青星転生。~アンジェリーナは逃げ出したい~   作:カボチャ自動販売機

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第12話 頭の無い竜

ケビン・ネルソンとマーク・ネルソン。

 

二人はカリフォルニアに住む大学生であり兄弟。

 

それが、ターゲットだった。

 

 

『彼らは二人組であること以外、インターネット上では性別すら明かしていない。入れ替わるには打ってつけだと思うよ』

 

「船の出港まで後1週間以上あるとはいえ、雲隠れされる前に入れ替わりたいですね」

 

『彼らが亡命ブローカーとお互いを認識するためのコードは入手済みだから、彼らを捕らえてくれれば入れ替われるはずさ』

 

 

カリフォルニア州バークレー。

 

ぼくらの捜査は行われている様だが、レイモンドから随時、捜査の状況は連絡されているし、仮装行列(パレード)もある。何ら危なげなく、ここまで辿り着くことができた。

むしろ楽しいまであった。何せ、アビーと二人旅だ。レイモンドの情報力があれば、警戒は最低限で済むし、外見も大きく変えられるため、余裕があったのだ。油断するな、という話なのだが、あまり旅行などに行ったことがなかったのか、電車に乗ったりしただけではしゃぐアビーが可愛すぎたのがいけない。窓から外を眺めて目をキラキラさせているのだ、これで萌えない訳がない。普段クールなのに、こういうギャップを見せてくるのがアビーのズルさ。アビーがギャップ萌えの最終兵器であることは間違いないだろう。

 

そして、ギャップといえば、アビーの生活力の無さだろうか。何でもこなせてしまいそうな彼女ではあるが、実は炊事・洗濯・掃除という、生活に不可欠な三つが壊滅的なまでに出来ない。

特に、掃除が酷い。荷物をトランクに詰め込む様子を見ていたのだが、ぐちゃぐちゃでとても見ていられなかった。服は畳まず丸めただけ、色々な小物もポーチなどにまとめれば良いものを、そのままトランクにぶち込む。当然、荷物が入りきらず、ぎゅうぎゅうのトランクを無理矢理閉めるという力業で解決しようとするのだ。

それに、物をめちゃくちゃ散らかし、片付けるということを知らない。

彼女の研究室は整理整頓されていたが、それは恐らく彼女の部下がやってくれていたのだろう。服を脱ぎ散らかして放置するアビーがそんなことをするわけがないのだ。

 

どこに何があるかは、私が把握しているから問題ない、という考えらしい。

天才と称される少女だ。その記憶力は常人を遥かに凌駕する。整理整頓、という行為が彼女にとっては不必要なものなのだろう。

誠に厄介である。

 

アビー自身が困らないことには、それを改善しようとは思わないだろうし、させるのは困難だ。

これは、亡命後しっかり解決しなくては、と今から考えている案件の一つである。

 

『彼らは別々に住んでいて、一緒になることも殆どない。ただ、学内で行われているとあるセミナー(・・・・・・・)には二人とも参加しているみたいだね』

「セミナーですか?」

 

『まあ、セミナーとは名ばかりで、実際は政治色を嫌う若年層を、ターゲットにした勧誘だね。随分熱心に活動している様だ』

 

アビーのことばかり考えてしまっているが、今はレイモンドとの作戦会議である。アビーには、レイモンドのことはあくまで協力者として伝え、その正体を教えてはいないため、態々アビーには席を外してもらって会議をしているのだ。一人寂しく、カフェで待っているだろうアビーのためにも、しっかりと会議をこなさなくては。

 

思考を切り替えて、レイモンドの話を咀嚼してみたのだが、ふと疑問が湧いた。

 

 

「ブランシュは表だってそういった活動をすることを控えている印象があったのですが」

 

 

『彼らの自主的な活動だよ。兄弟は人間主義者なんだ。

人間主義っていうのは「人間は人間に許された力だけで生きよう」と主張して、反魔法主義を掲げるキリスト教亜種のカルト運動なんだけど、彼らはその熱狂的信者なんだよ。

それでブランシュに加入したんだけど、過激な活動を繰り返し当局から犯罪予備軍として目をつけられて、最近は行動を制限されている。それで、日本へ行くことを決めたんだと思うよ』

 

 

人間主義者の過激分子が、魔法師の存在そのものを否定する暴力行動に出ることがあるのは有名な話だ。

ブランシュの活動方針を無視するところといい、彼らは間違いなく自身を正当化し、正義として過激な行動をするタイプ。

人間主義を建前とした、魔法師排斥運動が目的なのではなく、純粋な信者なのだろう。

魔法師としては、最も厄介なタイプの人間だ。

 

 

「大体、人間像は分かりました。後はこちらで彼らの行動パターンを調べてみます」

 

『了解。また捜査に動きがあったり、何か分かったりしたら連絡するよ。そっちも何かあったら連絡してくれ』

 

「ええ、ありがとうございます」

 

 

通話を切り、アビーが待つカフェへと向かう。

向かう、と言ってもすぐ側であり、数十秒で店に着いた。アビーはテラス席でコーヒーを飲んでいたのだが、何故か相席している人物がいた。

周囲にはいくらでも席が空いており、それが強制的なものではなく、作為的なものであることは確かだろう。

アビーは今、パレードによる偽装ではなく、ウィッグとメガネによる変装をしていた。これは私がアビーから離れるがための措置であったのだが、そのせいで正体がバレた、という可能性が頭を過るが、アビーは談笑している様に見え、危機的状況にはない、と判断。

 

まずは、声をかけてみることにした。

 

 

「アビー、お待たせしました」

 

「リーナ、思ったより早かったね」

 

「ええ、まあ。それよりそちらの方は?」

 

 

アビーの対面に座っているのは、アビーと同い年か少し年上くらいに見える少女だった。

 

一本に編んで左肩から前に垂らした髪は、解けば腰上に達するであろう長さ。少し吊り上がり気味の大きな目と、無駄のない、しなやかな動きが、猫や豹をイメージさせる。

顔立ちは明らかに東洋系で、肌の色はコーカソイドのように白い。

 

特徴を並べてみたが、最も分かりやすく、最も重要なことをまとめると、彼女は美少女だということだ。

蠱惑的な笑みを浮かべて姿勢良く座っており、リーナさんの美少女センサーがビンビンに反応している。

 

 

「実はちょっと騒動があってね」

 

 

アビーの話をまとめると、どうやらアビーは巻き込まれたらしかった。

まず、アビーはテラス席で一人コーヒーを飲んでいたらしい。テラス席にしたのは、私がすぐに分かるようにと、いざというときの逃げ易さを考えたためだろう。少し肌寒い今日の気候でテラス席に座っている物好きはアビーだけだったのだが、そこに突然座ってきたのが謎の美少女だ。

彼女は、このカフェに来るまでの間、ずっと男に絡まれていた様で、それを煩わしく思い、たまたま目に入った、テラス席に座るアビーの対面に座り、彼女と待ち合わせをしていたの、と宣言し、男を追い払ったのだ、という。

何とも豪胆な行動ではあるが、その少し吊り上がり気味の大きな目を見ていると、強い意思の力を感じ、彼女ならそれくらいはやるだろうと思ってしまった。

 

 

「私の勝手で本当にご迷惑をお掛けしました」

 

「いや、特に迷惑とは思っていないよ。むしろ、一人で退屈だったんだ。君が話し相手になってくれて助かったよ」

 

 

申し訳なさそうな美少女に、アルカイック・スマイルで答えるアビーがイケメン過ぎる。

今朝、荷物が詰められなくて涙目になっていた少女と同一人物とはとても思えない。

 

 

「アビーもこう言っていますし、気にする必要はありませんよ」

 

「はい、ありがとうございます。あ、貴女には自己紹介がまだでしたね。私は――」

 

 

鈴の音のような声で言った彼女の名前に、何故か一瞬引っ掛かりを覚えたのだが、ぼくはその時、気に止めることはなかった。

 

 

「リン゠リチャードソンです。どうぞ、よろしくお願いします」

 

 

故に、彼女との出会いが、如何に数奇で、運命的なものなのかということを、この時のぼくはまだ知らなかった。

 

後に、香港系国際犯罪シンジケート『無頭竜』の新たなリーダーとなるのが彼女であることを、原作知識としては、知っていたにもかかわらず、その名前を忘れていたのだから。




美少女投下。

さて、明日も0時に投稿します。

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