青星転生。~アンジェリーナは逃げ出したい~   作:カボチャ自動販売機

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遂に、原作メインヒロイン参上です。


第20話 初仕事

司波深雪はしんとした静けさに包まれた病院を通い慣れたルートで歩く。世間はクリスマスが近いこともあり、賑やかな音楽と陽気な声に溢れていたが、病院内は当然のことながら、いつきてもこの静寂を保っている。

 

中学校のセーラー服を身に纏った深雪は、顔立ちに幼さが残り、体付きも年相応に未熟だが、既に傾城の美を備えていた。

未熟な段階で既にこの世の者とも思えぬ美少女だ。

あと2、3年もすれば、絶世の、という形容がむしろ控えめに感じられる程になるだろう。

 

そんな、稀有な美少女も、所詮は中学生。今日は終業式であり、その手元には学校からの連絡物が詰まった情報端末。その中には通知表も含まれている。

どの家庭にもあるだろう、通知表を母に見せる、というイベントが彼女には控えていた。

 

それ自体は何ら恐れるに足らない。彼女の通知表には最高評価ばかりが並んでいて何の欠点もないからだ。

しかし、学校の成績とは関係のない、彼女にとっては学校の勉強よりも重要なことが、まだ上手くいっていなかった。

 

「深雪さん、魔法の練習は進んでいますか?」

 

――魔法。

それは、彼女の家系にとっては何より重要なものだった。人権すらも蔑ろにされるほどに、家族さえも実験材料にしてしまうほどに、愛を捨て去ってしまうほどに、重要だった。

 

 

「はい、お母様。ニブルヘイム以外はお言いつけのあった魔法をマスターしました」

 

 

入院する前から、深夜が深雪の魔法修行を直接指導することはなかった。

深夜が病気がちになったのは魔法の使いすぎによるもので、今では教師役を務めるだけでも身体に大きな負担となってしまうからである。

直接指導する代わりに、四葉家から派遣された深雪の家庭教師にカリキュラムを指示する形で深雪の魔法教育に関わっていた。

 

「ニブルヘイムが上手くいかないのですか?あれは魔法師としての深雪さんにとって、主軸となるものですのに」

 

「……すみません」

 

「分かっていると思いますが、コキュートスは軽々しく使ってはならない切り札です。アピールする際は、貴女本来の精神干渉系魔法ではなく、冷却系魔法を使わなければなりません。ニブルヘイムはそれに最適な魔法です」

 

コキュートス。

それは深雪の持つ固有の魔法だ。その効果は絶大であり、掛けられた相手は、精神が凍結され肉体に死を命じることも出来ず、停止・硬直してしまう。

未だ「精神」の正体は未解明であり、この魔法の使い手である深雪も精神の何たるかを理解している訳ではない。使い手である深雪本人にとってもブラックボックス的な魔法だ。

その為、精神の凍結とはいえ、分類としては未知の即死魔法とされておりとても世に出せるような魔法ではない。深雪にとってコキュートスは使わないことが最善である魔法と言えた。

 

 

「はい、理解しています」

 

 

それは深雪も理解している。彼女は4か月前に戦争を経験し、自らも、その命を散らす寸前にまで陥った。自身の持つ魔法の恐ろしさは、命の重さをより深く知ることで、より大きくなっていた。

 

 

「自分では何が原因だと思いますか?」

 

 

しょげ込んで俯いた娘に、深夜は少しだけ優しげな眼差しを向けた。深雪の頭に手を置いて、そっと優しく撫でる。記憶にある限り、そんなことをされたことはなく、深雪は目を丸くして驚いた。

 

最近、母の体調は頗る良い、と深雪は思っている。

塞ぎ込み憂鬱に囚われ、無気力になっていたのが嘘のように活力を取り戻していた。年内に退院することは難しいとされていたのが、今ではもうその可能性の方が低いくらいだ。その急激な深夜の回復について理由は分からなかったが、母が調子を取り戻すことは単純に嬉しい。が、こうして会話をしていると、ただ回復に向かっているだけでなく、何か大きな変化が母にあったのだと分かる。

 

一体何があったのか。気になるが、今はそれよりも答えなくてはならないことがある。

深夜の問いに、深雪は一所懸命答えを探す。母親を失望させないように。

 

 

「躊躇いがあるのだと思います。コントロールを失敗して凍らせる範囲を広げてしまっては、大きな被害が出ますから」

 

「冷却プロセス自体はできているのですね?」

 

「それは、できていると思います」

 

「そう……」

 

 

深夜は小さく頷き、しばしの間考え込む。しかし、その間も深雪を撫でる手は止まることはない。

深雪は自分の顔が熱を帯び、赤くなっているのが分かった。母親から頭を撫でられている、という事実はこの思春期の難しいお年頃の女の子には、何かすごく恥ずかしいことのように思えてならなかったからだ。そんな照れやら羞恥やらで、頭がいっぱいいっぱいの深雪を他所に、深夜は考え続け、答えを出した。

 

 

「では深雪さんの為に、練習場を用意しましょう。そこでこの休みの間に、ニブルヘイムをマスターしていらっしゃい」

 

赤かった深雪の顔からさっと熱が引いていく。

 

ニブルヘイムは最高等魔法の一つ。

術式自体は複雑なものではないが、要求される事象干渉力が通常の魔法に比べて桁違いに大きい。自然の事象を書き換える程度が大きければ大きい程、その制御も困難になる。既に半ばマスターしているとはいえ、それをたった二週間で完全に修得することは不可能ではないかと深雪には思われた。

 

 

「――はい、お母様」

 

 

しかし、深雪の口から「できない」とは言えない。優秀な魔法師になることは彼女の血筋に課せられた義務であり、魔法は母と子の絆だ。それに兄のことで深夜に逆らっている深雪はこれ以上母親を悲しませたくなかったのだ。

 

 

「……そうだ、深雪さん。今回の練習中教師が必要でしょう」

 

「いて下さると助かります」

 

たった二週間で完全に修得するのは不可能なのではないか、と思っていたところだ。教師が付いてくれるのなら、それは渡りに船。深雪に断る理由はない。

 

 

「ではここにお呼びしますね」

 

「え?」

 

 

ここ、とはつまり正にこの場所で病院の一室だ。四葉の本家ではないのだ。深雪の家庭教師は四葉から派遣されている。それは魔法であっても変わらない。本家であったなら呼び出すことも可能かもしれないが、ここは病院なのだ。

 

 

「今、私の守護者(ガーディアン)を務めている方です。もうしばらくは入院することになりますし、その間、彼女には指導にあたってもらいます」

 

守護者(ガーディアン)とは、四葉家において、特定の要人を自分の命を犠牲にしてでも守る役目を負ったボディーガードのことだ。

4ヶ月前、深夜の守護者であった桜井穂波が亡くなり、後任はそう簡単には決まらないだろう、と深雪は思っていた。

深雪にとっても穂波の死は、未だ心に強く残っている。深雪の目から見ても穂波と特別な信頼関係で結ばれていた深夜には、より強く影響を与えているはずだ。実際、最近までの無気力状態はそれが原因であると深雪は考えていた。そんな特別な存在の後任があっさりと決まるはずがないのだ。

 

 

「失礼します」

 

深夜の守護者ということは、近くに待機していたのだろう。深夜が連絡するのとほぼ同時に、部屋がノックされた。

 

 

「アンジーです。よろしくお願いします、お嬢様」

 

 

日本人ではないだろう。

165㎝程の身長、白人にしては濃い肌の色と、ややくすんだ黒髪の巻き毛。人目を惹く華やかさこそないが、穏やかな美貌の持ち主だった。

 

「アンジーは変装のスペシャリストよ。今の姿も本来の姿ではないの」

 

変装、と言われても元が分からない深雪にはそれがどの程度のものなのか分からない。ピンとこなかったために、微妙なリアクションしか出来なかった。それに、守護者に変装能力が必要なのだろうか?という疑問もあった。

 

 

「あの、それで私は何をすれば?」

 

 

首を傾げてそんなことを言うアンジーに、深雪はニブルヘイム完全修得を、この時点で半ば諦めた。

 

 

 

 

 

深雪が去った後の病室。

アンジーというアンジェラ・ミザール少尉をモデルに作り出した仮装行列による変装を解除し、服もスーツからメイド服に変化する。その際、少し緩くなっていた背の飾りリボンをノールックで結び直す。

 

もはやリーナはメイド服に慣れていた。

 

 

「あの、深夜様。何故本来の姿では駄目なんですか?名前も偽名ですし」

 

「貴女まだ手続きが終わっていないから違法滞在者なのよ。もしかしたら名前を変えることになるかもしれないし、折角そんな魔法を使えるのだから、まだ隠しといた方が楽でしょ。説明するのも面倒だし、その方が面白いわ」

 

「え!?そんな重要なこと、なんで今まで黙ってたんですか!?面倒とか面白いとか全体的に適当ですし!」

 

「そうそう、深雪さんは飛行機移動なのだけど、そんなわけで貴女は飛行機には乗れないのよ。四葉に船を用意させたから、そちらで移動しなさい」

 

「無視ですか!?そしてその説明は全て終わったみたいな顔止めてくださいよ!まだ何も聞いていないのですが!?」

 

 

理不尽に叩きのめされながら、リーナの実質的な初仕事が決まった。

そこで待ち受ける試練のことなど、知ることもなく。




リーナさん、実はまだ四葉非公認の守護者です。梨の妖精と一緒です。


さて、明日も0時に投稿します。

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