遊戯王Incarnation   作:レルクス

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第七話

「遊月!大変だ!」

「朝からどうした」

 

 遊月は朝から騒いでいる英明に対してげんなりしていた。

 

「綾羽ちゃんの様子がおかしいんだ」

「……大束が?」

「ああ。なんか。健康って意味では何も問題はねえけど、何か大切なものがなくなったみたいな。そんな感じがする」

「私はお前が実はカウンセラーに向いているんじゃないかと思い始めてきたがな」

「そんなこと言ってる場合じゃねえって」

 

 そう言った時、教室に大束が入って来た。

 遊月は、確かに、大束に変化があることは認識した。

 というより、普段からいるはずの存在が見つからない。

 

(『灰流うらら』の精霊がいない……なるほど、昨日ドーハスーラが急にいなくなったのはそういう理由か)

 

 昨日の夜のことだ。

 寄っておきたい店への近道として裏路地を通っていた遊月だが、急に、ドーハスーラが飛びだしてどこかに消えて行った。

 すぐに戻ってきたが、ドーハスーラにいくら聞いても何も答えなかった。

 ドーハスーラの雰囲気からは良い予感がしなかったので置いておくことにしたが、ここまで来てはっきりした。

 

(だが、それだけじゃないな。なるほど、『何か大切なものがなくなった』か。的を射ているというか……)

 

 遊月は英明が言いたいことを理解した。

 だが、英明はそれがどういうことなのかが分かっていないようである。

 

「なんだろうな。なんか、綾羽ちゃん。存在感がいつもより薄い気が……」

「……で、どうするんだ?」

「俺はいろいろな方面から調べてみるさ。何かを奪われてるような感じがするし、おびえてる気もする」

「なぜそこまで分かるんだ?」

「日常をずっと観察していれば変化だってわかるさ」

 

 それはそれでどうなのかと思う遊月。

 とはいえ、英明に関しては何を言ったところで無駄である。

 

「とにかく、俺はいろいろ調べることがあるから」

「ああ。構わない」

 

 遊月の友人は今のところ英明のみ。

 とはいっても、毎度毎度話したいことがあるかと聞かれるとそれは違う。

 

(さてと……私はどうするべきかな)

 

 既に決めている答えを自問し始める遊月であった。

 

 ★

 

 しかし、調べるにしても時間がたたなければネットにだって情報は集まらない。

 調べるとすれば、それは放課後になる。

 あと、手掛かりというものは簡単には見つからないものだ。

 

(精霊も、特別なスリーブに入ったりすると分からなくなることはよくあるからな)

 

 精霊ハンターがよく持っている装備の一つである。

 精霊というものは基本的にカードに宿るものだが、存在が確定した場合、離れることも実はできないわけではない。

 実際にコレクターの部屋に侵入すれば、ありとあらゆるカードがこのスリーブに入っている。

 遠くにいる精霊がわかるほど感受性の高い人間であったとしても、発信される情報が著しく制限されるとわからなくなる。

 

(三十年ほど前なら、精霊に対する技術という概念そのものがなかったが、……人は人間以外を支配しようと考える生き物だなぁ)

 

 遊月はなんとなくそんなことを考えるが、すぐに思考を切り替える。

 

「さてと……」

 

 遊月が来たのはデュエルスクール・アムネシア内に存在する閲覧室。

 見たいのは、それ相応に閲覧料金がかかるデュエルの試合映像だ。

 デュエルというものが政界、財界に匹敵するということは、そのプレイングに料金が発生するということでもある。

 デュエルスクール・アムネシアは民営だが、かなり連携している幅が広く、こういった高額料金が発生するデュエルであっても、その記録映像まで見ることができる。

 

「ここに載ってなかったらかなり面倒なことになるからな……頼むぞ。本当に」

 

 かなり大規模な大会であっても閲覧可能な場所だ。

 だが、ここですら見れないとなれば、監視カメラのハッキングをしたうえでローラー作戦だ。それは勘弁してほしい。

 デュエルモンスターズは確かにカードゲームだ。

 だが、その中でも明確に価値があるとわかるのは数枚。

 言い換えれば、持ち運びの困難さがほぼ皆無だ。

 さらにいえば、手慣れているものは自然体にしているほうが怪しまれないことを知っているので、監視カメラに映っても全然わからない。

 

「見つかりますように……こればかりは神頼みだな」

 

 神の存在など信じていないが、遊月は切実にそう思う。

 

「検索は『天使族』で、新着からだな。うわ、今って午後五時くらいだよな。なんでもう百件超えてるの?」

 

 天使族ってそんなにデッキ作れるの?と思った遊月。

 とはいえ、ちまちまとダメージを稼ぎまくって、果てには便所ワンキルなどという不名誉な名前をもらった『トリックスター』が天使族なのだからそりゃそうである。

 

 遊月は動画の一番上のリンクをクリック。

 そして流れ始めるデュエル映像。

 簡易的な概要を見る限り、片方が天使族で片方が【ラーバモス】だ。

 一瞬ニューロンがスパークしかけたが、プロの世界にはいろいろあると考えて見始める遊月。

 

 先行一ターン目、デュエル前からずっとにやにや笑っていたデュエリストが、手札からヘカテリスをすててヴァルハラをサーチ。

 そして発動されるヴァルハラ。

 出現した城は、なんというか、神々しさというか、普通とは何かが違ったものを感じさせる。

 遊月はもうもはや絶句していたといっても過言ではないが、ここからはどちらかというと『ラーバモス』が気になるので見ておくことに。

 

 ヴァルハラを使った男は『天空勇士ネオパーシアス』というなんだか懐かしいカードを使っている。

 そして、返しの【ラーバモス】使いのターン。

 『寄生虫パラノイド』でネオパーシアスに寄生。

 そのまま『超進化の繭』を使って、ネオパーシアスをリリースしながら、あのモンスターを特殊召喚しようとしている。

 だが、ここでヴァルハラを使っている男は『灰流うらら』を使ってそれを無効に。

 

 遊月の胸の中で渦巻くモヤモヤというかムカムカというか、そういったものが爆発した。

 

「ここで張り込むことになると思っていた私の覚悟を返せえええええええ!」

 

 『閲覧室では静かにしましょう』と書かれた張り紙など完全に無視して、遊月は叫んだ。

 ちなみに、このデュエリストの容姿と名前、所属などを記録したのはいいが、一つ考える。

 

(ていうか、本当にこの人。『ラーバモス』狙ってたのか?)

 

 用意されている究極完全態への道。

 それを閉ざしてまで、あのモンスターを選ぶのだろうか。

 デュエリストの好みというのは千差万別である。

 

 ★

 

「よし。この力があれば、俺はまた返り咲くことができる」

 

 白い上下のスーツという、なかなか見ないファッションの男が裏路地を歩いている。

 その手には、『神の居城-ヴァルハラ』三枚と、『灰流うらら』が握られている。

 彼の職業はプロデュエリストだが、最近は戦績が良くなかった。

 最近はネタデッキ扱いされている者たちが集まるレベルの大会にしか出ていなかったが、今回は今までの戦績を覆すような動きをすることができた。

 これを続けることができれば、再び大舞台に戻ることができる。

 

「だが、レンタル品だからな。いずれあいつもぶっ潰して、これを俺のものにしてやる」

 

 路地を曲がると、金色のコートを着た前衛的なファッションの少年がいる。

 男が近づくと、少年はこちらを向いた。

 

「どうやら戦績はよかったようだな」

「ああ。いずれ大舞台に立つんだ。そのための一歩としては十分だぜ」

 

 男、安江浩太(やすえこうた)はカードを四枚見せた後、封筒を出した。

 それをレイエスに手渡す。

 レイエスはポンポンと手の上ではねさせると、うなずいた。

 

「ぴったりだな」

「わかんのか?」

「わかる」

 

 変な特技である。

 

「なるほど、一日ごとにレンタルを更新し続けているシステムか。わかりやすくていいな」

「「!」」

 

 遠くから聞こえてくる声に驚く二人。

 振り向くと、髑髏のネックレスを付けた腐った眼の少年、不死原遊月がいた。

 

「なんだお前は」

「何。ちょっとそのカードは盗品なんでね。それを回収しに来ただけだ」

「はっ?」

 

 浩太はレイエスを見る。

 レイエスは溜息を吐くだけで何も言わなかった。

 

「盗品なのか?」

「そうだが、何か悪いのか?強くならなければ意味はないんだぞ」

 

 浩太にそういうレイエス。

 浩太はうなずいた。

 

「ああ。そうだな。プロの世界はシビアだからな。カードなんてとられるほうが悪い。第一、これは俺が正当な取引でレンタルしてるものなんだ。俺が正しいんだよ!」

 

 それを聞いた遊月もまた、溜息を吐いた。

 

「そうか。お前は、お前が正しいと思っていることをしているだけなんだな」

「当り前だろうが!」

「なら、いいんだな?」

「何が――!」

 

 あたりに広がり始める腐食の波動。

 別に、本当に腐っているわけではないだろう。

 だが、錯覚か、幻覚が、それともまた別のものなのか。

 浩太の眼には、全く違うものに見える。

 

「私も、私が正しいと思うことをしてもいいんだな?ならば、死後の世界の広さを教えてやる」

「――っ!上等じゃねえか!俺が正しいんだ。俺が正義だ!」

 

 お互いにデュエルディスクを構える。

 

「「デュエル!」」

 

 遊月 LP8000

 浩太 LP8000

 

「俺の先行だ」

 

 いうが早いか、浩太はすぐにカードを使う。

 

「俺は手札から『ヘカテリス』を捨てて効果発動。デッキから『神の居城-ヴァルハラ』を手札に加える。そして発動。そのまま効果を使う。あらわれろ。『天空聖騎士アークパーシアス』!」

 

 天空聖騎士アークパーシアス ATK2800 ☆9

 

「俺はカード一枚セット。これでターンエンドだ」

「私のターンだ。ドロー」

 

 伏せカードが一枚。

 パーミッションである可能性は非常に高いだろう。

 

「私は手札から、『手札抹殺』を発動。お互いに手札交換だ」

「チッ……その表情を見る限り、手札事故ってわけじゃなさそうだな」

「ああ。私は墓地に贈られた『グローアップ・ブルーム』の効果を、墓地から除外することで発動!」

「それは止めておくぜ。1500のライフを払って、『神の通告』を発動!」

 

 墓地にいた朽ち果てた花が雷で焼かれた。

 

 浩太 LP8000→6500

 

「……まあ仕方がないな。墓地の『屍界のバンシー』の効果発動。墓地から除外することで、デッキから『アンデットワールド』を発動」

 

 広がり始める屍界。

 重苦しい雰囲気だが、浩太以上に、レイエスが驚いているようだ。

 

「馬鹿な……年齢的に、お前のそれはあり得ない」

 

 レイエスが驚いている。

 それに対して、遊月は微笑む。

 

「安心しろ。私はお前とは別世代(・・・)だ。デュエル続行。『闇の誘惑』を発動して、デッキからカードを二枚ドロー。闇属性モンスターを除外し、これを『D・D・R』で対象にする」

 

 除外したばかりだが、闇をまき散らしながら、姿を現す。

 

「屍界にさまよう怨霊よ。力を束ね、巨人を描き、神罰を下せ。『地縛神 Ccapac Apu』!」

 

 上空に巨人が描かれる。

 そして……。

 

 地縛神Ccapac Apu ATK3000 ☆10

 

「な……地縛神だと!?」

「バトルフェイズ。Ccapac Apuで、アークパーシアスに攻撃!戦闘で相手モンスターを破壊したとき、そのモンスターの攻撃力分のダメージを与える」

「な……うあああああ!」

 

 浩太 LP6500→6300→3500

 

「私はカードを二枚セットして、ターンエンドだ」

「ぐ……俺のターン。ドロー!」

「スタンバイフェイズ。いいか?」

「まさか……」

 

 墓地から闇があふれ出す。

 

「終わりも始まりもない蛇の王(ウロボロス)よ。怨霊渦巻く大地に降り立ち、死の魔眼を開け!『死霊王 ドーハスーラ』!」

 

 死霊王 ドーハスーラ DFE2000 ☆8

 

 特殊召喚されたドーハスーラを見て、レイエスが顔をしかめる。

 

「ドーハスーラ……邪魔したのはお前か」

「それは独断だから私は知らん」

 

 暢気なものだが、相手している浩太としてはいいものでは当然ない。

 

「やはりそいつか……だが、俺のフィールドにはヴァルハラがある。さらに……俺は『サイクロン』を発動。『アンデットワールド』を破壊する!」

 

 竜巻によって消えていくアンデットワールド。

 こればかりは仕方がない。

 

「そしてこれにより、地縛神は維持できない」

「ま、その通りなんだよな……」

 

 消えていく巨人。

 とはいえ、土地に縛られるモンスターなのだからこれは仕方がない。

 

「俺はヴァルハラの効果発動。手札から『天空勇士ネオパーシアス』を特殊召喚!」

 

 天空勇士ネオパーシアス ATK2300 ☆7

 

「確かにドーハスーラは強力なモンスターだが、自身の効果で墓地から出てくる場合、すべて守備表示だ。そして、その守備力は2000しかねえ。やれ、ネオパーシアス!」

 

 遊月 LP8000→7700

 

「そして、ネオパーシアスが戦闘ダメージを与えたことで、一枚ドローだ」

「まあ、『便利なアンデット族』の宿命だな」

 

 『ピラミッド・タートル』のリクルート圏内に入るためには、守備力は2000が上限。

 まあもちろん。そうはいってもステータスは破格だが。

 

「俺はカードを一枚セットして、ターンエンドだ」

「そのターン終了時、『メタバース』を発動。再び、『アンデットワールド』を発動する」

「な……」

 

 再び現れる屍界。

 

「そして、私のターンだ。ドロー。墓地のドーハスーラの効果が発動する」

「チッ……カウンター罠『輪廻のパーシアス』を発動。手札の『神の宣告』を見せて、これを捨てて、1000ライフを払って無効にする」

 

 浩太 LP3500→2500

 

「そして、エクストラデッキから、『天空神騎士ロードパーシアス』を特殊召喚!」

 

 天空神騎士ロードパーシアス ATK2400 LINK3

 

「なるほど。なら私は、『不知火の隠者』を召喚してリリース。『ユニゾンビ』を特殊召喚」

 

 ユニゾンビ ATK1300 ☆3

 

「そして、自身を対象にして第二の効果を発動。『馬頭鬼』を墓地に送り、レベルを一つ上げて、馬頭鬼を除外することで、隠者を特殊召喚」

 

 ユニゾンビ ☆3→4

 不知火の隠者 ATK500 ☆4

 

「レベル4の隠者に、レベル4の隠者をチューニング。屍界の底で鳴り響く王者の咆哮。天地鳴動の轟きを示すがいい!」

 

 降臨!

 

「シンクロ召喚。レベル8。『レッド・デーモンズ・ドラゴン』!」

 

 レッド・デーモンズ・ドラゴン ATK3000 ☆8

 

「はっ!?レッド・デーモンズ・ドラゴンだと!?」

 

 最近は破壊効果の汎用性の問題で余り投入されないモンスターだが、まあ、それは置いておこう。

 

「最近はスカーライトとかいるけど、私は正直こちらのほうが好みでね。永続罠『闇次元の解放』を発動。除外されている『グローアップ・ブルーム』を特殊召喚」

 

 グローアップ・ブルーム ATK0 ☆1

 

「手札から『生者の書-禁断の呪術-』を使い、墓地から『ユニゾンビ』を特殊召喚し、アーク・パーシアスを除外」

 

 ユニゾンビ ATK1300 ☆3

 

「さてと……」

 

 遊月の体から、蒼い炎が噴き出し始める。

 『真紅眼の不屍竜』が吹き上げているような、蒼い炎を。

 

「死者の世界で猛威を振るう『最強の地縛神』。その力を得た怪物を見せてやる」

「なんだと……」

「レベル8のレッド・デーモンズ・ドラゴンに、レベル3のユニゾンビと、レベル1のグローアップ・ブルームを、ダブルチューニング」

 

 ユニゾンビとグローアップ・ブルームが、蒼い炎の輪を生み出す。

 そしてレッド・デーモンズ・ドラゴンは、その輪に包まれた。

 

「獄炎の王者よ。紅蓮の悪魔の力を得て、天地創造に呼応し、現世にて猛威を振るえ!」

 

 炎が吹き荒れる。

 

「シンクロ召喚。レベル12。『スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン』!」

 

 スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン ATK3500 ☆12

 

「アンデット族のデッキに、スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンだと!?」

「スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンは、墓地のチューナーの数×500。その攻撃力を上げる。私の墓地には、グローアップ・ブルーム。ユニゾンビ、そして、『灰流うらら』がいる」

「何!?」

 

 スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンが叫ぶ。

 墓地の三体のモンスターが、悪魔の竜に力を与えた。

 

 スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン ATK3500→5000

 

「バトルフェイズ!スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンで、天空神騎士ロードパーシアスを攻撃!」

 

 スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンが、蒼い炎を噴き上げて、ロードパーシアスを爆散する。

 それと同時に、浩太に直撃した。

 

「うがあああ!」

 

 浩太 LP2500→0

 

 そして遊月のフィールドに戻ってきたスカーレッド・ノヴァ・ドラゴン。

 その体を煌めかせて、浩太のデッキを一時的に支配した。

 

「な……俺のカードが!」

 

 浩太のデッキから、『神の居城-ヴァルハラ』三枚と、『灰流うらら』が抜かれて、遊月のほうに移動する。

 根こそぎ力を奪って進化したスカーレッド・ノヴァ・ドラゴン。

 その傲慢な力は、当然、進化した先でも当然持っている。

 

「さて、目的のカードは返してもらった」

「……」

 

 レイエスが遊月をにらむが、それにこたえるかのように、スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンも唸り声をあげる。

 

「……いいだろう」

 

 レイエスは遊月に背を向けた。

 分が悪いと思ったかどうかは分からない。

 だが少なくとも、遊月と戦う場合、それ相応に覚悟する必要があると考えたようだ。

 

「なあ、おい、俺のあのカードは……」

「自分で奪い返せ。俺は知らん」

 

 レイエスは浩太の言い分など気にする様子はなく、その場を去って行った。

 

「く、くっそおおおおおお!」

 

 膝から崩れ落ちる浩太。

 プロデュエリストは、あくまでも実力で語るしかない。

 負けた後でも可能性があれば、それを見た誰かが拾ってくれるが、そう都合いいものではないのだ。

 だからこそ……。

 

(酔狂と言うか、蓼食う虫も好き好きというか……)

 

 遊月はポケットからカードをとりだす。

 それは、『天空騎士パーシアス』のカードだ。

 

「まあ、本人が行きたいと言うのならいいか」

 

 浩太に向かってパーシアスのカードを投げると、遊月もその場を離れていった。

 

 ★

 

「はぁ……」

 

 魂の抜けたような声が響く。

 朝、学校に通う綾羽の口から漏れたものだ。

 

「私って……私自身に価値なんてなかったのかな」

 

 活力のない瞳で、そんなことを呟いている。

 当然、彼女がそう考えるのには理由がある。

 第一、理由もなくそんなことを考える人などいないだろうが。

 

 綾羽の現状を一言でまとめるならば、『散々』というものだろう。

 

(嘘でしょ……)

 

 それが、実技授業で綾羽が内心でつぶやいたことだった。

 あの夜、レイエスと名乗る少年に襲撃されてから、意識を失った綾羽。

 意識を取り戻したのは午前三時ごろ。

 さすがにその時間では、自分の状態を正確に伝えるものは起きていなかったし、わからないことだらけだった。

 ただ、自分のデッキを見たとき、無くなっている四枚のカードを認識して、全身が凍るかと思った。

 

 自分が持っているありとあらゆる秘密。

 それらは、そのカードたちに集約されているといっても過言ではない。

 だが、まだ希望はあった。

 確かに奪われはしたが、同名カードであれば今までは問題なかったからだ。

 

 あの夜は意識を取り戻さなかったので、当然訓練はなかった。

 なお、彼女の両親は綾羽に皆勤賞をとるように言いつけているので、別に体調そのものに異常はないので学校に来ることになった。

 だが、いつもは最低限あるはずの活力がない。

 

 極めつけは実技授業だ。

 

 綾羽のデッキは、『ヘカテリス』と『神の居城-ヴァルハラ』が三枚ずつ入った、実質『ヴァルハラ六枚体制』のデッキである。

 さらに、デッキの枚数も四十枚ジャストで、できる限りヴァルハラを手札に引き込めるようになっている。

 最近はモーツァルトという、ヴァルハラから開始できる展開札も手に入ったこともあり、レベル8の光属性天使族に定めたという経緯がある。

 そのため、手札交換カードはそれなりにあるのだが、最上級モンスターがそれ相応の比率を占めるデッキだ。

 

 そして実技授業のデュエル。

 ヘカテリスもヴァルハラも、手札に来なかった。

 もちろん、下級モンスターが全く入っていないわけではないので、フィールドに何も出さずにターンを終えるということはなかった。

 しかし、このままでは良い方向には進まない。

 そうなるだけの理由が、綾羽にはある。

 

(お母さんもお父さんも、私を見ていたわけじゃないんだ……)

 

 彼女がそう考えるのは、家に帰ってからのことだ。

 実際、帰りたいとは思わなかった。

 しかし、彼女がつけているデュエルディスクは、否応なしにその位置情報を実家に伝え続けている。

 門限を超えていない限り行き先に制限はないが、門限に近づけば必ず車が来て戻される。

 そうして訓練が始まるわけだ。

 

 だがしかし、あの『施設』に入ってすぐに分かった。

 もう自分には、あの力など宿っていないのだ。ということを。

 

 そうなったときの周りの反応は驚愕だった。

 そして事情聴取が始まった。しかも嘘発見器付きで。

 レイエスと呼ばれる男に襲われたこと。

 起きた時から活力がないこと。

 そして実技授業で、来てほしかったあのカードたちが来なかったこと。

 

 それを聞いた研究者たちは、さまざまな機械を使って綾羽を調べたが、綾羽からはその力の反応はなかった。

 

 しかし、心の片隅では思っていたのだ。

 ある意味で力と義務から解放された、と考えれば、これからは自由に生きていけるのではないか。と。

 

 だが、彼女が抱えていた力は、彼女本人だけの問題ではすでにない。

 施設が撤退するという話が聞こえてきたりもするが、それと同時に、大束家に支払われていた多額の支援金がなくなるかもしれない。ということ。

 それに加えて、綾羽が失った力だが、そもそも『このような形で失うと思っていなかった』こともあり、研究者側の想定を超えている。

 そのため、引き続き訓練はいつも通りで、観察に関しては日常より増えるかもしれない。という話もあった。

 

 だが、まだ耐えることはできる。 

 どうせ、最低限の自由しかないのはいつものこと。

 だから、あきらめることはできる。

 

 しかし……。

 

『あの子の力がなくなったから、支援金が払われなくなるかもしれないって?なら、もう仕方がないね。あの子には、別の『ISD』を抱えているところに、婚約でも何でもいいから行ってもらいましょ』

『そうだな。顔と体はいいからな。それに、婚約してそのまま結婚まで行けば、こっちにも支援金が入るだろうし』

 

 偶然聞こえてきた両親の声で、綾羽の中で、いろいろなものが崩れた。

 

「はぁ……」

 

 活力など宿らない。

 他の術を何も知らない綾羽は、何を見ればいいのかなどわからない。

 

 脱力したまま教室に入った。

 珍しく誰もいない。

 いつもは自分の身だしなみくらいは確認するだろうし、デッキのカードも調節するだろう。

 だが、そんなこともせず、ただ、学校に来た。

 

「……あれ?」

 

 机の中に何かがある。

 取り出してみた。

 

「え?」

 

 『神の居城-ヴァルハラ』が三枚と、『灰流うらら』だ。

 

「!」

 

 それだけではない。

 うららが急に出現して、綾羽に飛びついてきた。

 

「え、ちょっと……」

「~~♪」

 

 戸惑う綾羽にかまわず、気持ちよさそうに抱き着くうらら。

 

「い、いったいどうして」

「ゾンビお兄ちゃんが助けてくれたの!」

 

 誰だソイツ。

 

「もしかして……遊月君?」

「そうなの!」

 

 当てちゃダメだろ。いいのかそれで。

 ていうかうららちゃん。だったら何で最初から『遊月さん』とかそう言う呼び方しないの?

 

「ねえ、今どこにいるの?」

「上にいるの!」

 

 うららが真上を指さす。

 ここは二階だが、仮に自分の同級生に用事があるとすれば……。

 

 そこまで考えた後、綾羽は教室を飛び出して走り始めた。

 階段を駆け上がって、一気に屋上まで走り抜ける。

 

 ドアを開けはなって、あたりを見渡した。

 

「あ……」

 

 ベンチで本を呼んでいる遊月がいた。

 相変わらず、腐ったような瞳で、ドクロのネックレスを付けて、本にカバーを付けて何を読んでいるのかわからないようにしながら、いつも通りの姿で読んでいる。

 

「……なるほど、うららと話せるようになったわけか」

 

 チラッと綾羽を見た遊月。

 そのそばで微笑むうららを見て、なぜ自分にたどり着いたのかを理解した。

 綾羽は走って行って、遊月の真正面に立つ。

 

「ねえ……遊月君がとり返してくれたの?」

「否定しても意味が無いだろうからな。肯定しておこう」

 

 綾羽のカードをとり返したことそのものに興味はもうないのか、遊月は本を読みながら応えている。

 

「あ、ありがとう。とり返してくれて」

「……別にいい」

 

 遊月はそっけなく言った。

 だが、言葉は続く。

 

「気が付いていないようだが、泣いてるんだから、取り繕ってもすぐに分かるぞ」

「え……」

 

 綾羽は気が付いていないようだが、泣いていた。

 自分の頬に触れて、ようやくわかったくらいである。

 

「うまく笑うのは得意みたいだが、こんな時でも素直になれないのはどうにかした方がいいな」

「~~っ!」

 

 一気に顔が赤くなる綾羽。

 遊月は変わらず、呆れたような様子で本を読み続けている。

 

「わ、私。この力がなくなってから、なんにもできなくて……お母さんもお父さんも、私のことなんて何も見てなくて……」

「……で?」

「このままだと、望んでない人と結ばれるかもしれなくて……」

「ふーん」

「でも、遊月君が助けてくれて……」

「……はぁ」

 

 遊月は本を閉じて、ベンチから立ち上がった。

 綾羽を真正面から見つめて、呆れ気味に言う。

 

「別に何を言おうとかまわないが、自分が最初に言った『ありがとう』の価値を高めるためにしゃべってるようにしか聞こえないぞ」

「え?」

「最初に『ありがとう』って言ったんだ。それに対して、私は『別にいい』と言ったんだ。私が何か報酬を求めるのならともかく、そう言うわけじゃない。これから何をしたいのかなんてこれからゆっくり考えればいいだろ。別に今が最後でもう会えなくなるわけじゃあるまいし」

「で、でも……」

 

 何を言いたいのか決まっていない。

 だが、粘ろうとしている。

 

「さっきまで辛かった。でももう今は大丈夫なんだろ?ならもうこの話は終わりだ。言ったはずだ。『取り繕ってもわかる』と。感謝してるのは分かったから、それで十分」

 

 綾羽から視線を外して、屋上から去ろうとする遊月。

 だが、一つだけ言っておくことがあったのか、振り向いた。

 

「それと、大束が持ってる力なんてどうでもよくて、大束自身を見ているやつはたくさんいる。自分のファンクラブがあることはさすがに知ってるだろ」

「え……あ、うん。聞いたことはあるけど……」

 

 さすがにそれくらいは認識しているようだ。

 

「『力』なんてものはもっと強い『力』に叩きつぶされるだけで脆いものだ。脆くなくとも、打算的なつながりしか生まない。ファンクラブができるってことは、大束の中に、惚れるだけの何かがあるってことだ。それが何なのかは、笑顔で傍にいてくれる奴がいるうちに気が付いた方がいいぞ」

 

 言いたいことは全て言ったのだろう。遊月は改めて背を向けて、屋上を後にしようとする。

 だが、綾羽は最後にまだ、言いたいことがあった。

 

「あ、あの。遊月君!」

「……なんだ?」

 

 まだあるのか?と言いたそうな表情を隠そうともしない遊月。

 

「そ、その……つきあってる人って、いるの?」

「君次第だ」

 

 即答すると、興味がなくなったのかそのまま歩き始める遊月。

 綾羽は言われたことを認識して、噛みしめて、そして――

 

「えっ……ちょ、それってどういう意味!?」

 

 遊月を追いかけながら問い詰めようとする綾羽。

 

「ん?……フフッ」

 

 余裕のある笑みを浮かべながら止まることなく歩く遊月。

 そんな遊月に思うところは当然あるので、顔を真っ赤にする綾羽。

 

 結局はぐらかされたままで、時間制限が来てしまうのだった。

 

 罪な男である。

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