Sacredwar 装者並行世界大戦   作:我楽娯兵

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無名―隼人なる士の宿願―
聖輝の蒼き剣、禍つ赫の剣


 時間の流れを辿ればバルベルデのライブ騒乱での一件から一週間ほどだった頃の出来事だった。

 とある場所で起こった事件だった。

 地球上には太陽光を一切通さない場所が存在している。

 そこは洞窟の奥や建造物の屋内といった場所ではなく、陽光に照らされていながらそこには太陽光が届かない。

 北西太平洋のマリアナ諸島の東、北緯11度21分、東経142度12分にある天の日が届かぬ土地――即ち、深海。

 その土地の最深部には未だ()()は到達した事はなく、そしてその半ばまで足を踏み入れた人数は、月に降り立った人数を下回る。

 深海。それは未だ閉ざされた人類未到達領域。

 そんな深海に雄雄しく立ち向かうものたちがいた。

 深海調査艇「かいこう13000改」はゆっくりと、マリアナ海溝へ下ってゆく。

 

「わあ……すごい。これがマリンスノーなんですね」

 

 声を上げた新人の調査員は人生ではじめて見るマリンスノーに感嘆の声を上げた。

 深海調査艇の船内は途轍もなく狭く、三人の乗員が押し合い圧し合いしながら、計器やらロボットアームやらの操作をしていた。

 

「プランクトンの死骸が綺麗ねえ」

 

「そう言わないでくださいよ先輩。ロマンがないなあ」

 

 計器の上で記録を取る調査員は窓に張り付く新人を冷やかした。

 もうすでに五度も10000メートルを調査しているために、マリンスノーに対する感動は薄れて、こうやって目を輝かせる新人に容赦ない現実を突きつけるのが楽しみの一つになっていた。

 

「感動もいいが。ちゃんと観察しろよ」

 

「新生物っすよね。あ、クダクラゲ」

 

 今回の深海調査で行われているのは新生物及び原初微生物に類する菌類採取と、更なる潜水記録にあった。

 今までの深海探査艇「かいこう13000」は13000メートル上回る潜水を行えば圧搾の危険性があり、挑戦が出来なかった。

 しかし追加予算が下りた事もあり、深海探査艇「かいこう13000」に更なる強化改修が行われ13000メートル上回る潜水が行えるようになった。

 現在の深度13118メートル。

 

「案外、なんともないですね」

 

「そうでないと困るからな。これの改修費にもう二億近くが投じられてる」

 

「え、二億で済んだんですか?」

 

 金銭感覚的に大分おかしい事を言っている新人調査員だったが、これも致し方ない事。

 深海探査には莫大な費用がかかる。それこそ宇宙探査の比ではなかった。

 宇宙探査は、搭乗員の訓練など諸々で費用が嵩むがもっとも費用が掛かるのは打ち上げだ。

 一回の打ち上げでで何億万ガロンの化石燃料が消費されるのだ、ただ事ではなく失敗は許されない。

 それ故に何億回と言うスーパーコンピューターの緻密な予測物理演算で成功を掴んでいる。

 対する深海探査はそう言った緻密な計算は必要とされない。

 計算で必要とされるのは船体の重さと搭乗員の重さ、そして船体に着ける錘とそれら三つを合わせた重みと潜水時の潜る速度。

 錘の一部を切り離せば一定深度に漂うことが出来る。そして錘のすべてを捨てれば自然に海面に浮上する。

 そんな簡単な仕掛けの深海調査艇だが、もっとも金を食うのは何を隠そう船体だ。

 超圧力の世界で『空気』を内包していても潰れないだけの強度が、この地球上で限られた物質しか存在しない。

 そしてその物質はどれも高価なものばかりであり、強度確保のために数千万単位の金が貪り食われている。

 ――そんな高価物資の塊の横を通過するものがった。

 

「せ、先輩」

 

「なんだ?」

 

「ここ、深海13000メートルっすよね」

 

「ああ、そうだが」

 

「人が――」

 

 新人調査員が窓を指差した先には黄金に輝く《人》がいた。

 顔を除く全身を覆う黄金の鎧、耳には同じように黄金の耳輪で飾られており光が一切届かない場所で太陽のように輝いていた。

 その者は鎧を除きとくに特殊な機器を身に纏っていなかった。酸素ボンベはおろか硬式潜水服すら身に着けていない。

 その者は身一つで、この人類が立ち入る事を許されない超水圧の世界にいた。

 マリアナ海溝のヘイダルゾーンへと向かい、その者は岸壁を滑り降りて行った。

 人ならざる潜水能力――いや、正確には耐久性。

 真空での活動を可能としているシンフォギアでも深海ではその機能も損なわれる。

 それだけ過酷な超水圧の世界で、『無名の装者たち(ネームレス)』の一員であるA・K(アショク・クマール)はヘイダルゾーンへと降下していた。

 人類では決して立ち入れない最後の未到達領域――そう、()()では。

 人間でなければ立ち入る事が出来るのだ。

 A・K(アショク・クマール)は最早《人類》とは定義されない。

 生まれながらの()()融合症例。母の体から生まれ出でる前から、受精卵の段階から人間ではなかった。

 人間の形をした何か、完全聖遺物とは性質の違う、人間寄りの聖遺物。

 超水圧を物ともしないA・K(アショク・クマール)は更なる深部へ。

 神代の世界――『閉ざされた聖域』へとその身を投げた。

 

 

 

 

 

「あいつら、ほんとに大丈夫かよ……」

 

 横須賀米軍基地で飛び立つ国連輸送機の見送りをしていた装者の二人。

 鉄柵にもたれ掛かる雪音クリスと、その後ろで腕を組み飛び立つ後輩たちを見送った風鳴翼だった。

 響がバルベルデ騒乱で敵方より聞き及んだ目的から、響と未来がイギリスへと飛びだったのだ。

 翼は募る思いを押さえ込んで、蒼穹の空へと飛ぶ二人の武運を祈るばかりであった。

 

「立花は大丈夫だ。ああ見えて強かだからな」

 

「強かってか、あいつは馬鹿だ。大馬鹿だ」

 

 クリスはどこか不機嫌そうにそう言い放った。

 響の長所でもあるが短所でもある特性、『お人よしのお節介』が今回も発動したのだ。

無名の装者たち(ネームレス)』と名乗るシンフォギア装者の一団が国連組織のS.O.N.G.へと喧嘩を売った。そんな一団の一人に響は思う所があったのか、自ら名乗りを上げてその者『J・S(ジル・スミス)』が向かったであろうイギリスへと渡英した。

 イギリスの地理には少々自身のある翼やマリアが適任ではあったが――今現在、翼は国外に出るに出れない状況にあった。

 

「立花のお節介は今に始まった事ではない。私も、雪音もそのお節介に心を折られたのだ」

 

「そりゃぁ……そうだけど……」

 

 どこか恥ずかしそうにむくれるクリスは耳がほんの少し高潮しているようであった。

 照れ隠しが愛らしい後輩を持つと何かと面倒を見たくなるものだ。

 プッスと膨れ餅となったクリスの頬を指で突く。

 

「な、なんスッか」

 

「いやなに。尾を引いてなくて良かったと思ったのだ」

 

「……今度はこてんぱんにしてやりますよ」

 

 歯痒いと言った様子で翼の腕を払い除けたクリスはもう輸送機も見えなくなった空に輝く太陽を睨みつけた。

 今まで起こった事のない事態。『この世界』には存在しない並行世界のシンフォギア装者たち。

 仕合って翼が、全装者たちが理解したのは――()()ではないほど強い。

 これまでに起こってきた事件騒乱は打開策や解決策、敵方とのすり合わせで事を収めていたが。

 今回に関してはそう言った余地なく、純然に――敵の方が強かった。

 イグナイトも失われ現在のシンフォギアは爆発力に欠ける。

 個々のポテンシャルは初期の頃に比べれば格段に上がっているが、それを差し引いても相手の方が強かった。

 翼の対峙した天叢雲剣の装者。

 ギアの適合率は初めの一合で目測は出来た。

 彼女の、『無名』と呼称される装者の適合値は翼の比ではなかった。

 頭二つ分、下手をすれば体一つ分も数値は上だろう。

 それを抜きにしても、無名の収める『示現流』のあの気迫、太刀筋は常人の其れではない。

 言うなれば戦場の剣。

 一人孤立し立つもの総てが敵の、四面楚歌と云うに相応しい戦場を切り拓く為の剣だ。

 あの剣に仲間など不要。寧ろ居てもらえば凶刃が及び邪魔になる。

 一人で完成する、一人で完全の――達人剣。

 翼とは違う、()()()護る剣ではない。()()()護る自己完結型の孤高の刃。

 いつかの私を見ているようだ。

 

「先輩が相手をした奴って、どんなやつです……」

 

 クリスは鉄柵にもたれ掛かった前傾姿勢のまま聞いてきた。

 

「うむ。赤黒い色合いの――」

 

「そう言うんじゃないんっすよ」

 

 言葉を遮るように言うクリス。

 いつもの荒々しい口調ではなく、斜に構えた改まった言い方だった。

 

「こう、雰囲気というか。どこかあたし達を知ってるみたいな言い方をしていたんだ」

 

 落ち込んでいる、というより喉元に何かに詰まっているといった雰囲気だった。

 クリスの対峙したのは落日弓の装者。何かあの一戦であったのか。

 どこか焦っているとも違う。クリスの姿は哀しそうであった。

 いつも強気のクリスがこうも焦れるとペースと言うものがぐちゃぐちゃだ。

 

「いつまでもここに居てはあれだ。私のバイクを止めているところまで歩かないか」

 

 駐車場へと歩き出した私たちは、米軍基地を出る。

 ほんの少し前まで戦地にいた私たちに、平和を極める日本の現状はどこか違和感を覚える。

 この平和も薄氷の元に成り立っているのにそれが磐石で永遠に続くものと高かを括っている雰囲気。

 ただそれもこの二年で、ルナアタック、フロンティア事変、魔法少女事変、神器顕現と立て続けに国内で起こっている。世論は日本の自衛力の無さだの、国防意識の低下と騒ぎ立てている。

 まさに、風鳴訃堂の望む世論の流れだ。

 数週間後に開かれる国会決議で護国災害派遣法に関するモノも取り沙汰されるともっぱらだ。

 これ以上、日本に苦難を与えるわけにはいかない。

 だが――

 

「『無名の装者たち(ネームレス)』の目的、今世界を頂くとは問う云う意味で……言ってるんですかね」

 

「分からん。ただ彼奴らには明確な武力と敵意があった。敵対しようとしているのは、間違いは無いな」

 

 俯くクリスは足元に転がるアスファルトの破片を軽く蹴った。

 

「敵に思うところがあるのか?」

 

 徐に翼は訊いた。

 バルベルデの内戦で旧知の仲である人の弟の足を失わせた時のような、そう言った雰囲気だった。

 クリスは徐々に話し出した。

 

「なんと言うか。あいつ私を知っている風だったんだ」

 

「知っているだろう。敵とする相手の情報を知っておくのも軍略の一つだ」

 

「そういうんじゃない。昔っから知ってるつうか、気兼ねなく話せる相手つうか、ああッ! なんて言えばいいのかわっかんねえ!」

 

 クリスはどう表現した良いのか分からないといったように唸っていたが、言わんとする事は理解でていた。

 いやむしろ同じ感想を持っているといった方がいい。

 翼も無名と対峙した時、同じ感覚だったのだ。

 防人としておくびには出さなかったが、理解できる。

 

 ――無名と名乗ったあの少女を私は知っていると――

 

 だがそんな事はありえない。

 なぜなら()()()()はこちらの世界の住人ではない。

 唐突にS.O.N.G.至急の端末がアラートを鳴らしだす。

 

「アラートッ!」

 

「この表記は、錬金術師か!」

 

 端末に表示されたアラート範囲は鎌倉市全域を覆う勢いだった。

 表示されたその赤い円は埼玉へと向かい動いていた。

 これほど大量の錬金術師が現れるとは、狙いは十中八九。

 

「パヴァリアの残党。狙いは神器の残骸かッ!」

 

「人の手には余るもんを、クッソ!」

 

 輸送ヘリの手配はこのままでは間に合わない。

 米軍に取り次うとも、私たち二人では門兵に笑われて終わりだろう。

 米国は日本の危機に手を出さない。

 走り向かった先は私のバイクを止めている駐車場。

 ヘルメットを被り、急ぎエンジンを掛けた。

 うねり声を上げ、煙を吐く現代の荒馬に飛び乗り、クリスの元に。

 

「乗れ!」

 

「――ッ! 事故だけは勘弁な!!」

 

 基本サイドバック・シートバック類は付けない主義の翼だったが、YAMATAというモーターサイクルの企業とのタイアップで頂いたシートバックに半ヘルをねじ込んでいた。

 半ヘルをクリスに被せ、急ぎ鎌倉へと向かう。

 アクセルを捻り、徐々に速度を上げてゆく。車体の震えを感じ、エンジンの咆哮を感じ取り、クラッチを引く。

 ギアを上げ、更なる加速を得る。

 二速、三速、四速と加速を続けてゆく。

 

「ちょ、先輩……飛ばしすぎィいいいッ!!」

 

「喋っていると舌を噛むぞ!!」

 

 高速に乗り、鎌倉市街へ。

 立ち昇る黒煙が見える。間違いないすでに戦闘は始まっていた。

 

「雪音!! 振り落とされるなよ!!」

 

「ちょ、おまッ!! どこに向かって走って――!!」

 

 車線を隔てる防護柵をジャンプ台にして高速を飛び降りる。

 飛び立ち降りる最中に腹の腸が浮き上がる不快感が襲う。

 

「唄うのだ。雪音!!」

 

「ふっざけんなあああああああ!!」

 

 バイクより飛び降りた私は、聖詠を口ずさんだ。

 

『Imyuteus amenohabakiri tron』

 

 閃光と共に衣服はコンバーターへと瞬間的に収納され、プロテクターが瞬く間に装着される。

 第1号聖遺物『天羽々斬』のシンフォギアが展開されたのだ。

 バイクと共に落ちてゆくクリスを抱きかかえ、着地する。

 やかましい音と共にバイクは落下し、その衝撃で燃料に引火したのか爆発する。

 

「し、死ぬかと思った……」

 

「呆けない。敵はもう来てるわ」

 

「ックッソ。誰のせいでこうなってると思ってんだよ……」

 

 愚痴るクリスは聖詠を唄う。

 

『Killter Ichaival tron』

 

 赤いカラーリングのシンフォギア。両手にエネルギークロスボウを携えてその姿を露にする。

 銃口を向けた先には無数のアルカノイズが犇めき合っており、神器顕現跡へ向かい進軍していた。

 

「奴らの腹に潜りこむ。雪音、援護を!!」

 

「言われなくても!!」

 

 市街地を駆ける翼。いや、もうここは市街地ではない。

 ――戦場(いくさば)だ。

 アームドギアを右肩に担ぐようにして上段に構え、アルカノイズの集団に向かい切り込んだ。

 集団の側面より切り込まれることは既に予測済みだったのだろう。

 近距離戦闘特化のアルカノイズたちが他のアルカノイズを掻き湧け現れる。

 

「やあああああああッ!!」

 

 叫び体の筋肉(にく)を引き締める。

 一歩強く踏み込み、飛ぶようにして視線上の一体を袈裟懸けに切り捨てる。

 その一手にて敵陣に食い込んだ翼は四方を囲まれる形となる。しかしそれでいい。

 死地に身を投げるは剣の誉れ。戻るべき鞘は今は捨て置くことだ。

 武士ノイズの棘針の解剖器官が翼の体に突き立てようと幾本も迫るが、対処のしようはある。

 身を屈め、地に腕を着け腕から肩にかけ使い回転をする。

 足先の装甲が展開し鋭利な刃となり、斬戟の竜巻となる。

 徐々に地面の接地面を肩から腕に移動させ、遂には手へと。

 まさに竜巻のそれと変わりわなかった。

 

《逆羅刹》

 

 敵に囲まれ劣勢であったはずが、敵を屠るにはには好都合な状況へと作り変える。

 回転に身を任せ、敵陣中央へと切り拓く。

 

「ちったぁこっちにも獲物を下さいよ。先輩!!」

 

 クリスの両手に握ったクロスボウが可変し、更なる火力を得る。

 大量破壊の骨頂、毎秒何千発と弾丸を撃ち放つ現代武力。

 ()()最強と言われた弓ではなく、更に進化を遂げた()()最強と言わしめる個人携帯の限界の銃。

 

《BILLION MAIDEN》

 

 四門の三連ガトリングガンが眩いマズルフラッシュを放ち、弾丸の豪雨となり敵を()()()()粉々にしてゆく。

 弾丸は無限にある。この歌声がある限り尽きる事は無かった。

 しかし、如何せん敵の数が多すぎた。

 

「あたしらを引き当てたお前らの運を呪いな!! 持ってけ、残りだ!!」

 

《MEGA DETH PARTY》

 

 腰のアーマーが展開し、そこに収まっていた礫が火を吹いた。

 空を舞うそれはまさしく現代が産み落とした破壊の象徴。小型ミサイルの一斉掃射だった。

 派手な爆発と共に舞い上がるアルカノイズとその破片。

 市街地戦では大規模すぎる攻撃ではあったが、その威力は加減されており、見た目ほど周辺の建物への被害は出ていなかった。

 その上、翼への援護も忘れてはいなかった。

 三本のミサイルは敵陣には突っ込まず、その上を飛翔していた。

 そしてその下には翼がいた。

 腕の力で空へと跳んだ翼は、頭上を飛翔するミサイルを足場にして更に上へと翔け昇った。

 敵の陣営を俯瞰する位置へとクリスが誘導したのだ。

 空中を飛ぶアルカノイズたちを切り払い、翼はこの一団の指揮を取っている錬金術師を探した。

 錬金術師を発見する。敵陣営中央、この強行軍のど真ん中にいた。

 敵は見る限り一人。あとは倒すのみだ。

 

「はあああああああッ!!」

 

 敵錬金術師へとアームドギアを投擲した翼は、柄頭へと足を伸ばした。

 ヒールの装甲と柄頭が接地した瞬間、アームドギアは更に巨大な剣へと可変する。

 

《天ノ逆鱗》

 

 巨大な剣は錬金術師の目の前に突き刺さる。

 

「神妙に縛に就くのだ。パヴァリアの錬金術師よ!!」

 

 頭を上げ翼を見上げる錬金術師の口が歪む。

 

「天羽々斬の装者。待ち焦がれていたぞ!!」

 

 高熱のエネルギー弾を打ち出した錬金術師。

 翼は跳び、地へと降り立ったちアームドギアを握り込んだ。

 

「ならば吾が蒼剣に倒れよ!!」

 

 錬金術師に肉薄する翼に、敵は一つのノイズ召還クリスタルを投げた。

 ガラスの割れる音と共に赤紫の光を伴いそれは現れる。

 巨大な鎧武者を彷彿とさせるノイズ。

 武士ノイズとは違う。しっかりと関節が分かる、四肢の先の指まで象られた鎧武者。

 腕に持った太刀でさらに武者感を強めていた。

 

「新型かッ!!」

 

「あなたのために誂た。私の傑作だ!!」

 

 鎧武者ノイズが振り上げた太刀が道路を抉る。

 赤い粒子、プリマ・マテリアが舞い散る。あの太刀がこのノイズの解剖器官だ。

 その間合い、その迫力。人ならずとも感じ取れる圧倒的強敵。

 以前のようにギアが分解されずとも、この強大な間合いの広さは容易に近づくことができない。

 剣を構え、攻めあぐねる最中に通信が入る。

 

『聞こえるか!! 翼!!』

 

「叔父様――?」

 

 いつも冷静である熱血漢の司令、叔父の風鳴弦十朗が焦る声音で叫び問いかけてきた。

 

「どうなさいました?」

 

『今すぐそこを離れろ!! 未確認の高質量エネルギーが検知された。この波形は、シンフォギアだ!!』

 

「シン……フォギア……!?」

 

 FIS組はS.O.N.G.潜水艦にて待機中。響、未来の装者二人は現在搭乗機の中。そして私とクリスはこの場にいる。もう出張るシンフォギア装者はいない。

 ――いや、いる。

 この世界には五人の装者が追加された。

 背に這い上がる寒気、肩に圧し掛かる重圧(プレッシャー)

 並みの気迫ではない。目前のアルカノイズなんて比較にならない。

 頭の中で私の体が無数の刃で切り裂かれる幻影(ヴィジョン)が掠める。

 剣を向ける先を反転させ、アルカノイズに背を向けた。

 

「私を前に背を向けるか……いい度胸だ!!」

 

 錬金術師は叫んだが、翼は相手をする余裕がなかった。

 目視で捕らえたその姿。

 どす黒い赤の色合いシンフォギア。体勢低く奔る足並みは異常と言っていいほどに迅い。

 長巻の柄を両手で握り、担ぐ野太刀。その刀身はまるで背骨を剥ぎ取り刃物へと打ち直した様な禍々しい雰囲気を醸し出していた。

 まさにその姿はバルベルデ騒乱で翼が仕合った敵シンフォギア装者。

 聖遺物『天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)』をベースに作られたシンフォギアの装者――無名であった。

 鎧武者ノイズが接近する気配がある、しかし相手にしている暇はない。

 人間は蚤に怯えるか? ノーだ。

 そう今の鎧武者ノイズの脅威度など()()()なのだ。

 無名との距離は距離として二十間(36メートル程度)。この足並みなら一秒と掛からない。

 力強く地面を蹴り上げた無名は、飛び上がる。

 その勢いを殺さずに、『空気』を蹴る。

 夢か現か、まさにその言葉が適切だ。

 空気とは肌に触れてはいるものの、固形物のように、確りとした触れているという感覚はないものだ。

 そんな『空気』を無名は蹴り上げ、空中を駆けた。

 あまりにも馬鹿馬鹿しい。ゲームの空中二段ジャンプや海外のとんでも侍の空中殺法のような『空中走り』をしたのだ。

 無名との間合いが触れる。

 斬る――そう思うが不意に違和感が翼を、肌を刺激した。

 

 ――無名の斬気が私の更に後ろに向いている?――

 

 瞬間、私の右上の空中を走り抜けた無名は、その刃を鎧武者ノイズへと奔らせた。

 

《切リ断ツ刃 藤袴》

 

 鎧武者ノイズの逆風(股下から頭上へ向けての剣軌道)へと切り上げた無名は、その速力を落すことなく錬金術師へとその刃を走らせた。

 大振りの得物でありながらその扱いに引っ掛かりが見受けられない。

 一心同体といったように手足のようにその野太刀を扱っていた。

 

「なっ、なんだこの装者は――」

 

 野太刀を素早く振った無名。不意に錬金術師の動きがおかしくなる。

 両足をぴったりとくっ付け、脇も絞まっていた。

 あれほど煩かった口も――

 

「ッ!?」

 

 翼は息を呑んでしまった。

 ――錬金術師の口が、ない。

 

「動くことも、喋ることも許さない。喋りたかったら()()()()()()()を切断することだ」

 

《結ビ繋グ刀 玉鬘》

 

 口に当たる部分が、唇同士が癒着している。

 何をした。無名はいったい――。

 

「何をした無名ッ!!」

 

「翼隊長……」

 

 口元を覆い隠していた鬼の頬面のようなプロテクターが可変し展開、顔が露になる。

 精錬な顔つき、サイドダウンの髪型で鳶色の目が印象的だった。

 だらりと下げた腕、まるで無名に闘気がない。

 疲れたか。いや、あれだけの気迫を放つもの、この数合の切合いで集中力が途切れるとは到底思えない。

 いつ来る。どう攻める。

 まるで見えない相手の戦術だったが、無名はそれを悉く覆した。

 アームドギアを地面に捨て、両腕を上げた。

 無名の纏うプロテクターが解け、臨戦体勢を解いたのだ。

 黒い軍服。それは軍服にも見えたが同時に喪服にも似た作りをしていた。

 

「何の真似だ……」

 

「ああ、ああ……やっぱり貴方は隊長だ。最高司令(コンサートミストレス)の風鳴翼だ」

 

 その目から涙が伝い落ちた。

 無名が泣いていた。コンバーターを首から外し地面へと置いた無名は両腕を差し出した。

 

「一時、投降します。身柄の拘束を」


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