Sacredwar 装者並行世界大戦   作:我楽娯兵

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掴み取る輝く勝利の未来へ

「その年齢で御国尽くす職に奉ずるとは、なかなか持って、大変よなあ」

 

 病室に備え付けられたコンロでお湯を沸かすアイリス。

 その立ち姿と、外見、そして体格は89歳になろうかという老婆のモノとは懸け離れていた。

 四十後半から五十代前半ぐらいにしか見えない。

 しかしその顔つきは、響達の知るアイリス――J・S(ジル・スミス)その人の姿だった。

 病室の窓際にある四人掛けのテーブルに広げられたティーセット。

 食器類の趣向や、菓子類などの選び方、二週間近く軟禁もとい豪遊捕虜の共同生活でJ・S(ジル・スミス)の選んできたモノとまったく同じなのだ。

 好んで飲む紅茶の茶葉は苦味の強いウバを使っている。甘みが強いラスクを二枚小皿に置き、机の上にはアマリリスの花が生けられていた。

 

「手間取ってすまない、何せ少し前まで寝込んでいてな。体が衰えている」

 

 椅子に腰を下ろしたアイリスは溜息を付くた。

 立っていることも一苦労というような面持であったが、その体に漲るエネルギーはヒシヒシと伝わってきた。

 私たちは知っていた。

 きっと癌に身を蝕まれていた頃はその姿は年相応の老婆であった事を。

 そしてその体から理由もなく癌が死滅し、その姿を得た事を。

 響も、未来もその理由を一度体験しているからだ。

 並行世界の『立花響』が聖遺物融合の毒で体を蝕まれていたとき、こちらの世界の『立花響』が同様の症状を発症した事で。

 並行世界との扉が開かれた事であちら側の『因果』が入り込んだのだ。

『因果流入現象』とエルフナインは言っていた。

 並行世界との扉が開かれるが元素大の大きさの物質の行き来はできない。

 例外として聖遺物を纏ったシンフォギア装者があるが、それ以外に行き来しているものがある。

 それは元素よりも小さい物質、サブアトミック粒子――即ち原子だ。

 原子の振る舞いや性質は錬金術を持ってしても完全な解明は出来ていない。

 エルフナインの仮説ではあるがサブアトミック粒子にはその世界で起こった事象を記録する性質があるという。

 その事象を記録した粒子が、こちらの世界に流れ込んだらどうなる。

 ――結果が、こうだ。

 その記録に一致する事象、現象を誘発させるのだ。

 だが、ここまで不可逆的事象は起こせない。死んだ人間が生き返らないように。

 より濃密な因果を運ぶ者がいる。それはJ・S(ジル・スミス)自身。

 J・S(ジル・スミス)の魔法の鞘の影響は、情報同位体であるアイリス・スタンフィールドにも影響を与えたのだ。

 その影響で、アイリス・スタンフィールドの身に巣食っていた癌細胞がJ・S(ジル・スミス)の肉体情報に上書きされ死滅したのだ。

 若々しいさ、エネルギッシュな雰囲気も、すべて並行世界の『因果』が影響していた。

 

「さて、今日はどういった用向きなのだ?」

 

「いえ……私たちはこの子の警護をしているだけなので」

 

 響の隣で一心不乱にラスクを食べるモルガナを見た。

 両手のパペットはテーブルに置かれており、甘味に魅了されているモルガナは年相応の姿だった。

 

「ふむ、このモルガナのなぁ。たしかにこの娘の異能は特異である。イギリスもシークレットサービスの必要性をようやく理解したようだ」

 

 慈しむような眼差しのアイリスは自分のラスクをすべてモルガナに差し出していた。

 本来の姿、慈愛と静寂の年相応の落ち着いた熟年女性。

 ジルもシンフォギアを、あちらの世界で、あの混沌を経験しなければこのような女性だったのかもしれない。

 

「ん? なんだ?」

 

「あ、いえ……」

 

 アイリスの隣に座っていた未来は無意識にアイリスの顔を凝視していたようであった。

 彼女の顔を見ていると何故だか無性に心が満たされた。

 心のどこかにポッカリと開いてしまった穴が埋まって、哀しみが解けてゆく様であった。

 響からジルの世界の事を聞いた後から、未来の心にはいつもこの悲しみが在った。

 あちらの私がジルにとって大切な人だったからと言う理由だけではない。ただ見聞きしたからだけではない。

 この悲しみは実際に体験して感じる『心の痛み』だった。

 きっとこれは因果の流入のせいだ。

 ジルが運んできた世界の情報が、響の話で想起させられ『あちらの小日向未来』の情報が『こちらの小日向未来』の記憶と混合して生じている。

 哀しい、悲しい――。

 どうしてあの人が、どうしてあんなに優しい人が、こんな目に遭わなければいけなかったのか。

 そう想うだけで、涙が溢れそうになる。

 アイリスは未来の顔をよくよく見て、首を捻った。

 

「あなた、どこかで遭わなかったか?」

 

「あ、いえ。初対面の……筈ですよ」

 

「うむ。そうのはずだ。日本人との知り合いはいないからな。だがどうしてか、見知っている感覚が在る。デジャブというかなんというか……」

 

 悩みあぐねるが結局その答えに辿り着く事は出来なかった。

 当たり前である。この人は()()()()()のだ。

 俯き気味の未来に、アイリスは問いかけた。

 

「悩みか? 見るところによれば、()()の悩みのようだな」

 

「ええ!? 分かるんですか!!」

 

 アイリスは響と未来を見比べ言う。その言葉に響は立ち上がって聞いた。

 

「無駄に齢を重ねては折らんぞ。私の観察眼と言ったとこだ」

 

 小さな笑顔を浮かべ、紅茶を含んだアイリスの姿は何でも聞き出してしまいそうな雰囲気であった。

 二人は悩んだ。

 話していい事柄なのか、彼女はこの件には一切拘わりがない。

 この件の当事者は――別世界の彼女なのだから。

 しかし、アイリスは逃がしてくれそうになかった。

 

 ――時間は永遠というほどあるさ。ゆっくり考えればいい――

 

 未来の記憶の奥底からそんな言葉が聞こえた。

 私の記憶ではない、別の世界の私の記憶。

 あの人の事を本当に話していいのだろうか。きっと駄目なのだろう、だが話さずにはいられなかった。

 響の目を見るが、響も同じ面持である事が分かった。

 

「ある人を止めたいんです。でも、その人が目的としている事は否定されるべきではないんです」

 

「――ほう」

 

 ティーカップを置いたアイリスは未来に向き合って話しを聴いた。

 

「あの人のやっている事は皆のために、顔も知らない皆のためにやってきた事だったんです。でもその人が目的としていた事は頓挫してしまって、何もかもが駄目になってしまった。駄目になってやり場のない苦痛を、自分が大切にしているものを壊した人たちにぶつけているんです。でもそれはきっと赦されない事なんです」

 

「……そうか」

 

 アイリスは慈悲にも似た眼差しで未来を見ていた。

 僅かに考える仕草をした。左手の人差し指で鼻頭を微かに撫でる。

 

「あなたはその人をよく理解しているのね」

 

「え?」

 

「その人の目的が否定されるべきではないなんて言い回し、まるでその人が悪事を働いておいてもその人が義賊的みたいに聞こえる」

 

 思慮深く鋭い洞察力に驚いてしまう。

 まるでゲームを楽しんでいるような目だった。

 悪意もなく、ただ話を聴き、その話に鏤められた、語り手の感情を読み解く遊び。

 

「義賊のような人。それでいいのかしら?」

 

「は、はい……」

 

「でも、その目的は果たされず。暴走している、大切なものを壊した人間にその感情を、ね……」

 

 瞳を閉じたアイリスは小さな息を吐いた。

 紅茶を僅かに飲んで、言う。

 

「答えはもうあなた自身で出しているじゃない?」

 

「え……どういう――?」

 

「赦されない事。それが分かっているなら止めなさい。その人があなたにとって本当に大切な人なら、その人を殴ってでも、殺してでも止めなさい」

 

「殺してでもって――」

 

「その人自身理解しているんじゃないの? きっとその感情の行く先がなくなった時の終着点は自殺よ。誰かのために頑張ってきた人なら正義感は人一倍、その正義感はその人の心の支え。今のその人の状況は私から見たらその支えを削って気力にしている。ポッキリ折れたならいつ死んでもおかしくない」

 

「そんな――っ!!」

 

 響は立ち上がった。

 苦しそうな顔で、俯いていた。

 アイリスは言葉を続けた。

 

「だからあなた達が止めるのよ。その人が間違っているのなら、殴ってでも、殺してでも、その人を止めて救ってあげなさい」

 

 不思議とその言葉選択は乱暴であったが、力の籠った優しさがあった。

 多くを得て、多くを失った人生を歩んできた年長者の放つ言葉の重み。

 今まで二人の心の奥に濁り淀んだ感情が、浄化されてゆくようであった。

 アイリスが、J・S(ジル・スミス)とまったくの同一人物の放つ言葉の重み。

 ――救いの信念。

 エゴ的な、考えの押し付け出る事は百も承知。

 だが、彼女はジルは、救われるべき人間であった。

 

「悩みは解決した?」

 

「はい」

 

「ばっちり解決ですッ!」

 

 私たちの中から悩みは消し飛んだ。

 イギリス政府からはジルと接触があった場合は殺害命令が出ているが、大前提としてジルが錬金術師の殺害を目的に戦闘を望んでいればだ。

 私たちが錬金術師の殺害を止めさせ、S.O.N.G.へと投降させればいいだけなのだ。

 

「未来ッ!!」

 

「うん、止めてみせる」

 

 

 

 

 

 テムズ川に建てられた巨大な河上コンサート会場のスタッフ用通路をジルは歩いていた。

 翼やマリアがかつて歌声を重ねたあの会場はオートスコアラーとの戦闘行為が行われた事もあり、封鎖され一般市民は立ち入る事は出来ない。

 しかし政府関係者、とくに異端技術部『シオン修道会』は別で、寧ろここはフォニックゲインの性質解明のために建てられたと言っても過言ではなかった。

 ジルはその事を知っている。自分たちの世界での成り立ちが寸分も違わないこの世界だから、ここに足を運んだのだ。

 

「のぞき見はもう気が済んだか、錬金術師」

 

 威圧する強烈な声音で言い放つ。

 無数のマネキンの群れに反響し、通路の奥底まで木霊した。

 暫し沈黙が続いたが、ついに声が返ってきた。

 

『なぜ分かった』

 

「ここでの行われた事件の数々を私は知っている。そして災厄を生み出した貴様らは離れられない。故に――貴様らを滅却しに来たのだ。シオン修道会、いや、すでにその組織は潰えたか。こう言った方が貴様らの耳には心地いいだろう――パヴァリア光明結社よ」

 

『何故我々を知っている』

 

「知っているとも。祖国イギリスに跋扈する中世の悪霊共め……逃げ遂せると思うてか」

 

『…………』

 

 返ってくる返答はなく、通路の奥よりそれらが現れた。

 淡く奇妙な色合いの動く物体――アルカノイズだった。

 コンバーターを握り締めて、それを睨んだ。

 ノイズとは違う憎悪。

 人類の共通認識としての悪。それがノイズ、大義を成すための敵。

 だが――アルカノイズは、私にとってただの私怨の憎悪。

 身を焦がし、心を抉り、血涙を流す――こいつらだけは赦せない。

 

「――――はぁ」

 

 聖詠を口ずさもうと息を吐いた。

 最中、唐突に聞こえた爆音。

 通路に反響する金属同士が打ち合う音が響き渡り、黄色い閃光がジルの横を通過した。

 白と黄色のコントラスト。長いマフラーが靡き、握り締められた拳がアルカノイズの体を粉砕した。

 黄色い暴風となり、アルカノイズを薙ぎ倒すが密室で彼女の動きは大きすぎた。

 初動の飛び込みで衣装陳列用のマネキンが落下し、満足に動き回れないでいた。

 紫の光線があちこちを反射しながら黄色を援護した。

 どこから飛来したのかも分からない。さまざまな角度から、壁床天井を跳ねながらアルカノイズを貫いた。

 

「ジルさんに――手は出させないッ!!」

 

『シンフォギア装者……なぜ、モルガナの警護に――』

 

()()()のジルさんに預けてます。心根がジルさんと一緒ならきっと子供は見捨てない」

 

 スッと私の少し後ろに降り立った未来は微笑んで、私を見た。

 

「立花響、小日向未来――」

 

 心の奥底が悲鳴を上げていた。

 私には彼女たちは余りにも眩しすぎた。純粋に(へいわ)を持てた頃を見ているようで。

 その(へいわ)すら捨て去った私が惨めに見えて――酷く心が痛んだ。

 

「ジルさん……戦わないで済む方法は本当にないんですか? どうして――」

 

 悲しいと言い表した顔で手を差し出して来た響にジルは思わず手を伸ばしてしまいそうになった。

 だが、記憶の奥底に潜んだ傷んだ傷口がそれの邪魔をした。

 ――私なんかが手を取っていい相手ではない。

 ――どれだけの錬金術師を、人間を殺してきた?。

 ――戦端を切っておいて手を取り合えるわけないじゃないか。

 

 ――堕ちた王に、民は着いてこない――

 

「その手は取れない。私はもう――地獄に逝くことにしたのだ」

 

 通路の奥、その先を走る錬金術師のローブの切れ端が見えた。

 全身の毛が聳つ。消えかかっていた怒りが身を焦がし、我を忘れさせた。

 目より流れた涙は、赤い色をしておりコンバーターに滴った。

 

 掴み取る輝く勝利の未来へ(Vikutas taan excalibur tron)

 

 すでに本来のエクスカリバーの三分の一ほどの力しか残されていなかったが十分だ。

 天へと黄金の剣を指し示し天井を黄金の軌跡にて穿つ。

 あまりにも高出力で撃ちはなった為に、鞘がバキバキと音を立てて欠けた。

 

「ジルさん――隊長!!」

 

 未来の呼び声に更に心が傷んだ。

 今、その呼び方はやめろ。闇へと堕ちる私が、光に掬い取られてしまう。

 スタッフ通路とコンサートアリーナに直結した大穴を一跳びで乗り越えて逃げ出した錬金術師を追った。

 照明も落とされ伽藍堂の侘しいコンサートアリーナに降り立ったジルは、スタッフ通用口の扉を剣の一振りで吹き飛ばす。

 錬金術師は飛び出る寸前だったのか、扉の破片やコンクリ片などでローブはズタズタになり額からは血を流していた。

 

「観念しろ。貴様にまともな未来を歩ませると思うのか」

 

「ジルさんッ!!」

 

「やめてくださいッ」

 

 追ってきたのか二人の止める声が聞こえた。

 剣の切っ先を錬金術師に向けたまま、私はいう。

 

「お前たちは卓上で操られ続ける駒であり続けるのか」

 

「それってどういう――」

 

 響は聞き返そうとしたが、言葉がとまった。

 見えたのだろう。錬金術師の顔が――その見覚えのある顔に。

 

「カイン……さん……」

 

 未来は驚いたようにつぶやいた。

 失笑だ。カインか、何たる皮肉か虚偽に塗れた名前も経歴も。

 名は体を成すと言うが、人類最初の嘘をついた『カイン』と同じ名前とは。

 

「カイン・ビーグリー。MI6の諜報員と名乗っているが、実際はシオン修道会に潜り込み内部破壊を行ってパヴァリア傘下の錬金組織に仕立て上げるモグラだ。響たちを先導し、私を殺そうとしたのも貴様だろう」

 

「……当たりだよ。まったく……不確定すぎるんだよ。不確実、不忠義、不理解のシンフォギア装者共めッ。誰が並行世界から大多数の人数率いて来るなんて予測できるかよ」

 

「不確実、不忠義、不理解か。ああそうだ、装者とはそういうもの。もっと言えば人間とはそういう者だ。誰も信用できない、誰も確実に予測で着ない、誰にも理解できない。だがそれ故に尊いものなのだ。人間を舐めれくれるなよ。悪魔の眷属よ」

 

 ジルは剣を振り上げ、カインの脳天目掛けて振り下ろした。

 だが、それは赦されない。

 前に走り出た響は腕を交差させハンマーパーツでエクスカリバーを受け止めた。

 舞い散る火花。その火花に背を斬られた時を思い出し身震いする。

 しかし怖気づいていられなかった。

 ジルはこの世界ではない違う世界で、未来の大切な人だった。

 だからこれ以上、他人を傷つける存在であってほしくなかった。

 純粋に笑っていたジルに、アイリスであってほしい!!。

 

「そこを退け!! 立花響!!」

 

「嫌です!! ジルさんは……アイリスさんはこれ以上『人』を傷つけてはいけないんです!!」

 

「?! なぜ私の名を……」

 

「こちらのアイリスさんは言ってました。大切な人が間違っているなら、殴ってでも、殺してでもその人を止めるべきだって!!」

 

 目を見開いて驚いたジルは、微かに笑みを浮かべた。

 

「我ながら余計なお節介だ。――しかし、それを殺めねばより酷い災厄がこの世界を襲う。もう二度とイギリスが燃える姿度見たくないのだ!!」

 

 力を込めたジルは身を乗り出すように剣を押し込んだ。

 あまりの力の強さに響は膝を折ってしまう。潰されまいと踏ん張り、押し戻すが地面は耐えられずひび割れる。

 

「響ッ!!」

 

 未来の叫びを聞きつけたジルは響きの胸倉を掴み力任せに未来へと投げつけた。

 ミラーパネルの展開中の未来は咄嗟に攻撃を中止し、投げ飛ばされた響を受け止めた。

 人を抱えて飛ぶことが精一杯な未来は、人を受け止め空中で体勢を維持するのは困難を極め、コンサート会場へと落下してしまう。

 

「なぜ邪魔をする……害悪にしかならぬ錬金術師を根切るっておるのだぞ!!」

 

 ジルは叫び、未来たちに問う。

 たしかに錬金術師は高慢なものたちが多い。自分本位で、『完全』を求めるがために犠牲を厭わない者たちだ。

 だが、同時に二人は知っている。

 全員が全員、悪い人間ばかりではないことを。

 父との約束を果たそうとした少女のことを、人間でもないのに人間を救おうとしている少女を、多くの犠牲を積み上げて人類全員が理解しあえる世界を作ろうとした女性を。

 

「……たしかに、錬金術師は自己中心的な人たちが多い。否定はしません。でも、そのすべてが悪意あるものではないんです。大切な人との約束や、大勢の人の為にやったことなんです!!」

 

「無用な問答だったな。これで――」

 

 微かに揺れる地面。徐々にその揺れは大きくなり、地鳴りを鳴らして咆哮する。

 立つ事も儘ならない大きな地震だった。あまりにも大きな地震で視界が上下に動いていた。

 その揺れは徐々に収まり、揺れの余韻だけがコンサート会場に残った。

 

「逝ったか。無名よ――」

 

「え」

 

 ジルは剣の切っ先を未来たちへと向けた。

 すでにジルに必要な答えは自分の力で見つけ出していた。すでに――。

 彼女たちに。いや、未来に求めることは一つだけだ。

 

「私を殺してみろ。――未来を掴んだシンフォギア装者よッ!!」

 

 剣を構え飛び出したジル。

 未来はそれを遊撃するように子機を飛ばし、幾多の紫の光線を放ち牽制するがジルはそれをエクスカリバーの放つ黄金の光線で迎撃する。

 二人の目の前に降り立ち、右肩から右脇へと抜ける剣筋で振り下ろす。

 それに二人共は息があった動きで対応する。

 近距離戦を得意とする響が前に立ち、未来は後ろに下がり徐々にだが高度を確保した。

 黄色の拳、黄金の剣。双方が激しい力で打ち合い、その衝撃の余波は近くにあった座席を次々と吹き飛ばす。

 ジルの右腹に向かい打ち込まれる左拳。ハンマーパーツが引かれており、その威力は桁違いに高い事が見て取れる。ジルは左手首を払い除ける。

 脇へと逸れた拳のハンマーパーツを落とし、その威力を推進力と変える。

 響の本命は左ではなく、右。ボディーへの一撃だった。

 左のハンマーパーツ推進力×両足のパワージャッキ×腰の回転力=右拳の威力。

 途轍もない破壊力を内包した拳が、ジルの体に接着する。

 

「ッシ!!」

 

 体を回転させ鞘を前に、盾へとした。

 すでにガラハドの聖血十字架の白盾は、先の空戦にて失われた。

 響を助ける為に白盾を分解したのはジル自身だが、その分解の引き金になったのは未来の神獣鏡。『聖遺物殺し』の特性だった。

 幾ら護りに特化した聖遺物であろうとも、盾そのものを壊すことに特化した聖遺物には脆いものだ。

 それに加え、『聖遺物殺し』は白盾のみならず、エクスカリバーや、魔法の鞘にも影響を及ぼし徒でさえ3.Sボムの影響で磨耗していた聖遺物が、加速度的な劣化をしていた。

 もはやジルの纏う『伝説』は儚く朽ちいつ壊れてもおかしくはない。

 こうして響や未来との相手をしている事も最早『奇跡』といっていい状況だった。

 鞘を盾にしたジルは宙へと体を踊らせ、体に回転を与える。

 視界が安定しない。鞘が装者に与えていた『不死性』が失われているせいだ。

 それでも戦う。

 剣を振り、剣の軌跡の端々より、光線がアリーナに降り注いだ。

 

「響ッ!!」

 

「呆けるな!! 寝首を掻かれるぞ!!」

 

 舞い散る残骸を足場にジルは空中を翔け、未来に接近した。

 扇と二枚の帯の三重攻撃。前に戦ったときのようにジルが未来を圧倒していない。

 五分と五分。盾を失い衰え始めたジルでようやく、未来が足元に届くレベルだった。

 そう思うと、ジルは途方もなく強かったのだ。

 

(ジルさん……)

 

 鍔迫る最中に未来はジルの体を見て、その『老』を見た。

 腕は皺枯れ、目元に着いた隈。髪は色あせ、心なしか背は小さくなったように見える。

 こちらの世界のジルに、アイリスに似通ってきていた。

 ギアの破損具合的にも肉体的にもすでにジルは戦える状況にはなかった。

 気力だけで。剣を振るっていた。

 

「訓練を忘れたか!! 全方位に注意を向けろ!!」

 

「ッ!?」

 

 脳天より振り下ろされた剣を未来は扇にて受け止めた。

 その衝撃は凄まじく、今まで確認された全聖遺物の中で唯一飛行能力を有した神獣鏡の推進力を上回り、地面へと叩き落す。

 未来は腕を押さえながら、立ち上がった。

 全身が悲鳴を上げている。立つこともやっとだった。

 しかしジルはもっと酷い筈だった。

 眼前に立っていたジルは、黄金の剣を構え云う。

 

「全力で来い。――全霊にて受けて立つ!!」

 

 その言葉に、魂が応じた。

 意識も、精神も超越した人間の『魂』といえる部分が震えた。

 因果の影響なのは分かっている。きっとこの感覚は『あちらの小日向未来』の感覚なのだろう。

 救えなかった向こうの私の為に。私が救うのだ。

 

「未来ッ!!」

 

「ダメ!! ……響、お願い。殺したりなんてしないから……」

 

 未来を止めようとした響を押し止めて、扇を構えた。

 

「――いきます」

 

「応とも」

 

 扇を全開に開き、ミラーパネルが円を描く。

 無数に現れたミラープレートが円を造り、その内側には幾何学的模様を浮かび上がらせた。

 魔を撃ち払う禍払いの力を最大限に底上げし、一つの力と束ね集め放つ。

 

 《追想》

 

 純白に近い色合いの特大の光線がジルへと向かい放たれる。

 ジルは微かに笑みを浮かべる。

 エクスカリバーの切っ先を光線へと突き出す。

 爆音とひび割れ。最大出力の黄金の光線で相殺を試みるが、断然出力が足りない。

 じわじわと未来が放った《追想》が押し迫り、ジルは歯を食いしばり叫んだ。

 それに応じるのは魔法の鞘で、粒子に還元される最中に光線に《不滅》の力を与え消える。

 両者の光線が打ち消され、燦々と照らし上げていた光源が消える。

 ジルは膝を突き、息を吐いた。

 

「腕を上げたな。死への欲望(デストルドー)に打ち勝ってこそ、真に皆を導ける」

 

「――隊長」

 

 エクスカリバーを杖代わりに立ち上がったジルは、溜息をついた。

 最早、この命は一日と持たない。鞘の《不死の概念》はもう存在しない。

 ようやく死ねるのだ。微笑み、未来を見た。

 瓦礫と土埃舞うコンサート会場がジルの墓場だった。

 ぼろぼろの観客席を見渡しステージの上に昇る響が見えた。

 きっと、彼女が『小日向未来』の大切な人だったのだろう。

 ジルには理解できる。

 正しすぎるが故に気味が悪い変わり者(スプーキー)。誰かの為に動くことの出来る《ヒーロー》だ。

 

「こちらでは失わなかったのだな……」

 

「……はい」

 

 ジルの言葉に未来は答えた。

 向こう側の破片を受け取った未来は、ジルが私の大切な人が生きていることを祝福してくれている事が分かった。

 《私》は隊長が大好きだった。その姿に、その生き様が。

 だから、もう剣を放してもいいのだ。

 ジルは土に汚れる響に笑い掛けた。

 光り輝く太陽のような少女。美しく穢れない姿をその目に焼き付けていた。

 ああ――もっと彼女たちと話がしたかった。

 そう思ってしまう。

 力強い目の響を見ていたジルはその背後にいたそいつを見逃さなかった。

 

「響ッ!!」

 

 老いた体を動かし、響を突き飛ばした。

 

「ジル……さん?」

 

 突き飛ばされ何がなんだか分からなかった響は土埃を払い除けてジルを見た。

 口から溢れ出ていた血が、顎を伝いマイクユニットを濡らしていた。

 虚ろな目でそれを睨みつけるジルのその腹は――巨大な穴が開いていた。

 

「ジルさん!!」

 

 未来が走りよって来る。

 こんなの、こんなことって――

 

「不確実は、排除しないとな。ええ!?」

 

 そう言い放ったカインの腕は既に人間の腕ではなかった。

 巨大な機械のような魔力増幅器に変質していた。

 

「こんなクソガキに、《モルガナ・ル・フェイの写し人形》を与えるとは。豚に真珠とはまさにこの事、こんだけ最高の武器を!!」

 

 足元で倒れ伏せていたのはアイリスに預けていたはずのモルガナだった。

 両腕に嵌めていたカエルのパペットが無くなっており、カインの言う《モルガナ・ル・フェイの写し人形》だったのだろう。

 なぜモルガナちゃんがここにいるのか。

 それはカインの後ろには二人の錬金術師のせいであり、その二人が誘拐してきたのだ。

 すべてカインが思い描いてきた筋書きだったのだ。

 ここでの戦闘も、どちらかが倒れたところでカインたちが疲弊した方を倒すという筋書き。

 シンフォギアを打倒しえる力は、パペットに篭められた無数の《負の記憶》。

 人類に刻まれた《バラルの呪詛》以外の呪い。即ち《病魔》という強大な呪いの力をこのパペットたちは増幅し、ジルの体を貫いたのだ。

 

「ゾロアスターの善神と悪神の名を冠したパペット、その繊維にモルガナ・ル・フェイの頭髪を織り込んだ哲学兵装だ。シンフォギアでも突き破ってみせようか!!」

 

 勝ち誇ったように笑い声を上げるカイン。

 響は自分を庇ったジルが既に助からない状況である事がすぐに理解出来た。

 だが、彼女の名前を叫ばずにはいられなかった。

 

「ジルさん……ジルさん!!」

 

 膝から崩れ落ちるジルは、体に空いた巨大な穴から内容物のすべてをステージにぶちまけていた。

 意識はもう途切れて――死んでいた。

 

「隊長!! 隊長!!」

 

 未来も、その体を抱きかかえて泣いていた。

 どうして、なんで――こんなに優しく、雄雄しく、正しかった人がこんな目に遭わなければならないのか。

 そう思うだけで、そしてそんな言葉では言い表せないような濁流のような感情が押し寄せていた。

 二人の中に、どす黒い感情が芽生えた。

 黒く、くろく、クロク――漆黒の破壊衝動が心の芯から溢れ出てくる。

 

「あ、ああ、あああああああああああああああああああッ!!」

 

「ガ、ギゃあああああああああああああああああッ!!」

 

 どうしようもない絶望から、どうしようもない現実から目を背けたかった。

 それに応じるように溢れ出てくる生命の根幹に潜む死への欲望(デストルドー)

 

「許さない……絶対に!!」

 

 微かに残った理性が、その言葉を発した響は真っ黒に染まるシンフォギアで掛けだそうとした。

 壊す、殺す、殺し尽くす。この拳で粉々にしてやる!!。

 振り上げた拳を構えた時――《奇跡》もう一度起こった。

 コンサート会場に差した一筋の黄金の光。

 雲の切れ間より差す陽光のようなその光は徐々に広がり、会場を覆う。

 

「ダ、イジョ、ウ――」

 

 人の声をどうにか発した未来は、その光を差し込ました人を見た。

 ステージの中央で立っていた。ジル・スミスの姿に。

 もう事切れ、生きてはいない――間違いなく死んでいた。

 だが、魂がなくとも体には残っていたのだ。

 響と未来を正しく導くという――鋼の意志が。

 天へと掲げられたエクスカリバーの刀身が割れ、可変してゆき空に向かい光を打ち上げた。

 掠れるような空気の震え、ジルの体は弱弱しい声で唱えた。

 

 ――《checkmate;Excalibur》――

 

 会場に降り注ぐ光はジルを明るく照らし出すスポットライトのようであった。

 心を蝕んでいた死への欲望(デストルドー)が、雪解けのように霧散して逝く。

 二人の耳には聞こえた。彼女がステージに立っていた頃に浴びた万来の喝采が、どこまでも鳴り響く拍手の音が。

 カインの腕に形成されていた魔力増幅器が、蒸発する。

 それだけではない。ローブに隠し持っていたアルカノイズの召喚クリスタルもテレポートジャムも、ピンポイントで消滅させる。

 ()()()()を的確に、明確に消し去った。

 響と未来はステージの上に立っていたジルに祝福の言葉を送った。

 

「おめでとうございます。そして、ありがとうございました」

 

 彼女はは辿り着いたのだ。永遠の都に。

 理想とされた祖国(アヴァロン)に。

 

 

 

 

 

 

「響」

 

「……うん」

 

 国連輸送機の中で、二人はロンドンの街並みに別れを告げていた。

 コンサート会場での戦闘で、J・S(ジル・スミス)は死亡し、遺体は機密扱いとされS.O.N.G.に引き取られる事になった。

 彼女の遺品である、エクスカリバーのギアは誰も纏うことも起動することも適わないほど激しく欠損し、微かに聖遺物の反応が残るだけだった。

 今回の一件で裏で糸を引いていたカイン・ビーグリーはS.O.N.G.管轄の国連組織に拘束され、永久に表に出る事はない。銀行強盗の件、パヴァリアとの係わり、シオン修道会の私物化、それらすべてに関与しており相応の罰がくだされる。

 しかし、もうそんな事はどうでも良かった。

 二人の心にはあったのは大切な人を失ったという悲しみだった。

 

「……ジルさん」

 

 響は手に握っていたエクスカリバーのギアを見た。

 大きく欠けてヒビだらけのコンバーター。もう誰も身に着ける事もないギア。

 記憶の中でジルが笑っていた姿を思い出し涙が零れそうだった。

 ギアを持つ手に未来が手を被せた。

 

「時間は永遠というほどある。一緒にこの悲しみを乗り越えよう」

 

 遠く離れた地で、大切な人を失った二人の旅路はこうして終わった。




ジル・スミス編はこれにて終了バイナラーです。
次章、翼VS無名編です。


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