青星転生。~アンジェリーナは逃げ出したい~   作:カボチャ自動販売機

17 / 22
お話の都合上、今話は短めです。


第17話 アビーの行方

ボストン、ウエストエンド地区にあるショーマット魔法研究所。

この研究所では、正午になると音楽が流れる。研究者という生き物は寝食を忘れて没頭することが多く、こうして生活習慣というものを身につけさせないといつまでも研究を続けてしまうからだ。

 

その音楽が流れはじめて数十秒。

 

セミロングの赤い髪は女性的であるが、その中性的な顔立ち故か不思議とユニセックスな、どこかボーイッシュな印象を消しきれない、しかしそれが彼女のミステリアスな雰囲気となって魅力を引き出している。

そんな少女、アビゲイル・スチューアットがリーダーを務める研究室にノックの音が響く。

 

入ってきたのはアンジェラ・ミザール少尉だ。ややくすんだ黒髪の巻き毛に白人にしては濃い肌の色。アビーとは対照的にあまり特徴のない容姿であるが、穏やかな美貌といえる。

 

 

「アビー、今日はもう終わりなの?」

 

「ああ、というよりやることが無くてね。ただ座っていただけさ」

 

 

部屋の作業机のようなところに置かれていたのは、歩兵用ミサイルランチャーにも見える金属製の筒。それは中から放射状に広がるようにして先が潰れており、控えめに見ても機能するようには見えない。

これがアビーの研究する魔法を最大限活かすための魔法兵器『ブリオネイク』である。但し見た目通り壊れているのだが。

 

 

「どうやら私はまだまともに研究させてもらえないらしいからね」

 

「当たり前でしょ、こうして自由にいられるだけでも感謝しなさい」

 

 

アビーがリーナと共に亡命を謀ってから半年。リーナと別れてから数ヶ月が経っていた。

リーナと共に住んでいた部屋から消えたアビーは、その後USNAへと連絡を取っていた。より正確には旧知の仲であるアンジーに、であるが。

 

 

「最初、貴女からリーナと亡命する、とメッセージがあった時にはどうしようかと思ったわ」

 

 

アビーはリーナと共に亡命をする直前、アンジーにそのことを部屋に残したメモで伝えていた。そして、戻ってくることも。

 

 

「もし私がリーナの誘いを断っていれば、口封じのためにあの場で殺されていただろう。こうして生還できただけでも褒めてほしいものだが」

 

「そのことは軍も考慮してくれているわ。貴女の行動は殆ど正当性が認められている。だからこうして自由の身でいられるんじゃない」

 

「自由とはいうが、私以外の職員は研究室を転属になり今このCPBM研究室に所属しているのは私一人、研究に協力してくれる魔法師の申請も通らない、こんな状態では何の研究も進まないのだが」

 

「正当性が認められただけで、貴女一度国を出ているのよ?重大な研究には携わらせてもらえないわよ。まあ、それも後少しの辛抱なんじゃない?私の任務もそろそろ終わりらしいから、そのタイミングで貴女の状態も改善させるでしょう」

 

アンジーの現在の任務はアビーの監視及び護衛である。アビーはリーナに連れ去られたということになっている。アビーの説明に矛盾はなく、実際亡命を開始する前にメッセージを残していたことから、その正当性こそ認められたものの、それに異を唱えるものもいる。そのために、こうして派遣されてきたのがアンジーだ。

護衛、というのは現状の調査では、日本の工作員がリーナを説得し、亡命を手引きしたとされており、リーナがアビーを誘ったのは日本の指示であった、ということになっている(・・・・・・・・・・・)からである。

 

 

「貴女がもっとしっかり情報を伝えてくれていれば、国内で捕らえられたのに」

 

「言っただろ、リーナには優秀なサポートがついていた。軍の情報は筒抜けだったし、私が下手な動きをすれば即座に察知され殺されていた」

 

アビーは最初の一度のメッセージを最後に、連絡を一切しなかった。

その理由としてアビーは、リーナのサポートを挙げたのだ。

 

「軍の調査では、彼女に協力していたのは『七賢人』ではないか、ということよ。実際、貴女達を一度も捕捉できずにいたわけだし、こっちの情報は完全に漏れていたのでしょうね。そんなことが出来る人間はそうそういないし、何より、軍としてはこの失態の責任を『七賢人』という訳の分からない存在に押し付けたいのよ」

 

二人の亡命はすぐに発覚し、捜査チームが組まれたが、何の情報を掴むことが出来ず、一度も捕捉することなく、あっさりと国外に逃亡されてしまったのだ。

USNAの情報機関が全力で調査しても正体を掴めていない七賢人の関与、ということにして、少しでもこの失態を何とかしよう、という悪あがき的行為からなのだが、この調査結果から、アビーの正当性はより強固なものとなった。

 

「アンジー、私に何か用があったんじゃないのか?」

 

「あ、そうだったわ。ランチに誘いに来たのよ」

 

 

長話をしてしまったが、アンジーの目的はそもそもこんなことではなかったのだ。

 

 

「そうか、では着替えてくるとしよう」

 

「ええ、出来たばかりのお店だけど評判良いのよ」

 

「それは期待できるな。研究所の仲間達は食事にこだわりのない連中ばかりだからな、そういう情報を持ってくるのは君だけだよ」

 

「アビーもこだわらないでしょ。何か好きな食べ物とかないの?」

 

アンジーとアビーは旧知の仲であり、何度も食事を共にしているが、アビーの食事の好みは思い浮かばない。

 

 

「簡単には思い付かないな……考えとくよ」

 

 

アビーは少し考えたものの、諦めたのか回答を先送りにした。

 

「呆れた。じゃ、私は外で待ってるわよ」

 

好きな食べ物なんて、そんな深く考えて出すような答えではない。やはりアビーも「食事にこだわりのない連中」の一人なのね、と呆れをそのまま口に出してアンジーは部屋を出た。

 

「ああ、すぐいく」

 

アビーの研究室には更衣室が備え付けられている。着替えには五分とかからないだろう。

アンジーが出ていって部屋に一人になったアビーは、どこか上の空な様子で呟いた。

 

 

「……でも手作りの料理が恋しいかな」

 

 

アビーは、日本の狭い部屋で二人で食べていた姿を思い出しながら、白衣をそのまま脱ぎ捨てた。

畳むこともなく机に放られた白衣。

 

 

机の隅にひっそりと置かれた金髪ツインテールの魔法少女フィギュアの視線は、どこかそれを咎めているようにも見えた。

 




今話は少し未来のお話なので、次話からは日本に戻り、時間軸も戻ります。

さて、明日も0時に投稿します。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。