Cannon†Girls   作:黒鉄大和

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第9話 女王の秘宝奪取作戦

 目の前に広がっているのは見慣れた景色。どこまでものどかな雰囲気が続き、風の音や風に揺られる木々の音が美しい音色を奏でている。小鳥がさえずる声は、ここが狩場であるという事を忘れさせるようだ。

 ここはアルコリス地方に位置する丘陵地帯にある狩場。通称《森丘》と呼ばれる場所だ。温暖な気候から動植物が豊富であり、草食竜アプトノスがエサを求めてやって来るのどなか場所であり初心者ハンターの修行場としても重宝されている。同時に、エサが豊富である為に時たま飛竜の姿が確認できるなど危険な狩場でもある。

 ドンドルマのハンターならここから成長していくと言っても決して過言ではない。彼らにとって、ここはまるで自分の庭のように熟知している場所だ。余程の事がない限り、大した緊張もしないのが通常である。

 だが、今ここに立つ二人の顔つきは真剣そのものであった。

 エリア1。通常ならアプトノスが草を食べている場所であるが、現在ここは《彼女》の気配に怯えているのかアプトノスは姿を見せてはいない。その代わり、これを機に勢力を拡大しようと考えているのか、ランポスが三匹エリアを支配していた。

 辺りを警戒しているランポスはその侵入者に気づいて警戒の声を上げた。

「できる限り邪魔なランポスは省いておくわよ。彼女から逃げ切れても、こいつらに邪魔されたんじゃ苦労が水の泡だもの」

 そう言ったのは全身桃色の鎧に身を包んだ桃髪ツインテールの少女。怪鳥イャンクックの素材を使って作られたこの防具の名はクックシリーズ。ある程度経験を積んだ下位序盤クラスのハンターが身に付ける防具である。耳にはルビーのようにきれいに赤く輝くレッドピアス。前よりも一回りも二回りも成長した少女――エリーゼ・フォートレス。背負うのはこれまで一緒に戦って来た討伐隊正式銃槍のワンランク上の近衛隊正式銃槍。

「そうですね。このクエストは、まずは道を切り開く事が第一ですからね」

 そう言ったのは鉄製のシンプルなデザインの鎧を身に纏った紺髪セミロングの少女。初心者ハンターが最初の頃に使う通過点のような防具の名はレザーライトシリーズ。明らかに彼女の実力には不釣合いな貧弱な防具ではあるが、現在彼女のレベルで可能な限り強化しており、その防御力は決してエリーゼのクックシリーズにも引けを取らない。所々塗装が剥げたりへこんだり、ツギハギ縫いして一見するとみすぼらしい事この上ないが、それは彼女がこれまで幾多の戦いを生き抜いてきた証だ。背負うのは独特な形をした謎の東方技術を使ったライトボウガン。正式名称は不明であるが、彼女はこれを《ティーガー》と呼んでいる。

 上京当時と見た目こそ全くと言っていい程変わってはいないが、その実力は間違いなく成長している少女――レン・リフレイン。

 二人の少女は一糸乱れぬ動きで同時に武器を構える。何も知らないランポス達は真正面から突撃して来た。それを見てエリーゼは一瞬だけレンの方を見ると、ゆっくりと歩み出す。それを見て先頭のランポスがエリーゼに狙いを定めて突撃して来る。エリーゼは冷静に彼我の距離を目測で測りながら、そのタイミングを待つ。そして、

「はぁッ!」

 絶妙のタイミングでエリーゼはガンランスを前に突き出しながら数歩を勢い良く突撃。突然のエリーゼの動きの変化に対応できず、ランポスは回避もできずに近衛隊正式銃槍の刃に胸を貫かれた。吐血し、なおも暴れるランポスにエリーゼは容赦なく引き金を引いた。

 ドォンッ!

 爆音と共に銃口から砲弾が撃ち出され、ゼロ距離で命中したランポスは悲鳴も上げれずに吹っ飛んだ。壁に叩き付けられると、自らの血で岩を真っ赤に染めながらずり落ち、そのまま息絶えた。

 一瞬にして仲間を葬られて動揺する残る二匹のランポス。その迷いが、一瞬の隙を生む事となった。

 音もなく高速で忍び寄ったのはレン。気づいた時にはピタッとその銃口がランポスの側頭部へ突きつけられていた。事態をランポスが理解した刹那、

「ごめんね」

 ドォンッ!

 ランポスは頭を撃ち抜かれてグラリと崩れるようにして倒れた。即死だ。

 ついに一匹となったランポスは勝ち目がないと悟ったのか、慌てて逃げ出す。だが、すでに逃げ道など完全になくなっている事に、彼はまだ気づいていない。

「ギャァッ!?」

 道を塞ぐようにして待ち構えるのはエリーゼ。慌ててランポスは後方へと下がるが、今度はそれをレンがピッタリと封鎖。完全に挟撃状態。退路は断たれた。

「悪いわね。あんたに恨みはないけど、ここで死んでもらうわよ」

「何だか、悪役みたいなセリフですね」

 ――直後、ランポスはエリーゼの突撃で壁に串刺しにされ、とどめとばかりに数発の砲撃を受けて息絶えた。

 血に濡れた刃を一瞥し、エリーゼはガンランスを一回大振りに振るってその血を吹き飛ばしてから背負う。レンも消耗した弾を補充し、ティーガーを背に戻した。

 二人は地面に転がる三匹のランポスの骸(むくろ)を無視し、先を目指す。だが、その足取りは決して軽いものではない。このエリア1は狩場の中では比較的安全な場所だ。今回のようにランポスが目撃される事はほとんどなく、基本的にはアプトノスしか存在しない場所。だが、この先のエリア2からは通常時に普通にランポスが出て来る場所であり、彼女が降り立つには十分過ぎる面積を持つ場所だ。

 彼女は強い。それこそ、今の自分達では勝つ事はほぼ不可能だろう。それだけ彼女の力は圧倒的なのだ。

「……今更だけど、最後の確認よ。今なら依頼は失敗するけどまだ引き返せる。ここから先は、命を落とすかもしれない。それでも、行くのね?」

 レンの前で立ち止まったエリーゼは振り返り、もう何度目かわからない、でも今度こそ本当の本当に最後の確認をする。そんなエリーゼの問いに対し、レンはもう何度目かわからない、でも今度こそ本当の本当に最後の同じ答えを言い放った。

「全て覚悟の上です。この依頼、必ず達成してみせます――いえ、必ず達成しなければいけないんですッ」

 真剣な面持ちでそう言うと、レンは固い決心を抱いた瞳でエリーゼを見詰める。頼りないかもしれないけど、一度決めた事は決して曲げずに貫き通す。レンは、意外と頑固な少女であった。

「……わかった」

 エリーゼはそんなレンの覚悟を尊重し、これ以上何も問わないと心に決め、自らもまた覚悟を決めた――必ずレンと一緒に無事に依頼を成功させると。

「あ、あの。私も今更ですけど、危険ですのでやっぱりエリーゼさんはやっぱり帰った方が……」

 おずおずとレンが言うと、エリーゼはキッと瞳を鋭くさせてレンを睨み付ける。その刃物のように鋭い視線に、レンは慌てて「ご、ごめんなさいですッ」と謝る。だが、エリーゼは無言でレンに近づくと、その柔らかくてマシュマロみたいな頬をむにーっと左右へと引っ張った。

「ひ、ひらいれすえりーれはんッ! いはいいはいッ」

「生意気な事言うようになったじゃない。ねぇレン?」

「ふぉ、ふぉへんなはいれすぅ~ッ」

「フンッ」

 エリーゼが手を離すと、涙目になりながらレンは赤くなってヒリヒリと痛む頬を両手で摩る。そんなレンを一瞥し、エリーゼは背を向ける。

「いい? あんたはまだまだ良く言って半人前だって事を忘れんじゃないわよ。クック程度でも怪しいってのに、例え真正面から戦う必要がないにしても彼女相手じゃ一瞬で潰されるのは目に見えてんだから」

 エリーゼの言葉に、頬を摩っていたレンは真剣な面持ちになってこくりとうなずいた。

 そう、今回の依頼は彼女の討伐ではない。だとしても、接触せずにこの任務を遂行する事はほぼ不可能に近いだろう。必ずどこかで接触し、戦闘になる。正直、エリーゼもレンも彼女と戦うにはまだ早過ぎる。それでも、二人の胸にはこの依頼の絶対完遂という志が熱く宿っている。

「ダメダメなあんたと違って、あたしなら何とか立ち回る事もできるかもしれない。あたしにとってもこの依頼は決して他人事じゃないし、何よりあんた一人に任せる程あたしだってバカじゃないわ――今度こそ救える命を救うんだから。あんただって、絶対に死なせはしないから」

「エリーゼさん……」

「か、勘違いしないでよね。あんたに死なれて目覚めが悪くなるのが嫌なだけよ。化けて出て来られても困るし……。ぜ、絶対ッ、あんたが心配だとか守ってあげたいとかそんな事全然思ってないんだからねッ!」

 レンのキラキラとした視線に対し、エリーゼは顔を真っ赤にして慌ててツン武装を完全防備。しかし、それなりに長い事一緒にいるレンはもうすっかりエリーゼの本心を見抜く事ができている。これは、完全に照れ隠しだ。本心は後半のセリフの意味を反対にしたもの、つまりは自分が心配であり守ってあげたい。そういう思いからこんな危険な依頼を一緒に引き受けてくれたのだ。そう思うと、嬉しくて顔がニヤけてしまう。

「も、もうッ! いつまでもヘラヘラしてんじゃないわよッ!」

「はいです」

「あぁもうッ! 何よそのムカつく笑顔はッ! 絶対あんたが思っている事じゃないんだからねッ! 絶対に絶対なんだからッ!」

「わかってますよ、エリーゼさん」

 レンの無邪気な笑顔にすっかりエリーゼは自分のペースを乱される。しかしこのやり取りは今に始まった事ではないので、エリーゼも半ば諦めた感じでため息を吐いて前へ向き直る。その時にはすでに真剣な顔つきになっていた。

 エリーゼに倣い、レンも自らが目指す先を見詰めて表情を硬くする。

 この向こうに、この広大な陸を制する絶対女王が存在する。自分達の任務は、その女王の住まう天空の城から女王の秘宝を奪う事。難易度は討伐ではない為にギリギリルーククラスだが、事実上ビショップクラスの難依頼だ。ようやく二人揃ってルーククラスになった二人には、かなり厳しい任務に違いない。でも、二人は決して引く事はしなかった。

「行くわよ、レン」

「はいです。エリーゼさん」

 互いの勇姿を見届け合うと、二人は前だけを見詰め、志を強く抱いて大地の女王の領域へと一歩踏み出した。後戻りはもうできないし、最初からそのつもりもない。覚悟を決めた二人は前進あるのみ。

 ――いざ、女王の領域へ。

「雌火竜リオレイア。あんたに恨みはないけど、その卵は必ず奪ってみせるんだからッ!」

 

 それはつい三日程前の事。レンとエリーゼがコンビでイャンクックを討伐してから数週間が経ち、ソロで何とかイャンクックの討伐を終えてレンは晴れてエリーゼと同じルーククラスになった。無邪気に喜ぶレンを牽制しつつ、実は内心少しエリーゼが焦っていたある日の酒場にて。

「なぁ、そこを何とかならないかッ!」

「そ、そう言われましても……」

 酒場へと入った二人を迎えたのは、そんな必死な大声と友人の困ったような声であった。他のハンター達と一緒にその騒動が起きている方を見ると、受付でライザが声と同じく困ったような表情を浮かべていた。そんなライザを困らせているのは受付の前に立って必死で頭を下げている男。よく見ると、それは二人にとっては見知った男であった。

「おじさん? どうされたんですか?」

「あ? あ、嬢ちゃん……」

 それは初めてドンドルマへやって来た時にレンを助けてくれ、以後も早朝の走り込みの際によくリンゴをくれる八百屋の主であった。だが、目の前にいる男は自分達の知っているおじさんとはずいぶん印象が違っていた。

 毎朝早くから市場中に響くような声を上げている元気で優しいおじさん。それが二人の抱いた彼の印象であった。しかし今目の前にいる男は、その元気が全て失われたかのように疲労困憊。髪や纏う服も乱れ、無精髭を生やしていた。二人はそんな男の異変に表情を硬くさせる。

「ねぇライザ、おじさんは一体何を必死に頼み込んでたのよ」

 エリーゼは男から目を離すと、困ったような表情を浮かべているライザに声を掛けた。

「まさかあなた達が知り合いだったなんてねぇ……」

「まぁ、レンが初めてこの街に来た時に世話になって。あたしも朝の走りこみでよく世話になってる人よ」

 ライザは驚きつつもより複雑そうな表情を浮かべた。何事においても私情を挟むのはあまり良い判断を期待できないもの。できればギルド嬢という役柄依頼者と受注権を持つ者とで私情はあまり挟んだやり取りはしてほしくないのだが、ライザ自身レンやエリーゼとは私情を挟まないでいられない関係にあった。

 自分の立場上ライザは言うか言うまいか一瞬悩んだ後、しかし結局は私情に負けて素直にその詳細を話す事にした。

「依頼タイトルは《飛竜の卵、奪取作戦》。まぁ、文字通り飛竜の巣から飛竜の卵を一つ奪取して納品するクエストね。草食竜の卵を納品する依頼と大して変わらないと言えば変わらない。でも問題は、飛竜の卵があるという事は同時にその母親である雌火竜リオレイアも同狩場内に存在するという事。つまり、リオレイアから逃げながら飛竜の卵を納品するっていうかなり厳しい依頼内容ね」

 レンとエリーゼはライザの説明に表情を硬くした。二人の表情が変わった事を見て、男は改めてこの依頼の危険さを感じる事となった。

 雌火竜リオレイア。別名《陸の女王》とも呼ばれる火竜リオレウスと対を成す飛竜。その戦闘能力は当然イャンクックなどとは比べ物にならない。二人が必死になって勝利できるイャンクックも、リオレイアの前では一撃で倒されると言っても過言ではない。

 比較的空中からの攻撃を得意とする空戦主体の《空の王者》と呼ばれるリオレウスに対し、リオレイアはその別名の通り地上戦を得意とする。必殺の三連ブレス、全てを圧倒する破壊力抜群の突撃、敵対するほぼ全ての生物に致命傷になりかねない毒尾を叩きつけるサマーソルト。まるで全身が武器と言っても過言ではない、それが雌火竜リオレイアだ。

 今回の依頼はそのリオレイアを討伐するのではなく、リオレイアが産み落として育てている途中の飛竜の卵を奪取して納品する事。リオレイアと真正面から戦う必要がないとはいえ、卵を奪われて怒り狂うのは必至。卵を抱えた状態で怒り狂うリオレイアから逃げ回るのは、ある意味で討伐よりもずっと難しい。

 依頼のレベルは討伐ではない為に一応ルーククラスに入るのだが、事実上ビショップクラスと言っても過言ではない難依頼だ。

「確かに難しい依頼内容だけど、ここは天下の大都市ドンドルマよ。この程度の依頼なら誰だって引き受けても良さそうだけど……」

「そうね。ここは大陸中の猛者達が集まるハンターの都。でも、色々と問題があるのよね。例えば報酬金ね。普通このレベルの依頼なら少なくても3000z以上は必要なのよ。でもこの依頼の報酬は2000z。これじゃ危険な依頼だけあって誰も受けようとしないわ」

 確かに、ライザが提示した依頼書の報酬金欄は2000z。これはイャンクックの討伐と同じくらいか少し高いくらいの差しかない。狩猟依頼ではないにしても相手はあのリオレイアだ。命懸けの戦いになるのに、この報酬じゃ受ける人は余程のお人好しかくらいのものだ。一応契約金は0zとなっているが、微々たる変化でしかない。

「しかも、依頼内容はリオレイアの討伐ではなくリオレイアが守る飛竜の卵を奪う納品クエスト。ドンドルマに集まるようなハンターは皆討伐や捕獲といった狩猟依頼に長けたり、またはそれをする事に生きがいや誇りを持つハンターばかり。正直、モンスターから逃げ回るだけの依頼なんて誰も取りたがらないのよ」

 そう、これがドンドルマの弱点であった。大陸中から猛者が集まる、それは事実上富や名声を求めてやって来るに等しい。そんな彼らが、富も名声も程遠く、討伐でもない卵を抱えて逃げ回るだけの納品クエストなど受けるはずもない。つまり、この依頼はドンドルマではかなり異色であり、相手にされないような存在なのだ。

「あたしも事情が事情だけに色々と知り合いのハンターに勧めてはいるんだけど、なかなか受けてくれる人がいなくてね」

「あの、フィーリアさんは……」

「相手がリオレイアだけあって真っ先に考えたけど、今彼女は街にいないのよ。ほら、彼女ここからかなり離れた辺境の村に拠点を置いてるじゃない? そこにいるらしくて連絡が遅れてるのよ」

 万策尽きた。そんな感じで力なく首を横に振るライザ。いくら彼女が並外れた技量と豊富な人脈を持っていても、できる事とできない事がある。彼女だって万全ではあるが完全ではないのだ。

「でも、何でまた飛竜の卵なんて必要なのよ」

 飛竜の卵は貴重品だ。栄養満点でその味は美味という事もあって貴族や王族などの金持ちが欲する物というイメージが強い。同時に万病に効くとも言われ、様々な高級薬の調合素材としても重宝されている。どちらにしても、一般市民である男が欲するには高嶺の花と言っても過言ではない代物だ。

 エリーゼの当然の疑問に対しライザが口を開こうとした直前、男は自らその理由を明かした。

「――実は、俺の娘が病気で倒れたんだ」

 男の言葉に、レンとエリーゼは同時に驚いた。彼に娘がいる事は男から聞かされて知っていた。ダメ娘とか言っているが、娘の話をする時の男はいつも楽しそう。何だかんだ言って、溺愛しているのだとすぐに察しがついた。その娘が病気で倒れた。男の憔悴の理由はきっとそれだとすぐにわかった。そして、なぜ飛竜の卵が必要なのかも……

「病状は、どうなんですか?」

「……正直、あまり良いとは言えない状態だ。医者の話では飛竜の卵を使った薬なら確実に治るそうだが、生憎飛竜の卵を切らしていたそうで薬が作れないらしい。他の素材は揃っているから、あとは飛竜の卵だけなんだ。運良く、比較的近場にリオレイアが巣を築いていると聞いて急いで依頼を出したんだが、この様さ」

 そう言って、男は自虐的な笑みを浮かべた。ここへ来れば何とかなる、そんな期待を抱いてやって来たのに、その期待は見るも無残に砕かれた。ハンターの世界は、一般市民とは隔絶された異世界に等しいのだ。

「一介の八百屋が出せる目一杯の金でも、ハンターってのは動いてくれないんだな。結局、金なんだな」

 それは自分達ハンターに向けられる一般市民のもう一つの一面を表したかのような言葉であった。ハンターの世界は一般市民の生活とは比べ物にならない程の金が動く。ハンターが使う道具だって、一般市民の生活用品よりも高いものばかり。報酬にしたって、時には真面目に必至に働いている人達の年収をも一瞬で上回ってしまう事だってある。金で成り立った金至上主義世界。それがハンター世界のもう一つの一面であり、一般市民から羨望と同時に嫌悪されるハンターの宿命でもあった。

 男の静かな憤怒が込められた言葉に、レンはビクッと震えると申し訳なさそうにうつむいてしまった。同じハンターとして、大好きなおじさんにハンター全体をそういう風に評価されるのはとても心苦しかった。だって、それは裏を返せば自分をも否定されるに等しい言葉だからだ。

「あ、いや。別に嬢ちゃんを責めてる訳じゃないんだ。すまねぇ」

 しゅんと落ち込んでしまったレンを見て男は慌ててフォローするが、やっぱりレンもハンターという事もあって瞳にはほんの少しの嫌悪が混じっている事に、エリーゼは気づいた。そして、その瞳がとても苦しかった。あんなに自分達を応援してくれていた人が、自分達をそんな風に見ている。どんな苦行よりも辛い事だ。

 暗い雰囲気に包まれる三人を見て、ライザは努めて明るく振舞う。

「と、とにかく私も使える手は全部使うつもりだから、今日の所はこれで解散って事で――」

「――わ、私が受けますッ!」

 突然の声に男とライザ、エリーゼの三人は声の主を見て驚愕した。そこには、何やら覚悟を決めたような真剣な表情を浮かべたレンが立っていた。瞳は己が強固な意思を表すかのように硬質な輝きを放っている。

「れ、レンちゃん……?」

「ば、バカじゃないのあんたッ! 死ぬ気ッ!?」

 驚きのあまり呆然とするライザに対し、エリーゼはすぐさま反応した。瞳は険しく刃物のように鋭くなり、表情は憤激に染まり無謀な挑戦を宣言したレンを睨み付ける。それは決して怒っているだけではなく、無茶をする《妹》を必至に止める《姉》の強い意志の表れでもあった。

「相手はあの陸の女王、雌火竜リオレイアなのよッ!? あんたの貧弱な防具じゃ、ブレスの一撃で即死してもおかしくないのッ! そもそもあんた程度じゃ受注すらできないじゃないッ!」

「依頼クラスはルークです。そして、私も先日ルーククラスになりました」

「……ッ!」

 そう。この依頼はリオレイアの討伐というビショップクラスの依頼ではなく、リオレイアが守る飛竜の卵を納品するクエスト。討伐ではないのでランクは下がり、ギリギリではあるがルーククラスに入る。それはつまり、レンにも契約する権利が発生する事を意味していた。

「だ、ダメよそんなのッ! 今までとは明らかに難易度は跳ね上がるのよッ!? あんたなんかじゃ絶対にクリアなんてできっこないッ!」

「そんな事ありませんッ! わ、私だってハンターの端くれ、一度決めた事は曲げませんッ! 絶対、成功させますッ!」

「無理よッ! リオレイア相手にあんたなんか逃げ切れる訳ないッ! 殺されるわよッ!?」

「私は死にませんッ! 絶対、生きて卵を持って帰りますッ!」

「無理よッ! 絶対に無理ッ!」

「無理じゃないですッ!」

 エリーゼは必至に叫びながらも内心困惑していた。今まで、レンはエリーゼの命令を無視した事はなく、反論をする事もなく素直に聞いて従ってきた。なのに、今回に限ってレンは反発し、エリーゼの言う事を聞かない。

 レンの暴走に困惑と同時に焦りが生まれる。このままでは、本当に受注してしまうかもしれない。そうなれば、本当に命の保障は出来ない。リオレイアは、それ程の相手なのだ。

「バカバカバカバカバカレンッ! あたしの言う事を聞きなさいよッ!」

「今回ばかりは、従えませんッ!」

「絶対に受注なんてさせないからッ! ライザさん、さっさとそんな依頼書しまってくださいッ!」

「――それはできないわ」

 感情的になる二人の声を一瞬で黙らせたのは、ライザの冷静で凛とした声であった。驚く二人が振り返ると、ライザは真剣な瞳で二人を見詰めていた。そこにはいつもの春のような笑顔はなく、ギルド嬢としての事務的な顔と友人の事を思う二つの本気が秘められていた。

「な、何で……」

 てっきりライザは自分の味方でありレンを止めてくれるものとばかり思っていたエリーゼは動揺を隠せない。そんなエリーゼに、ライザは真剣な表情のまま言葉を掛ける。

「あたしはギルド嬢よ。ギルド嬢はハンターをフォローするのが仕事であって邪魔をする事ではない。レンちゃんが受注するという意思を持っているなら、それを尊重する。それがあたしの仕事なの」

「は、薄情者ッ! あんた、レンの事を友達って言ってたじゃないッ! なのに、その友達を命の保障ができない依頼を受注する事を認めるって言うのッ!? 最低ッ!」

 激しい憤怒に支配されるエリーゼ。もはやライザに対して敬語を使う余力すらも残っていないほど、エリーゼは追い詰められていた。なぜなら、ライザが言っているのは全て正論だからだ。ハンターの意思を尊重するのがギルド嬢であり、彼女はそれを全うしているに過ぎない。だが、頭ではそうわかっていても納得が出来るような状況ではない。

 もしもレンがこの依頼を受注すれば、命は助かってもハンターとして致命傷を負うかもしれない。それどころか日常生活にも支障が出るような怪我を負うかもしれない――最悪、命を落とすかもしれない。

 たった一人の大切な《妹》にそんな事をさせたくはないし、失いたくもない。それは《姉》として当然の反応であり主張である。本当の妹を失った事があるエリーゼにとって、二度の過ちは絶対にしてはならないのだ。

 必死になってレンを阻止しようとするエリーゼに、ライザはいつになく真剣な瞳を向ける。

「エリーゼ。あなたの気持ちもわかるけど、こればっかりは譲れないわね」

「何でよッ!」

「レンちゃんはいつまでもあなたに守られてばかりの存在じゃない。イャンクックのソロ討伐も完了してて、世間一般的にはもう十分立派なハンターになった――彼女は、自分の道を歩む時が来たのよ」

 ライザの言葉に、エリーゼは愕然とした。自分の道を歩む、それはレンが自分で何をしたいかを考えて行動する事。今までのように自分に従うのではなく、自分で全てを決める。それはつまり――自分から巣立とうとしている事に他ならない。

 エリーゼは信じられないような目でレンを見詰める。そんな視線に対してレンは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに真剣な瞳で見詰め返して来た。

「そ、そんな……。冗談言わないでよ……れ、レンはあたしがいないと何にもできないダメダメな子なのよ……? あ、あたしが一緒じゃないと、いつどこで転ぶかわかんないし、狩場だって見境なく転んじゃう。そ、その時誰が手を伸ばすのよッ。立派なハンターって言ったって所詮はあたしには到底敵わないし、やっぱりあたしがいないとダメなのよッ。」

「――エリーゼ。レンがいないとダメなのは、あなたの方なんじゃないの?」

 ライザのその問い掛けは、疑問ではなく確信であった。前々から気づいてはいた。レンがエリーゼを頼る以上に、エリーゼがレンを頼っていた事を。その証拠に、エリーゼは目に見えてうろたえ始めた。

「ば、バカ言わないでよ……ッ。な、何であたしが……ッ」

「レンは確かに最初に会った頃は頼りなくておどおどしててダメダメな子だったかもしれない。でも、それはあなたが鍛えたおかげでずいぶん見違えたわ。そして、レンと出会ってからのあなたもずいぶんと変わった。いつも一人でいて、クールを振舞っていたあなたが笑うようになったのは、何よりの証拠じゃない」

「そ、それは……」

「自分に素直になりなさい。あなたは、どうしたいの?」

「あ、あたしは……あたしは……ッ! うぅ、あああぁぁぁ……ッ」

「ふ、ふえッ!?エリーゼさんどうされたんですかッ!?」

 ついに堪えられなくなったのか、エリーゼは声を上げて泣き出してしまった。人前では絶対に泣かないような性格のエリーゼが突然号泣しだした事に、レンは驚愕してうろたえてしまう。一方、ライザはゆっくりとエリーゼに歩み寄ると、そっとその肩を抱き寄せた。泣きじゃくるエリーゼを優しく抱き止めるライザのその顔は穏やかな笑みに包まれていた。

「ほんと、レンちゃんよりあなたの方がダメダメじゃない」

「だ、だって……だってぇ……ッ」

 ライザの腕の中で、エリーゼは声を上げて泣き崩れる。そんなエリーゼの頭をライザはそっと優しく撫でる。それが安心へと繋がったのか、エリーゼは必至に堪えていたものを一気に吐き出し始めた。

「あぁそうよッ! レンがいないとダメなのはあたしの方よッ! あたしはレンの事が大好きよッ! 好きで好きでずっと一緒にいたいって思ってるわよッ!  好き好き好きッ! どーせ好きよッ! 悪かったわねッ! 思う存分笑えばいいのよッ! バァカバァカッ!」

「……そこ、逆ギレする所?」

 突然逆ギレ出したエリーゼにライザは苦笑した。何というか、実に彼女らしい反応で安心したのだ。一方、突然の好き宣言に対して当のレンは顔を真っ赤にしておろおろとうろたえていた。

 顔を真っ赤にして怒鳴り散らすエリーゼであったが、すぐにそんな勢いは失われて再び泣き崩れてしまう。そんなエリーゼを、ライザは優しく抱き止める。

「ほんと、素直じゃないんだから……」

 そう言うライザは、まるで妹を微笑ましく見詰める姉のような優しげな笑顔を浮かべていた。

 

「――あたしも行くわ」

 散々泣きまくった後、ようやく平静を取り戻したエリーゼは有無を言わせぬ迫力を持ってそう宣言した。ただ泣き姿を見られて恥ずかしかったのか赤面しており、その迫力は半減してしまっている。

 ライザはまるで彼女の反応が予想通りだったのか、嬉しそうに笑っている。一方、何もかも全てが予想外な方向に激しく転がっているレンはエリーゼの宣言に対して右往左往。

「で、でもぉ……」

「うるさいッ! 行くったら行くのッ! あんた一人じゃ危なっかしくて行かせる訳にいかないじゃないッ」

「そ、それはそうかもしれませんけど……すごく危険で――フニャッ!?」

「ほぉ~、あたしを心配するような余裕があるなんて、あんたもずいぶん出世したじゃな~い」

「ひ、ひらいれすへりーれはんッ! ふぉへんははいッ!」

「フンッ!」

 不機嫌そうに鼻を鳴らし、エリーゼはレンの頬を解放した。ヒリヒリと痛む頬を押さえるレンは涙目になっている。そんな相変わらずな二人を見て、ライザは苦笑している。

「でもいいの? これ相当危険な任務よ? 他に受注者がいないから仕方なく受注規定ギリギリのあなた達の受注を引き受けるけど、文字通り命懸けのクエストになるわ。その覚悟はできてる?」

 口調こそ柔らかいが、その言葉には真剣さが含まれていた。あのライザが真剣になる程のクエスト。二人は改めて自分達が受けようとしている依頼の危険さを感じた――だが、決心は変わらない。

「命懸け、それこそハンターの真髄じゃないですか。お父ちゃんに弟子入りした時、とっくに覚悟なんてできてますよ」

「ふぅん、レンのくせに言うじゃない。あたしだってハンター養成所に入る決心をした時にはちゃんとそれくらい覚悟してたわ。今更振り返る必要なんてない、今はただ全力で突っ走るのみよッ」

 二人の答えに対し、ライザは「そっか……」とつぶやくと満面の笑みを浮かべた。

「ほんと、あなた達は最高のコンビよ」

 その言葉に、レンとエリーゼは同時に笑った。

 ライザは早速依頼書をエリーゼに提示する。契約者はエリーゼ、レンは同行者となる。いつもと何ら変わらない書類の作成。でも、やっぱり依頼書に書かれた難易度の高さを見るとサインをする手が止まる。しかし、その時は互いに手を握り合い励まし合いながら、レンとエリーゼは契約サインを書いた。あとは、ライザが承認印を押せば受注完了だ。

「嬢ちゃん達……」

 ここまで黙って事を流れを見守っていた男がそこでようやく言葉を出す。その顔は契約者が決まってくれた事の嬉しさと、見知った少女二人を危険な目に遭わせてしまわなければならない罪悪感という相反する感情が渦巻いていた。そんな男に対し、レンは無邪気に笑った。

「安心してください。必ず、飛竜の卵を持って帰って来ますから」

「あ、あぁ。頼む……」

「そんな苦しそうな顔しないでください。これは、いつもいつもおいしいリンゴをくれるおじさんに対するお礼の意味もあるんです。これでお相子様、ですよね?」

「まぁ、リンゴで命を懸けなきゃいけないなんてずいぶん安っぽいけど」

「え、エリーゼさんッ!」

「――それだけの価値があるって事よ。その代わり、無事に帰って来たらその時は祝いにリンゴもらうからね。あんたんとこのリンゴ、あたしも結構好きなのよね」

 そう言って、エリーゼもまた笑みを浮かべた。何だかんだ言っても、エリーゼはとても心優しい子なのだ。

 二人の少女の笑顔に対し、男も安心したように「あぁ、一級品のリンゴを揃えて待ってるぞ」と言って笑った。そして、ライザもまた二人の笑顔に満足そうにうなずくと「それじゃ、契約完了ねッ!」と元気良く声を上げて高らかに掲げた承認印を依頼書に叩き付けた。

 

 ――こうして、二人の飛竜の卵を巡る雌火竜リオレイアとの死闘が始まったのであった。


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