青星転生。~アンジェリーナは逃げ出したい~   作:カボチャ自動販売機

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第7話 ブリオネイク

「これが現在開発中の魔法兵器『ブリオネイク』の試作器だ」

 

 

部屋の奥に置かれていたのは、歩兵用ミサイルランチャーにも見える金属製の筒だった。

ただしミサイルを発射した後のように、円筒は空洞になっている。

これがブリオネイク。原作での活躍こそパッとしなかったが、その性能は恐ろしいの一言。

このサイズでありながら、その威力は最大で戦艦の主砲に匹敵する規格外の携帯兵器なのだから。

しかし、これはまだ試作器。

実際、使用済みのミサイルランチャーの様なそれは、やや不恰好で、素人目に見ても試作器と分かるものだ。

 

 

「その円筒の奥にはナノレベルでサイズを揃えた銅の粉末が押し固められている。

その銅粉末を放出系魔法でイオン化し、荷電粒子として放出する。大雑把に言えば、それがそのブリオネイク試作器の仕組みだよ」

 

アビーが挑発気味に、ぼくへ笑い掛ける。

この仕組みを聞いて、それでも君はこれを扱えるか、という挑発だろう。アビーは天才だが、こうして少し子供っぽいところがある。まあ、そこが可愛いのだが。

 

「詳しいことは、私が口で説明するより起動式を読み込んでもらった方が早いだろうけどね」

 

「なるほど。荷電粒子線が発射されても問題無い場所はありますか?」

 

「無論用意してある、こっちだ」

 

ぼくが連れて行かれたのは、強固な対爆・耐熱壁に囲まれた実験室だった。

出入り口は一つ。その反対側の壁の前に的が設置されている。これと同じ構造の部屋は、フェニックスの訓練施設にもあり、実際ぼくはそこでムスペルヘイムを使用している。

馴染みのあるいつもの様な部屋なのだが、無機質な実験室というのはどうにも慣れない。

 

 

『リーナ、聞こえるかな?』

 

 

実験室は透明な大窓でお互いの様子が見えるタイプの造りだが、音は完全に遮断されていて、隣の部屋にいるアビーとの意思の疎通は、耳につけたワイヤレスマイクと骨伝導スピーカーで行わなければならない。

 

「聞こえます」

 

『その部屋ならば試作器の性能を百パーセント発揮しても問題無く耐えられる。早速起動式を読み込んでみてくれ』

 

「了解」

 

必要ないとは思うが、念の為、砲口を標的に向けて試作器を構える。

隣の部屋と視界を繋いでいた大窓の前にシャッターが降りる。いよいよ実験開始だ。

 

グリップにトリガーの類はついていない。サイオンを流し込めば、自動的に起動式が出力される簡単仕様らしい。

早速、グリップを握る掌からサイオンを注入した。

わずかなタイムラグをおいて、ブリオネイク試作器から起動式が出力される。

 

とんでもなく重い。

 

サイズがデカイ上に、元となった魔法、ムスペルヘイムとは比較にならない程に内容が複雑なのだ。

複雑、とは言っても、ぼくは司波達也のような特殊技能はないし、起動式に記述された内容を意識的に理解しているわけではない。

一般的に魔法師は、一瞬に等しい短時間で読み込まれる起動式を意識で理解するのではなく、無意識で処理する。

魔法師は起動式を読み込むというより読み込まされて(・・・・・・・)、それを無意識領域に存在する魔法演算領域へ送り込むのだ。

魔法演算領域で何がどのように行われているのかは、魔法師自身にとってもブラックボックスになっている未だ解明されていない未知の領域。

 

魔法師はただその結果を利用できるだけだ。

科学的な根拠で魔法は生み出されるが、発動は割と適当なのである。

魔法師が起動式を読み込んで知り得るのは、どんな効果をもたらす魔法式が構築されるかという事と、魔法式の構築で自分の魔法演算領域にどのくらいの負荷が掛かっているのかということだけなのだから。

 

 

そして、ブリオネイクが出力した起動式の処理は、重かった。つまりは負荷が大きい。まだ余裕はあるものの今まで使ったどんな魔法よりも重く複雑だ。

自慢ではなく、あくまで事実だが、ぼくの魔法処理能力は十二歳にして既に、大抵の魔法師を凌駕している。

スターズから「一等星級に相当する魔法力」と評価される程だ。

そのぼくが、起動式を「読み込んだ」だけで大きな負担を感じているのだ。アビーが挑発するのも分かる。これは、並みの魔法師では、使うことが出来ないとんだじゃじゃ馬だ。

 

この重さの原因だが、ぼくが把握した限りでは、事象改変の空間的、時間的な広がりはそれ程大した規模ではない。この負荷の重さは、事象改変の深さがもたらすものだ。より基本的な、世界の基礎となる物理法則をねじ曲げる為に相乗的な効果を持つ魔法を幾重にも重複発動しようとしている。

 

ブリオネイクが何をする為のものなのか、この武装一体型CADでアビーが何をしたいのか、それが本当の意味でやっと理解できた。

 

だからこそ、これこのままぶっ放していいのかな、やばいよな、と思い、構築途中の魔法式を破棄しようとした。正に、その瞬間――

 

 

「アビー、これ危な――」

 

『リーナ、そのまま撃ってくれ!』

 

 

――ぼくの進言を遮るタイミングで、アビーの必死な懇願にも似た指示が通信機を通じて耳に届いた。

 

反射的だったと思う。「魔法発動プロセスの中止」を中止し、起動式に基づく魔法式の構築が完了する。

この起動式には魔法の対象座標と範囲、事象改変の強度、継続時間と実行のタイミングまで記述されていた。

つまり魔法式を最後まで構築すれば、魔法は自動的に発動する。

 

ぼくの身体を薄く覆う魔法の力場が発生した。

ムスペルスヘイムに代表される高威力放出系魔法を使用する場合に術者を保護するシールドで、一定レベルを超えた電磁波を遮断するフィルターの性質を持つのだ。

 

 

その防御シールド発生の直後、激しい閃光が試作器の先端で生じた。

円筒形の砲口から射出された途端、重金属プラズマの塊が爆発的に拡散したのだ。

 

それはまさしく、プラズマの爆発。

 

試作器の砲身は、そのエネルギーに耐えきれず裂けて飛び散った。

 

 

いやいや、普通にヤバイんですが!?

 

 

防御シールド越しとはいえ、プラズマの爆風を浴び、完全にびびったぼくは、試作機を放り投げて床に伏せる。

爆風を浴びてしまった後にこんな行動をしても意味はないのだが、焦っているぼくにはそんなことを考えている余裕はなかった。

 

 

しばらく伏せた体勢のままでいると、イヤーフック型のスピーカーから耳障りな雑音が聞こえてきた。過剰な電磁波を遮断する防御シールドはまだ生きているが、近距離通信に使われる程度の電波は透過する。それがプラズマ放電のノイズまで通しているのだろう。

緊張状態であったため、しばらくは気が付かなかった様だが、一度気になってしまうと煩わしくて仕方がない。が、そのノイズに混じって、アビーの声が聞こえてきた。

 

『リーナ!聞こえないのか、リーナ!』

 

「聞こえていますよ、アビー」

 

 

放電が収まるまで、通信がダウンしていたのだろう。

回復した途端に聞こえてきたアビーの声は切羽詰まっていた。恐らく、アビーの予想ではこんな大規模なプラズマの爆発は起こらないはずだったのだろう。実際、あれだけ重い起動式だ。ぼくでなければこうはならなかっただろう。

 

「はぁ……」

 

ぼくは念の為防御シールドを維持したまま、立ち上がった。全く、酷い目にあったものだ。

 

窓を塞いでいたシャッターが上げられ、隣の部屋が見えた。

アビーは分かり易く安堵していた。というか涙目だった。可愛過ぎかよ。

 

まあ、実験の内容は可愛さの欠片もないものだったが。

 

 

『リーナ、シールドを解除しても大丈夫だ』

 

「了解」

 

 

涙目のまま、精一杯偉ぶって指示するアビーたんマジ天使。

ぼくは、対電磁波防御の魔法を解除し、アビーに視線を合わせた。ジト目で。

 

「アビー、すみません。試作器を壊してしまいました」

 

『問題ないよ、お、お蔭で貴重なデータが取れた』

 

しらっと目を逸らしてそんなことを言うアビーに、ぼくは畳み掛ける。

 

 

「アビー、試作機が壊れたのですが」

 

「し、試作機だからね、そういうこともあるさ。あ、気にしなくて良いよ。予備はないが、予算にはまだ余裕があるからね、新しいのを作ればいいだけさ」

 

「アビー、私は危ないと言おうとしてましたよね?というか、危ないのはアビーも分かってましたよね、私が危ないと思ったのとアビーが撃てと言ったのは同じタイミングでしたから。実験には危険はつきものですよ、ええ、シャッターで遮られた先で実験を観測するのはさぞ危険だったでしょう。それこそ、プラズマの爆風に晒され、あわや大怪我という状況の12歳の少女を前に貴重な実験データが取れたと、嬉しそうに報告するくらいには」

 

「ごめんなさいでした!」

 

アビーたんが、涙目を通り越して半泣きな件について。正直、楽しくなってやり過ぎてしまった。徐々に泣きそうになるアビーたんが可愛すぎるのがいけない。

いや、普通にぼくが悪いんだけど。

 

「冗談ですよ。怒ってません。それに防御シールドもありましたし、見た目ほど危険ではありませんでしたし。貴重な実験データが取れたのなら良かったです」

 

「うう、リーナ、君は意地悪だね」

 

アビーは少年的な要素もある中性的な容姿ではあるが、一度可愛く思えてくると、その少年的な要素さえも、ボーイッシュな魅力に変わる。きっと髪を伸ばせば、その要素もほとんど消えるだろう。

ぐすっ、と白衣で目元を拭っているアビーは、もはや萌えの塊でしかなかった。

 

「そうは言いますが、実際、私じゃなかったら多少危なかったですよ?」

 

「君じゃなければ、ああはならなかったさ」

 

「アビーが放てと言わなければ、安全に中止できていました」

 

「うぅ、リーナ、もうこの話題は終わりにしよう。私がいじめられるだけだと気がついた」

 

「私は楽しいですが」

 

「だから終わりにするんだ!」

 

 

完全にそっぽを向いて「全く、私は本来いじられるキャラではないのだ」と呟きながら端末を操作し始めたアビー。どうやらいじけてしまった様だ。

 

 

「リーナ、今日はもう上がってくれて良いよ。試験器も壊れてしまったし」

 

上がって良いよ、と言われても実験を始めたばかりで、時刻は朝と言って良い時間帯――軍に入る前の日曜日なら余裕でまだ寝ているであろう時間――だ。

端的に言うと暇だ。

 

部屋に戻っても、何の娯楽もないし、日没後の任務まで、軍から義務づけられた座学に取り組むくらいしかやることはない。そしてぼくは座学は嫌いだ。

 

「アビー、上がっても暇なだけなので、ここでアビーをいじっていても良いですか?」

 

「ダメに決まってるだろ!?何故、訊ねた!?」

 

「アビーならこうしてノッてくれると分かっていたからですよ、楽しいですね」

 

「全くもって楽しくないが!?」

 

 

それから数分、アビーに話しかけていたのだが、いたいけな金髪美少女の言葉を無視することも出来ず、かといってこのままいじられるのも嫌だと思ったのだろう。

 

アビーが叫んだ。

 

 

「分かった、ランチに連れていくから部屋に戻ってくれないか!?なんでも奢るよ!」

 

 

美少女とのデートゲットだぜ。

今ぼくは、軍に入って、初めて楽しいです。




次話、やっと、イチャイチャさせられそうです。


さて、明日も0時に投稿します。

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