Sacredwar 装者並行世界大戦   作:我楽娯兵

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プロローグ
並行世界からの外敵


「お疲れ様でした」

 

 バルベルデのチャリーティーライブを前日に控え、リハーサルで体中を汗まみれにしていた翼とマリアはシャワールームに入った。

 お世辞にもいいシャワールームとは言えない。何せ野外にブルーシートと貯水車で作られた本当に簡易的なものだからだ。貧困国バルベルデに今までのような文明の粋を凝らしたライブ会場や電気などが決定的に足りていないのだ。

 幸いな事にバルベルデは米国との物理的距離が近いため支援物質が絶え間なく投入され、多少は見れるライブ会場になっている。

 それでも出演者がこうした所で水浴びまがいの設備だ。

 今まで以上の演出は無理な事は目に見えていた。ワイヤーで釣られたり、ウォーターアートなどは不可能だろう。

 

「やはり、曲数を増やすべきか……」

 

「今更無理よ。ただでさえ設備的演出の問題で今まで以上に振り付けなんかが激しくなってるんだから。曲数を増やすなんて酸欠で倒れるわ」

 

「しかしだなマリア。歌女として聴き手を満足させねばなるまい」

 

「はいはい、でも今回は仕方ないわ。次回の公演も決まってるんだからその時までに立派なライブ会場が出来てる事を祈りましょう」

 

 むくれる翼を軽くあしらうマリア。年の功と言うものだろう。

 年の事は考えたくないが年々さまざまな事が分かってきてしまう。

 ああ、そう言うことなんだと。そうで在ってしまっているんだ、と。諦めや見限りにも似た達観した視点で物事を見ている。そしてそれに対する扱い方のようなものも身に着けつつある。

 これを年の功と言わずなんと言う。

 

「今は明日のライブを成功させること。それだけよ翼」

 

「ああ。そうだなマリア」

 

「あの子たちもくる事だしね」

 

 

 

 

 

「ライブ♪ ライブ♪ 翼さんのライブ~♪」

 

「もう響たら、はしゃぎ過ぎ。ほらこんなにポテチのカスが服についてる」

 

「それを言うならクリスちゃんもだよ」

 

「う、うるせえッ! こいつが零れるんだよ!」

 

「「それはおかしい」デス」

 

 ライブ会場の個室で装者六人並んでステージを望んでいた。

 今まで見てきたツヴァイウィングのライブや翼とマリアのライブとは比べればお世辞でも見栄えのいいモノとはいえないだろう。

 ただ今まで内戦続きの国にて始めて降り立った歌姫たち、そしてその歌声を無料で聴けるとなれば観客も集まる。

 面白い物見たさの観客がほとんどだ。

 しかし国外から来た観客によってバルベルデに経済的潤いをもたらしている。

 煌くステージに彼女たちは必要とはされなかったが、バルベルデの国内事情に措いて致し方なかった。

 何せバルベルデはつい最近まで内戦状態であり、その内戦には錬金術師たち、そしてパヴァリア光明結社の関与が認められたからだ。

 パヴァリアの中心幹部たちの三人とその首魁たるアダム・ヴァイスハウプトの死亡は確認されているが、パヴァリア光明結社の組織自体が潰えたとは言い切れない。

 故に彼女たちがこの場にいた。不測の事態に対応する最強の武力を持つ者たち。

 屈託のない笑顔には不釣合いの世間からの評価。年不相応の立場はあまりにも世界は酷である事を思い知らされる。

 

「始まったデース。マリアーッ、がんばるデースッ!」

 

「翼さーんッ! ガンバーッテー!」

 

 切歌と響は元気な声で囃し立てた。

 個室からライブの会場の割れんばかりの声援が彼女たちの耳には届く事はないが、ライブでの観客たちの一体感、そして無数の声に乗せる自分自身の声が彼女たちの活力になる事が至上の喜びだった。

 不死鳥のフランメや星天ギャラクシィクロスなど彼女たちのコラボソングから、持ち歌を順々に。

 今まで見てきたライブの絢爛豪華の演出はないが、それでも会場を包む熱気はどれも変わりはない。

 数ある最高の一幕、これで終わっていればそう言える筈だった―――

 

 

 

 

 

「最後の曲も終わりましたね。翼さんとマリアさんのライブ、無事に終了です」

 

「テロ等の武力活動も確認されてません。後は観客の退場誘導の処理だけです」

 

 S.O.N.G.の本部潜水艦にて藤尭朔也と友里あおいは静かに息を着いていた。

 

「うむ、皆ご苦労。まだ気を抜くには早いが、今回の打ち上げは俺が持つぞ!」

 

 S.O.N.G.司令の風鳴弦十郎の一声で職員たちから歓声が上がった。

 飴と鞭の使い方をよく理解しているからこそ出来る事で、常にS.O.N.G.の士気は常に最高レベルにあると言って良かった。

 

「あのグチャグチャの国がこうしてライブが出来るほどまともになるなんて考え深いもんだ」

 

「それだけ歌の力は強いって事よ。歌は万国共通、言葉が通じなくったって音が好いんだもの」

 

 会場警備員たちの指示を素早く出しながら、話し合っていた。

 

「?」

 

「どうしたの? エルフナインちゃん?」

 

 あおいは不思議そうに首を捻る新人職員エルフナインに話しかけた。

 この司令部には非常に釣り合いの取れない背格好だが、優秀な職員で錬金術師の無性別人工人類(ホムンクルス)

 エルフナインは会場の監視モニターとは別のモニターを見て、不思議そうにしていた。

 

「ギャラルホルンの保管庫に微かにですがエネルギー放出が見られるんです」

 

「え? ホントだ。藤尭くん、これ見て」

 

「ん~? ホントに微かだな」

 

「こんな事って前例があるんですか?」

 

「無いな、今回が初めてだ。まあ、仕方ないって言ったら言い方が悪いけど仕方ないからな。ギャラルホルンは完全に解析も済んでないし、エネルギー波形の照合だけでも何年か掛かるか分からない状況だしな」

 

 エルフナインはギャラルホルンの監視カメラの映像を個人モニターに映し出した。

 巨大なカラフルな法螺貝。それは煌きひとりでに浮き上がっている。

 完全聖遺物『ギャラルホルン』

 可能世界の扉を抉じ開ける終末を呼び込むとされる聖遺物。無数の並行した次元世界との扉を開き無数の奇跡を起こしてきた。

 天羽奏が生きている世界、セレナ・カデンツァヴナ・イヴの生きていた世界、フィーネと和解した世界。あらゆる可能性があり得る世界の鍵。

 幸運の呼び込む聖遺物でもあるが、同時それは不幸を呼び込む聖遺物でもあった。

 

「何にせよノイズが出現して無いなら問題なしだ。そいつの解析は後日に回せばいい」

 

「そう……ですか」

 

「エルフナインちゃんば真面目で良い子だけど、ちょっと肩の力みを抜いてもいいのよ」

 

 あおいはそう言ってエルフナインの両肩をポンポンと叩いた。

 

「お、先輩からの叩きとは。エルフナインが路頭に迷う日は遠くないのか。あ、温かいモノどうも」

 

 藤尭は手渡されたマグカップを手に取った。

 

「え! ぼ、僕が路頭に……ハッ! こ、これが日本の会社組織にあると言う『肩叩き』! 」

 

「そうなわけ無いじゃない。大体そんな権利私には無いわよ」

 

「そうだぞ。エルフナインくんは優秀な職員だ。必要不可欠な人員になりつつあるぞ。うむ、温かいモノいただこう」

 

 弦十朗は手渡された温かいモノを手に取った。

 和気藹々とした雰囲気の中それに口をつけるがある違和感に気づいた。

 基本的にS.O.N.G.司令部にてお茶汲みを担当しているのは友里あおいだ。

 しかし、友里あおいは今弦十朗の()()()でエルフナインの肩を叩いていた。

 何気無しにそれを見た。

 ガッシャン、とマグカップが割れる音が司令部に響いた。

 マグカップを落としたのは藤尭朔也であり、彼に視線が一気に注がれていたが彼はその一同の視線にすら気づかずにただ一点、司令の隣を凝視していた。

 その様子に司令部の職員は全員が朔也の見る先を見た。

 そこにいたのは人の形をした《黒》だった。

 

「ッ!」

 

 職員全員が拳銃の引き金に指を掛けて、銃口を向けていた。

 

 《ライブ中に入るのは悪いと思いましてね。今落ち着いたところで出てこさしてもらいました》

 

 《黒》はそういった。女性の声であることが分かったが、それ以外は一切分からない。

 真っ黒。人の形をしたシルエット。空間の一部からごっそりその人物の色を切り取ったかのような真っ黒なそれはその場を和ますかの口調で言うがむしろ逆効果であった。

 

 《あーあ。皆さん血の気が多いですね。仕方ありませんよねこんな真っ黒がいたらみんなさん驚かれますよね》

 

「ああ、驚くよりも警戒だな。――何が要求だ」

 

 弦十朗は《黒》より手渡されたマグカップを置き、問いかけた。

 《黒》は驚いたように手と思われる部分を振って誤魔化した。

 

 《勘違いしないでください、すぐに何かをするって訳じゃあないんで。ただ今回はご挨拶って事でこちらに来ただけです》

 

「《何かをする気》はあるのだな」

 

 《ええ。端的に申しますと――こちらの世界を我々がまるっといただきます》

 

 表情が一切読み取れない顔で冗談のような事をまるで冗談を言うかのような声で《黒》は言った。

 これが今笑顔を浮かべていることが手によるように分かる。

 やる気のないの飛び込み営業のような薄っぺらい語り口で、これは世界に対して宣戦布告した。

 

「ふっ、本当に良いのか? そちらがそういうのならこちらも全力で叩き潰す用意があるが」

 

 《用意とは今バルベルデのライブ会場にいるシンフォギア装者たちのことですか》

 

「……シンフォギアを知っているのか」

 

 《ええ、この姿もシンフォギアのお蔭ですんで》

 

 その一言で皆に緊張が走った。シンフォギア装者が――敵。

 瞬間、弦十朗が拳を振り上げ《黒》を殴りつけた。

 人類最強、いや生物界最強の究極最終兵器である風鳴弦十郎にとっての天敵はノイズであり、シンフォギア装者はそれに該当しない。

 しかし、今回はそれだけは駄目だった。

 振り上げ殴りつけた拳は《黒》の体をすり抜けた。

 

 《私は今戦う気はありませんよ。ああ、後これはホログラム類ではなく実体ですよ。私に掛かる物理現象をすべて無視しているだけですから、あなたという物理現象を無視しただけです》

 

「現状、貴様への攻撃は一切効かないということか」

 

 《ご理解が早く痛み入ります。それでは、あなたたちの持ち得る武力というシンフォギア装者、こちらのシンフォギア装者たちと同士討ちしていただきましょうか》

 

「なんだとッ!!」

 

 そう言った《黒》の姿は薄れゆくように消えてゆく。

 

 《私たちの名前を言ってませんでしたね。といっても私たちは語る名前は捨てたんですが》

 

 すでに全身が見えにくくなった《黒》はいう。

 

 《私たちは『無名の装者たち(ネームレス)』。以後よろしくお願いします》

 

 

 

 

 

「あれー? ここどこ?」

 

「もう、響ったら勝手に歩いちゃはぐれるっていったのに……」

 

 ライブが終わり、翼とマリアに会いに会場裏に響、未来、切歌、調の四人で向かっていた。

 クリスは会場に着ているというステファンに会いに別行動を取っていた。

 最初は四人で行動していたが、人混みに呑まれ、切歌調の二人とはぐれ、響の独断で歩き続けた結果に着いた先は会場からは真反対の森だった。

 

「で、でも未来ほら、ここからだったらステージの裏に近いしすぐ二人と合流できるよ!」

 

 指を刺して電飾で輝くステージを示すが、鬱蒼とした森の木々にて遮られていた。

 

「この森を突っ切って? はあ、でも確かにそうかも……」

 

 未来は溜息交じりだったがそう言った。

 

「今度は私とはぐれないでね」

 

「うん。もちろんだよ!」

 

 手を繋ぎ、森を抜けようとした最中に響の携帯端末がアラートが鳴り始めた。

 画面に生じされた、警戒表示。

 今までのアルカ・ノイズの襲来やテロ鎮圧などの表示とは一切違う表示。

 端末説明書を目に通した際にあった一際嫌な説明文だった。

 

 ――自己防衛せよ。

 

 それは市民や施設が狙われているのではなく、シンフォギア装者。この場合は響が狙われている。

 どっ、と前身に悪寒が走る。鳥肌が頭からつま先に向かい駆け下り、毛穴のすべてが絞まる。

 己で己を護らなければ、しかし――

 

「――響?」

 

 手に力が篭り不思議に思ったのだろう。未来はこちらの顔を覗いていた。

 未来も護らないといけない。

 もう誰も失いたくない、もう誰も奪わせない、そして私は相手から奪わない。

 ただ一言、未来に言った。

 

「へいきへっちゃらだよ」

 

 駆け足で、会場に向かい走り出す。

 早く未来を警備の人間に任せ、響自身は自身で外敵より身を護らなければならない。

 何もかもが敵に見えた。

 森の木々が、木に伝うツタが、草が、動物が、空気が、土が。今手を繋いでいる未来だけが味方に思える。

 

「ッ!!」

 

 足を止め、それを睨んだ。

 南国のジャングルには不釣合いな黄色のレインコートの女性。

 目元まで隠したフード、そこより垂れる綺麗な金髪が、すらりと伸びていた。

 そして何より不釣合いだったのは、余りにも刺々しい敵意が滲み出ていたからだ。

 

「未来、隠れて」

 

「う……うん」

 

 隠れた未来を確認し、唄う。

 

 

『Balwisyall Nescell gungnir tron』

 

 

 紅い結晶のペンダントは響の衣服を分解しそしてエネルギープロテクターを構成する。

 ――シンフォギア。

 人類の持ち得る対ノイズ殲滅兵器。そして人類最高峰の武装。

 

「どいてくださいッ」

 

 響はレインコートの女に言った。

 僅かながらのしじま、そしてその女は唄った。

 

『Vikutas taan excalibur tron』

 

 レインコートは弾け、黄金の閃光が辺りを包み女の姿は変化を遂げていた。

 初めて見るが、だがどこか見慣れた光景だった。

 長髪の金髪をポニーテールにした凛々しい顔立ち。豊満な肉体を響と同じ鎧で包み隠している。

 腰から下げた鞘、右手に持つ黄金の剣、左手には白銀の盾。

 それは見間違える事など絶対に無い。私と同じ、S.O.N.G.のみんなと同じ。

 

「シンフォギア……装者……?」




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