ひまりを妹ではなく1人の女の子として意識するようになったあの日から数日が経った。俺は相変わらず寝不足気味の生活を送っていた。しかし、それは前のように悪夢に魘されているからではない。その原因であるひまりは今、俺の腕に抱き着いて気持ちよさそうに眠っている。いや、ひまりに非はない。俺が勝手に意識してしまっているだけの話だ。しかし、意中の女の子がすぐ隣で無防備に眠っているのだ。これで意識をするなという方が難しい。
この実の妹と一緒に眠るという一般的には奇妙に映るであろう習慣は、あの事件以来頻繁に悪夢に魘されていた俺を心配したひまりが、突然俺の布団に潜り込んできて始まったものである。既に数年も毎日一緒に寝ているのだ、今更改めようにも何かきっかけが無ければ、ひまりは不審に思うだろうし、今の俺に上手く誤魔化す自信はない。
それにこんな風に言い訳を重ねているが、結局はひまりの寝顔をこうして隣から眺められる今を手放すことが嫌なだけだ。
「お兄ちゃん……」
ひまりの口から寝言が聞こえてくる。どんな夢を見ているのかは分からないが、俺に関する夢を見ているようだ。
(なんでこれまで意識せずにこられたんだ……)
ひまりに腕を拘束されていなかったら頭を抱えてしまっていただろう。以前の俺が悪夢に魘されていた事すら信じられなくなってくるほどにひまりを意識してしまっていた。しかし、そんな問いの答えなんて分かりきっている。
(兄妹だったから、だよな)
兄妹だったから、ひまりは俺をこんなにも慕ってくれているのだろう。兄妹だったから、女性不信になった俺でもひまりを信じる事ができた。そして今は、兄妹だから、俺はこの想いを伝える事ができないのだ。
(なんで俺達は兄妹として生まれてきちゃったんだろうな……もし兄妹じゃなかったら……)
世間体を気にしているのではない。俺が恐れているのはひまりに捨てられてしまうことだけだ。もし今の俺がひまりに愛想を尽かされてしまったら文字通り生きていく事は出来ないし、生きていこうとも思えない。
(最近ひまりに偉そうに『もしもの話に意味なんてしてもしょうがない』なんて語ったばかりなのにな、情け無い)
意味がないと分かっていても今はそのもしもの話に縋りたい気分だった。
伝えればいいじゃないか。ひまりなら受け入れてくれる。頭の隅でそんな考えがよぎる。
「駄目に決まってるだろ……」
思わず声が漏れてしまった事に気が付いたその時だった。
「お兄ちゃん、何が駄目なの?」
振り向くといつの間にか起きていたらしいひまりが笑っていた。しかし、その笑顔はいつもの快活さなど無かったかのように感じる程に蠱惑的なものであった。
「ひまり……なのか……?」
ひまりがこんな顔をしていることが信じられなかった。
「私に決まってるよ。一体誰に見えたの?」
「いや、ちょっとボーッとしてたみたいだ。いつも通りのひまりだよ」
そう、どんな顔をしていようがひまりはひまりだ。
「幻覚が見えるようになったのかって心配しちゃったよ……それでお兄ちゃん、一体何が駄目なのかな?」
再び問いかけてきた。ひまりにバレるわけにはいかないと曖昧な笑みを浮かべ
「いや、しょうもない事だよ。ひまりに聞いてもらうような事じゃない。」
誤魔化す事にした。しかし、
「隠さなくて良いんだよ?私たちは兄妹なんだから」
優しく諭すように語りかけてくる。どうやって誤魔化せば良いのかと思案しながらも、本当にひまりなら受け入れてくれるのではないかと思えてきた。
「大丈夫私だけは何があってもお兄ちゃんの味方だよ」
考えがまとまらず、黙ってしまっている俺に対して重ねるようにそう言うとひまりは俺の頭を撫で始めた。
「……ひまりの事が好きなんだ」
遂に言ってしまった。もう戻れない。
「どうしようもなく好きになってたんだ!妹じゃなくて1人の女の子として……気持ち悪いよな、血まで繋がってる兄妹なのに……だからこんなこと考えてる俺が駄目だなって思って」
言い終わる前から早くも俺の心は後悔で満ち、ひまりからの断罪を受け入れる覚悟をしていた。しかし、
「何で?何が気持ち悪いの?」
当のひまりは何がおかしい事なのかまるで分かってないかのような態度だった。
「何でって、俺達は兄妹じゃ……」
予想していなかった反応に思わず戸惑いを隠せない。
「兄妹の何が駄目なの?」
そんな俺に被せるように再び問いかけてきた。そんなひまりの様子に俺はまさかと思った。
「ひまりは……良いのか?」
考えがまとまらないまま口にしたのは、願望が混じって言葉足らずな問いかけだった。
「良いも何もね、私はずっと待ってたんだよ?お兄ちゃんが振り向いてくれるのを」
しかし、そんな質問でも、ひまりにはしっかり伝わっているようだ。
「私もね、昔からお兄ちゃんの事が大好きだったの。勿論1人の男の人としてね」
これは追い詰められた俺が見ている夢かそれとも幻覚なのではないかと思った。そんな風に考えもまとまらずに混乱していた俺はついひまりを抱きしめてしまった。
「大丈夫。夢でも幻でもないよ?」
俺の不安を見透かしたかのようにそう言うとひまりは抱きしめ返してきた。
「嬉しいな。ようやく通じ合えたんだね」
顔は見えなかったがとても優しい声だった。そして、抱きしめあった事でひまりの体温を感じ、ようやく実感が追いついた。
「怖かったんだ……ひまりに捨てられるのが……」
思わず弱音が口をついて出る。
「私がお兄ちゃんを捨てられるはずがないのに……でもお兄ちゃんに信用されてなかったって思うとちょっぴり悲しいかも」
そう言いつつも俺を撫で続けているひまりの手はとても優しいものだった。
「ごめんな、こんなに待たせちゃって」
「良いんだよ兄妹っていう関係も悪くなかったし、そんなお兄ちゃんも大好きだからね。それでも、悪いと思ってるならこれまでの時間を取り返すくらいに私を愛してほしいな」
俺の中の理性が溶けていくのを感じる。衝動ののままにひまりの唇を奪う。ひまりは驚く素振りも見せずに舌を絡めてきた。そこから俺達は言葉も無いままひたすらに互いの唇を貪りあった。
気がつくと夜が明けていた。
「今日も学校がある、そろそろ準備をしようか」
ひまりと離れなければならないのは寂しくはあったが、サボるわけにはいかない。そう思っていた。しかし、
「お兄ちゃんはもう満足しちゃったの?」
そういうひまりは寂しそうにしていたが、その目には妖しい輝きが灯っており、明らかに俺を誘っていた。それでも、さみしそうな顔をしているひまりを放っておけるわけがない。
「そんな訳がないだろ?俺だってまだまだひまりと一緒に居たい」
もう何度目かも分からないキスをした。しかし、
「まだ……足りない……もっとお兄ちゃんを感じたいよ」
呼吸も整わないままにそういうと、立ち上がりかけていた俺に体重をかけてきた。抵抗する間もないまま布団に押し倒された俺に覆いかぶさってくると、ひまりは俺の耳元で囁いた。
「今日は一日中……シちゃおっか」
その瞬間、僅かながらだが戻りかけていた俺の理性は再び蒸発し、最後の一線まであっさり踏み越えていった。
あれから数年が経った。 あの日以来俺とひまりは学校はおろか、外出すら滅多にせずにひたすらひまりと互いを求める非常に爛れた生活を送っていた。両親が残してくれたお金はまだ残っている。だがこんな生活がいつまでも続くわけがない。そう遠くない未来に俺達は破滅するだろう。そんなことは分かっているが関係ない。今はただひまりと愛し合いたい。俺の思いはそれだけだった
「お兄ちゃん、どうしたの?」
気が付くとひまりが俺を不思議そうに見つめていた。
「ちょっとな、思い出に浸ってたんだ。ひまりは今、幸せか?」
「聞くまでもないでしょ?お兄ちゃんが私を愛してくれてるんだから、これ以外何もいらないよ?」
その答えを聞いて安心する。
「だから、これからもずっと私を愛していてね?私もずっとお兄ちゃんの事を愛してるよ」
そういうひまりの笑顔は幼い頃と何も変わらないものだった。
皆様のお陰でなんとか完結させられました。
ヤンデレというよりただの共依存な終わり方になってしまい、期待されている方には申し訳ないです。
またどこかで縁がありましたらよろしくお願いします。