おれはドスヘラクレス 作:へらくれすりゅうぞう
おう、暑いぜ。
いやいや、暑すぎるぜ。
ここは砂漠のど真ん中。
あの虫夫婦を軽くのしてから数日後。
おれは未だに、この大砂漠を彷徨っている。
ここはどこだ?
我が愛しの遺跡平原はどこだ?
なんて色々考えるけれど、全く辿り着く気配はない。
ただ、果てない荒野があった。どこまでも埋め尽くす、砂の海があった。
ところどころに、遺跡平原のような不思議な岩がある。いや、これは岩とは呼ばないだろう。ハンターといった、あの二本足の奴らが造った何か。……砦、のようなものだろうか。
砂漠の果てにはオアシスなどなく、ただ捨てられたような建物が広がっていた。
なんということだ。こんな夜空の下で、おれは本格的に迷ってしまったみたいだ。
……と、思いきや。
その砦のような何かの向こうで、忙しなく動く影がある。
なんだ?
あの動き、まるで生き物みたいだ。
もっといえば、おれと同族みたいだ。こう、カクカクとした無機質な動き。いや、おれがそういうのも変な話だけれど。
金色の外殻。
紫色に輝く瞳。
大振りな鎌に、不思議な形状をした尻尾。
「きっ……きえええぇぇぇっ!!」
おれに気付いたそいつは、威嚇するように吠えた。甲高い声で、まくし立てるような言葉を連ねてきやがる。
ちょっとお主! そこで何をしておるのじゃ!? ここはわらわの領域、神聖な玉座の御前じゃぞ!? ええい小虫風情が偉そうに! 去ね! さっさと去ね!!
……と、息継ぎもなく並べたて、そいつはぜぇぜぇと肩を上下させた。かまきりみたいな見た目をしたそいつが、憎々しげにおれを睨んでいる。
なんだこいつ?
金ぴかのかまきりだ。こんな変な奴、初めて見たぞ。
「きいぃぃぃぃっ!」
大体なんなんじゃお主は! 何をそうも主役感出しておるのじゃ!? なんか……こう、コンセプト的にわらわこそ光を当てられるべきではないのか!?
かまきりは、相変わらず意味の分からない言葉を連ねていた。
なんなんだこいつ。詳しいことはよく分からんが、なんだかおれに物凄く敵意を剥き出しにしている。どこか、私怨染みたものを感じるけれど。
おれは、地上最強と言われている。
おれは、世界一強いと言われているドスヘラクレスだ。
この世のどんな虫よりも、どんな生き物より強いと、そう言われているのだ。で、あれば。おれにスポットライトが当たるのも、当然のことじゃないのか? 知らんけど。
「き――!」
どこか鳥っぽい声を上げて、かまきりはキレた。
そうして、その変な尻尾から何かを撃ち出してくる。
……糸?
「きしゃああああ!!」
この糸に絡まって死んでおしまい!!
そう叫びながら、かまきりは糸の塊をいくつも放ってきた。
どれもこれも、速度は遅い。避けることなど朝飯前だ。
その一つ一つを翻って避けながら、おれはかまきりへと肉薄。飛翔の勢いを乗せたまま、奴の頭を殴り付けた。
「きしっ……!」
痛いのう!!
かまきりはそう雄叫びを上げ、両手の鎌を振り回す。怒りに身を任せたその斬撃。砂が激しく細切れにされていく。
なんだこいつ。おれの角を喰らっても、死なないだと? 見た目に反して、中身は岩みてぇだ。
「きえええぇぇ!!」
うざってぇ!
振り上げる角で、奴の鎌を弾き返す。そのまま腕ごと吹き飛ばすつもりだったが、結果はせいぜい鎌が欠ける程度。こいつ、結構強いのな。
とはいえ、おれからすればそこらの雑魚に変わりない。この、世界一強いと言われているおれの前では。
「きしゅっ……!」
懐に潜り込んだ、おれの強烈なアッパーカット。それを顎に吸い込んで、かまきりは苦しそうに唸り声を上げた。
……うーん、今ので頭全部を吹き飛ばすつもりだったんだが。こいつ、随分と固いらしいな。
「……きっ、きぃぃ………きえええぇぇぇっ!!」
もう許さぬ!! 徹底的に叩き潰してくれよう!!
それをも耐え切った奴は、憎悪に満ちた声でそう吐き捨てる。
なんでそこまでおれに恨みを抱いているのか分からないが、ここまで恐ろしい形相をする奴はそういない。随分と闇が深い女のようだ。
そんな彼女は、その尻から太い糸を飛ばした。かと思えばそれは見当違いの方向へと飛び、砂の中に落ちる。
一体何がしたいのか。その謎の行動に首を傾げていると――彼女は、突然その糸を繰り出した。繰って、何かを手繰り寄せるようにその背筋を力強く伸ばす。
ずん、と。大地が揺れた。
まるで巨大な野菜が引き抜かれるような、恐ろしい震動がこの大地を包み込んだ。
……一体、なんだ!?
「きあああぁぁぁ……」
我が玉座をもって、お主をぺちゃんこにしてやろうぞ……!
かまきりは、そう笑った。笑って、勢いよく跳躍。糸に引き寄せられるように、あの震動の原因へと飛び込んだ。
砂から顔を出した、ガラクタの塊。ゴミとゴミがくっつき合ったかのようなそれが、ずずずとその全身を露わにする。
そんなゴミの山に、彼女は飛び込んで。かと思えば、金色の糸が大気を駆け巡った。
ぶおおおぉぉん。
鈍い音を立てながら、それは立ち上がる。
かまきりを呑み込んだ巨大なガラクタが、太い脚を露わにして立ち上がった。
ええええぇぇぇぇ!!
……なんて、思わず叫びたくなった。おれに声帯があれば、の話だけど。
かまきりは、巨大な何かに変貌した。
いや、何言ってるか分かんないかもしれないけど。でも、何て言うのかな……ガラクタでできた、巨大な竜? 四つ足に、大きな頭みたいなのがついたそれは、まるで竜のような何かだ。
「きょええええぇえぇぇぇっ!!」
こいつでお主を叩き潰してやるわー!
そう、かまきりが吠えて。かと思えば、その太い太い脚がおれへと振り下ろされる。
瞬間、視界が全て砂色に埋まった。勢いよく踏み潰されて、地面の中へと押し込まれたのだ。
あー。なんか、凄い奴が出てきたなぁ。
おれはドスヘラクレスだ。
世界一強いと言われている、地上最強の存在だ。
そんなおれに向けて、彼女はここまで全力で立ち向かってくれている。こんな、巨大兵器まで持ち出して、おれを倒そうと奮戦している。
……なら、おれもそれに応えるっていうのが、礼儀っつーもんだよな。
「きょああああぁぁぁ――!!」
甲高い高笑いを上げているかまきり。
そんなかまきりが操る、巨大なゴミの塊。
ゴミの、おれを踏み付けるその脚の裏に。
そっと、自らの角を振り上げた。
「――あああぁぁきえぇぇぇっ!!?」
どかんと、やけに景気の良い音が響く。
その一瞬でゴミの山は砕け散り、全てが零れ落ちる瓦礫へと変貌した。おそらくそれを操っていたであろう金の糸は激しく引き千切れ、その衝撃で中央の繭のようなものが爆散。
崩壊する衝撃に乗って、かまきりは大きく打ち出された。まるでパチンコのように、その金の光は砂漠の空へと溶けていく。
「きぃああああぁぁぁぁぁ!!」
何で「わらわはかまきり」、じゃないのじゃー!!
なんていう、よく分からない捨て台詞を吐いて。
そのかまきりは、夜空の星に仲間入り。
本当に、よく分からん奴だ。
わらわはかまきり?
なんだそのぱっとしない感じ。
――おれはドスヘラクレス。
世界一強いと言われている、地上最強の虫だ。
おれこそが、ナンバーワンだ!
わらわはかまきり。
微妙に語感が悪い。
次で最終話です。