青星転生。~アンジェリーナは逃げ出したい~ 作:カボチャ自動販売機
髪を撫でられるのは気持ちいい。
これは男性では中々分からない気持ちかもしれない。優しく触れる手が、髪をさっと撫でる感触は心地よくて、全身の力がどこかにふわっと飛んでいく。
櫛でもいい。
指では再現できない繊細なタッチと、均一に髪が流れていく感触は、手でのしっとりとした、こう、広い海をボートの上でのんびり寝そべっているような、雄大な心地よさとは、また違うのだ。例えるなら空だ。
流れていく雲を上から見下ろして、忙しそうだなと他人事みたいに覗いている。そんな感じ。
「随分面白い表現ね」
真っ白な肌を飾るように揺れるのは艶やかな黒髪。
蠱惑的な紫の瞳はアメジストのように高貴で気品があり、右目の下の泣き黒子が妖艶さとなって過剰なアクセントを加える。
異性を妖しく惹きつけずにはおけないであろう、大人の可愛いらしさが同居した美しさ。
鮮烈な美貌。
そんな美女、司波深夜の寝るベッドに座り、彼女に後ろから抱き竦められるようにして、髪を撫でられているのは、何を隠そうこのぼく、アンジェリーナ・クドウ・シールズである。
上半身を起こしている深夜様は、片手でぼくを抱き竦め、空いている手で優しく頭を撫でている。
ぼくは、瞼が落ちないように、ただひたすらに頭を回転させ、抵抗しているという有り様だった。
「ほら、もう眠いのではないの?気持ちいいでしょう?」
声が遠くで聞こえている気がする。髪を撫でる間隔が徐々に大きくなり、その緩急が、ぼくを眠りに誘う。抵抗は無意味だった。
「おはよう、随分可愛らしい寝顔だったわよ?でも、守護者が主人を前にして寝てしまうのは減点ね」
時が飛んでいた。いや、眠っていただけなのだが。
ぼくは深夜様のゴッドフィンガーによって頭を撫でられ、20分ほど眠っていたのだ。
「賭けは私の勝ちね。はい、これ衣装」
手渡された紙袋。
入っていたのはメイド服だった。そんじゃそこらのメイド服ではない。生地からして違う。間違いなく高級品で、粉うことなき特注品だ。最近、深夜様が寝不足気味だったのは、この服のデザインを考えていたからに違いない。今の時代、金さえあれば、デザイン画から1日でオーダーメイドなんて難しくない。
金と暇両方持っている深夜様のとんだ凝り性の賜物である。金持ち引きこもりめ。
「ねえ、それともこっちのバニーガールの方がお好みかしら?」
少し不敬なことを考えただけでこれである。取り出されたバニーガールの衣装が臍が出ている上に生足仕様であるところに、深夜様の業の深さを感じる。流石に露出面積が広すぎるため、まだメイド服の方がマシだ。ぼくは全力で首を横に振り、メイド服一式を持って、隣の部屋へ移動する。隣はぼく用に用意してもらった部屋だ。中には殆ど何もなく、最低限の生活用品や家具が置いてあるくらい。住んでいるのは未だにあの、最初に借りた部屋であるため、私物はそちらに全部置いてあった。
「着方が良く分かんないな」
ぼくは、深夜様の
深夜様の守護者になって数週間が経ったが、やっている仕事といえば、ほとんど毎朝ここにやってきて、深夜様に髪を撫でられながらツインテールにしてもらい、おしゃべりとかして、昼食を一緒に食べて、深夜様の膝枕でお昼寝し、夕食を一緒に食べて、帰宅。うん、考えてみると、えっ、仕事とはという状態である。
ちなみに、今日やっていたのはぼくが深夜様のなでなでを本気で耐えれば寝ない、と言ったことを発端に、じゃあ、もし眠らなかったらご褒美をあげるわ、と深夜様が言い出したので、ぼくは、もし眠ったならなんでも言うこと聞いてあげる、と大口を叩き、始まったゲームだ。
深夜様は笑顔で言った。負けたらメイド服ね、と。深夜様はぼくがそういうフリフリとした服を苦手としていることを知っているはずなのに、だ。
いつもここに来るときはパーカーにジーンズとか、そういうボーイズファッションか、アビーのようなユニセックスな服装であるし、そもそも、ぼくは口に出して伝えている。言い逃れの余地のないくらい確信犯で、深夜様はメイド服を用意したのである。
嫌なものでないと罰ゲームにならないでしょう?という深夜様の言葉に丸め込まれ始めてしまったゲームだったがまんまと敗北した。何なら開始30秒くらいでもう眠かった。なでなで魔法とか、そういう固有の魔法があるのかもしれない、と疑うくらいの速攻だ。
「着ましたよー」
「随分かかっていたわね、逃げちゃったかと思ったわ」
「それやったら地の果てまで追いかけてきて、身ぐるみ剥がされそうなので、逃げませんよ。着方が難しかっただけです」
「あら、良く分かっているじゃない。ちなみにそれだけじゃなく、精神構造干渉で、本人には無自覚で語尾に『にゃん』を付けてしまうようにするわ」
「果てしなく陰険な上にえげつないですね!?え、ぼくまだそれやられてないですよね!?」
「さて、どうかしら?」
「深夜様!?ねぇ、深夜様!?」
深夜様なら本当にやりそうだから怖すぎる。もう何度も深夜様の前で爆睡かましてるわけだから、やられてても気が付かない。ただでさえ、一人称『ぼく』であざといとか言われてるのに、そんなことになったら、なんかヤバい奴だ。なまじ見た目が超美少女(自画自賛)なため、余計にイタイ。
「冗談よ。ほら、もっとこちらへいらっしゃい」
ご機嫌な深夜様に手招きされ、ぼくはベッドに近づいた。上半身を起こして座っている深夜様と、立ったままのぼくだと、ややぼくの方が低い。
「可愛いわ。とても似合っているわよ」
このメイド服は深夜様のデザインであるが、各所が四葉家本家のメイド達が着ているメイド服と似通っている。
エプロンドレスのような形状のシックなモノトーンのデザインなのだが、スカート丈が短くなっていたり、フリルが増量されていたり、全体的に乙女チックになっている。背についた大きなリボンや、大きめなボタンなど、随所にこだわりが見られ、時間をかけてデザインしたのであろうことが分かる。
こうまでこだわりを見せられると、もしや四葉のメイド服も、現当主である四葉真夜の趣味なのではないか、と疑ってしまう。
「まだ胸元を開けるには成長が足りないから、フリルで可愛らしいデザインにしたのは正解ね」
「あの、暗に貧乳と指摘されているのはまあ良いとして、もし成長が足りてたらどのようなデザインに?」
「胸元はざっくり開けて、肩も出すわ」
「ありがとう貧乳!万歳貧乳!」
胸があったら、そんなアニメキャラくらいしか着なそうな主人誘惑する気満々なメイド服を着せられるところだった。
「仕事着ではないのだし、ファッションだと思えばそこまでおかしなものではないと思うわよ」
「世ではコスプレと言われるファッションですがね!」
こすぷれ?と首を傾げる深夜様は可愛らしいのだけど、それを知らずにこの衣装を創造していたことが恐ろしい。この引きこもり、先天的に萌えを知っている。
「リーナ、そこで回ってみてくれるかしら?」
それからぼくは深夜様に言われるがままにポージングをさせられた。手でハートを作ってウィンク、と言われたときには思わず小突きそうになったが、何とか我慢してポーズを取った。そんな恥ずかしいポーズを色々させられ、写真も撮られてしまい、ぼくの黒歴史確定なのだが、深夜様は心底楽しそうで、そんな様子を見ていると、まあ別にいいか、という気になってきてしまうのだから、ぼくもつくづく忠犬体質である。わんわん。
「あの、それで、この格好はいつまで?」
「ずっとよ」
仕事着ではないのでは!?そんな悲痛なぼくの言葉が認められるほど、この職場で、ぼくの発言権はない。
まあ、上司がこんなにも美人なのだから、ぼくとしてはそれだけで、スターライトより断然マシなのだが、服装だけは軍服の方が良かった、と思った。
しかし、軍でも魔法少女コスプレをさせられたことを思い出し、ぼくは気がついてしまった。
ぼく、まともな上司に当たっていなくない?、と。
「たまに、このバニーガール衣装も着てもらいましょうか。折角作ったことですし。きっと可愛いわよ」
本当、まともな上司ってこの世にいないのかな!?
アンジェリーナ・クドウ・シールズ、13歳にして、この世にセクハラ・パワハラのない職場なんて存在しないことを知る。
リーナ社畜化計画。
さて、明日も0時に投稿します。