「……ぁ」
目を開けると真夜中だった。
そして、自分はまた、病院にいるのだと分かった。
「私、助かったんですね……」
香苗はそう呟く。
だが、何かがおかしいと思った。
不快感は体の中から取り除かれているが、今まで持っていたものが少し変わっているような気がする。
香苗は目線を動かすと、とあるランプが点滅していることが分かった。
おそらく、自分が起きたことを知らせるものだろう。
すぐに、自分のそばにあったモニターが付いた。
映されているのは、昨日見た伊賀和志という医者の男性だ。
だが、彼の表情は優れない。
思えば変だ。
今、香苗がいる病室は窓がない。通気口はあるのだが、外部に出るための手段がドアしかない。
自分に何かまだ何か問題が残っていることを認識するのに苦労はしなかった。
香苗は慌てて、ベッドの上で正座する。
「香苗さん。目が覚めたようですね」
「あ、はい……不快感がなくなって、今は気分がとてもいいです。ありがとうございます」
「それはいいのですが……一つ。問題が残っています」
「……はい」
聞きたいとは思わなかった。
だが、知らないのも怖かった。
「今、まだ香苗さんの中には、とあるウイルスが残っています」
「……え?」
体の中に何も不快感はない。
だというのに、何故そのようなことを言うのだろう。
伊賀和志は苦い顔で続ける。
「特定の悪霊にしか作り出せないものです」
伊賀和志はそう前置きする。
「まだ、どこの病院でも取り除けないウイルスです。名前は『付着型空気感染ウイルス』……これは、本来は空気感染しないウイルスを、空気感染が引き起こす可能性が高いものに変えてしまうものなのです」
いやな汗が流れる。
「本来このウイルスは、自分に適合するウイルスでなければ付着することすらできないものですが……今、香苗さんの体内には、『精霊力制御疾患』に適合するものが入りこんでいます」
「そ、そんな……」
自分が戦っていればいい。
そんなウイルスだったはずだ。
だが、なんだそれは。
よりによって、なんでそんなものを、あのドラゴンは作っていたのか。
「難易度Aの悪霊の影響と聞いています。現段階で、治療は不可となっています」
「あの、こんな窓もない部屋にいるのは……」
「……現段階で、香苗さんはこうしてモニター越しに話すことはできますが、実際に同じ部屋で話すのは不可能と言うことになっています」
それほど、空気感染の可能性が高くなっている。ということだ。
「私にできるのは、ここまでです。今は全力で、このウイルスを倒すための手段を模索しているところです」
「は、はい。あの……お願いします」
うつむいたままで、香苗はそうつぶやく。
もう、それしか言うことはできない。
ウイルスの対処など、自分にはどうにもできないのだ。
「……本当に、お願いします」
「分かっています。それでは、また」
そういって、モニターは何も表示しなくなった。
「うっ……ぐすっ……」
膝の上で握る自分の手に、涙が落ちる。
「うわああああああああああああああ!」
崩壊する。
何故、自分だけこんなことになるのか。
ここまで戦ってきたじゃないか。
ここまで我慢してきたじゃないか。
まだ足りないのか。
まだ自分に、こんな不幸が訪れるのか。
彼女には分からない。
自らが借金を背負って生きているなどと言うことを、彼女は知らない。
「う、うう、ぐす」
枕に顔をうずめて、涙をこらえる。声を抑える。
だが……何かが変わるわけじゃない。
ただ、彼女は泣きつかれるだけだった。
★
「遊月。聞いたか?」
「勿論だ」
遊月は英明から、江藤のことを聞いた。
厄介なウイルスがまだ体の中に残っていること。
江藤はこの学校の中等部二年生なので、休んでいる理由を確認することくらいは楽だった。
「一体、どうしてこんなことに……」
「分からない。私がいたらどうにかなったのか、英明がいたらどうにかなったのか、それすらもわからない」
遊月はそう言うしかない。
ドーハスーラなら、仮にウイルスを受けたとしても、終わりも始まりもないので、またもと通りになる。
だが、人間は違う。
始まりも終わりもある。
「まだ、香苗ちゃん以外には感染してないんだよな」
「そもそも、ウイルスを抱えている人間に対応するんだ。それ相応の防護服を身に纏っていたのは間違いない。だから、まだ薬と体内の免疫でどうにかできるレベルに収まったそうだ。対応したもの達が検査し忘れてたら 被害が拡大していた可能性は十分にある」
「そんな強いのか?」
「それを可能とするのが難易度Aの悪霊だ」
そこまで話した時、大束が視界の端に映った。
「あ、遊月君」
大束が走って来る。
「まだ教室にいたんだ」
「ああ」
「あの……香苗ちゃんのこと聞いてる?」
「全て聞いている」
「……そう」
そして大束は、遊月に期待を込めたような視線を向ける。
「ねえ、遊月君。何か解決策はないの?」
「……
「そんな……」
「そもそも私は専門家じゃない。私にだってできることに限度はある。知っていることは限られている」
「でも……」
「でもと言っても駄目だ。
「わかった。他の人に聞いて来る」
そういって走って行く大束。
それを見送る遊月に対して、英明は溜息を吐いた。
「
英明が聞いて来る。
「ああ。だが、そのためには悪霊本体を探す必要がある。その情報があるとすれば……」
「まっ、DGCかセキュリティだよな」
「そういうことだ。というわけで付いて来い」
「ハッハッハ!拒否しないことが分かってるからって予定すら聞かないって言うのはちょっとアレだぜ?遊月」
「私がそんなこと知るか」
「まっ、いいぜ。今日も非番だしな」
そういうわけで、遊月と英明はDGCに乗りこむことになった。
★
「いやー……いつ来てもでかいよなぁ。ここ」
「そうだな。だが、そこまで良いもんじゃなさそうだけどな」
「俺も思うが、どうやって聞きだすんだ?」
「正面から聞きに行くに決まってるだろ」
遊月は即答する。
そして実際に、『DGC・アムネシア支部』の建物に入って行った。
「頼りになるねぇ」
英明はそれについていく。
中ではそれ相応に五月蝿いことになっているようだ。
もとより、討伐難易度Aの悪霊が出現し、そしてその被害者が出たのだ。
外部からの応援要請が出るほどのもの。
騒ぎになるかどうかはともかく、ざわついてすらいないとなれば逆に問題である。
遊月はまっすぐ一般客用の受付に行った。
前に来たときとは別の女性だ。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
「昨日確認された難易度Aの悪霊の情報が知りたいんだ。アンタの権限で見せることができるものを全て見せてくれ」
遊月のストレートな言い方に受付の女性は驚いたようだが、避難する場合のホームページにアップする資料も作っているはずだ。
受付を任された職員でも、出せる物はある。
「少々お待ちください」
女性職員は奥に走って行った。
それを見た遊月は、カウンターから離れて英明のところに行った。
「……結構ストレートに言うんだな」
「ああいわないと向こうのペースに持って行かれるからな」
そんなことを話していた時、近くを歩いていた女性が話しかけて来た。
「あなた達、そんな情報を持ちだしてどうするつもりなの?」
遊月は振り向いた。
黒い髪を伸ばして銀縁の眼鏡をかけた女性だった。
「ちょっとやることがあるだけだ」
「そのやることって何?」
「江藤をどうにかする手段を手に入れる。それだけだ」
「……江藤って誰?」
本当に知らなさそうに首をかしげている女性。
遊月と英明は思わず目を合わせる。
「昨日、難易度Aの悪霊に遭遇して、今は隔離部屋に入ることになってしまった隊員だが……知らないのか?」
「知らないわ。なんでそんな間抜けのことを私が気にしなくちゃいけないのよ」
遊月と英明を軽蔑するような目で見る女性。
遊月は何と言うか、呆れた。
「おい、そりゃねえだろ。自分の仲間が、悪霊のせいで傷ついてんだぞ」
だが、英明は我慢ならなかったようだ。
「だから知らないって言ってるでしょ。私はこれからホームページの更新をしなくちゃいけないんだから、そんなこと気にしてる暇なんてないのよ」
「……ホームページ?」
「そうよ。『悪霊対策ホームページ』って知らない?あれの南東地区は私が担当してるのよ」
まるでなじるような言い方だ。
遊月は冷めきったままだが、英明はそんなことはない。
「ふざけんな!隔離施設に送られた江藤香苗は、南東地区で被害にあったんだぞ!」
「だから、私はそんな難易度Aの悪霊が出たなんて資料はもらってないわよ。運が悪かったんじゃない?」
「てめぇ……」
「英明。もうやめろ」
「だが……」
「お前が熱くなりすぎだ」
「フン。アンタは分かってるじゃない」
「何を言っている。私は熱くなっている英明を注意しただけで、君の態度が正しいだなんて一言も言ってないぞ」
「はっ?」
女性はすっとぼけたような表情になった。
「私は別に、君がそんな態度だったとしても、業務さえきっちりこなしているというのなら構わない」
「だから、私はちゃんと……」
「本当に昨日。ノルマをこなしたのか?言い変えようか。ノルマを達成したうえで、指示を出したのか?制服のバッジを見る限り、管理官のようだが」
「は?当たり前でしょ」
「本当に全部見たのか?重要事項が書かれた資料が配布されなかったのか?」
「されてないわよ!ふざけたこと言ってると、セキュリティにつきだすからね!」
怒鳴り始めた女性。
だが、遊月は腐った目で、冷めたように見るだけだ。
「……そうか」
遊月が視線を逸らすと、そこには、少し大きめの茶封筒を持った先ほどの職員がいた。
遊月はそこまで歩いていって、職員からパッと茶封筒を奪うようにとった。
そして、遊月はそのまま中身を見る。
遊月は呆れたような目で、目的のものを見つけた。
『アムネシア南東地区にて、討伐難易度Aの危険な個体が確認されている。遭遇確率15%だが、任務発行の際に管理官は巡回任務を担当する者に対して厳重に注意することを義務付けることとする。担当室からホームページに注意書きして置くこと』
そうかかれたものだ。
日付も一緒に確認すると、昨日の朝に配布されたものだ。
「なあ、君に配布された書類の中に、こういった文のものが混じっている資料があったはずなんだが」
遊月はその紙を見せる。
女性は受け取って読んでいる。
一瞬だけ表情が変わった。
「私はこんなもの知らないわよ」
「そうか……」
遊月は紙を奪うようにとって、茶封筒の中にいれる。
「英明、行くぞ」
「え、遊月。でも……」
「もうここに用はない」
そういって、茶封筒を持ってきた鞄にしまった時だった。
「あの江藤香苗ってやつ?アイツ隔離施設に送られたみたいだぜ」
「えー、マジ?アイツウザかったよね。なんか、不幸だけど頑張ってます。みたいな雰囲気出しててさ」
「だよな。精霊力制御疾患だって?僕達才能のあるデュエリストにうつったらどう責任取るんだっつーの」
ゲラゲラ笑いながらそんなことを話している三人組がいた。
「……一部がクズだと、全体がゴミに見えるっていうのは本当なんだな」
遊月はそんなことを呟いた。
三人組は遊月の呟きが聞こえたようだ。
「はっ?何言ってんだお前」
「部外者がうだうだ言ってんじゃないわよ。アンタみたいなのを器が小さいっていうのよ。分かる?」
「DGCの中でも僕達は上位のデュエリストなんだ。間抜けがいると僕たちの評判が下がる。いなくなるのが一番いいんだ。正義は僕たちにある」
遊月は呆れた。
「一応言っておくが……私はDGCという組織が持つ『育成システム』は評価するが、君たち個人の評価などしたことはない」
「何言ってんだ?」
「この場所は、『守りたい』って思う奴がくる場所なんだ。お前たちみたいな、椅子にこだわるような天才気取りがいていい場所じゃないと言っている」
「はぁ?お前、DGCに喧嘩売ってんの?」
「違うな。お前たち三人をバカにしている」
どうやら、遊月は怒っているようだ。
大きな声を出すわけではない。
ただ、その中にある冷たい激情。
英明はそれを恐れたかのように、先ほどまでは熱くなっていたのに何も言わない。
「舐めてんのか?今ここでお前を潰してやってもいいんだぞ!」
騒いでいるが、それを気にする遊月ではない。
「……っ!」
遊月は少し、フロア全体を威圧した。
三人組も、先ほどまで話していた女性も、そしてその周りにいる全員が、何も言わなくなった。
「最初、彼らはバラバラだった」
そんな中、遊月は口を開く。
「利益なんて要らないから、守りたいって思う酔狂な連中だったが、それでも彼らは、バラバラだった」
「個人でも強者であった彼らは、異なる場所で、お互いに干渉しないように、完全に分割して守っていた」
「誰かが危険に立つことになっても、恩の話をするのが嫌なのか、誰かが誰かを頼ることはなかった」
「そんな無茶で、無謀で、少数精鋭なんて言い訳をしながらも、彼らは守れてしまっていた」
「だがそんな彼らにも、守りたいと思う女が出来た」
「全員がその女のことを守りたいと常日頃から願って、近くまで来たときは最優先でまもるくらいに」
「恋なのか、愛なのか、何かに惚れたのかは分からずとも、彼らが守りたいと思う女だった」
「それでも、彼らは協力するということはなかった」
「集まることはあっても、共同はなかった」
「だがそれでも、守れてしまっていた」
「だから、ずっと続くと思っていた」
「しかし、そんなものは幻想にすぎなかった」
「全員は必要ない。でも、何人か集まらなければ勝てない。そんな微妙な敵だったはずだ」
「一人で勝てるようなものではないと誰もが思いながらも、『特例』だとか、『前例』を作りたくなかった彼らは、集まるなどと誰も口にしなかった」
「そんな馬鹿な場所で、女から『集まろう』なんて言葉が出てくるのは必然だっただろう」
「だがしかし、彼らは首を縦に振らなかった」
「それぞれが持っている過去が起因し、共同で事に当たるということを、特例を作るということを否定する」
「誰か一人が立ち向かって砕けなければ、彼らは分からなかったのかもしれない」
「変わるのは嫌だ。できなかったのならそいつが悪い。そいつが全部悪くないとすれば、自分たちにも原因があることになる。そんなことは認めらない。変わるのは嫌だ。変わるのは嫌だ」
「捨てさるべき意地をバカな男たちが抱えているなか……女はついに、たった一人でそれに挑んだ」
「たった一人では勝てないそれに」
「奇跡など起こらなかった。奇跡を望んだ男たちを、幸せな世界の女神は見ていなかった」
「一人では勝てないことが証明された」
「守りたいと思いながらも、手を握りたくはない男たちは、この現実に身を震わせる」
「だれにも看取られることなくこの世を去った女を思って、涙を流した。自らを呪った」
「そして遂に、彼らは手を取り合った」
「過ちを繰り返さないために」
「同じ間違いをしないように」
「全員で向かった」
「もともと全員が必要じゃなかったそれを倒すのは、楽なことだった」
「そして彼らは考える」
「自分たちだけじゃない。何かを守ろうとしても、手を取ることができなくて、何かを成し遂げられず終わるものがいるのではないか」
「耐えられなかった」
「そして、目を背けることをやめると誓ったばかりだった」
「彼らは自分たちの力を束ねて、頭を下げて専門家に頼って、システムを作り上げようとする」
「最初はうまくいかなかった」
「器用なものが作り上げたものが、上手くできているとは限らない」
「強いものが作り上げたものが、強くできているとは限らない」
「だがそれでも、もともと頑固な彼らは、なんとかそれを作り上げる」
「もともと大人数でも耐えられる箱であるそれを、広めていった」
「人は集まって、少しずつ功績を積んで、『デュエルで人を守る者たち』……『デュエルガードクラスター』は、認められ、そして人を守るために、今も多くのものを鍛え、そして守っている」
遊月はそういって、あたりを見渡す。
この場所に来た理由に後悔している者。
信念に感動した者。
さまざまな意思が交錯する中、遊月は三人組を見る。
彼らは、口をボーっとあけて、ただ遊月を見ていた。
そんな彼らに、遊月は言う。
「人が何かを作り上げたとき、打算だろうと信念だろうと、必ず何かが宿っている。この場所は打算で作られたものじゃない。自らのデッキに魂を注ぎ込んで、もがき苦しんで、それでも、さらに多くのものを守るために手を取り合う。そんな場所なんだ」
遊月は見下ろす。
三人は、自分たちが腰を抜かしていることにすら気が付いていなかった。
「私のスピーチは終わりだ。これを聞いて何を思うかは私にもわからない。私の話を否定しようとかまわない。だが、何も変わらないというのであれば……私なら、君たちを見限るのに苦労しないだろうな。英明。行くぞ」
「あ、ああ……」
出入り口に向かって歩き始める遊月。
あわてたように、英明は追いかけた。
★
「なあ、遊月。お前、この場所の創設秘話なんてどこで聞いたんだ?」
「……今はその話をしている場合じゃないだろう」
二人はDホイールに乗って走っていた。
「だって、まるで見てきたような言い方だったじゃねえか。DGCって、創設されてかなりの年月が経過してるぜ?」
「……」
遊月は何も言わなかった。
英明は溜息を吐く。
「まあ、言いたくねえんならいいけどよ」
「ならそうしてくれると助かる」
「はぁ……で、場所はわかってるんだよな」
「もちろんだ。でなければDホイールに乗るのではなく、資料室に入っている……と、このあたりにいるはずだ」
そういうと、遊月のそばにドーハスーラが出現する。
『ふう、まだちょっと背中が痛いが、まあいい』
(サーチは頼むぞ)
『問題ない。最後の一撃でマーキングしておいたからな。近くにいるのなら確実にわかる。次の角を右だ。そこからはずっとまっすぐ進めばいい』
(了解)
ドーハスーラは消えていった。
「英明。次の角を右だ。そのあとはまっすぐ進むぞ」
「わかったぜ」
そして曲がった時だった。
「あー……これ。待ち伏せされていた感じか?」
「いや、それにしてはバリケードが薄い。念には念を入れた結果だろう」
簡単に言うと、『死』と書かれた細菌のようなものがふよふよ浮いている。
「ま、関係ねえけどな」
英明はデュエルディスクに二枚のカードを入れて、そしてベルトに接続する。
遊月は『レッドアイズ・トランスマイグレーション』のカードを手に取った。そしてひょっこりと、『儀式魔人ディザーズ』が出現する。
「行くぞ。レッドアイズ」『了解した』
「変身!」『マスク・チェンジ ヴェイバー』
遊月が炎を包んで、『ロード・オブ・ザ・レッド』に。
英明を水が包んで、『M・HERO ヴェイバー』に。
それぞれ姿を変えた。
バイクに乗ったまま姿を変えた二人は、容赦なくウイルスたちに突っ込んでいく。
そして突入したが、罠カードの効果を受けないようになるディザーズの力を得たロード・オブ・ザ・レッド、そして、破壊効果であるウイルスは、破壊耐性を持つヴェイバーにはそれぞれ通用しない。
あっという間にウイルスエリアを抜ける。
すると、遠くのほうに一台のDホイールが見えた。
そしてそのそばには、パンデミック・ドラゴンの姿がある。
「なるほどな。アイツが犯人か」
「どうやらそういうことらしいな」
二人はスピードを上げる。
すると、前を走っていたDホイールが二人に気が付いた。
そしてこちらを向く。
その顔に、遊月は見覚えがあった。
「米倉義之……候補の一人だったが、やはりお前か」
「貴様。どこまでも私の邪魔をするか!」
パンデミック・ドラゴンの持ち主。
それは、もともと管理職で上官だった米倉義之だ。
「なるほどな。遊月をどうにかすることはできないと踏んで、政令力制御疾患を抱えた香苗ちゃんを狙ったってわけか」
「うるさい!私が今まで、どれほど多くのものを積み上げたと思っている!小僧、お前にはわからんだろうが――」
「私が小僧か。まあどうでもいい。やるのかやらないのか。どっちだ」
「チッ。やれ!パンデミック・ドラゴン」
『マスター。俺様からはデュエルで決着つけることを勧めるぜ。あの遊月って男。俺様よりも強い悪霊を所有しているからな』
「何!?」
そういうと、ドーハスーラが高笑いとともに出現。
『フハハハハ!我を呼んだか?下々の悪霊よ!』
登場とともにそのセリフはどうなんだ。ドーハスーラ。
「チッ。ならデュエルだ」
「そうと決まれば、死後の世界の広さを教えてやる」
遊月はロード・オブ・ザ・レッドを解除して、英明はベルトからディスクを外してDホイールにセットしなおした。ドーハスーラも再び待機する。
遊月。英明。義之はカードを五枚ドローして、パンデミック・ドラゴンはカードを五枚出現させる。
「「「『デュエル!」」」』
遊月&英明 LP8000
義之&PD LP8000
「私の先行!」
義之のディスクにターンランプがつく。
「私は手札から魔法カード『クリティウスの牙』を発動!」
「な……クリティウス!?」
「私は手札の『死のデッキ破壊ウイルス』を媒体とし、このモンスターを特殊召喚する。あらわれろ。『デス・ウイルス・ドラゴン』!」
デス・ウイルス・ドラゴン ATK1900 ☆4
「特殊召喚成功時に効果が発動する。さあ、不死原遊月。手札を見せてもらうぞ。攻撃力が1500以上のモンスターを破壊する」
遊月の手札が、それぞれのデュエリストのモニターに表示される。
『屍界のバンシー』 ATK1800
『ピラミッド・タートル』ATK1200
『死霊王ドーハスーラ』 ATK2800
『馬頭鬼』 ATK1700
『タツネクロ』 ATK 500
(あ。これ踏んだな)
英明は絶句する。
「効果によって、屍界のバンシー。ドーハスーラ。馬頭鬼が破壊される」
そして淡々と進める遊月。
どちらがひどいことをしているのかわからなくなってきた。
「私はターンエンドだ」
セットカードはないが、悲観している様子はない。
手札誘発を握っているのだろうか。
「エンドフェイズ。墓地から『屍界のバンシー』の効果を発動。このカードを除外することで、デッキから『アンデットワールド』を発動する」
重苦しくなるハイウェイ。
だが、遊月が混ざるということはこういうことなのだ。
「なら、俺のターンだ。ドロー!」
勢いよくカードを引く英明。
「ドローカードを確認させてもらおうか」
「俺が引いたのは『E・HERO ソリッドマン』だ。攻撃力は1300だぜ!」
「チッ。雑魚モンスターめ」
エアーマンやオネスティ・ネオスなど、思わず悲鳴を上げたくなるようなカードはいろいろあるが、ドローカード一枚だけなら影響力はほぼ皆無である。
「そしてスタンバイフェイズ!墓地からドーハスーラの効果発動!」
(従え、ドーハスーラ)
遊月のデュエルディスクから闇があふれて、死霊たちの王が降臨する。
守備表示だけどな。
死霊王ドーハスーラ DFE2000 ☆8
「俺は手札から『E・HERO ソリッドマン』を通常召喚!」
E・HERO ソリッドマン ATK1300 ☆4
「召喚成功時、ソリッドマンの効果発動。さらに、アンデットワールドの影響でアンデット族になっているソリッドマンの効果が発動したことで、ドーハスーラの効果が発動できる!デス・ウイルス・ドラゴンを除外するぜ!」
(ドーハスーラ。やれ)
『うむ』
ドーハスーラが右手の杖を振りかぶって、波動を叩き込む。
デス・ウイルス・ドラゴンは消滅した。
「チェーン解決。ソリッドマンの効果で、手札から『V・HERO ヴァイオン』を特殊召喚!」
V・HERO ヴァイオン ATK1000 ☆4
「ヴァイオンの効果発動。デッキからHEROを墓地に送る」
「フン!モンスターを墓地に送ったからといって安心して展開するのは悪手だな。私は『無限泡影』を手札から発動!私のフィールドにカードがないとき、このカードは手札から発動できる。ヴァイオンの効果を無効にさせてもらおうか!」
「なんでドーハスーラの時に使わねえんだよ!まあいいさ。『フィールドのモンスターを対象にとるスペルスピード2の無効効果』は、俺には通用しない!さあ、ヒーローショウの時間だぜ!」
英明は手札から一枚のカードをディスクにたたきつける。
「俺は手札から速攻魔法、『マスク・チェンジ』を発動!対象は闇属性のヴァイオン!」
ヴァイオンが仮面に手を当てると、彼を闇が包み込む。
「変身召喚!レベル6『M・HERO 闇鬼』!」
M・HERO 闇鬼 ATK2800 ☆6
そしてバイクに乗って出現する闇鬼。
「そして、ヴァイオンが墓地に送られたことで、対象不在となって『無限泡影』は不発になる!」
そのまま消滅していく『無限泡影』
「ば、馬鹿な。こんな回避方法が……」
「せっかくデッキを触るんだ。『灰流うらら』なら危なかったが、そんなものは通用しないぜ」
そして、墓地のヴァイオンのカードが光る。
「ヴァイオンの効果処理だ。デッキからHEROを一体墓地に送る。『E・HERO シャドー・ミスト』だ!ただし、効果は使わない」
「何?」
「忘れてねえか?俺は墓地に存在する『馬頭鬼』を除外して効果発動。墓地に送ったシャドー・ミストを特殊召喚する!」
E・HERO シャドー・ミスト ATK1000 ☆4
「そうか、アンデットワールドの効果で……」
「そうさ。お互いのフィールドと墓地のモンスターはアンデット族になっている!」
種族指定ではなく名称指定のカテゴリであれば、馬頭鬼は汎用蘇生カードになる。
「シャドー・ミストの効果発動。デッキから二枚目の『マスク・チェンジ』を手札に加える」
準備完了とばかりに、英明は笑う。
「あらわれろ!英雄たちが集うサーキット!」
サーキットが出現する。
「アローヘッド確認!召喚条件はHERO二体。俺は闇鬼とシャドー・ミストを、リンクマーカーにセット。英雄は今混じりて、驚異の爆走者となる。リンク召喚!リンク2『X・HERO ワンダー・ドライバー』!」
X・HERO ワンダー・ドライバー ATK1900 LINK2
「さあ、ヒーローショウだ!俺は手札から二枚目の『マスク・チェンジ』を発動。対象は地属性のソリッドマン!」
ソリッドマンが仮面に手を当てると、彼を砂嵐が包み込む。
「変身召喚!レベル8『M・HERO ダイアン』!」
そして出現するバイクに乗ったダイアン。
M・HERO ダイアン ATK2800 ☆8
「そしてこの瞬間、強制効果でワンダー・ドライバーがチェーン1で、魔法カードの効果で墓地に送られたソリッドマンがチェーン2で効果発動。墓地のHEROを守備表示で特殊召喚できる。ヴァイオンを特殊召喚!」
V・HERO ヴァイオン DFE1200 ☆4
「チェーン1のワンダー・ドライバーの効果で、墓地の『マスク・チェンジ』をセット。そしてヴァイオンの効果発動。墓地のソリッドマンを除外して、デッキから『置換融合』を手札に加える!」
まだまだ続く。
「さらに、手札から『ヒーロー・マスク』を発動。デッキから『E・HERO エアーマン』を落として、ドーハスーラをエアーマンとして扱う!」
ドーハスーラがエアーマンの仮面をかぶった。
なかなかシュールな光景である。
『……我が主よ。似合うか?』
(私に振るんじゃない)
『むうう……まあ、アドバンスドローのコストにされるよりはマシか』
マシなのだろうか。
「あらわれろ!英雄たちが集うサーキット!」
あらわれるアローヘッド。
「アローヘッド確認!召喚条件はHERO二体以上。俺はリンク2のワンダー・ドライバーと、HERO扱いのドーハスーラを、リンクマーカーにセット!」
下と右下と左下。
「英雄たちが集う場所でその力を束ね、恐怖を打破するものとして生まれ変われ!リンク召喚!リンク3『X・HERO ドレッドバスター』!」
X・HERO ドレッドバスター ATK2500 LINK3
「バトルフェイズ!ドレッドバスターでダイレクトアタック!」
「フン!手札から『速攻のかかし』の効果を発動。このカードを捨てることで、バトルフェイズを終了させる」
「防御札があったのか」
「ドーハスーラの効果を止めなかったのはこのためか」
それ相応に長い目で戦術を考えているということだろう。
無理にモンスターを残すよりも、次のデュエリストがいるのだから、相手の展開を妨害することに専念することは間違いではない。
かなり失敗しているが、先行一ターン目で相手の手札を破壊することは悪い手段ではないのだ。
「俺はカードを二枚セット。ターンエンドだ」
『なら、俺様のターンだ。ドロー!』
「ドローフェイズ。三度のヒーローショウだ!俺は『マスク・チェンジ』を発動。対象は闇属性のヴァイオン!」
ヴァイオンが仮面に手を当てると、闇があふれ出る。
「変身召喚!レベル6『M・HERO ダーク・ロウ』!」
M・HERO ダーク・ロウ ATK2400 ☆6
「そして、ドレッドバスターの効果で、このカードと、このカードのリンク先のHEROは、俺の墓地のHEROの種類一つにつき100ポイント。攻撃力が上昇する」
フィールドにいるのは、ドレッドバスター。ダイアン。ダーク・ロウ。
そして、墓地のHEROは、ソリッドマン、シャドー・ミスト、闇鬼、ワンダー・ドライバー、エアーマン、ヴァイオンの六種類。
遊月としては、わざわざソリッドマンを除外して置換融合をサーチする意味があったのか聞きたいところだが、それはいいとしよう。
M・HERO ダイアン ATK2800→3400
X・HERO ドレッドバスター ATK2500→3100
M・HERO ダーク・ロウ ATK2400→3000
攻撃力は十分だ。
「そしてスタンバイフェイズ!ドーハスーラがフィールドに帰還するぜ」
(出てくるんだ)
『うむ』
死霊王ドーハスーラ DFE2000 ☆8
『チッ……やっぱうぜえな』
『ククク。下々の悪霊が我にかなうわけもなかろう』
まだアンデットワールドは適用されている。
モンスター効果は使えないはずだ。
『俺様は手札から『ツインツイスター』を発動。手札一枚をコストに、『アンデットワールド』とセットカード一枚を破壊する』
「くそ……」
引っぺがされるアンデットワールド。
景色が元に戻った。
そして、セットされていた『置換融合』が破壊される。
「すまねえな。遊月」
「問題はない」
ドローカードにもよるが、まだ問題があるわけではない。
『そして俺様は、『D・D・R』を発動するぜ。手札一枚をコストに、あらわれろ。我が分身『パンデミック・ドラゴン』!』
パンデミック・ドラゴン ATK2500 ☆7
「ツイツイのコストをダーク・ロウで除外して、そのまま特殊召喚してきやがった」
『まっ。こんな使い方もあるってわけよ。俺様の効果を発動するぜ!俺様はライフを3400払うことで、てめえのモンスターの攻撃力を0まで下げる!』
「何!?」
義之&PD LP8000→4600
M・HERO ダイアン ATK3400→0
X・HERO ドレッドバスター ATK3100→0
M・HERO ダーク・ロウ ATK3000→0
死霊王ドーハスーラ ATK2800→0
一気に攻撃力が下がるHEROたち。
ドーハスーラは守備表示だが、パンデミック・ドラゴンの攻撃力減少は永続だ。
『さらに、俺様も『クリティウスの牙』を発動するぜ。これで、手札の『タイラント・ウィング』を媒介として、出てこい!『タイラント・バースト・ドラゴン』!』
タイラント・バースト・ドラゴン ATK2900 ☆8
「あのモンスターは……」
『フハハハハ!タイラント・バースト・ドラゴンは全体攻撃ができるんだよ!まずはドレッドバスターを攻撃!』
「チッ。俺は罠カード『メタバース』を発動!デッキから『チキンレース』を発動する!」
フィールド魔法が発動される。
『なるほど、そういうことか』
チキンレースがあるとき、ライフが低いほうのプレイヤーはダメージを受けない。
ダメージを最小限に抑えたい場合、選択肢が多いカードであるメタバースの相棒となる。
『だが二回分。ダメージは受けてもらうぜ!』
遊月&英明 LP8000→5100→2200
「ぐああああああ!」
悪霊とのデュエルは衝撃も強い。
『そして、ダメージは与えられねえが、お前のモンスターはすべて破壊できるんだよ!』
三体のHEROとドーハスーラが砕け散った。
「英明。大丈夫か」
「なんの。これくらいどうってことないぜ」
肩で息をする英明。
遊月は次で決めたほうがいいと考えた。
『単なるやせ我慢じゃねえか。メインフェイズ2。ドーハスーラに出てこられるとやってられねえからな。チキンレースの効果を使って、破壊してもらうぜ』
義之&PD LP4600→3600
『俺様はこれでターンエンドだ』
「ククク。いいぞ。パンデミック・ドラゴン。まだデス・ウイルス・ドラゴンの効果は残っている。このデュエル。私たちの勝ちだ」
勝利を確信する義之。
そんな彼を、遊月は冷めた目で見ていた。
「私のターンだ。ドロー」
「さあ。ドローカードを見せてもらおうか!」
「私はドローしたのは『アンデットワールド』。フィールド魔法だ」
「チッ。悪運のいい奴だ」
「このままメインフェイズ。私は墓地の『置換融合』の効果を発動。このカードを除外し、墓地のダーク・ロウをデッキに戻すことで。一枚ドローする」
まさか、置換融合をサーチすることにここまで意味があったとは……。
遊月は英明のプレイングの評価を上方修正するのだった。
「通常ドロー以外でも、ドローなら見せてもらう」
「私が引いたのは……」
遊月はドローカードを見せる。
「『アンデット・ネクロナイズ』……魔法カードだ」
「ん?なんだそれは」
『んなっ!おい、やべえぞ!』
義之はわかっていないようだが、効果を知っているパンデミック・ドラゴンは本能が危険を告げる。
「続けるぞ」
この時点で、遊月の手札はすべて判明している。
『タツネクロ』『ピラミッド・タートル』『アンデットワールド』『アンデット・ネクロナイズ』
「私は『アンデットワールド』を発動」
再び広がり始める屍界。
「そして、タツネクロを通常召喚」
タツネクロ ATK500 ☆3
「通常召喚したタツネクロは、手札のモンスター一体と除外することでシンクロ召喚が可能となる」
「何!?」
「私はレベル4のピラミッド・タートルに、レベル3のタツネクロをチューニング。死した紅き眼の黒竜よ、屍界で湧き上がる怨念を宿し、君臨せよ。シンクロ召喚!レベル7『真紅眼の不屍竜』!」
真紅眼の不屍竜 ATK2400→3600 ☆7
「そして魔法カード『アンデット・ネクロナイズ』を発動。レベル5以上のアンデット族モンスターが存在するとき、相手モンスター一体のコントロールを、ターン終了時まで奪うことができる」
「何!?」
「タイラント・バースト・ドラゴンのコントロールを得る。そして、不屍竜に装備」
真紅眼の不屍竜 ATK3600→3500→3900
「バトルフェイズだ。不屍竜で、パンデミック・ドラゴンを攻撃」
不屍竜が蒼い炎の黒炎弾をぶちかます。
義之&PD LP3600→2200
『ぐおおお!』
「この瞬間、アンデット族モンスターが戦闘で破壊されたことで、不屍竜の効果発動」
遊月の墓地から闇が溢れ出す。
「終わりも始まりもない
死霊王 ドーハスーラ ATK2800 ☆8
『クックック。これで、不死原遊月というデュエリストの二大エースが降臨したぞ!』
『ドーハスーラ。ちょっと静かにしろ。俺は歓喜の舞を踊るレイジングが危険すぎて、鎮めるのに苦労してるんだからな……』
『あー、あれか』
何の話をしているのやら。
「まだ不屍竜の攻撃回数は残っている。やれ、不屍竜!ドーハスーラ!」
不屍竜が口の中に蒼い炎を再び集約させて、ドーハスーラが右手の杖に波動を集める。
「ちょ、ちょっと待て!私たちのライフは――」
義之の懇願はむなしく、不屍竜とドーハスーラは遠慮なくぶちかました。
義之&PD LP2200→0
「デュエルは終わったが、まだすることはある。不屍竜!」
『わかっている』
不屍竜が全身から蒼い炎を噴き上げると、それを地面に流し込む。
すると、パンデミック・ドラゴンの『悪霊の分身』が出現する。
『な……俺様が……』
すでにデュエルで敗北し、存在が消えていくパンデミック・ドラゴン。
そんなドラゴンを尻目に、ドーハスーラが波動を分身にあてる。
すると、瘴気のようなものが漏れ始めた。
遊月がカプセルを取り出すと、その中に移動していく。
すべておさまると、遊月はふたを閉じた。
「ふう、ほしいものは手に入った」
「なら、速く香苗ちゃんのところに行って来いよ。俺はデュエルに負けても逃げてるあいつを追うからな。まあすでにフラフラだから捕まえるの簡単だけど」
そういって、英明は義之を追った。
残された遊月はつぶやく。
「さて、あとは江藤が何を選ぶかだな」