Cannon†Girls   作:黒鉄大和

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第2話 手を伸ばしてくれた人

 ギルド嬢達に散々ハグされまくったレンはズレたヘルメットを正しながら受付に立ってハンターズギルドドンドルマ本部への登録を行った。登録と言っても難しい事ではない。名前や得意な武器、今までに討伐した事のあるモンスターを書くなど単純な作業が多いだけだ。だが、レンは何度もミスったりしてそれを見守るギルド嬢は苦笑を浮かべるしかない。

 ようやく登録用紙を書き終えると、ギルド嬢は最終チェックをする。レンはそれを祈るように見詰めている。そして、

「うん。一応登録完了ね」

 ギルド嬢の言葉にレンはほっと胸を撫で下ろした。これでようやくドンドルマで活動できる第一歩が歩み出せたのだ――いや、やっとスタートラインに着いたと言った方がいいだろう。

「ふーん、レン・リフレインか。見た目に合ったすごくかわいい名前ね」

「あ、ありがとうございますです」

 名前を誉められたのは初めての経験だったので、レンは嬉しそうに微笑んだ。

 レンは基本的に人見知りが激しい子だ。だが、このギルド嬢はそんなレンの人見知りの無視した親しみで接して来てくれる。本来なら出会ったばかりの人にこんなにも緊張しない事はない。これがギルド嬢の実力なのだろうか。

「そういえばまだ私が名乗ってなかったわね。私はライザ・フリーシア。見ての通りの労度基準法ギリギリの低賃金長時間重労働な一介のギルド嬢よ。あ、今の愚痴は上層部には内緒よ」

「は、はいですッ。絶対に内緒です」

「う~ん、ほんとレンちゃんはかわいいわぁ~。テイクアウトした~い」

 そう言ってライザは受付から身を乗り出してレンを抱き締めて頬ずりする。さっき散々抱き回された為か、レンは諦めたように抵抗はしない。むしろこの容赦のない親しさに心救われるような気がした。

「それじゃ、ドンドルマでわからない事があったら何でも私に訊いてね」

「は、はいですッ。よろしく、お願いしますですッ」

 レンは深々とお辞儀する。が、受付との目測を誤ったのか、何の躊躇もなくレンは額を机に激突させた。

「だ、大丈夫レンちゃん?」

 目の前で盛大な打撃音を響かせて蹲(うずくま)ったレンを見て心配そうに身を乗り出しながら問うライザ。レンは「い、痛いですぅ……」と涙目になりながらズキズキと痛む額を押さえながらよろよろと立ち上がる。

「もぉ~、レンちゃんは本当に要領が悪いというか、ドジッ子というか」

「す、すみませ~ん」

「でもそこが萌えるッ! グッジョブよレンちゃんッ!」

 なぜかビシッと親指を立てるライザ。そんな彼女の反応にレンは意味もわからずに困惑する。まず間違いなく言えるのは、この意味をレンは永遠に知らない方がいいという事だろう。

「とりあえず、レンちゃんはこの上の宿に泊まるんでしょ? 私が手続きしておいてあげようか?」

「い、いいんですか?」

 嬉しさ半分、申し訳なさ半分という感じでレンは問う。正直、初対面の人にここまで色々と根掘り葉掘り根回しや手伝いをしてもらうのはとても申し訳ない。だが、同時に一人ではきっと何もできないであろうと思うと手伝ってもらえるのはすごく嬉しい。相反する想いの間で苦悩するレンだったが、ライザは優しげな笑顔で返す。

「いいのよ。新人ハンターをしっかりサポートするのは私達ギルド嬢の役目だし。それに、レンちゃんはもう私にとっては大事な友達よ。友達の手伝いをするのに理由なんてないでしょ?」

 その言葉に、どれだけ救われた事か。

 こんな知り合いも誰一人いない全く異世界のような街で、一人で生きていかないと思うとすごく寂しかったし不安だった。いずれこんな自分にも友達ができるかもしれないとは思っていたが、最初のうちはそんなの無理だと思っていた。

 だが、ライザは自分の事を友達と言ってくれた。まだ会って間もないという自分を友達と呼び、こうして真摯にドジな自分を手伝ってくれる。彼女の言葉と行動に、レンは例えようもない感動を抱く。目にはじわりと涙が浮かび、頬が紅潮する。

「あ、ありがとうございますです、フリーシアさん」

「気にしない気にしない。それと、私の事はライザでいいわよ? 私もレンちゃんって呼んでるし」

「は、はいです。よろしくお願いします――ら、ライザさん」

 会ったばかりの人をいきなり名前で呼ぶなんて、結構恥ずかしいものだ。照れながら言うと、ライザはまたしても「あ~ん、もう本当にかわいい子ッ」とレンをギュ―ッと抱き締めた。

 宿の手続き書類を取り出すと、ライザは慣れた手つきで書類を作成していく。

「じゃあレンちゃんの部屋は一応ポーンクラスね」

 ハンターの世界は実力によって階級がしっかりと区切られている。武具の製造や強化から酒場での食事のメニュー。はたまた宿に至るまでが全てが実力に見合ったものしか提供されない。ちなみにポーンクラスというのは新人や初心者、かけだしハンターなどが借りる事ができる宿のレベル。室内には装飾品らしいものはほとんどなく、必要最低限のものしかない簡素なものだ。だが同時にかけだしハンターには嬉しい安価でもある。ちなみにポーンクラスの目安はだいたいイャンクックの単独討伐となり、それを超えると次のルーククラスの宿を借りる事ができる。

 特に決まったハンターランクの命名がない(一応正式には下位、上位、G級と分類するが、三段階はアバウト過ぎるので最低限の目安にしかならない)ドンドルマにおいては、この宿のクラスをハンターランクとしている者は数多く、一緒に狩りに行く仲間を捜す張り紙にもルーククラス以上とか普通に書いてある。

 ちなみに、階級は下からポーン、ルーク、ビショップ、ナイト、クイーン、キング、エンペラーとなる。簡単に言えばポーンからビショップまでが下位、ナイトからキングが上位、そして最上位のエンペラーがG級となる。

 レンはポーンに該当する。何せまだイャンクックを単独どころかチームでも討伐した事がないのだから。そもそもチームを作るほどハンターがいない村だったし。

 今更ながら、レンが纏っているのはレザーライトシリーズとブルージャージーという初心者中の初心者が身に付ける最低限の防御力しかない防具だ。まだまだ新人という出で立ちだし、彼女自身がハンターとなってから日も浅い新人なのだから仕方がない。

「そういえば、登録書には武器はライトボウガンって書いてあるけど。武器は持ってないの?」

 世の中にはアンバランスなハンターというのもいる。初心者にありがちなのは防具を無視してとにかく武器のみを強化しまくる者だ。その場合は防具だけでは実力が判断できない。

「す、すみませんです。ちょっと調子が悪くて今は工房に預けているんです。何せお父ちゃんのお下がりなので」

 ドンドルマに入る際に入街管理所に工房を紹介してもらい、案内してもらって預けてからここへ来たのだ。今までは父親と自分の二代で定期的にメンテをしていたが、この機会にプロの人にメンテしてもらうつもりだった。

「ふーん、どんな武器なの?」

「それが、名前がわからないんです。お父ちゃんは《ティーガー》と呼んでいましたけど、正式名称ではないので」

「ふーん、何だかすごく気になるわね。工房から戻って来たら今度私にも見せてくれる?」

「あ、はいです。もちろんですッ」

 レンは嬉しそうに答えた。その笑顔を見ても、父親から譲り受けたそのライトボウガンをとても大切にしているのがよくわかる。その父親もまた愛称をつけるほどその武器に愛着があったらしい。親子二代のハンターに愛される武器、何とも羨ましい限りだ。

「ちなみに料金はこれくらいだけど、大丈夫かしら?」

 そう言ってライザはレンに料金表を見せる。ポーンクラスの一泊の料金は本当に安い。それこそ特産キノコや雪山草の採取クエストでも十分払えるくらいだ。ただコストが安い分風呂は大衆浴場だし食事は自前という宿と言うよりは個室ありの木賃宿と言った方がいいだろう。

 料金表を見詰めていたレンだったが、次第にその顔色が曇っていくのをライザは見逃さなかった。

「あら、もしかして持ち合わせがないのかしら?」

「……は、はいです。さっきティーガーのメンテ費用を払っちゃって。手持ち金はこれくらいしか……」

 ゴソゴソとリュックから財布を取り出したレンが提示した金額は、本当に微々たるものだった。食事代だけで吹っ飛びそうなくらい。これでも一応村を出る時はそれなりの旅銀を持って出たのだが、ココル村は本当に辺境にある為に交通費だけでもかなりの費用になってしまうのだ。

「うーん、これじゃ宿も取れないわねぇ~」

 ライザは困ったように苦笑する。友情は大切だが、こっちも仕事(ビジネス)だ。お金がないとどうしようもない。何せ大都市ほど世の中は金という風潮が強い。それはライザも同じだ。

「相部屋にすれば何とかなるかしら。でも、みんな個室で予約してるし、いきなりレンちゃんを受け入れてくれる人はなかなかねぇ……男の人とは嫌でしょ?」

 ライザの問いに、レンはさっきの事を思い出したのかゾゾゾッと身を震わせるとコクコクとうなずいた。

 ハンターの男女比率は女性は男性の一割に満たない。しかもハンターという実力主義の職業柄世間の常識から外れた者も数多い。昔は女性ハンターに対する偏見や差別、中にはセクハラや言いにくいが強姦事件などもあった。ギルド本部がこれに対して法を定めて女性ハンターを守るよう整備した結果、現在では事件に発展するものは限りなく少なくなった。ただ、事件化しないだけで裏ではまだ問題は山積みであるというのが現状だ。

 残念な事に、レンは見た目はとてもかわいらしい女の子。それも人を疑う事を知らないかのような純粋な子だ。こういう子は真っ先にそういう連中の標的(ターゲット)になりやすい。被害者の大多数が田舎から出て来た世間知らずの女性ハンターという統計(データ)がしっかりと出ているのだ。

 そういう事を回避するには、男性ハンターとの相部屋は絶対に回避しなくてはならない。もちろん、男性ハンター全員がそういう人間ではないというのは大前提だ。そんな連中はごく一部なのだが、その一部に当たらないという可能性が絶対にないという事はありえない。

 ライザはどうしたもんかと宿泊名簿を見ながら思案する。そんな彼女を見てレンはすごく申し訳ない気になってきた。自分の為にこんなにも迷惑を掛けてしまっている事が、罪悪感となってレンを苦しめる。

 正直な話、自分の無知さが悪いのだ。実は彼女の持っている手持ち金はドンドルマでは食事一回で飛んでしまうような金額だが、ココル村では一泊くらい普通に泊まれるどころかお釣りまで来る金額なのだ。地方と大都市の物価差はある程度予想はしていたが、まさかここまでとは思っていなかったのだ。

「どうしよっかなぁ……」

「あ、もう大丈夫、です。何とか、しますから」

 これ以上ライザに迷惑を掛けれないと、レンは慌てて立ち去ろうとする。だが、ライザとしても乗りかかった船だ。こんな所でそう簡単に降りるなんてできない。ライザは立ち去ろうとするレンを引き止めると、再び真剣に悩み始める。その時、ふと酒場を見回すと隅っこの方に先程レンの助けに入った少女が一人で朝食を食べていた。それを見て、ライザの顔が明るくなる。

「ちょっと来てレンちゃん」

 受付から飛び出したライザはレンの手を掴むと突然の事に戸惑う彼女を引きずりながら少女に駆け寄った。

「ちょっといいかしら」

 食事中に突然声を掛けられ、しかもその相手がライザだと気づいた少女は顔に驚きを浮かべると共に直感で面倒事になりそうな気がしたのだろう、ものすごくめんどくさそうな顔になる。

「何ですか?」

「ちょっとお願いがあるのよ。いいかしら?」

「……どうせ断っても勝手に話し始めるのでしょう?」

「わかってるじゃない。さすがね」

 ニコニコと笑うライザに対し、少女はめんどくさそうにため息を漏らし、手に持っていたフォークとナイフをそれぞれ戻す。凛とした碧眼がライザを向き、そしてそんなライザの後ろに隠れるようにして立つレンを捉える。

「あんたはさっきの……」

「実はね、この子田舎から出て来たばかりで右も左もわからない。しかも、ここまで来るまでに旅銀を使い果たしちゃったらしくてね、今日泊まる所もないのよ」

「それは災難ですね。いえ、それは彼女の下調べ不足が原因でしょう。しっかりと行動スケジュールを練ってから来ればこのような事にはなりません。どこの田舎者か知らないけど、それくらいの事は想定しなさいよね」

 少女の容赦ない言葉にレンは「す、すみません~」と必死に謝る。その目にはじわりとたっぷりの涙が浮かんでいる。それを見た少女は再び慌てだす。

「ちょ、ちょっと何泣いてんのよッ!?」

「あらあら~、泣かないでレンちゃん~」

 ライザは良し良しとレンの頭を撫でて泣き止ませる。そして、再び少女に向き合う。一方の少女はレンを泣かせた事を気にしているのか、目を合わせる事ができないでいる。

「まぁ、過程をせめても仕方がないわよ。結局は困っちゃってるんだから」

「それはわかります。ですがそれがあたしと何の関係があるというのですか?」

 早く話を終えて食事に戻りたい少女は若干イライラしながら単刀直入に問う。そんな少女の問いに対し、ライザはニコニコと笑いながらあっけらかんと言う。

「簡単な事よ。しばらく、この子がここに慣れるまでの間面倒を見てほしいのよ」

「「はいぃッ!?」」

 ライザの突然のぶっちゃけに、完全に不意を突かれた形のレンと少女は驚きの声をシンクロさせる。そんな二人を気にした様子もなく、ライザは「それじゃ、私が仕事があるから。よろしくねぇ~」と言って立ち去ろうとする。が、そうは問屋が卸さない。少女はすぐさまライザの腕を掴んで引き止めた。

「ちょ、ちょっと待ってくださいッ! いきなりそんな事言われても困りますッ!」

「まぁいいじゃない。レンちゃんはすごくいい子よ? 妹ができたみたいできっと楽しいわよ」

「楽しい楽しくない以前に、可能不可能という段階で考えてもらわなければ困りますッ! 彼女はここでの生活もハンターとしても新人ですよね? あたしだって似たようなものなんですよッ!?」

 そう。少女もまた決してベテランのハンターという訳ではない。ハンターになってまだ二ヶ月程しか経っておらず、ハンターの登竜門であるイャンクックはこの少し前に激戦の末に単独討伐できたくらいの、やっとのルーククラス。突然一応は弟子のような子を預かるなど、早過ぎる。

 しかしライザは気にした様子もなく笑顔で答える。

「別にこの子にハンターとしての技術や知識を教えろなんて言ってないわよ。ここでの生活を教えて、慣らしてあげればそれでいいのよ」

「ここはハンターの都ですッ! ここでの生活に慣れるには、ある程度のモンスターを討伐できるくらいにならないといけませんッ! この子は、まだ本当に初心者じゃないですかッ!」

 そう、ドンドルマの生活に慣れるというのは同時にハンターとして慣れなければならないに等しい。ここでの生活は狩りでどれだけ素材を採取して売ったり、モンスターの討伐や商隊の護衛などの依頼を完遂して報酬を受け取るかしか資金を得る方法はない。狩りを中心に、この街はできているのだ。

「さすがねぇ~。やっぱりあなたは一筋縄じゃいかないわねぇ~。普通の人は結構簡単に騙されちゃうんだけど」

「……ライザさん、そうあっけらかんと言われても困るんですが」

 少女は改めて「本当に困るんです。私以外の、それこそベテランの方に頼んでください」断りの言葉を入れる。これにはさすがのライザも「そうよねぇ。さっきこの子を助けてくれたから縁という意味では適任だと思ったんだけどぉ」と言って残念そうな表情を浮かべる。

「それじゃ仕方がないわね。ごめんね」

「いえ、こちらこそ大声を上げてすみませんでした」

「いいのよ。無理を言ったのは私なんだし、食事時にごめんね」

 そう言ってライザは背を向けた。少女はほっとしたように胸を撫で下ろすと食事を再開しようとする。すると背を向けているライザが「仕方ないわねぇ」とつぶやくのが聞こえた。どうやら背後にいるあのレンとか言う子に何かを話しているらしい。まぁ、自分には全く関係のない話だが。

「しょうがないわ。じゃあレンちゃん、悪いんだけど野宿してもらえるかしら?」

「「えええぇぇぇッ!?」」

 その瞬間、レンと少女の驚きの声が重なった。しかし、ライザは少女の方は一切向かず、驚いてあたふたとするレンに言葉を続ける。

「仕方ないのよ。相部屋がダメなら、宿は無理だもの」

「こ、ここで寝るのはダメなんですか?」

 すがるように言うレンに、ライザは「ここも真夜中は閉めちゃうから。明日の仕込みとかもあるし」と言ってハッキリとノーと告げた。なぜだか、妙な罪悪感が少女のフォークを止めていた。

「私の部屋に寝かせてあげたいけど、ギルドの規定で寮に部外者を入れる事ができないのよ」

「そ、そんなぁ……」

「じゃあ男の人になるけど、相部屋にする?」

「う、それは……」

「ちなみに今予約している人って、絶対安全とは言いがたい人ばかりだけど」

「絶対に嫌ですッ!」

 さっきの事を思い出し、レンはゾゾゾッと身を震わせる。あんな想いは二度とごめんだ。その上より危険な密室状況に追い込まれるのなんて絶対に却下だ。

「それじゃ、野宿しかないわね。まぁ、街に出れば泊めてくれる人がいるかもしれないけど、見つけるのは難しいわね。あとでテント貸してあげるから」

「うぅ、そんなぁ……」

「ほんとごめんなさいね。あの子が相部屋を許してくれればこんな事にはならなかったんだけど」

 ……もしかして、自分のせいにされている? そんな疑念が少女の中に妙に植えつけられた罪悪感と一緒に膨らみ始める。なぜだろう、さっきまでおいしそうだった料理が急にまずそうになった気が……

「ちなみに夜は貧困層の人達がいたりしてすごく危険だから、気をつけてね。身包みを剥がされたり、変な趣味の人にさらわれたり、捕まってどこかの貴族のおもちゃとして売られたりするかも」

「うえええぇぇぇんッ! お父ちゃあああぁぁぁんッ!」

「わかったわよッ! 預かればいいんでしょ預かればッ!」

 ついに耐えられなくなったのか、少女はテーブルをバンッと叩いて立ち上がるとそう叫んだ。突然怒鳴った少女に驚いたのか、レンはすっかり涙が引っ込んでしまって呆然としている。一方のライザは少女の反応を見て何やら意味深な笑みを浮かべた。この時、少女は全てを悟った――自分はハメられたのだと。だが、だからと言ってもはや止まる事はできない。

「でも、困るんでしょ?」

「そりゃ困りますよ。でも、こいつに何かあったんじゃ目覚めが悪いですからね。仕方なくですよ」

 本当はわかっている。ライザは最初から自分がこうして折れるのをわかっていたのだ。あまり長い付き合いではないが、ライザがどのような人間化は大体わかっている――人の弱みを容赦なく鋭く突いて来る人なのだ。

「じゃあ任せたわね、会長さん」

「……その呼び方はやめてください。もう関係ありませんから」

 ライザの妙な呼び方に少女はうんざりしたようにため息を漏らす。その肩書きはもはや自分のものではないし、元々自分に見合ったものではない。これはもっとリーダー性があり文武両道だったあの人にのみ相応しい呼び名だ。

 ライザは困惑しているレンに「後はあの子に頼るといいわ」とウインクをしながら言うと、小走りで受付に戻った。それを呆然と見送ると、レンは少女の方へ向き直る。少女はすでに食事を再開していて何も話し掛けてきてはくれない。どうやら、こっちから話し掛けないとダメらしい。

 初対面に等しい相手に自分から声を掛けるのは、人見知りが激しいレンにとってはすごく難しい事だ。それでも意を決して声を掛けてみる。

「あ、あのぉ……」

「座りなさい」

 勇気を出して振り絞った声を一刀両断するように、少女は生みも言わせぬ迫力でそう言った。レンは慌てて少女の対面に席に座る。だが、その次がなかった。少女は無言で朝食を食べている。それを見て、グゥ……とレンのお腹が鳴った。レンは顔を真っ赤にして慌ててしまう。さっきリンゴを食べたとはいえ、ここに来るまでの間は旅銀節約の為に質素な食事しかしておらず、正直かなり空腹。そんな状態で目の前でおいしそうな料理があれば、こうなってしまうのは当然の結果であった。

 だが、手持ち金はわずかだ。一時の気の迷いでこの大切なお金を棒に振る訳にはいかない。ここはグッと我慢して……

「あ、すみません」

 突然少女は近くにいた給仕のギルド嬢を呼び寄せると、何かを注文した。給仕娘は「承(うけたまわ)りました」と言って丁寧にお辞儀をすると受付にいるライザに注文書を見せる。それを見てライザがニッコリと微笑んだのを見て、少女は頬を赤らめながらムッとする。

 程なくして、ライザが二人のテーブルに近づいてきた。そして、手に持っていたトレイを空腹に耐える為に料理を見ないようにうつむいているレンの前に置いた。驚くレンが顔を上げると、そこにはお椀に入ったホカホカな湯気を立てる真っ白な大雪米と卵、そしてその横には何かのソースが入ったビンが載ったトレイが置かれていた。

「あ、あの、これは……」

 驚くレンがライザの方を見ると、彼女はニコッと優しげな笑みを浮かべた。

「フラヒヤ山脈でしか採れない大雪米にアルコリス地方の養鶏場から直輸入している卵と東方大陸原産の特性ソースをかけて食べるシンプルな料理、卵かけご飯よ」

「で、でも私お金があんまり……」

「気にしないで。これはおごりだから」

 ライザの言葉に、レンの顔にパァッと満面の笑みが灯った。瞳はキラキラと輝き、ライザを命の恩人を見るかのような目で見詰める。そんなレンの視線に対しライザは「違う違う」と手を振って否定した。そして、先程から会話に参加せず一人黙々と朝食を食べている少女の方を見る。

「これはこの子からのおごりよ」

「え……?」

 ライザの予想外の発言に驚くレンは、少女を見詰める。

 二人の視線に対し、少女は恥ずかしそうに頬を赤らめながらプイッとそっぽを向く。だが、無言に堪えられなくなったのか、チラリとレンを見ると、ぶっきら棒に答える。

「お腹鳴らしている子を無視して食事なんかしてたら、あたしがイジメてるみたいだからよ。他意はないんだから」

 そっぽを向けながらぶっきら棒に言う少女。ライザは「素直じゃないわねぇ~」と苦笑を浮かべ、少女にキッと睨まれて退散した。

 一方、レンは少女の顔を卵かけご飯セットを何度も見比べている。彼女は今の状況がまるでわからずどういう行動が正しいのか判断できずに困惑しているのだ。そんな要領の悪いレンに呆れる少女。

「熱々のご飯に卵をかけて食べるのがおいしいのよ。食べないなら食べないでいいし、食べるなら冷めないうちに食べなさいよ」

「い、いいんですか?」

「いいに決まってるでしょ。何の為に頼んだと思ってんのよ」

 少女が放つのはどれも無愛想な言葉ばかり。だが、レンにとってそれはどんなに飾り立てられた言葉よりもずっと心に響き、かつ心が打ち震えるくらいに嬉しかった。パァッと満面の笑顔を華やかせると、キラキラと輝く瞳で少女を見詰める。

「あ、ありがとうございますですッ」

 その純粋無垢な笑顔と言葉に、少女はさらに頬を赤らめる。

「べ、別にあんたの為じゃないんだからね。さっきも言ったけど、あたしがイジメてるみたいに見えるのが嫌なだけなんだから」

「はいですッ」

 少女の素直じゃない言葉を無視するように、レンは感謝感激大爆発な笑顔で少女を見詰める。そんなレンを見て少女も満更でもないのか、少しだけ口元に笑みを浮かべている。

 レンは早速まずは卵を溶いて特製ソースを適量加えると、ご飯にかける。だが、実はレン卵かけご飯は初経験だった。その為に少女にやり方を教わりながら初めての卵かけご飯に挑戦。と言っても一分もかからずに完成したが。

 黄金色に輝くお米。ホカホカの湯気にのっておいしそうな匂いが鼻から飛び込んでくる。レンは「い、いただきますですッ」と律儀に言った後に一口スプーンですくって口に入れてみた。その瞬間、口に広がったのは想像を絶する美味であった。

「お、おいしいですッ。すごくおいしいですッ」

 感動したようにレンは涙を浮かべながら頬を赤らめつつ勢い良く食べる。これまでの空腹もあるが、それを差し引いてもこれは本当においしいのだ。正直、今まで食べてきた料理の中で一番おいしい。

「あんた、卵かけご飯くらいでそんなに感動しなくても……」

 喜んでくれた嬉しさもあるが、それ以上にこんな程度でここまで感動できる彼女の純粋さに驚きと呆れが混ざったような感情を抱く。卵かけご飯はポーンクラスのメニューの中でも最も安価な部類に入るものだ。それに対してこんなにも喜んでいる彼女を見ていると、何だかすごく恥ずかしい気がしてくる。

「確かにおいしいけどさ、泣くほどの事?」

「おいしいですッ! すっごくおいしいですッ!」

「ちょ、ちょっと。頬にご飯ついてるじゃない」

 そう言って少女はハンカチを取り出すとレンの頬を拭ってやる。まるで本当の姉妹のようなその光景に、受付から見守っていたライザが優しげな笑みを浮かべた。

 頬を拭ってもらうと、レンはパァッを屈託のない笑みを浮かべた。

「あ、ありがとうございますですッ」

 その真っ直ぐ過ぎる純粋無垢な笑顔に、少女は頬を赤らめるとプイッとそっぽを向いて唇を尖らせる。

「勘違いしないでよね。あんたがバカみたいな格好をしてると、あたしまでバカに見られるのが嫌なだけよ。べ、別にあんたの為なんかじゃないんだからね」

「ご、ごめんなさいです……」

 少女の容赦のない言葉を鵜呑みにしたレンはしゅんと落ち込んでしまう。さっきまで満開の花を咲かせていたのに、一転して枯れかける寸前のように弱々しくなってしまう。

 レンが落ち込んでしまったのを見ると、少女は慌て出す。

「ちょ、ちょっとッ! 何落ち込んでんのよあんたッ!」

 何だかんだですっかり意気投合している感じの二人を見て、ライザは安堵したように笑みを浮かべる。やっぱりこの二人をくっ付けたのは正解であった、と。肩の荷が下りたように安心すると、依頼受注に来たハンターに太陽のような営業スマイルを向けるのであった。

「そういえば、まだあたしは名乗ってなかったわね」

 レンが卵かけご飯を食べ終えた頃に少女は思い出したようにそう言うと、自信に満ち溢れた表情を浮かべながら胸に手をそっと置いて名乗る。

「あたしの名前はエリーゼ・フォートレス。見ての通り、まだまだかけだしのガンランス使いよ」

「フォートレスさん、ですか。私はレン・リフレインです。あの、ライトボウガン使いです」

「ふーん、レン・リフレインね。ま、短い間だけど一応よろしくね」

「は、はいですッ。よろしくお願いします、フォートレスさん」

「エリーゼでいいわよ。要塞(フォートレス)って呼ばれるのあんまり好きじゃないし。その代わり、あたしもレンって呼ぶけど、いいわよね?」

「はいですッ。エリーゼさん」

 嬉しそうに無邪気に微笑むレンに、エリーゼもまたいつのまにか自然と笑みを浮かべていた。そしてそれに気づくと慌てて笑みを消し、今度は恥ずかしくて赤面する事になる。

 そんなエリーゼに気づいた様子もなく、レンはドンドルマに来て早速自分を世話してくれる心優しい(エリーゼが聞いたら全力否定するだろうが)人に会えた事を心から喜んでいた。

 

 二人のかけだし乙女ハンター、ライトボウガン使いのレン・リフレインとガンランス使いのエリーゼ・フォートレス。

 世界という規模で考えると点ほどでしかないまだまだかけだしのハンター二人。しかし、二人の物語は今ここに新たな展開へと進み出す。

 この瞬間、二人の運命の歯車がゆっくりと動き出したのであった。


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