Cannon†Girls   作:黒鉄大和

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第3話 決して見失ってはならない手

 朝食を食べ終えたエリーゼは一度部屋に戻って支度を整えると、当初の予定通り市場へと向かった。今日は様々な素材が安売りされると事前の情報で得ており、しっかりとメモにどの店を回り、どんな物を買うか下調べ済み。準備万端、意気揚々と市場へと乗り込んだ――レンと共に。

「ねぇ、何でついて来んのよあんた」

 市場の入口に到着した時、今まで黙ってついて来るレンを無視していたエリーゼだったが、さすがにこれ以上無言を貫く事などできず、振り返ってトコトコとついて来るレンに問う。

 突然問われたレンはポカンとしたような顔になると、おろおろとし始める。

「え? ついて来ちゃ、ダメでしたですか?」

「いや、別にそういう訳じゃないけど。何でまたついて来るのよ。夜まで自由行動だって言ったはずだけど?」

 酒場を出る際に、エリーゼはレンに「部屋は共同で貸してあげるから、あとは自由にしてなさい。でも夜になったら帰って来る事。いいわね? 返答は「はい」しか認めません。以上」と言っておいた。これで夜以外は関わる必要はないだろうと思っていた矢先、レンは自分について来たのだ。エリーゼは意味がわからずに困惑するばかり。

 一方のレンは少し頬を赤らめながら人差し指をツンツンさせている。時折エリーゼの方を見てはすぐに下を向いてしまい、またツンツンさせる。その《どうぞ私をいじめてください》と言わんばかりのいじめられっ子オーラに、エリーゼのイライラは募る一方だ。

「あぁもううじうじしてないで言いたい事があるならハッキリしっかり直球勝負で言いなさいよッ!」

 イライラが限界に達してエリーゼが怒鳴ると、レンは「ひゃ、ひゃいでしゅッ!」と驚く。そしてこれ以上怒られないように、勇気を出してというよりは、半ば怯えながら自分の意見を述べた。

「えっと、ドンドルマって私にはわからない事ばかりで、まだどこに何があってどうしたらいいか、全然わからないんです。だから、自由って言われても何をすればいいかわからなくて、エリーゼさんについて行けば間違いはないと思ったから……」

 そこまで言うと、しゅんと落ち込むように肩を落とす。そしてまた指をツンツンさせてしまう。そんなレンにエリーゼは額に手を当てながら深いため息を漏らす。彼女の言いたい事はわからないでもないが、こっちとしては問題が増えるだけであまり気は進まないのが本音だ。だが、一度彼女の面倒を見ると決めた以上は途中で投げ出すような事だけはしたくはなかった。良く言えば実直で生真面目、悪く言えば融通の利かない彼女らしい考えであった。

「わかったわよ。でもついて来るのは構わないけど、あたしから離れちゃダメよ? 迷子になんかなられたらこっちが迷惑するんだから」

 このままここに彼女を置いていく事もできず、エリーゼは仕方なしにレンの同行を認めた。するとその言葉を聞いたレンはパァッと満面の笑顔を華やかせる。それはまるで砂漠に咲いた一輪の枯れかけた花が水を得て輝き出すよう。その真っ直ぐ過ぎる笑顔と瞳に、エリーゼは直視できない。

「い、言っておくけどあんたの為じゃないわよ? ライザさんに面倒を任された以上、途中で放り出すなんてできないだけよ。仕方なくなんだから。か、勘違いしないでよねッ」

「は、はいですッ!」

 例えそうだとしても、レンにとっては両手を挙げてピョンピョンと飛び跳ねてしまいたくなるくらいに嬉しい事であった。恥ずかしくて実際には出来ないが。

 かくして、エリーゼとレンの市場散策が始まるのであった。

 

 エリーゼが向かったのは主にカラの実やハリの実などの木の実類や薬草や落陽草やネンチャク草など主に密林などで採れる素材を売る店であった。今日はここでアオキノコの特売があると聞いてやって来たのだ。

 店に着いたエリーゼは早速アオキノコを買い込んだ。宿に戻ったら狩場で採取済みの薬草と調合して回復薬を作るつもりであった。こうした方が普通に回復薬を買うよりもずっと安く済むのだ。ハンターと言う職業はたくさんのお金を使う職業でもある。実力のあるハンターは難しい依頼を受けてそれを完遂すれば多額の報酬を受ける事ができる。だが、エリーゼはまだかけだしのハンター。受けられる依頼は簡単なものばかりで、それに合う対価の報酬は少ない。最初のうちはこうして節約しながらではないとすぐにお財布がカラになってしまう。

 初心者ハンターが一番最初に直面するのがこの金銭面。エリーゼはこうしてできる限り節約してこの問題を解決しようとしてた。頭のいい彼女らしい的確な判断だ。

 一方、特売のアオキノコを買っているエリーゼに対しレンはカラの実やハリの実などを見ていた。これらの実は調合するとボウガンの弾丸になるので、ガンナーであるレンが興味を持つのは当然だろう。だが、彼女はそんな事ではない事に驚いていた。

「……お金で買うんですか、木の実を」

 木の実を買うという概念自体に驚いていた。何せレンのいたココル村は周りが森に囲まれていたのでこういう木の実はその辺に転がっているものであり、拾って使うのが当然でありお金で買うものとは思ってもいなかったのだ。都会と地方の意識の差は、こんな所にも顕著に現れるのだ。

「何してんのよ?」

「あ、エリーゼさん。木の実って、お金で買うものなんですね」

 都会の事をまた一つ学びました、と言いたげにキラキラと笑顔を輝かせるレン。エリーゼははぁとため息を吐くと目的の物以外には目もくれず、レンの頬を引っ張るようにして連行する。

「い、痛いですエリーゼさんッ。痛い痛いッ」

「田舎者っぽい事を堂々と人前で言うんじゃないわよッ。あたしまで同類に見られるじゃないッ」

「ず、ずびばぜぇん……」

 ようやく頬を解放され、レンはまだ痛む頬をさすりながら謝る。だが、田舎者の彼女にとっては全てが新鮮であり新発見なのだ。エリーゼもその気持ちがわからない訳ではない。彼女自身ドンドルマ出身という訳ではないので、最初に訪れた際は彼女のような行動も数多かった。今では黒歴史の一つだが。

「それに木の実なんて狩場で拾うのが普通よ。ナイトクラス以上じゃなけりゃ特に急いで必要な場合以外は買わないわよ」

「あ、そうなんですか」

「まぁ、特売とかやってれば私も買う事はあるけどね。ドンドルマって物が多く集まるけど、その分値段が他の村や街に比べると高めなのよ。運送料みたいなものが掛かるし、特に雪山とか火山、海なんかは遠いから余計にね。だから、あたし達みたいなナイトクラス以下はこういう特売でもない限りはあまり買わない方が得策なのよ。狩場ではその辺に石ころと同じくらいで落ちてるものを、ここでわざわざお金を出して買うなんてバカみたいでしょ?」

 そう言うと、エリーゼは「ほら、次行くわよ」と言ってまだ店を物珍しげに見詰めているレンを置いて次の店へと向かう。その後を一拍置いてから慌ててレンがついて行く。

 次にエリーゼが訪れたのは鉱石屋であった。さすがにドラグライト鉱石のような高価なものは売ってはいないが、それでも普段使う分には必要な鉱石は豊富に売っている。特に今日は鉄鉱石の特売日であった。

「一人三つまでか。レン、あんたも三個買いなさい」

 張り出されているチラシを見てエリーゼは十分吟味した上で鉄鉱石三つを手に取る。一方、レンもなるべく大きくて密度の高そうな鉄鉱石を三つ選ぶ。

「で、でもエリーゼさん。私あんまり持ち合わせが……」

「バカ、全部あたしの分よ。ほら、これで支払いなさい」

 エリーゼは呆れたようにそう言うと、財布から代金分のお金を取り出してレンに手渡す。エリーゼはその後さっさと会計を済ました。レンもちょっとあたふたとしていたが、問題なく鉄鉱石を買えた。

「鉄鉱石は特にあんたみたいなかけだしのハンターにとっては防具にしろ武器にしろよく使う素材だから、狩場へ行ったらできるだけ確保しておいた方がいいわね。鉄鉱石は基本的にどこでも採取できるけど、森丘が比較的おすすめね。あそこは危険なモンスターも少ないし、気候も温暖だからね。あんたみたいなドジには練習場としても最適ね」

 いつの間にか、エリーゼは気分良くレンに様々な助言をしていた。彼女自身持ち前の天才さと日々の努力で様々な知識を頭に詰め込み、学生時代はそれなりに優秀なハンター候補生であった。さらに彼女自身に問えば絶対に否定されるが、意外とエリーゼは面倒見がいい。特に出来の悪い後輩ほど教え甲斐があるらしく、無自覚で的確な助言をしたりする事も多く、それが彼女が学生時代に後輩から慕われていた最大の理由である。

 本人に言えば全力否定されるが、エリーゼは態度や言論とは正反対ではあるがとても心優しい子なのだ。だからこそ人見知りの激しいレンがすぐに懐いたのだ。

 次に向かったのは虫屋であった。読んで字のごとく虫を売っている店である。大小様々なたくさんのカゴが置かれており、その中には無数の虫が入っている。

 エリーゼはその中からカゴを一つ掴むと、レンに押し付けた。そして自身も一つ掴む。

 レンは押し付けられたカゴの中身を見て首を傾げた。

「エリーゼさん、これは何という虫ですか?」

「光蟲。素材玉と調合すると閃光玉になる虫よ。まぁ、あんたならカラの実と調合すれば電撃弾になる虫って言った方がいいかしら?」

 エリーゼの説明にレンは興味津々に光蟲を見詰める。カゴが揺れるたびに結構明るい光を放っている光蟲。威嚇や求愛、仲間との意思疎通など光蟲がなぜ光るかについてはまだ詳しくはわかってはいないが、ハンターにとっては貴重な素材に違いはない。

「閃光玉はハンターにとっては必需品みたいな物。飛竜戦になればまず間違いなく使う道具だし、ランポスなんかの小さいモンスターに包囲されてしまった時にも使えるわね。あたしも光蟲は狩場に出ればなるべく採取してるんだけど、比較的珍しい部類に入る虫だからなかなか手に入らなくてね。結局市場で買うしかないんだけど、ここでもなかなか売ってないのよ。今日はラッキーだったわ」

 そう言うとエリーゼはレンと二人分、合計二〇匹の光蟲を購入する。

 そんな感じでどんどんエリーゼは市場の露店を行き来しながらどんどん目的の物を仕入れていく。その無駄のない動きに基本的にドン臭いレンは尊敬するもののとにかくついて行くだけで精一杯であった。

「フォートレス先輩ッ」

 レンがもうついて行くのも危なくなり始めた時、先を行くエリーゼに数人の少女達が駆け寄って来た。いずれもハンターシリーズを纏ったかけだしハンター達だ。そんな少女達の姿を見て、エリーゼは驚く。

「お久しぶりです、フォートレス先輩」

「どうしたのよこんな所に。今日は学校はお休み?」

「いえ、授業の一環で指定された物を市場で購入するという試験中です」

「……あぁ、あったわねそんな授業」

 エリーゼはどこか懐かしそうに少女達と談笑している。そんなエリーゼを少し離れた場所からレンがボーっと見詰めていた。話を聞く限り、どうやらあの子達はエリーゼの後輩のようだ。さっきライザが言っていた《会長》という単語とこの状況から予想するに、エリーゼはきっととても後輩から慕われていた何かの会長だったのだろうと簡単に推測できる。そしてそれはレンの思った通りのエリーゼ像であった。

「それでですね、栄養剤を買って来るよう言われたんですがどこにあるかわからなくて……フォートレス先輩、わかりますか?」

 後輩からの問いに対し、エリーゼは「そりゃあ、それくらいならわかるわよ」と余裕で答えた。その返答に、少女達の表情が明るくなる。だがエリーゼは優しさと共に厳しさも兼ね備えた少女であった。

「でもそれを言っちゃ試験にならないでしょ?」

 エリーゼの言葉に、少女達がから笑顔が消えた。そしてすぐにエリーゼの言う言葉に納得したようにうなずくと、「そうですよね。すみませんでした」と謝ると、円陣を組んで地図を凝視し始める。そんな後輩達の姿に、エリーゼは苦笑する。

「まぁ、薬品関係なら5番通りに行ってみたら?」

 それがエリーゼにできる最大限の助言であった。少女達はその言葉に再び笑みを浮かべると「ありがとうございましたッ」と声を合わせてお礼を言い、急いで5番通りを目指して去って行った。

 久しぶりの後輩達の元気な姿を見て安心したのか、エリーゼはどこか満足したような優しげな笑みを浮かべていた。そして気分良く振り返ると、レンに向かってもう少しだけ助言を足しておく。

「って事で、薬品関係は主に5番通りに集中してるわ。栄養剤や活力剤はもちろん、クーラードリンクやホットドリンク、解毒薬に増強剤。時たま千里眼の薬なんかも売ってる事もあるから、しっかり覚えておきなさいよ」

 そこまで言ってエリーゼは突然我に返ったようにハッとなる。つい訓練学校時代の癖が出てしまった。見ると、レンがキラキラとした尊敬の眼差しを自分に向けていた。手には鉛筆とメモ帳を構えて、もっと聞きたい、もっと知りたいというオーラを激しく放っている。その純粋無垢で屈託のない期待の視線に対し、エリーゼはカァッと顔を真っ赤にさせた。

「エリーゼさんって、すごく物知りなんですね」

「こ、これくらいドンドルマのハンターなら当然よッ。あんたがあまりにも無知だから仕方なく教えてあげてるだけなんだから。べ、別にあんたの為って訳じゃなくて、これもライザさんに頼まれた面倒の一環ってだけよ」

 そうは言っても、レンはキラキラとした視線を向けたまま次の知識を知りたいという構えは変えない。何というか、レンはエリーゼにとってはある意味一番やりにくいタイプらしい。

「と、とにかく次行くわよ次ッ」

「は、はいですッ」

 話を強制終了させるべく、エリーゼはスタスタと走る。レンと一緒にいるとどうにも自分のペースが崩されてしまう。とにかく今は場所を変えて態勢を整えないといけない。そんな事を思いながらエリーゼはどんどん進む。ふと、レンの声が聞こえないなと振り返ると、

「……レン?」

 ――そこには、レンの姿はどこにもなかった。

 

 スタスタと先を行ってしまったエリーゼを追ってレンは必死に歩いていた。だが、こんなにも大勢の人がいる中を歩いた経験がないレンにとっては、人の波や壁は突破不可能。迂回に迂回を繰り返しているうちに、すっかりエリーゼの姿を見失ってしまっていた。

 無数の人々がいるのに、そのどれもが自分の知らない人ばかり。唯一の知り合いであるエリーゼを見失った今、レンはまるで世界に一人取り残されてしまったかのような絶望と不安に苛まれる。

 右を見ても左を見ても知らない人ばかり。不安と恐怖がじわじわと胸の中を満たしていき、瞳の縁にじわりと涙がにじむ。

「え、エリーゼさんッ」

 レンはエリーゼの姿を追ってとにかく彼女が消えた方向へと進もうとする。だが、人の波にもまれて前後左右に動き回ってしまい、気づいた時には自分がどっちに向かっているのか全然わからなくなってしまった。それどころか、いつの間にか人の波の真ん中に来てしまったらしく、そこから脱出する事すらできなくなってしまった。これではまるで激流に呑まれて溺れているようなものだ。

「エリーゼさんッ! エリーゼさんッ!」

 レンは必死にエリーゼの名を叫ぶが、元が小さな声な上に活気に溢れる朝市の喧騒の前にはその必死の声もすぐに掻き消されてしまう。

 人々は自分の目的に向かってスタスタと歩いて行き、障害物でしかないレンに肩や腕を当てながらどんどんと進んでいく。レンは小柄な体格なので、大の大人やちょっと身長の高い女性などよりも低いので、時々手に持った荷物などが当たって痛い。レンはとにかく人の流れから脱出しようともがくが、どんどんと流されてしまう。

「エリーゼさんッ! エリーゼさぁんッ!」

 このまま、エリーゼに会えなくなってしまうのではないか。そんな不安がレンの中でいっぱいに広がる寸前――腕をガシッと掴まれた。驚いて固まってしまうレンを、その手は力強く引き寄せる。あれだけ必死になっても抜け出せなかった人の波から、あっという間に抜け出せた。

「バカッ! あたしから離れるなって言ったでしょッ!」

 力強く手を握っていたのは、エリーゼであった。肩を激しく上下に動かし、サラサラと流れていたツインテールはあっちこっちに跳ねている。それは人ごみの中を必死に走り回っていたのだと安易に想像できる。

「え、エリーゼさん……」

「まったく。あんたの面倒見るってライザさんと約束したのに、その対象であるあんたから行方不明になるなんて本末転倒じゃないッ!」

「ご、ごめんなさいです……」

 しゅん、とレンは落ち込んでしまう。自分のドジのせいでエリーゼに迷惑を掛けてしまった。彼女は路頭をさ迷ってどこかの国に売り飛ばされる寸前で(少し話が大きくなっている気が……)救いの手を伸ばしてくれた恩人。なのに、自分はその恩人の善意の気持ちを裏切り、迷惑という損害を与えてしまった。その事実が、レンの胸をキュッと締め付ける。

 顔を合わせる事もできず、レンはうつむいたまま。そんなレンの両肩を、エリーゼがグッと掴んだ。もう離れないように、力を込めて。驚いて顔を上げると、そこにはエリーゼの真剣な顔がそこにあった。

「いい? 今度こそあたしから離れちゃダメよ? いいわね?」

「は、はいですッ」

 力強く答えると、エリーゼは大きくうなずいた。

「良し。それより、あんた怪我なんかしてないわよね?」

 エリーゼはそう言うとレンを観察する。レンは「だ、大丈夫です。心配かけてごめんなさいです」と言ってペコリと頭を垂れた。すると、レンの発言にエリーゼが顔を赤らめて慌て出した。

「べ、別に心配なんてしてないわよッ。あんたが怪我すると後であたしがライザさんに怒られるのが嫌なだけよッ。そもそもまだ初対面に等しいあんたの事なんか心配するわけないじゃないッ」

「そ、そうですね。ごめんなさいです……」

 エリーゼの強い口調にレンはまたもしゅんと落ち込んでしまう。一喜一憂の激しいレンの豊か過ぎる感情表現に、エリーゼはすっかり振り回されていた。落ち込んでしまったレンの姿を直視できず、エリーゼはバツの悪そうな表情になってクルリとその場で回る。

「と、とにかくさっさと行くわよ。あんたのせいで予定が狂っちゃってるんだからッ」

 そう言うと、エリーゼはスッと手を差し伸べた。驚くレンが顔を上げると、頬を赤らめながらエリーゼがそっぽを向いているのが見えた。

 レンは差し伸べられた手が何を意味するのかわからず、おろおろとする。そんなレンのハッキリしない態度にエリーゼはキレると、強引にレンの手を掴んだ。その瞬間、レンの驚愕が更に大きくなる。

「え、エリーゼさん?」

「勘違いしないでよね。また逸れないように捕まえておくだけなんだから。あんたが迷子になるとまたあたしが迷惑するのッ。それだけなんだからねッ」

 顔をカァッと赤らめながらそこまで言うと、エリーゼは「行くわよ」と言ってレンに背を向けたまま歩き出す――しっかりとレンと手を繋いだまま。

 エリーゼに手を引かれながら、レンは引っ張られるようにして歩く。だが、決して嫌な気持ちはしなかった。

 繋がれた手から伝わるエリーゼの温もり。それがとっても優しく感じられたから。

 いつの間にか、レンは自分からも手を握り返していた。そして、この時彼女は誓った。

 

 ――もう決して、この手を見失ってはいけない、と――


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