アクセルの失神から改めてボロックとの戦闘を始めたゼロだが、歌の衝撃波でコートのめくれ上がりを気にする余り攻めあぐねており、アクセルの危惧した通り防戦一方に甘んじていた。 歌そのものについては、日頃から貫いている『馬の耳に念仏』精神でいなすことはできるが、それでも隊員達から奪った拡声器を片手に歌うボロックは脅威そのものであり、実体のない衝撃波をやたらめったらに放たれている状況に、ゼロは毒づくしかなかった。
<ヒョヒョヒョッ、貴方も随分往生際が悪いですねぇ……>
「こっちの台詞だ。 随分と長い時間歌いやがって、おかげで耳障りだぜ!」
<なにせオールナイトですからね……貴方もワタクシの歌でさっさと昇天させてあげましょう!!>
「お断りだッ! 近所迷惑なんだよ!!」
<ホゲエエエエエエエエエエエエエッ!!!!>
せめてもの煽りにも揺れ動かず、ボロックはまたも拡声器から歌声を放つ。 もはや破壊音波と化した歌声に、ゼロはただ避け続けるしかない。 周囲も憎きイレギュラーによる攻撃の余波で、車は転げて炎上、花壇はなぎ倒され、地に伏せていた隊員達は歌声の巻き添えを食って宙を舞う有様だった。
「(クソッタレ! これじゃアクセルの言う通り何しに来たか分からねぇ!)」
気を失う寸前に言い放たれたアクセルの言葉にゼロは自嘲する。 実際裸に釣られた上に成り行きで飛び出し、犯人逮捕は二の次だったのだが。
それはさておき、お仕置き回路による股間の爆発が目前に迫っており、それを気にして反撃に乗り出せないのでは立つ瀬が無い。 股間のことさえ気にしないのなら、ボロックが歌い出す前に瞬殺するなど容易い。 しかしバスターを完全に消失してしまえば、きんた……もといロボット破壊プログラムが起動し、再びゼロは『妖怪タマヨコセ』になってしまうのも事実である。
攻撃を危なげに掻い潜りながら、ゼロは起死回生の一手がないか思考を巡らせる。
「(ああ面倒だ!! そもそも何でちょっと
※抜かしてない。
「(ちょっとした事故でもいちいち文句言いやがって、不可抗力なもん仕方がねぇだろ!! 寧ろ俺が裸になって何が悪い!!)」
※全部。
「(俺のバスターはな! 世の女性……いや、寧ろ男性も含む人間とレプリロイド全体の共有財産、護るべき芸術作品だ!! 寧ろもっと表に出したっていいだろう!?)」
※駄目です。
一方的に責められる苛立ちも相まってか、法の遵守など棚上げする勢いで思考のドツボにハマりだすゼロ。 いっその事本当にこの場でレインコートを脱ぎ去って、ボロック共々股間の爆発の巻き添えにしてやろうかという、極めて周囲に迷惑な戦法まで頭をよぎり始めていた――――
――――その瞬間、ゼロの脳裏にひらめきが走った。
同時に思い出していた。 つい先程ゼロを苛立たせた無粋なコマーシャル。 ナナの裸をブロックするように差し込まれた、さる美術館が前面に押し出していた裸の男の彫像を。
あれも言ってみれば、芸術という名目で恥部の露出を正当化していなかっただろうか。 いや、正当化等という言い方は相応しくない。 そもそもが、衣服で股間を隠さぬは恥ずべき行いである……その認識が間違ってはいないだろうか?
あれは言わば、天然自然に由来する人間のあるべき姿を模った、美しき肉体ではなかったか? 己を法や目線を理由に包み隠さないからこそ、雄々しき姿に見えるのではなかったか?
……そうだ、己を曝け出すことは何ら間違ってはいない。 ゼロは他者のご立派様を罵倒した己を恥じると共に、今こそその認識を改め……実践するべきではないのかと考える。
そう決意した瞬間、ゼロはその場に立ち止まりボロックを見据えた。
<ムヒョヒョヒョヒョッ!! 遂に観念しましたか!?>
ボロック側からすれば、ゼロがついに戦意を喪失したのかと嘲笑う。 終始有利で余裕めいた奴にはこちらの考えなど分かるまい。 自身がこの状況をひっくり返す反撃の一手を閃いたなどと。 嗤いたければ嗤わせておけ、ゼロもまた不敵な笑みを浮かべてコートの肩を掴み、力を込めて生地を引き寄せる。
今からする事は法律には確実に背くだろう。 場合によっては即爆発もあるだろう……だが、ゼロは昼間の時と同じ己を突き動かした、イレギュラーハンターとしての使命を思い出し、法に屈するまいと自らの意思を強く募らせた。
いや、法に背くのではない――――自分は法の執行人、イレギュラーハンター……即ち!
苦しいながら全てをようやく飲み干したエックスが目の当たりにしたのは、目の前でレインコートを脱ぎ去って肉体美を晒す、顔見知りの赤い馬鹿の姿だった。
鳩が豆鉄砲食らったような顔で硬直するボロックを前に、闇夜の中で燃えさかる車両の逆光を浴びながら、仁王立ちで物怖じしないゼロの姿は歴戦の英雄としての貫禄を感じさせた。 それは正に筋肉モリモリマッチョマンの変態であった。
「おまっ!? な、な、な……!?」
ボロックは激しく動揺するあまりスピーカーを取り落とし、その場にへたり込んでしまった。 エックスもまたその様子を遠目に見て、開いた口が塞がらない気分であると同時に、猛烈な違和感を覚えていた。
何で自分から裸に!? ゼロはお仕置き回路の存在を忘れてしまったのか、アクセルとの掛け合いの中で既に彼は、バスターが爆発して妖怪変化するまで秒読みがかかっている状態ではなかったか? そして何故、全てを曝け出したにも関わらず……股間が爆発しないのか?
「フッ、やはり爆発はしない……か」
ゼロは確信めいた笑みを浮かべ、その理由を自分なりに語り始めた。
「俺はいつも考えていた……そもそも人が何故、生まれたままの姿でいる事を罪としたのか。 そして罪でありながら何故、芸術という形ならそれらが許されるのか」
「え……あ……?」
突如として裸になった理由を語り始めるゼロに、ボロックは十分な距離が開いているにも関わらず後ずさりをし始める。
「それはな、裸であることが人やレプリロイドの内なる欲求であり、それを芸術として表現することこそが、法や倫理で雁字搦めになった今の社会に対する、言わば自己主張であると俺は思ったね。 むしろ恥ずかしい、猥褻だ。 そう言う決めつけで後ろめたさを植え付ける事こそが、全裸を罪にたらしめる」
「だ、だからなんだって言うんだ……!!」
「故に俺は確信した……恥ずかしいと思うことこそが罪だ!! 裸になって何が悪いッ!!!!」
「は……? は……?」
圧倒されるボロックを置いてけぼりにして、遂にゼロはぶっちゃける。
本当に何を言っているのかさっぱり分からない。 露出した筋肉がレプリロイドのあるべき姿かはさておいて、突如服を脱ぎ捨て自己主張を始めるゼロの姿は異様に映っているだろう。 エックスも同じ感想だった。 特にボロックなど、何故ゼロがこの場で服を全て脱いだのか、その背景も含めて何も知らないのだから尚更だろう。
……それよりも、お仕置き回路が一向に作動する気配を見せないのを窺うに、まさか本当にゼロの解釈が通ったという事なのだろうか。 悲鳴を上げているのもボロック一人……相手は犯罪者だから犯人逮捕の一環と見なされているのだろうか。
だとすればラッキーと言うべきか、それにしては腑に落ちない気分だが、さりとてここでエックスがゼロを糾弾したとすれば、まさかゼロの股間がその瞬間に爆裂してしまう……そう思うとエックスはただ見ているしか無かった。
「股間の爆発は無し……どうやらお仕置き回路は俺の堂々とした態度に罪と見なさなくなったか。 さて、股間のことはこれで心配する必要は無い……後は俺とお前の一騎打ちだなボロック」
「ギョギョッ!? よせっ! や、やめろ……それ以上近づくな!!」
一歩一歩犯人に歩み寄るゼロに、ボロックは完全に気圧されていた。 歌声のひどさもそれ自体はゼロにはあまり通じていないみたいで、股間の露出によるペナルティさえ無ければ、攻撃を避けることは容易い。 完全に形勢は逆転したとみて良いだろう。
「これ以上お前の好き勝手にはさせない……人質にも手を出させはしない……観念しろ!!」
「ぐぬぬぬぬぬ……こ、このまま……変態に捕まえられてたまるか!!」
ボロックは震える体を押さえ、取り落とした拡声器を再度拾い上げた。 そして、最後の悪あがきに再びゼロに向けて歌声を放つ――――
<死なば諸共ッ!! ホゲェェェェェェェェェェッ!!!!>
――――その瞬間だった!
ボロックの放つ歌の衝撃波をすり抜け、全力疾走で躍り出るゼロの体躯! それは正に一寸の迷いも無く敵目掛けて一直線に駆け抜ける、電光石火の短距離走者(スプリンター)!
「ひ、ひええええええええええええええええええッ!!!! こっちに来るな変態ぃぃぃぃぃ!!!!」
「変態は影でこそこそ覗きやってるてめぇの方だ!!」
疾風怒濤の駆け足にボロックは怖じ気づく。 震える手先は拡声器の狙いが定まらず、声はうわずって歌うどころの騒ぎではない。 それでも懸命にボロックは歌い、恐るべき火の
既に先は見えた……土煙を上げ、驚愕する犯人との距離を一気に詰め――――ゼロはとどめの一手に跳躍!
そして突き出した脚のつま先から炎を帯び、ボロックへ跳び蹴りを敢行! 余りに素早い一連の動作に、臆したボロックに反応する術は無い!
エックスがほんの瞬きする間に、ゼロの炎を帯びた跳び蹴りがボロックの顔面に突き刺さったッ!!
蹴られた勢いでバイザーにひびが入り、胴体ごと回転して吹っ飛びながら、盛大に鼻血を噴き散らす! ずんぐりと丸い胴体もあって、ゴムボールのように地面を跳ねたり転びながら、ボロックは遙か後方……車の突っ込んだロビーの中にふっ飛ばされていった!
そして燃えさかるキャデラックに頭から突っ込み、そのまま火葬する手間が省けた……ところで、蹴った反動によって空中を縦に回転したゼロが、無駄に華麗な着地を決め一言。
事件解決。 お仕置き回路を恐れて閉じ込めたものの、なんやかんやで蓋を開けてみれば、事件を解決したのはゼロの方だった。
「(立つ瀬無いなコレ……)」
エックスは苦笑いしていた。 結局自分は飲むもの飲んでいただけで、何しに来たのか分からないのは自分やアクセルの方だったのだ。 それを知ってか知るまいか、流し目でこちらに得意げな笑みを向けてくるゼロの姿が、地味にうっとーしかったりもした。
「はっ!!」
ボロックを逆上させてしまい、彼の酷い歌声を間近で聞かされて卒倒したナナ。 きわどい角度でタオルをはだけさせたまま、地面に仰向けに倒れていることに気付き、慌てて生地をたぐり寄せて身を起こす。 随分な時間気を失ってしまったが、果たしてあれからどうなったのか……そう思ってあたりを見渡そうとした時、
「無事だったようだな」
目の前にヘルメット以外裸で立つ懐かしき顔ぶれ、堂々とした佇まいの赤い
鍛え上げられた体躯は威風堂々と、端正な面構えは余裕の笑みを浮かべ、そしてなにより公の場で身の着も無しに平然とするその心構え。
有り体に言えばただの変態がそこにいた。
「ボロックは俺が倒した。 ここに来て奴を斃すまでに随分と苦労はかけさせられたぜ」
ゼロはこちらを一瞥し、親指を立てた。
「ま、肝心な部分はガッチリガードしてたみてぇだが……生で良いもの拝ませて貰っただけでも頑張った甲斐はあるな!」
ついでに可愛いサイズながら自己主張する、自前のバスターもおっ
……ナナはこの時思い出した。 ゼロという人物は間違いなく頼りにはなるが好色で、自身がエックスの為に文字通り一肌脱いだ際、便乗してあんなことやこんなことをしようとしていた、頭のネジの緩いおバカだったのを。
そして今、自分がどんな格好をしているのかを思い返した時、彼の言い分が何を意味しているのかを否応なしに理解した。
故にナナは顔を赤らめた。 気を失う直前まで、自分が誰の為に何をしようとしていたのか。 その事を棚上げにするのは卑怯だと思いつつも、感情が論理的な思考を妨げる。
抑えられない。 ナナはこみ上げる感情の如く目に涙を浮かべながら、腹の底からただ叫んだ。
それはゼロを黄泉路へと送る、天からの調べであった。 粗相に目を光らせるお仕置き回路を、一時は黙らせたゼロの恐れを知らぬ振る舞い。 俺の肉体美は犯罪ではない、そう信じて疑わず不敵に笑う、彼の驕りを完膚なき間に打ち砕くかのように、残酷なまでに変態行為だと現実を突きつける死刑宣告。
故にそうなるのは必然だった。 瞬きするほんの一時の間をおいた直後、使命を思い出したお仕置き回路が、爆発という形でゼロの股間に引導を渡したのは――――