先生が言うまで廊下に待機しておいてください。
転校生の紹介において、よく使われる言葉だ。
全員が集まった状態で紹介し、自己紹介や本人の事情の説明を一気に解決するのである。
ただ……皐月が『待機』を守れるかどうかという話である。
別に修学旅行中というわけでもないし、別にそれを守らなかったからと言って何かあるわけではない。
というわけで……。
「英明くうううううん!」
「さ、皐月!?おわああああああ!?」
朝っぱらから、登校した英明に皐月は突っ込んだ。
真正面から抱き着いて、そのまま英明に頬擦りしている。
「英明くうううううん!会いたかったよおおおおおお!」
「ちょ、皐月、ちょっと離れろって!」
さすがに朝っぱらからそこまでパワーが出るタイプではない英明。
終始元気な皐月には翻弄されるばかりである。
なぜか二年間寝たきりだったが育っている体で抱き着く皐月。
その様子に遠慮などない。
「英明君にとっては二年ぶりかもしれないけどね。私にとってはちっとも時間なんて立ってないのさ!英明君大きくなったね!」
「いや、皐月の方も大きくなってね?なんで二年間寝たきりだったのに成長してんの?」
「私が知るかあああ!」
理不尽である。
何がとは言わないが。
「まあまあ、そろそろショートホームルームが始まるわよ。離れなさい」
「むむむ!……英明君。この綺麗な人って誰?」
「……」
英明が気絶している。
朝っぱらから体力の使い過ぎだ。
感動の再開なんてなかった。
「あれ、おーい!起きろおおおおお!」
肩をもってブンブンと容赦なく前後に振る皐月。
気絶していて抵抗できないので、すごい勢いで英明の脳がシェイクされている。
「落ち着きなさい!」
「あだっ!」
皐月の脳天に手刀が落ちてきて、皐月は悶絶。
「完璧に気絶してるじゃない。ちょっとの間起きないわよ」
「むむ!あれ?なんで気絶してるの?」
「いろいろあるのよ……」
時雨が疲れてきている。
なかなか珍しい光景だ。
「あ、そうだった。私は漆野皐月っていいます!」
「私は周防時雨よ。クラスメイトだからよろしくね」
「よろしくおねがいします!」
とっても元気な様子の皐月。
体はそれなりに育っているが行動がとても幼いようだ。
「す、すごい人が来たねぇ」
綾羽も苦笑しているほどだ。
「むむ!よろしく!」
「あ、うん。私は大束綾羽。よろしくね」
というわけで、自己紹介が進んでいく。
「……で。そろそろSHRだから帰って来い」
ダルそうな顔で斎藤当夜が言った。
「むむ!英明君。またあとで!」
そういって、指定位置に戻った皐月。
「……はっ!……俺、どうなってたんだ?」
「気絶してたぞ。まあ……多分精神的な疲労を理解して頭の中がショートしたと思われるが」
遊月はそんなことを言った。
参考程度に言えば、時雨がもともとあんな性格だ。
だが、ここにスキンシップの激しい状態になった皐月の追加である。
真っ先にその標的になる英明からすれば、その苦労加減は容赦がないのだ。
「あー……だよなぁ……くそー……」
遊月に言葉にされたことで後悔している様子の英明だが、おそらく逃げられないだろう。
ならば、自分からあえて言うのが遊月流である。
★
「英明君!」
「どうした?」
「私は一つ、重大なことに気が付いた!」
「なんだ?」
「カードの値段が高くなってるんだよ!特にレアカードが!」
「あー……そういやなんかインフレしてきてるって遊月が言ってたな」
カードの価値というものは新しいカードの登場で何度も変化するものだが、レアカードはいつでも値段は高い。
精霊カードは一般的に商業的に売られているわけではないので除外するが、化身カードは別だ。
ただし、アムネシアに限ればそういう話ではないのだが。
「まあもともと、アムネシアってインフレしやすい財政構造なんだよなぁ」
「そうだっけ?」
「アムネシアが『特別財政都市』なのは知ってるよな」
「確か、日本の中に属してるけど税率は別だって制度だよね」
「アムネシアが持ってる権力が強いっていうこともあって、その権利をぶんどったって言ってたが……まあそれはそれとして、アムネシアは周りと違って、『消費税が低く』て、『法人税と所得税が高い』んだ」
「?」
「何もわかってなさそうな表情をするな」
「そういえば、アムネシアでは消費税って3パーセントだよね」
「アムネシアから出るとそうじゃねえけどな。まあそれはそれとして、法人税が高いと、企業は儲けた分を『
「なーるほど」
「で、まあ、所得税が高くなったって言っても、もともと『多く持ってる人から多くもらう』ことと『少なく持ってる人からは少なくもらう』性質がある『累進性』があるし、アムネシア中央銀行が金利の調整で安定させてるから、ハイパーインフレにはならないけどな」
「ふむふむ、わかった!」
「……」
本当にわかっているのだろうか。と思った英明。
ただ、そもそも英明がそのあたりのちゃんとした説明をできるタイプではないので、詳しい説明は省くが。
「要するに、アムネシアの逆で『消費税が高く』て、『法人税・所得税が低い』と、庶民が貧乏になって大企業だけが得をするってことだね!」
「日本は実際にそうなってる」
「……私、アムネシア以外では住まないようにするよ」
「そうか」
謎の意気消沈を見せる皐月。
まあ、皐月がどこに住むのかは自由である。
「まあとにかく、レアカードの値段が上がった理由は分かったよ!ついでに言うと、住民の賃金もちゃんと上がってるから負担は大きくなってないんだね!」
「ああ。まあ、値段が上がったのはカードだけじゃないけど、二年間寝てた皐月から見れば驚くだろうな……」
タイムマシンで二年後に飛んだような感覚だろう。
おそらく予測できる人間はほぼいないはずだ。
アムネシアの実質的な支配者である遊月が『緊縮財政なんてくそくらえ』などと考えているタイプなのでこうなるのは目に見えているが。
「まあ、二年間も寝てたら真っ先に気が付くことだろうなぁ」
「まあとにかく、私はおなかがすいた!」
「文脈放棄が酷すぎる……」
「というわけで、特盛を食べに行くぞおおおおおおお!」
「うわあああああ!」
英明のブレザーの襟首をつかんで全力疾走をする皐月。
……ブルームはそれを見ながら、『元気な子が帰ってきたなぁ』と思いながら追いかけるのだった。
ちなみになぜ追いかけるのかって?
パンチラというシャッターチャンスを逃さないためである。
時雨の場合は、隠し撮りを含め、適当なタイミングでシャッターを切ってもベストポーズだが、皐月はさすがにそうではないのだ。というか盗撮に気が付く時雨の方が頭おかしい。
★
「……尋常じゃないな」
「何が?」
「牛丼の特盛を四つも平らげるとは思わなかった……」
「フッフッフ!目指すは某ゴム人間だぜ!」
「アムネシアの料理人が死ぬからやめろ」
商店街を歩く二人だが、相変わらず目が爛々と輝いている皐月に対して、早くも疲労の色が見える英明。
皐月の食に対するモットーは『質はそこそこ、量はヒャッハー!』である。
ぶっちゃけ二年前はそこまで食べる方ではなかった。
ただし、当時の皐月は悪霊瘴気の核を抱えていた故に制限があったようだが、それはとっくの昔にブルームが取り除いたので遠慮はない。
「むむ?なんか悪霊が近くにいるような……」
「あー。みたいだな。なんか弱いのがいそうだな。多分デュエルすらもできないタイプだろ」
弱い悪霊は、弱い悪霊同士で力を束ねることで『デモンズ・キューブ』を構築し、そしてデッキを生み出す。
そして、悪霊は『デュエルをするという意思を見せた場合、デュエルでしか討伐できない』というルールがあるので、悪霊討伐を専門としている組織は、デュエルの腕も鍛えたうえで、リアルファイトが可能になるように鍛えるのだ。
ただし、悪霊の力の不足はカードの不足を招くため、デッキを作れない。
悪霊がデュエリストに対してデュエルを挑めない場合、デュエリストはリアルファイトで叩き潰せばいいのだ。
「ちょっと行ってみよう!」
「いいけど……多分俺たちが感覚で分かるくらいだったら、すでにセンサーが引っかかってると思うけどなぁ」
「そうなの?」
デュエルディスクに送られてくる避難警報は全く出ていない。
ただし、封鎖されている部分がある。
「一応封鎖くらいはするけど、基本的に討伐隊員だけで可能と判断した場合、それだけだな。一々避難誘導なんてやってたら、そもそも悪霊の出現数が多いアムネシアでは経済が回らないし」
「あ。それもそうだね。ムムム……じゃあ行こう!」
「話聞いてた?」
そもそも封鎖されているといったはずなのだが。
「英明君なら大丈夫でしょ!」
「まあ、確かにそうなんだが……」
アムネシアの支配者である遊月の相棒である英明。
悪霊の討伐が目的の場合、基本的に英明に立ち入り禁止はない。
「というわけでいくぞおおおおお!」
「おわああああああ!」
またもや襟首をつかんで引きずっていく皐月。
英明は不憫である。
使われていない裏の広場のようなものがある。
そこに悪霊が出現しているようだ。
「よーし!私のオネストの力で……うわっ!」
皐月が倒そうとした悪霊が、突如横から来たレーザーが焼いていく。
しかもそれらが連続で発射され、悪霊たちは抵抗することすらできずに倒れていった。
「よし!討伐完了です!……あれ?英明さん?」
聞いたことがある声が耳に入ったので顔を上げた英明。
そこには、グスタフ・マックスの意匠がみえる砲台型の装甲兵器を身にまとった香苗がいた。
「む!英明君。知り合いなの?」
「ああ、主に遊月関係だ」
「ほうほう!とってもかわいいね!おりゃ!」
「む、むうううううう!」
グスタフ・マックスの装甲を格納した香苗に抱き着く皐月。
「うへへ、小さくて抱きしめやすい体だねぇ」
「うーん!うーん!」
抱き着くときもかなり全力の皐月。
その皐月の大きな胸に顔をうずめている香苗は、正直息ができていないようだ。
ただ、英明は『バシャバシャバシャバシャバシャ!』という音が聞こえてくるので、きっと馬鹿なゾンビ花が興奮しているのだろうと判断。
「おちつけ」
「あだっ!」
脳天手刀。
香苗から離れて悶絶する皐月。
「いてて、何をするのさ!英明君!」
「初対面で皐月のテンションについていけるわけないだろ。ちょっとは自重しろ」
「私はそんなこと気にしないよ!」
そうか。と思う英明。
「自己紹介がまだだったね。私は漆野皐月。よろしくだぜ!」
「あ、私は江藤香苗と言います。よろしくお願いします」
「ふむふむ、香苗ちゃんだね。覚えたよ!」
というわけで……。
「香苗ちゃんはDGC所属なんだね」
DGCは若干軍服っぽいような制服になっている。
まるっきりブレザーであるアムネシアの制服とは異なるのだ。
「はい!お兄ちゃんのおかげで、いい条件の部隊に入ることができました!」
「英明君、香苗ちゃんのお兄ちゃんって誰?」
「血縁関係はないが遊月のことをそう呼んでる」
「ふむふむ……とてもいいことだね!」
そうなのだろうか。
というより何も考えていないだけのように思える。
「香苗ちゃんは遊月君のことが大好きなんだね」
「はい!大好きです!」
英明は『そりゃ毎晩綾羽ちゃんとデュエルで遊月とどっちが一緒に寝るか決めてるくらいだもんな』と思いながら見守っていた。
「でも、香苗ちゃんはあんまり押しが強いタイプには見えないねぇ」
「む、むぅ……」
むしろ君は押しが強すぎるじゃないか。オマケに引きずり回すだろう!
と英明は強く主張したいところだったが、残念なことに言っても無駄だということがすごくわかるのだ。
(まあでもあれだな。香苗ちゃんがいう『遊月が好き』っていうのは、なんだか『頼れるお兄ちゃん』に向けるようなものだし……『恋愛』じゃないんだよねぇ)
そう思う英明。
ただし、真正面からとかそういうことはせずに、遊月が寝始めてから気が付かれていないことを願って布団に潜り込む綾羽や鼎の要するを察するに、『押しが弱い』というのは確実だ。
「私が押しの強さを生み出す秘訣を教えてあげるよ!」
「そ、そんな秘訣があるんですか?」
「あるんだよ。要するにね。大きな声がちゃんと出せるようになればいいんだよ!」
簡潔すぎる。
「そのためには大きな声を出す練習が必要なのさ。すぅぅぅ、ヒャッハーーーーー!」
「!!??」
突如出した大声に驚く香苗。
「ほらほら、香苗ちゃんも一緒に、ヒャッハーーーーー!」
「ひゃ、ひゃっはあぁ……」
力なんて何も入っていないか弱い声であった。
「ムフフ、かわいらしくてなんだか新しい扉を開けちゃいそうだけど、それだと押しの強さは生まれないよ!ヒャッハーーーーーー!」
「ひゃ、ひゃっはああぁ……」
ちょっと伸びた。
「元気だなぁ」
英明はなんだか自分がちょっと年上になったような気分で二人を見守っていた。