公道を走る二台の護送車。それの前後を守るように黒いセダンが走っている。
一般人の目から見れば明らかに囚人護送。しかもとびきりの巨悪犯の護送だ。
護送中の人物は二人。一人一台の豪勢な使用だった。
確かにこの護送車には巨悪犯に類する者は一名ほどいたが、もう一人は『不明』だった。
S.O.N.G.潜水艦の司令所でその人物たちの護送管制の指揮を取っていた弦十朗は厳しい視線でモニターを見ていた。
「身柄拘束の有効期限が切れたとはいえ。まさか『
管制官の一人である友里が一人事のようにそう言った。
「一課の人間が躍起になったそうだよ。いくら国連組織のS.O.N.G.が拘束したとしても、日本国領土で逮捕した人物は日本国の法の何チャラって。……それに風鳴家本山が動いたそうだよ」
藤尭が友里の疑問に答えるように言った。
無名の拘留地と決まったのは、永田町最深部、特別電算局『記憶の宮殿』だった。
拘留とは名ばかりの無期懲役だった。
本来なら国際司法裁判所へと身柄を引き渡す手筈だったのだが、風鳴訃堂の圧が加わりその身柄は強制的に日本に留めておくこととなった。
弦十朗の思考には風鳴訃堂の求める筋書きはすでに見えていた。
無名の持つシンフォギア『天叢雲剣』の接収だろう。
国防力の増強、それに加えて国際的発言力の獲得。十中八九そう言った目的だ。
そうであったとしても、今回に関しては弦十朗も憤りを覚えた。
拘留地とされる場所が悪すぎる。
「『深遠の竜宮』が機能していれば、な」
訃堂の無名の身柄を国連に引渡の反発は元々より予想は出来ていた。
それが出来ていたために無名を外部から接触させない候補地は用意していた。
無名という特殊な存在。並行世界と言う未知の可能性を多く内包した奇跡的な検体なのだ。
どこの国も、どこの組織も喉から手が出るほど欲しがる筈だ。
ただそれは無名を抑えた国にとっては益であっても、他より見えれば損の一文字だ。
我々がS.O.N.G.ではなく、二課であったのなら今回の対応も飲み込めたが、もう我々は日本の組織ではない。
「相当米国は反発したそうだよ、今回の拘留地に関しては」
「『記憶の宮殿』だものね。でも米国だったとしても彼女の人権なんて守られないのは目に見えてるわ。米国の聖遺物研究局『モルモン書』だったわね」
「ロシアはロシアで大騒ぎだよ。外務省経由でS.O.N.G.に『天叢雲剣』の解析記録を寄越せって、『琥珀の部屋』の飾りになるのが目に見えてるよ」
米国のFISに取って代わる聖遺物研究局『モルモン書』にも渡せない。マリアや調、切歌の二の舞だ。ロシアに渡せばどういう事になるかが予想が付かない。
『琥珀の部屋』――ロシア政府が保有する聖遺物や伝承、民話から超常現象の類まですべてを集積する光学記録サーバーのことだ。
イギリスも申請を行ってきているが、どうにも動きがおかしい。
(どこの国も今回に限って何故……いや、今回だからか?)
どこの国もこの案件に措いて政治的動きが激しすぎる。
米国はまだしも、ルナアタックやフロンティア事変、魔法少女事変、神器顕現に措いても身動きすらしなかったロシアまでもが動き出すなど予想外だった。
『
(対ノイズ戦略……アルカノイズへの戦略に転用可能だ。それに聖遺物を中心とした社会構造か)
各国はそのことについて知りえないが、もしもそのことが知られたならば全世界が血眼になって彼女たちを探すだろう。
聖遺物を安全に使用する社会の実現が、我々の手ではないにしろこうして可能なことが分かったのだ。
秘め隠された
「ファンタジーにもほどがあるな」
それだけならまだいいだろう。
しかしそれが軍事転用されたならば、惨憺たる結果になることは目に見えていた。
シンフォギアですら、一国の軍隊をたった三人で相手取って勝利を収められるのだ。
それが万民にも扱える兵器に変った聖遺物になったのなら、結果は言わずもがな。
「特別電算局の連絡です。『
「了解した。護送員たちに通達、このまま永田町方面へと移動、議事堂裏手の搬入口に」
「了解です」
人工衛星のリアルタイム映像が、護送車一団をモニターに映し出しいる。
四台の車。その横に着けるバイクの運転手には翼が志願し護衛をしていた。
前方から三台後の護送車にいる無名の言葉を弦十朗は思い出していた。
(あちらの世界では俺が中将、ならば翼は……)
恐らく風鳴家の権威は向こうの世界でも健在なのだろう。
二課は設立されず、向こうの俺は国軍に従事したのだと予想が出来た。
ならば必然的に翼もそうなってしまう。
シンフォギア装者は並行世界上でも同じ人物が同じ聖遺物を起動できていると証明されている。
ならば向こうの世界の翼もシンフォギア装者だ。そして俺が国軍軍人で中将の地位にあるのなら、シンフォギア装者である翼はどうなる。
風鳴家の威光も上乗せされれば。
「まさか、無名は初めから翼に接触する気だったのか……?」
無名は日本人であると本人の口から語られている。
シンフォギア装者が軍属であるのなら、同じ装者である翼とも顔を合わせる機会もあるだろう。
しかしなぜ翼と接触する必要がある、何らかの固執か。それとも――
答えの出ない思考を巡らせる弦十朗の考えが不意に司令所のざわめきで引き戻される。
「どうしたッ!!」
「高速で接近する武装ヘリが二機!! 複数機のドローンを確認!!」
「護送車の後続より改造された装甲バスが接近中!!」
「なんだと! どこの組織だ」
強行手段に出る国家は今は存在しない。米国は神器顕現の反応兵器の件で日本に首元を押さえられている。
ロシアか? いや、ロシアは寧ろ協力的なほうだ。
中国もイギリスも除外できる。
「緒川」
「はい」
脇に控えていた翼のマネージャー兼S.O.N.G.エージェントである緒川を呼び寄せた。
「あの一団を調べろ。不穏な予感がする」
「S.O.N.G.に非協力的な組織ですね、了解しました」
操作卓に向かった弦十朗は翼の携帯端末へ連絡を入れた。
高速道路を走る四台の車、それに併走するようにバイクを走らせる翼。
青と白の配色のレーサーレプリカタイプのバイクは翼の好みとするところで、アイドル業とS.O.N.G.で払われる給金の殆どは新車のバイクへと消えてゆく。
バイク乗りとしてはそう愛馬を鞍替えするのは憚られるが、如何せん廃車になる頻度が多く、そしてレーサーレプリカのカスタム性の悪さから寧ろ新車を買ったほうが安上がりな事もあった。
ともあれこうしてバイク乗りであったがために護送を担当できるのは有り難い話であり、無名の護衛をしている。
公道を車輌の足並みに併せ走れる装者は、翼と調ぐらいであり調に関してはシンフォギア必須だ。
マリアも乗り物類ならばどのような物も乗りこなせるが、やはり二輪のモノは相性だ。
過去に一度、高速移動をするアルカノイズと対峙した時もマリアには世話になっているが、今回は一人で十分だ。
(一人でなくてはならない)
刃を合わせた時より心の何処かに引っかかる。
無名は私の何かを知っている。その何かは分からない。
たが、私という『何か』を知っている。
アクセルを捻り僅かに速度を上げ、後ろから二台目の車に付ける。
金網で厳重に隔離された護送車、その中に拘束服でガチガチに固められた無名がいた。
背中の金具に繋がるように袖が伸び手の動きを抑え込んでいる。脇の下から通された拘束帯が座席の穴に無名を縫い止め身動きの一つ満足に出来ないようになっていた。
シンフォギア装者という事もあり、猿轡が口に嵌められ脇に控える女医が時折無名の口元にハンカチをあてがった。
併走する私をチラリと目線だけがこちらを見た。
無名の目が微かに細まる。
笑っているのか? いや、この眼差しは尊んでいる?。
やはり無名は何かを知っている? 違う――私が知っている?。
脳の奥底で痛みのように疼く感覚があるのを理解する。
忘れているはずなんてない。端から知らないのだから忘れる事がない。
なのになんだ?
(この感覚は、なんだ)
哀れみが込み上げてくる。
無名に対し、『
可笑しな体だ。見知らぬ人間なのだから哀れみの心も生まれまい。
ただそう思ったとしても、この心に抱く感情だけは拭いきれぬものがる。
不意に通信端末に連絡の音が鳴り響いた。
通話機能は運転中には出来ないために、一方的な連絡だった。
『翼!! 敵だ、後続より装甲車輌一台。攻撃ヘリ二機に複数ドローンだ!!』
その連絡を聞き着る前に、無数の銃声が木霊する。
護送車を挟み翼の反対側に装甲車輌が四台をすべて銃撃した。
自ら溶接したのか厚さ十センチの鉄板が窓を隠し、僅かに開かれた隙間より銃口が覗きその筒の先より火柱が伸びていた。
頭上を通過するヘリコプター、補助翼の下にチェーンガンが装備されていたが――
(弾帯に弾薬がない……虚仮威しか、)
違うだろう。恐らくは。
頭上を取っている風に見せる工作だ。本命は装甲車輌だ。
バンッ! と風船が炸裂する音が鳴り響き弛み緩んだゴムが叩きつけられる音が連続して聞こえる。
護送車の
瞬間、ハンドルを取られたのか前方より二台目の護送車が不規則な蛇行をはじめ、遂には横転せしめた。
第二護送車輌は路肩に斜めに急停止し、最後尾のセダンが同様に停止しハの字に形どり簡素な防壁を敷いた。
激しいブレーキ音が響き、敵装甲車両が停止し乗車員たちが降りる。
「ッ!?」
バイクをUターンさせ乗車員たちの人種の豊富さに驚いた。
白人、黒人、黄色人種。アメリカ人、ロシア人、イタリア人、インド人、中国人、日本人。
ここまで多種編成の軍隊を保有する国は存在しない。
手に持った重火器の数々も統一性がない。
バイクを飛び降りた翼は聖詠を唄い上げる。
『Imyuteus amenohabakiri tron』
青白い光に包まれ、身に纏う破邪の聖綱の冑。
太腿に備えつかられたアームドギアのスロットから柄が跳び出てくる。
掴み取り、アームドギアで霞の構えを取る。
「シンフォギア確認、制圧する」
敵方より聞こえた声。冷静を極めた声であった。
やれるものならやって見ろ。吾が剣は神にも楯突いた不遜の剣、最早斬るに躊躇するものはない。
飛び走る翼。切っ先のふくらが見事に敵の持つ銃の先を切り落とし、峰にて鎖骨を砕き割った。
僅かな呻きをあげる敵。別の敵へと走る。
赤く白熱する弾丸が一閃の驟雨のように翼に振り注ぐが、対した障害ではなかった。
唾のない日本刀形状のアームドギアを、身幅の広い刃先から塚頭まで届く刃渡りの大太刀へと変形させる。
大太刀を盾に突き進む翼は、敵を足場に空へと飛んだ。
空中を見上げる敵方の顔々。銃口がこちらに上がろうとしていたが重力に身を任せた翼の方が動きが早く、車輌をバリケードにしていたS.O.N.G.職員たちの下に辿り着いた。
「大丈夫ですかッ!?」
「護衛の一人がやられた……護送対象は、一名は無事だが――」
パンッ、と乾いた銃声が響きそちらを覗くと敵が横転した車輌から引きずり出した錬金術師を銃殺していた。
「今、錬金術師の方がやられた……」
「ッく。なんという卑劣非道よ、縛に就く虜囚を殺すなどッ!」
心臓の奥を掻き乱す不快感、敵はまるで無抵抗の者を躊躇なく撃ち殺した。
人間にはあるまじき非道だ。
「無名は」
「護送車の中です。拘束を解く時間もなく取り残されてます。ギアの回収だけは間に合いました」
護送車を見れば金網の中に無名がいた。
たしかにあれだけガチガチに縛られていれば解くのにも時間がかかろう。
コンバーターを持ち出しただけ御の字だ。
だが、無名はこれが無ければ無力の民とさして代わりは無い。
いくら肉体を改造されようと、生身で『銃』の前では無力だ。
僅かに歯軋りを鳴らし、翼は動いた。
アームドギアを護送車の装甲へと奔らせ、切り落とす。
「…………」
無言でいてそして悲しむような表情を浮かべる無名。
その態度に、憤りを覚える。
きっと何か腹の奥に隠している。だからいつも一歩引いた立場で第三者的語り方を続けている。
だが――だが。
無名の本心はたった一度しか聞いたことが無いッ!!。
拘束具をアームドギアで切り落とし、手を伸ばした。
「来いッ!! 無名!!」
「――はいッ!!」
手を取った無名を外へと連れ出した。
敵が犇めき合う戦場――だった場所に。
イオン臭い鼻に着く鋭い匂いと、焼け焦げる肉の香り。
そこに広がっていたのは圧倒的な君臨者が降り立った光景だった。
「あれは――」
複数着のドローンはすでに墜落しており屑鉄と化していた。
敵は二十数名いた筈だったが、すでに片指の数ほどしか残されておらず装甲車輌の陰に隠れていた。
燻る毛髪の焼けた遺体は敵のものだろう、衣類がぼろぼろに焼け焦げ、地肌には木の根のような赤い模様が浮かび上がっていた。
「ギャハハハハハハッ!! トルに足らないなあ。こっちの世界は!!」
甲高い笑い声に目を向ける。
そこにいたのは青白いシンフォギアを纏った童女。
「
無名は叫び問いかけた。その声が聞こえたのか僅かに顔を向けたデトレフは頬が裂けんばかりに吊り上げて笑う。
「バツだ。悪い子にバツを与えるのは、トウ然だよな。ムメイ!!」
背に背負ったドーナッツ型のリングの内側に向かい無数の電流が迸り雷鳴が轟いた。
ふわりと浮き上がる体、まるで指揮でも取るかのような手つきで装甲車輌に隠れる敵に向かい、唄い放つ。
咄嗟に翼は無名と共に護送車輌に戻る。
《☆Destruction・Draw shot》
無数の雷雨が高速道路に満遍なく落ちる。
耳を引き裂く爆音と体を揺さぶる強烈な振動。
雷電の持ちえるのは莫大な電気的エネルギー。その一撃は一家庭の二十年分の電力消費に匹敵する。
それがたった一度に、一点に放たれたならどうなるか。
その結果は痺れるどうこうというモノではなく、純然な破壊力となって、木でも、ガラスでも、コンクリートですら砕く威力となる。
高速道路に出ていた人間は見る影も無く
車自体も壁に衝突したのではないかと思うほど大きく揺れ動き、天井は赤く白熱していた。
まるで無邪気な子供の虐殺だ。
蟻を無意味に踏み潰す心境と同じように、デトレフはシンフォギアの力を行使している。
危険すぎる。あのような子供にシンフォギアは持たしていい力ではない。
「サスガ電気だッ! サス石稲妻だッ!! 流石オレだぁ!!!」
叫んで己を讃えるデトレフ。無名は護送車より飛び出て問いかけた。
「デトレフ。何故あなたが日本にいるのですか!!」
「サッキも言ったろ、バツだよ。オマエは
「待ってください!!
「オレたちがこの世界にギャラルホルンゲートを開通させたことで、どういうカタチであれレメゲトンは使用不可能な状況に陥る可能性がある。イン果流入、動き出した雪崩は止められない!!」
「ですが、破損する以前に使用できれば――」
「《カットポイント》より離れすぎたオマエはどの道、チョウ罰対象だ!!」
振り下ろす小さな手の平。瞬く雷撃の軌跡が無名の体に向かい落ちる。
死を覚悟する猶予も与えない刹那の時、その雷撃を防ぐ破邪の剣が雷撃と無名を遮った。
巨大化したアームギアが無名の虚像をその刀身に写し出し、空に陣取るデトレフの姿も写す。
「懲罰を行うのは構わないが、お前がこの場で行う権利は持ち得ていない。無名同様にお縄に付いてもらうぞ、
凛とした態度で言い放つ翼は、デトレフに投降を呼びかけるが、返ってきた態度はそれを嘲笑らうような顔だった。
目元を歪め、大きく歯を剥いたデトレフは吠える。
「
背負われたドーナツ型の発電ユニットから電流がほとばしり耳を引き裂かんばかりの雷鳴が鳴り響く。
道路を砕き、街灯の照明を割り、電線をショートさせる。
強力すぎる雷の威力。空を刺し抜ける神速の衝撃が翼に目掛けて落ちる。
シンフォギアを纏っていようとこれだけの威力、只では済まない。
凌ぐには、工夫がいる。
《千ノ落涙》
道路全体に向かい、雹の如く降り注ぐ刃の落涙。
翼に向いていた雷の閃光は、千の刃に軌道を急激に変え直撃する。
「雷は金属の方が伝いやすく、そして高きを流れる!!」
デトレフの足元まで奔り寄った翼は空へと向かい飛び立つ。
頭上に掲げたアームドギアが、太陽の逆光で黒く反射するシルエットとなってデトレフに振り下ろされた。
袈裟懸けに掛けて振り下ろされるアームドギアにデトレフは驚愕の表情を――
――浮かべていなかった。
まるで読み通り、してやったりと言った表情であった。
発電ユニットの中心に向かい無数の電流が収束する、一塊となる莫大な電気的エネルギーが弾けた。
《☆Destruction・Stop shot》
辺り一帯に放たれた熱を伴う放電。
急激な熱の発生に空気が膨張し、人体に――中耳の内の空気が瞬時に外に飛び出た。
パツンッ、と音が鳴り、にわかに静寂が訪れた。
音が消えた。何が起こった? いや、起こされた?。
空中で体勢が保てず、道路に頭から落下してしまう。
脳みそが、視界が揺れる。頭に走る激痛、頭が割れたのか?。
立ち上がることも儘ならず、膝に腕を突き体を持ち上げるが背を伸ばしきる前に、頭は地面に墜落していた。
「――――――」
デトレフが頭上で何かを言っている。しかしその声も翼には音として、声として聞き取ることは出来なかった。
護送車輌から無名が奔り倒れる翼に寄ってくる。
早い、肉体を必要以上に弄くられた結果だろう。しかし、速度に関してはデトレフの雷撃の方が上だ。
遊び半分にデトレフは無名の足元に雷撃を落とした。
爆発する地面に無名は吹き飛ばされながら、翼の元に辿り着く。
「――――――」
何かを叫び掛けているが何を言っているのか聞き取れない。
首を動かし、無名を見るとき、顔に伝う血があった。
それを見たのか無名の顔は凍りついたように歪み、涙が頬を濡らしていた。
手を握ってくる無名の手は暖かかった。
脈拍を感じる、握りを微かにリズムよく開いたり、握ったり。
「っ――」
不意に、手の握りの意味を理解した。
メッセージ。モールス信号の伝言だった。
『コンバーターを私に、共に戦います』
確りとした意思が、悪意なき正義の眼差しが無名の目には宿っていた。
翼は無名の手を握り返す。
『その意思表明に偽りはないな』
『はい』
嘘偽りのない覚悟の決まった眼差しに突き動かされた。
いや、確信があった。
――無名は『悪』ではない。
痛みで震える手で『天叢雲剣』のギアを無名に渡す。
僅かな微笑みを浮かべた無名は両手でギアを握り締めるようにして唄い上げた。
『clitunk amenomurakumo tron』
拘束衣は弾けコンバーターへと収納されてゆく。
身に纏う邪甲の冑。蛇の尾の中で生まれた天へと召抱えられた神器。
無名の心象と合わさり、より鋭くに、より鋭利に、より兇器に。
突き詰められた武の結晶。
無駄なものはその一切を削ぎ落とされ、純粋な武力へと形を変えていた。
誰かが言った――
――極限まで削ぎ落とした体には『鬼』宿る――
その言葉を体現するかのようにプロテクターは体を覆い、頬に装甲を与えその装甲は刺々しい牙が生え揃った頬面だ。
アームドギアは金棒ではないにしろ、その形状はあまりにも禍々しく、恐ろしい形状を取っている。
まるで背骨を剥ぎ取り、それを野太刀へと打ち直したかのような。
身の丈にあまる長さの野太刀。
炯々とぎらつく眼光で無名は翼を見た。
微かに握る手が意思を示した。
『攻撃はしません。破裂した鼓膜を治療します。信じてください』
その真意は分からなかったが、翼は委ねることしかすでに考えはなかった。
小さくうなずいき体を起こした翼。その意思表示に、無名が動いた。
野太刀を担ぎ、翼の顔に野太刀の一閃を浴びせ掛けた。
左耳から左眼球、右眼球から右耳に掛け一閃した野太刀。冷たい感触が確かにあった。
鋭く、そして氷結する冷たさが顔面を貫いた。
(切られた――)
そう思ったがすでに遅い。
顔を切られた翼はその意識が途切れることなく、無名の顔を見ていた。
外れた通信イヤーカフが何かわめき立てている。
切られたのか?。
「聞こえますか? 隊長」
「あ、……ああ」
「驚かせてすいません。天叢雲剣の力で荒いですが治療させていただきました」
無名はいう。
身に纏う聖遺物の力を、その特性を。
「天叢雲剣の唄の特性、それは『繋ぎ合わせる』力です。切り断つ性質である筈の刃の筈ですが、その真反対。対極に位置する性質を叢雲は持ち合わせています」
その言葉で翼は今までの無名の発揮していた力の根源に得心が行った。
共に護送されていた錬金術師の唇が融和していた事、度重なる人体改造の弊害で皮膚が縫合できなくなっている筈の無名の体、そして異常な速度を出す無名の末足。
すべて天叢雲剣の特性、『繋ぎ合わせる』力だったのだ。
錬金術師の口を繋ぎ合わせての云わずとも、縫合できなくなった皮膚を繋ぎ合わせている。
あの末足は足の筋繊維が千切れても、無理やり繋ぎ合わせて実現しているのだろう。
すべてが天叢雲剣の力で成り立っていた究極的な『
「ギアを構えてください。来ます」
「ああ、承知した」
背を預けるように霞の構えを取り、無名は蜻蛉を取っていた。
「テンポを合わせるぞ、着いてこれるか!!」
「勿論!!」
二人同時に駆け出す。
雷撃で粉々に砕けた足場であったが、支障はない。
翼の足並みに無名は合わせていた。
騒ぐ心裡の闘争心、どこまでも高みへと飛べる気かする。
この刃となら、この防人となら。
「
腕を振り雷鳴の指揮を取るデトレフ。
ドーナッツ型の発電ユニットから迸る雷音の甲高い高音と、それを覆す様な超低音。
それらを交互に巧みに操り繰り出される演奏ユニットを必要としない爆音のダブステップミュージック。
体に打ち付ける音の衝撃をものともせず二人は奔る。
翼に目掛けて撃ちだされた雷撃。
無軌道の動きを取っているが確実に、そして神速に翼を爆ぜさせようと空を走る。
無名がその軌道に割り込むように野太刀を割って入れる。
野太刀の刀身がいくつかのパーツに分割し、蛇のようにのたうつ。
街灯に巻き付いた野太刀、その柄を地面に突き刺し雷撃を避ける。
得物を捨てた無名――新たな武装を露にする。
「
腕と背を覆うのプロテクターが剥がれ、腕の形を取っていく。
機械的な腕。戦闘補助アームだった。
調のツインテールを覆うアームのようなものだが、調のように切り裂くだけの一辺倒ではない。
把持、殴打、遠心運動、動作補助と、多岐にわたる機能を備えた補助アームだった。
瞬間的に無名が加速した。無茶苦茶な速度だった。
空気の壁を突き破り、ソニックブームが発生していた。
補助アームの恩恵だ。微細な姿勢制御、空力制御によって最適な姿勢にしているためだ。
飛翔した無名は隠し持っていた五本の小刀で空戦を行った。
雷撃による遠距離攻撃を得意とするデトレフには苦い状況であるが、それをも想定のうちに入れている。
磁気フィールドによる反発力バリアだった。
「トドきもせんな。タカだか棒切れ遊び!!」
無名は微かに笑う。
「電圧を上げる事をお勧めします」
その意味を汲み取れなかったデトレフの顔には疑問の文字が浮かんでいた。
補助アームでの空中停滞をやめた無名が道路に向かい落ちてゆく。
その最中に捕らえた――無名の補助アームに捕まりデトレフに向かい投擲される翼の姿が。
「ナニッ!!」
無名のいう通り電圧を上げ、磁気フィールド反発力を上げようとするが脳の反応速度を上回っていた。
翼と無名、二人がすれ違う最中に無名は翼の足の裏に向け両足で蹴りを撃った。
更なる加速。人の構造から外れた無名の体から放たれる蹴りを推進力に更なる速度へ。
「はああああああああああああッ!!」
振るわれたアームドギア。
デトレフを通過した翼は体を錐揉みさせながら速度を押さえ地面に着地した。
小さな背だった。デトレフの肩が振るえ血が滴り落ちていた。
「オレの……オレの偉大なズ脳をキズ付けたらどうするキだああああッ!!」
憤慨の表情を浮かべ、怒り狂うデトレフ。
奥歯を噛む。
反発力の方がアームドギアの速度を上回った。その結果、刀の軌道がずれてデトレフの額に切り傷を与えた結果となった。
それが災いしたのか、デトレフは怒り、叫び狂っていた。
「シね、シネ、死ねエエエエエッ!! クソ亡霊のクソバエがアアアアアアアアッ!!」
今までに見た雷撃を上回るような放電。
低い唸り声のようなチャージ音が、すでに怪獣の咆哮にも似た大音量の響きとなっていた。
理解できた――これは洒落にならないな。
歯を剥き、血走った目で手を振り上げたデトレフ。
振り下ろす最中、パチンと音が鳴った。指を打ち鳴らす音だった。
その音と共に今までチャージされていた莫大な電力が突如として消え失せる。
「何だ――」
「まさかっ」
無名が真っ青な顔でそれを見ていた。
目線の先にあるものを翼は凝視した。そして捕らえた。
真っ黒な人の形をした黒を。《ブラックシルエット》――ソロモンの指輪の装者、
『暴れすぎですよ。
「ナンで、撃たせてくれないんだよ。ジェーン!!」
ジェーンはヤレヤレと言った風に肩をすくめる動作を見せた。
『あなたに関してはあまり情報を開示したくないんですよね。《E.plan》の重要な要であることを忘れないでください』
その言葉でデトレフはしゅん、と肩を落とした。
パチンと指を打ち鳴らしたジェーン、その直後からデトレフとジェーンの色彩が薄らいでいく。
「待てッ!! 貴様たちの目的は一体何なのだ!!」
翼は叫び問いかけるが、歯牙にも掛けないジェーン。
二人の色合いは最後には空間から失われていた。
誤字脱字報告。感想、意見、要求などはどんどん受け付けます。