青星転生。~アンジェリーナは逃げ出したい~   作:カボチャ自動販売機

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第11話 いたい場所

「日本へ亡命します、決行は今日です」

 

静寂の中、口を開いたぼくの声がやけに大きく響く。アビーにはリスクを負ってでも言わなくてはならないと思った。

出会って数日でおかしいかもしれないが、アビーは間違いなく、今世で最も大切な親友だ。

誤魔化したりはしたくなかったし、しても無駄だろうと思った。

 

 

「理由は?」

 

「この国の軍のやり方は気に入りません。ですが、私は軍にいることを強制されています。それ故の亡命です」

 

「日本へ亡命する理由は?」

 

「私には日本で高い地位を持つ家系の血が流れています。亡命後、援助を求めることを考慮しました」

 

 

一通り、質問が無くなったのか、アビーが黙る。

彼女が何を考えているのかは分からない。でも、彼女がどんな行動に出ようと、ぼくはそれを否定しないし、彼女を害さない。そういう覚悟で口に出したし、それくらい彼女を親友として想っている。

 

だからぼくは、彼女が口を開くのを待った。

 

 

 

「理解した。十分待ってくれ、支度をする」

 

「……は?何がですか?」

 

 

聞き取れた。一語一句逃すことなく。なのに意味が入ってこない。あれ?

 

 

「亡命の準備だよ。流石に着の身着のまま、というわけにはいかないからね」

 

「う?え?益々分からないのですが」

 

どうやら、亡命への緊張からか、急に英語が聞き取れなくなってしまった様だ。12年間慣れ親しんだ言語でも、こうして頭からぶっ飛んでしまうことがある様だ。

全く、言語とは不思議なものである。

 

 

「私も君と共に逃げる、ということだ」

 

 

アビーが力強く、ウィンクしながら言う。

 

 

「はあああああぁぁ!?」

 

 

流石にもう誤魔化せないよ!いやいやいやいや、決断力!こんな簡単に決めていいことじゃないでしょ!国捨てるんだよ!?今まで築いてきたものオールリセットだよ!?

大体、ぼくの亡命理由、ぶっちゃけ下らないからね!?

 

 

「格好つけるのを止めて、正直に言いましょうか!私は軍が嫌なだけなんですよ!訓練なんてしたくないし、国のためにどうこうする気もないし、休みないし、給料少ないし!そんな下らない理由なんです!

亡命して、アニメや漫画を楽しんでやるって、そんな馬鹿みたいな理由なんですよ!」

 

「でも、どんな理由であれ、ここがリーナのいたい場所でないことは確かなのだろう?ならば、そこを出ていくことは当然のことだ。私は私のやりたいことを、いたい場所でやりたい。リーナにとってのそれが、ここではなく、やりたいことが日本にあるというのなら、その理由などどうでもいいことなのだよ」

 

「だとして、貴女がついてくる必要はないでしょう!」

 

 

ぼくの亡命を認めてくれるのは嬉しい。彼女と仲を違えて、日本へ行くのは悲しすぎるし、彼女とこうして、最後の会話を出来ることも嬉しいのだ。

でも、彼女の人生をぼくのせいで棒に振らせるわけにはいかない。何もかもを捨てさせて、命すら賭けての亡命など、彼女にはさせたくない。

 

彼女には幸せになってもらいたいのだ。

 

 

「言っただろ。私は私のやりたいことを、いたい場所でやりたい、と。――私のいたい場所がリーナの側なのだから仕方あるまい」

 

「はにゃ!?な、ななな何を言っているのですか!?」

 

 

 

いつものクールな笑みではない、満面の笑みで言うアビーに、ぼくは赤面するしかなかった。

 

 

 

「ほらリーナ、準備をするから手伝ってくれ」

 

 

「ちょ、話は終わってませんよ!」

 

 

未だに混乱中のぼくの頭を撫でて、部屋を出ていってしまったアビーをぼくは慌てて追いかけた。

 

 

 

 

 

 

ちなみに、この一連の出来事の間、ぼくはずっとアビーの膝の上にいたのだが、それはシリアスが一気に吹き飛ぶ絵面なため、内緒だ。

 

 

 

 

 

ボストンの石造り、レンガ造りの建物が建ち並ぶ古い街並み。

街灯の灯りと月の光に照らされたそれは、オカルティックで、映画の舞台の様だ。

その街並みを二つの影が移動している。人通りの極端に少ない、深夜に近い時間を歩くには無用心なことに、女の二人組。

しかし、この二人を襲おうものならば、その者の未来は、散々なものになるだろうことは間違いない。

 

何故ならぼくが、気絶するまでスパークをお見舞いするからだ。

 

結局、アビーに押し切られる形で、ぼくらは二人、ボストンからの脱出を目指していた。

アビーはぼくみたいな未だ正規軍人ですらない小娘とは違う。軍の重要実験を任される程の天才博士。彼女が逃走したとなれば、軍は血眼で探すだろう。ぼく一人で逃げるより、その難易度は爆上がりだ。

軍が本気出す上に、アビーという非戦闘員を連れての逃走となるのだから。

 

それでも、ぼくは押し切られた。

だって無理だもの、断れないもの。

 

アビーに一緒に行きたいって言われて嬉しかったし、ぼくだってアビーとは離れたくなかった。だから一緒に逃げちゃおうぜ、というのも短絡的な話ではあると思うのだけど――私は私のやりたいことを、いたい場所でやりたい――そんなアビーの言葉に覚悟は決まった。

 

ぼくは、アビーと一緒にいたい。

アビーと一緒にやりたいことも沢山ある。

 

それに――アビーとは次の休みに一緒に映画を観に行く約束をしていたのだ。

 

 

ぼくは何があってもアビーを守る決意をして、こうして一緒に研究室を出た。

 

 

「この魔法は反則なんじゃないか?この魔法があれば、潜入任務が楽になる。軍は何故研究しない?」

 

「この魔法は軍では申告していませんし、世に広く知られている類いの魔法でもないので」

 

アビーの特徴的なショートの髪は、黒髪のロングに。中性的で時折少年の様な表情を覗かせる端整な顔立ちは、端正なものの女性的な凛々しい顔立ちとなっていた。

 

正直なところ、アビーの同行を許したのは、この魔法(・・・・)があればこそだ。

 

 

「それに、この魔法は私が最も得意とする魔法です。絶対に見破られない自信があります」

 

 

仮装行列(パレード)

 

日本人の祖父から母へ、そしてぼくへと受け継がれた九島家の秘術である系統外魔法。

簡単に言うと、自分自身の外見に関するエイドスを措き換えて別人に偽装する魔法だ。

亡命に絶対役立つと考え、ぼくが最も力を入れていた魔法でもある。

 

 

「これだけの精度ならそうだろうな。だが、使い手を選ぶ魔法でもある。魔法による変身は不可能である、というのが現代魔法学の定説、それを覆す……いや、覆した様にすら見せる(・・・・・・・・・・)魔法だ。並みの使い手では維持できない」

 

 

昔話には人間を蛙に変えたり自らドラゴンに変化したりする魔法がある。しかしこれらの古い術式は、光を操って幻影を見せたり精神干渉により幻覚を見せたりするものであることが分かっている。変身を実現する為には肉体を構成する分子の配置を変更するだけに留まらず、物質変換や質量変換まで必要になる。それは、魔法に可能な限界を超えている。それ故に、アビーの言うとおり、魔法による変身は不可能である、というのが現代魔法学の定説となっているのだ。

そして、それは仮装行列(パレード)も例外ではない。仮装行列(パレード)も自分の外形を変える魔法ではなく、変えられるのはあくまでも外見だ。

 

「可視光の操作による幻影と、赤外線の操作による幻温と、加重系魔法による幻体。それに精神干渉系魔法を使った幻覚を被せ、無系統魔法でエイドスを読み取る魔法師の眼すら偽る。

様々な魔法を少しずつ組み合わせ、足し合わせることで、魔法を使っていること自体を覚らせない偽装魔法の一つの極致ですから。一朝一夕で使いこなせる程簡単ではありませんよ」

 

「そして、これは、その高難易度の魔法のさらに発展系というわけか」

 

「ええ、仮装行列(パレード)を自分以外にも発動する私のオリジナル、仮装祭礼(カーニバル)です」

 

 

対象が近くにいなくてはならないが、自分以外にも仮装行列(パレード)を発動できるメリットは途方もなく大きい。

実際、ぼくたちは何の問題もなく、あっさりとボストンの脱出に成功した。

 

 

 

 

 

この時、天才と言われるアビーでさえ、この魔法の本当の(・・・)異常性には気が付かなかった。

それは亡命中というイレギュラーな状況だけでなく、彼女が魔法師ではなく、魔法研究者であったからだろう。

 

二人がこの魔法の異常性を正しく認識するのは少し後のことだった。




アビーが仲間に加わった!

さて、明日も0時に投稿します。

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