『わざわざ貴女からお呼びが掛かるとは思いませんでしたよ。
ジルの宿泊している高級スイートのベッドルームで、ベットに座り足組をする真っ黒なシルエットがいた。
取り繕ったようなおちゃらけ口調。身振り手ぶりで人の形をしているのは分かるが、真っ黒なせいで《ブラックシルエット》との距離感はつかみ難かった。
「
『ええ、ええ。分かってますよ。ネームレスのメンバ-と私は感覚共有で視覚聴覚問わず肉体に感じている感覚すべてを私と共有しているんですから』
「本来の
『いえいえ、こういう事も織り込み済みですよ。
その一言にジルは
「サブシナリオなど私は一言も聞いていないぞ」
『ええ、ええ。当然ですよ。だって言ってないんですから。貴女はシナリオのソロモンの杖を捜索する為だけにネームレスに接収した人員ですんで』
「サブシナリオだと。杖無しにどうやって宝物庫の扉を開く気だ」
『私のギアは杖と同じくして生まれた聖遺物ですんで。杖は扉を開く予備鍵のようなもの正直こっちの方が手っ取り早い。出力は少々足りませんが、代替エネルギーの目処はもう着いておりますので』
ジルは
そこが胸倉であるかは分からないが衣服の感触があると言うことは恐らく胸倉であることが分かった。
「私を祖国イギリスより引き剥がし、わざわざこちらに連れてきた理由はそれだけではないだろう」
『もちろん。もちろんですとも。イギリスはギアの保有数第三位の軍事国家です。私の目指す《
「いったい……いったいどれだけ貴様は人の人生を台無しにすれば気が済むのだ!!」
『さあ、さあ? 性分なんでしょうねえ。別に楽しいなんて思ってませんし、復讐なんて滅相もない。唯一理由があるとすれば』
間を空けて
『出来るから。それだけでしょうか』
その一言にジルは怒りも失望も浮かばなかった。
ただこいつといることにほとほと嫌気が差したのだ。
胸倉を離し、
ジルは言った。
「離隊させてもらう。もう、お前たちと会うことはない」
『構いませんが。もうこちらからは接触することはありませんし、元の世界の帰還手段もありませんよ』
「結構だ。二度と私の前に現れくれるな」
コンバーターを外し、ジェーンへと投げて渡す。
『ギアを返還されても困るんですよね。このコンバーターにこびりついたあなたの血肉を除去するにはあまりにも時間が掛かる。あなたの魂がギアに蓄積されてる。織物のように。そのせいで誰にも纏えないオンリーワンのものになってしまっている。現にあなたは実年齢の外見に戻っていないでしょう?』
皮肉たっぷりの声音でジェーンはベットの上にコンバータを置いた。
苦虫を噛み潰したような表情。ジルの外見年齢はジェーンの言うように、若かりし頃のままだった。
ギアの特性。エクスカリバーとは別の魔法の鞘の効力だった。
「未だギアとの契約は解けないか」
『持っていた方が何かと便利じゃないんですか? 現状を打開するにも』
ジルは一枚ガラスの窓を覗いた。ホテルのエントランスに輝く無数の光。報道陣や重武装の警官隊。
おそらく『こちら』の私との接点からここが割り出されたのだろう。
ジェーンがコンバーターを投げて渡してくる。
薄れゆくシルエットが面白げに最後の言葉を言う。
『お疲れ様でした。最後の人生を謳歌してください。私からの提案ですが、祖国イギリスの膿を廃すなんてのはどうでしょうか? 悔いのない
「――蛇めが」
完全に姿を消したジェーン。
静寂のなかでジルはティーポットに紅茶を注いだ。
慌しく聞こえる出入り口の喧騒。フル装備の警官隊が二十名ほどか。
最後の飲み納めだろう。ここの茶葉はいい物を使っていた。
飲み切る前に扉が開け放たれた音が響き渡った。カップを置き、コンバーターを首から提げる。
寝室に突入する警官隊。警告無しに銃口がこちらに向いた。
『Vikutas taan excalibur tron』
黄金の閃光が輝き、光が辺りを一掃した。
こっ酷く絞られた響と未来は格安ホテルで通信機の前で正座していた。
響は拘束下と称されていたが実質的な自由の身の上で連絡を怠ったことに。未来はMI6の要請内容を無視したことに。手酷く叱責を端末越しにではあるが、弦十朗より賜っていた。
『なぜ連絡手段があるのに連絡を取ると言う配慮が回らんのだ馬鹿者が!! 連絡の一つも取れていれば無用な人員を配す事もなかったんだぞ!! 未来くんもだ、なぜMI6の指示通りに動かなかった!!』
《すいません……》
意気消沈し暗く落ち込んだ顔の二人は正座したまま、土下座の勢いだった。
通信機の画面越しでも伝わってくる感情に弦十朗は溜息を着いた。
『行動は不適切な点は多いが、響くん良くぞ生還した。未来くんは捜索の尽力よく頑張った』
「……はい」
響の力のない返事。
それを察したのか弦十朗は今後のネームレスに対する対策が好転し始めた事を話しだした。
「響くんの活躍もあり、イギリス市街地での
未然にネームレスの目的を阻止できる。そう言いたいのだろう。
しかし、響が言った一言は弦十朗が期待する言葉とは真逆の事だった。
「師匠……ジルさんの目的を支援する事って出来ないんですか……」
驚愕の表情。未来も隣にいながら驚いていた。
手を取りあうだけでなく、助け合いたい。響はそう言いたいのだ。
しかし――
『何を言っている!! ネームレスはすでにイギリス空軍の戦闘機をジャックし、そしてその中心たるバッキンガムへの不法侵入をしている。明らかな政治的攻撃と見て間違いはない』
「……はい。そう、ですよね……」
響は否定される事を分かっていたように返事をする。
しかし、その言葉は口惜しいと言う声音であった。
弦十朗はその反応にたじろいでしまう。今まで戦ってきた多くの強敵たち。
その者たちに手を差し伸べてきた彼女だが、その者たちを支援するような事は一切なかった。
彼女の人となりを知っているからこそ、
『ネームレスと、
「……はい。バッキンガムに入った後に、どうしてこっちの世界を貰うなんて言った理由を聞いたんです」
そして響はその内容を語った。
ジルはホテルに戻ってすぐに、響に詰め寄り
ルナアタック、そしてフロンティア事変。そしてソロモンの杖は失われた事を響は言った。
その事を聞いたジルは落胆と絶望、そして安堵した様子でベットに崩れ落ちた。
「はは、あはははははっ。そうか。
泣き笑い。
すべてが徒労に終わった。そう言い表している。
ジルは涙を流し、自分自身の愚かさに嘲笑の笑い声を浴びせかけていた。
苦しかった。あれだけ優しい人がこんなにも哀れに笑うの姿に心が痛んだ。
「ジルさん。どうしてソロモンの杖が必要なんですか」
響の問いにジルは言う。
「必要だからよ。私たちの世界を救うために必要なものだったのよ」
「ノイズを召喚する聖遺物がですか」
「それだけじゃないのよ。ノイズなんて眼中にないの、必要なのは宝物庫に眠る『もう一つの聖遺物』だったのよ」
「『もう一つの聖遺物』?」
「でももう駄目ね。私たちの
もう一度大きな声で笑いった。
ジルは、ネームレスはソロモンの杖を使い『もう一つの聖遺物』を召喚しようとしていたが、もうそれは叶わない。無駄、無益、無意味、筆舌に尽くしがたいほどの無価値。
絶望に絶望を重ね疲れ果てていた。
どのように絶望すればこのように朽ち果てることができる。どのような苦痛を受ければこのように枯れ果てることが出来よう。
それはきっと彼女たちの世界に原因がある。
響は聞く。彼女たちの世界について。
「聞きたいの? 私たちの世界を」
「はい」
「……いいわ。聞くに堪えない汚れきった世界だけど、あなたの自己満足になるならいくらでも語ってあげるわ」
私たちの世界はこちらの世界と同じ、ノイズの脅威にさらされてきた世界だった。
長い歴史の中、人と人とが争いながらその争いからの共存共栄の発展を続けて来た。ただ唯一『ノイズ』っていう存在を除いて。
こっちと違うとしたら櫻井了子、フィーネが櫻井理論を完成直後に世間に公開したことだった。
聖遺物を利用したノイズの撃滅法。ありとあらゆる国がその理論に飛びついた。
資源に乏しい国でも、聖遺物の産出量が多ければ一夜で軍事国家に成り上がった。
こっちの櫻井了子は排他的だったようだったけど、こちらでではあらゆる方面で協調路線だったわ。
どこの国でもどこの組織でもどこの企業でも、あらゆる方面で理論を開示し、そのレクチャーを行った。
その結果、聖遺物をあらゆる方面で利用した社会が構成されたの。
電力は化石燃料やガスなどの消費エネルギーではなく、聖遺物ヴァジュラを使った発電がメインに移り、医療に措いてメスや縫合糸なんて必要とされず
世界は徐々に統合されていたわ。でも個人の隔たりが『バラルの呪詛』が完全なる調和を阻み続け国と言う枠組みは存在し続けた。
それでも人類が団結できる要因があったの。ノイズだったの。
人類に敵外的な目的不明の炭素構成攻撃体。全世界に場所も、時間も、気温も、湿度も、一切関係なく人種年齢性別問わずただ人間を炭に変えるために動き回る敵。
ノイズに頭を抱え続けて、行き着いた国連はある組織を立ち上げたの。
私たちネームレスの前身組織、『国連調律軍《
地球の裏側でも一瞬で行ける地系型聖遺物『ヘラクレスの柱』であっという間に現着で着たわ。
でもそうれは起きてからの対処に過ぎなかった。それに加え、シンフォギア装者は数が足りいなかった。
最初に見つかった装者は、あなたも知っているだろうけど風鳴翼。《
世界中で装者の選定があったけど遅々として発見されなかった。頭数が足りなさ過ぎた。
だから世界中でシンフォギアに変わるノイズに対抗する兵器の開発が進められたの、そして出来てしまった。
それは簡易的な爆弾だったわ。
聖遺物爆弾って最初は呼ばれていたわ。聖遺物を利用したノイズ殲滅兵器。
爆弾の火薬にシンフォギアにも出来ない破損の激しい聖遺物の破片を使い、人為的に《ラスト・ワーク》と呼ばれる状態にするの。聖遺物が臨界点に達した途端、ボカンってな感じで跡形もなくノイズ諸共消し炭にできた。
数多く作られたわ。取りまわしも良かったし、シンフォギアと違って破損状態関係なく、0.1グラムさえあれば確実に一基は製造が出来た。
《
あちこち、世界中が穴ぼこだらけにして聖遺物爆弾の弊害がようやく現れだしたのよ。
聖遺物に含まれる微細な粒子が大気中に散布され、そこに繁栄している動植物に蓄積されたの。その結果ありえないような進化を遂げた。
学者たちは聖域化なんて呼んでたわ。聖域化した環境では人間の生存率はぐんと下がった。
融合症例はこっちでも確認されているはずよ。それと同じ症状よ。
環境が、人間を殺し始めたの。
みんなすぐに理解したわ聖遺物爆弾のせいだって。みんな《
でも、どうしようもなかった。使い続けるしか道はなかったの。
人間の生存する形跡がない地にノイズは現れない。それが分かったときには人間の生存圏は3.Sボムによって限られていたの。
ノイズはどんどん現れた。3.Sボムを使わないためにもシンフォギア装者の選定と聖遺物発掘は火急に行われた。
そのときに私も装者に選ばれた。エクスカリバーの装者に。
さまざまな装者が居たわ。人種も年齢もバラバラ、唯一の共通点が女性と言うだけ。
みんな《
無限に続くと思われたノイズとの攻防があるとき光明が差した。
ノイズの召喚、そしてその召喚元であるバビロニアの宝物庫の開閉を司る聖遺物。
それの発見で事態は一転した。今まで行っていた装者選定と聖遺物発掘は更にペースを上げた。
今までにない量の装者が生まれた。その数は268人にも上る量だったわ。その中で実戦に投入できる人員は108人だった。
私たち装者たちの中でも噂になった。何か大きな作戦が起きるって。
そしてその噂は的中したわ。
『国連調律軍《
――《バビロニア作戦》が。
ちょっとしたアンケートを活動報告でやってます。
回答のほどを平に願い申し上げます。
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