断梅   作:灰の熊猫

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閃刃

 ウメは自らを、一度たりとも「最強」と名乗った覚えは無かった。

 むしろ、その言葉は親友にこそ向けられるべき勲章だ。幼馴染としていつも傍にいて、共に研鑽し合い、同じ花騎士(じんせい)を歩み。そして鍛え抜いて、手を尽くしても、未だ届き得ない真の”天才”。

 しかし、人々から寄せられる言葉を強く否定は出来なかった。花騎士は、人々の希望だからだ。

 人々を千年襲い続け、生存圏を未だ押し留めさせる。不滅の滅亡の具現、害虫。

 それを断ち切る存在こそが花騎士であり、護国の剣。子の、人の、国の、世界の英雄。

 柄では無いが、そういう役割である事は理解している。だから――

 

()ッ!!」

 

 地を蹴る力に合わせて足裏が弾き飛ばされ、ウメの身体が瞬時、風と光と剣とに変貌する。

 一踏み、一跳び、一呼吸。風穴を開けて自らが分断した左側へ一気に肉薄する。自らの間合。

 すれ違いざまの逡巡、須臾、瞬息。三度の剣閃を、無造作に放った。

 

「キィイ゛ッ!!」

 

 力を宿した細剣から放たれた閃光が瞬時に三条奔り、蜂の群れを大きく散らす。

 群れとの戦いは単純にして難しい。”包囲されない”、それが抑えるべき重点だ。

 吹き飛ばした先の地が迫り、右脚という錨を打つ。殺し切れない勢いを、足裏から感じる衝撃が強引に打ち消す。そして、ウメの体の勢いが完全に制止するより先に。

 足裏、衝撃。身体が()()()()()()()

 

「遅いな」

 

 群れ達の動き出しは遅かった。後ろへ抜けたウメが、未だ目の前に居るとでも思っている様な緩慢な動きを見て、今度は逆側の群れへ飛び込む。

 ――隙しか見えんぞ。心中で相手の錯誤(ミス)を指摘する。

 原則、背後を取られた相手はその時点で死んでいる。単一に対する群れは大きな暴力の塊ではあるが、不死身でも無ければ無敵でも無い。纏った剣光を僅かに抑え、群れの一匹の手前で身体を止める。

 

「ふたつ」

 

 瞬時に蜂の脳へ向け、紅色の剣が()()()()()()突き刺さる。動きの止まった木偶であれば、同じ打点・同じ時間に二撃打ち込むなど容易だ。何度と無く練習と実践で研いだ刃は、裏切らない。

 二撃を入れた後、剣を振った左腕を引き戻しながら横へステップし、さらに側面を取る。ここまできてようやく肉薄してきたこちらへ気付いたのか、体の向きを合わせようとしている。それすらも、遅い。

 

「よっつ」

 

 再び二つの剣閃が脳を射つ。一つ一つ確実に、(いのち)だけを取っていく。

 剣が向けられていない蜂がこちらを睨む。視界の端で体を揺らし、身体の末端・尻尾の針が疼いているのが見えた。

 一度後ろへ退く。向こうの塩梅は知れた。となれば、もはやするべき事は躍起になって闇雲に剣を振るう事では無い。

 

「――来い」

 

 多くは語らず、一瞬殺気を遠当てする。()()()()()()()という意志に満ちた空間で、群れ達全てを威圧し、挑発する。

 新人の様子を横目で見る。言われた通り、じっと待っている。いい子達だ。それ故に、これほど遅くなった事を後で詫びるべきだと思った。これほどの死地で、よくぞ諦めずに生きてくれていた。

 動く的は目を惹く。故に、剣先を僅かに揺らしながら足と、視線と、意志を動かす。新人達を真っ先に喰いに行くという選択肢を、潰す。少しでも自分から意識を逸らしたら、()()()()()()にすると教えてやる。

 全ての死が、こちらへ目を向けた。

 

「良い子達だ」

 

 恐怖に打ち震えながらも声一つ上げず、自分の戦いを見る娘達へと。

 見え見えの挑発と、そしてこちらの殺気に反応して迫ろうとする蜂達へも。笑顔を浮かべる。

 それが、無様な戦いを見せる訳にもいかないという理由にもなる。そもそも援軍は()()()()のだ。

 ウメ一人。最新の哨戒情報の書類を見て、急ぎ単騎で駆けてきて。それがこの場の唯一の援軍であり、()()()()()だった。

 ならば、咲かせて見せよう。花を添え、捧げよう。

 目蓋が僅かに緞帳の様に上がる。深い金の瞳の鋭さが、その場の全てを捉えてみせた。

 

「さて――仕事の時間だ」

 

 少女達から離れるように、少しずつ横へと逸れるように。足捌きは少しずつ横へと動きながら、しかし地を離さず隙は見せない。

 最初の群れが襲いかかった。仲間を散らされ、怒りのままに散発的に近付き、針を寄せてくる。

 そのミスを、正してやる。

 

「浅いぞ」

 

 剣の間合いに入った者へ、瞬時に胴部へと剣を刺し、引く。刺し、引く。()()()()

 それだけで致命だった。群れの力量は概ね把握した。浅い一当て、体幹を穿てばそれだけで地に落ち、花と化す。黒く、どこまでも黒い花が、瞬時に三つ添えられる。

 七つ。八つ・九つ・十つ。タイミングがズレて飛び掛かって来る目の前の蜂達を、退いて、一足跳んで、横へ、前へとリズムを刻むように地を蹴っては剣でいなし、落とす。

 確実に一つ一つ落としていく。群れとの戦いでは、圧し潰されない事もまた重要だ。

 群れは巨大なリーダーを潰せば終わりという訳にもいかない。一つ落としても、次の命が刃と成って迫る。故に求められるのは、(おお)きな一を滅ぼす奇跡ではなく、一を百繰り返す事。終わるまで、終わらせない事。

 十三を数えて、呼吸を少し整える。トップスピードは既に求められていない、しかし百が求められれば百を直に出さなければならない。故に、一つの乱れも許してはいけない。

 一匹(ひとつ)漏らし(ミス)も、赦されない。

 

「潔く、な」

 

 最初の群れが全て地へ落ちた。生きてはいる、しかしすぐに尽きて花となる。

 次の群れが、まとめてやってきた。最初に散らしたもう片側の塊。散らした様子を見て、飽和攻撃を選んだか、横へ並んでその針を構えながら距離を詰めて来る。

 正しい。槍衾(やりぶすま)は兵隊の基本だ。数を集めて寡を叩くのであれば、まず最初に覚えるべき事。獣の知も、突き詰めれば狩りであり、兵であり、戦術(ロジック)がある。

 しかし、それは人の分野だ。知恵を詰める事にかけて、力では劣る人が負ける事はあってはならない。技と知で劣れば、獣の分野(フィールド)で戦い続ける事となる。故に、技術(ロジック)で対抗する。

 飽和・半包囲・展開済・突撃兵(ランス)。それならば――

 

「突き進み、突き崩すッ――!」

 

 ――万全の力で襲われるより先に、こちらがあちらの領域(うちがわ)を貫く。

 踏み込みの意志をウメが見せると同時に、蜂が身体を固めた。ウメの突進が防ぎ難いという事は既に見ている。故に、構えを固めて受けて、命を盾に構えた身体で突進を押し留め、足が止まった所を圧殺する。

 死を前に恐れを知らないからこそ、身を牙へ替えられる。少数が死んで、多数が殺す。自らを顧みない、獣の術。

 しかし、一つだけ決定的な間違い(ミス)があった。

 

「ギャ゛ッ――!?」

 

 再び、一条の光が蜂達の身体を差した。ウメは一歩踏み込んだだけで、未だそこに居る。

 しかし、剣が伸びていた。加護の光が伸び、手に持つ細剣の何倍・何十倍の大きさに伸長された輝きの槍が、群れの一角を撃ち抜いている。

 二条・三条。光が瞬き、瞬時に伸びる。剣をその場で振るうだけで、蜂の隊列は無残に裂かれ、体勢は崩され、そして花になる。地に落ち、やがて花となるべく。追肥の様に、草原の土が吸う。

 

「何処を見ている」

 

 一方的に落とされた。事実を蜂が認識した刹那、遠くのウメが()()()()()

 距離を詰めたウメが踏み込んだ勢いのままに、腕を伸ばす。光刃が、虚空を奔る。

 振り抜き一つ。ただの一振りで、四の命が失せた。

 

「ィイ゛ィィッ!」

 

 別の三方より、蜂が巡る。刃が未だ及んでいない蜂達で、獲物を取り囲む。

 わざわざ寄ってきた。ならば、潰せる。数のまま、武器のまま、命のままに。紅梅の華へと、黒い死が殺到していく。街角の誘蛾灯の様に、輝きを影が覆い隠そうとする。

 しかし、それすらも誘い(ミス)だった。

 

「――退くべきだったな」

 

 三度、ほぼ同時に重なった重音と共に、その紅の華が影も残さず地より消える。

 後方から、穿(つらぬ)かれた。二、三。再び蜂が、地に落ちてゆく。

 囲んでいた筈だった。()()()()()()()()。思考の薄い害虫達の脳裏に、遂に理解の及ばぬ人智(こと)に対する恐怖が湧き上がった。

 

「キ、ギッ……!」

「終わりだよ。悪いが、逃してはやれんがね」

 

 気付けば、そこには一匹の蜂と、一人の剣しか居なくなっていた。

 細剣の先は既にこちらを指し示し、先程の光を伸ばすだけで絶命する。既に他の群れは消え失せた。

 ここに、狩る為の群れは居ない。居るのはもはや、狩られる蟲一匹だけだ。

 

「――ギィ……!」

「……ふむ。成程」

 

 まだだ。()()()()()()()。隙を見せずに居れば、まだわからない。

 自身達は既に全滅したが、この近くには多くの群れが残っている。それら全てに紛れて逃げれば、まだ命は繋げられる。上手く行けば、この憎い剣を折る事も可能だろう。

 退くでも無く、襲うでも無い。ただ構えたまま、ウメを害虫は睨み付け続ける。

 

「まぁ、構わんか。何時でも良いぞ」

 

 細剣が光を纏ったまま、空に軌跡を残して地を指す。死の気配が遠のく。

 なんだ。これは、なんだ。一度は頸を飛ばせる、いや今の間の中で何度も頸を()()()()()。その位の猶予がありながら、その華の刃が下がっている。

 舐められた?挑発?逃げられる?無理だ。自身達の尺度で、その狙いを推し量る。

 しかし、獣に人の心はわからない。人では無いからこそ、獣であり、害であり、蟲なのだ。

 

「……ギッ、ギッ……!」

 

 羽音を少し強める。動かない。針を十センチ前へ進める。動かない。

 その間にも華は悠然と呼吸し、蜂は焦れる。どちらが襲う側かわからない程、只の沈黙が体力を奪い、そして向こうの呼吸を取り戻させてしまう。しかし、だからといって動く事は赦されていない。

 死だ。どうやっても、死ぬ。

 下がれば死ぬ。進めば死ぬ。動かずとも死ぬ。

 目の前の華の香りが身体まで届く。初めて感じた、死の薫りだった。

 しかし、沈黙も長くは続かない。蜂が何よりも待ち望んでいたそれが来たからだ。

 

「ィギイィィア゛ァァ!」

 

 怒りに染まった咆哮と共に、蜂の何倍はあろうかという大きさの影が空より迫る。

 人の届かぬ高さより、その人を見下ろす。地に満ちた死と花の数々の中央に、自らの同胞の影が見え、さらに怒りは増していく。

 殺す。殺さなければ、殺される。分かり切った答えをそこから知った()()は、それまでの狩りと同様に、付近に精鋭の大型蜂を二匹連れて空より飛来し、ウメへと迫る。

 ウメがそれを見る。僅かに意識が逸れ、死の間合いが動く。この瞬間だ。

 

「ギイッ!」

「む」

 

 逃げた。少しの距離だが、斜め後ろへ針を構えたまま離れ、確実にその剣先より逃れた。

 動くモノを、目は追う。獣の習性を逆用し、自らが逃れながらも囮として女王の襲来を助ける。

 さらに中途半端な距離でその場に留まる。女王の襲撃に合わせ、上手く行けば一撃を加えられるかもしれない位置取り。頭で考えた訳では無いが、本能的にこうすべきだと蜂は考えていた。

 そうして、女王が空より華へ迫る。いける、勝てる、狩れる。

 精鋭は女王よりも小さいものの、硬い甲殻と体力を持つ。散らされた蜂と格が違うのは、ウメから一目見るだけでもわかった。しかし、目蓋は細まったまま瞳は未だ見開いていない。

 成程、そうか。()()()()()()

 

「……やれやれ。やはり、及ばないな。私には、こんな事ぐらいしか出来ない」

 

 誰へ向ける訳でもない嘲りを一つ零し。ウメは女王を見据え、剣を向ける。

 一呼吸、全てを込める。そして一閃が虚空を裂き、剣閃の大渦が放たれた。

 それまで以上に力の篭った一閃が、真っ直ぐに女王の頸より上へ迫る。放たれるよりも前に、濃厚な死の気配を感じていた精鋭の蜂が、光が届くより先に二匹がかりで盾となるべく前に出た。

 

「ィ゛ギ、ァア゛ッ――」

 

 一度。一瞬、少しの間。一度だけ、ウメの一撃が完全に遮られた。

 女王はその瞬間、次の瞬間を予見して身体をよじり、襲撃するコースをずらす。その瞬間、精鋭の屈強な身体を、片羽ごと砕いて光が女王の傍を横切った。

 精鋭二匹の羽がただの一当てで消滅し、空でバランスを崩す。蟷螂型の大斧よりも鋭く重い一撃は、二匹がかりでも防ぐことが出来ずに危うく女王の命にまで至る所だった。

 

「ィイ゛ッギ!!」

 

 しかし、躱した。防いだ。自身さえ生きていれば、花を摘む事など容易い。

 これまでもそうだった。群れを当て、疲弊した所で精鋭と自身が襲い、殺す。近くに居た蟻や、森や林を縄張りとする蛾や蜘蛛が獲物を追い立てた後に、自分達がそれを狩る。

 完全にして、無敗の戦法。女王は未だこれで負けを知らない。いかに強力な相手も、戦い終える寸前には隙を出し、振るえる剣はせいぜい二本が限界だ。故に、簡単に詰ませられる。

 顔を、地へと向けた。

 

「――慢心だな」

 

 声が羽を震わせた。自身のすぐ傍、小さく澄んだ声が、いやにハッキリと女王の身体に届く。

 地面に、華が居ない。両側の複眼ですら影を捉えられない。音へ、声へ頭を向ける。

 ()()()()()。一枚の羽を失い、なおも他の羽で飛ぼうとする精鋭の片方の頸が刎ね跳んでいた。そして、()()()()()()()()()()()()()

 自身より一瞬早く反応していたもう一人の精鋭の背を、後ろから白刃が貫く。灼けた。自らを滅ぼす、灼熱の太陽を宿した刃が、背の中央を貫き抜いている。死んで、いる。

 ――()()

 

「断ち切る」

 

 目で追えない程の速度で構え直された剣の光が、一層強く複眼と視界を灼いて。

 雲を拓く太陽の様に。女王の胴を、天からの槍が消し飛ばした。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「……無事か、二人とも」

「――……」

戦場(いくさば)で気を遣るな、此処はまだ危険だ」

「――ハッ、は、はいぃ!あ、あのッ!ケガッ、ともだちが、あしッ」

 

 地を駆け、空を駆け。群れを散らし、女王を倒し、全てを斃し。

 静寂が戻った場所で、その人の声だけが、目の前から届く。

 どう話せばいいかわからなかった。学校を卒業したばかりの自分達にとっては、それが余りに縁の遠い存在だったからだ。

 遠巻きから見たことはある。礼典に出る姿が、絵画として描かれた事もあった。それ以上に、目の前の女性は凛と咲き誇り、息一つ乱さず全ての死を斬り裂き、自分達を助けてくれた。

 二人の新人はただ魅入って言葉を失っていたが、片方が意識を半端に戻した状態で説明にもならない説明を――しかし、自分にとっては何よりも重要な事を――話した。

 

「……片脚だけか。骨は?」

「おっ、折れては、いません。でも、血が……」

「手当は出来るか?持ってきた、頼みたい」

「は、はいっ」

 

 ウメから簡易的な救急用品を収めた革袋が、怪我の見えない側へと渡される。

 自らが手当しても良かったが、此処が安全圏になったという確証はまだ無かった。伏兵を考えれば、こちらが警戒を怠って剣を振れなくなるのは、少し良くない。

 出来るなら、出来る者に任せる。それこそが良い塩梅というものだ。

 

「針によるモノではないな。……蟻か、鍬形(くわがた)か」

「……蟻、でした。地面から、そこの……」

「成程、そのタイプか。……厄介だな、さすがに地中全ては抉れん」

「いたッ……!く、ゥッ……!」

 

 手当をさせながら、必要とする情報を聞き出していく。恐らくは初陣か研修だろう、若い少女達は手が未だ震え、遅れた報告をしながら慣れない手当を少しずつ進めている。

 その姿にウメも焦れるが、自分は結局援軍に過ぎない。本隊を護る為の(ひとり)である以上、向こうに急かす事も要求は出来ない。それに、これだけ若い少女達が未だ震えている、その恐怖から護ってやれなかった負い目もあった。

 簡易的な手当が済み、一点赤く染まる包帯の上から皮帯(ギプス)で締められる。脚から来る痛みに、受ける少女は表情を歪ませ体が跳ねる。

 

「あ、あのッ!せんぱ、先輩達がッ!わたしたち、逃がす、のにッ!たたかっ――向こう……!」

「ああ、知っている。聞いてきたからな」

「……え?」

 

 蜂の羽音も、蟻が湧く事もしばらく無かった事で、少女の頭に心配が浮かぶ。

 自分達は助かった。助けられた。しかし、殿(しんがり)の先輩達がまだだ。それに、散り散りになった同僚、友達も。自分達だけがのうのうと助けられても、それではダメだった。

 しかし、ウメは笑顔を浮かべて言葉を緩やかに制した。

 

「向こう側は()()()()()()だ。……さすがに、幾らか手遅れだったが。この辺りで散り散りになっていた新人も、数人保護した。話と人数が正しければ、君たちが最後だ」

「……はっ……え……?」

 

 穏やかに、なんでもないように。泣いた子供をあやす様に、ウメが話す。

 呆然とした。一瞬、何を言われたかわからなかった。

 そして言葉を詰まらせていると、次に紅梅の髪が垂れ落ちた。

 

「済まなかった。一手遅れれば、君たちを殺していた。許しは要らないよ」

「そッ、そんなっ!あたまっ、あげてください!」

「援軍としては遅れすぎた。これ程の数とは思わなかったのも、私のミスだ」

 

 頭を下げている。王国最強と謳われ、誰からも憧れられて、誰からも恐れられる人が。今にも手の届きそうな距離で、謝罪している。

 何故なのかわからなかった。援軍としてやって来て、先輩達と自分達が力を合わせても勝てなかった害虫の群れを倒して。それのどこに謝る所があるのか。

 何より、こんな群れの襲来は誰もが知らず、想定外の事だった筈だ。

 

「いや、私は謝らなければならない。たとえどんな事情があろうと、私は()()()()()。手の届く範囲で、同じ花騎士――同僚の命を、取り零したんだ。故に罰は受けねばならない」

「そんな、バカな事がっ……!」

「君達の先輩達は、善い人だった。致命傷を受けて尚、拮抗していた者もいた。死の間際、君たちを託された。……そんな人達を、助けられなかったのは。私だ」

 

 違う、ちがうちがう。そんな訳が無い。

 全員死んでいたんだ。この人が来ていなければ、誰にも知られずに部隊は全滅していた。

 先輩は最初から先を棄てていた。諦め、腰を下ろし、群れに呑まれた同僚もいた。あと数秒遅れていれば、あと数秒間に合わなければ。私達も、死んでいた。

 どんなに早く察知されても、街に知らせが至り、援軍を組むまで。その間に、全滅していたんだ。()()()()()()()()()。最良の判断と、最良の動きだった。

 それでも尚、死んだ。それを、助けられなかった――見殺しにした、と。誰が、言えるのだろう。

 

「……話は終わりだ。土中の蟻型の親玉らしき大型も途中で討ってきた、しかし敵の総数はわからない。合流地点まで戻ろう。一人きりの援軍とはなんとも心細いとは思うが、ね」

 

 困ったような顔だった。心の底から、自分だけでは物足りないと思われる事を心配したような、そんな声色で少女達へとウメは語りかけた。

 事実、護りながらの戦いはどうしても手数が居る。それこそサクラ程の制圧力(ちから)があれば、もう一度群れが襲いかかってきたとしても安心だろう。しかし、自分は自分(ウメ)だ。

 それに、サクラではなくウメ(じぶん)にしか出来ない事もある。苦境を耐え忍ぶのはいつもの事だ。

 ”やれ”と言われればこの少女達――そして、生き残った他の花騎士達を護り送り届ける為に、たとえ一日中だろうと戦い続ける事も視野に入れている。

 ()()()()()()()()()()()()。力を配分し、息を切らさず。不要な力などいらない。

 一つの命を取るのに、一以上の力を出す必要は無い。それこそが、ウメの戦略(ロジック)だった。

 

「もう歩けるか?」

「なん、とかッ……」

「焦るな。肩を貸してあげてくれ、ゆっくりでいい」

「は、はいっ。ほら、大丈夫……?」

「……ありがと。――ね。やっぱ、二人の方がよかった、ね」

「……!うんっ」

 

 ウメに解らぬ言葉で、二人が笑い合っている。その姿が、サクラと共に過ごす記憶に被る。

 助けられて良かった。全てを助ける事は出来ない、それを知っているからこそ眼前の二人のやり取りは尊く、眩しく、どんな勲章よりも嬉しいものだった。

 最善を尽くし、尚最悪の結果は訪れる。それで罵られる事もある。

 花騎士は希望だからだ。()()()()()()()()()()()()()()、そんな理想と夢想が人の目を眩ませ、怒りの矛先を変える。

 その事は仕方無い。むしろ、害虫に復讐すべく特攻するよりはマシと言える。故に冷静に、二人で生き残った事を笑い合う少女達を――未来の同僚の姿を見て、ウメは微笑んだ。

 

「よし、集合地点は向こう側だ。ゆめ、油断するな――……」

「……?どう、しましたか。ウメさん」

「いや、何。落とし物に気付いて、な」

 

 街道側を指し、ウメが先導する。が、数歩を刻んだ所で、ぴたりと足が止まった。

 二人が困惑していると、ウメが右手でこちらに掌を見せて制しながら、先へと歩いていく。

 害虫達と戦った場所ははるか斜め後ろだ。そんな所に、何を落としたというのか。

 

「……よし。探すから、少しの間静かにしてくれ」

「は、はい」

 

 ウメの足が何も無い場所で止まり、留まる。

 探すと言いながら、何もしない。背筋を伸ばして、ぴくりとも動かない。整列の際に浮いた所で一人立っている様な、妙な光景だった。す、と風がよぎってウメの髪と草原を撫でていく。

 絵に、なっていた。それだけで見惚れた。

 

「――グァガッ!!」

「ッ!あぶ――」

 

 その背、足元、踵。一瞬見惚れてしまった間隙に、地面が隆起して頭と爪が生える。

 何度か襲ってきた、土中の蟻型だった。いかに強い加護を持つ花騎士も、油断を害虫の爪で裂かれれば傷を負う。どれだけウメが強者であっても、眠っている間刃一つ通さない訳ではない。

 足を()られる。自身の疼く脚が命じるままに、叫んだ。遅かった。

 

「ッガ……ッ……!?」

「背後を取るのは良いが、殺気が見え見えでは意味が無いな」

 

 ――爪と頭を抑え込む様に、紅の光陣が脚と蟻の間に差し込まれていた。

 ウメが蹴り出せば、重力の抵抗を振り切る加速器(カタパルト)となる。剣光がそれを通れば、光条の威を跳ね上げる増幅器(ブースター)となる。目の前で何度と見た、角形の陣。

 それが、今は害虫の爪と頭を抑え込む、砕けぬ盾として。蟻を上から抑え込んでいた。

 

「剣気と魔力を抑えたのは誘いだ。奴らは花騎士より敵意と、力に敏感だからな。故にこういう釣りには、案外弱い。まぁ、見せかけとはいえ脱力(ゆだん)は油断だ。緊張は怠るなよ」

 

 剣をゆっくりと鞘から引き抜きながら、ウメが少女二人へよく聞こえる様に話す。

 まるで学校の実習の延長のようだった。騎士学校に著名な花騎士と騎士団長が、特別講習に来る事は珍しくない。しかし、ここは戦地で、現場で、死地だった場所だ。

 剣の根本から、薄紅色の光が纏い付く。良い塩梅だ。そう、聴こえた。

 

「――咲かせてみせようじゃないか。此処でも華を、な」

 

 そう言いながら、微笑みながら。

 一閃。それだけで、地に華が咲いた。

 




花騎士は いいぞ
ウメさんは いいぞ

バトルが書きたかっただけです。続きは考えてないので完結です。
また書きたくなったら、完結したという設定をいじります(開き直る)
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