Cannon†Girls   作:黒鉄大和

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第10話 最強の女王と最強の姉妹

 エリア2はエリア1から続く川の崖上に当たる草原。この狩場の中では比較的広い場所であり、飛竜が良く現れる場所でもある。警戒しながら入った二人だったが、幸いにもリオレイアはいなかった。それを確認し、ほっと胸を撫で下ろす。だが、安心はできない。エリアにはリオレイアの代わりにまたしてもランポスが三匹程警戒していた。

「ったく、いつも思うけどランポスって無尽蔵にいるんじゃないの? 生息不可能な狩場以外で会わないって事がまずないんだけど」

 ため息混じりに言うエリーゼの言葉にはレンも「そうですよねぇ」と苦笑しながら答えた。本当に、ランポスというのは森丘や密林などの狩場で会わない事はないというくらい生息数が多い。これでもかなり間引きされているそうだが、本当かどうか疑わしい程だ。

 だが愚痴った所でランポスが減る訳でもないし、エリーゼはめんどくさそうに近衛隊正式銃槍を構えながら岩陰から姿を現す。すぐさまランポス達が敵襲の声を上げる。レンは岩陰からこっそり銃口で狙いを定めており、いつでもエリーゼの援護ができる体勢を取っていた。

 三匹のランポスは一斉に突進して来た。先制攻撃を仕掛けようとしているのだろうが、エリーゼは臆する事もなくその突進を真正面から迎える。そして、先頭の一匹が目の前まで迫ったと同時に体全体を一つの弓にしたように強烈な刺突を繰り出した。その一撃は見事にランポスの胸に突き刺さり、刃先が背中から真っ赤な血を纏って飛び出した。

「ギャアッ! グエェッ!?」

 悲鳴を上げて暴れるランポスに容赦なくゼロ距離での砲撃。吹き飛んだランポスは地面に叩き落されて絶命した。しかしその隙に一匹のランポスがエリーゼの背後を取った。怒号を放ちながら勇猛果敢にエリーゼの背後から襲い掛かるが、そこへレンの銃撃が炸裂。突然の予想外の攻撃に戸惑うランポスに次々に銃弾を放ち、ランポスの体を貫いていく。そしてあっという間に倒れた。

 ついに一匹になり、自暴自棄になったかのように残るランポスが突撃して来る。しかしそんな無策な正面突撃などエリーゼにとっては何ら脅威でもない。冷静に目の前まで引き寄せてから砲撃で牽制し、ランポスが動きを止めた所で足払い。予期していない方向からの力にランポスは耐え切れずに転倒。エリーゼはすぐさまその頭部に砲口を当て、容赦なく引き金を引いた。それで戦いは終わった。

 辺りに焦げた血の匂いが漂い始める。それを鼻で感じたエリーゼは眉をひそめる。

「早いうちにここを離れるわよ。血の匂いでリオレイアが来るかもしれないから」

「そ、そうですね」

 エリーゼとレンはランポスの剥ぎ取りはせずに次のエリア3へと向かって歩き出す。だが、まるでその行く手を塞ぐように崖の上からランポスが二匹現れた。突然のランポスの出現にエリーゼは不機嫌そうに舌を鳴らす。

「チッ、こっちは急いでるってのにッ」

「でもここは卵を運ぶ際に通るかもしれません。今のうちにできるだけ邪魔なランポスは排除しておいた方がいいかと……」

「わかってるわよそんな事ッ」

 レンの意見は至極真っ当な意見である。飛竜の卵は小タル爆弾より一回り程大きな物なので両手で抱えて運搬する事になる。当然、武器は構えられない。その為運搬依頼の場合は事前にランポスなど邪魔になるであろうモンスターを排除しておくのが通例だ。エリーゼ自身、そういう風に学校でも習っていた。

 だが、いつリオレイアの奇襲を受けるかわからないという極限状態では頭ではわかっていても気持ちが空回りしてしまう。エリーゼとしては血の匂いが充満するエリアは早く脱したい。でもランポスは排除しておきたい。彼女の中で相反する思考がぶつかり合う。

 エリーゼが考えている間を当然ランポスは待ってなどくれない。威嚇の声を上げて早速突撃して来る。エリーゼは舌打ちすると近衛隊正式銃槍を構えた。こうなれば戦闘は避けられない。そうと腹をくくれば今はとにかく一刻も早くこのランポスを始末するのが先決であった。レンも同じ考えに至ったらしく、ティーガーをすぐさま構える。

 真正面から突撃して来るランポスに対し、エリーゼは刺突の一撃を加える。だがランポスはそれを器用に横へ回避。

「このぉッ!」

 ガンランスは片手剣のような機動力もなければ大剣のような横薙ぎの攻撃もできない。全ての攻撃が正面に対する刺突と砲撃のみだ。一度横に逃げられれば再び捕捉する、それもランポスのような機動力のある小型モンスター相手ではかなり厳しい。

 エリーゼは横に滑るようにしてランポスに迫るが、ランポスはその動きを読んでいるかのようにジャンプしてエリーゼの上を飛び越えた。そして、がら空きの反対側に降り立つ。

 慌てて重い装備ながらできるだけ早く振り返って防御の姿勢を取ろうとするが、それよりも一瞬早くランポスが動いた。ガードが整っていない状態のエリーゼに、真正面から襲い掛かる。

「ひゃあッ!?」

「エリーゼさんッ!」

 刹那、レンの声を銃声が重なった。飛び上がって襲い掛かるランポスはエリーゼの直上で突然横から放たれた銃弾を受けて悲鳴を上げながら横へ吹き飛んだ。地面に倒れたランポスだったが、致命傷ではなかった為すぐに起き上がる。だが、エリーゼの危機は一応脱した。

 エリーゼはふぅと額を覆う冷や汗手の甲で拭うと、駆け寄って来たレンに振り返る。

「お、お礼なんて言わないわよ」

「いいですよお礼なんて。私とエリーゼさんの仲じゃないですか」

 そう言って無邪気に笑うレンにエリーゼは苦笑すると、再び顔を引き締めてランポス達と向き合う。二匹のランポスは二人の連携を見て警戒しているのか、遠巻きに警戒する。それを見て、エリーゼはフンと鼻を鳴らす。

「悪いけど、あんた達と遊んでる暇はないのよ。レンッ」

 エリーゼは武器を背負うと地面を蹴るようにしてスタートダッシュし、ランポス達へと突貫する。一気に離れていくエリーゼの背中を一瞥し、レンは通常弾LV1を撃ち放つ。目視で銃口を微調整し、交互に二匹を攻撃して双方の動きを封鎖。そこへエリーゼの突貫突きが炸裂。先程エリーゼに襲い掛かったランポスは倒れた。その直後、もう一匹のランポスもレンの銃撃に倒れた。

 今度こそ静けさを取り戻したエリアを見回し、二人は互いに歩み寄るとパンッと手を叩き合う。そのどちらも自分達の見事な勝利に笑顔を花咲かせていた。

「絶好調ね」

「はいッ。エリーゼさんと一緒なら、私リオレイアだって狩れちゃうかもですッ」

「はッ、調子に乗るんじゃないわよ」

 無邪気に笑うエリーゼの額を軽く小突くと、エリーゼは「行くわよ」と言って歩き出す。レンも「あ、待ってくださいです~ぅ」と慌ててついて行く。

 こうして二人はエリア2のランポスをある程度駆逐してからエリア3へと入った。エリア3もエリア2と同じく高台にある草原地帯である。ただ地形は少し複雑で、瓢箪(ひょうたん)のような形をしている。ここはシルクォーレ森林地帯にあるエリア9と10、頂上付近の小さな広場となっているエリア4へと繋がる分水嶺(ぶんすいれい)。エリア10は池がありモンスターの水飲み場となっている。エリア9は木々が天井を覆う天然のトンネルとなっており飛竜の休憩場でもある為、この狩場では危険な部類に入る場所だ。そして、飛竜の巣はエリア5と番号が振られており、エリア6はそこへと繋がる数少ない道の一つだ。当然、飛竜の卵を求めて巣へと向かう二人はエリア6へと向かう事になる。

 エリア6は通常はアプトノスが高所にある草を食べに来る為その姿を見る事ができるが、今回は厄介な事にまたしてもランポスが――ではなく、何もいなかった。エリア全体を見る事は地形的に無理だが、一見した限りではモンスターの陰は全くなかった。警戒して入って来た二人はその光景に肩透かしを食らう。

「何よ、てっきりランポスが五匹くらいお出迎えしてくれると思ってたのに。一匹もいないじゃない」

「……これは、ちょっとおかしいですよね」

 レンとエリーゼはこの異常に何か不気味なものを感じていた。今まで事ある事にエリアを占拠して行く手を阻んできたランポスがここに来て突然いなくなるなんて、そんな事普通はありえない事だ。

 モンスターの姿はない。だが、その異変に対して二人は今まで以上に警戒しながらエリアを進む。

 ――一瞬、日の光が遮られた。驚いて二人は一斉に顔を上げると、そこには蒼い空が広がっている。そこを悠々と飛翔する緑色の影。巨大な翼を羽ばたかる、深緑の竜。

 二人は一瞬何が起きたかわからなかったが、すぐにハッとなってエリア6へと繋がる道の岩陰に隠れてその光景を見詰める。

 深緑の竜は二人の上空を通り過ぎ、エリア9と10へと向かう道がある広場の奥上空でホバリングすると、ゆっくりと巨大な翼を羽ばたかせながら舞い降りてくる。その圧倒的な風圧は草花や木を激しく揺らし、耐え切れずに葉が千切れ飛ぶ。

 圧倒的な存在感と生命力。それなりに離れた場所にいるというのにそれらはビシビシと二人に伝わって来る。明らかに今まで相手にして来たモンスターとは桁が違う。

 そして、深緑の竜はその巨体を支える巨大な二本の脚で地面に着地した。その瞬間、ズシン……という鈍い衝撃が響いてくる。信じられないような重量感だ。

 竜は荒々しい翼を閉じると、その強靭な脚でしっかり地面に立つ。長い首をもたげてキョロキョロと自らの縄張りを侵す者はいないか探す。その瞬間、二人は慌てて顔を隠した。

「あ、あれが陸の女王」

「――雌火竜リオレイア」

 初めて見るリオレイアの迫力に、レンとエリーゼは恐怖した。あれが同じこの世界に住む種族なのかと疑いたくなる程、奴は桁が違っていた。あんなのを相手に、熟練のハンターは戦うのだ。そう思うと改めて自分達ハンターという職業は常識外れな存在だと感じる。

 岩に隠れているから向こうからは決して見つかってはいないはず。なのに、岩越しに奴の圧倒的な迫力が伝わって来る。ガクガクと足が震え、立っているのがやっと。 今回はあいつを討伐する訳ではない――いや、あんな化け物自分達じゃどう足掻こうと討伐なんて無理だ。逆にこっちが狩られてしまう。だがしかし、自分達の任務はあのリオレイアが守る飛竜の卵を奪う事。それはある意味、彼女の逆鱗に触れる最もしてはならない禁忌(タブー)だ。

 あの巨竜の怒り狂う様を想像するだけで、全身から汗が噴き出す。口の中はカラカラに乾き、息を吸うたびに喉が痛む。

 ――無理だ。

 彼女が大切に守っている卵を奪い、怒り狂う彼女から逃げ切る事なんてできっこない。今すぐ、この場から逃げ出したい。そんな衝動にエリーゼは駆られる。

 ギュッ……

 その時、エリーゼの腕を震える手が掴んだ。驚いて振り向くと、そこには必至に恐怖に耐えるようにエリーゼの腕にしがみ付くレンの姿があった。瞳は涙に濡れ、体と同じように唇も微かに震えている。

「え、エリーゼさん……」

 涙目ですがるように見詰めて来るレンを見て、エリーゼは自分の中を支配しつつあった恐怖を無理やり追い出した。

 ――そう、今回の依頼は決して自分一人だけで参加している訳ではない。レンと一緒なのだ。

 レンは一応自分と同じランクになったが、後輩には変わらないしまだまだ自分よりずっと未熟だ。自分は、そんなレンを守る義務があるし、守りたいと心から思っている。その気持ちもまた、決して変わる事はない。

「大丈夫よ、レン。あんたは絶対にあたしが守ってあげるから」

「――違いますッ」

「え?」

 震える足に無理にムチを打って囮役としてリオレイアの前に飛び出そうとするエリーゼの手を、レンはギュッと引き止める。驚くエリーゼが振り返ると、レンは涙目ながら真剣な瞳で彼女を見詰める。そして、無理やりにでも微笑んだ。

「私も、エリーゼさんを守りますッ。だって、私達はコンビじゃないですかッ」

 レンの言葉にエリーゼは瞳を大きく見開いて驚くと、フッと口元に笑みを浮かべる。そして、レンのレザーライトヘルムをずらしてがら空きになった額にデコピンする。

「いたッ、何するですかぁ……」

「生意気な事言ってんじゃないわよ。あんたはあたしの後ろに隠れてればいいのよ」

「そ、そんなぁ……ッ!」

「――そこからの援護、頼りにしてるわよ」

 そう言い残し、エリーゼは岩陰から飛び出した。レンは一瞬ポカンとしていたが、エリーゼの言葉の意味を理解するとパァッと笑顔になり、「はいですッ!」と元気良く返事してエリーゼの後を追って岩陰から飛び出した。

 辺りを警戒していたリオレイアは、突然現れた不埒な侵入者二人を発見すると全身からすさまじい殺気を噴き出した。それは風となり、二人に襲い掛かる。それだけで、二人はビクッと体を震わせた。

 ギロリと睨んで来る凶悪な瞳に、二人の心の警鐘がやかましいくらいに鳴り響く。理性が逃げろと言っている。本能が逃げろと言っている。それでも二人は逃げない。理性や本能が退避を勧めて、そんなの気合で打ち負かす。

 二人には負けられない理由がある。その理由がしっかりとした柱になっている限り、二人は逃げも隠れもしない。例え、その相手が陸の女王リオレイアだとしても、だ。

 リオレイアは体を持ち上げ、畳んでいた翼を大きく広げる。それだけで、今までの二倍くらいに体が大きくなる。そして、《敵》に向かって殺気を全力で込めた怒りの咆哮を放つ。

「ギャアアアアアオオオオオォォォォォッ!」

 怒号と共に暴風が発生し、レンとエリーゼにぶち当たる。髪が激しく揺れ、警鐘が最大出力で鳴り響く。それでも、二人は武器に手を掛けた。

「いくわよレンッ!」

「はいですッ!」

 蒼天の空の下、レンとエリーゼ対リオレイアの死闘の火蓋が気って落とされた。

 

 その声を聞いた者全ての本能に直接干渉する咆哮(バインドボイス)。しかし距離があった為二人は耳を塞ぐなどという動作はしなかった。

 最初の威嚇は失敗。しかしリオレイアは焦る事もなくすぐに次なる一手を放つ。首をもたげ、スゥと息を吸い込み火炎袋と言われる内臓器官に備えた発火性の体液が発火。猛烈な炎となり喉を駆け抜け、砲身となる口へ流れ込む。そして、激しい爆音と共にその火炎が開口された口から撃ち出される。

 ブレスと呼ばれる炎の塊は一直線にレンとエリーゼに向かって直進。二人は慌てて左右に分かれてそれを回避するが、横を通り過ぎる瞬間に感じた恐るべき熱量に冷や汗が噴き出す。

 あんなもの、直撃すれば即死は免れない。それだけの威力だというのが、本能的にわかった。同時に、本能的に足が震え出す。逃げろ逃げろ逃げろともう一人の自分が叫んでいる。でも、二人は互いの無事な姿を確認するとそんな警告をも無視して戦闘モードに入る。

 きっと、一人では逃げていたかもしれない。でも今は二人だ。信頼できる相棒(パートナー)が一緒にいてくれる今なら、逃げもせずに立ち向かえる。1+1は無限になれる。

 リオレイア相手に戦術的な勝利は不可能でも、二人で力を合わせれば戦略的勝利はできる。そう、二人の瞳が語っている。

 ブレスを回避され、リオレイアは次なる一手を放つ。その大きな脚で大地を蹴り、猛烈な勢いで突進を開始。その速度は巨体に合わず俊足で、イャンクックやドスファンゴとは比べ物にならない。レンは横へ転がるように回避し、エリーゼもレンとは反対方向に身を投げるようにして回避した。それぞれ、リオレイアの巨体が横を通り抜ける瞬間、この一撃も直撃すれば即死すると本能が感じ取った。まさに、そのもの全てが死の塊のような存在。それがリオレイアだ。

 二人は冷や汗ダラダラの状態で、身を投げ出すようにして強制停止するリオレイアを見詰める。

 とにかく、今は奴の動きを正確に見極めるのが先決だ。知識で知ってはいても、実際に見るのとではまるで違う。その感覚の差は、どんなモンスターが相手でも重大な致命傷になる事もある。まずはその感覚の修正をする為にも実際に見て体験する。それがこの戦いの意味であった。

 ある程度奴の攻撃手段を見た上で、ペイントをぶつけて全力退避。後はペイントの匂いで奴を避けながら卵を確保し、同様の手段で拠点(ベースキャンプ)まで運ぶ。一見するとこの戦いは不必要にも思えるが、まずは奴の動きを見ておかなければもし途中で遭遇する事になった場合、対処ができなくなってしまう。

 相手が空を飛ぶ能力を有している限り、絶対に遭遇しないという保証はない。相手が自分達よりも圧倒的過ぎる存在ならば、どれだけ手段や策を講じていても無駄ではない。むしろ足りないくらいだ。

 リオレイアはゆっくりと起き上がる。もうすぐこちらに向き直り、次なる攻撃手段に転じるだろう。その前に、エリーゼは先手を打つ。

 エリーゼは腰に下げていた手で持てるくらいの角状の笛、角笛を構えるとそれを口に当てて吹き始めた。勇ましい音色を奏でる角笛。振り返ったリオレイアはその音を聞くと比較的近くにいたレンを無視してエリーゼの方へ向く。

 怒りに染まった凶悪な瞳が自分を捉えた事を確認し、エリーゼは恐怖に震えながら不敵な笑みを浮かべた。

「作戦成功ね」

 そう言うと、背中に備えた近衛隊正式銃槍を構えた。

 リオレイアと真正面から対峙するエリーゼを見て、レンはギュッと唇を噛んだ。

 あれは角笛。特定のモンスターの気を引く道具(アイテム)だ。あれを吹くと、モンスターはその音色が嫌いなのか、吹いた者を積極的に狙うようになる。つまり他の仲間への注意を全て自分に集中させ、モンスターの攻撃を全て引き受けるという諸刃の剣だ。

 エリーゼはリオレイアがレンを狙わないように角笛で自分を狙うように先手を打ったのだ。ガンナーのレンと剣士、それも全武器最強クラスの防御能力を持つガンランスのエリーゼであれば自然とエリーゼが囮になるのが戦法としては正しい。しかしそれ以上にエリーゼはレンの負担を少しでも軽くしようと考えて角笛を使ったのだ。例えリオレイアの攻撃が自分に集中してもレンを守りたい。そんな彼女の想いが込められた戦法だ。

 互いを信頼しているのは事実だ。でもそれ以上にやはりエリーゼのレンを守りたいという気持ちは強い。例え自分が大怪我をしようとも、レンさえ無事であれば構わない。それがエリーゼの願いであった。

 そんなエリーゼの気持ちを理解しているからこそ、レンは苦しかった。信頼し合っていても、やっぱり自分はエリーゼの足手纏いになってしまう。そんな自分の実力の低さが恨めしい。

 だが、今はそんな事を恨んでいる暇はない。とにかく今はエリーゼが自分の為に自ら危険な囮役を買って出てくれた。その事実と彼女の決意を汚さない為にも、自分は全力でそんなエリーゼを援護する。その一点に尽きる。

 音色に誘われてエリーゼを正面に捉えたリオレイアは、再び凶悪なブレスを撃ち放った。迫り来る猛烈な火炎を、エリーゼは今度は避けずにその大きな盾を構えた。直後、エリアを震撼させるような爆音と地響きが響く。炎が弾け、黒煙が空へと昇って行く。

 黒煙の中に消えたエリーゼ。しかしレンは助けに向かう事なく装填した通常弾LV2をリオレイアに向かって撃ち放った。打ち出された弾丸は全部で二発。それらはビシビシッとリオレイアに命中するが、リオレイアは構わずに続けて黒煙に向かってブレスを撃ち放った。

 角笛の音色が、リオレイアの意識をエリーゼに集中させている。だからこそレンは比較的安心して銃撃できる。しかしそれはエリーゼの危険が限りなく最悪に近しい事を意味する。そう思うと、焦りが生まれる。

「こっちですッ! こっちッ!」

 レンは必死になって弾丸を放つが、リオレイアは無視して黒煙に向かって駆け出した。大地を蹴り、凶悪な質量を持つリオレイアの巨体が猛烈な勢いでエリーゼがいる黒煙に向かっていく。その光景に、レンは悲鳴を上げた。

「だ、だめえええええぇぇぇぇぇッ!」

 必死になって銃弾を放つも、リオレイアの勢いは止まらない。

 ブレス二発。それだけでもエリーゼが耐えられたのか怪しい。なのに、そこへとどめの突進は絶対に防ぎ切れないと本能が叫ぶ。ランスやガンランスは全武器最強の防御力を有しているが、最強であって無敵ではない。確かに防ぐ事はできるが、その衝撃自体は防ぎようがない。何度も強烈な攻撃を受ければ体力が削られ、防御すらもできなくなる。人間とモンスターの一撃の大きさは、決して強固な盾を使ったとしても決して消える事はないのだ。

 黒煙に向かってリオレイアは突貫する。レンはエリーゼが死ぬという最悪の想像に目を瞑った。その時、黒煙が猛烈な風で吹き飛ばされた。驚くリオレイアの眼前には、無傷で立ちながら不敵に笑うエリーゼ。構えられた銃槍は猛烈な熱を放ち、その熱で砲身が赤く染まっていく。そして、激しい熱源が集中するその砲口はピッタリと突撃して来るリオレイアの顔面を捉えていた。

「ファイアアアァァァッ!」

 刹那、猛烈な炎の暴風が砲口から撃ち出され、リオレイアの顔面を吹き飛ばした。そのあまりの威力にリオレイアは悲鳴を上げて強制停止。そして腰を落として吹き飛ばされないように構えていたエリーゼも耐え切れずに後ろへ大きく後退した。

 ガンランス最大の一撃にして切り札――竜撃砲だ。その一撃はリオレイアのブレスにも匹敵すると言われる。さすがのリオレイアも突然自分の撃ち放つブレスに匹敵する程の一撃を受けるとは想定外だったのだろう。直撃を受けたリオレイアはブルブルと顔を振るっている。

 大きく後ろに後退したエリーゼは放熱ハッチが開いたガンランスを一瞥してほぼ無傷に見えるリオレイアを見て舌打ちする。

「チッ、やっぱりこの程度の火力じゃリオレイアには通じないか」

 今まで幾多のモンスターを葬って来た竜撃砲も、リオレイア相手では大した威力にもならない。それ程までにリオレイアは強大過ぎる相手なのだと改めて理解した。

「エリーゼさんッ!」

 その声にチラリとレンの方を見ると、彼女は涙目になりながらも自分の姿を見てほっと胸を撫で下ろしていた。どうやら自分が死んだのではないかと思われていたらしい。人を勝手に殺すなとツッコミを入れるべきだろうが、それが冗談では済まなくなる程目の前の相手は強大なのだ。

 エリーゼは無事だと示すようにニッと笑うと、リオレイアの正面から避けるように横へ滑るように移動する。するとリオレイアはエリーゼを踏み潰そうと突進を仕掛ける。寸前で正面から離脱したエリーゼはその突進を難なく避けると、通り抜ける瞬間に一発砲撃を叩き込んだ。

 リオレイアは結局エリーゼを巻き込む事はできずに駆け抜ける。だが、その途中で自らの常識外れの脚力で無理やりその巨体を強制停止させると、今度は巨大な翼を広げて暴風を巻き起こしながらバックステップのようにエリーゼの直上を通り抜けて再び元の位置に戻った。驚愕するエリーゼに向かって、リオレイアは再びブレスを撃ち放った。撃ち出された炎撃をエリーゼは盾で防ぎ切るが、続けてリオレイアは二発のブレスをその周りに撃ち放った。リオレイアの恐るべき力の象徴、三連ブレスだ。左右至近に着弾したブレスの爆風に、エリーゼは耐え切れずに大きく後退した。ブレスを耐え切った左腕はあまりの衝撃に痛みを伴った痺れを起こす。

 しかし、エリーゼの体勢が立て直るよりも先にリオレイア次なるブレスを撃ち放とうとする。だがそれを妨害するようにレンが撃ち放った拡散弾LV2が着弾。リオレイアを一瞬炎で包み、突然の奇襲でリオレイアのブレスを阻止する事に成功した。

「やるじゃないッ!」

 レンの的確な援護を見て彼女の成長を喜びながら、エリーゼは武器をしまってリオレイアの前方からの離脱を図る。

 一方、エリーゼの危機を見事に救ったレンはすぐに通常弾LV2に切り替えると、二発の弾丸を撃ち放った。それらはビシッビシッとリオレイアの胴体に命中。しかし硬い装甲のような鱗に弾かれてしまい、決して決定打にはならない。その証拠に、リオレイアは自らの横を通り抜けて背後へ回ろうとするエリーゼを追い掛けるようにして体を時計回りに回し始める。

 背後から迫る並みのハンマー以上の攻撃力を持つ巨大な尻尾の恐怖に身を震わせながらも、必至にその範囲外への離脱を図るエリーゼ。しかし、間に合わない。

「くぅ……ッ!」

「倒れてくださいッ!」

 レンの悲鳴のような声にエリーゼはとっさにその言葉通りに身を投げ出すように正面に倒れ込んだ。地面に体を強打したが、クック装備の堅牢さもあって然程ダメージもない。むしろ倒れ込んだ直後に真上を通り抜けたリオレイアの巨大な尻尾の気配の方がよっぽど心臓にダメージを与える。もしもレンの声に反応して回避していなかったら、今頃自分はあの尻尾の直撃を受けて崖下に吹き飛ばされていただろう。そう思うとその恐怖に体が勝手に震え出す。

 しかし、その恐怖を無理やり押さえつけてエリーゼは起き上がろうとする。が、

「そのまま目を閉じててくださいッ!」

 そう言って、レンはエリーゼの方へ向き直るリオレイアの眼前に手に持った拳ほどの大きさの玉を投げ込んだ。それを見てエリーゼは地面に伏せ、レンも目を瞑った。刹那、玉が炸裂して激しい光がエリアの一角を支配した。

「グオォオォッ!?」

 リオレイアはその強大な光量に目を潰されて苦しげに悲鳴を上げる。

 光が視界を真っ白に染め上げたのは一瞬の事。すぐに視界は回復し、レンとエリーゼは態勢を立て直す。その間、リオレイアは光を回避できなかった為に視界を潰され、我武者羅に尻尾を振るって回りを威嚇する。

 閃光玉。それがレンが使った道具の名前であった。その名の通り光を放つ玉であり、一時的とはいえモンスターの視界を潰す対飛竜戦では必須と言ってもいい道具である。相手の視界を潰して一斉攻撃したり、その間に回復や砥石を使って態勢を立て直す時に重宝する。今回は後者の目的でレンが使ったのだ。

「やるじゃない」

「えへへ。それより、お怪我はないですか?」

「問題ないわ」

「良かったです……それより、これからどうしますか?」

 閃光玉で視界を潰されてもがくリオレイアを一瞥してからレンが問う。閃光玉の効き目は短く、十数秒くらいしか持たない。長い狩りの中ではそんなの気休め程度の時間でしかないが、狩りではその気休め程度の時間で勝敗が決まると言っても過言ではない。

「一通り奴の攻撃パターンは見たけど、十分とは言えないわね。あんた、まだ奴と戦う余力は残ってる?」

 エリーゼはなぜか挑発的な笑みを浮かべてレンに問い掛ける。そんなエリーゼの言葉にレンは一瞬呆けたように目を瞬かせると、不敵な笑みを浮かべる。

「当然です。こんなのエリーゼさんの鬼の特訓に比べれば屁でもないですッ」

「鬼の特訓……あんた後で覚えておきなさいよ」

「ふえぇッ!?」

「冗談よ。まぁ、これくらいで根を上げるような鍛え方はしてないわよ。鬼の特訓ですものねぇ~」

「……エリーゼさん、顔は笑ってますけど目が怖いですぅッ」

 ガクガクブルブルと震えるレン。彼女にとっては陸の女王リオレイアよりも鬼教官エリーゼ・フォートレスの方がずっと怖い存在なのだ。エリーゼはそんなレンを見て苦笑すると、そろそろ閃光玉の効き目が切れるであろうリオレイアを見詰める。

「――それじゃ、しっかり援護しなさいよね」

「はいですッ!」

 刹那、閃光玉の効き目が切れたリオレイアが大地を震わすような怒号を放った。風が放たれる殺気に怯えて逃げ出すように、二人の頬をかすって通り過ぎる。乱れる髪を押さえながら、エリーゼはリオレイアの殺気に満ちた狂気の瞳を見詰めて苦笑する。

「ほんと、何もかもが桁違いな女王様ね」

 そう言うと、背中に背負った近衛隊正式銃槍を構える。直後、カチンという音と共に排熱ハッチが閉じた。加速装置の冷却が終わった証拠であり、竜撃砲が発射可能になった事を示す。それを一瞥し、エリーゼは不敵な笑みを浮かべた。

「さぁ、砲撃祭(キャノンカーニバル)はまだまだこれからよ。雌火竜リオレイア、あたしの魂の砲撃を恐れぬならば掛かって来なさいッ!」

「グオオオオオォォォォォッ!!!」

 大地が震え、風が暴れる。まるで狩場全体を支配しているかのような錯覚を覚える程、リオレイアの迫力はすさまじい。今自分はそんな女王の正面で対峙している。その圧倒的なまでの殺気の奔流に恐怖しながらも、心のどこかでこの状況を楽しむ自分がいる事に気づく。そして、自分もハンターの端くれだという事を改めて認識した。

 強い相手ほど燃える。昔どこぞの猪突猛進ハンマー娘がそんなアホらしい事を言っていたが、今ならその気持ちが少しはわかるかもしれない。

 雌火竜リオレイア。相手にとって不足なし。むしろ十分過ぎる程の相手だ。

「私だっている事、お忘れなくお願いしますね」

 そう言ってレンは空薬莢を排出し、新たな弾を装填(リロード)。エリーゼの隣に並び、いつでも攻撃可能な体勢を整えている。

 レンとエリーゼは互いの姿を一瞥し合うと、再び女王(リオレイア)を見詰める。その瞳に燃えたぎる意思の炎は決して消える事はなく、よりその火力を増す。

 砲身と銃身が交差し、突き出す。その煌く砲口、銃口が捉えるは陸の女王リオレイア。

「あたし達のコンビネーション、あんたにたっぷり見せてあげるわリオレイアッ! 行くわよレンッ!」

「はいですッ! エリーゼさんッ!」

「グゥオオオオオォォォォォッ!!!!!」

 まるで狩場全体に轟くようなリオレイアの怒号。それは二人と一頭の壮絶な第二戦の始まりを告げるのであった。


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