青星転生。~アンジェリーナは逃げ出したい~   作:カボチャ自動販売機

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第14話 青星

マーシャル・マジック・アーツ。

元々はUSNA軍海兵隊が編み出した魔法による近接格闘技術である。

魔法で肉体を補助して高い戦闘力を発揮するということで、スターズでも取り入れられているのだが、実はぼくはそれを得意としていた。

 

生まれた時から転生したのだと理解していたぼくは、勉強頑張ったし、魔法が使えると分かれば訓練したし、転生というアドバンテージを活かそうと幼少期から努力をしてきたが、どういうわけか身体能力はそうした努力とは無関係で優れていた。

 

原作において、アンジェリーナ・クドウ・シールズの身体能力があまりに高いというような描写はなかった。軍人をしているのだから、一般的な同年代女子と比べれば、勿論身体能力は高いのだろうが、作中で格闘を描写されている司波達也や、その師である九重八雲を越える程かと言われれば違うだろう。

つまりは、原作のアンジェリーナ・クドウ・シールズは、ズバ抜けて身体能力が高かったり、近接格闘を得意としていたわけではなかったのだ。

 

これは、ぼくの推測でしかないのだが、転生というイレギュラーが、優れた身体能力を生み出したのだと考えている。

優れたスポーツ選手というのは、幼少の頃からそのスポーツをやっていて、そのスポーツのための体を作っていることが多い。だから、スポーツ選手の子供は幼少の頃からそれに馴染みがあるために、優れたスポーツ選手となることが多いのではないだろうか。

 

では、生まれた時から、体の動かし方を知っていたならばどうだろう。

転生したのだから、それは生まれたときから、体の動かし方を無意識に理解しているということ。

その、ぼくの体の動かし方、理想の通りに、ぼくは成長したのではないだろうか。

言うならば、生まれた瞬間からぼくがもっとも動きやすい様に調整され続けた体こそが今のアンジェリーナ・クドウ・シールズ。

 

この推測が合っているのか間違っているのか、それはどうやっても確かめることのできないことだけども。

 

確かなのは、ぼくの身体能力はスターライト内でも最高クラスであり、特に反射神経と動体視力で異常な数値を叩き出したということ。

 

そして、ぼくがスターズの候補として挙げられたのは、その魔法力を評価されたからであるが、スターライトの訓練時、ぼくが最も高い成績を修めていたのは近接格闘術だということだ。

 

魔法では本気を出さないようにしていた、というのもあるが、セクハラを防ぐためには魔法なしでも防衛する手段が必要だった、という悲しい理由もあり死ぬ気で取り組んだ結果だ。

ぼくに不用意に触ろうとしてきた輩には鉄拳制裁を繰り返し、いつしかそういうことをしようとする人間はいなくなっていた。

ぼくにとってはマーシャル・マジック・アーツを含む近接格闘術は必須技能だったのである。

軍人なんて皆脳筋だから、一度ボコって黙らせれば寄ってこないしね。

スターライトなんて劣悪な環境にぶちこまれたせいで、ぼくも若干脳筋思考(困ったらとりあえずぶっとばすコマンド連打)になりつつあったが、大丈夫、まだ引き返せるはず……っ!

 

 

「さて、とりあえず全員ぶっ飛ばしてしまったのですが、誰に案内を頼むのが良いんでしょうか?」

 

「脳筋ね」

 

「ああ、嬉々としてボコっていたしな」

 

「誰が撲殺魔法少女ですか!?」

 

「うん、誰も言っていないな」

 

 

リンとアビーが脳筋とか、嬉々としてボコっていたとか言うから、つい変なことを言ってしまった。

ワタシ、ビショウジョ、カレンデ、カワイイ、リーナサンヨ。

 

 

「うぅ……」

 

「あ、まだ起きないでくださいね」

 

 

ちょっと目覚めかけていた男がいたので、寝てもらった。

 

「蹴り飛ばしたな」

 

「笑顔だったわね」

 

「鬼だな」

 

「鬼は貴女達ですよね!?いたいけな女の子をいじめて楽しいですか!?」

 

人が気にしていることを嬉々として攻めてくるからね、この人たち!これを鬼と言わずして何を鬼と言うのか。

 

 

「男六人を瞬殺する女の子はいたいけではないし、何より、リーナをいじめるのは極めて楽しい」

 

「良い笑顔で言わないでくれませんか!?」

 

 

アビーが最高の笑顔で言うが、本当に止めてほしい。確かに、一度戦闘のスイッチが入ると多少暴力的な思考になるかもしれないが、ぼくは元々、温厚で頭脳派なのだ。出来れば戦闘は避けたいとすら思っているのに、軍なんて劣悪な環境にぶちこまれたせいで、そういう機会が多くなり、結果的に力には力、みたいな感じになってしまっているだけなのだ。

今回だって先に手を出してきたのは向こうなんだから正当防衛ってやつである。

 

 

「リン、リーナがいじけてしまったからもうリーナいじりは止めて、話を進めようか」

 

「そうしましょうか。ほら、そこにいる男がたぶんこのグループのリーダーだと思うわ」

 

 

ぼくは全くいじけていないが、アビーが頭をヨシヨシしてくる。

そういう子供扱いをするのなら、脳筋とか鬼とか言うのは止めてほしいんだけど。まあ、アビーがからかっているのは分かっていて、それも可愛いと思ってしまうのは、もうぼくがアビーの魅力にすっかりやられてしまっているからなのだろう。

 

 

「全く調子が良いですね」

 

 

リンに言われた男は、完全に気絶していた。また脳筋とか言われるのは嫌なので、拳で起こすのではなく、近くにあった水道でバケツに水を汲み、顔の上でひっくり返す。

男に慈悲なんてないのだ。

 

 

「あれ?起きませんね?どうしましょうか?もう一杯いっておきましょうか」

 

「容赦ないわね、ちょっとあいつが可哀想……って、あ……」

 

「ん?どうしたリン?何か気がついたのか?」

 

 

二杯目の水をかけたところで、何やら声をあげたリンに、アビーが気がつく。

すると、少し気まずそうに、リンが話始めた。

 

 

「そいつ、どこかにカードキー持っていない?前に、そいつらが集まっている研究室にカードキーで入るのを見たことがあるの。たぶん、兄弟もそこにいると思うし」

 

「リン、それを先に言ってくれれば、彼に水をかけずに済んだのですが」

 

「それも、二杯な」

 

「……記憶って、あまり頼りにならないものよね」

 

 

露骨に誤魔化すリンにはジト目を送りつつ、男のポケットを探ると、カード入れが入っていた。中にはいくつかのカードキーがあり、どれが本命なのかは分からない。

 

 

「たぶん、これね。これだけ見たことのないカードだわ」

 

リンの話では、他のカードは、寮のカードキーや、学生証などらしく、運良く一枚に絞ることが出来た。どうやら彼は、学校で使うカードを一つにまとめておくタイプだったらしい。

 

 

「では、私たちはその研究室に向かいましょうか」

 

「そうだな。それではリン、情報提供感謝する」

 

 

兄弟のいる場所と入る手段があるのなら、後は簡単だ。しばらく二人の調査をして、適切なタイミングで誘拐し、快く(・・)亡命の立場を貰えば良いだけだ。偶然リンと会うようなことがなければ、もう少し荒っぽいやり方になっていただろう。

……軍人たるもの、この程度は荒っぽいに入らないのだ。

 

 

「ねえ、一つ聞いて良いかしら?」

 

 

彼女とは仲良くなったが、もうぼくたちはこの国を去る。名残惜しさはあるものの、変に感傷的にならず、あっさりと別れようと思ったぼくらの背中に声がかけられる。

振り返ると、リンがタブレットのようなものを操作していた。

 

 

「これ、貴女達よね?」

 

 

そうして見せられたタブレットに表示されていたのは――。

 

 

 

 

 

 

「トントン拍子、とは正にこのことだな」

 

「私としては、あまりに上手く行きすぎて困惑しています……。まさかこんなに簡単に……」

 

 

ぼくたちは今、豪華客船で船の旅をしていた。

行き先は日本。つまり、亡命の真っ最中である。亡命、というには、豪華客船のラウンジで海を眺めながらティータイムとシャレこんでいる現状はそぐわないかもしれないが。

 

「リンから私たちのデータを見せられたときには焦ったがな、快適で良いじゃないか」

 

「そうなのですが、実感がなくて落ち着きません。もっとこう隠れ忍んで、こそこそと……」

 

「亡命のイメージが偏り過ぎだよ、実際、コネがあれば堂々としたものさ。たぶん」

 

 

「はぁ、アビーって基本的にバカですよね」

 

「おい、曲がりなりにも天才と称されていたんだぞ、私は」

 

「曲がりなりにも、な時点で認めてますよね、それ」

 

 

ゆるい。実にゆるい。

が、これが簡単かつ確実な亡命方法であることは間違いない。

 

 

「まさかリンから亡命に繋がるとはな」

 

 

このような豪華客船での亡命をすることができたのはリンの手引きによるものだ。

リンの父は、香港系国際犯罪シンジケートに関わっているらしく、ぼくたちが今回亡命に使ったルートも、その組織が持っているものなのだが、なぜ、それをぼくたちに使ってくれたのかといえば、リンは自身が狙われた際の亡命先として日本を考えているらしい。

組織内で父の立場が悪くなり、自分が狙われる、という状況に陥った場合のため、組織外の協力者を日本に置いておきたかった、ということだ。

そのため、軍などから情報を流してもらい、脱走兵や亡命者の親族など、協力者になり得る人物のリストを持っていた。

ぼくらが脱走したのはつい最近のことだから、リンもリストで確認していて、ぼくらのことを知っていた、というわけだ。実際に、その目でぼくの戦闘能力を確認し、協力者にすることにしたのだろう。

 

 

「うう、私はこんなに上手くいってしまって、日本で何か大変な不幸なことが起きるのではないかと不安しかありませんよ。だってどういう確率です?この状況」

 

「リーナは気にしすぎだ。偶然というのは確率で考えるべきものではないさ」

 

 

やっと日本への亡命が出来そうだというのに、ぼくは期待よりも不安で胸をいっぱいにしていた。

そして、得てしてこうした不安というのは、悪いことほど的中するものであるということを、このときのぼくは、まだ知らなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、貴方の思惑通りになったかしら?七賢人(・・・)さん?」

 

『ああ、ご協力感謝するよ。リン゠リチャードソン……いや、孫 美鈴(スン メイリン)

 

「はぁ、その名前で呼ばないで。それより、どうしてこんな回りくどいことを?彼女達をアシストするのが貴方の目的なら、こんな芝居させないで初めから私と接触させれば良かったのに」

 

『分かってないな、これはゲームなんだよ、僕と彼女とのね』

 

 

 

 

レイモンドはリンとの通話を終えると、ディスプレイに目を向ける。そこに表示されていたのは、リアルタイムのリーナとアビーの様子だった。船内の防犯カメラの映像を盗み見ているのである。

 

「報酬は君の秘密ってことだったけど、それは止めとくよ。やっぱり僕自身で解き明かしたいじゃないか」

 

レイモンドはリーナのフリズスキャルブでも解き明かすことのできない秘密を知りたかったが、それを種明かしされることをつまらない、と感じるようになっていた。それは、攻略本に頼らずにゲームをクリアしようとする子供のような、そんな感情。

彼にとってリーナは唐突に現れた面白いゲームだった。

 

今回のリンとの接触は偶然ではない。リンが協力者を探していたのは本当のことであるが、リストなど持ってはいなかった。リーナとアビィの情報を七賢人として与え、接触させ、亡命させたのは彼なのだ。

 

何故、彼がそれをリーナに伝えなかったのか。

答えは面白そうだから、の一言に限る。

普通にリンと接触させて、亡命させるのではドラマが足りない。それでは物語として面白くない。

 

レイモンドはリーナを通して、勇者(ヒーロー)になりたいのだ。自分にはない才能を持つ彼女をアバターに、彼は冒険をする。

そして、リーナの秘密を解き明かし、ゲームクリア。

 

彼は笑う。

なんて、楽しいのだろう。これからどうやって秘密を暴いてやろうか。

 

彼はアバターを操作するプレイヤーであり、ゲームマスター。

これからのリーナの冒険をどうメイクしようかと、考えるだけで楽しくなる。

 

 

「ふふ、折角見つけたんだ。もっと楽しませてよ、僕の青星(シリウス)

 

 

 

リーナは、まだ逃げられていないのかもしれない。

 

 




これにて亡命編は完結です。
次話から日本での活躍となり、まだまだ盛り上がっていきますので、よろしくお願いします!


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