「シンフォギア……装者……?」
黄金の剣を携えた女性はうっすらと半開きの目で響と対峙していた。
拳を構え、臨戦態勢を取るが――踏み込めなかった。
呼吸が苦しい。押さえつけられた様に、肺に空気が行き渡らない。睨まれてもいないのに体が竦み上がってしまう。
ただ一言だけ言うのなら、彼女は畏ろしい。
その威圧感。同じ二足歩行をしていることすら失礼に感じてしまうほどに、地に這い蹲っていることが彼女への最大の敬意を表した姿勢と勘違いしてしまいそうなほどの雰囲気。
鳥も囀る事を止め、草花の擦れる音すら聞こえない。
完全な静寂が一帯を支配していた。
彼女は口を開き、云う。
「ガングニール……こちらでは奏が纏っていないのか」
「ッ!」
「ならば僥倖。変に情けは掛けずに済む。あなたは私にとって他人、ただ私たちの目的を邪魔する他人であれば私は遠慮なく斬れる」
彼女は唄った。オペラのような歌を唄い盾を構えて奔り込んで来る。
反応が遅れしまう、そして気圧されてしまう。
まるで見えない無数の手が体中を押してきているような逃げようの無い気迫がある。
尻もちをついてしまう形で倒れこんでしまう響。普通の状態では死に直結してしまうようなことだが、今回ばかりはこれで良かった。
首があった位置に黄金の剣が横薙ぎに振られる。
目を覆う閃光、そして後より来る爆音。
刀身より放たれた黄金の光線が辺りの木々を一切合切なぎ倒していったのだ。
身の毛の弥立つような破壊力、そして威圧力。
こんな攻撃もろに食らったならばいくらシンフォギアを纏っていようと床に叩きつけられた豆腐のような形状に響自身がなってしまう。
足が震えてしまう、おかしい。何かがおかしい。
今までこんな事は無かったのに。何かがおかしい。
さまざまな強敵と対峙し、そして打ち勝ってきた響にこれ以上敵に対して畏れることなど無いと思っていた。
だがこれは畏れると云うよりは、讃仰と云ったほうがいい。
彼女は穢れていない。彼女は正しい。彼女こそが正義に感じる。
見て、聞いて、感じているから分かる。
振り上げた剣が響目掛けて振り下ろされる。
死ぬ――背骨を這い上がる気配に体中が反応してしまう。
今、響の体が自発的に死のうとしている。肺が空気を取り込むのを止めて、消化器系がライブで食べた軽食を消化するのを止め、細胞が代謝するのを止め、心臓が動くのを止めようとしていた。
「響―――ッ!!」
その叫びで響は正気に戻る。
体を左に転がして、振り下ろされる剣を避ける。
光線と刀身が地面を抉り飛ばし、土煙を巻き上げた。
「妙だ。エクスカリバーに何か妙な概念が付与されている……こちらの世界の概念か?」
彼女は己の握る剣に問いかけるように云った。
「どうして、どうして私たちと戦うんですかッ!!」
響は悲鳴のような声で彼女に問いかけた。
何も感じさせない視線が響を見下ろした、体の芯から凍えるような視線が響のすべてを捕らえようとしていた。
だが、倒れるわけにはいかないのだ。
未来を護らないといけない。大切な人を護るためにはこんな冷たさは――
「……へいきへっちゃら」
誰の耳にも届かない小声で呟く。
暫時、彼女は動きを止めた。そして云う。
「私たちの世界のためにお前たちが邪魔なだけだ」
「――え」
「お前たちにも護りたい者がいるのだろう。そこの木の裏に隠れる手弱女をお前は護りたいのだろう、ガングニールの少女」
「それが分かっていてなんで――」
「何でもだッ!! 私たちはすでに取り返しがつかない。だからそれを少しでも見れる結果にする必要がある」
初めて彼女より感情という感情が噴出したようであった。
怒号を吐き散らし、哀しい目をしていた。
その目を見た時、響にはすべてが分かってしまった。
彼女は大切な人を失って、絶望しているのだと。だからそれの埋め合わせのように戦っているのだと。
「話し合いましょう」
「無意味だ」
彼女は強く一歩を踏み出し、驀進する。響の脳天に向かい振り下ろされた剣。
響は彼女の感情に触れた途端に冷静になれた。
彼女は哀しんでいる。哀しんで悲しんで、何もかもに絶望しせめてもの価値を戦いで自分自身に与えようとしている。
そんなの哀しい――――哀しすぎるッ!!
振り下ろされた剣の刀身を拳で白刃取りのように挟み込むようにして受け止めた。
斬戟の余波で地面は捲れ上がり、風圧で木々が悲鳴を上げていた。
全身に圧し掛かる重みで潰されそうになるが、踏みとどまる。響の中で覚悟はすでに決まった。
故にやる事は唯一つ。
「話し合って見せます。必ず――ッ!!」
「自己防衛のアラート……マズい。私たちがここに居ては観客が巻き込まれるッ!!」
「落ち着きなさい翼。観客は今退場指示で出入り口はごった返してる、今私たちが会場を無理に出ればむしろ観客を巻き込みかねないわ」
「ではどうすればいいのだッ!」
「だから落ち着きなさい」
控え室にてマリアと翼は端末に表示された警告表示に身を強張らせていた。
今までにこのような事は一度も無かった。翼に関して言えば旧二課の頃から起きる事の無かった事態だ。
民を護る防人として力を行使してきたが、己を護る剣としての生き方はしてこなかった。
故に焦っていた。何者かに狙われる状態に。
対してマリアは冷静を貫いていた。
それもその筈で、武装組織「フィーネ」にて世界に喧嘩を売った事がある。
そして今回の事態でも凡そ相手の出方の予想がついた。
相手は世界最強といっても過言ではないシンフォギア装者を狙っている。
それは相手にそれ相応の勝算があると踏んでいる。もしくは今マリアたちを狙う者たちを使い潰し、背後の人間が別の何かを狙っていると考えるのが普通だろう。そしてその二つともある種のプロパガンダ的目的があるのだろう。
後者の方が敵の考えとしてあり得る。シンフォギアに対抗し得る力があるとすれば錬金術であるが、そう無数にパヴァリアの幹部クラスのような錬金術師はいないだろう。
となれば中堅のものたちが出向くのが道理である。しかしそうなれば私たちを狙うより観客やライブ中に強襲を掛けた方が合理的だろう。
本当に嫌な考えが頭にチラつく。
「会場に行きましょう。観客の退場はもう済んでいる筈だし、あそこの方が私たちにとっても戦いやすい」
「……ああ」
すれ違うスタッフたちに会場より避難するように伝達しながら会場に到着した。
伽藍とした座席群のなかでたった二つだけ埋まっていた。
一人は鬼の頬面をつけた少女で目を見開き瞬きを忘れたように炯々と輝かせていた。
もう一人は更に奇怪だった。
全身を覆う黄金一色の鎧はまるで太陽のように光り輝きながら、無数のピアスが耳を飾っていた。
二人とも顔つきから肌の色を見るかぎりではアジア人であった。
「――マリア」
「ええ、お客様よ。観客にも目もくれないで真っ直ぐ私たちのとこに来るなんて」
頬面の少女は別として、黄金の鎧を着た少女に限っては一瞬で理解できる。
――あの鎧は
黄金の鎧の少女は口を開いた。
「風鳴隊長、マリア隊長。息災で何よりでございます」
「――隊長?」
「我らが司令
黄金の鎧の少女は隣に座る頬面の少女の首筋に銃方の注射器で薬品を投薬した。
決して体にいい薬で無い事は打った瞬間に少女の表情を見れば分かった。
頬面の隙間より垂れる唾液、白目に浮き上がった真っ赤な血管。遠巻きからでも体に受け入れてはいけないものだと。
頬面の少女は唄った。
『clitunk amenomurakumo tron』
少女の姿は閃光にて覆い隠され、それに変化していた。
どす黒い赤のシンフォギアだった。プロテクターの継ぎ目の端々は鋭利な形状をしており攻撃的な印象を与えた。そして背より担ぐアームドギアは更に相手を威圧していた。
身長を軽く超える長さの野太刀。
長巻の柄に刃の峰には無数の反しのような突起が並んでいた。
その野太刀はまるで背骨を剥ぎ取り刃物へと打ち直したような禍々しい威圧感を放っていた。
「無名、推して参る」
無名と名乗った少女が居た座席が炸裂する。
刹那の間にバンバンバン、と三度座席が爆発してそれが目の前に現れた。
頭上に高々と構えられた野太刀、目で押されるような鬼気迫る気迫。
口より発せられた叫びで、耳は潰され。気圧された体は動くことを封じられたように竦み上がっていた。
先んじて動いたのは翼だった。
マリアを護るように突き飛ばし、大上段より振り下ろされる一ノ太刀を回避した。
「翼、ありがとう」
「……手強いぞマリア」
「ええ、あんな声で、野獣の叫びのような声で迫られるなんて」
「示現流だ」
「え?」
軍歌を唄いながら無名は野太刀を担ぎ、体勢を低く、まるでスタートダッシュを決めるランナーのような姿勢を取っていた。
「マリア、聖詠だッ!」
「ええ」
二人は唄った。その歌声に乗せ力を顕現する。
『Imyuteus amenohabakiri tron』
『Seilien coffin airget-lamh tron』
蒼鉄と白銀のプロテクターが彼女たちの身をタイトに固めた。
翼は剣を構え、マリアは小剣を構えた。
「マリア、そちらの金色を頼めるか」
「もちろんよ。翼はそっちの子を頼めるかしら、私って駆けっこは苦手なの」
背中合わせで身元不明のシンフォギア装者たちと対峙する。
マリアは黄金の鎧の少女に向かい走り出した。翼はその場を動かず、無名を向かい討つ姿勢だった。
無名は翔ける。人間ばなれの脚力とその芸当、無名は翼の目の前で『空気』を蹴ったのだ。
空間を翔け、そして振り下ろされる野太刀の一撃。
刃で応じよう。しかし、その判断は誤りであった。
甲高い金属同士の衝突する音が会場に響き、柳の葉のように火花が舞い散った。
受け流し、背に回り、首筋を峰にて殴打しケリを着ける。
そう戦況の流れを予測し実行しようとしていたが、異常事態に更なる異常事態が重なった。
「ッ!?」
翼の持つ剣、その中間ほどに無名の振るう野太刀の刃が突き刺さっていた。
ありえない。アームドギアが破損するほどのフォニックゲンの低下も、相手の上昇もない。
なのに――天羽々斬が欠けた。
咄嗟にアームドギアを収納し、その場から離脱した。
爆音と共にステージの床は断ち割られ、電気配線が青白い電流を放出していた。
「天羽々斬が――毀れたッ!」
「翼ッ!」
マリアは名前を呼び叱咤激励しようとするが、それが精一杯だった。
黄金の鎧の少女はまるで猪のようなスタイルなのだ。攻めれば防がず、守れば不思議な体術にて身を打たれた。
響のような中国武術とはまた違う。何よりマリアが苦戦を強いられる理由は、そのおかしな
攻撃を攻撃とも感じていないような、蚊に刺されなんて優しい表現では表せれない。
いうなれば埃が肌に当たったぐらいの、反応しか返ってこなかった。
黄金の鎧の部分以外、覆い隠されてない顔の部分を攻撃したとしても結果は同じだった。
「クッ! これならどうッ!」
小剣を蛇腹剣に可変させ少女の足を絡め取る。
力任せに投げ飛ばす。少女は観客席に突っ込み土煙を上げながら転がったが、それでも意味はなかった。
これだけの攻撃、これだけの攻防で。
――黄金の鎧には掠り傷どころか汚れた跡もついていなかった。
まるで人形のような代わり映えのない表情で、黄金の鎧の少女は立ち上がる。
瞬きも忘れた無名は再度、野太刀を担ぎ翼を補足していた。
背中合わせに翼とマリアは敵を捕らえていたが、勝機が現状では見えなかった。
「撤退も視野に入れておいて翼」
「歯痒いが、致し方ない」
無名と黄金の鎧の少女が一斉に襲い掛かった。
「ッチ、クッソ。なんで……こんな時にッ!!」
警備にステファンたちを預けライブ会場へと走っていたクリス。
人ごみを避けるようにすでに廃街と成り果てた小さな街を迂回しながら向かっていた。
装者が狙われることなんてそうそうない。
それこそオートスコアラーのようにただ戦闘を目的としているのなら話は別だが。
因縁の国で因縁を断ち切った筈なのに、こんな時限っていつも香ってくる戦場の香り。
血と汗と土の交じり合った香り、あちこちで咽返るような黒煙の香りが漂ってくるようだった。
クリスは臨戦体勢に入り唄った。
『Killter Ichaival tron』
色鮮やかな赤い色のシンフォギア。両手に拳銃形状のアームドギアを握り締めて駆けた。
「どこへ急ぐんだい? クリス?」
不意に問い掛ける声が聞こえた。足を止め銃口を向けた。
廃墟の中より現れたのは、真っ赤な、燃えるような赤毛の女性だった。
狼の毛皮の肩掛け、防寒着のように分厚いズボンに胸元には晒が巻かれていた。
そして首に下げていたペンダントは見間違うわけがなかった。
「あんたがあたし達を狙う敵か」
「……ああ。許せよクリス」
「ケッ、馴れ馴れしいんだよアンタは!」
引鉄に指を掛けた。
それに合わせて彼女は唄った。
『Shboourned raku sun tron』
太陽のように輝きを放ち、そして肌を焼くような熱風が彼女を中心に街中を焼いた。
目も開けられないほどの熱波が弱まって彼女を見た。
しかしその場にはいない。
体中に張り付く熱気。まるで真夏の太陽のようにじりじりと肌を焼くような熱気。
いや、これは熱気ではない。これは――
クリスはその場から飛び退いた。
その瞬間にクリスがいた場所に弓矢が三本、心臓、首筋、脳天の三箇所を狙ったモノが地面を穿つ。
そしてその地面を射抜いた矢は爆発したのかと思ってしまうくらいの着弾と同時に炎を巻上げた。
廃ビルに飛び込み、割れた窓よりアームドギアを突き出す。
アームドギアを変化させ、出来うる限り超遠距離射撃を可能とする武器に変える。
バイザーが目元へと下り、ヘットギアを通してスコープとなる。
街中を見回した。そして発見する。
「……見つけた」
一際大きな廃墟の屋上。そのど真ん中に立っていた女。
赤と青のコントラストが特徴的なシンフォギア。両手に握るアームドギアは四本の刃が付け加えられた大型の真紅の弓。
「ヘッ! イチイバルの二番煎じが。これでも喰らいなッ!!」
スナイパーライフル型のアームドギアの引鉄に指を掛け、引いた。
記憶が軋む、心を殺す。あれを人とは思ってはいけない。
思ってしまったら私はきっと引き金を引く事は出来ない。
だからあれは人ではない。人の形をした、血と同じ色をした液の詰まったゼラチン人形だ。
銃声が一発。弾丸が女の額に潜り込んだ。
終わった。そう思った時最悪が起きる。
街に灯った真っ赤な光。轟音と熱風が街をなぎ倒し、地面は地鳴りのような音を立てて震える。
「いったいなんだってんだッ! モアブでも落ちたのかッ!!」
灼熱に包まれた街で、土煙で咽るクリスは廃ビルからでた。
運が良かったのかそこから出た瞬間に廃ビルは先ほどの衝撃に耐えられなかったのか倒壊した。
そして気づく。夜のはずだったのに、今はおかしいほどに明るい事に。
天を仰いだ。そしてそれが逢った。
燦々と輝く太陽が、その中心で弓を構えた女の姿が。
「あたしを殺してくれるかい。クリス」
「良かった。調さんと切歌さんと運よく合流できて」
調、切歌は運よく緒川と合流しS.O.N.G.本部潜水艦に車を走らせていた。
マリアたちの元に向かっていた最中に発令された自己防衛アラート。年端もいかない少女たちには余りにも恐ろしい。それを察していたのか緒川は逸早くこの二人を保護したのだ。
「マリアたちは大丈夫なのデスか?」
「響さんやクリス先輩は……」
「大丈夫とは言いきれません。衛星の映像からですが、誰もが交戦中と思われます……」
緒川の一言で嫌な沈黙が包んだ。緒川も司令部に居合わせたからこそ『あれ』を見ていた。
そして今彼女たちが交戦している者たちが自分たちと同じシンフォギア装者であるということを。
沈みがちな表情に、緒川は笑って言う。
「大丈夫ですよ。皆さんは一騎当千の人たちです、だからフロンティア事変も魔法少女事変だって生き延びたんです」
「そうですよね」
「そうデス。そうデスッ!! 皆がこんな事で倒れるわけある訳ないデス!」
バルベルデの舗装されていない悪路で揺られる。ここのまま真っ直ぐ走れば港だった。
しかし『彼女ら』はそれを許しはしなかった。
矢庭に落ちてきた落雷。耳を劈く稲妻の雷鳴。
道の脇の大きな木に落ち、落雷の衝撃で木は粉砕され、火を上げていた。
メキメキと音を立てて道を塞いだ木が三人の行く先を閉ざす。
そして辺りに響き渡った声があった。
「ギャハハハハハハハハハハッ!! ヤケにチビこいのが来たな。エエ? ソウ者さんよう!」
空中に浮遊しているそれは大声で叫んだ。
青白い色合いのシンフォギア。
背には大きなドーナッツ型円盤が背負われ、その円盤より無数の電気が迸っていた。
それを纏う少女というより童女は、満面の笑みを浮かべ、キラキラとした眼差しで三人を見下ろしていた。
「――シンフォギア」
「そこをどくデス!」
調たちは叫んだ。しかし童女は笑い飛ばす。
「ギャハハ。オツムが弱い馬鹿たちだ。イキたきゃあたしを倒せば良いだろう」
童女のシンフォギアから放たれる電流の音に合わせたダブステップ。
激しい重低音の旋律に合わせて打ち出される雷撃の嵐。
辺りの木々を悉く粉砕し焼き払い、ついに車しか残らない状況になっていた。
「調ッ!! 唄うデス」
「うん!! 緒川さんは逃げて」
緒川は彼女たちの指示に素直に従う。
彼女たちは唄った。
『Zeios igalima raizen tron』
『Various shul shagana tron』
ピンクと緑の刃のシンフォギアを纏って彼女たちは対峙する。
彼女たちの唄を掻き消すかのような大音量のダブステップミュージックに合わせ、次々と落とされる雷撃の嵐。
駆け雷撃より逃げるが、雷は無限の軌道を知っていた。
目に捉えればすでに雷は切歌、調に直撃していた。
全身に奔る衝撃。体中の血が湧き立つ、腹の中から熱い熱気が吹き上がる。
全身の水分が沸騰し、脳みそが破裂してしまいそうだった。
だがしかしこれでも雷撃の威力はシンフォギアのお陰で幾分か軽減されているのだ。
状況からして圧倒的に不利な二人。
童女ははじめより頭上にいて、そして二人は地上しかも飛ぶことが出来ない。
その上相手は神速の雷撃による遠距離攻撃だ。
だがそうだとしても諦めるわけにはいかなかった。
「これでも食らうデスッ!」
先行したのは切歌だった。
鎌のアームドギアは巨大化しジェット噴射を行った。
振り上げられる鎌の一撃。しかし儚い反撃であった。
鎌は童女の手前一メートルのところで奇妙な軌道を描き逸れていった。
「なんデスとォッ!」
「切ちゃんッ!」
切歌の攻撃が大きく逸れて大きな隙。それを埋めるように調の遠距離からの攻撃。
しかしそれも逸れる。不可解なまでに歪められた軌道に困惑の顔をする二人に童女は言う。
「ジ力の違いも分からないか? エヌとNがくっ付かないのはエン児にだって分かるッ!!」
童女のシンフォギアが眩いばかりの光を放しはじめる。
静電のうねりが当たりに響き、車のライトはエンジンも掛かっていないのに光り始めた。
「モウ飽きた。コレで終わらせよう」
光が弾けた。
「オレの雷は地球をクダくッ!」
光線が木々を薙ぎ払い辺りがよく見えた。
振るわれる剣を紙一重で捌き避ける響の目に恐怖心はすでに宿っていなかった。
「なぜだ」
彼女は呟いた。
「なぜそのような目をする。なぜ奏と同じ目をするのだッ!!」
「奏さんとは同じ目をしてはいませんッ!! 同じに感じるのはあなたの心が哀しがってるからですッ!!」
左首筋に向かい振られる剣を手の甲で弾く。
尽かさず左より突きにでた盾を弾き落とす、両腕が右に偏り、その機を逃さない。
一歩強く踏み込む。右腕のハンマーパーツを瞬時に引き上げ彼女の腹部に拳を叩き込んだ。
「この拳……なかなか。しかし――これならばッ!!」
振り上げた黄金の剣が天へと放った光線。
力強く叫び、横薙ぎに振り木々のすべてをなぎ倒す。
《 Night;caliber 》
一振りの一閃が森を吹き飛ばす。
「未来ッ!!」
響は叫び、陽だまりに奔った。
響はまだしも、木の陰に隠れていた未来に関してはこの一撃は致命的だった。
木霊した未来の悲鳴。メキメキと倒れる木々に足を挟まれ身動きが取れなくなっていた。
戦うことも放棄して未来を助けるために背を向けた。
「未来ッ! 今助け――」
「助けなどいらない。お前の首を撥ねて、その娘も……」
首筋に黄金の剣を突き立てた女の言葉が途切れた。
「なぜ、なぜなんだ。世界というのは、なぜ私たちを常に突き放すっ―――」
震えた声で女は嘆いた。
後ろを向いていた響には分からなかったが。
未来はその顔を確りと見ていた。いや、その顔で未来の顔を見ていた。
ひどく哀しく、悲痛な表情で未来を見ていた。
『そこまでにしましょう、
軽い声で女に話しかける声があった。
ほんの一瞬、女の、ジルと呼ばれた女の意識が途切れたようであった。
響は振り向きざまに発勁を打ち込んだ。しかしジルも伊達ではなく、その途切れた意識をすぐに繋ぎとめ盾にて防ぐ。
それの近くまで飛ばされたジル。響は目を疑った。
人の形の暗黒がそこにいた。
辺りが暗いから表情や体が見えにくいとかそう言ったレベルではなく、真っ黒のシルエットでそれが佇んでいた。
『おやおや、こちらの世界のオリジナルですか。ガングニール――天羽奏は纏えませんでしたか』
「そんな事はどうでもいい。何をしに来た、ソロモン」
『その名前はもう捨てましたよエクスカリバー? もう私たちはネームレス、名無しの権兵衛なんですから』
ジルは苛立っている様で徐に《黒》の首に黄金の剣を振った。
「何をしに来たと聞いている」
『――地表面の変化はこちらと変わりわないわ。次元境界面変数の揺らぎから見ても『バビロニアの宝物庫』は存在している』
急に《黒》の口調が変わり、おちゃらけた口調から理性的で論理的な口調に変化した。
響も、未来も状況が理解出来なかった。
これは一体何なのか。
ソロモン、エクスカリバー、次元境界面変数、さまざまな新単語を聞き、体も脳もショート寸前だった。
『レメゲトンの捜索に入るわ。
「……了解した」
《黒》薄らぎそして消える。
鞘に剣を戻したジルは背を向けた。
「待ってくださいッ!」
「待たない。……待ちたくない」
響の目にはその背中がひどく小さく見えた。
あれだけ大きく暴風雨のような強さを持っていながら、その背中が哀しすぎた。
「もう、
ジルの姿は《黒》と同じように色合いを失い消えていった。
誤字脱字報告。感想、意見、要求などはどんどん受け付けます。