Cannon†Girls   作:黒鉄大和

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第7話 少女達の休日

 レンとエリーゼがコンビを組んで、二ヶ月の月日が流れた。

 あのランポス討伐作戦以来、エリーゼはレンに対する評価を変えていた。レンは基本的にはドジでどうしようもないのだが、いざ狩場に出て狩猟となるとその辺にいる同ランクのガンナー以上の実力を持つ有能なハンターである。

 何より、一人前になるまではどうしても離れる事はできない。それがライザとの約束である。正確にはここでの生活に慣れるまでであったが、その後ライザが色々言葉巧みにそこまで誘導したのだ。もちろん、気づいた時には後の祭り。

 エリーゼはライザに対する仕返しの意味も込めてレンを立派なハンターに育て上げる事を決意した。

 慎重なエリーゼはレンの実力を的確に見て現段階で攻略可能な依頼を片っ端から片付けていった。その中にはドスランポスの討伐も含まれていたが、対ランポススキルが高いレンは多少苦戦したもののほぼ問題なくこれを討伐。

 次なる敵はハンターの登竜門である怪鳥イャンクックと決め、これまで以上の修行の日々を過ごす事になった。

 早朝、市場が本格的に始動し始める時間。そんな街中を二人の少女が走っていた。もちろん、エリーゼとレンである。

 エリーゼは元々天才的な実力を持ち、勉学で知識も得た優秀なハンターである。それに加えて日々努力を重ねて現在の実力を持っている。その中の一つに基礎体力作りがあり、これはその一環である。

 街中を十周するというかなり過酷な運動である。何せドンドルマは細い路地や斜面に建つ地区もあるので階段も多い。それらを長距離走るのだから想像を絶するような過酷なメニューだ。

 毎朝の習慣として慣れていたエリーゼに対し、元々が体力がお世辞にもある方ではないレンは四苦八苦。一周する頃にはもうヘトヘトになってしまい、「もう走れませ~んッ」とエリーゼに泣きつくが、そのたびにエリーゼは「走りなさいッ! 走らないと朝食抜きにするわよッ!」とか「竜撃砲でぶっ飛ばされたいのッ!?」などと発破を掛ける。だが、大概は十周できなくて毎朝朝食抜き。しかもやっと走り終えてもあくまでこれは朝練と言って午前の厳しいメニューをこなし、もはや体が限界に達した段階で遅めの昼食。しかし休む暇もなく「十分で食べなさいッ」と無茶を言うエリーゼ(もちろん彼女は十分で食べ終えてしまうが)。昼食後は午後のメニューでまたしても厳しい訓練。夕方になり、ようやくトレーニングという名の地獄が終わる。しかしこれまた休む暇もなく今度はハンターとしての知識を叩き込むための勉強会がある。もはや体力の限界をとっくにぶっ飛ばしているレンは意識を失うように眠ってしまい、そこへエリーゼの放つチョークが命中したり引っぱたかれたりして無理やり起こされる。ひどい時には水を掛けられる始末だ。

 そして、酒場の営業時間ギリギリに遅い夕食を食べ、風呂に入って一日の汗や汚れを洗い流す。この時、毎回のようにレンは湯船の中で寝てしまい、そのたびにエリーゼに頬や耳を引っ張られて起こされている。

 部屋に戻ると、レンはもはや体力の限界どころか生命の限界に達するが如く、崩れ落ちるようにして藁のベッドに倒れ、そのまま気絶するように眠る。しかし、数時間後の早朝すぐにまたしてもエリーゼに叩き起こされて地獄の日々が始まる。

 レンのドンドルマでの日々は、その繰り返しであった。

 基本的にはドンドルマでの基礎体力作りと勉学を中心に、時々比較的近場の狩場に出てはそこでも厳しい訓練や狩猟を行う。もちろんその道中もノートに書いた用語を必死に覚えなければならない。狩場についたらまずはその暗記した単語のテストがあるのだ。合格点を取れなければ、こんがり肉と携帯食料、生焼け肉でさえ没収されてしまうという厳しい罰があるのだ。

 もはや毎日が戦争状態と言ってもいいレン。一応今回の責任を感じているのかライザが止めに入ったのだが、エリーゼは「レンはあたしに任せてください」の一点張り。結局ハンターズギルド幹部の弱みを握って操っているのではないかと噂されるライザであってもエリーゼの強行は止める事ができなかった。

 しかし、慣れとは恐ろしいものであった。

 二ヶ月の間にレンはエリーゼ並みに達する事はまだできてはいないが、それでもエリーゼに何とかついて行くくらいにまでは成長していた。エリーゼのスパルタ教育は、決して無駄ではなかったのだ。

 今日もエリーゼとレンは街中を朝練の走り込みを行っている。

「お、エリーゼちゃんにレンちゃん。今日もがんばるねぇ」

「あんまり無理しちゃダメだよ」

「しっかし、レンちゃんもずいぶん成長したよな」

「がんばれよぉッ」

 毎朝のように街中を走り回る二人はすっかり有名人となっていた。三週目に市場のすぐ横を通るので、すっかり顔と名前を市民に覚えられてしまったのだ。

 最初の頃はエリーゼはともかく、レンは皆のあいさつに答えるだけの余力はなかったのだが、修行の甲斐あって五週目くらいまでならまだ余裕がもてるくらいになったレンは声を掛けてくれる人一人ひとりに笑顔であいさつ。その屈託のない純粋な笑顔は、朝の市場に潤いを与えていた。

「嬢ちゃん達、これ食ってがんばれよッ」

 そう言って二人は投げられたリンゴをキャッチ。もちろん投げたのはレンがこの街に来て最初にお世話になったあの八百屋の主人だ。二人はお礼を言って市場を走り去った。

 

 朝の走り込みを終えた二人はいつものように酒場へと向かう。だが今日は珍しくエリーゼとレンは走り終えた後すぐに風呂に入って汗を流してから朝食も食べずに酒場に座っていた。それもそのはず、今日は訓練がないのだ。

 ライザの計らいで、レンにたった一日の休日が与えられたのだ。ライザの粘り強い交渉が実を結んだ形ではあるが、エリーゼ自身少しくらいレンに休息を与えてあげたいという気持ちがあった事が大きかった。しかし自分から休日を与えるのは厳しいメニューを突きつけている身としては言いづらく、エリーゼは自分からレンに休暇を出す事ができなかったのだ。

 そんなエリーゼの葛藤も予測しての行動だったのか、ライザは的確な交渉でレンの自由を一日限定で確保する事ができた。

 かくして、久しぶりの休日となったレンであったが、実は特に何をするとかは決めていなかった。何せ今まで自由などないに等しい生活だったので、突然自由にされても何をすればいいのか全然わからないのだ。

 だが、何でもお見通しのライザお姉さんはすでに先手を打っていた。

「おっ待たせ~」

 朝から元気一杯ハイテンションな声と共に二人のテーブルに現れたのは今回の発案者であるライザ・フリーシアであった。しかし、身に纏うのはいつものギルド嬢が着る制服ではなく私服であった。カーキ色のスカートにピンク色のセーター、白いコートというかわいくもあるが大人な感じをしっかりと残したイメージの服装である。そのめったに見られないライザの私服姿に酒場にいた男達が悶えたのは言うまでもない。

 ライザはレンの為に忙しいスケジュールを調節して自らも休日を取ったのだ。売れっ子ギルド嬢ともなると休日を一日取るだけでも相当な苦労があるだろうが、その笑顔からはそんなものは一切感じられなかった。

「それじゃレンちゃん、今日は私とデートしましょうッ」

「ふぇッ!?」

「ライザさん。一応今回はあなたにレンは任せますが、妙な事をしたら許しませんよ」

「あはは、冗談よ。冗談」

 ライザの爆弾発言にすっかり顔を真っ赤にさせて慌てるレン。そんなレンをムッとしたような顔で一瞥したエリーゼは威嚇するようにライザを睨みながら釘を刺しておく。そんなエリーゼの反応にライザは苦笑した。

 何だかんだ言って、この二ヶ月ですっかり二人は仲良しコンビになってしまった。あの厳しい訓練にレンが根を上げると思っていたのだが、意外にもレンはエリーゼから逃げたりはせずに必死になってその修行について行った。エリーゼもそんながんばるレンにすっかり心奪われてしまったらしく、今では本当の姉妹のように見えるほど、二人は意気投合していた。

 ケーキを食べては頬にクリームをつけるレン。そんなレンの頬についたクリームをエリーゼが指で取って食べてはレンに喜ばれてエリーゼは顔を真っ赤にして全力否定。そんな光景がよくあった。

 レンがすっかり懐いていると周りは見ているが、ライザは少し違うと見ていた。確かにレンが懐いているのは事実だが、それ以上にエリーゼがすっかりレンに依存しているように見える。

 彼女の過去を知っている身としては、それを素直に喜べない所もあるが、あの堅物だったエリーゼにも笑顔が浮かぶシーンを見るたびに頬が緩んでしまうのは事実だ。

 レンに言えば照れるし、エリーゼに言えば断固反対されるだろうが。この二人はもう互いが互いを必要とし合うコンビになっているのだ。

 しかし、今日だけはエリーゼからレンを奪ってむふふ♪できるのだ。ぶっちゃけ、エリーゼほどではないがライザもすっかりレンの虜になっていたのだ。このかわいらしいお人形みたいなレンを自由にできる。ライザにとっても心休められる休日となりそうだ。

「それじゃ、行きましょうか」

 ライザはそう言ってレンの手を引くと、むすッとしているエリーゼに笑顔で手を振って酒場を飛び出した。

 

 酒場から出たライザはまず街外れにある公園へと向かった。ここは東方大陸原産の桜と言う春に美しいピンク色の花を咲かせる木が数本植えてある街中でも数少ない緑がある場所。今は季節的に葉しかないのは残念だが。

「えっと、ここで待ち合わせでしたっけ?」

 レンはキョロキョロと辺りを見回してその目的の人を探してみるが、そもそも一体どんな人なのかも知らないのだ。ライザに訊いても友達とだけしか教えてくれないのだ。

 公園の中には十数人の子供達とそれを見守る十人ほどの母親。そして、一人の少女が公園のベンチに腰掛けていた。すると、少女はこちらに気づくと慌てて駆け寄って来た。

 それはきれいな金髪を流した自分と同じくらいか、少し上くらいの女の子であった。しかし、その出で立ちは普通の女の子とは明らかに違っている。

 身に纏うのは美しい桜色の鎧。それは火竜リオレウスと対を成す雌火竜リオレイア、それもその亜種である通称桜リオレイアと言われる上位飛竜の素材を使った防具、リオハートシリーズであった。背負っているのはレンと同じ桜色のライトボウガン、これもまたリオレイアの素材を使った上位武器、ハートヴァルキリー改。

 武具の性能を見ても、ナイトクラスぐらいの実力はありそうな上位ハンターである。しかも自分と同じライトボウガン使いである。緊張してしまうのも当然だ。

 そんなレンを一瞥しておかしそうに笑うと、ライザは駆け寄って来た少女に明るく声を掛けた。

「おっはよう。今日は私の無理を聞いてくれてありがとね」

「あ、おはようございますライザさん。気にしないでください、たまたま単独依頼を終えて時間があったのでこちらとしても助かりました。お誘いいただき、心から感謝申し上げます」

 そう言って少女は深々と頭を下げた。レンの抱いた少女への第一印象はすごく優しそうでとても真面目そうな人であった。

「あ、紹介するわね。この子が話してた新米ライトボウガン使いのレン・リフレインちゃん」

「れ、レン・リフレインです。初めまして、レンと呼んでください」

「こちらこそ初めまして。よろしくね、レンちゃん」

 ライザの紹介に慌てて頭を下げるレンに、少女は笑顔で応えた。この慈愛に満ちた笑顔が、すっかりレンの警戒心や緊張などをと解いたと言っても過言ではない。

 続いてライザは今度はレンに少女を紹介した。

「レンちゃん、この子は私の友達のフィーリア・レヴェリちゃん。世間からは桜花姫なんて呼ばれてるガンナー界の金の卵ちゃんよ」

「そ、そんな事ないですよぉ……」

 ライザの紹介に少女――フィーリアは恥ずかしそうに頬を赤らめながら笑う。謙遜はしているが、その実力は折り紙つきである。その証拠に、フィーリアの二つ名はレンもこのドンドルマで生活しているうちに知っていた。

 最年少リオレイア討伐記録を持ち、リオレイアの討伐数は並のハンターを圧倒し、陸の女王に関しての知識は随一。ガンナーとしての腕もかなりのもので、現在ガンナー界が注目しているルーキーである。その身に纏う武具を桜リオレイアのもの一色にしている為、その実力と相まって呼ばれているのが桜花姫という二つ名である。

 以前はリオレイア通常種の防具、レイアシリーズを纏っていた為に期待の新生という意味も込めて新緑の閃光なんて呼ばれていたが、もはやその実力は確実なものとなり、より上の二つ名が流行しているのだ。

 現在、ガンナーの中では人気急上昇中のルーキーハンターであるフィーリア。そんな有名人をこうも簡単に呼び出してしまうライザの友好関係の広さには驚きを隠せない。

「今日はこのフィーリアも交えて休日を楽しみましょう。女の子同士会話に華を咲かせるのも良し、ガンナーとしてのアドバイスを聞いてみるのも良し。どっちにしても損じゃないでしょ?」

 そう言ってライザはウインクする。

 自分だけ休日でいてもいいのだろうかと内心実は後ろめたさがあったレンの心を見抜いたかのような見事な根回し。ライザ・フリーシア。良くも悪くも恐ろしいギルド嬢である。

「それじゃ、行きましょうか」

 ライザはそう言うと自ら先陣を切って歩き出す。フィーリアは張り切るライザに苦笑しながら、おろおろとしているレンに優しげな笑みを向けると、そっと手を伸ばした。

「行こう、レンちゃん」

「は、はいですッ」

 レンは無邪気に微笑むと、差し伸べられた手をギュッと握った。その手はとても温かくて、柔らかくて、優しく自分の手を包み込んでくれた。

 フィーリアに手を引かれながら、レンは歩き出した。

 

 ライザを先頭にフィーリアに手を引かれながら公園を出て行くレン。そんな三人を少し離れた桜の木の陰からイラ立った瞳で見詰めている少女が一人。

「何よあいつ、何で誰彼構わず手を繋げるのよ……ッ」

 ウーッと唸りながらレンを睨みつけているのはもちろんエリーゼ。変装のつもりなのか、カーキ色のコートに同色のベレー帽に加えて伊達メガネで完全防備(?)している。一見すると一昔前の探偵に見えなくもないが、もしこれが探偵なら木の陰から監視なんてベタベタ過ぎる。

 手を引いてくれる初対面の少女と楽しげに話しているレンを見てさらにイライラを募らせながら、エリーゼは三人の後を追うようにして一定の距離を開きながら後に続いて歩き出した。

 

 まず最初に一行が向かったのはライザ行き付けの喫茶店であった。朝食にはちょうどいい。

 窓側の席に通された三人はライザ一人とフィーリアとレンの二人で対面に座る。もちろん、少し遅れてエリーゼも店に入るとレン達の席を観葉植物の陰から監視できる位置に陣取った。

 ライザはハムとチーズのホットサンドを、フィーリアはおまかせサンドイッチを、レンはナポリタンを注文した。ちなみにエリーゼは携帯性に優れた照り焼きチキンのクレープ巻きを注文した。

 料理が来るまでの間、三人は会話に華を咲かせていた。ライザがおもしろい話をしてはフィーリアとレンが笑い、とても楽しげだ。そんな三人の様子を見て、エリーゼはムッとした表情を浮かべ続ける。

「そういえば、レンちゃんって誰かを好きになった事ってあるの?」

 ライザの突然の問いに対し、食前に注文したホットミルクを飲んでいたレンは「ふえ?」と口から漏らすと、首を傾げる。

「えっと、私はライザさんもフィーリアさんも大好きですよ?」

「いや、そうじゃなくて……あぁん、でもか~わ~い~いッ。私も大好きよレンちゃんッ」

 ライザは身を乗り出してレンをギューッと抱き締める。誰かに抱き締めてもらうのが大好きなレンはそれを恥ずかしそうな表情を浮かべつつもどこか喜んだ様子でそれを受け入れている。

 そんな二人を近くで微笑ましく見詰めるフィーリアと、遠くから嫉妬心全開(本人に問えば全力否定)で睨みつけているエリーゼ。

「そうじゃなくて、男の子を好きになった事よ」

 レンを十分堪能した所でライザは改めて問う。つまり、恋をした事はあるのかという質問であった。乙女だけで会話をすれば、自然とこういう話題に流れ込む事は珍しくはないのだ。

 ライザの問い掛けに対し、レンは恥ずかしそうに頬を赤らめながらも首を横に振った。

「私の村は過疎化が進んでて、同年代の子はほとんど親と一緒に都心に出て行ってしまうので。同年代の男の子なんていませんでしたから。そんな関係になる余裕はありませんでしたので」

「そっか。最近、ギルドの方でも辺境の村の過疎化が深刻視されてたわね。過疎化していく村には、なかなかハンターが常駐してくれないって言うし。でもまぁ、このドンドルマなら人も多いし、ハンターには同年代くらいの男の子、最近じゃ珍しくないし。いい人と出会えるかもね」

「そ、そんなぁ。私なんてドジでのろまでいつもエリーゼさんに迷惑掛けてばっかりで。誰かを好きになるとかなられるとか無理ですよぉ」

「そんな事ないわよ。レンちゃん、すっごくかわいいじゃない」

 ライザがそう言うと、フィーリアもまた「そうよ。もっと自分に自信を持って」と援護する。二人の絶賛に対し、レンは「そ、そんな事ないですよぉッ」と手をパタパタと振って否定するが、その照れたような真っ赤な顔にはほめてもらって嬉しいという気持ちが前面に出ている。

「それならライザさんやフィーリアさんなんてすっごい美人じゃないですか」

 慌てて自分への誉め言葉の集中砲火を回避しようと、今度はレンからの報復攻撃。これで話題は自分から逸れると想っていたのだが……事態は思わぬ方向に。

 レンの反撃に対し、ライザとフィーリアから笑顔が消えた。あまりにも突然過ぎる二人の変化に、レンは戸惑う。

「そりゃ、私だって恋くらいしたいなぁって思ってるわよ? でも今は仕事が忙しくてそんな暇ないし。そもそもそう簡単にいい人になんて巡り合えないわ」

 ため息混じりにライザは愚痴る。今ここが朝の喫茶店ではなく夜の酒場だったらその手にはおそらく並々とジョッキに注がれたビールが見えるだろう。そんな感じの落ち込みっぷりだ。

「実際に恋しても、苦労ばかりですよ。恋敵(ライバル)は強敵ですし、そもそも当人が鈍感過ぎると手に負えませんよ」

 フィーリアもまた、ビールとあたりめが合いそうな程に落ち込んでしまう。

 詳しい事はわからないが、二人の悩みはかなり違うけれどもどちらも苦労しているらしい。レンは恋というのはすごく大変なものなのだと教えてもらい、慌てて落ち込む二人の励ましに掛かる。

 ちょうどいいタイミングで料理が届き、二人も何とか元に戻ってくれた為レンはほっと胸を撫で下ろした。

 その後、おいしい料理を食べながらの会話はまた弾みを取り戻した。しかしそれは逆に言えば監視しているエリーゼのイライラをさらに募らせるだけでしかない。

「な、何デレデレしてんのよあのバカ……ッ」

 イライラしまくるエリーゼ。クレープを持って来た店員は彼女から発せられる激しい怒気に恐れを抱き、無言でクレープと伝票を置くと、慌てて退散した。

 そんな相棒のイラ立ちなんて露知らず、レンはおいしそうにナポリタンを頬張る。すると、注文したカフェオレを飲んでいたフィーリアが何かに気づいた。徐(おもむろ)にナプキンを手に取る。

「レンちゃん、ほっぺにソースがついてるよ」

「ふぇ? むぐぅ」

 フィーリアは優しくナプキンでレンの頬についたナポリタンのソースを拭き取ってあげる。するとレンはそんな優しいフィーリアに無邪気に微笑む。

「ありがとうございます」

「もう、レンちゃんは子供ね」

「えへへ」

 まるで仲のいい姉妹に見える二人の姿を、対面に座るライザは微笑ましく見詰めている。が、一方でそんな二人を憤怒の視線で睨みつけているエリーゼ。

「何あの程度の事で喜んでんのよ……ッ。それくらいあたしがいつもやってるじゃない……ッ。っていうかあの女、レンに慣れ慣れしいにも程があるわよ……ッ」

 ガルルルゥ……ッと唸り声が聞こえそうなくらい、エリーゼは無邪気に笑うレンに激昂し、そんなレンに慣れ慣れしいフィーリアを親の仇を見るような目で睨み付ける。

 その時、無言でコーヒーを飲むライザの瞳が一瞬だけ自分の方を向いた事を、エリーゼは気づいていなかった。

 

 十分腹を満たした所で、三人は喫茶店を出た。ちなみに代金はライザのおごり。これはレンの財布事情を知っているライザの心遣いであった。もちろん、エリーゼは自腹だが。

 喫茶店を出た三人は今度は服屋が密集する通りに向かった。そしてそのまま、ライザは街中という事もあって防具を着ている二人の少女の手を引っ張って一軒の服屋に入る。ちなみにここもライザの御用達の店であった。エリーゼも少し距離を置いてから同じ店に入った。

 中には東西南北様々な国や民族の衣装から流行の服などがズラリと並んでいる。その魅力たっぷりな光景に、レンとフィーリアの瞳が輝く。どっちも年頃の女の子、服に興味があるのは当然と言えよう。

「二人とも、ここは試着自由だから好きなだけ試着してもいいわよ。レンちゃんに関してはいい服があったら、私が買ってあげるから安心して」

 ここでもドンと太っ腹な事を宣言するライザ。しかしさすがのレンも食事だけならともかく服まで買ってもらうのはさすがに気が引ける。

「あ、あの私は見ているだけで結構ですから」

「何言ってるのよ。お姉さんが買ってあげるって言ってるんだから、甘えちゃいなさい」

「で、でもぉ……」

 正直、ずっと防具とインナーという生活ばかりだったので私服がほしいとは思っていた所。でもお金がない為にそんな余裕がなかった。そんな時に突然ライザが服を買ってくれると言ってくれた。内心はすごく嬉しいのだが、でもこれ以上の迷惑は掛けられないという気持ちも本心である。問題は、ライザは全く迷惑だと思っていない事だ。

「それじゃレンちゃんは今から私の着せ替え人形って事で。私があなたに似合う服を選んで、勝手に買うから。オッケー?」

「へ? あ、でも……」

「それじゃ、レッツゴーッ!」

 ライザはレンの返事も聞かず、というかレンが返事を言う前に行動した。まるで電撃戦の如き素早さだ。フィーリアは苦笑しながら、二人の後を追って店の奥へと向かう。

 ライザは早速本人の意思をとりあえず無視してレンの服選びを始める。

「これなんか似合うんじゃない? あ、でもこっちもかわいい」

 そう言ってライザは何着かの服を手に取ると、おろおろとしているレンの手を引っ張って試着室へと向かう。試着室へ二人で入ると、カーテンを閉めた。すると、

 

「さぁ、そんな物々しい防具さっさと脱ぎなさい」

「わ、私はまだ着ると決めた訳じゃ……」

「あぁもう往生際が悪いわねッ。こうなったら実力行使よッ。そ~れッ!」

「え? ひゃあああぁぁぁ~ッ!」

 

 ドタンバタンッ!

 

「うぅ、私もうお嫁に行けません……」

「大丈夫よ。もしそうなったらエリーゼがちゃんと引き取ってくれるから」

 

「……絶対引き取んないわよ」

 服の陰に隠れながら、エリーゼはツッコミを忘れない。

 そんなエリーゼと苦笑するフィーリアが見守る中、試着室のカーテンが開かれた。そこから現れたのは一仕事した後の達成感に満ち溢れたライザと、私服姿となったレン。その姿を見た途端、エリーゼの瞳が大きく見開かれた。

 

 レンが着ていたのは純白のワンピース。所々にフリルが付き、水色のリボンなどで装飾はされているが、とてもシンプルなデザイン。しかし、それは比較的地味めな感じのレンにはとても合っていた。

 ヘルメットの代わりに、少し季節外れではあるが麦藁帽子を被っているが、それもまたレンには良く似合っていた。

 恥ずかしいのか、レンは麦藁帽子を深く被ってうつむいている。だが、その頬は真っ赤に染まっていた。

「うん。やっぱりレンちゃんはシンプルなデザインの服が似合うわね。すっごくかわいいわ。なんたって、素材がいいんだから。そう思うでしょフィーリア?」

「はい。レンちゃん、すっごくかわいいですよ」

「そ、そんなぁ……」

 二人にかわいいと連呼され、レンは恥ずかしくてさらに顔を真っ赤に染めながら麦藁帽子を深く被って顔を隠す。そんなレンのワンピース姿に、エリーゼは目を奪われていた。

 確かに、かわいい。女の目から見ても、つい守ってあげたくなるようなかわいさだ。正直、自分よりかわいいだろう。だが、不思議と悔しさはなかった。むしろ、なぜか喜ばしい――まるで、妹が誉められているかのように、清々しい気持ちになる。

 自然と、柔らかい笑みを浮かべていた。それに気づき、エリーゼは顔を真っ赤にして慌てて表情を平静に戻す。

 鏡の前に立たされたレンは、そこに映る自分の姿を見て「はわぁ……」と声を漏らしながら驚く。

「こ、これが私ですか?」

「そうよ。あぁ、やっぱりレンちゃんはかわいいわぁ~」

 ライザは思わずレンを背後からギューッと抱き締める。レンは「は、はわわぁッ。ライザさんやめてください~ッ」と顔を真っ赤にしてジタバタと抵抗するが、ライザの前ではそんな程度の抵抗は無力に等しかった。そんな二人をフィーリアは微笑ましげに見詰めている。

「それじゃ、どんどん行くわよ~ッ」

「ふえ? ひゃあああぁぁぁ~ッ!」

 テンション高いライザはレンの手を引っ張り、再び試着室の中へ消えて行った。

 その後、ライザ主導でレンのファッションショーが強行されるのであった。

 

 昼食をこれまたライザ行き着けの店で済まし、午後もライザ主導で三人は街中様々な店に入っては買い物などを中心に休日を楽しんだ。特に田舎出身のレンは都会だからこその様々な物に興奮しっぱなしであった。

 楽しい時間はあっという間に過ぎて行き、夕日がドンドルマの街並みを暁色に染める頃、ようやく解散という事になった。

「それでは、私はここでお暇(いとま)させてもらいます」

 大衆酒場の前にまで戻って来た時、夕日をバックにしてフィーリアは言った。

「あら、もう行っちゃうの?」

「はい。そろそろ港に行かないと、村方面に向かう最終便が出てしまいますので」

「そっか。気をつけてね」

「はい」

 ライザと別れの言葉を交わした後、フィーリアはレンに近づく。レンは悲しげな瞳でじっとフィーリアを見詰めている。たった一日の付き合いであったが、まるで古い友人のように別れが辛かった。そんなレンを見て、フィーリアはそっと微笑む。

「今日はとっても楽しかったわ、ありがとうレンちゃん。元気でね」

「フィーリアさん……」

「レンちゃんがもっと強くなったら、今度一緒にリオレイアを狩りに行きましょう」

「は、はいですッ」

 フィーリアの差し出した手を、レンはしっかりと握り締めた。そんな二人の様子を見て、ライザは優しげな笑みを浮かべている。

 二人に見送られながら、フィーリアは去った。それを見届け、ライザもまた「それじゃ、私も寮に戻るわね。今日は楽しかったわ、ありがとうね」と言って夕日に照らされる大通りに消えて行った。

 一人残されたレンはライザに買ってもらった服、あのワンピースと麦藁帽子の入った袋をギュッと胸に抱き締めながら、意気揚々と宿と繋がっている酒場へと向かう。

「――ずいぶんとご機嫌じゃない、レン」

 その聞き慣れた大好きな声に、レンはパァッと笑顔を華やかせて振り向き――サーッと血の気が引いた。

 いつの間にか背後に立っていたのはもちろんエリーゼ。着替える暇もなく現れた為か、探偵モドキの服装のままで仁王立ちしている。その表情は、清々しい笑顔が華やいでいる。ただし、その瞳は全く笑っておらず、体中から憤怒のオーラを全方位に烈風の如く吹き荒らしているが。

「え、エリーゼさん?」

「レン、今すぐ修行を再開するわよ」

「へ? で、でも今日はお休みじゃ……」

「一日休むと、それを取り戻すのには三日掛かるのよ。休みは日頃の疲れを癒す為のものであって感覚を失う為のものじゃないわ」

「で、でも……」

「グチャグチャうるさいッ! 修行するか宿から出て行くか二者択一ッ!」

「は、はい~ッ!」

 明らかに滅茶苦茶不機嫌なエリーゼにレンは逆らえるはずもなく、結局荷物をさっさと置いて泣きながらエリーゼに脅される形で夕日が照らすドンドルマの街中を全力疾走する事になった。


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