Sacredwar 装者並行世界大戦   作:我楽娯兵

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冷たい心、解かす光

 冷たく、寒く、凍えそうだった。

 暗く、太陽を失った居場所は翳るばかり。

 未来はジルとの空中戦の後にドーバー海峡に着水し、そのまま潮に流されイギリスへと辿り着いた。

 衣服も濡れ、寒く凍えていた最中にスコットランドヤードの偉い方々が直々に未来を迎えに着た。

 S.O.N.G.がヤードに働き掛け、未来の保護申請を通したというのだ。

 凍えた服も真新しい冬服がS.O.N.G.の諸経費から購入された物が届き、宿泊先も手配されていた。

 ドーバーの海は体の芯がポッキリ折れてしまいそうなほど凍らせてくる冷たさだったが、今はその冷たさも体は忘れている。

 だが、心は凍りついたままだった。

 

「……響」

 

 陽だまりは太陽があるからこそ陽だまりでいられる。

 太陽は今彼女を照らすことはない。故に、今の彼女は輝きの失われた暗がりでしかなかった。

 ホテルの一室でベットに座り込んで、天井を見つめ上の空。

 未来の首より下げられたペンダントが部屋の照明に鈍く輝く。

 神獣鏡のギア――響を護る為に身に着けたはずの力。

 なのに、なのに。

 暗く、暗く、真っ暗な翳が未来を被い包み絡めとる。

 響の傷ついた姿。血を背中から吹き上げ、天使の翼のように空へと舞い上がらんばかりの勢いで体から逃げ出していた。

 あの紅い、ルビーのように赤い血を一滴でも響の体に押し戻さなければ彼女は死んでしまう。

 と同時になぜ彼女が赤い羽根を生やしたのかという考えに囚われる。

 取り戻す事と、それの原因。その二つの考えが頭の中でグルグルと大きな渦を巻きながら肥大化し、その原因を突き止めたとき、ある一つの考えに行き着いていた。

 

 ――私は死んでもいいから、こんな事をする酷い人を殺してやりたい――

 

 自分自身の死と引き換えに、他人の死を望む。

 あまりにも壊滅的で、そしてあまりにも自己中心的な考えだった。

 そんな考え自制が効く筈なのに、あの時は効かなかった。

 まるで背中を後押しするように全身に纏うモノから破滅願望が流れ込んできたのだ。

 未来という意識の城が、真っ黒な波で雪がれ、砂の城の様に瓦解していくようだった。

 助けたかった筈なのに、助ける事なのどうでもよくなっていた。

 ただ共に死ぬ相手を求めて全霊でその相手を作ろうとしていた。

 両手で自分の体を抱いて震えていた。

 怖かった。

 相手もそうだが、あんな考えにとり憑かれていた発想が怖かった。

 何で死でもいいの? 死んでいい分けない。

 響を傷つける人だから? 響は話し合おうとしていた。

 敵意を向けるから? 手を振り払ったのは私じゃない。

 

「私の馬鹿――」

 

 彼女(ジル)には彼女(ジル)の事情があった。

 事情があるから、こちらの世界に来て刃を向けてきたのだ。

 それだけで手を振り払っていたら、誰も彼もが憎み合うだけだ。

 響は違った。

 響は誰であろうと分かろうとした。どんな事情でも、どんな過去でも、相手に歩み寄って分かろうとした。話し合おうとした。

 なのに私はその邪魔をした。理解を拒もうとしたのだ。

 他人がまったく別の生物に見えた。あの瞬間に醜悪な何かに見えた。

 手に収まった響の考えは分かるのに、他の者の考えが分からなかった。

 そして今も――。

 S.O.N.G.の支給端末から電話の通知が鳴る。

 画面に表示された名前は風鳴弦十朗だった。

 

「はい、小日向です」

 

『イギリス渡英中の第一種戦闘任務ご苦労であった。未来くん、体調の方は大丈夫か』

 

「はい、体調は……」

 

 そう体の具合はいいのだ。しかし心の具合は悪い。

 冷たくポッカリと空いた穴が心臓を凍え尽くしていた。

 未来の声色を察したのか弦十朗は報告する。

 

『響くんの端末はロンドン市内で途絶えた後消息を絶っている。現在、スコットランドヤードやMI6の協力を仰いで総力を上げ捜索中だ。エクスカリバーの装者J・S(ジル・スミス)が響くんの身柄を預かっているのなら、行動を共にしている可能性は高い』

 

「響はきっとジルさんと一緒にいます。あの人を分かろうと今も話し合っているはずです」

 

『ああ、そうだろうよ。まったく俺の弟子は手の焼ける奴らばかりだ』

 

 弦十朗の溜息交じりの愚痴に未来は苦笑する。

 確かに響は手が焼ける。でもそれが響なのだ。

 苦笑いを浮かべた未来、ほんの少し心に空いた穴が埋まりある事に気づいた。

 

「弦十朗さん。もしかして疲れてます?」

 

『む、うむ。悟られてしまったな。まったく持ってその通りだ』

 

「大人の仕事でですか?」

 

『それもそうだが、君たちが渡英した直後に少々ごたついてな。この件に関しては、今は君たちには伏せておこう。響くんの事もあるだろう余計な心労は掛けたくは無い』

 

「ありがとうございます」

 

 弦十朗は今後の行動についての説明を手短にした。

 イギリスでの響の捜索活動の未来の参加を推奨し、それの手助けとしてMI5の人間がガイドに付くという。

 ガイドと行っても実質的なイギリスのスパイなのだが、下手に事を荒立てる事は無いと弦十朗はいう。

 当面の宿泊先はこのホテルで生活費等はS.O.N.G.の活動維持費から支給されるそうだ。

 募る思いを押さえ込み未来は床に着いた。

 

 

 

 

 エリザベス塔の鐘の音を聞きながら、未来は歩いた。

 隣にはMI6の諜報員が随伴していた。

 

「あの、私はこういうこと不向きというか、完全に守備範囲外なんで……」

 

「大丈夫ですよ。イギリス国内、しかもロンドン市内となれば我々の庭ですので」

 

 金髪碧眼のイケメンスーツマン。

 年齢から見れば緒川さんと同じぐらいだろうか。背格好から隙のない立ち姿、忍者のようなデタラメな動きが出来そうだった。

 唯一緒川さんと違うところをあげれば、刺々しすぎる雰囲気だった。

 

「あの……」

 

「なんでしょうか」

 

「これからどうするんでしょうか?」

 

 スーツマンが僅かに考えたような仕草を見せて言う。

 

「手始めにあなた達が来英した日に作戦行動を逸脱した戦闘機パイロットを尋問します。手続きもすでに済んでおり私たちの到着が、尋問開始となってます」

 

 未来は導かれるまま、地下鉄のホームに通された。

 関係者以外立ち入り禁止の扉を開けられ、更に下へと下って行く。

 スーツマン、カイン・ビーグリーの背中にピッタリとついて行く。

 ついた先は廃線となった路線であり、現在はMI6の尋問部屋となっている駅のホームだった。

 何人かのスーツを着た人間がすでに居り、そして冷たいホームに似つかわしくない簡素な木製の椅子があり、そこには灰色のポロシャツを着た男が座っていた。

 男の額に張られたコード群は近くに置かれた機械に接続されており、その機械の上には水晶の髑髏が置かれていた。

 まるで何かの儀式をするかのような様相だった。

 カインは、男の前に座り込んだ。

 

「ごきげんよう。アサス少尉……失礼、元少尉でしたね」

 

 その発言にアサスと呼ばれた男が反応した。

 しかしアサスより言葉は発せられることはなかった。

 怯えているのかな? と未来が思った瞬間に、駅ホームに声が響いた。

 カチカチと音を立てて水晶の髑髏が口を動かし、雄弁に話し出す。

 

『本当に失礼な野郎だ!! 好きで退役したわけじゃねえだよ!!』

 

「いいえ、あなたの招いた結果だ。あなたは国連所属の輸送機を完全武装のタイフーンで襲撃した」

 

『俺は悪くない!! 俺はやらされたんだ!! 好き好んで襲ったんじゃない!!』

 

 髑髏の咆哮に未来は体を震わせ怯えてしまう。

 まるで呪詛だ。

 髑髏の発する言葉の連なりは限りなく負の要素を内包した音波だ。

 あまりにも身勝手に、あまりにも自己中心的に発せられる言葉の数々は腹のそこから冷え込む音だ。

 未来は気づいていなかったが。これも聖遺物の力だ。

 イギリスが開発したシンフォギアとは違う異端技術。

 櫻井理論が世界に公開され、幾久しく未だ解読の方法も確立していない。

 しかしそれは櫻井理論の全体を見た結果であり、一部を見た結果ではない。

 一部ではあるが、櫻井理論は着実に解析が進んでいる。そしてその結果がこの装置だった。

 マヤの文明の遺物。クリスタル・スカルの力を利用した最新の嘘発見器。

 

「なぜあの女を機体に乗せた。それ以前になぜ作戦行動を逸脱した」

 

『しらねえ!! 俺は気づいたときには営倉に叩きこまれていた!! 訳が分からない!! こうなっちゃ退職金だって出やしない!!』

 

「記憶がないのか? どこから覚えている?」

 

『覚えてねえだ!! 朝おきて、基地に向かって作戦行動を開始した、気づいたらもう営倉の中だ!!』

 

 カインは困ったように顎を摩った。

 埒が明かないそう言った様子だった。未来は一歩前に出た。

 

『なんだそのジャポネは!! 可愛いじゃねえか!! ヘイ、嬢ちゃん××××××!!』

 

 聞かせられないような下品な言葉で煽ってくるが、未来は引かなかった。

 

「ジルさんと、どういった風に出会ったんですか?」

 

『ジル? だれだそりゃあ!!』

 

「あなたが戦闘機に乗せた人です。覚えてませんか?」

 

『だから俺は作戦行動中の記憶がねえだよ!!』

 

 水晶髑髏が叫び上げて否定する。

 

「覚えているはずです! よく思い出してください! あなたが基地に向かっている最中、基地の中でであった人たち、見覚えのない人がいたはずです!」

 

 髑髏は沈黙を続けたが、ポツリポツリと断片的に情報を吐露し始めた。

 アサスの体が僅かに震えながら、未来の問いに応じようとしているのが見て取れる。

 

『一人だけあった。有名人にそっくりな女だ!!』

 

「その人は誰ですか!! 誰にそっくりなんですか!」

 

 髑髏は言う。

 

『シリウス交響楽団の元団員。イギリスきってのオペラ歌手、アイリス・スタンフィールド!!』

 

 

 

 

 

「アイリス・スタンフィールド。NPO活動団体『シリウス交響楽団』の一員で、その歌唱力が評価されイギリスのオペラの女帝とさえ言われた女性です」

 

 カインは車を運転しながらそう言った。

 助手席に座る未来は関連データに目を通した。

 タブレットに表示される経歴、彼女が今に至るまでの歴史。

 アイリス・スタンフィールド。現在89歳の老婆。養老院で生活中。

 十七歳でその歌声で音楽業界から引く手数多で、イギリス音楽チャートを三年連続一位まで成し遂げた伝説の歌姫。数々の賞を受賞し、その財はまさに一人の人間では一生か掛かっても使い切れぬ程だ。

 そのこともあり彼女は設立して間もない『シリウス交響楽団』のスポンサーとして資金提供を行い、そして尚且つその歌声を戦場で傷ついた人々に届けていた。

 ただとある事件に彼女は巻き込まれ下半身不随の病に陥り、そして現在は癌に身を蝕まれていた。

 全盛期にはまだS.O.N.G.が特異災害対策機動部二課であった頃に装者選別のオファーを贈ったこともある人材だった。

 タブレットをスワイプし、映し出された彼女の姿はまさに未来が見たJ・S(ジル・スミス)その人だった。

 

「イギリス中に設置された1000万台の監視カメラから顔紋追跡(フェイストレース)をしています。1000万の機械の目から逃げれる存在はこの世界にいないでしょう」

 

 イギリスの苦い歴史から発達した国内テロ防止政策の発達系。

 1000万台の監視カメラ、そしてその映像を超高度AIによって画像処理、対象人物の顔紋追跡(フェイストレース)によってイギリス国内の犯罪発生件数は世界を見ても起こせないレベルにまで達している。

 脆弱性があるとすればAIに記録されていない人物や、錬金術師のテレポートなどだ。

 気長に待つこと、今はJ・S(ジル・スミス)顔紋追跡(フェイストレース)の網に掛かることを待つだけ。

 

「未来さん。J・S(ジル・スミス)との接触後の市街地での万が一の戦闘行為が発生した場合ですが」

 

「テムズ川に面した場所に追い詰めてほしい、ですよね」

 

 S.O.N.G.のイギリスへの未確認敵外的装者探査で開示された極一部のシンフォギアの戦闘記録で、イギリス軍が打ち出した戦闘作戦のシナリオだった。

 市街地での戦闘は未来たちで対処は出来るが、市街地では市民の被害が出る。

 それに対応すべく、迅速に、そしてより《市民》に安全な状況を作り出す作戦だった。

 テムズ川には現在湾岸警備の部隊が常駐し、J・S(ジル・スミス)との戦闘が起こった場合、ドーバーに誘導、そのまま現代武力での集中攻撃で殲滅を狙っているのだ。

 ただ現代武力でシンフォギアが打倒できるかは疑問であるが、これに対してはイギリスの意向に従うしかなかった。

 

(……響……)

 

 ぐるぐると回る未来の心の中で、響の名前を反芻する。

 どんどん状況が変化し、そして響の望まないであろうモノに変化していく。

 ジルと話し合い、手を取り合う幻影(ヴィジョン)から、互いに血を流す未来像(ヴィジョン)へと。

 

 ――頭を冷やせ。小日向未来、今のお前の死への欲望(デストルドー)は――他人も巻き込む――

 

 甦るジルの言葉。他人も巻き込むことも厭わない衝動への恐怖心。

 死への欲望(デストルドー)、あのときの私はどうかしていた。

 いや、この考えもきっと『逃げ』なのだろう。

 どうかしていたなんて言葉で片付けてしまう『逃げ』だ。

 どうかしていたなら、どうかしているならそれに対応するしかないんだ。それにどう向き合うしかないんだ。

 響はなんども暴走し、その暴走を逃げずに受け止めた。

 みんなから赦されるだけの徳を積んでいたから。みんなから認められるだけの人望をえていたから。

 何度も何度も拒絶されても、その人たちの手を取り合おうとしたから。

 私にはそれが――ない。

 

「はい、カイン・ビーグリー。はい……了解です、直ちに処置します」

 

 カインはインカムからの通信に短く返答した。

 そして未来に問いかける。

 

「Miss小日向。S.O.N.G.一員としてイギリス政府からの要請です」

 

「何かあったんですか?」

 

「現在ロンドン市内でパヴァリヤ光明結社と思わしき錬金術師、窃盗行為を確認しました。人質も確認されており我々では手を出せない状況に陥っています」

 

「私がその錬金術師を説得すればいいんですね」

 

「いえ、こちらとしては打倒、もしくは殺害を要望します」

 

 未来はそれ以上何も聞けなかった。決意固まるその時も訪れることなく波は多く訪れる。

 手を取ろうとするその瞬間も、みんなが望まないなんて。

 カインの走らせる車はロンドン市内を爆走し、目的の場所についた。

 市民の気配はまるでなく、錬金術師の立てこもっていると思われる銀行には警官隊が包囲しており、見せの中にはアルカノイズの姿が確認できた。

 

「警備隊長、あの錬金術師の要求は」

 

 カインは胸元に納めていた拳銃をすでに抜いており、銀行を囲む警官隊の一番えらいと思われる人間に問いかけていた。

 

「さあ、なんでしょうね。まあ、でも銀行を襲うなんてとっぽど財政難なのかもしれませんよ」

 

「どの業界でも詰まるところは金か……」

 

 車の陰に身を隠す警官隊は突入の機会を伺っていた。

 未来はカインに自分の役割を確認した。

 

「我々が手始めに催涙弾にて錬金術師の視界を封じます。Miss小日向はその瞬間に銀行に突入アルカノイズの殲滅をお願いいたします。アルカノイズの消滅を認められた後に警官隊が突入し錬金術師を殺害します」

 

 警備隊長とカインの立案した作戦概要を説明した。

 交渉する気は皆無。完全な武力で完膚なきまでに押し潰す作戦だった。

 そして人質の安全を考慮に入れていない作戦だった。

 催涙弾で視界を封じた途端にきっと錬金術師の精神均衡は壊れ、人質に凶手が及び兼ねない。

 そんなこときっと警備隊長もカインも分かっているはずだ。

 きっとこういった人たちは『やむを得ない犠牲(コラテラル・ダメージ)』の一言で片付けて、賠償と言う形で世間体を取り繕うとしている。

 未来は唇を噛んだ。あまりにも強く噛んだために唇が切れて口の中に血の味が広がった。

 犠牲の上に成り立った未来がどれだけ苦しいものなのか、その苦しみを受けたものを身近に見てきたから――未来は容認しなかった。

 

「あの、私にあの錬金術師さんの説得をさせていただけませんか!!」

 

 声を荒らげ言う。

 

「何を言っている! そんなこと認める訳なかろう!」

 

 警備隊長は言う。

 

「でも、どうしても話し合う機会も与えず殺すなんて――」

 

「Miss小日向。錬金術師に我々イギリスは少々敏感になっているんです。オートスコアラーのロンドン出現。そしてつい前日の神器顕現(ディバインウェポン)でより緊張感が高まっている。その矢先にこの事態だ。錬金術師の跋扈は許すつもりはありません」

 

「民間人もこの作戦だと被害が出るかもしれないんですよ! カインさん!」

 

 その言葉にカインは驚いた顔をした。

 そして溜息を付き、落胆したような表情をして額を押さえた。

 

「ただ言うことを聞いていれば手間も掛からず被害を抑えて事態を収拾出来たものを。――構いません。Miss小日向抜きに作戦を開始します。警官隊や市民にも()()被害が広がる可能性もありますが。生憎と相手はノイズではない()()()ノイズだ。弾丸は効く」

 

「そんな!!」

 

「警官隊に通信を繋いでくれ」

 

 作戦を強行しようとしているカインに未来は悟った。

 もうこの人はどれだけ言っても己が正しいと信じ込んで、無尽蔵に被害を出してしまう存在になったと。

 独善の塊。人の革を被った怪物だった。

 未来は銀行に走り出した。あの錬金術師が武装放棄すれば、自ら投降すれば誰も被害を出さずに済む。

 少しでも響を理解したい。響なら誰もが助かる方法を模索して、どれだけ自分が傷つこうと他人が助かれば笑顔でそれをやってのける。

 ――私もそうなりたい!!

 背後からカインの叫び声が聞こえる。

 未来を取り押さえようと警官隊が走り出した。

 車を飛び越えて、銀行に向かって走った。背後から無数の足音が追ってくる。

 足には自信があるがやはり現役を退いた者と、日ごろから鍛えている者との差は大きかった。

 あっという間に取り押さえられてしまった未来は錬金術師に向かって叫んだ。

 

「武器を棄てて下さい。今ならまだ間に合います!! このままだとどちらも酷い事になります!!」

 

 屋内で恐怖で歪んだ表情を浮かべていた錬金術師の顔から困惑している色に変わった。

 どういう意味なのか。交渉相手が未来なのか。それなのになぜ警官隊が彼女を取り押さえているのか。

 どちらにしろもう錬金術師に残された道は数少ない。

 このまま立て篭もり警官隊に殺害されるか。大虐殺の汚名を立て死ぬか――それとも彼女の言う通りにして生き残るか。

 縋りつくにはか細い希望だった。

 一歩前に出た錬金術師の耳に聞こえた唄声があった。

 

 『Balwisyall Nescell gungnir tron』

 

 驚きで振り返る。

 人質の一団から飛び出る黄色の軌跡が錬金術師の脇をすり抜けて前に出た。

 団子になって未来を取り押さえる警官隊を蹴散らし、脇に抱えた一人の少女。

 

「未来には、手は出させない!!」

 

「――響!」

 

 鋭い視線を警官隊に投げる響。その腕に抱えられた未来はその嬉しさから涙を流していた。

 ますますの混乱に思考が追いついていない錬金術師。

 ドスリと鈍い音が響く。

 

「あ……」

 

 胸から生えた黄金の切っ先。

 ジワリと熱く燃え広がり、呼吸が苦しくなる。

 

「すまんな。どういった事情であろうと、民草に害成す害獣を私は許しはしない。私も、エクスカリバーも」

 

 雑多に錬金術師を投げ捨てる。

 投げ捨てると同時に、エクスカリバーから放たれた光線が帯状に広がりアルカノイズを一掃する。

 

「ジルさんどうして!! あの人は投降しようとしてたんですよ!!」

 

 響はジルに叫んだ。

 ジルは冷徹に、そして悲しげに言う。

 

「さあ、理由はどうあれ。人を傷つける行為が許せなかったのよ。もっと言うなら私の知っている故郷に似たこの世界を汚す、連中が憎かっただけ」

 

 響、と未来。そしてその後ろに広がる警官隊の無数の銃口を見てジルは目を細めた。

 

「――この世界を汚すのは私も同じね」

 

「ジルさん、お願いです。私と一緒に来てくれませんか。ジルさんの世界がどれだけ救えない状況になったのは分かりました。ですからせめてこちらの世界から少しでも助かる方法を模索しましょう!!」

 

 その言葉にジルは優しく微笑んだ。

 

「ありがとう、立花響。――小日向未来」

 

「は、はい」

 

 ジルの呼びかけに未来は体を強張らせた。

 怖い。でも、でも少しでも彼女を理解したかった。

 気を強く持ち彼女と対峙した。

 

死への欲望(デストルドー)からは覚めたようね」

 

「あの時は申し訳ありませんでした。あなたとは戦いたくないんです」

 

「憂い消え、正しく正道を歩く姿は美しい戦士の散り際。あの時と一緒だな――」

 

 ジルは別れを惜しむように微笑んだ。

 

「その子を返す。もう一度顔を突き合わせるときはどちらかが死ぬ」

 

 ジルはそう言って、飛びのいていく。

 ギアで強化された身体能力について行ける者はこの場には響と未来しかいなかったが、彼女たち二人は追わなかった。




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