青星転生。~アンジェリーナは逃げ出したい~ 作:カボチャ自動販売機
「どうしてこんなことになってしまったんだ」
赤いショートヘアーをかきながら、アビーが言う。
アビーの私服は、フェイクレイヤードのニットソーに、ワイドパンツという女性らしさは残しつつ格好いい、という、中性的な彼女にピッタリなものだった。その立ち姿はモデルの様で、女子にモテる女子、という感じだ。
ぼくとしては、もっと可愛らしい服装もしてもらいたいところではあるのだが、それは追々着てもらおうと思う。こっちは魔法少女コスプレすら着させられているのだ。アビーにもそれくらいはしていただきたい。
「あまり外には出たくなかったのですが、アビーからランチデートのお誘いとあっては断れませんからね」
「魔法少女プラズマリーナの事かい?それなら大丈夫だよ。リーナはテレビをろくに見ていなかったから知らないかも知れないけど、今のところ、魔法少女の姿形は報道されていないから」
「それは朗報ですが、今後も任務を続けていくとなるといつかは、世間の目に晒されることになるでしょう。そう思うと、今日が最後の太陽になるかもしれません」
「大袈裟だなぁ……」
今夜も任務で魔法少女コスプレをすることになっている。事件が何も起きなければ、登場することもなく終われるのだが、そう都合良くはいかないのだろうな、と悲観的観測をしている。
「リーナは日米クォーターだったよね」
「ええ、そうですが、それがどうかしましたか?」
「いや、折角だから日本食のお店はどうかと思ってね。箸を使うお店だから使えるか聞いておきたかったんだ。それに、少し独特の食べ物もあるからね」
「それなら問題ないですよ。日本食も家庭に並ぶことはありましたし、箸も使えます」
軍に所属していながら、日本食のお店って大丈夫なんだろうかと思うが、流石に飲食店の制限までは気にする必要はないか。そんなことを言い出したら、日本産のものは全てダメになってしまう。
それに、何か厄介事になったらアビーに全責任を押し付ければいいのだ。今気にすることはないだろう。
「なら、大丈夫そうだな。半休も取ってきたし、存分に料理を楽しもう。私は一度も行ったことがないが、研究所の職員から評判は良く耳にするよ」
「それは期待できますね」
お店は研究所から歩いて十数分のところにあった。いや、正確にはもっと近いのだろうが、アビーが何度か道を間違えたために、少し時間がかかってしまった。
土地勘をつける目的で、ボストンの街を徒歩で歩き回り、自転車で走り回っていたぼくでも分かりづらいところにあり、アビーが何度か道を間違えたのも頷ける。
細すぎて人とすれ違うのが大変な道もあったし、地元の人でも初見で辿り着くのは難しいだろう。
「多少のハプニングはあったが到着したな」
「天才属性、中性的属性に加え、ドジっ娘属性追加とはやりますね、アビー」
「誰がドジっ娘だ!普段は間違えたりしないんだ。今日はたまたまだよ」
さっさと店の中に入っていくアビー。これ以上ドジっ娘呼ばわりされるのが嫌だったのだろう。
置いていかれないように、ぼくもそれに続いて店内へ入る。
外観はボストンの街並みに良くあるような建物だったが、中に入ると確かに日本感が強かった。いや、強すぎる。
天井から星の様に吊るされた手裏剣や、飾られた甲冑、『古今東西』と書かれた謎の掛軸が目に入り、不安感が増した。
ねぇ、アビー、外国人の間違った日本像感が強いのだけど、本当に大丈夫なのかい。
ぼくは
「私はこの『ramen』と『Octopus Fire』というのを頼んでみるよ。リーナは?」
目を輝かせてメニュー表を見ていたアビーが選んだメニュー。ramenは普通にラーメンなのだろうが、Octopus Fireとは!?いや、何となくたこ焼きのことを言っているんだろうとは予想できるけど、ネーミングが独特過ぎないか!?
「私は『sushi set』と『miso soup』を。何度か食べたことがありますが、どちらも美味しかったので」
寿司セットと味噌汁。
普通に食べたいものを注文したのだが、正直、不安しかない。
戦々恐々としながら、料理が来るのを待つ。
そして。
「あの、私の目が確かなら、タコが燃えているんですが」
「大丈夫だ、私にもそう見えている。その、あれだな、日本人は随分派手好きなんだな」
出てきたのは燃えているタコだった。
というか、まるのままのタコが出てきて、目の前で店員がドヤ顔で燃やして帰っていった。
誰か、誰か説明をしてくれ。この料理は何なんだ。
「私の知る限りこんな日本料理はありませんが」
「料理も魔法同様、日々進化しているのだろう」
「進化の方向を著しく間違っていますが」
その後も、出てくる料理、出てくる料理、ツッコミ所満載のハチャメチャ料理で、アビーとワイワイ騒ぎながら楽しく食べた。
まさか味噌汁がワイングラスに入って出てくるとは思わなかったが、味は普通に味噌汁だったので良しとする。
「いや楽しかったな。少々想像とは違ったが、スリリングで面白い」
「何故、ただ食事をしただけで私はこんなにも疲労感を感じているのでしょうか……また行くなら、今度はアビー1人でお願いしますよ」
「むっ、それじゃあ意味がないだろう。リーナと一緒だから楽しかったというのに」
アビーは、はっとした様子で顔を逸らした。しかし、その顔は髪と同じくらい真っ赤に染まっており、誤魔化せるわけもなかった。
「アビー、今の台詞もう一度良いですか?ちょっと聞き逃してしまって」
「いや、大したことじゃないんだ。聞こえていなかったなら別に良いさ」
「リーナと一緒だから楽しかったというのに、までは聞き取れたのですが」
「全部聞こえているじゃないか!君は本当に意地悪だな!」
アビーが真っ赤な顔のまま叫ぶ。
そこには、天才少女、博士としての彼女ではなく、アビゲイル・スチューアットという17歳の少女の素直な表情があった。だから、恥じらうアビーは可愛くて仕方がないのだ。
「へそを曲げないで下さい。私もアビーと一緒で楽しかったですよ。また誘ってくれると嬉しいです」
「全く、はじめからそう言ってくれれば良いのだ」
「それでは恥じらうアビーを見れないでしょう?」
「見れなくて結構だ!」
終始、そんな風にふざけながらからかったり、軽く小突きあってふざけたりしながら、歩いていたのだが、人通りの多い場所に出たため、自重をし、二人並んで歩きながら、他愛もない会話をする。
ボストンに来て、こんなにも穏やかな時間は初めてだ。改めて、ボストンの街並みを見てみると、歴史的な教会や建造物も多く、レンガ調の家々が午後の日差しに照らされ、美しい。
そんな歴史ある街並みの中にも、学術都市だからなのか、近代的なビルや研究所などの建物も、不思議な程に調和している。この独特な雰囲気こそが、ボストンの魅力なのだと、今更ながら気がついた。
一人で街を駆け回っていた時には、全く感じなかったことだった。
「この際だ、もう全て話してしおう」
二人並んで歩いていたのを、少し小走りで前に出たアビーが、そのまま歩きながら話す。
「リーナ、私は君と友達になりたいと思っている。こうしてまたランチにも行きたいし、他愛もない話もしたい。他にも、一緒にやりたいことが沢山浮かぶんだ。だから……」
後ろ姿でも、彼女のショートヘアーでは耳までは隠せない。赤く染まった耳が、どうしようもなく可愛らしい。
「私と友達になってくれませんか」
言ったのはぼくだった。
ぼくもアビーと同じ事を考えていた。この街並みも、アビーとだから美しく感じられたし、これからも、こうして一緒に、色々なことをやりたいと思ったのだ。
虚を突かれたのか、ポカンとした顔のまま振り向いたアビーだったが、意味を理解し、パァッと笑顔になるとぼくの差し出した手を取った。
初めての友達が出来た。
◆
友達となったことで遠慮が無くなったのか、半休を取っていたアビーに、ボストンの街を連れ回され疲労困憊ではあったが、任務がある。
ぼくは、作戦のため衣装に着替えるためクローゼットを開けた。そして、楽しかった日中の出来事が嘘であったかのように、憂鬱な気持ちになる。
クローゼットの中にあったのは勿論作戦のための衣装。
小さな女の子が着るような、フリルでいっぱいに飾られた膝上十センチのミニスカート。
脚にはこれまた小さな女の子が穿くような、膝上まであるボーダー柄のソックス。ローヒールのパンプスはストラップ付きの可愛いデザイン。
おへそが見える丈の、オフショルダーのぴちっとしたカットソー。
リボンが付いた手袋。
頭につける大きなリボン。
目の周りだけしか隠さない、鼻もむき出しの仮面。
魔法少女変装セット一式だ。そりゃ憂鬱な気持ちにもなる。
とはいえ、正式な任務である以上、着替えないわけにもいかない。
ぼくは、沈んでいく気持ちを、次の休みにアビーと映画を観に行く約束をしたこと、を思い出すことで何とか保ち、着替える決意をした。
そうして、やっと着替え始めたぼくが、着ていた上着を畳んでいると、何やらポケットにゴワッとしたものが入ったままであることに気がついた。
レシートか何かを突っ込んだままにしていたのであろうと、ポケットを探ると入っていたのは案の定、紙だった。
しかし、レシートにしては大きめの紙である。
折り畳まれたそれを開き、文字を読むと、ぼくの心は一気に冷えきった。
その紙にはこう書かれていた。
『明日、ボストン公共図書館に11時
アビーとの約束は果たせそうになかった。
ギャグ回から唐突にシリアスへ突入するスタイル。
さて、明日も0時に投稿します。