青星転生。~アンジェリーナは逃げ出したい~   作:カボチャ自動販売機

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時間軸が前話から戻ります。


第18話 決意

結局ぼくは九島に接触することはなかった。

 

 

単なる意地で、自己満足で、非合理的だと分かっていたが、それをしてしまえば、ぼくがアビーの行動を認めてしまうことになるような気がしたからだ。

 

 

レイは、アビーが最初からこうすることを決めていた、という。

実際、レイの調べでは、アビーはUSNAに受け入れられており、殆ど処罰を受けていない様だから彼女は最初からぼくを日本へ送り届けたら、帰るつもりだったのだろう。彼女は自分の価値を知っている。天才であることを理解し、その自分がぼくの枷になってしまうことを判断することができていたのだろう。

 

 

「でも、2ヶ月も一緒にいてくれたのは、アビーもぼくと一緒にいたいって思ったからなんじゃないんですか……」

 

 

ぼくが彼女と別行動をする機会は沢山あった。その間いつだって彼女は抜け出せたのだ。それなのに、彼女はギリギリまで一緒にいてくれた。長くいればいるほど自分の立場が危うくなることを分かっていたのに。

一緒にいて楽しかった。安心した。ずっと一緒にいたいと思った。それは彼女も一緒だと思っていた。いや、絶対にそうだ。

 

赤い髪が素敵で、中性的な神秘さがあって、天才で、片付けが出来なくて、オタクで、なんでも美味しいって食べて、ぼくを膝の上に乗せて髪を撫でるのが好きで。

 

 

――私のいたい場所がリーナの側なのだから仕方あるまい。

 

 

そう言ってくれたアビー。

アビーのことならなんでも知ってる、そう言えるほどぼくたちの付き合いは長くない。知っていることなんて、きっと彼女の極一部だ。

 

でも、これだけは言える。何よりも強く思う。

 

 

ぼくは絶対、アビーを取り戻す。

 

 

彼女が何と言ったって全部無視してやる。どんな障害だって振り払ってやる。

アビーが二度と去らないように、ずっと一緒にいられるように。

 

もうぼくは、逃げない。

全てを捩じ伏せて、アビーを取り戻す。

 

 

『なんか覚悟決めたみたいな雰囲気だしてるけど、君この二週間ずっとぐだぐだ落ち込んでたよね?』

 

 

ディスプレイに映し出されている金髪碧眼の白人少年、レイこと、レイモンド・S・クラークが呆れたようにこちらを見ていた。

そして、ディスプレイの画面が切り替わり、映し出されたのは、ここ二週間のぼくの姿だ。

 

アビー、アビー、と呟きながら床をゴロゴロしてみたり、泣きながら魔法少女のフィギュアを並べてみたり。

 

最初の三日間くらいは本当に何のやる気も起きなくて、無気力な状態だったのだが、それが過ぎると、とてつもない寂しさ悲しさに襲われてどうしようもなくて、そんなヤバい行動を繰り返していた。

その間、ぼくの言葉を聞き続けてくれたレイは本当は良いやつなのではないか、と勘違いしそうになるが、あいつはぼくが悲しんでるのを見て笑っていた。アビーを取り戻した暁には、ついでにぶっ飛ばす。

 

 

『何か僕に八つ当たりしてない?』

 

「気のせいです」

 

 

レイはまともに学校へ通っているため、ニートのぼくと違って平日の昼間は忙しい。そして、魔法教育は放課後に各自が塾などで学ぶことが多く、レイもその例に漏れない。

そのため、レイと話が出来るまとまった時間は土曜日の午後(土曜日も半日は学校があるため)か、日曜日。

今日は日曜日であり、貴重な休日をぼくのために使ってくれているレイなのだが、寂しさで死にそうになっているぼくを笑って見ていたのは許せない。何なら不安を煽るようなことを言ってきたりして、ぼくを追い込んでいた。アビーがいなくなったことに、レイは直接関係しているわけではないが、八つ当たりということではなく、これは正当な怒りだ。

 

 

『笑ったのは悪かったけどさ。励ましてもあげてたろ?それなのに酷いなー』

 

夜の短い時間だけだが、ほぼ毎日レイと連絡を取り合っていた。こいつは励ましてあげてた、なんて言ってるし、実際、それっぽいことも言っていたが、内心、面白がっていたことは間違いない。こいつは、人が悲しみにくれているのを、面白おかしく観察していただけだ。実際、その会話で、多少でも寂しさが紛らわされていたのだが感謝はしてやらない。感謝して欲しかったら、ぼくより可愛い女の子でも連れてこい!

 

 

『で、立ち直ったのなら、今後のことを考えないとね。九島には接触しないんでしょ?』

 

「ええ、他に接触したい人がいます。調べてもらえますか?」

 

『いいね、面白くなりそうだ』

 

 

画面の向こうのレイは、心底楽しそうに笑う。

ぼくは、これからやらなければならないことを考えると、憂鬱で泣きたくなった。

 

 

アビー、君に会いたい。

 

 

そのために頑張るというのに、そんな矛盾したことを考えながら、ぼくは、この二週間で溜まっていた家事を片付けるために立ち上がった。

 

控えめに言って、カッコ悪かった。

 

 

 

郊外の病院は静けさに包まれていた。

平日の昼間は見舞客も比較的少なく、ここだけ時間の流れが遅いようにすら感じる。

 

その病院の個室。部屋にはテレビもあるが電源は入っておらず、そこに入院している女性は、ただ何もない空間を眺めていた。

ベッドの横の棚には数冊の本が置いてあったが、読んだ形跡はなく、彼女が朝からずっと、そうしていたことが窺える。

 

彼女が入院しているのは、精神的病が原因ではない。しかし、決して無関係ではなかった。

病は気から、と言うように、この彼女の憂鬱は体調を左右している。この状態が続けば、年内はずっと病院にいることになってしまうだろう。

 

 

司波深夜。

それが彼女の名前だ。が、世界的に有名なのは旧姓である四葉深夜の方だろう。

その名は『忘却の川の支配者(レテ・ミストレス)』の異名と共に広く知られ、伝説となっている。

 

そんな彼女がここまで塞ぎ込んでいるのは、最も信頼できる腹心の部下、桜井穂波を失ったせいだった。

ため息を吐くとか、愚痴をこぼすとかそういう分かり易いサインはなかったが沖縄から帰京して以来、塞ぎ込んでいるのだから、この深い憂鬱の原因は明らかだった。

 

穂波は、深夜にとって単なるボディガードではなかったのだろう。

雇い主とその使用人。このけじめは二人とも穂波の最期の時まで、堅く守っていた。

しかし、単なる使用人ではなかった。最も信頼できる腹心の部下で、股肱の臣、片腕とさえ頼れる存在だった。穂波は深夜にとって精神的支柱だったのである。

それを失ったことで、彼女は物事に取り組む気力を失い、無気力状態になってしまったのだ。

 

 

「……誰かしら?」

 

 

――無気力状態にあった彼女の精神は、些細な気配によって、切り替わる。魔法を酷使し、ミッションをこなしていたあの頃のように。

音や匂いではない。それは経験からくる曖昧で不確かな気配。しかし、魔法師はその曖昧で不確かなものこそを信じなくてはならないことを深夜は知っている。

シーツの下でCADを操作、迎撃の準備は即座に出来ていた。

 

「ご安心を。私は敵ではありません」

 

 

隠密系の魔法で姿を隠していたのか、深夜の声に反応し、目の前に一人の女が現れた。

特徴という特徴のない、日本人の女。黒いスーツを着込み、直立している姿に何か特別な点はない。

 

 

「敵ではない人間は忍び込まないわ。ここは、ただの病院ではないのよ」

 

 

この病院は四葉家の息のかかった病院だ。深夜のために造られた、と言っても良い。そのため、この深夜の部屋の警備は国家の重鎮にも劣らないものとなっている。院内を歩く看護師でさえも四葉のエージェントであり、入院患者の中にも警備の人間が混じっている。

その警備の中、部屋にまで侵入してくるのは並大抵の困難ではなく、また、それを出来るだけの手練れであるならば、深夜の勝算はあまり高くはなかった。

 

 

「忍び込んだのは、そうする他、貴女に接触する機会が当分ないと考えたからです。私は正当な手順を踏んで貴女に会えるような立場にもありませんしね」

 

「貴女は私が、どういう存在なのか認識しているようね」

 

 

深夜のことは四葉によって巧妙に情報操作され、四葉との関係は全くないことになっている。それは十師族や他国の情報機関が詳細に調べても分からないほどの厳重なもので、司波深夜という新しい存在を生み出していた。

そのことを知っている人間は身内を除けば、極限られている。

しかし、これまでの会話で、女が四葉との関係を知った上で、深夜を『司波深夜』ではなく『四葉深夜』だと認識した上で、忍び込んだことを確信した。

 

 

「私は貴女にお願いがあって来ました」

 

「お願い?こんな病院から出られもしない私に何のお願いかしら?」

 

 

自虐的な深夜の言葉は、自身の今の状況を快く思っていないために、出たものであった。

気丈に振る舞ってはいても、弱っていく自分に不安を抱えていることは間違いないのだから。

精神的支柱であった穂波を失い、そうした弱い部分がふと漏れてしまうのだろう。

 

そんな自分の一面に気がつくこともなく、深夜は相手の言葉を待った。

 

この隙に魔法を使うことも過ったが、それが上手くいくとは思えなかった。それに、それが上手くいくような相手ならば、返事を待ってからでも対処できる。

深夜は、CADこそ隠したまま手放さなかったが、話を聞く姿勢を見せたのである。

 

すると女は、一呼吸置いて言葉を発した。

 

 

 

「――私を、貴女の守護者にしてください」

 

 

それは、深夜が思わず用意していた魔法式を誤って霧散させてしまうくらいには理解不能で、もし暗殺でも計画していたのなら絶好の隙となってしまっていた。

 

――言葉のせいではない(・・・・・・・・・)

 

 

勿論、言葉の意味も理解できなかったが、深夜がこれほどまでに無防備になっているのは、視覚的なものだった。

 

 

深夜が理解できないのを置き去りにするかのように、彼女はその場に跪いた。

先程まで、そこにいたのは何の特徴もない女だったはずだ。

その記憶を疑ってしまう程に、変化は著しかった。

 

 

日本人特有の無個性な黒髪黒目は、煌く黄金の髪と澄み渡った蒼穹色の瞳に。

黄色かった肌が、部屋に溶け出してしまうのではないかという程、真っ白で透明感のある瑞々しい肌に。

頬の線は柔らかく、身体つきは華奢に。

身長すらも、僅かに縮んで見えた。跪いていても、その小ささは歴然だ。女性というよりも少女。

 

 

 

 

 

深夜の目の前に跪いているのは、天使と見紛うばかりに美しい、西洋人形のような少女だった。




四葉、始動。
ネタバレになってしまうので章タイトルを付けられませんでした。


さて、明日も0時に投稿します。

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