遊戯王Incarnation   作:レルクス

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第十七話

 さて、遊月の強引さでなんとか普通まで一夜で持って行ったわけだが、もちろん問題が消えるわけではない。

 ただし、遊月は別に面倒だとは考えていない。

 ISDにかかわる研究施設は確かに持っている権力が強大だが、それでも、実はアムネシアのほうが強いのだ。

 大幅にかかわっているであろう月詠がアムネシアの生徒会長として普通に活動できているのもこれが原因である。

 

「まさか生徒会長が月詠だったとは……」

「え、遊月君って、月詠さんのこと知ってるの?」

「一夜だが家に置いたこともあるぞ」

「ええっ!?」

 

 確かに、一夜だけ男の家に泊まったといっていたが、遊月の家だったとは……。

 

「私の家を駆け込み寺だと思っている人は多いからな」

「というか、遊月君の家ってかなり大きいよね。二階と三階に部屋が六つずつあったよ」

「お兄ちゃんの家は地下にも部屋がありますね」

「地下二階まであるな。まあ、地下二階はそこそこVIPな奴が来た時に騒がせないためのものだが」

「……え、遊月君が一人で管理してるんだよね」

「ホテルマンの経験あるから問題ないよ。あと、こういう管理は『スケープ・ゴースト』が得意なんだ」

 

 遊月はあくびをしながらそんなことを言った。

 

「まあ、もともと小さなアパートだったからな。金余ってるし、団体で抱えてた時があったから、その名残だ。みんな巣立っていったけど」

 

 遊月は感慨深そうな表情でそういった。

 ちなみに、見た目が普通のアパートのようになっているのは変わらない。

 そのため、遊月は基本的に『アパートの一室に住んでいる』と思われがちである。

 本当はアパートそのものが遊月の家なのだが、まあ、ある種のカモフラージュである。

 だから駆け込み寺になるんだけどな!

 

「さて、学校に行くか」

 

 そういって、玄関で靴を履いて、そのまま土足のまま歩ける廊下を歩いていく遊月。

 

「え、遊月くん。ドアってこっちだよね」

「ドアはそっちだ。いいからついてこい」

 

 綾羽と香苗は顔を見合わせたが、二人共遊月についていく。

 すると、エレベーターについた。

 ずっと荷物運搬用だと思っていたものなのだが、そこに入っていく。

 遊月は綾羽と香苗が入ったことを確認すると、エレベーターの操作盤にカードキーを入力させて、地上三階から地下二階、開閉と上下が表示されているボタンのうち、『開』と『閉』と『下』を同時に押した。

 すると、エレベーターが下がり始める。

 地下二階を超えて。

 

「え、これどういうことなの?」

「地下二階が一番下じゃないってことだ」

 

 そこではない。

 エレベーターが下るのは早かったようで、二人が唖然としているうちに下がった。

 ドアが開くと、少し広いくらいの広場に出た。

 

「あの、これからどうするの?」

「ん?うん。もうそろそろ来ると思うんだがなぁ……」

 

 遊月がそういったとき、遠くからハイヤーが走ってきて、遊月たちの前で止まった。

 運転席から一人の青年が出てくる。

 スーツでぴしっと決めた少し長い黒髪と銀縁メガネが特徴で、近寄りやすい笑顔を浮かべている。

 

「遊月様。お待たせいたしました」

「いや、時間通りだから問題ないよ」

 

 遊月に対して様付けで呼ぶ青年。

 

「あ、自己紹介が遅れましたね。私は小湊創輝(こみなとそうき)と申します。よろしくお願いします」

 

 丁寧である。

 

「んじゃ。さっそく行こうか」

「……遊月君。私、小湊ってどこかで聞いたことがある気がするんだけど」

「アムネシアの理事長の息子だから当然だ」

「「ええっ!?」」

 

 驚く綾羽と香苗を無視して助手席に乗り込む遊月。

 それを見て、綾羽と香苗は後部座席に乗り込んだ。

 創輝は運転席に座る。

 そして発進。

 しばらく、無機質な通路が続く。

 

「そういえば、理事長の息子って……運転手なんてして大丈夫なんですか?」

「継ぐのは姉様なので問題ありませんよ」

「その姉貴は英才教育に悲鳴を上げてるけどな。創輝は逃げるのうまいから」

「ははは、それほどでも」

((ほめてないと思う……))

 

 唖然としていたが、やっと綾羽たちの意識が地下通路に向く。

 

「あの……こんな通路があるんですね」

「秘匿性が高いのであまり使いませんがね。ただ、遊月さんの頼みともなれば、何度でも許可が下りるでしょう」

 

 そんなことを言う創輝だが、当然、後部座席の二人は驚いた。

 いったい何者なのだろうか。そんな目線で遊月を見る。

 

「まっ。どうでもいいだろ。もともと、私の家から学校までの直通ルートのために作られたものだからな」

「それもそうですね」

 

 もはや意味が分からない。

 が、安全に行けるというのならそれは万々歳だ。

 そして広場についた。かなり広い空間である。

 遠くのほうでは線路があったので、地下鉄も通っているようだ。

 

「学校の地下につくから、エレベーターで上がるんだ。特殊なカードキーがないと下に行けないようになってるけどな」

 

 そんなことを説明する遊月。

 そして、香苗があることに気が付いた。

 

「あ、あの、綾羽さんが安全に通うために使ってるんですよね。私って乗ってて大丈夫なんですか?」

 

 急にあわて始める香苗。

 

「安心しろ。私が車に乗っているのなら大体許される」

 

 意☆味☆不☆明!

 そんな顔をする二人だったが、遊月が車から降りたので、二人も降りることに。

 

「それじゃあ。帰りも使うから」

「ええ、それではまた放課後に来ますよ」

 

 そういうと、創輝はハイヤーを走らせて消えていった。

 

「いくぞ」

 

 特に躊躇なく歩き始める遊月。

 そんな彼の背中を、綾羽と香苗はあわてて追うのだった。

 

 ★

 

「……なあ遊月。今日って綾羽ちゃん。どこから入ってきたんだ?」

 

 朝礼前。

 英明が遊月のところに来た。

 

「ふむ……」

 

 遊月は自分が知っている範囲で事情を説明。

 

「で、英明。大丈夫か?そんな地上波無理そうな顔をして」

「どんな顔だ!?」

 

 英明は溜息を吐いた。

 ちなみに、英明は地下通路を使ったことがあるので言っても問題はない。

 

「ついに綾羽ちゃんもお前の家の住人になっちまったか」

 

 言葉とは裏腹に安心した様子の英明。

 

「まあ、綾羽ちゃんが自分で決めたんなら俺は何も言わねえよ。で、どうするんだ?」

「どうするとは?」

「綾羽ちゃんのことだ。今のままでも問題はねえけど、それだと、強くはなれねえぞ。何かしら終着点は決まってんのかってことだ」

「もちろん決めている。でなければこんな面倒なことはしない」

 

 遊月はそういうと、本を開いて読み始めた。

 

「……ならいいや」

 

 英明はタブレットを見始める。

 そして、顔をしかめた。

 

「どうした?」

「いや……なんか面倒な奴が出てきたみたいだ」

「手伝ったほうがいいか?」

「できるならそうしてほしいぜ。ついでに言うと……今日俺当番なんだけどな」

 

 遊月は『綾羽ちゃん親衛隊』の業務を思い出す。

 当番のものは、綾羽守護。

 そうではないものは、綾羽が安心して暮らせるように、悪霊討伐。

 といった感じだった。

 

「ふむ……その悪霊討伐。綾羽もつれていくか」

「え、綾羽ちゃん連れてくの?」

「男の家に単身飛び込んでくるようなやんちゃ娘なんだ。それくらい放り込んでもいいだろ」

「……まあ、遊月もいるし、隊長も納得するだろ……たぶん」

 

 というわけで、悪霊退治にみんなでカチコミすることになった。

 

 ★

 

「まさか香苗の当番の場所ともかぶるとは思わなかったな」

「私も驚きです」

 

 放課後。

 アムネシアは午後が大体実技なので、早く終わるときはかなり早く終わる。

 

 そして移動するわけだが、遊月と英明はそれぞれDホイールに乗って、綾羽と香苗は創輝が運転するハイヤーに乗るという感じになった。

 通信機がしっかり備わっているので、車とDホイールでも会話が普通に可能である。

 ちなみに、男子三名と女子二名だが、別に格式高いというわけでもないのに一人称が『私』の奴が四人いるというちょっと珍しい感じである。

 

「そういや、香苗ちゃんはどこかの部署に所属してんのか?前聞いたときはホームページ作ってるところって聞いたけど」

「私は今はフリーですね。まだ精霊力制御疾患の影響が大きいので……でも、お兄ちゃんが手伝ってくれるので大丈夫です!」

 

 英明は顔を見なくても、きっと満面の笑みを香苗が浮かべているんだろうな。ということはよくわかった。

 

「……遊月」

「なんだ?」

「お前結構暇なんだな」

「実はそうなんだよ」

 

 遊月は遠い目をした。

 

「むう……遊月君は香苗ちゃんにやさしいんだね」

「何拗ねてるんだ」

「わからないの?」

「わかってるにきまってるだろ」

「……えっ!?」

「ハハハ!遊月様。綾羽様で遊んではいけませんよ」

「あはははは!」

 

 香苗も大笑い。

 

「笑うなーーーー!」

「い、いひゃいへふー」

 

 また頬をつねる綾羽。

 香苗はなかなか学習しない。

 

「……もうそろそろつくぞ」

「わかった」

 

 英明の言い分に、急に真剣な声で答える遊月。

 先ほどまで笑っていた香苗も、悪霊に遭遇するということでスイッチを入れたようだ。

 

「この角を曲がればすぐだ……いたぞ!」

 

 二台のDホイールと一台のハイヤーが角を曲がると、『魔妖仙獣 大刃禍是』が暴れていた。

 すぐそばには、妖仙獣たちが暴れている。

 

「うおっ!カテゴリ単位で悪霊化してんのか!こりゃ珍しい」

「悪霊化したモンスターが強いと、関連する精霊たちが悪霊になりやすいからな。で、どうする?」

「どうするっつっても、まだ向こうが明らかにデュエルする気サラサラなさそうだぜ」

「……仕方がない」

 

 英明はディスクに二枚のカードを入れて、遊月は『レッドアイズ・トランスマイグレーション』のカードを取り出す。

 

「行くぞ。レッドアイズ」『了解した』

「変身!」『マスク・チェンジ 光牙』

 

 遊月が炎を包んで、『ロード・オブ・ザ・レッド』に。

 英明を光が包んで、『M・HERO 光牙』に。

 それぞれ変身。

 

「えぇ!?」

 

 そして驚く綾羽。

 当然の反応である。

 

「ライナー!よろしくお願いします!」

 

 香苗は元気よく『弾丸特急バレット・ライナー』のカードを掲げる。

 すると、後方から渦のようなものが出てきて、線路が飛び出し、そこをバレット・ライナーが走ってきた。

 

『よーし、思いっきり行くぜ~!』

 

 楽しそうなライナー。

 

「……」

 

 口をポカンを開けて愕然とする綾羽。

 気持ちは分からなくもない。

 

「さて、私はこの車を死守するとして……綾羽様はどうしますか?」

「私は……」

 

 綾羽はデュエルディスクを見つめて、そして、デッキから一枚のカードを取り出す。

 『エンド・オブ・ザ・ワールド』のカードだ。

 

「遊月君のレッドアイズが精霊なら、私にも……」

 

 いうが早いか、綾羽は車を飛び出して、『エンド・オブ・ザ・ワールド』のカードを掲げる。

 

「いくよ。ルイン!」

『わかった』

 

 いつでも力を貸すといったルイン。

 その言葉の通り、綾羽の中に存在する『精霊力』が消費されて、綾羽の姿が変わっていく。

 

「よしっ!……あれ?」

 

 変身そのものは完了した。

 しかし、思っていたものとは違った。

 手に持っている武器が、槍ではなく、円盤のようなものがついている斧のようなもの。

 これは……『女神』ではなく、その下の『天使』の方だ。

 

「ど、どうして……」

「綾羽さん!来てますよ!」

「!」

 

 綾羽が顔を上げると、妖仙獣 木魅が突撃してきていた。

 斧を振り上げて攻撃する。

 切断されてそのまま消えて行った。

 さすがにこの程度なら問題はないようだ。

 だが、綾羽の中では、『何故』という感情が抜けない。

 

「い、いったいどうして……」

 

 変身そのものが成功している以上、ルインは綾羽を認めている。

 力を貸すと決めて、そしてその通りに行動している。

 だが、それでもルイン本人の力を出せないとなれば、その原因があるのは綾羽自身だ。

 

「綾羽さん!危ない!」

「なっ……」

 

 綾羽の視界の外から、辻斬風が接近していた。

 だが……。

 

『やはり我は子守か……』

 

 横から波動をぶちかましたドーハスーラによって、辻斬風は消し飛んだ。

 

「ど、ドーハスーラ?」

『うむ、我も精霊だからな』

「そ、そうなんだ」

 

 綾羽は何となくだが納得した。

 

『それにしても、何やら悩んでいるようだが』

「わ、私の精霊のルインは女神のはずなのに……」

『なるほど、今悩んでいることは分かった。だが、元から抱えている悩みがあるだろう。それが原因だ』

「!」

 

 ドーハスーラの指摘に、綾羽は表情を変える。

 

『邪魔だ貴様ら!』

 

 ドーハスーラが杖をふるうと、あたりをうろうろしていた木魅が一気に消し飛んでいく。

 波動を使うまでもないようだ。

 

『あまり我がでしゃばっても仕方のない問題だが、一つだけ言っておこう』

 

 ドーハスーラは一瞬だけ遊月を見た後、口を開く。

 

『まずは逃げてみるといい』

「え?」

『逃げることは単なる選択であって、それを恥だと騒ぐ者がいるだけだ。逃げた方が正しいのであればいくらでも逃げればいい』

「でも……」

『あと、こういう言い方はあまり好きではないのだが……』

 

 ドーハスーラは溜息を吐いた後、言った。

 

『はっきり言おう。我は視野が狭い。我が主と比べれば、圧倒的に狭いだろう。そんなやつがいう格言や名言というのは滑稽なものだ。だが、そんなやつが吠えたことほど、この世の真理に近いものはない』

「それって……」

『何か、叫びたいことがあるのなら叫んでみるといい。それを信じればいい。ないのなら求めればいい。我が主は夢を継ぎたがるから、言葉がほしいというのならいくらでもくれる』

 

 そういうと、ドーハスーラは遊月たちの方に向かった。

 ドーハスーラが一喝したことで、このあたりに弱い悪霊は近づけない。

 何かが揺れたのだろうか。エンド・オブ・ザ・ワールドが終了して、元の綾羽に戻った。

 そして、デュエルディスクの中に保管している、特別なヴァルハラに目を向ける。

 

「私の力……」

 

 確かに悩みはある。

 あの時の不死鳥が忘れられない。

 ……自分が積み上げてきたものが、簡単に奪われるものなのだということが、惨めでたまらない。

 

「綾羽さん……」

「……」

 

 綾羽は遊月たちのほうを見る。

 そこでは、英明がHEROを並べて大刃禍是のライフを削りきったところだった。

 すでにデュエルが終了している。

 

「よっしゃ完全勝利!どうだ見たか!……あれ?ひょっとして綾羽ちゃん。俺のデュエル見てなかった?」

 

 英明がこちらに来ながら不安そうな目で見てくる。

 

「あ……うん。ごめん」

「ガーン……」

 

 英明が沈んだ。

 そんな英明の肩を、遊月がポンッとたたく。

 

「まあ、そんなこともあるさ」

「そんなに機会ないからそういうの困るんだけど!?」

 

 なんだか元気な様子の英明。

 綾羽は苦笑して、車の中に戻った。

 

「綾羽さん。大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫」

 

 内心は大丈夫ではない。

 自分が積み上げてきたものが、そんな大したものではないという意識が、あのデュエルから抜けない。

 

(言葉か……私は、どんな言葉がほしいのかな)

 

 綾羽はそんなことを思いながら、ヴァルハラのカードを取り出すのだった。

 

 ★

 

 悪霊討伐に関しては完了したわけだが、他にどこかに行くという予定はない。

 英明とは途中で分かれて、遊月、綾羽、香苗の三人は、創輝が運転するハイヤーで地下通路を使って家まで帰る。

 ちなみに、地下通路の広場には、小さいながら売店も存在する。

 運び込むのが若干面倒なのか、少々高いのだが、そもそもこの地下通路を使うような奴は金持ちが多いので問題はない。

 そこで晩御飯の材料を購入してから、家に帰る。

 地下でハイヤーを降りると、遊月が創輝の対応をして、創輝はそのままハイヤーで帰って行った。

 

 そのまま晩御飯も食べる。

 そして、お風呂の前。

 どちらが遊月のベッドで寝る権利を得るのか。と言うデュエルだ。

 

 綾羽としてはいろいろと思うところはあった。

 言葉にはしていない。

 だが、やはり出ていたようだ。

 

「……綾羽さん」

「……」

 

 地下にあるデュエルコート。

 そこでは、制服姿で二人がデュエルディスクを構えている。

 

 綾羽 LP 0

 香苗 LP8000

 

 結果だけを簡潔に言えば、綾羽の惨敗。

 そもそも、ドーラとリーベが投入され、真の力を発揮する『列車』が相手では、一瞬でも気を抜けば隙をつかれて終わりだ。

 それを考えれば、デュエルするとなった時点で、もう構えておく必要がある。

 力を信じることすらできないくらいブレブレなら、勝てるデュエルも勝てない。

 

「気になることがいろいろあるのは分かります。とりあえず……今日は一緒にお風呂に入りましょう!」

「え?」

 

 笑顔で提案する香苗に対して、とぼけたような声で答える綾羽。

 脈絡が感じられずに戸惑っているのだ。

 そして……美少女二人がお風呂に入ると聞いて、魂を震わせるものもいる。

 

『くそっ……どうにかして隠しカメラを設置できれば……』

 

 そう、ブルームである。

 ちなみにお風呂に隠しカメラというのは普通に犯罪である。

 

『ライトの裏か……それとも壁に小さく穴を開けて……ん?ウィリアム・テルが聞こえてきた!ヤバい!』

 

 すっかりトラウマになってしまったブルーム君。

 どうやらもう彼はこの曲を聞いてしまうといろいろ拒絶反応が起こるようだ。

 

『だがしかし……色欲は永遠なり!ここで記録に残さなければ男じゃな――』

 

 ブチッ!

 

 ★

 

 なんだかアレなことになっている不死原邸。

 そしてもちろん、問題と言うものはどこにでもある。

 

「ちょっと!あの子が見つからないってどういうことよ!」

 

 大束家である。

 かなり太っている中年女性、大束美琴(おおつかみこと)が、スーツ姿の男性たちに対して叫んでいた。

 

「そ、それが……登校時も下校時も、お嬢様の姿を発見できなかったもので……」

 

 運転手の男性が困惑気味に答える。

 とはいえ、彼は綾羽が地下通路を使っていることなど当然知らない。

 昨日の夜に家を飛び出した綾羽。

 今日、学校に登校していたことは事務室に連絡して確認済みだ。

 だが、そこからの面会がうまくいかない。

 普通、親族が会いたいといえば会えるものだが、アムネシアは違う。

 治外法権と言うほどではないが、生徒達は外部との連絡が制限されているのだ。

 

 そもそも、デュエルは今の世の中では重要視される部分が多すぎる。

 単純にカードゲームとしてのそれだけではなく、精霊、そして綾羽たち本人がかかわるISDなど、二手先三手先を読まなければならないことが多すぎる。

 ちなみに、二手先三手先は抜群でも一手先が大ざっぱで行き当たりばったりなのが遊月だったりするのだが。

 

 とにかく、学校にある資料を持ちだすだけでも、かなり多くの制限が付きまとうほどだ。

 アムネシアはとある事情により、昔からその席についている理事会の幹部のもの達が『情報』というものの重要性を知っている。いや、過剰に意識していると言った方がいいだろう。

 そのため、あまり情報を出したくないのだ。

 その反面、生徒達に提供される設備をはじめとしたサービスは大きいが、本人だけにその影響が止まるサービスばかりである。

 

 さらに言えば……アムネシアの理事会は、ISDの研究施設。そしてその裏にいる奴らが嫌いである。

 結局私情だ。

 それはともかく、綾羽とコンタクトが取れないというのは、現実であり事実である。

 

「あの子がいないと、私が補助金をもらえないじゃない!」

 

 そう叫ぶ美琴。

 そもそも、綾羽の両親は仕事をしていない。

 ISDの研究会から金が入って来るので、それを使って生活している。

 しかし、あくまでも研究のみを行い、研究対象である綾羽の扱いに関しては両親が決めることになっている。

 そう言う体で派遣されている職員しかいないのだ。

 

 綾羽の管理責任が両親にはある。

 決められた時間に綾羽を研究所に入れることができないというのであれば、補助金が入ってこない。

 かなりの金額が振り込まれていたので、それがなくなったからと言って生活のレベルを下げることなど不可能。

 

「ですが、私たちにも、どこにいるのかは……」

「いいから探してきなさい!」

 

 一喝する美琴。

 スーツ姿の男性たちは慌てたように部屋を出ていった。

 このような大きな屋敷に雇われて、しかも彼らのスーツの質もかなり高いことを考えれば給料も待遇もいいはずだが、その動きは遅い。

 全員がいなくなった後で、美琴はどかっとソファに座る。

 

「全く、あの子にも困ったものね。ここまで育ててあげた恩も忘れていなくなるなんて。まあ、あの子が一人で生きていけるわけないわ。そのうち自分から帰って来るでしょう。その時はみっちり説教しておかなきゃ」

 

 美琴はそういいながら、近くにあったお菓子の袋を手に取る。

 

 ……まあ、自分に反抗しないと思っていた娘が、まさかクラスメイトの男の家に上がりこんでいるとは夢にも思わないだろう。

 当然、男たちが綾羽を発見できるはずがないのであった。

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