青星転生。~アンジェリーナは逃げ出したい~ 作:カボチャ自動販売機
司波達也。
この世界の主人公。お嬢様こと司波深雪の兄であり、守護者。国防陸軍第101旅団・独立魔装大隊に所属する軍人。戦略級魔法師。高名な忍術使い、九重八雲の門下。正体不明の天才魔法工学技師トーラス・シルバーの片割れ。
軍の環境上、原作知識を自分の中から出力して保存しておくことが危険であったために、ぼくの記憶だけが頼りであり、そのため、原作の時系列を正確に覚えているわけではない。
だから、現時点での彼がそうであるかどうかは定かではないのだけど、将来的にはこの全てが彼を指す言葉となる。詰め込み過ぎて爆発するんじゃないか、というくらいの設定なのだが、これは序の口だ。
彼の生い立ちや固有の魔法もまた、これらの盛りに盛られた設定に相応しいものとなっている。
「大丈夫ですか?」
「すみません……うっ」
ぼくは、そんな主人公を前にして、船酔いによりダウンしていた。転生して13年、主人公と対面を果たした感動とか、そんなものも感じないくらいに気持ちが悪い。
日本へ来るときにも船には乗っていたのだが、あのときは大型客船だった。
今日乗ったのはボートで、大型客船とはどうやら勝手が違ったらしい。
移動手段の関係上、ぼくの方が後に到着したのだが、空港のロビーで待っていた二人の元へ着いてそうそう、この様である。
お嬢様に背をなでなでしてもらっている現状、心なしか司波達也の目が冷たい気がする。
「今回指導役としてついてきたのに、いきなりこんな失態を、うぅ、ん」
「話さなくて良いですから、無理なさらないで」
お嬢様の優しさが染みる。流石は主人公の妹にしてメインヒロイン。超絶美少女過ぎて若干近寄り難い感じだったけど、こうして優しく接してもらえるとそのイメージも変わるというものだ。原作での兄への対応を見るに、元々世話焼きな性格なのだろう。
「お水飲まれますか?」
「うぅ、かたじけない」
ペットボトルの蓋を開けてもらい、コクコクと水を飲む。流し込まれる水分が、口内に蔓延していた気持ち悪さを少しだけ払拭してくれた。
一時は気持ち悪過ぎて仮装行列が解除されてしまいそうになったが、慣れ親しんだ魔法はなんとか発動を続けることができた。深夜様から本来の姿は見せても良いけど、その時にはそれなりのエンターテイメントを用意しなさい、と無茶振りをされている。
船酔いで気持ち悪くてバレました、なんて言ったら一週間はバニーガールだ。前に一度だけ着せられたけど、後ろ姿が本当に恥ずかしい。深夜様にしか見られないのだから良いのでは?と思うかもしれないが、写真に撮られるので潜在的には何人に見られてもおかしくはないのだ。そう思うと恥ずかしさは抑えられない。
「医務室までお連れしましょうか?」
この
「いえ、お気遣いなく。大分良くなりました。もう行けそうです」
司波達也の何も写していなそうな目が、なに今さら格好つけてんだよ、と言っているような気がしてツラい。
「そうですか。もしまた体調を崩されたら言ってください。では、ご案内します」
お嬢様にニブルヘイムの『練習場』として与えられたのは島だった。
東京から約190キロ、三宅島東海上約50キロに位置する『巳焼島』という名の小島だ。
この島は2001年、巳年の海底火山活動によって形成された。
『巴焼島』という名前は隣に位置する三宅島の名前の由来の一つと言われている『御焼島』の「御」を、干支の「巳」に置き換えて命名されたものだ。
二十一世紀最初の年にできたことから誕生した年の『二十一世紀新島』とも呼ばれている。
溶岩原からなる島の面積はおよそ七平方キロ。二十年世界群発戦争時には国防軍の基地が置かれたこともあるが、2050年代の度重なる噴火で基地は放棄され、現在は島の西端に犯罪魔法師を収監する施設『巴焼島軍事刑務所』が置かれている。
お嬢様の練習場にここが選ばれたのは、なんと、この島が丸ごと四葉家の私有地だからだ。ブルジョアである。刑務所だけど。
この島の魔法師監獄の管理に責任を負っているのは警察ではなく国防軍だが、実際の運営は四葉家がダミー会社を通じて受託しているのだ。
このことは他の十師族の間にも知られていないことらしいのだが、では何故そんな秘密の仕事を四葉が任されているかといえば、そこには怖い話がついてくる。
この監獄が国防軍の管轄となっているのは魔法師が兵器として扱われていた時代の名残だが、収容されている魔法師に外国の工作員が多く含まれているという事情もある。そうした非合法工作員は、法の保護の外にいる、存在しないはずの犯罪者だ。何時処刑されるか分からない。消されても、文句を言う者はいない。故に彼らは、決して大人しく閉じ込められてはいない。常に逃げ出す隙を窺っている。
この島に送り込まれる魔法師は、海という障壁で民間人の住む居住地から隔離しなければならない強者ばかりだ。そんな彼らの脱走を阻止し、抵抗する者を鎮圧する為には看守の方も凄腕でなければならない。
だからこその四葉。
国防軍がこの仕事を委託する先として、四葉家は打って付けの存在だ。
なんせ、四葉家の側でも、脱走しようとする犯罪魔法師への対処は貴重な実戦の場となっているのだから。
世界情勢はまだまだ安定には程遠く、日本でも、わずか数ヶ月前には、沖縄と佐渡が戦場になった。とはいえ、日本周辺で常に戦闘状態が継続しているわけでもない。
お互いの生死を問わない魔法戦闘の経験を積む機会など、滅多にあるものではないのだ。
実際、ぼくも訓練生時代、そうした経験はない。倫理的な問題もあるが、そうした場をコンスタントに整え訓練として使うというのは難しいからだ。
その点、巴焼島はその貴重な舞台となっていた。
実際、司波達也はここで殺人の訓練を受けてたらしい。
この島は犯罪魔法師の監獄で、脱走者の対応は四葉家から派遣された係員に任せられており、ここではある種の治外法権が成立している。
人を殺す技術は四葉の本拠地にある施設で仕込まれ、この島で殺人に対する禁忌を取り除くことになるのだ。
守護者として、人を傷つけ、人を殺すことを躊躇っていては、護衛対象を危険に曝す結果になってしまう場合がある。
四葉家の守護者の位置づけでは、殺さなければ止まらない暗殺者を前にして、殺すことを躊躇していては守護者失格なのだ。
ぼくも守護者として、その覚悟を持たなくてはならない。アビーを取り戻すためになら、どんなことからも逃げ出さずに突き進むと決めたのだから。
「あの……同じ部屋なのですか……?」
女性下士官に案内され、刑務所の最高責任者である所長に挨拶をし、刑務所とは別棟になっている宿舎にやってきた。
部屋は明らかに重要人物用と思われる、華美ではないが広く立派なものだ――が、部屋は一つだった。
寝室とは別になっているリビングで呆然として訊き返すお嬢様。
案内してくれた女性は不思議そうな表情で見返している。
「そのように指示されておりますが」
その一言でぼくは全てを察した。
あの姉妹はどうやら人を困らせるのが楽しくて仕方がないらしい。
ここは四葉家の影響下にある施設で、お嬢様は本家の次期当主候補。
そんな指図ができる者は二人しかいない。
つまりは、深夜様か当主である四葉真夜だ。
「小官はこれで失礼します。何かご用の際はそちらの内線電話でお呼びください」
ドキドキ♡司波兄妹との同棲生活スタート。
ついに、主人公司波達也参上。
さて、明日も0時に投稿します。