青星転生。~アンジェリーナは逃げ出したい~ 作:カボチャ自動販売機
「イカれた小娘が!」
人々の恐怖をかき立てる敵意に満ちた叫びは、ぼくにとって救い以外の何物でもなかった。
ポーズをとったまま、周囲の沈黙に耐えるという地獄から解放してくれたのだから。
「ふざけやがって!」
声の主に視線を巡らせると、少し先の道端に駐められたワゴン車の横で、中年の男が銃を構えていた。
どう考えてもぼくがテンパって障壁魔法で倒したひったくり犯の仲間。
モーターボードの航続距離は短い。
まだ路上で呻いているひったくり犯は、このワゴン車で逃亡するつもりだったのだろう。
奇しくもぼくにとっては、羞恥心の底無し沼から救ってくれた恩人とはいえ、大人しく撃たれてやる義理もない。
男の銃の腕がとんでもなく下手で、銃弾が明後日の方向に飛んでいく可能性を考慮して、ぼくは防御ではなく先制攻撃を選択した。
不意を突かれない限り戦闘訓練を受けた高レベルの魔法師に通常の銃は驚異にならない。こんなしょぼいひったくり犯がわざわざ対魔法師用に威力を高めた特殊な銃を持っているわけがないのだから。
で、あるならば、先制攻撃することに躊躇いはない。
「
ぼくが最も得意とするのは放出系。
その基礎といえる魔法、【スパーク】は汎用性が高く、使用頻度の高い魔法であるのだが、非魔法師を相手取る場合、やや威力の調整が面倒である。
そう考えたぼくが開発したのがこの無系統魔法【
格好良さ気なネーミングだが、実際は何の変哲もないただのサイオンの糸。相手に直接電撃を発生させるよりも、これを伝ってスパークを使う方が威力の調整が容易になるのだ。それ以外にも色々と応用の利く便利魔法で、ぼくは多用しているのだけど、ぼく以外にこういう風に使ってる人は見たことがない。一見簡単そうな魔法ではあるが精密なサイオンのコントロールが必要で、極めて難しいらしいからだ。まあ、かゆい所に手が届く、孫の手的な魔法だし態々覚えようと思う人もいなかったのだろうけど。
「うがぁっ!?」
声を上げながら気絶した男の手からこぼれ落ちた拳銃を対物シールドで包む。銃弾の雷管は電気式じゃないから、まず大丈夫なはずだが、万が一に備えてのことだ。暴発でもされたら、ぼくはともかく、民間人に被害が出てしまうからね。
『リーナ、後の処理はブラッシーチームが引き継ぎます。男はそのまま放置、ドライバーに合流し帰還しなさい』
通信機からアンジーの命令があったため、ぼくは夜空に翔び上がり、民家の屋根を伝ってその場を去った。
その姿を野次馬のカメラが捉えていたことなど、何も気にせずに……。
◆
「リーナ、食べないの?」
朝食、テーブルで頭を抱えているぼくに、アンジーの優しい声がかけられたが、とても顔を上げる気にはならなかった。上官に対して取るべき態度ではないと分かってはいたが、頭は鉛の様に重く、心はそれよりも、もっと重たい。
「まあまあ、そっとしておいてやれよ、アンジー。リーナが顔を上げたくない気持ちも分かるだろう?」
ちゃっかり同じテーブルにいるアビーの取りなしに、アンジーは「仕方無いわねぇ」とでも言いたげな苦笑いを漏らす。
「はい、テレビを消したわよ。リーナ、もう大丈夫でしょう?」
テレビを消した、という一言にぼくは顔を上げる。ぼくが頭を抱えてテーブルに突っ伏していたのは、昨晩の事件がニュースになって流れていたからだ。
恐る恐るテレビを見て、確かにブラックアウトしているパネルにホッと一息吐く。が、気分は最悪だった。
視界にある鏡に写るぼくの顔には、生気が無い。自分で言うのは何だけど、快晴の青空を封じ込めたサファイアの煌めきの様と称される瞳も、死んだ魚の目のようにどんより曇り空。こんな状態でも美少女は美少女のままではあるのだから恐ろしい(強がり)。
「リーナ、元気を出しなさい。陽動の役目は上手く果たしたんだから」
「そうだよ。多少
アンジーに続いてアビーがぼくを慰める。
陽動と引き換えにぼくは大事なものを失った。
幼女向け魔法少女のコスプレをして街を走り回り、魔法少女リーナと名乗ってドヤ顔でポーズを決めたのだから。
いくら慰めてもらっても、しばらくは立ち直れそうになかった。
そんな無反応のぼくに代わって、アビーのセリフに反応したのは、アンジー。
「ちょっと待ちなさい、アビー。何故貴女がトラブルのことまで知ってるの」
アンジーの視線は友人に向けるには、それなりに鋭いものだったが、アビーの表情は小揺るぎもしない。
昨夜のトラブル――ぼくが魔法少女などと名乗りポーズを決めたこと――は、テレビでも新聞でも報道されていないはずのことだ。されていたらぼくは今頃死んでいる。
「魔法に関わるニュースなら、テレビや新聞だけで満足していられないのが私たちの立場なんだよ、アンジー」
つまり、アビーには独自の情報網で、テレビのニュースより詳しく、あの時のことを知られているらしい。絶望した。
只でさえアンジーには、寝坊事件やら、自転車乗れない事件やらで子供扱いされている感があるというのに、このままではアビーからもそんな扱いになってしまう。
「そう……、まあ、ここは貴女の地元みたいなものだから、そういうこともあるかもしれないわね。取り敢えず納得しておくわ」
「取り敢えずとは失敬だね。私は嘘など吐いていないよ」
ぼくの悩みなど関係ないとばかりに、二人は若干ギスギスとした緊張感のある雰囲気の中、腹の探り合い。
アンジーの言い方から察するに、アビーには昨夜の任務の内容が一切話されていない様だし、今後も報告はしないのだろう。アビーは今回の任務では、協力者でしかなく、あくまで仲間ではない、というスタンスということだ。
つまり、アンジーはアビーに、今回は見逃すが手を出して良い範囲を間違えるな、と牽制したのである。
しかし、アビーのこれまでの言動、性格から察するに無駄な気もする。
アビーは研究者だ。多くの研究者がそうであるように、彼女もまた、自身の研究に対して貪欲であり、小さな事でも気になったら止められない、好奇心と知識欲の塊。
その上彼女は17歳の若さでショーマット魔法研究所の研究室の一つを任されていることからも分かるように、天才肌な人間で、他人の都合が目に入らない唯我独尊タイプでもある。
牽制くらいで彼女を止められるとは思わなかった。
きっと、この任務中、何度かこういう場面を目撃することになるのだろう。
「それにしても、予想外に効果的だったんじゃないか?」
話題は再び、ぼくに戻った。
アビーは、自分とアンジーの間に形成された緊張を無かったことにしたくて、敢えてぼくを弄っているのかもしれない、と思ったが、アンジーに睨まれても、小揺るぎもしなかったのに、その顔には嗜虐的な笑みを浮かべている。ただのドSでしたね。
「何処の所属かは知らないが、君たちが探している敵性工作員も疑心暗鬼に陥っていることだろう。あの「魔法少女」は一体何なんだ、とね」
再びテーブルに突っ伏しそうになるのは、何とか堪えた。上官がテレビを消すという譲歩を示しているというのに、階級が下のぼくがその気遣いを無にする真似は駄目だろう。
「『魔法少女』ねぇ……」
「未だに大勢のファンを持つジャパニーズアニメーションの一大分野さ。かくいう私も時々見ている」
「オタク」
「んっ、私がオタクかどうかは置いておくとして、あれには、魔法研究者にとって中々興味深いところがあるんだよ。それに、一口に魔法少女と言っても本当にメルヘンチックなものからサイバーパンクなものまで、実に多種多様なんだ。リーナのコンセプトは……」
アンジーのオタクという指摘に、咳払いをした後、早口で捲し立てたアビーが思案顔でぼくに目を向ける。
このオタク、話を逸らすためにぼくを話に出しやがった。大体、コンセプトって何!?
アビーは17歳という若さで研究室の一つを任されていることからも分かるように、USNA軍にとって重要な研究者らしい。いくら実力主義と言っても、研究者というのは研究のため、国家や軍の機密を多く取り扱う性質上、年齢というのは大きく考慮されるべき項目だ。にもかかわらず、この若さでアビーがそれを許されているということが彼女の能力の高さを如実に表しているのだ。
その天才が、魔法少女語りをしており、その魔法少女がぼく、というのは素直に絶望する。
「正統派美少女魔法少女、かな」
「少女が重複しているじゃない」
呆れ気味のアンジーのツッコミには大きく同意する。そもそも、正統派の要素がどこにあるのか不明だし、美少女魔法少女って、魔法美少女じゃダメなんだろうか。いや、そういう問題ではないんだけどね!そもそもぼくは、魔法少女であることを認めてないし!
「魔法少女だけではリーナの、ほんの一面しか表現していないだろう? 正統派であり、美少女、そして魔法少女、全てが揃ってリーナという魔法少女は完成しているのさ。まあ、お約束というやつだよ」
「お約束、ねえ……まあ、確かに美少女という要素はあってしかるべきよね、リーナは。アビーから作戦に魔法少女を取り入れるよう提案された時、了承したのは英断だったわよね、とても可愛かったもの」
アビーの妄言に何故かアンジーも乗っかってきた。
なんで、了承しちゃったんでしょうね!?というか、やっぱりあの衣装はアビーのせいだったのか!最後に、アンジー、決して英断ではないし、キャラが崩れてきてるよ!頬を赤くするの止めて!最初の頼れるお姉さんキャラのままでいてください!
「あの、私は仮面で顔を隠していましたから、美少女かどうかは分からないのでは?」
このままこの流れに身を任せていては正統派美少女魔法少女という謎の称号が確固たるものになってしまう。正統派は意味不明だし、アビーのこだわりからして魔法少女を覆すのは難しそうだから、まずは美少女から攻める。
「あの程度の小さな仮面で君の美貌は隠せるものではないさ」
ですよね!はい、論破されました。
美貌かどうかはともかく、目の周りを隠すだけの仮面しかつけていなかったのだから、人相を隠すのは無理だったろう。
つまり――
「仮面の魔法少女、プラズマリーナ。うん、ヒロインに相応しい」
アビー命名、プラズマリーナの爆誕である。
結局、正統派と美少女は無くなったのかーい!というぼくのツッコミは声に出ることはなかった。何せ――
「プラズマリーナというコードネームは良いわね、インパクトがあるわ。採用よ」
――プラズマリーナが、正式にコードネームになったからである。
死にたい。
主人公の黒歴史を量産していくスタイル2。
さて、明日も0時に投稿します。