「う……うぅ」
うめき声を上げながら響は目を覚ました。
間接照明が淡く光りながら辺りを照らし、寝ている暖かなベットは天蓋まで付いている。
首を回し辺りを見渡せば目が飛び出そうなほど豪華な部屋で、窓の外には煌びやかに光る観覧車と、美しい摩天楼が広がっていた。
「目が覚めたかしら」
穏やかな声が聞こえた。
ゆったりとした服にショール姿のジルだった。ジルの雰囲気は今まで纏ってた刺々しい感じはなく、むしろ優しげな、お祖母ちゃんを思わせる柔らかで大らかな雰囲気だった。
両手に持ったシルバートレーには二つのティーカップが乗せられており、そこから微かに湯気が漂っていた。
体を起こすが、背中が痛んだ。
「暴れないでね。今は争う気は無い」
ベットの横に置かれていた椅子に座ったジルはティーカップを響に差し出した。
さらりと流れる金髪からふわりと香るラベンダーの香り。三つ編みにした髪型が本来の彼女なのだろう。
「飲みなさい。毒なんて入ってない」
「は、はい……」
豪華な部屋、静かすぎる部屋。
外からは僅かに喧騒が聞こえ、その話す言葉が英語である事から海外である事が分かった。
車の行きかう音も聞こる。ここは街の中である。
「あ、あのジルさん。ここは――」
「ロンドンよ。テムズ川に面したホテル、そしてあなたは無謀な行為をして自ら傷ついて私が預からせてもらったわ」
ティーカップに口を付けて静かに飲んでいたジルが答えた。
カップを置き、響を見据えて聞いてくる。
「聞かせて頂戴。どうしてあなたはあの時、私と小日向未来の争いに割っては入ったの」
「それは――」
吸い込まれそうな碧眼の瞳。何もかも喋ってしまいそうな綺麗で淀みない瞳。
ティーカップに視線を落として、黙りこくってしまう。
紅茶の赤色が照明の色合いによって血のように赤く見える。
その瞬間にあのときの感覚がすべて思い出される。
未来の見たくなかった姿、それに失望してしまった私、そして背を掻き切られた感覚、そのすべてが。
震えそうな手を押し込んだ。
「は、ははは。み、ミルク頂けますか? このままだと苦くて……」
ぽかんとした顔を僅か内だが浮かべたジル、そしてくすくす鈴の音のような笑い声で笑った。
「ふふ、ええそうね。日本人は紅茶にミルクが入るのよね」
優しげな表情で響のカップにミルクを注いだジル。
それをほんの少し飲んだ響は、ジルの問いに答えた。
「未来に人を傷つけて欲しくなかったんです。それと人が傷つくところを見たくなかったんです」
「私は率先してあなた達を傷つけたわ。それなのに?」
「はい。人が傷つくところを見るのは嫌です。それ以上に人を傷つけるのはもっと嫌です」
ジルは少しだけ紅茶に口をつけた。
「……歪んでるのね。人は人を傷つけるように設計された
ジルの言葉遊びに響は付いていけてなかったが、意図している意味は理解できる。
「たとえ振り払われても、何度でも手を取り合える。壊すばかりの手だけど……繋ぎ合うことも出来ます」
ジルはティーカップを置いて立ち上がった。
静かで穏やかな目で響を見下ろしていた。頬に掛かった髪を指先で流して微笑んだ。
「分かったわ。あなたは歪んでいるんじゃない、『
響は一週間ほどホテルのベットの上で拘束された治療生活を強いられていた。
しかし拘束力はまるでない。ジルからは午後二時ぐらいに医者がこの部屋に訪問してくるからその診断を確りと受けるようにとしか言われず、部屋の出入りは何も言われなかった。
実際ジルがこの部屋に入る時間帯に部屋を出て見ればなんとも言われず、「久しぶりの外はどうだった?」位の感想を聴かれる始末。
部屋を出たと入ってもホテルの敷地内からは出ておらず、というより異国の地で言葉も通じず迷子になるのも大変であり一歩踏み出せずに入るだけなのだが、だとしてもホテルの中を散々見て回った。
今、響の居るホテルは相当
エントランスは広々としており、床は大理石ではないだろうか。入り口の左手にはコンシェルジュスタッフが常駐しており、英語の拙い響に合わせて日本語で対応してくれた。
そして響の宿泊している部屋は最上階のロイヤルスイートで、一泊に二百五十万もする部屋である事が分かった。
あまりの絢爛豪華さに卒倒しそうになりながら部屋へと戻ってベットに突っ伏した。
「せ、世界が違う……」
「そうかしら。私にはこれが普通よ」
ジルは化粧台の前で髪を漉きながらそう答えた。
きっと平民階級の響とはまったく違う生活をしてきたのだろう。
一週間、寝食を共にしてきてジルの教養の高さと気品さに圧倒されっぱなしだった。
ホテルのレストランは本格フレンチで、カトラリーの扱い方から、食事作法。
礼節から何から何まで最高峰。まるで王室の一員にでもなったようだった。
軽い薄化粧を施したジルは、響の背をなぞった。
微かに痛みは走ったが、処置が良かったのかほぼ完治に近い状態になっていた。
「いつまでもここで腐っても体が鈍るでしょう? イギリスははじめてかしら?」
「海外は任務以外で行った事は無いです」
「そう。じゃあロンドン観光をする気はある?」
「え? えええええッ!! 良いんですか! 私捕虜ですよ」
その発言にきょとんとしたジル。そして笑った。
「こんなに豪華な待遇を受ける虜囚はいないわ。あなたは小日向未来を庇って傷を負った、そして治療と観光は傷を負わせたお詫びって事に出来ないかしら?」
差し伸べられた手は白く透き通っていた。
響は戸惑ってしまう。四度大きな戦いを経て、三度手を振り払われてきた。
自ら手を差し伸べた事は幾度もあったが、相手から手を伸ばされた事は無かった。
躊躇う響はゆっくりと手を取った。
優しく目を細めて微笑んだジルは響の手を引いてホテルを出る。
「あなたの服を新調しましょう。今の時期は冷え込むわ、薄着のようだしいい頃合よ」
そう言って連れてこられたのは、かなり高級な婦人服屋であった。
ロンドンの街並みを堪能する暇も無いくらいに真っ直ぐ連れてこられ、あれやこれやと見繕われる。
40デニールの黒のタイツにホットパンツ、小洒落たボーダービッグロングTシャツと黄色ダウンのジャンバー。
総額で五十万程の衣服をキャッシュで買い与えられた。
「ジルさん! こ、こんな高い服買っても私お金返せませんよ!」
「いいのよ。私の善意、って事にしておいてくれないかしら?」
ジルはそう言ってタクシーを捕まえる。
丸め込まれている感が否めない響は戦々恐々としながらジルに着いて行くしかなかった。
大英博物館に向かいロゼッタストーンやパルテノン神殿の彫刻など歴史の教科書に載っているモノたちを思う存分鑑賞し、セントマーティンインザフィールズ教会で行われていた演奏会に運よく当たり荘厳なオーケストラを聴きランチを楽しんだ。
ロンドンアイの大観覧車を乗り、セントジェームズパークを散策し、セントポール大聖堂の礼拝に参加してみたりした。
響は片手にフィッシュアンドチップスを持ち摘みながらザ・マルと呼ばれる大きな道をジルと歩いた。
「おっきな道ですねここ」
「そうよ。何せこの道は王様の道だからよ」
「王様の道?」
「王道、国を統べる人間のための道。イギリス王室の邸宅がこの先にあるわ、バッキンガム宮殿って聞いたこと無いかしら?」
「バッキンガム? ……ああ! あのバッキンガム!」
あのバッキンガムと言ってはいるが実際のところどういった外観で、どう言った物なのかは分かっていない響であった。
適当な返事であるがジルは生き生きとしていて、まるで懐かしむような目でザ・マルの風景を見ていた。
「私はよくここを息子と歩いたわ。小さなあの子の手を引いて、夫と一緒に」
「夫と――ええ! ジルさんって結婚していたんですか!!」
「そうよ。見えなかった?」
そう言ってジルは響の顔を覗き怪しげに微笑んだ。
艶やかで妖艶な微笑みは同性であってもドッキっとさせるだけの威力があった。
麗しい若々しい外見だ。二十歳後半の大人真っ盛りと言ったように見えた。
だがジルは結婚していると言っている。結婚年齢としては適正だが、息子が歩けると考えれば四~五歳くらいか。
となれば二十五歳と考え、五を引く、二十歳で腹を痛めたと考えると懐妊したのはもっと前となる。
「ジルさんって一体何歳なんですか?」
「………ふふ、秘密」
ジルは紙ナプキンで響の口に付いたタルタルソースを拭き取った。
宮殿に到着し
「すいません。ここより先は――」
「沈黙せよ。そして従いなさい、王の帰還なるぞ――」
響の耳には届かなかったが、その声を聴いた衛兵の目から輝きが失われる。
存分に石碑を堪能した響がジルに駆け寄った頃には衛兵は宮殿の裏口を空けていた。
「行きましょう」
「え? でもジルさん、ここのパンフレットには夏期だけしか宮殿内は公開されないって」
「さあ、私たちは特別ゲスト何じゃないかしら? いいじゃない。入れてくれるんだから」
そう言ってジルは宮殿の中とは入って行く。
不安を抱えたまま響はジルの後に続くしかなった。
すれ違う衛兵や給仕の人々は一瞬驚いた表情をみな浮かべるが、ジルの視線や一瞬だけ発せられる言葉によって黙り込んでもとの仕事に戻って行く。
明らかに異常だった。ありえないことが起こっている。
そう感じ取れた。
ジルの背中は大きく、そして人を近づけないような雰囲気を醸し出していたが響は聞く。
「ジルさん。何をしようとしてるんですか」
「調べ物よ。大英博物館にも、自然史博物館にも無かった。ロンドン各所の
響はそれを聞いて、気づく。
鬼気迫るような気迫のジルに響は意を決して聞いた。
「
ジルの足取りが止まり振り替える。
今まで醸していた優しい雰囲気が消し飛んでいた。
目を見開き、誰も彼もを射抜く眼差しが響を捕らえていた。
恐ろしい――おかしな位、畏ろしい。
足が震えてしまう。血の気が引いて、真っ青な顔で冷や汗をかいてしまう。
その様子にジルは気づいたのか、雰囲気を軟化させる。
途端にジルの纏っていた畏れが消えうせた。
「ごめんなさい。ギアの特性なの」
「特性?」
ジルは足を動かしながら話す。
「私のギアは特別性。三つの聖遺物を掛け合わせて作れた、スリーシナジズムっていわれる製法で作られた物。通常のギアには一つの聖遺物しか使われないけど、エクスカリバーは破損が酷くそれ単体ではギアに出来なかった。それの補完のために、魔法の鞘とガラハドの聖血十字架の白盾が補完に使われた」
「ギアに三つの聖遺物って……」
「無茶が過ぎてるわよね。その無茶の結果で纏っても居ない状態でその性質が漏れ出ているの――イングランド王アーサーが何でこの国を治める事が出来たのか、農民出身の凡人が。それは聖遺物の
ジルは一幕空けて言う。
「尋常じゃないカリスマ性だったのよ、アーサー王がこの国を統べれたのは。カリスマは人を従わせる、民衆をひきつけ心酔させる力よ。たとえその人物の出生や見た目、知能なんて物も関係ない、人心掌握の力だったの。その力が同じ伝説の聖遺物によってブーストされたせいで私が目的に走っているうちは誰も畏れさせる。――でもやっぱり同じ装者には効き目が薄いのかしら」
ジルはどこか嬉しそうに笑った。
響が、装者が自分に従わないことがどれだけ嬉しいことか。
人間は他人を手足のように使うことが出来ない、何せ他人なのだから。
他人を完全に理解できる人間はこの世に存在しない。何せ『バラルの呪詛』が人間の相互理解を阻んでいるからだ。
しかしジルの場合は違う。エクスカリバーによってもたらされる絶対的なカリスマ性で人を従わせてしまう――自分の手足のように使えてしまうのだ。
それは他の人間とは違う種となっているのと錯覚してしまいそうだった。
他人を手足のように使うことが出来るのは最早人間ではない――人間を作った神の所業だ。
「人は人を操るべきではない。『バラルの呪詛』があるから人間は『個体』になれるのよ。私はただの人間ならエクスカリバーの特性で操れてしまう。だから哀しいのよ」
「でも、ジルさんは人間です。犬でも猫でもない、ましてや化け物でもない人間です」
「……あなたみないな『
女王の執務室に付いたジルはデスクに向かい端末を開いた。
響は黙って部屋の片隅に居ることしか出来なかった。
唄ったところでジルに制圧されるのは目に見えていた、なにより「場所」が邪魔をする。
ここは言うなればイギリスの中心だ。そこで戦闘をすればS.O.N.G.の立場が危うくなるのは頭の足りない響でも容易に想像は付いた。
穏便に事を済ませるには、敵に塩を送る事になるが
「……その
ジルは一瞬だけこちらを見たが端末画面にすぐに目を戻した。
「なぜそんな事を訊くの?
「お手伝いできないかなーって、えへへへ……」
真面目な
それに耐えかねた響は言う。
「私たちは分かりあえます。こっちの世界はあげられませんけど、こっちと共生する事はできますよ」
「出来ないわ。人間は後から来るモノに冷徹になるものなのよ。言ったでしょう、人間はクリーチャーなのよ」
「でも――」
「少し黙ってくれるかしら。気が散るわ」
長い間ジルは端末に向かい続け、指を動かし続けた。しかし一向に
響は響で部屋より出る事は出来ず有り余った時間、部屋を散策する時間に費やし、出来る限り物には触らないようにしていたがそれも限界に達してあらゆる場所を触って回った。
「おかしいわ。有るはずよ、有る筈なのよ。
頭を抱え、机に突っ伏すジル。
響は後ろから端末を覗き込んだ。端末の接続端子にはジルの世界から持ってきたであろう記録媒体が刺さっており、その内情報が端末画面に映し出されていた。
それは一つの聖遺物の画像。因縁ある聖遺物画像だった。
それは一瞬だが弓にも見えるが、よくよく見れば杖である事が分かる。
既視感そして確信に変わる。
忘れるはずも無い。あらゆる事に係わってきた聖遺物。
ルナアタックもフロンティア事変にも係わった災厄で最悪な、最後には最高の働きを見せた完全聖遺物の姿。
「
XDを初プレイをし、アニマルガチャで奏で狙いの十連でアニマル奏を三体引きした私は運がいいのだろうか? それともこれが普通なのだろうか?
誤字脱字報告。感想、意見、要求などはどんどん受け付けます。