青星転生。~アンジェリーナは逃げ出したい~   作:カボチャ自動販売機

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第9話 賢者

ボストン公共図書館。

 

市立の公共図書館でありながら、1848年創設の長い歴史を持つここは、アメリカ最古の公立図書館であり、かつ公衆に対して無料で公開される、史上最初の近代的公共図書館として有名だ。610万冊の一般図書に加えて約120万冊の貴重書、手稿本などを所蔵する。

紙媒体の需要が急激に減った現代とはいえ、こうした図書館には相変わらず紙の本が置いてある。勿論、データでの閲覧も可能なのだが、図書館というのは、その機能よりも、本の並んだその姿こそがアイデンティティーであるとぼくは考えている。

単純に、この本に囲まれた空間と、独特の本の香りがぼくは堪らなく好きだ、というだけのことなのだが。

それにしたって、『610万冊の一般図書、約120万冊の貴重書のデータが入った端末』を見せられ、これが図書館です、というのは、寂しすぎるというものだ。

こうして、手間を惜しまず、未だに本を並べているこの図書館のなんと素晴らしいことか。

 

そんなボストン図書館の一角。

飲食も可能な休憩スペースにぼくはいた。そして、ぼくの対面に座っているのは金髪碧眼の貴公子然とした少年。

 

 

「僕は今とても驚いているよ。近くで見るとより美しいね、『ブルースター』」

 

「私としては、貴方がここまで来たことに驚きを通り越して呆れているのですが……『レイモンド』」

 

 

少年の名はレイモンド・S・クラーク。

フリズスキャルヴのアクセス権を手に入れた7人のオペレーターの一人にして、七賢人を名乗る少年。

 

 

「まあ、長旅ではあったけどね」

 

「そういうことではありませんよ。態々私の前に姿を現したことが無防備だと言ったのです。私に悪意があれば、貴方は今頃、拷問されていてもおかしくないのですよ?」

 

「でも実際は、君のような美少女とこうして図書館で、デートが出来てる。長旅のかいがあったよ」

 

 

フリズスキャルヴのアクセス権。

それはこの世の情報の殆どを閲覧できるということ。あらゆる人間が賢者となれる、反則級の力。

それをこのような少年が手にしていると分かれば、あらゆる人間が襲ってくることは想像に難しくない。情報の重要性を理解している人間ならば、喉から手が出るほど欲しいはずだ。

 

それを理解できない程、彼はバカではないし、そうであったならば、今頃彼はこの世にいない。

 

つまり、理解していて尚、この場にいるのだ。

リスクを負ってでも、ぼくに会う必要がある、と彼は考えたのだ。

 

 

「真面目な話、君から送られてきた手紙は無視できるものじゃなかった。色々調べたりもしたけど、会うのが一番手っ取り早いと思ったのさ。それに、君にぼくを害する意思があったのなら、手紙など送らずに襲えば良かったのだから、賭けではあったけど、悪い賭けではなかったんだ」

 

 

ぼくはボストンへ任務に出る前の晩、隠しておいた情報端末で、ある仕掛けをした。

それが、レイモンド・S・クラークへの手紙。

レイモンド・S・クラークはフリズスキャルヴのアクセス権を持つ七賢人の一人ではあるが、一般人に過ぎない。軍の機密すら閲覧できる端末でなら、彼の個人情報を調べることは容易かった。

彼の住所を調べ、彼宛に手紙を出したのだ。勿論、ぼくが手紙を書いて送ったのではない。

 

民間の代筆業者にメールで仕事を依頼し、彼に手紙を出したのである。

PCや端末からメールを打つようにテキストを打ち込んで、手紙を送ることが可能なのだ。本来はビジネスマン向けのサービスなのだが、今回はそれを利用した。

メールではなく、手紙にしたのは確実性を考慮してのことだ。メールでの送信の場合、何らかの設定によりブロックされてしまったり、そもそも見てくれない、ということも考えられた。一度しかチャンスがなかった以上、より見てもらう可能性を高めるため、今時珍しい紙媒体での手紙、という手段を取ったのだ。

 

ただ、業者を通すために、深い内容は書けない。

そもそも、他のオペレーターを警戒するならば、メールを介してしまう今回の手段では直接的なことは何も書けない。

だからぼくは極めて簡潔に、克つ、彼が興味を持つように手紙を出した。

 

そうすれば、彼の方からぼくを探し出し、接触してきてくれると思ったのだ。

 

勿論、賭けだったし、手段の一つでしかなかった。まさか、本当に接触してきてくれるとは思っていなかった。

 

 

「『ワタリガラスは元気かい。同級生として君の力を借りたいと思う。オーケーなら連絡をしてくれ ブルースターより』。君から送られてきた手紙の内容だけど、最初は意味が分からなかった。でも、イタズラでもないと思った」

 

 

少し調べれば、ワタリガラスの意味は分かるはずだ。

 

フリズスキャルヴとは元々、北欧神話に登場する、全世界を視界にとらえることができる高座のことであり、主神オーディンのもの。

そのオーディンはフギン、ムニンという二羽のワタリガラス(・・・・・・)を世界中に飛ばし、二羽が持ち帰るさまざまな情報を得ているという逸話があるのだ。

ワタリガラス、というキーワードからこの話に行き着くのは難しくないし、そこから、ぼくの借りたい力というのが、七賢人としての、レイモンドの力である、と分かるだろう。

 

時間も無かったために、杜撰(ずさん)な内容になってしまったが、オペレーターの検索にヒットしないような直接的な言葉を避けて、ぼくの意思を伝える、ということは達成できた様だった。

 

「内容から、僕の力を借りたいことは分かったけど、それはつまり、七賢人としてのぼくの正体を知っているということだ。力を貸すがどうかはともかく、手紙の送り主を調べたよ」

 

ぼくは手紙にもヒントを残していたし、彼の能力なら、ぼくまで辿り着けると考えていた。

そして、ぼくに力を貸してくれるなら、接触してくるだろうと。

 

 

「君は手紙の送り主としての住所を、君の出身校にしていた。それが大きなヒントだったね。後は簡単だったよ」

 

ぼくが手紙を依頼した業者は匿名やニックネームでも、依頼を受けてくれる業者だった。

ぼくはブルースターの名前で依頼をしていた。

なら、手紙に残したブルースターという名前から、フリズスキャルヴの力を使えばすぐに業者を特定し、ぼくが業者に送ったメールの情報を閲覧できただろう。

そして、ぼくが送信に使った端末に辿り着く。

 

ぼくは当時、端末の設定を操作し、位置情報サービスを有効にすることで、使用していた検索エンジンの企業に、携帯端末の位置情報とその周辺の電波状況などが送信されるようにしていた。

そこから端末の位置情報を割り出すことができたはず。

 

アメリカ大陸合衆国アリゾナ州フェニックス、USNA参謀本部直属魔法師部隊育成施設。

スターライトの育成に使われている施設だ。

 

「その施設に所属している中で、君と同じ出身校のものはいない。それに、同級生という手紙の言葉。君は僕と同い年だからね、確信したよ。ブルースターの正体は、アンジェリーナ=クドウ=シールズ准尉、君だとね」

 

「お見事ですね」

 

「いや、あれだけヒントを残されて、フリズスキャルヴの力を使えるなら当然だよ。――それより僕は、君がどうやってフリズスキャルブの存在を、そして七賢人がぼくであると、特定したのかが気になるんだけど?

いくら調べても、それだけは全く分からなかったんだ」

 

「秘密です。フリズスキャルヴだけが情報収集手段の全てではない、ということです。勉強になったでしょう?」

 

「なら、今回の報酬はその秘密ってことでどうかな?」

 

 

ウィンクでもしそうな表情で、彼は言った。

秘密も何も、知っていただけなのだが、それをそのまま話しても彼は信じてくれはしないだろう。

とはいえ、まずは報酬の前に依頼だ。

 

 

「報酬も何も、まだ依頼もしていませんが」

 

「僕に出来ること何だろう?じゃなきゃ頼らない」

 

 

理屈の上ではレイモンドの言っている通りなのだが、無茶なことを言われるかもしれないとか考えないのだろうか。

この過剰な自信が、フリズスキャルヴという力によるものなのか、元来のものなのかは分からないが、12歳という年齢に不相応な行動力や思考はこうした性格の上に成り立っているのだろう。

 

 

「……では報酬についてはそういうことにしましょう」

 

了承してしまったが、転生についてをそのまま伝える訳にはいかない。これは今晩から頭を捻って何か代案を考えておくしかない。今はまず、依頼を受けてもらう方が大切だ。

 

「……依頼は、私の日本への亡命のアシストです」

 

「亡命?どうして?」

 

「言えません」

 

「それを報酬に含むのは?」

 

「……貴方の頑張り次第で追加しましょう」

 

 

彼は好奇心の塊のようだった。

フリズスキャルヴという『オモチャ』でも手に入らない情報が気になって仕方がないのだろう。ぼくの言葉にウキウキとした年相応の表情を浮かべている。

 

 

「じゃあ、具体的な話し合いをしようか。君の亡命計画の」

 

 

そして、そのウキウキとした表情のまま、新しいゲームを始める前の子供のように、彼は言う。

 

 

いよいよ始まるのだ。

ぼくの、命を賭けたUSNA亡命計画が。




亡命編本格スタート。
ここからオリジナル展開へと入ります。

さて、明日も0時に投稿します。

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