秋の残暑、過熱したゼロの食欲は、遂に危険な領域へと突入する。
前編『炎の減量』 ※
朝方ながら熱い日差しに籠もる熱気、まだ街が夏の残り香に包まれた9月の上旬。 夏休みの終わりと共に学生を乗せたバスが街の中を行き交う大通り。 それらスクールバスと行き交う度に、手を振る子供達ににこやかに手を振って答えるは、我らがイレギュラーハンターである青と黒のレプリロイド。 エックスとアクセルだった。
彼ら2人は額に汗を流して息を継ぎながら、一定の速度は保ったまま道行く人を縫って天下の往来を走り抜け、近くの公園へ駆け込んだ。 人はまばらであまり活気はない、清閑なこの場所にて、木陰に入ったかと思えば立ち止まり、膝に手をついて呼吸を整える。
「ぷはぁっ! 結構良いタイムが出たんじゃない?」
汗を拭い、エックスに目をやるアクセルの問いかけに、エックスは腕をかざし現在時刻を確認した。
「8時20分……ハンターベースを出たのが7時半だから、およそ50分掛かった事になるな」
「うっひゃぁ、規定タイムギリギリ……まだ先は長いねぇ」
「そうぼやくな。 大会までまだ3週間あるんだ。 焦らずにじっくりタイムを縮めれば良いさ」
「へいへーい」
思い通りの成果が出ず、ぼやくアクセルをエックスは諭す。
10月が第二月曜に定められた体育の日。 今からおよそ一週間前にケイン博士の鶴の一声によって、その日にイレギュラーハンターとレプリフォースの合同主催による、市民との親睦を目的とした体育祭が行われる事となった。 エックス達はそれを受け、いつもの三人組に加えて技術部主任のダグラスらその他メンバーと組み、競技に参加する事となった。
内容は競走に綱引き、玉入れなど小学校でも見かけるような微笑ましい競技をはじめ、棒高跳びや走り幅跳び、水泳に砲丸投げなどオリンピックさながらの本格的なカテゴリも予定されていて、エックス達はその大半に登録している為、大会の発表から連日早朝にパトロールも兼ねたランニング等、日常生活の中にトレーニングを重点的に取り入れていた。
「さて、少し休憩したらまた再開しよう。 その足でハンターベースに帰ってデスクワークだ」
「ほんっと忙しいよね。 でもまあ、大会の優勝者のご褒美は楽しみだし、頑張らなきゃね」
「ははっそうだな」
詰まるスケジュールに辟易しながらも、ストレッチをしながら優勝に意気込みを見せるアクセル。
彼ら2人は元々競技への参加は前向きであったが、より背中を後押しするのは成績優秀者に対する優勝の見返りがある事だった。 公的な組織が主催する運動会であるが、実は大手から中小企業も共催と言う形で参加をしている為、競技において実績を出した個人やグループに対しては、賞金の1000万ゼニーと副賞にしてケイン博士の特別賞として、なんと3泊4日のハワイ旅行に招待してくれるとのこと。 博士曰く特別賞の中身は、この年にして旅行にハマったと言うのが理由だとか。
「さて、休憩は十分だ……そろそろ帰ろうか」
「OKEY!」
十分な休息を取った2人は、暖まった身体が冷める前に公園を後にした。 再びランニングに取り組み、ほんの少しだけ寄り道をして距離を稼ぎながら、本来の予定であった時刻ぴったりを目指しハンターベースへの帰路につく。
「エックス。 ゼロはちゃんとトレーニングしてるかな? 意図して体重を増やして調整するのって大変だと思うんだけど」
「さあ……でも分かった上で志願したからには、自己管理はしっかりやってくれてると思うよ」
「……まさか調整失敗してるって事は無いよね?」
「トレーニング開始からまだ一週間だぞ? 基準から外れるぐらい調整をしくじるなんて、流石にあり得ないだろう」
「だよね! あ、もう帰ってきちゃった」
他愛のない事を話し合いながら見えてくるは、生け垣に囲まれる見慣れた広い敷地の真ん中に堂々と佇む高層建築物。 エックス達が職員として日夜働く我が家のような職場の姿。 ハンターベースが目前に迫る。
駆け足から歩いてペースを下げ、そのままゆっくり進入するハンターベースの敷地内。 そこへ足を踏み入れた瞬間エックス達は立ち止まる。 施設の入り口であるガラス張りの正面玄関に、エックス達は遠巻きながら異変を目の当たりにしたからだ。
「あれ? 何だあの人だかりは」
「なんだか揉めてるみたいだね……何があったんだろ?」
見れば玄関付近に、一般隊員達と思われるレプリロイド達の人だかりが出来ているようで、一同に険しい表情で野次を飛ばし中には憔悴して息を切らす者達もいた。 そのどう見ても穏やかとは思えぬ光景にエックス達は首を傾げるが、二人して顔を見合わせた後に頷いた後に人だかりに駆け寄った。
「ぬをあああああああああああっ!!!!」
「だめだ!! 全然びくともしない!!!!」
近づくなりハンター達の集まりが、汗を流し顔をしかめて一斉に何かを押し込んでいるようだった。
「どうした? 皆何をやっているんだ?」
「あ、エックス隊長! いいところに!!」
「何かよく分からないのが出入り口を塞いでて……皆で協力して押し込んでいる所なんですよ……!!!! ああクソ! 職場に戻れない!!」
隊員達が『それ』を押し出しながらしかめっ面で説明してくれた。
どうも彼らの押す灰色の大きな塊が出入り口を塞いでしまっており、正面玄関が機能しなくなってしまった事で職員達はおろか、周囲を見れば訪れた一般市民もとんだ足止めを食らっているようだった。 一同かなりうんざりした様子で玄関のやりとりを眺めていて、中には息を切らして地面に座り込み、あるいは倒れている職員もいた。
「外にいるメンツで何度も入れ替わり立ち替わりで押してるんですがね……全く手応えないんです! 柔らかいもんだから手どころか身体まで食い込んでしまって、肩で押しても全然……」
「……なんでこんな事になってんの?」
「全く分からないな……とにかくこれじゃ仕事に戻れない。 俺達も手伝おう!」
エックスとアクセルが既に息が上がっていた隊員達と入れ替わり、彼らに代わってこのよく分からない塊を押し込む事とした。 二人して両手を添え、腰を落として静かに身構える。
「タイミングを合わせて一気に行こう」
「任せといて! 伊達に航空機を押し返してないからね!」
自信満々なアクセルにエックスははにかむと、改めて入り口を塞ぐ塊と正面から向き合い、数字をカウントする。
「3、2、1……押せ!!」
「「ぬうぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」」
ドンピシャのタイミングで体重をかけて塊を押し込み、その身体が瞬く間に塊に埋没するや否や――――施設が大きく揺れた。
エックスとアクセルの2名が繰り出す膂力が並外れているのだろう。 複数名の隊員達が頑張っても動かなかった塊は、柔らかさに力を分散されているだろうにも関わらず、ゆっくりと玄関をきしませながら確実に中へ、中へと押し込まれていく。 伴って発する大きな揺れは周囲の隊員達を恐れ戦かせ、うんざりとしていた一般人達でさえ常軌を逸したエックスとアクセルの姿を、一同に固唾を呑んで見守っていた。
押し込んだ塊は玄関に食い込みながらも奥へと押し込まれていくと、キツい部分を通り抜けたからか徐々に抵抗を失い、スムーズに施設の中へ飲み込まれていく。
「後もう少し! 最後の一押しだ!」
「OKEY! それじゃあラスト一発……3、2、1……おりゃあああああああああッ!!!!」
もう一発! 最後に息を揃えてありったけの力を塊に込めると、つっかえていた玄関の扉の縁をついにすり抜け、 エックス達の身体に掛かる抵抗が一気に失せ――――
「やった! ついにすり抜け――――た!?」
「おっと――――って!?」
勢い余って前のめりに転倒、塊を勢いよく押し過ぎてしまった! 元々が球状だったのだろう塊は、玄関縁の圧迫から解放されてなだらかなカーブを取り戻し、更にエックス達の有り余る力を一気に受けて、物の弾みで素のまま正面に転がった!
すっ転んで上体を起こし、腕を伸ばしながら叫ぶエックス。 玄関の直ぐ先にあるのはハンターベースの受付……逃げ惑う係員達が迫り来る大玉から我先に逃げようと、受付に身を乗り出して必死の回避を試みるも束の間! 塊は無事受付をクッシャクシャに踏み潰し、逃げ遅れた職員達をボウリングのピンさながらに吹き飛ばしなぎ倒す!
光景の全てを眼に納めたエックスは間抜けな声を上げるしかなかった。 機材の破片が土埃のように舞い上がり、それが直ぐに晴れるや否や見るも無惨な受付の風景が広がった。
「や、やっちゃった……」
呟くアクセルの口元は震えている。 突如として降りかかった災難を前に、ハンターベース内は動揺に包まれた。 無事だった者が轢かれた職員を必死で介抱し、ある者は悲観に暮れ、地に跪いて項垂れてしまった。 何気ないハンターベースの日常を完膚なきまに破壊し尽くしてしまい、エックス達は途方に暮れる。
不意になじみのある男の声がエックスとアクセルの耳に入る。 弱々しくも精悍なこの声は……普段揃って三人いる内の一人にして、今はこの場にいないある仲間の声であった。
咄嗟に二人して辺りを見渡すも、声の主と思わしきその姿は確認できないが……。
「ど、どこ見てやがるエックス! 俺はここにいるだろうが……!!」
もう一度、催促するような仲間の声が聞こえてきた。 その声の元と思わしき方角に目をやるは、今し方エックス達がミスをして大玉を突っ込ませてしまった受付だった。
まさか、押しつぶしてしまったというのか? 一瞬焦りを覚えるエックスとアクセルだったが、しかし彼らはその考えを直ぐに捨て去った。
根拠という根拠があった訳では無い、完全に山勘である。 しかしエックス達の積み重ねてきた経験則が、そんな生易しく安易な発想で納得する事を良しとしなかった。 むしろ気付いてしまう、受け入れがたい嫌な直感を。
そのエックス達の直感を裏付けるが如く、大玉がほんの少し自らの意志を持つように手前に転がり、止まった。 同時にエックス達の表情も凍り付いた。
「いい加減気付けってんだ……思いっきり受付に突っ込ませやがって!」
そこには声の主である仲間、ゼロが確かにいた。
灰色の大玉に胸から下を埋めるように……と、言うよりは大玉から見慣れた普段通りのゼロの上体が生えているような出で立ちで、転がった勢いで埃まみれになりながら憤慨していた。
「ああクソ! こんなに腹が出ちまって本部への出入りにも一苦労だ――――って、おいどうしたそんな険しい顔をして?」
固まったエックスとアクセルの顔が、一瞬にして憤怒に燃え上がり眉間に皺を寄せる。その姿はさながら
「な、なんだよお前ら! ちょっと体重増えちまっただけだろ? いやそりゃ、出入り口塞いじまったのは迷惑だったが受付潰したのはお前ら――――」
「「オマエかああああああああああああああああッ!!!!」」
猛然一撃!! 鉄拳と言う名の息の揃ったツープラトンが、天を仰ぐゼロの顔面に振り下ろされた!!
ゼロの顔面に、エックスとアクセルの拳が文字通りめり込んだ――――ゼロはしめやかに失神!
「……どうして貴方達は、こうも自分から事件を作るのかしら?」
「め、面目ない」
「反省はしてるよ……でもコレは何て言うか不可抗力――――」
「おだまんなさい」
ハンターベースが会議室、事の起こりを知ったエイリアは言い訳無用とばかりにアクセルを睨み付けると、アクセルは叱られた子犬のようにしょげてしまった。
あれから暫くしてエックスとアクセルはバツが悪そうに、唐突に押しつけられた事後処理によって事の起こりを知り、呆れ半分なエイリアに文句を言われている所だった。 エックス達には反論できる余地もなく、ただ余計な仕事を増やしてしまった負い目を感じるしかなかった。
「全くだ。 こんなつまらない事件を起こしているようじゃ、先が思いやられるぜ? 大会だって近いんだぞ――――」
「「「人ごとみたいに言うなッ!!」」」
そしてまさにその増えた余計な仕事の原因こと、胴体だけが激太りしたゼロがエックス達の背後で所狭しと言わんばかりに、天井に上体がつっかえて身を屈めながら、我関せずふてぶてしく腕を組んで言い放つ。 そんなゼロのどこ吹く風な姿勢に、エックス達は振り返って怒声をゼロに浴びせた。
しかしまあ、改めてゼロの体を拝む3人だが、本当にゼロの体はデカいと言わざるを得なかった。 彼の身長は平時180センチ前後はあるものの、胴体だけの縦のサイズで同じぐらいの高さが生じ、横に至ってはそれを更に上回る。 腹の端は弛んでいて足下を覆いかねず、これが勢いよく転がると先程受付を破壊した大玉のような状態になってしまうのだろう。
そんなゼロに打撃を浴びせて気絶させた後、エックス達は他の職員と協力して施設を壊さぬようゆっくりと広いルートを辿って転がしながら、扉と間取りの大きいこの会議室に『安置』することに成功。 それから一段落ついた後にやってきたエイリアにより、疲れからの小言を受けていたのが今に至る出来事であった。
「大体どうしたんだゼロ!? その激太りした体型は!! 何で他の箇所はそのままなのに、胴回りだけそんな大玉にでも入れ替えたような身体なんだ!?」
「意図して体重増やすって言ってたけど、いくら何でも太りすぎだよ!!」
「そうよ! 一体何をやったらこんなラバーマンみたいな体型になるの!? これじゃ計量パスどころか身動きもとれないわ!?」
3人揃って詰め寄り、エイリアに至っては本家シリーズのボスの一人を引き合いに質問攻めを浴びせると、ゼロは不敵に笑みを浮かべながら答えた。
「肉体改造だと言っただろ! 体を鍛えるには一旦太ってからの方が体力を付けやすいからだ! その為に、俺は一日中間食しまくって体に栄養をため込み、そして効率よく運動をする為に休息を怠らなかった……言うならばこれは『食っちゃ寝トレーニング』だ!!」
「フォアグラごっこにでも名前変えろッ!!」
堪える様子のないゼロにエックスは身を震わせる。
そう、ゼロはエックス達と団体戦競技においてチームを組む事になっており、特に最後の課目である障害物リレーにはアンカーとして選手登録されていた。 しかしアンカーは最も体重が重い者でなくてはならず、ゼロの体重はダグラスとどっこいどっこいだった為、エックス達とは別のトレーニングプランを組み、規定内での体重増を兼ねたパワーアップを敢行……した筈だったのだが。
どこをどう見ても明らかな重量オーバーで、下手をすれば業務もままならないだろう姿に3人は怒りと困惑を隠せない。
「馬鹿にするなよ! 確かに俺の体は大玉みたいに丸くなったが、これでも同時並行でしっかり体は鍛えていたぜ!」
「その体型で何を鍛えたって言い張るんだよ!?」
「胃のトレーニングだ! 飯を消化するにもエネルギーは必要だ! 胃を鍛える事でインナーマッスルも増やす一石二鳥の効果だ!!」
「増えたのはどう見ても脂肪じゃないッ!! 本当はただサボってただけじゃないのかしらッ!?」
エイリアの指摘に、ゼロの眉が僅かに動いた。
「……いいだろう。 そこまで言うなら食い溜めの成果をみせてやるぜ! ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
ゼロは全身全霊の力を込め、巨大な玉と化したその体をよじる! 顔色は瞬く間に赤に染まり、歯を軋ませながら身動きをとろうとした!
……しかし肩を震わせてその場を動こうとしても、一向にゼロの足がその場を動く事はない。 それどころか、エックス達はゼロがどんな動きを見せるのか把握しかねている有様だった。 余りに自信満々に告げて雄叫びを上げる彼の姿に、一同つい黙って事の成り行きを見ていたものの、盛大に何も始まらない様子を見かねた3人の内、痺れを切らしたのはアクセルだった。
「……何やってんの?」
呆れの混じったアクセルの問いかけに、ゼロは動きを止める。 しばし静まりかえった部屋に乱れた呼吸音が響き渡り、そして得意げに一言。
「すまんな、スクワットを見せつけてやろうと思ったが、この部屋が小さすぎて身動きをとれないようだ。 またの機会としよう」
間髪入れず動いたのはエックスだった。 素早くゼロに足払いをかけ、倒れ込む勢いのまま胴体をひっつかんで押し倒す!
「結局動けないんじゃないかああああああああああッ!!!!」
「タブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!」
横倒しになったゼロが柔らかい体の反発力で、何度も地面と天井の間をスーパーボールの如く行き来する! まん丸とした胴体の弾む勢いでフロアが揺れ、ぶつかった箇所に大きな凹みが生じた。
「ダメよエックス!! これ以上ハンターベースを壊さないで!!」
「!! しまった!!」
勢いに駆られてついゼロをすっ転ばしてしまったが、今の彼は簡単に弾む上に重量が半端でない事を失念しており、エックスは焦る。
何度か激しいピストンさながらの上下運動を繰り返した後、ようやく停止したゼロは目を回して天井を仰ぐ。
「あばばばばばばばばばばば……」
この間にして既に会議室は荒れ放題だ。 床と天井の破片に塗れても自ら起き上がる気力もなく、完全に脱力してしまっているようだ。 分かりきっていた事だが、これではとてもまともに動ける状態ではなかった。
「……やっぱりダメみたいだね。 ホント、たった一週間でここまで体が大きくなるのは逆に才能だよ」
「運動会どころかハンター業務にも支障が出るレベルだわ……。 仮に今からダイエットに取り組んで間に合うかしら……? いえ、そもそも身動きもとれないし、もう治療が必要なレベルかもしれないわね」
「いずれにせよ大会への参加は難しいな……やむを得ない、残念だけど代役探してゼロには棄権して貰うしかないな」
3人は揃ってため息をつく。 あまりに増えすぎてしまったゼロの贅肉を前に、諦めムードを漂わせると、急に勢いよくゼロが振り向いて目を見開いた。
「おいちょっと待て!! ダイエットにも取り組めそうにないから棄権だと!? 今のは聞き捨てならねぇな!!」
「えっ? 現に身動きすらとれなかったよね?」
「貴方の肥満は常軌を逸しているわ。 入院を視野に医療班への相談を考えるべきよ」
「ゼロが暫く業務に出られないのは痛いけど、困るからこそ確実に治して貰わないと。 悪いけど、普通の体重に戻るまで専念してくれ――――」
「お断りだ!!」
エックスの言葉に対し怒気を込めて遮るゼロ。 明らかに自力で減量に取り組める気配が見えないにも関わらず、なお食い下がる彼の様子にエックス達は首を傾げる。
「俺は今回の大会に意気込みをかけてきたんだ! その為に食っては寝てを繰り返し、体力を蓄えて少しでも有利になれるように努力してきた! なのにお前らは、ちょっと予定が狂ったってだけで簡単に棄権しろだと!? 冗談はやめろ!!」
「冗談は貴方の体型だけで十分よ! 身動きとれなくなるまで太った時点で説得力ないわ!?」
「体型が気に食わんのなら自力で痩せてやる!! 絶対にだ! 俺は今回、何としてもこの運動会に出場しなければならない……アイリスとの約束があるからな!」
「……ええ?」
エックスが疑問の声を上げた。 ゼロもまた大会への参加に前向きだったのは知っているが、そこにアイリスの名が絡んでいる事は初耳だった。 まあ、二人が交際している事は周知の事実故、今回の件で彼女との間に何らかの約束があったとしても不思議ではないが……一応気になって、エックスは尋ねてみた。
「……どんな約束だい?」
「あいつも最近ストレス溜まり気味らしくてな……俺の優勝を通して運動に興味を持って貰うと共に、ついてはそのまま夜の運動に――――」
「結局不純な動機じゃないの」
アクセルの指摘に滑らせた口を慌てて塞ぐゼロだったが、時既に遅し。 3人はゼロを冷ややかな眼で見ると、しばし考えた後に堂々と胸を張って切り返す。
「まあ、ストレス解消に間違いないからセーフ! ……とにかく、体をでかくし過ぎたのは失敗だったと認める。 だからこそ頼む、もう一度だけチャンスをくれ。 大会までには必ず体重を落としてみせる。 約束する」
「ええ……」
「痩せるって言っても、下手したら治療が必要な領域かも知れないのよ? どんな宛てがあるって言うのよ?」
ある種の開き直りからの、しかし真面目な表情で言葉を続け、心を入れ替える素振りを見せるゼロだが、当然アクセルとエイリアは難色を示す。 ここまできて気を新たにしたところで、実際問題減量に取り組める状況ではないのは見ての通りだった。
しかしエックスはそんなゼロの顔を見て腕を組み、思考を巡らせた所でゼロに問いかけた。
「本当に、痩せる努力をするね?」
「エックス?」
アクセルとエイリアは振り返って、驚きの色の混じった表情をエックスに向ける。 そんな言葉を発した当の本人と、相対するゼロはいつになく真面目な面持ちで首を縦に振る。
「一応補欠と言う形で代役を探しておくけれど、参加する意思が本物ならゼロは規定範囲内まで必ず減量を果たしてくれ。 それが俺達の出来る最大限の譲歩だ」
「了解した」
エックスとゼロは互いにはにかんだ。 どうやら、ゼロの言葉を本気だと受け取ったらしい。
「……えらくあっさり信じるんだね」
「ゼロほどハンターベース内で体力に自信のあるメンバーは他にいない。 それに、俺達が信じなきゃいけないだろ? 仲間なんだから」
「その信じるべき仲間は現に調整失敗したんだけど……まあいいや」
理由はあれど、あっさりゼロを信じるエックスに失笑を禁じ得ないアクセルとエイリア。
何にせよ次にやる事は決まったようだ。 これから残り3週間、エックスはトレーニングの傍らで言い方は悪いが滑り止めを確保し、そしてゼロは信頼にかけて元のスマートな体型を取り戻さなくてはならない。 非常に大変ではあるが、全ては優勝の為だ。
「ならば早速、優勝に向けて景気づけだ」
ゼロは腕の通信機を作動させると、それを口元にかざしてある所へと連絡を取り始めた。
<ちわー、チントン亭ハンターベース前支店ですが>
「取り急ぎチャーシュー麺30杯」
「「「言ってるそばから食うなあああああああああああああああああッ!!!!」」」
「ぺさあああああああああああああああああッ!!!!」
エックスのチョップ! アクセルのキック力増強シューズ! そしてエイリアの喉元へのエルボードロップ! 息の揃った正義と勇気の3プラトンがゼロの意識を寄せた信頼共々粉砕!!
ゼロは白目を剥きながら大口を開けて昏倒した。
<いったいなにがどうなってんの?>
通信機越しに状況を把握しかねているラーメン屋の呟きは、口から抜け上がるゼロの魂には届かない。 ゼロの太った原因……食欲のブレーキの壊れっぷりを、むざむざと見せつけられた一幕だった。
翌日、半ば趣味と化した『太ること』を無事阻止されたゼロは、その溜まりに溜まった贅肉という名のフラストレーションを、全て運動にぶつけていた!
「痩せてやる! 絶対に痩せてやるぜ!!」
ロッキーのテーマをバックに特製のサウナスーツを着込んで、ゼロは額に汗を流しながら自らに何度も言い聞かせ、早朝の街中を駆け抜けていた。 エックス達よりも早起きして、その重たい体を絞り込まんと足腰の震えに耐えながら。
全ては優勝の為に。
「フンハットウ! セイハットウ! ヒッフッハッ!」
いつものセイバーではなく、重りをくくりつけた木刀で素振りする。 体力の衰えこそないが、まん丸と肥えた胴体のせいで身を捩れないばかりか、体に変な揺れや反発が生じる事で明らかに余計な負担をかけている。 勿論スピードも劣る。
(情けないぜ、太る事を完全に舐めてたな……だが! 俺は必ず取り戻す!! 元の体を!)
しかし、碧目の中に滾る闘志の炎は失われてはいない。 全ては優勝の為に。
(減量するぞ! 減量するぞ! 減量するぞ!)
時には体を休めるも大事。 しかしそういう時こそ心の鍛錬に取り組むべき時。 ゼロはハンターベースの空き部屋にて一人座禅を組み、瞑想に耽っていた。
己の中で何度も問いかけ、念仏のようにかつての体型を思い起こしては、必ず体重を落として見せると言葉を繰り返す。 全ては優勝の為に。
「フンッ! フンッ! フンッ!」
仰向けで天井を仰ぎながらゼロは数百キロあるバーベルを上下させ、ベンチプレスに取り組んでいた。
「フンガッ! フンガッ!」
その右隣には、思いのほか野太い声で同様にベンチプレスを敢行するは、まさかのエイリアだった。 流石に重量こそゼロの物に比べると100キロは軽いが、柔らかな女性の見た目である事を考えると、十分驚異的な体力には違いない。
「フッ、俺程では無いとは言え……その体型でそのバーベルを難なく動かせるとは、エイリアンの名に恥じないちかラバァッ!!!!」
ベンチプレスに躍起になるゼロに不意打ちを回避できなかった。 突如振り下ろされたエイリアのバーベルに機材諸共地面に叩きつけられる。 ゼロの体は反発することなく見事に床に陥没! バーベルを叩きつけ、引きつった笑顔を浮かべるエイリアの一言。
「私の名前はエイリアよ」
ナイスツッコミにゼロは震える手で親指を立てた。 いかなる時もユーモアを忘れない。 全ては優勝の為に。
ハンターベースが食堂、ゼロはうって変わって一般隊員と同じ量の食事を、しかし掻き入れるのではなく時間をかけてゆっくりと咀嚼し、味わうように喉に放り込む。
そのメニューは脂分の少なく野菜の多いヘルシーな食事だ。 瑞々しい野菜サラダに主食とメインの一品はトーストにサンマの塩焼き。 和洋の統一感を無視した食べ合わせや栄養バランスについて、一度エックスに物申した事があるものの、魚とパンの食べ合わせはありふれてるのでセーフと一蹴。
1人分と言うには横幅の大きい体で1テーブルの半分を占拠しながら、遠くを見つめるような眼差しで黙々と食事を済ませるゼロの姿は、周囲の隊員達に哀愁が漂っていると評されたが致し方なし。 全ては優勝の為に。
「腰が……痛む……」
ハンターベースにて宛がわれた自室。 窓から差し込む夜景の光だけが部屋の中を照らすベッドの上で寝苦しそうにするゼロ。 重たい体で運動に取り組むのは、やはり足腰に著しい負担を強いるのだ。 ここは動きたい気持ちをぐっと堪え、次に備えるのだ。 全ては優勝の為に。
「お、チントン亭が新メニュー出してるな」
正午にもパトロールも兼ねたランニングを敢行するゼロ。 その帰り道において、この間電話注文しようと未遂に終わった、ハンターベース前のラーメン屋に通りがかった。
店頭には新メニューのサンプルが飾ってあり、店の前を漂うスープの香りも相まって運動に勤しむゼロの食欲を容赦なく刺激する。
しかし悲しきかな、減量中のゼロにとって炭水化物脂肪アンド炭水化物なラーメンは、己を太らせたにっくき下手人なのだ。 ここは逸る気持ちを抑えてランニングを続行、振り返る事なく入り口を通り過ぎ、店の横の曲がり角を右に曲がった。
そして1ブロック先にてもう一度右に曲がり、その後も同様に更に二回程右折し、最後は少し手前の辺りでもう一回、暖簾をくぐった先の昼食で賑わう活気のある店内にて店主に一声!
「大将! チャーシュー麺3つくれ!」
「あいよ!」
今日は十分に走った。 時にはストレスを解放する事も大切だろう。 全ては優勝の為に。
「はい。 これが水筒」
「助かる」
次の日の早朝、玄関においてアクセルからエネルゲン水晶の粉末入りスポーツドリンクの水筒を受け取った。 運動において水分補給は欠かせない……いかなレプリロイドといえども熱ダレには抗えないのだ。
「あんま飲み過ぎないでよ? それだって糖分入ってるから、別に持たせた水と交互に飲んでね?」
「問題ない……行くぜ!」
見送るアクセルの視線を背に、ゼロは今日も今日とて日課と化したランニングに出かけた。 できるだけ足腰に負担をかけぬようペースを抑え、それでいて長時間速度を落とさぬよう意識してハンターベースの敷地を抜けだした。 生け垣の陰に隠れアクセルからの目が遮られた時であった。
「ハァ、ハァ」
この時、既に汗だくになっていたゼロは足を止めこそしなかったものの、抗えぬ喉の渇きに即水筒の蓋を全開にすると、マラソンランナーも真っ青な勢いで中の全てを飲み尽くした!
「美味い! もう一本!」
そしてもう一つ持たされた水入りの水筒の蓋を同じく全開にすると、おもむろに青いデザインのパックを取り出し開封。 その中身は粉末で水筒の中に流し込まれていくと、封をして手早く何度も振り、再度開けた時には中の水はアクセルが手渡したのと同じスポーツドリンクになっていた。
「グビグビグビグビグビ……やっぱりコレだな!」
飲み干すのはまたも一瞬だった。 こっそりと忍ばせておいた甲斐があったものだ。 糖分は気になるものの、甘いの美味しいしミネラル分を補充する為、仕方なかった。 全ては優勝の為に。
「んごごごごごごご……」
睡眠中にいびき声を自室内に響かせる。 本来はいびきをかかない方が望ましいが、この体型故今は致し方なし……ランニング途中、何度も水分を取ってはその度に例の粉が大活躍したが、それでも体力は大きく消耗する為体にガタが来てしまった。 本当は夕方からも凍った肉を叩くトレーニングを控えていたが、しんどいものはしょうがない。 どさくさ紛れのつまみ食いのチャンスが減ってしまったが、またの機会だ。 全ては優勝の為に。
「4つくれ」
「2つで十分ですよ! 分かって下さいよ!」
皆が寝静まってからの夜のランニング。 寄り道に向かった先は人気チェーン店『うどん科高校』。 店内のカウンターにおいて左右に余分に席を取り、周囲の客を大いに引かせる中で、高校生らしきバイト店員に押し問答するゼロがそこにいた。
うどんを注文した際にトッピングの天ぷらの数が足りないので、もう2つ足して4つにして貰おうと頼んだのだが、変に意固地なのか店員がそれを拒んでは食い下がる状態だった。 しかし腹の虫の鳴り止まないゼロにあまり忍耐はなく、仕方がなく諦めるとカウンターの隅にある箸入れから割り箸を取り出した。 全ては優勝の為に――――
突如として背後から現れたエックスとアクセルの、左右同時に繰り出したソバットにラリアット!! 首筋めがけての痛烈な挟み撃ちにゼロは絶叫する! そして二人の手足が離れた直後に後方へと卒倒! 2人がかりで地面に横たわったゼロを抑え掛かる!
「なんか様子がおかしいって思ったらしっかり食ってたんじゃないかぁッ!!」
「お、お前らが食事にトーストとサンマの塩焼きなんか食い合わせやがるから――――」
「だからってダイエットまで一週間で諦めてどうすんの!? やっぱりゼロに任せたのは失敗だったよッ!!」
「困りますお客様!! あーっ困ります!! お客様!! あーっ!! お客様困り!! あーっお客様!! 困りますあーっ!! 困ーっ!! お客困ーっ!! 困り様!! あーっ!! 困ります!! お客ます!! あーっ!! お客様!!」
追撃に掛かる二人の内アクセルの方を、ゼロが今し方問答していたバイト店員が必死に抑え掛かる! 周囲の客はその様子を「見ろ! 暴れるイレギュラーハンターを単身押さえ込んでいる!」「流石ですお兄様!」等と囃し立て、店内は一瞬にして騒然としたムードに包まれた。
……大切な催し物の前でも『イレギュラーハンター』としての責務は忘れない。
ロッキーのテーマをバックにマンモス西と化したゼロが、 某保安局の捜査官や四国の勇者部の面々、果てにはコートの似合う中年警察のたまり場なうどん屋で、気持ち劣等生っぽい高校生に詰め寄る前編はこれにて終了です!
後半は明日同時刻に投稿となります! お楽しみに!(白目)
ちなみに、劇中に出てきたトーストにサンマの塩焼きの組み合わせは、小学生時代プレイしていたボクサー育成ゲーム『BOXER'S ROAD』における、作者が食べ合わせも栄養バランスも無視してテキトーに考えた減量メニューです。(実話)