口ぶりから、ある一つの胸くその悪い考えが頭をよぎる。

 そしてその想像は正しかったと、他ならぬペガシオンが打ち明けた。

 

「なに簡単さ、君が僕にあっさりと負けるようなら、彼女は僕がもらい受ける! 君のしなびた豆バスターより、()()()の僕の方が優れていると証明してやろうじゃないか!

 

――――ゼロの闘志を一気に燃え上がらせるには、それだけで十分だった。

 

「――――ずああああああああああああッ!!!! 負けてたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「ぬおおおおおおおおおおおおおおお!!!! それはこちらのセリフだああああああああああああああ!!!!」

 

 彼らの背後から2人の男の声がした。 振り返った先には肩をぶつけ合いながら息を切らす、既に傷だらけで満身創痍なアクセルと、同じく煤こけてボロボロになったペガシオンの前の選手であるエイ型のレプリロイド「ジェット・スティングレン」の姿が迫っていた。 しのぎを削りながら猛然と走り寄ってくる2人はこちらと目が会うやいなや、手に持ったバトンを前に突き出した!

 ペガシオンも少しずつ前に出てリードを稼ぐ! しかしゼロは出遅れたか動かない!

 

「貰った!!」

 

 ぶつかり合うアクセルの肩を突き飛ばし、足がもつれたのを見逃さなかったスティングレンは一瞬ペースを上げてリード、一早くリードを取っていたペガシオンにバトンタッチ!

 

「後は頼んだペガシオン!」

「任せろ! ――――お先に失礼ゼロ!」

 

 ペガシオンの背中はあっという間に豆粒のように小さくなった。 体重を増やしたとは言え、元々身のこなしの軽い彼は走りにおいても無類の強さを誇る。 純粋な脚力では到底敵わないだろう。

 

「! しまった!!」

「リードもしないでなにやってんのさっ! ゼロっ! ほ、ほら早くバトンを――――」

 

 ペガシオンの言葉を反芻するあまり出遅れたゼロに、アクセルは足がもつれたまま、急かすような口ぶりで慌ててバトンを渡そうとして――――

 

「やばっ!」

 

 腰砕けを持ちこたえようとするも、とうとうゼロのすぐ後ろまで来て転んでしまった!

 そして手に持ったバトンの行方は!

 

ブスリッ♂♂

 

あるのかどうかも分からないゼロの退場門に突き刺さった!!

 

「アッーーーーーーーー!!!!」

 

 クジャッカーでさえ咲かせる事の出来なかった薔薇の花が、今見事に開花した瞬間だった! ゼロは痛みのあまり尻にバトンが突き刺さったまま猛然とダッシュ! 会場はもう大爆笑の渦だった。 

 

「や、やっちゃった――――ってか速ッ!!

 

 しかし侮るなかれ、痛みに耐えかねて走り出したその勢いはペガシオンに勝るとも劣らない健脚! アクセルまさかのやらかしに焦りを禁じ得ないのも束の間、目を丸くしてこちらを見るアクセルの姿が見る見るうちに遠のいていった。

 

 妙ちくりんの出で立ちなゼロがまさかのペガシオンを上回る速さに、試合を見ていた人員の大半が過呼吸を起こし、中には担架で運ばれる者も出始める始末だった。

痛みのあまり飛びそうになる意識を堪えながら、ゼロの脳裏はショックで忘れかけていた負の感情を思い出していた。

  

「(クソッタレ!! どいつもこいつも何なんだ!! 客には笑われアクセルには尻にバトンを刺され……何よりムカつくのはあの野郎だ!!)」

 

 しかしそれは気落ちするような種類ではなく、寧ろ激情に駆られそうな業火の如き怒りであった。 ゼロは先を行く、今は見えないペガシオンの背中を憎々しげに捉えていた。

 

「(ペガシオン……アイリスにちょっかい出そうとしてる上に、俺のバスターがお前のより劣るとか抜かしやがって!!)」

 

 ゼロにとって、気落ちしている時に自前のバスターを引き合いに挑発したペガシオンを到底許す事は出来なかった。  彼にとって自身の命よりも大事なバスターを侮辱される事は、万死に値する無礼だった。

 

「(正面切って勝つ事に意義だと……いいだろう、そんなに勝負がしたければ――――!!!!)」

 

 死んだ魚のような目に、強い光が戻ってきた。 直後、ゼロは尻に刺さったバトンを引き抜いたその瞬間、全力疾走の最中にも関わらず大きな叫び声を上げた!

 

「てめえの馬並みより俺のビンビンのバスターが優れてる事を教えてやるぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

 ただでさえ速いゼロの足が、ギアを上げたようにもう一段階速度を増した! そしてエックスとアクセルをボロゾーキンに仕立て上げた、過酷な障害物リレーの中で更に凶悪なアンカーの走行区間、目前に迫るはなんと対戦車用の地雷原だった!

 ゼロは飛び込んだ! そして地雷を踏み抜いた!!

 

「アバーーーーッ!!!!」

 

 爆風がゼロを包み込む! ゼロ一瞬で黒焦げのアフロヘアーに! これまた会場大爆笑!

 

「――――負けるかぁッ!!!!」

 

 しかし勢いは止まらない!! 地雷を踏み抜いたその足は健在で、構わずに次の地雷を踏み抜く勢いで足を動かし、更に地雷を踏む!

 

「うぼぁッ!!」

 

 またも爆発!! それでも勢いは止まらない! ゼロは爆風をものともせず、スプリンター顔負けの速度を維持したまま、強引に地雷原を突破!!

 

<す、すごい!! コレは速いゼロ選手!! まさかの全力疾走で地雷原を駆け抜けた!! え、え~っとケイン博士!?>

<……お、おう。 コレは驚きじゃのう>

   

 会場にスピーカーを通して伝わる司会とケイン博士の驚きように、盛大に笑っていたはずの観客も目を丸くしてみていた。 しかし今のゼロのそんな事を気にする余裕はない。

 ペガシオンよりも自前のバスターが優れていると証明するという、ナチュラルにお下品な感情に染め上げられたゼロは、ただ一心不乱に罠の敷き詰められた攻撃の激しいトラックを駆け抜ける!

 

 レーザーに鉛弾の弾幕! ゼロの体に全弾命中!!

 

「アババーーーーッ!!!! ――――負けるかぁ!!」

 

 弾のカーテンをくぐり抜けた先は火炎地獄!! 火炎放射で塞がれた進路を回避するには、段差に上って細い通路を綱渡りのように――――は行かず、なんとゼロは直進!!

 

「アツゥイ!! アーツ!! アッー!! アッツイ!! ――――ぬうぉぉおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

 炎に巻かれてこんがりジューシーに焼き上がってしまうも、それもゼロは突破!!

 

 その後も水攻め、電撃、触手もといカメリーオの舌責めにもだえ苦しみながらも決して勢いを落とさず、仕掛けを突っ切って文字通りの最短距離をショートカット!!

 破竹の勢いはとどまる事を知らず、笑いの種という別の意味で期待を寄せていたケイン博士達観衆も、ゼロの鬼気迫る迫力にその目的を忘れ、いつしか固唾を呑んで彼を見守る立場になっていた。 それは本来の運動会の目的である健全なスポーツマンシップ、それを目の当たりにしているような盛り上がりだった。

 銃弾を何発撃ち込まれようが炎に巻かれようが、がむしゃらに突き進むゼロ。 その甲斐あってか、遂にゼロは憎きペガシオンの背中を捉えた!

 

「逃がすかペガシオン!! 俺を舐めるなよ!!」

「なにッ!?」

 

 ペガシオン、背後を振り返り度肝を抜かれた! 己のバスターを馬鹿にしたNTR馬を射程圏内に捉えた時、観客席から一気に歓声が上がった!

 

「ぼ、僕が足で追いつかれるだと!? そんな事があってたまるか!!」

「コレが現実だこの野郎!! 大人しく聞いてりゃ好き勝手言いやがって!! てめぇに俺のバスターの凄さがわかってたまるか!!」

「怒るとこそこかよ!! いや、そりゃ煽ったのは事実だけど!! 僕はただ純粋に勝負が――――」

「吐いた唾飲み込めると思ったら大間違いだこの野郎!!」

 

 5メートル、4メートルと、次第に距離を縮めていく中3位以下を大きく突き放し、最早2人の独壇場と化していた!! そしてゴールまで残り直線200メートルに迫った時、ゼロはついにペガシオンに並ぶ!! 思いがけぬ接戦に観客の興奮はクライマックスだ!!

 

「ち、チクショウ!! いいさ、こうなったら僕もなりふり構っていられないッ!! ――――ヒヒーン!!

 

 追い詰められたペガシオン!! なんと唐突に四つん這いになり、本当の馬さながらに四本足でかけ始めたではないか!! 追い詰めたはずのペガシオンとの差が再び開こうとしていた!

 

「負けるか!! 俺も四つん這いになるんだよッ!!」

 

 ゼロも負けじと四つん這い!! ペガシオンに迫るスピードでかけ始めた!! 二匹の獣がゴールに迫る!! リードしているのはペガシオン!! その差は縮まらない!!

 

「(だ、ダメだ!! このままじゃ負けちまう!! 同じ速度じゃ距離を縮められねぇ!!)」

 

 ゼロに緊張がほとばしる! 差が縮まらないのに速度を上げられなければ勝ち目はない! 残り100メートルのハロン棒を通過! 痛い思いまでして追い上げたにも拘らず、ペガシオンとの差50センチをどうしても詰めることはできない!!

 

「ゼロ!! 動機が何であれっここまで追い上げてきたのは正直見直した!! だが! 勝つのは僕だぁッ!!」

<ゼロ選手差を縮められない!! 残り30メートル!! ペガシオン選手勝利目前!!> 

 

 この場にいた誰もがペガシオンの勝利を、そしてペガシオン自身も勝利を確信して譲らない!! 

 

「(……そうだ!!)」

 

 ゼロ、絶体絶命のピンチ!! ……と思いきや、絶望の土壇場で奇策を思いついた!!

 ゼロは自身のたるんだ体を締め付けるコルセットの存在を思い出した。 取り付けに文字通り骨を折ったことも、そして()()()()の存在についても――――

 

「(だが、これをやっちまったら俺は――――)」

 

 取り付けるだけでも難儀したのに、それに加えて()()()()を使用する事は彼自身をして大いにためらう理由があった。 なぜならそれは既に間に合っていて、本来使う予定もない……何よりも彼自身の命が危険にさらされる絶望的なリスクがあった。

 しかし……。

 

「(奴との差を縮めるには、もうこれしか方法はない!!)」

 

 残り15メートル! 悠長に考える時間はない!!

 

「(いいさ、やってやる!! 後の事はどうにでもなれッ!!)」

 

 残り10メートル!! もはやゴールは目の前!! ゼロは決断した、今使わないでいつやる!?

 

「(俺は悩まない……目の前にゴールテープがあるなら……)」

 

 ゼロは4本足で走りながらも、いやに長い胴体に手を伸ばし――――

 

「5……4……3……勝ったッ!!

<ゼロ選手、差が縮まらない!! ペガシオン選手1/4馬身差のまま――――>

 

「た た き 斬 る ま で だ ッ ! !」

  

 コルセットの()()()()()()を押した!!

 

 瞬間、ゼロの胴体に更なる圧迫感が襲い掛かった。 金属をプレス機にかけたような、体内の部品という部品がひしゃげる音が、体内の振動を通してイヤーセンサーに響く。

 それに伴い、圧迫によって行き場を失った贅肉は、さらにゼロの全長を押し上げる! 足のピッチを上げずとももたらされた瞬間加速度は、ごく僅かな差だが前につんのめるペガシオンの鼻先を超えた――――それは正に『飛んだ』ような感覚だった。

 

ゼロの身に起こった出来事を、一瞬誰もが知覚できずに言葉を失った――――51センチ、突然伸びた身長が僅差でゼロに勝利のゴールテープを切らせたのだ。

 

 

勝者ゼロ、ハナの差でペガシオンにまさかの逆転劇を演じきった。

 

 

<ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオルッ!!!!>

 

 司会の叫ぶような実況と観客席からの惜しみない賛辞が、花吹雪と共に一斉にゼロの頭上へ降りかかった。

 

「馬の僕が蹴られるとは……フフッ、人の恋路を邪魔するべきではなかったな……お見事!!

 

 そしてペガシオンはゼロの健闘を称えながら、走り去ったその先で文字通りの爆発四散ッ!!

 

<なんて、何て素晴らしい試合だったのでしょう! これこそ、これこそ正に我々が目指した運動会のあるべき姿ではないでしょうか!!>

<終始バカに徹して、面白い物を見せてくれるなどと思ったワシは恥ずかしい!! ゼロの、彼の健闘を称えずにはいられんぞおおおおおおおおお!!!!>

 

 観客席からゼロコールが巻き上がり、司会とケイン博士もまた声色に感涙が混じる。 この試合を見ていた誰もが、動機はさておき全力で競り合うゼロの姿に魅せられてしまったのだ。 

 

 しかし……当のゼロは勝利を得た安堵感も束の間、無理をした代償を今ここで支払う形となってしまう。 コルセットの圧迫によって降りかかった胴体の破損から、走った勢いを緩めたその直後に地面に突っ伏してしまった。

 次第に耳が遠くなるような感覚と共に視界がぼやけ、暗転していく中で最後にゼロが見たのは、慌てて駆け寄ってこちらの様子を窺うライフセーバー、そしてレイヤーとスカートを覗かせるアイリスの姿だった。

 

「あ、アカンわこれ」

 

 闇に落ちるその直前、耳に残ったのはライフセーバーからの無慈悲な診断結果だった。 相当な無理をした……覚悟はできていたが、やはり助かる見込みはないという事だろう。 ならば悲しげに見下ろすアイリス達のためにも、辞世の句を残しておく他ないだろう。 ゼロは最後に一言だけ残し、死後の世界へと旅立つ事とした。

 

「白か……」

 

 

 

 

 

 

 イレギュラーハンター『ゼロ』。 ざっくりと『予後不良』と判断され、安楽死さる――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エックス! もう昼休みは終わりだよ!」

 

 心地よいうたた寝の中にいたエックスを、休憩時間の終わりを告げに来たアクセルによって現実へと引き戻される。 欠伸をかきながら起き上がるも、すっかり涼しくなった秋の空気はエックスに程よい寝心地を与え、起きた直後の倦怠感はなかった。

 目的を果たし、さっさと部屋から出ていくアクセルを流し見ながら、エックスは自身が突っ伏して寝ていたデスクの上を……その上に置かれている写真立てに目をやった。

 

 ……かつての運動会の夢を見ていた。 もう二週間も前の出来事だが、エックスにとっては昨日のことのように感じられる。

 同じく役目を終えたダグラスやアクセル達と共に固唾を飲んで試合を見守り、そしてもたらされたまさかの大逆転劇。 最後の最後で根性を見せハンターチームに優勝を捧げるという、名誉挽回どころでない見事な大金星に、エックス達はこれまでのグダグダっぷりを忘れ感極まってゼロのところへ駆け寄った!

 

 ところがゼロは倒れ込み、横をすり抜けてわれ先に駆け寄るは医療班のライフセーバー。 嫌な予感と共にゼロの周囲を3回周って軽ーく調べた所、彼の口から出たのは――――

 

「あ、アカンわこれ」 

 

 あまりに残酷で悲しい結末だった。 健闘した勝者に降りかかるは天への誘い。 助かる見込みのない彼に勝利を祝う間もなく、直ちに安楽死という永遠の別れが舞い込んだのだ。

 遅れて駆け寄ったアイリスとレイヤーが、必死でゼロに呼びかけるのを今でも記憶している。 そして意識のないはずのゼロが、両ひざをついて身を屈めるアイリスを見上げ「白か……」と呟いたこと。 悲しげだったアイリスとレイヤーが瞬きする間に能面のごとき真顔に、二人して向き合って無言で頷いたかと思えば、安楽死用にライフセーバーの持ち込んだ高性能爆薬をひったくり、何のためらいもなくゼロの身体に仕掛け、スイッチを入れた。 文字通り跡形も残らずに爆散し、エックス達をしても有終の美を飾ってスッキリしたのもはっきりと覚えていた。

 

 

全てが懐かしく、心に残る出来事だった。 ゼロのダイエットに協力していたあの辛い日々も、終わってみればどれも良き記憶となった。

 ……おっといけない。 もうパトロールの時間が迫っている。 せっかくおこしに来てくれたアクセルに申し訳がない。

 

「それじゃ、また後で」

 

 エックスは写真に向けてしばしの別れを告げた。 

 ……ゼロは今でも生きている。 あの瞬間と共にここにある。 エックスは写真を見るたびにそう思わずにはいられない。

 

 大会の終了と共に撮られた、互いの健闘をたたえ合う集合写真。 その左上に飾られた特等席にいる仏頂面の彼の顔と共に……。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

TO BE CONTINUED




 ……以上を持ちまして、今回の運動会スペシャルを完結とさせていただきます。 いやあ、我ながら相変わらずヒッデェなってシナリオでしたw






 で、今回の完結した感想ですが……うん、一生懸命やったのは間違いないけど、スケジュール的には破綻してたので失敗です(白目)
 ゼロのダイエットのくだりは元々昔からやろうと思ってた事でその部分はあっさり書けました。 しかしそれを話として組み立てるのには途方もない時間がかかり、特にオチの部分は実は他2パターンぐらい考えておりまして――――

1:表彰式の際にゼロのコルセットがはじけ、貯めに貯め込んだ脂肪分が口から重っきり逆流! 元に戻るもシグマがおり悪くちょっかい出しに来て、聖火ランナーさながらにたいまつ投げ込んでゼロだけを焼くつもりが、ぶちまけた脂肪分に点火して会場大炎上、すべてシグマのせいにされるオチ。

2:一応勝利なので恙なくケイン博士と共に旅行にご招待! しかし勝った事に気を良くしてゼロが再び間食を始め、コルセットを持ってしても体を圧迫しきれなくなり、いざ飛び立つ段階でコルセットがはち切れる。
  巨大な玉と化したゼロがハンターベース組を巻き込みながら、飛行機が文字通り内側から粉砕! そのまま向きを変えて国際線を利用しようとしていた某誠君の居る空港施設へと転がり込み、施設崩壊!
  巻き込まれずにすんだアクセルだけが、炎上する空港を呆然と眺める壮絶なバッドエンドオチ。

 なんて物も考えてましたが、炎上も飛行機事故も以前やったので、今回はコレで行こうなんてなりました。 書き始めたの9月の頭からだけど、まあ筆が進まねぇのなんの……でも完結はできたので満足です!

 さて、挿絵も含めていろいろ書いてきた『ロックマンZAX GAIDEN』でありますが、絵の練習も兼ね今回を持ってしばらくお休みとさせていただきます。
 期待を寄せてくれる皆様方には申し訳ありませんが、機会があれば是非またお付き合いいただければと思います!

 でわ! またの機会に!


 追伸:自分はシーズン2が一番のお気に入りだったりします(迫真)

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