すべての者達が一人の少女へと視線を向けていた。
「先のユーラシアノイズ大戦で、我々は多くの同胞を炭へと還ってしまった。奮戦虚しく散っていった多くの士、歌士。我々はその命を謗らぬ顔でただ生き延びるためだけに剣を取るか――」
翼は叫ぶ。その力強い声は老いた体を奮い立たせる色を持ち、体を打ち抜いた。
「否ッ!! 見渡してみるがいいッ!! この軍列を、この人類加護の防人たちの顔つきを!! 死せる我らが大地であっても尚、決して朽ちることのない蘇る我々の希望の寄る辺を!! ――傍らに立つ戦友の顔を見よ。この瀕死の我々であろうとその燃え立つ希望を捨てているか!! 断じて否!! 我々は希望を捨ててはいない!! 我々を突き動かしているのはノイズの脅威に怯えぬ世界が実現すると確信しているからだ!!」
確証もない。確率も低い。
だが、翼の云う通り。我々は確信していた。
ここに集う装者全員が、確信していた。
ノイズは今日、この時を持って――滅びるのだ。
「家族の為に戦うものもいるだろう。鬼籍に入った輩のために戦うものもいるだろう。自分のために戦うものもいるだろう。戦う理由は様々なれどその先にある未来は輝かしい未来であることは確かだ。勝ち取るのだ!! 我々が死に絶えた先の未来で、歴史に刻まれた我々の功績を語り継がせるのだ――ノイズはもういないと!!」
翼の演説は、全装者たちの士気を最大限にまで高めた。
年甲斐もなく脈打つ心臓の高鳴りが煩いまでに鼓動する。
唄おう。戦いの唄を、勝利の唄を。
『Vikutas taan excalibur tron』
『Rei shen shou jing rei tron』
三隻のフローティングキャリアに溢れた光の波が、バミューダーの海を包んだ。
世界各国の伝説が、数々の英霊の武具、伝承物、生物が、一箇所に集まる姿は圧巻だった。
一隻三十六人の装者編成、それが三隻。
まさに聖遺物の見世物市だ。
だが、この先は見世物市ではなく――戦場だ。
「フユート・ラッブーアの遺物でソロモンの杖を起動しろ!!」
翼の命令に呼応するように海域の三点より空へと向かい光の柱が立ち上った。
フユート・ラッブーアの遺物に込められた莫大な電力が、ソロモンの杖を強制起動しているのだ。
ソロモンの杖に適合できた装者は発見されなかった。だが起動の手はあるのだ。
聖遺物にはアウフヴァッヘン波形という固有の波形が必要だが、それ以外の起動手段は――膨大な既存エネルギーの投入だ。
恐らく立ち上るあの柱一本で全世界の電力事情を百年は賄えるだけの電力量を誇っている。
それだけのエネルギーを馬鹿食いする聖遺物だが、それだけではフローティングキャリア一隻通るゲートを開口することは出来ない。
故に、この場所であった。
この海域での航空事故は数多くある。バミューダの魔の三角海域。
原因は特異な重力磁場が要因の三次元空間の解れであった。その結果が航空機、貨物船などの失踪に繋がっている。
この海域の特異な重力磁場で次元開口を手助けし、「バビロニアの宝物庫」の扉を拡張するのだ。
「総員、
翼の号令に皆が同一の歌を唄った。
それは絶唱に代わるフォニックゲイン上昇の絶唄。
ギアと使用者の負荷を最小限に、それでいて聖遺物の力を最大限に引き出す唄。
集団で唄うことで、個々人で歌うよりもより効力を発揮する集団催眠戦歌。
――失われし唄、鎮魂の唄――
――導きのあるまま、惹かれるまま――
――新らせり産声、老うせの吐息を聴く――
――純白の衝動、漆黒の渇望を抱える――
――懺悔と贖罪を飲み干し、口にする根源の唄――
フォニックゲインが可視化され、黄金の粒子となって船を包む。
溢れる力、溢れる希望。人類最大の矛を手に入れた女たち。
「
今までにないフォニックゲインの高まり。
ギアが熱い。熱すぎるが危険を感じる熱さではない、心揺さぶられる、美しいものを見たときのような興奮があった。
極限にまで高められたギアの出力。コンバーターの外側へ溢れ出た。
身に纏うシンフォギアのカラーリングから造詣まですべてが様変わりしていた。
神々しく、荒々しく、そして慈愛があった。
この海域にいる全装者がそうであった。
これまでに幾度か発動が確認されたシンフォギア機能の限定解除状態、エクスドライブモード。
相当量のフォニックゲインを必要とし、複数人でようやく発動が可能な決戦仕様状態。
三本の柱が徐々にその光量が弱まり、そして開いた。
海に開いた三角形の扉――バビロニアの宝物庫に通ずるゲート。
震える手が私の手を掴んだ。無意識のうちに未来が私の手を握っていたのだ。
顔を向け未来の顔を見た、それに気づいたのか未来は引き攣った笑顔で照れ隠し紛れにはにかんだ。
「隊長。この作戦が成功したら、私何をしたらいいでしょうか……」
「時間は永遠というほどあるさ。ゆっくり考えればいい」
「ハイ」
私は微笑み、開かれたゲートを睨んだ。
「まずは、この作戦を終わらせることだ。ノイズとの――お別れだ」
フローティングキャリアが開かれた扉へと沈んでゆく。
災厄の根源。バビロニアの宝物庫へと人類初の突入であった。
奇妙な色合いの白雲が目を刺激し、四方八方に漂う
『今まで炭と消えた者たちへの弔い合戦だ。出し惜しみせず全力で屠ることだ!! バビロニア
翼のテレパスが脳を突き、私たちは亜空間へとその身を投げていた。
飛行能力を得たシンフォギア。胸の奥より溢れ出る
勝ち得るのだ――輝く勝利の未来を。
――輝く笑顔を 暖かな人々を――
今までにないほどの力で振るう
――老いた軀。愛しい人の笑顔で私は立てた――
切り払うノイズ。憎く、心の底から焦がしてくれた相手を屠る。
――その笑顔に報いるために私は剣を握る――
常人の動きを余裕で超えて、振るわれる剣は更に速度を増してゆく。
胸打つ唄を歌おうなんて考えていないのに口を突いてでる唄は私を奮い立たせていた。
――いつかみんなと笑いあうときを求めて羽ばたく――
心象に描き出された世界が音となり出てくる。
年甲斐もない我侭な願望であることは私自身が良く理解していた。
それでも、願ったのだ。
私が、望んだ静かな余生のために。
――accomplish 笑顔のために――
剣に注がれた力は更に輝く。
――accomplish 平和のために――
目の前にいるノイズたちは片っ端から切り伏せ炭へと孵した。
理解し得なかった先祖の呪いを、払拭する。
理解しようととしなかったことを呪い。理解できずとも手を取りあった私達を讃えた。
――accomplish――
「未来のためにぃいいいいいいいッ!!」
全力で振り下ろしたエクスカリバーの切っ先から放たれた衝撃波が当たり一帯のノイズを吹き飛ばした。
この亜空間に放たれた108人の装者全員がその力を持って、その手に余る力でノイズを倒す。
伝説たちが空を舞っていた。
私のエクスカリバー、ミョルニル、バルムンク、芭蕉扇、カラドボルグ。
手にする者たちの心象がそのままアームドギアへと変換されている。
現に、先行しているイチイバル装者雪音クリスのアームドギアは重火器の形状を取っていた。
手に馴染む武器、心に刻まれた武器が私たちの持つ武装だ。
赤黒い閃光が輝き、遠くで固まっていたノイズ集団を瞬時に消す者がいた。
「やりよるわ。あれが最後に見つかった
その身に纏うギアは身を護る装甲というよりは、どこか優雅なドレスを思わせるモノであった。
――隊長、あの装者は……――
――安心しろ。未来、アメリカのワイルドカードだ。ソロモンリングの装者だ――
この宝物庫を造ったモノたちの伝説に出てくる、ソロモン王の指輪の装者だ。
アメリカが今まで隠し続けていた切り札。それだけ隠す価値のある戦力ということなのだろう。
戦局は決して優位とは言い難いが、決して押されているわけではない。
ただ単に物量負けしているだけであり、その質に措いてはノイズなどよりこちらの方が上であった。
――
――はいッ!!――
未来と共に亜空間を翔ける。
この作戦の破壊する目標は、ノイズではない。
ノイズは倒しきれない――ノイズを造る存在があるからだ。
有史以前からノイズと戦い続けていた人類が、幾千幾万幾億と戦ってきて何故ノイズは現れ続けるのか。
それはこの空間にノイズを造る個体、もしくは場所が存在しているからだ。
あまりにも荒唐無稽な仮説であったが、それを確証付ける要因はこれまでに多く見られていた。
ノイズを格納しているノイズの存在。
千単位規模の出現をして撃退され数ヶ月間の出現が確認されない。
そして今までに現れるノイズは同一の種類しかいなかったこと。
同様の規模で、同様の種のノイズが同規模で現るなんてあり得るのか。
何故同一の個体ばかりを出現させるのか、何故にどういう理由で出現のインターバルが存在するのか。
それは、飽和が理由だった。
バビロニアの宝物庫に存在しているノイズを製造するモノが、この亜空間に収納しきれない量のノイズを造り、その収納先に、大型ノイズの格納機能であった。
そのキャパシティーをも越えた末に物理現実に溢れ出る形で出現していたのだ。
ノイズは古代人類が人類を殺すために造った兵器。意識が介在している。
『殺す』ために特化した武器ならばより能率的に殺す機能を得ておかしくない筈だ。
なのに、ノイズの出現インターバルにはその人間的なものがなかった。機械的だったのだ。
小規模な出現は、次元境界面に措いて重力場の異常や、電気的干渉、フォニックゲインの上昇具合によって時空間に綻びが生じて現れた。要するに零れ出ただけだったのだ。
ユーラシアノイズ大戦での万単位でのノイズ出現は、飽和状態からの放出であったが故に、その数は桁違いに多く、ユーラシア大陸を3.Sボム五十七発で殲滅するしかなかったのだ。
この亜空間に存在している
――はああああああッ!!――
先行する未来。
腕に持つ扇が円形に広がり中央に鏡面化したプレートが出現する。
それは12枚に増え、足より伸びたミラーパネルに沿うように円を描く。
片より伸びた帯がミラーパネル上部に接続され、眩い閃光が眼を突いた。
《暁光》
特大の光線が打ち放たれ、一閃の煌めきに巻き込まれたノイズたちは爆発する。
その閃光の目標であった
《聖遺物殺し》の特性に措いてこの作戦は彼女の独壇場だろう。
――隊長、ノイズが……ッ――
――ああ、まるで木偶の坊だ……――
未来の《暁光》で
ただそれは破壊した
――この
――はいッ!――
私たちだけでなく、他の装者たちもそのことに気づき始めていた。
ノイズを切り払い大火力を撃つ装者たちを護るように陣形を固め始めていた。
そしてその声が届いた。
――こちらトライデントッ!! ついに見つけた……
「ッ!!」
みなが息を呑んだ。
そう喚起した瞬間に、悲鳴が聞こえた。
――ただ今から
直接、脳に叩きこまれた悲鳴に視界が揺らいだ。
何が起こった。
《こちら
翼は先人を切って前へと飛んだ。
急な戦況の変化に戦列に僅かに混乱が生じたが、五部隊で編成されたオーケストラ級の各
この私もポロネーズである、戦列を切り開き私は前とでた。
翼の隣に並ぶ。
「イギリスポロネーズ、
「エクスカリバーの装者ね。功績は常々から聞いている、私も共にこのオーケストラを奏でられることを光栄に思うわ」
軽い挨拶をかわした私たちの頭上を猛スピードで翔け抜けて行く者がいた。
赤黒い真紅と白のコントラストのプロテクター。アームドギアは身の丈を大きく超えた禍々しい背骨のような形状をした大太刀であった。
あまりの速度に驚いてしまう。
あれほどの速度を出す聖遺物など、韋駄天冑やアキレウスの足腱だろうか。
「天叢雲、先行するな!! 戦列を乱すな!!」
翼の警告を意に介さず突き進む。
私は聞いた。
「あれはなんだ?」
「私の部下だ。日本のポロネーズ、天叢雲剣だ」
聞いたことのない聖遺物であったが、あの速度を出すだけの神秘を内包しているのだろうか。
していたとしても、いないにしても、戦列が多いことに越したことはない。
あれだけ勢い勇んで行く姿は返って心強くあった。
隊列が整い始めた中に私の知る姿の者がいた。
テレパスでその者に問いかけた――幼き黒鳥、小日向未来に。
――決死隊になるやもしれんぞ――
――構いません、終わらせんるんです。私の復讐を、新しい
――……よくいった――
それ以上の問いかけはしなかった。
この隊列に加わるだけの覚悟は彼女は備えていた。
うじうじ言う様ならば
亜空間を翔け、トライデントが消息を断った次元座標位置に到着した。
眼前に広がる建造物。その大きさに眼を剥いた。
あまりにも大きすぎた。
千キロを大きく超えるであろう全長、石造りの建物が散見されその隙間隙間から漏れる光があたかも植物の葉のように青々と茂っていた。
宙に浮かぶその姿に隊列の誰かが言った。
――空に浮かぶ植物園。バビロンの空中庭園ね――
言い得て妙な喩えであった。
たしかにこの姿形はまさに空中に存在している庭園だ。
そしてそこから溢れ出るノイズは、この庭園の庭師といったところか。
ダムから放流するかのごとく溢れ出るノイズたち。
どれも見たことのある個体ばかり。トライデントのいう個体は――。
そう思った瞬間にノイズの放出が、止まった。
緩やかに出しきったと言うよりは時間が止まったようにピタリと動きを止めたのだ。
「各員戦闘に備えよ!!」
翼は叫びアームドギアを構えた。
皆々が構えた種別種類バラバラの武器。その闘気に当てられたのか、動きの止めたノイズたちが動き出した。
ノイズ達の造詣が崩れ、粘土細工のように絡み合いぐねぐねと形を変えてゆく。
――こましゃれたことしやがるぜ。ノイズがよ!!――
ガトリングのうねり声が戦端を切った。
遠距攻撃が可能なモノたちが牽制するように、形状を変え始めていたノイズを迎撃していた。
私たち近距離主体者たちが、ノイズへと駆け込んだ。
内側から膨れ上がるノイズの集合体。無数の手足の如くその形どられていない体を伸ばす。
雑多な攻撃、狙いも定められていない。
避ける者も居れば、アームドギアで捌く者、攻撃し切り断つ者も居た。
切り断たれ分離した部分に私の眼が釘付けとなった。
誰も気に求めなかったが、私だけがそれに眼を留めていた。
(炭化……しない……ッ!!)
他の切り離された部分にも視線を走らせるが、同じように炭化することなく宙に漂っていた。
そしてそれを見つけた。
切り取られた部分が、徐々に形状を変え始めそして形を成した。
今までのノイズとは違う造詣。
子供の落書きのような関節も曖昧な人型ではない。
確りと関節があり、そして人とはかけ離れた造詣をしている。
いうなれば獣――七つの頭と背より生えた十の角。四速歩行の新たなるノイズ。
(消えた――ッ!)
そのノイズが形成された瞬間に姿を消す。轟音が鳴り、悲鳴が木霊した。
戦列に姿を現すその獣、一撃にて一人を引き裂いていた。
炭化する前に上半身を切飛ばされ鮮血が舞った。その血も肉体も気づいたように黒炭へと変化し粉へと消える。
片や獣は炭化することはなく、爪先が僅かに炭へと還り、それを補填するかのように形状のないノイズが獣へと飛び込み炭化した爪先を補填する。
今までとまったく異なるノイズ。自身の躯を炭に変えようと、他の躯で補充をする。
背筋に奔る悪寒に私は亜空間中に視線を巡らせる。
それは何体も、何体も、何体も――分離した無形成のノイズから生まれ出でる。
「黙示録の獣――ガーディアンとしては適役この上ないッ!!」
見たことも、戦ったこともないから退避することなど眼中になかった。
不測の事態はいつものことだ。戦場では日常茶飯事だ。
我々に撤退という道はもう残されていないのだ。ただ一択――前進するしか道はないのだ。
獣へと奔り刃を突き立てた。
それを知っているかのように高速で移動する獣。
まるで連携をしているように別の固体が私の横ばいにその腕を薙ぐ。
白盾にて防ぐが、その衝撃は凄まじく堅牢さだけは随一のガラハッドの白盾が形成するエネルギーフィールドに綻びが生じた。
「なにッ!!」
「助太刀致す!!」
獣の視野外より降り注ぐ礫の嵐に躯を引き裂かれる。
ボロボロと黒ずみ炭屑へと還るノイズ。
私の横に着けた翼は背を合わせるようにしてアームドギアを構えた。
「今までにない個体だ、強さも比ではない」
「ああ、一撃心中のノイズとは訳が違う。体の補填先がある」
「あの無形個体ノイズか」
「察しがいいな。あれを潰さん限り永遠にこの獣は増える。進言する、あの無形個体ノイズの殲滅許可を」
「許可する。――前線装者たちに通達。これより無形個体ノイズの殲滅を開始する。庭園の突入はアメリカ装者たちに一任、残りのものたちは私たちに続けッ!!」
獣たちに目もくれず無形個体ノイズへと飛ぶ。
翼の隣に突け、いじましく擦り寄ってくる獣たちの爪より翼を守る。
「心強い参謀だ」
「天羽奏があなたの参謀だろう?」
「奏は今後方にいるわ。司令クラスが全員ここに来させるなんて無謀は出来ない」
「それは――ふっ。齢が足元にも及ばぬ娘子が大人ブリよりわ! よかろう、その大役引き受けよう!」
古歌にも似た唄を歌う翼に続き、その翼の羽ばたきを邪魔する獣を切り伏せてゆく。
蒼い流星の軌跡はまっすぐ庭園に飛翔し、その刃を振り下ろした。
《蒼ノ一閃 滅破》
無形個体へと放たれた巨大なエネルギーの放流。
その攻撃から無形個体を守るように前に立ちはだかる獣たち、しかしながらその挺身すら無意味だ。
「我々を、人類を舐めるなぁアアアアアッ!!」
強く叫ぶ翼に応える様にエネルギーは更に光を増してゆく。
あれだけ堅牢な獣を歯牙にも掛けず、炭すらの残さず消滅させた《蒼ノ一閃 滅破》はまっすぐ無形個体へと奔った。
震える空間。眩い光が無形個体を包んだ。
「なんという威力だ……。庭園もただでは済まんな」
視界の煌きが収まり、その光景を見た。
半分以上その躯を消し飛ばされた無形個体が今にも炭化せんばかりに揺らいでいた。
「このまま攻め落とす。私に続け!!」
その呼び声にポロネーズたちはその刃を敵へと向け奔った。
その連隊のなかでどこか不安感があった。ざわざわと騒ぎ立てる心臓の違和感。
背中を這い回る怖気――その動物的直感が外れていれば良かった。
崩れ掛けていた無形個体の躯から矢庭に目を覆う黒い閃光が爆ぜる。
「隊長ッ!!」
未来が私の前に飛び出て、巨大な鏡を構築した。
辺りに放たれた殺意の光線が、幾人かのポロネーズたちを巻き込む。
「ッ――なんて威力……長くは持たない……」
「補強する、持ちこたえろッ!」
白盾を構えエネルギーフィールドで鏡を補強する。
しかしその二種の聖遺物の強固な盾ですら長く持ちそうになかった。
人類の拒絶と悪意の結晶が、負の感情の集合体が易々とその存在消滅を許容するはずもない。
楽観視した戦況と、今までにない規模の装者たちの結集で、私自身も思考を鈍らしていた。
バリバリと音を立て皹が入る盾に私たちは更なる焦りが募った。
いつまで持つ、いつまで耐えれる。
死を覚悟するさなかに、誰かの声が聞こえた。
――Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el baral zizzl――
その歌詞は絶唱であった。
いくらシンフォギアでも耐えられない攻撃に、最大の攻撃で打ち消そうと誰かが試しているのだ。
いくつも聞こえる絶唱の歌声、しかしながら唄いきる前にその歌声たちは消えていった。
このままでは私たちもこの閃光に穿たれ消滅する。
意を決し先達たちに習い口ずさむ。
――Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el baral zizzl Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el zizzl――
口から溢れ出た血が、止め処なく垂れた。
胃を捻り潰されたと勘違いされてもおかしくない量の吐血に自分自身も驚いた。
しかし、こうしなければこの盾は持ちはしない。
「隊長――駄目ですッ!! これ以上は――」
「唄わせるのだ。未来――人類の未来のために、お前たちの未来のために――ッ!!」
エクスドライブと
「うああああああああああああああああッ!!」
体中に奔る鋭く響く痛みを押さえつけフィールドを巨大化させた。
包み込むように、この攻撃元を押さえ込む。
暴れるノイズの衝撃がフィールド越しにも伝わってくる。徐々にその衝撃は弱まり、その姿が見えた。
巨大な竜。
その巨体は庭園を遥かに越えている。鋭く生えた牙、口より漏れ出る炎があった。
「新しいノイズ――」
「違う……あれは、適応したんだ」
直感できた。
悪意の知恵、人を殺すことに特化したノイズに今までになかったことは、種類の増加だった。
カエル型、人型、鳥型、と確認できているノイズの種類は総計12種。
それ以外の種は存在しなかった。しかし、悪意は度を越せばより凶悪に殺すことだけを突き詰めた知恵を生み出すのだ。
それがこの《結果》だ。
「ノイズが、シンフォギアとの戦闘で進化した……」
「あんなの勝てるわけ……」
「今何人生き残ってるの……」
生き残っている装者たちは口々に絶望を放ち始めていた。
もう、士気はガタガタだった。
視線を走らせ、翼を捜すが姿が見えない。
(散ったか。良き旅路を、私もすぐに向かう――)
姿勢維持もままならない体だが奮い立たせアームドギアを構えた。
死を強く体に感じる――しかし、今死んでくれるな。
魔法の鞘が輝き、限界を迎えている肉体を無理やり稼動できる状態まで復元する。
カロリーが足りない――脂肪が消費され、足りない分は骨より使われ全身が軋む。
意識が朦朧とする――全身に激しい痛みを鞘が与え気付けとする。
死に体の体が生き生きとした屍に蘇生した。
決して退いてはならない。私が引けば、皆がチリジリとなる。
エクスカリバーを構えた最中に全装者に向けテレパスが届いた。それは庭園に突入したアメリカ装者部隊だった。
――こちらソロモン。想定されてる戦闘推移を逸脱し多くの適合者、シンフォギアが失われた。これより、《バビロニアオペレーション》はアンコールに移行する――
「アン……コール……?」
意味が分からなかった。
アンコールなど存在しない。この作戦が失敗すれば人類に後はないのだ。
――現時点を持って全戦闘行為を中止しゲートの外へと退避しろ――
「待てッ! アンコールだと、聞いていない。アンコールとは何だ!!」
――アメリカの保有する四千発の3.Sボムで宝物庫を圧破させる――
「四千発だと!!」
どうして通常兵装連隊と三隻のフローティングキャリアが同行してきたのか合点がいった。
ノイズとの戦闘だけならシンフォギア装者だけで十分だ。
三隻のフローティングキャリアは不必要だ――ただその船に対ノイズ兵器の《3.Sボム》が満載しているのならば話は別だ。
いくらシンフォギアがノイズ殲滅の特化兵装だったとしても、たったの108名に人類の命運を預けるなど可笑しいのだ。
恐らくあのフローティングキャリアの船員たちは望んで死にに来ている。
いうなれば過去日本で行われたような
――総員、撤退開始――
踵を返すように皆が逃げ帰ってゆく。
アンコール、アンコールか――本当にそれでノイズが全滅してくれればいいが。
「隊長、引きましょう。このままだと爆発に巻き込まれて――」
未来は私に縋りつき腕を引いてくるが、私はその場を動かなかった。
いや、動けなかった。
今私が動き、白盾より意識を外せばフィールドに押さえ込んでいる巨大竜を解き放つことになる。
そうなれば敗走に等しい無防備な背を晒す装者たちに襲い掛かる。
故に私は動けない。いや、動かないのだ。
「行け、未来。今私が引けばあれを解き放つことになる、なに多少伸びた寿命がここで終わるというだけだ」
「そんなッ!! 娘さんたちが待ってるんですよ!!」
「確かになあ、しかし誰かがここでアレを引き付けておかなければ、その夢も立たれようぞ」
私は諦めた様に笑う。
良き人生だ。最後の花道の道ずれにしてはあのノイズはちょうどいい相手だ。
若人に夢を託し死ねることが出来ようとはなんと、気軽なことか。
よう思った最中に、私の体は後ろへと引かれた。
「――私が引き止めます。隊長はアリスさんたちを守ってください」
帯で私の体を後ろへと投げた未来。
その後姿に、不覚にも見惚れてしまった。
私の勝手な格好つけを真っ向から否定して、自らその身を捨てようとしていた。
「まッ――」
未来を止めようと言葉を発想とする瞬間、私の体を抱え走り去る装者がいた。
赤黒いプロテクターに禍々しいアームドギア、天叢雲剣だった。
「離せ、離さぬかッ!! 神獣鏡を、未来を見殺しにする気か!!」
「駄目だ!! これ以上装者を死なせるわけにはいかないんだ!!
震える天叢雲剣の声に、もう風鳴翼は死んだことが分かった。
私は腕を伸ばし叫んだ。
「逃げろッ!! 未来。まだ――」
振り向いた未来は翳りのない笑顔で云った。
耳に届かない声だったけれど口の動きで何と言っているのかは分かった。
――御元気で、隊長――
瞬間、辺りに閃光が包んだ。
緑、紫、黄、青のカラフルな色の目に見える衝撃がシャボン玉が膨らむかのごとく膨張しノイズも
膨らみ続ける閃光の一つが爆ぜる。それは爆弾の音と言うよりは女性の悲鳴にも、楽器が壊れる瞬間の音にも聞こえた奇妙な爆音だった。
3.Sボムが起動し、撤退も完全に終えてない装者たちを巻き込み始めたのだ。
天叢雲剣はノイズを、
奔ったが、3.Sボムの爆風の方が幾分か足が速くその衝撃に体を打ち付けられる。
意識を保つことはもう出来なかった。魔法の鞘も、3.Sボムの衝撃で気付けの作用は破損していた。
静かに沈む暗黒に私の意識は溶けた。
「…………」
喧騒に目を覚まし、私は体を起こした。
そこは軍艦の中であり、私はそのベットにいたことが分かった。
(……生きている?)
痛んだ体は瞬時に治癒を始めた。
腕に繋がれた点滴の袋が穴が開いたように空になり、体を復元してゆく。
しかし、砕けた骨などは完全に治しきれず、歩くのにも松葉杖が必要だった。
慌ただしく船員たちが通路を行きかい、負傷者であろう者たちが通路の端に座り込んでいた。
うめき声、悲鳴、泣き声、怒鳴り声。何がなんだか分からない。
戦場の風景。そう、地上の前線の医務所の光景だ。
なにがあったのだ。この船は、この軍艦内設備は。
――イギリスの船ではないのか?。
「隊長ッ!!」
私はその呼び声に振り向いた。それは懐かしい姿だ。
「ガラティーン……いったい何があった。ここはどこなんだッ、この設備、この船舶、イギリスの――」
「落ち着いてください、隊長。ベットに――」
「落ち着いていられるか!! バビロニア作戦はどうなったのだ!! 他の装者は、未来はどうなったッ!!」
目を合わせる事を避け押し黙るガラティーンの様子に私はすべてを察した。
「失敗……したのだな――」
「はい、バビロニア作戦が瓦解し、救出された装者は総勢で13名。95人は行方不明、昨日調律軍より
私の足は震え、その場に崩れ落ちた。
KIA? 戦死? 未来がか? まさかそんな――
戦友の死でいっぱいいっぱいの筈なのに頭は敏く思考を巡らせた。
「なぜ私がイギリス軍艦に乗っている。バミューダに展開していた船舶は殆どアメリカの船舶だぞ」
「それは――」
「どういうことだ。私は一体いつ本国に帰還した」
私はガラティーンを押し退け、甲板へと向かう。
幾度もその進行を止めようとガラティーンが前に出るが相手にせず、そしてその扉を開けた。
――絶望が目の前に広がっていた。
燃え上がる街並み、観覧車、時計塔、跳ね橋。その街並みは――祖国イギリスのロンドンであった。
「作戦瓦解の後、宝物庫の閉鎖を決定した調律軍でしたが、レメゲトンはアンコールで使用された3.Sボムの衝撃で破損、ギアにも加工出来ない状態だそうです」
「なぜ……それで、こうなのだ……」
「最大まで開かれた宝物庫から無尽蔵にノイズが全方位、全方角に進行を開始しました。私は防衛作戦に参加しましたが錬金術師の叛旗でアロンダイト、ロンゴミニアドの
「あ、ああ……なんで、なんで――」
慟哭の声を上げ、燃ゆる祖国を嘆く。
後に分かったことだが、国土放棄の最中、アベル、アリア、アリス、私の家族はノイズに殺されていることが分かった。
あの作戦はなんだったのか。
最後に残ったのはどうしようもない世界だけだった。
どれだけ悔いようと、どれだけ嘆こうと、どれだけ喚こうと。
救えない。
あのとき私たちが慢心していなければ。あの異常なノイズが現れなければ。錬金術師が叛旗を翻さなければ。
きっとイギリスは陥落しなかっただろう。私の家族は死ななかっただろう。
私の心はその現実に耐えられなかった。
逃げるように戦場を駆け、ノイズを殺し、錬金術師たちを屠った。
幾度も、幾億回と、殺し続け心も、肉体も限界を迎え始めていた。
鞘はバビロニア作戦の3.Sボムの影響か、その機能が半減しているようで私の内側より本来の『時間』が戻って着ていた。
そんなときに全世界に向けアメリカの装者、ソロモンリングがメッセージを発信した。
全人類の救済のために他の並行世界を乗っ取るという計画を。
調律軍は名を語ることを硬く禁じ自分たちが行おうとしている罪から、名を捨てた者たち『
すでに瀕死の人類に希望を、生存を示したソロモンが最高司令に昇格し、各国より生き残った装者たちを接収し『ギャラルホルン』を使い並行世界の乗っ取りをはじめた。
私たちの世界の人類は緩やかな死から、急速な死を迎えようとしていた。
そんなことは私は認めなかった――認めたくなかった。
だから私は、たとえ他の世界を犠牲にしてでも――。
ロンドンの地下にて銃撃戦を超える攻防が繰り広げられていた。
アルカノイズが廃線の線路を走るが、その黄金の軌跡にてきり伏せられてゆく。
錬金術師はエネルギー光線で応戦するが、その意味は薄かった。
舞い散る血潮、足首からバッサリと切り落とされ崩れ落ちてしまう。
その剣、エクスカリバーは血を滴らせ錬金術師に切っ先を向けていた。
「この国の膿を廃さねば、真なる平和は訪れない」
心臓に突き立てられた剣を引き抜き、血を払う。
諦めたのだ。あちらの世界を、自分の命を。
でもせめて、私の知る世界に似たこの世界の、この街の景観だけは守りたいのだ。
膿を、錬金術師を消し去るまでは――
「死ぬわけにはいかんのだ」
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