S.O.N.G.潜水艦で司令室に集まった装者五人は一つのモニターに皆かぶりついて見ていた。
そのモニターは戦犯者拘束室のカメラ映像がリアルタイムで映し出されており、そこには二人の人物が映し出されていた。
一人は風鳴弦十朗で、椅子に座り相手に向き合っていた。
そしてもう一人。皆がその者に警戒を示していた。
幾多の拘束を施した拘束衣に拘束椅子に縛り付けられていた、無名であった。
並行世界の住人かもしれない、この世界の敵対者。
その存在であった『
皆が不自然に思ったし、翼自身も無名には懐疑的であった。
恐らく、無名はシンフォギアを纏いやろうと思えばここに居る人間を全員、鏖殺するだけの力は有している。
それなのに投降するということは何らかの思惑があるに違いなかった。
「まさか敵方から接触があるなんてね」
マリアはモニターを見ながらそう言った。
誰もがそう思うだろう。装者全員が思って居なかったし、S.O.N.G.に所属する職員全員がそうであった。
「なんだか不気味デス」
「うん……怪しさが四割り増しで」
切歌、調の両名もあまりにも不可解な行動に疑いの目でしか見られない。
「どうせ、なんかの目的のためだろう。先輩はどう思います? ――先輩?」
「…………」
翼は何も言わず。
親指の爪を噛むような仕草をしていた。
イラついているという訳ではなく、無名の行動の真意を探ろうとする眼でモニターを臨んでいた。
これまでにないほどの大敵に、これ以上ないほどの剣の使い手に巡り逢ったことがない。
なのになぜ。
「気違ひになりて死狂ひするまでなり……。狂ったのか、無名……」
拘束室で初めて対峙する素顔の『
司令室に現れた《ブラックシルエット》のように輪郭だけしかつかめないような相手などとは、映像越しの強敵とも違う。
実体があり、そして現時点で縛に就く虜囚としてここに居る。
「さて、何から聴くべきか」
「なんでも、答えられる範囲でなら。風鳴中将」
「中将……? おいおい、偉く出世したものだな俺は」
その弦十朗の返しに無名は驚きの表情を浮かべていた。
「風鳴中将、ではないのですか。こちらでは違うのか……」
一人で熟考するようにぶつぶつと一人ごちる無名の反応に、弦十朗は確信が持てた。
「君は、いや、
「…………はい。察しの通りでございます」
小さく溜息をを付く弦十朗は背凭れに背を預けた。
エルフナインを疑っていた訳ではないが、やはり並行世界の住人が次元を跨いで他世界を侵略してくるという仮説は半信半疑だった。
しかし、当の本人がそういうのだ。これは信じるしかあるまい。
「当の本人が言うからには信じるしかあるまいか……。君たち、『
その問いただした弦十朗。その問いに無名は答えた。
「私たちの目的というよりは、私たちの世界の全人類の目的です」
「全人類の目的……?」
無名は応えた。
「人類の生存圏確保。この世界の植民地化ですよ」
「なッ――なんだとッ!!」
無名は詳細な内容まで話さなかったが、『
「我々の世界の地球はすでに穢され尽くしました。その穢れが人類の比類なき慾でなら諦めもついた、しかしノイズのせいであるならば話は別です。やつらの駆逐のために地球は死に瀕死、我々の生存圏は十指の数も残されていない。だからこちらの世界を頂きます」
「…………」
「私たちの人類は地球での生存権を剥奪されました。それ故に生存の為にこちらの世界を頂きたくあります」
無名の語る事の重大さ。ルナアタックやフロンティア事変、魔法少女事変、神器顕現は地球崩壊と人類危機の類。それはこの世界の住人が自分の世界をぐちゃぐちゃにするから阻止に値した。
しかし、今回の世界侵略は――敵側の事情が込み入りすぎている。
同じ人類だからこそ同情に値した。
たとえそれが他世界の事情であったとしても、今までノイズに苦しめられていた我々だからこそその苦痛は理解できた。
「事情は理解した。しかし、おいそれとこの地球を君たちの植民地にするわけにはいかないのだ」
「ええ。分かっています。それ故に我々『
「『
「処断しますか?」
腹を括ったように潔い笑顔で無名は弦十朗の顔を見たが、弦十朗の反対に厳しい顔つきで見ていた。
無名は見たところでは、クリスと同い年くらいだろう。
体の線は細く聞いていたメディカルチェックの結果のような異常性は見当たらない。
外より見ればどこにでも居る
「処遇の判断は後日に回そう。それよりも我々としては君達の戦力が気になるところだ」
「私が知りえ、そして話せる範囲であるなら」
弦十朗の問いに無名は忠実に答えた。
総戦力、六名。一名を除き全員がシンフォギア装者。
その内無名が知りえるシンフォギアの聖遺物は《エクスカリバー》、《落日弓》、《天叢雲剣》、《ソロモンリング》の四基。五名中一名のシンフォギアの聖遺物は不明。
六名の内一名はシンフォギアではなく完全聖遺物を装着しているそうだ。
六名全員の個別名も割れた。
『
《ソロモンリング》の装者、S.O.N.G.潜水艦に現れた《ブラックシルエット》の正体だった。
『
《エクスカリバー》の装者にして『
『無名』、言わずもがな目の前に居る少女だ。
『張三李四』。
《落日弓》のシンフォギア装者でクリスと戦闘を行った女性だ。無名の世界で行われた数多の大規模軍事作戦に従事した者だという。
そして残り二人の情報がかなり不明瞭だった。
『
完全聖遺物の使用者で無名の参加した軍事作戦には見た事もない人物だそうだ。
『
切歌、調の二人が戦った童女で無名の世界では数千人の錬金術師を一度の攻撃行動で感電死させた
双方とも聖遺物の詳細はおろか、人物像も浮かんでこない。
あまりにも規模が違いすぎる。
まるで無名の語る世界は夢物語だった。
世界全体が軍事国家に転進したように、戦闘行為が日常茶飯事に、基本ソフトウェアでもあるかのような世界だった。もしそれが本当なら、今我々が対峙している並行世界の敵はその軍事力の粋を結した『兵器』でもあるのだ。
まさにその兵器が目の前に居る、無名であるのだから始末が悪い。
弦十朗の思考の中にある
無名を虜囚として
それ以前に交渉という
地球の危機。人類滅亡の憂き目なのだ。形振り構わず犠牲をいくら出してもこの世界の植民地化を果たそうとするだろう。それ以前にどうやってギャラルホルンのゲートにシンフォギア装者以外の物質を通過させる? 彼女らはギャラルホルンの性質を理解しているのか、通常物質を通過させる技術があるのか?。
あまりにも『
戦争がしたいのか? それならば何故すぐにでも戦端を切らない。そのほうが効率的には早い。
世界が瀕死であるのなら時間を巻くことも、必要とされるはずだが。
いや、まさか――。
「君達自身、どうなりたいんだ」
その問いに、無名は申し訳なさげに顔を落した。
「申し訳ありません。その問いの真意が私には分かりかねます」
尋問の映像を見て、皆が沈黙していた。
そして戦慄していた。
彼女の世界は、もしかしていたらこの世界に起こりえた事が起こった世界なのだ。
ノイズ殲滅で地球規模での戦闘行為。まさにフロンティア事変でネフィルムの幽閉に失敗してしまった世界を目にしているようだった。
人類の生存権を掛けた決死の闘争。人類の希望を託された六人の女性たち。
「儘ならないわ。彼女たちの世界は」
マリアは怒っているかのように眉間にしわを寄せて言う。
どれだけの悲劇か、ノイズとの戦いがどれだけ酷であるか我々は身を持って知っている。
それ故に彼女たちは非難はされど否定はされるべきではない。
「地球が穢されたって、それって反応兵器を無尽蔵に投入したってこと……」
「そうだったらいたたまれないデス」
間近で反応兵器の威力を目にしているから、反応兵器もしくはそれに類する兵器には装者一同いい印象は抱いていなかった。
穢された大地の復興はどのようにするのか。
いや、復興なんて目処も立たないほどの広範囲で人の一生を費やしても除染が出来ぬのだろう。
「いくら可哀想であったとしてもこいつ等はあたしらの敵だ」
ばっさりと言い放つ雪音に切歌は抗議する。
「でも、この人たちは人類を護ろうとしてるんデスよ」
「でももクソもねえ! ならお前たちはこいつ等の人類をこっちに入れて、俺たちは奴隷同然に扱われてもいいのか!」
雪音の言った一言に切歌は言葉を詰まらせた。
「インディアンとヨーロッパ人、ソ連と東欧諸国、日本帝国と満州国。属国と言えば聞こえはいいが相手方の軍事力も加味して不明すぎる。力による実効支配を『
まさに雪音のいう
現状私たちが出来る事と言えば彼女たちの捜索と目的の阻止だけだ。
「ふむ、参ったなこれは……」
司令所の扉が開きに戻って弦十朗は頭を掻いていた。
「おっさん、あいつどうすんだよ」
ぶっきらぼうに雪音は無名を映し出したモニターを指差して聞いた。
腕を組んで僅かに熟考した弦十朗。苦肉の策だった。
「当面は拘束室で監禁状態だ。異端技術を保有している事もあるからな、国際法を拡大翻訳するば罷り通るがあの状態で数ヶ月以上となれば流石に人道的にアウトになる」
「では、無名に監視つきの居住スペースを用意すればいいのでは?」
翼はそう言うが、首を振られ否定された。
「そうもいかんのだ。彼女の場合は」
「どうして?」デス?」
切歌、調の二人は同時に聞き返した。
無論その疑問に対しては翼も雪音もマリアも気になった。
ギアユニットはS.O.N.G.が押収し聖遺物保管庫で厳重に管理されている。
無名が軍人でそれなりの対人体術を収めていたとしても、警備機構が束で掛かれば取り押さえる事は容易だろう。いざとなればギアを纏った私たちがいる。
そう皆が思ってる最中にエルフナインが司令所に飛び込んできた。
「検査結果が出ました!!」
「ご苦労だ。エルフナインくん」
古臭い紙媒体の書類を弦十朗に手渡したエルフナインは小さく息をついた。
「それは何なのだ?」
私はエルフナインに聞いた。
「はい。『
もう一部刷っていたようでエルフナインは渡してきた。
マリアが横から覗き込み雪音は反対側から覗き込んだ。切歌、調は弦十郎に見せてもらおうとしていたがいつも気が利いているはずの弦十朗はいつまで経っても二人に見せない。
そして予想が的中してしまったと言う風に溜息を付いてエルフナインに聞いた。
「エルフナインくん。この検査結果は本当にこのように出たのか?」
「間違いなく。彼女の、無名さんの身体データの全てです」
「なんデスか! すっごく気になるデス!」
「私たちも見たい……」
切歌は飛び跳ねて弦十朗から奪い取ろうとしていたが、翼の声で驚き転んでしまう。
「こんな事がありえていいのですか!!」
「…………」
弦十朗は無言で応えた。
腕を下げ書類を調に渡した。切歌は嬉しげに調とその書類を見たが、次の瞬間にはその好奇心も消え失せ怒りにも似た感情が湧きだしていた。
「なんデス、これ、こんなの人の体じゃ無いじゃないデスか」
無名の体は最早『人』と定義するには常軌を逸した構造をしていた。
内臓系は四分の三が喪失、人体に必要な栄養をどうにか取り込む為に必要な部分しか動いていなく。それ以外の部分は摘出されている。片目は義眼で脳に神経ケーブルが直接延びている。
栄養状態は失調気味。
骨密度、通常の50倍以上を誇っている。並みの衝撃ではヒビすら入らないだろう。
そしてもっとも異常性を診とめたのは筋肉配列の構造だった。
無名を撮影したx線スキャンのCG再現画像。全部の皮膚を剥がしたグロテスクな見た目の画像だったが、それに皆が目を剥いた。
見たことがない。あの複雑に編みこまれた人体模型の筋肉造詣が、素人目にも分かる異常な構造をしているのだ。
この構造では人間の滑らかで柔軟性に富んだ多様性に満ちた動きが出来ない。
いや、この構造にしたものはきっとそんな事を目的としていないのだろう。
ただ『戦う為だけ』に肉体を再構成したに違いない。
手術痕は五十箇所を越えている。遺伝子検査は現在進行形で解析中。
「一体どういう風に歪めば一人の少女をこの様な『鬼』に出来るのだ」
翼は苦虫を噛み潰したような顔でそう言い放った。
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