おれはドスヘラクレス 作:へらくれすりゅうぞう
あぁ、微妙な天気だ。
今日の原生林は、良い感じにジメジメとしている。湿っぽい天気が嫌いなおれには、何とも不快な一日になりそうだ。
今日のおれは、原生林へとやってきた。
知ってるかい? 樹液ってのは、木の種類ごとに味が違うんだぜ。そりゃあもう、女の子の味が違うようにな。
ここには、遺跡平原にはない木がたくさん生えている。随分と背の高いものから、うねったような細長い奴まで。
背の高い奴は、すっきりとした甘さが特徴的だ。おやつ感覚で、ちゅーちゅーといけてしまうくらいに軽くて飲みやすい。反面、細長い奴は強烈に塩辛い。正直食えたもんじゃねぇ。不思議なもんだ。
そして、面白いことにな。なんと、同じ木であっても生えてる場所によって微妙に味が違う。遺跡平原とおんなじ形をしてる癖に、ここの物の方が深い旨みがある、なんてことはよくあるんだ。育ちの違いって感じかねぇ?
……おっと、すまねぇな。ついつい語っちまったぜ。何分、木のことになると抑えが効かなくてよ。
さてさて。おれが今日、この原生林に足を運んだのは……他でもない、ここの太い樹液を飲みたくなったからだ。
ん? その木がなんて名前かって? 生憎、おれはそういうことに興味はない。いちいちモノに記号をつけるのは、人間たちがやることだ。
おれはドスヘラクレス。名前なんて、どうでもいい。大事なことは、この木が旨いかだ。
がしっと、全身でくっついてみれば、逞しい幹の感触が伝わってきた。
木の皮の下で、みずみずしい樹液が胎動しているような、そんな力強い感触だ。ほんのり温かくて、状態も良好。よし、今日はこの木にするか!
ちゅう、ちゅう。
我ながらおれには似合わない、可愛らしい音で吸っちゃったぜ。
でも、そんなことに構っていられない。口の中いっぱいに広がる、この木のフレーバー! サラサラと入ってくるというのに、口にとろけた時にはすでに旨みの塊! ぱちぱちと弾ける樹液の酸味に、この水源溢れる原生林の旨みを濃縮した爽快感!
たまらねぇ味わいだ。やっぱりここは、いい木が揃ってるぜ。
ドスヘラクレス。
おれは世界一強いと言われている虫。
そんなおれの、主な食事はこれだ。
樹液だ。
あん? なんだって?
世界一強い癖に、樹液なんか食ってるのか、だって?
確かに、他の奴から見たら少し物足りないかもしんねぇなぁ。けどな、あの砂漠の暴君ディアブロスだって、サボテン食って生きてるんだぜ? あいつら、悪魔みたいな顔してる癖に、サボテンをうまいうまいってボリボリ食ってるんだぜ? それでも、あれほどの馬力を生み出してるんだ、奴は。
つまりそこから分かることは、強い奴は燃費がいいってことだ。俺くらいになるとな、樹液くらいで十分なのよ。
サボテンも樹液も、どっちも植物由来。変に肉を食わずとも、木からエネルギーをもらって世界に還す。これが、世界一強いと言われているドスヘラクレス流のやり方だ。おれちゃんの流儀ってな。
「……かちっ、かちちち……」
満腹満腹。あぁ、年甲斐もなくついつい食い過ぎてしまった。
もう腹がパンパンだ。あの鮫野郎になったような気分だ。
「かかっ、かかか……っ」
でもまぁ、これを食うためにわざわざ原生林まで飛んできたんだ。満足いくまで喰わなきゃ損ってもんだよな。
「かっかっか……」
さぁ、飛んで帰ろう。
そう思ったのに、足が変なもんに引っ掛かった。
何だこれ? 白い、糸? なんか、もちゃもちゃとくっついてくる、糸のような何かだ。
「かかかか……っ!」
なんだいさっきからうるせぇな。
誰かが、おれの上でかちかちと何かを鳴らしてやがる。
一体誰だ、なんて思って上を見上げたら。
一匹の、大きな毒蜘蛛が。
「きゅあーーっ!!」
鋭い鋏角を見せつけながら、そいつは吠えた。
おいらはネルスキュラ! ここに迷い込んだが運の尽き! おいらの作り上げたこの粘着蜘蛛の巣の前では手も足も出ないだろう! さぁ、今からお前を食ってやるぞ! ……と。
なんだい、ここはまさかアンタの巣かい? どうりで踏み心地のいいマットだと思った。ねちょねちょしてるけど。
「きゅっ、きゅっ……」
吠えたと思ったら、奴はせっせと歩き出してはおれの真上を陣取ってくる。
なんだこいつ、本当におれを喰うつもりか。
おれを?
この世界一強いと言われている、ドスヘラクレス様を?
はっ。笑わせてくれるじゃねえか。
「きゅーーっ!!」
奴、ネルスキュラは、器用に壁を伝い、そこから毒を垂れ流してきた。それはまっすぐ、この蜘蛛の巣に絡まれたおれへと降り注ぐ。
こいつのこと、おれ知ってるぜ。毒液とか催眠液とか、なんかいやらしいことしてくる奴だろ? おいらに近付くと火傷するぜっていつも言ってる、痛い奴だろ?
全く、めんどくさいぜ。でもまぁ、売られた喧嘩は買う主義だ。
おらっ、こいつを喰らいやがれ!
「きゅおっ!?」
おれの足に絡まる糸を、自慢の角で一刺しだ。
そうして、勢いよく頭を振り上げる。すると同時に角も振り上がって、絡まっていた糸も打ち上げられた。
奴の糸は、ここらの岩に接着されている。けれどその接着は頑丈で、ちょっとやそっとじゃ外れない。
だから、振り上がった糸に引っ張られるままに、岩も剥がれて宙に舞った。
「きゅっ……きゅあーーっ!?」
振り上げられた糸に、毒液は全て弾き飛ばされて。
どころか弧を描くように、糸の波が牙を剥く。天井に張り付いた、自らの生みの親に向けて。
ばしんと、鋭い音が響き渡ったのと同時に。
どすんと、巨体が落ちてくる。
岩の欠片に串刺しになった、憐れな毒蜘蛛が落ちてくる。
「きゅ……きゅっ……」
……ふぅ。いい食後の運動になったぜ。
苦悶の声で、奴は懸命に喘いでいる。なんともそそられない、哀しい奴だ。
ぴくぴくと足を引くつかせながらも、立ち上がる感じじゃあなさそうだな。くたばるのも時間の問題か?
全く、喧嘩を売る相手を間違えるからだ。間違えるのは足の数だけで十分だろ? 蜘蛛の癖に、六本足しやがって。蜘蛛は
おれは世界一強いと言われている虫。世界一、だ。
六本足如きには負けねぇよ!
ん?