断梅   作:灰の熊猫

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火蓋

「――やはり、ここは冷えるな」

「そうねぇ」

 

 ガルデ城塞。ブロッサムヒルとウィンターローズの境目にある白き霊峰、その裾野を見渡せる様に建つ要塞の城壁塔の上。遠くから吹き込んでくる寒気の中で、二人の花騎士が並び遠くを眺めていた。

 ウメとサクラ。ブロッサムヒルに於ける、”最強”という名の双璧。この二人は国の最高戦力であり、同時に国防の最先端を担っている。

 二人は一定の場所に留まる事無く、ブロッサムヒルの各地――害虫の侵攻が特に多い場所へ、定期的に巡回と駐留を命じられる事が多かった。

 旧フォス修練区、ブロッサムヒル外郭、ジョルン湿地帯――そして、今二人が立つガルデ城塞。それぞれが他と比べて害虫の襲来の多い、国防の最前線の場でもある。

 

「今日はいやに静かだ。この静けさが、いつまでも続けば良いのにな」

「……そうねぇ。本当に、そう思うわ」

 

 白く染まる裾野を睨み続け、ウメはその場に佇み続ける。サクラもウメと同様に、静寂と雪に染まる視界の、そのさらに奥を見ている。

 ガルデ城塞は、一年を通して争いが絶えない。流石に毎日害虫が訪れる訳では無いが、霊峰より侵略してくる害虫はどれも一流の花騎士が駆り出される程に凶暴かつ強力だ。

 それ故にガルデ地方の国境近くでは、この城塞が建てられた。都市にも匹敵する程の規模のガルデ城塞には、多くの花騎士と憲兵が常駐し、そして暮らしている。

 故に、外への監視は常に続けられている。そんな中でウメやサクラがこうして外を見張る必要など、本来は無かった。

 

「……争いの無い世界。サクラは、想像出来るか?」

「ん?……そうねぇ」

 

 見通す事を許さない白い霧雲に覆われた山の頂を眺めながら、ウメは独り言の様にサクラに問いかける。

 ここから眺める遠くの静かな銀世界の平野には、何も無い。人も、害虫も、争いも。平和と言うには寂しすぎる風景の中で、ウメは自身の夢を考える。

 平和とは、戦争という外殻に包まれたモノだ。外敵と戦い続ける事で、侵略を防ぎ続ける事で、苦境に抗い続ける事で。それら全ての結果として、内側に一時の平和が訪れ、保たれる。

 その中で、剣を置く事は許されない。一度剣を置けば、死という侵略が訪れる。

 それでも。そんな中でも、ウメは”戦後”という夢を考えない事は無かった。

 

「私は、ウメちゃんほど多くの事を考えてないから。ただ、みんなが笑顔で居てくれたら。それしか考えていないわぁ」

「……そうか。サクラらしいな」

 

 親友からの返答に、ウメは微笑む。自分の問い掛けに求める答えは無く、そしてサクラはウメの想像通りの答えを返してくれたからだ。

 サクラは、常に誰かの笑顔の為に動く”騎士”だ。言葉の裏も、見返りを求める私欲も無く、ただ誰かの助けになる事を想い、戦い続ける。

 誰かの笑顔を見たい、ただそれだけがサクラという人間の原動力だ。そこに余計な迷いは無く、その為ならどんな障害も超えてみせる。

 そんな親友だからこそウメはサクラを目標とし、同時に親友である事を誇りとしていた。

 

「ウメちゃんは色々考えてるものねぇ。もう少し、簡単に考えてもいいんじゃないかしら」

「……そうかな。……そうかも、しれないな」

 

 サクラからの言葉に、ウメは自分という人間の心裏を考え直す。

 戦いが無くなる事を望みながら、しかし戦い続ける。これまで数え切れない程の害虫を断ってきたが、それでも一行に戦局は変わらない。

 害虫はどこからともなく湧き続け、害虫の巣は一つ潰せば別が見つかる。果ての無い戦いを、繰り返し続けた。

 しかし結局自分がどう思おうと、世界がどうなっていても、害虫がいる限りは戦わなければいけない。サクラの様に滅私という訳にはいかないが、あれこれと考えるよりは必要な事だけを考えるべきかもしれない。

 

「ほーら、また顔が険しくなってるわよ?ウメちゃん、笑顔笑顔」

「ちょ、サクラ……やめ、頬を摘むな……!」

 

 目を瞑って暗闇の中思案していると、傍のサクラに両の頬を摘まれ、口の端を持ち上げられる。

 ブロッサムヒル、いやスプリングガーデン全体で見ても、ウメ相手にこうした悪戯を仕掛けてくるのはサクラぐらいだろう。”最強”という名と実績は、人付き合いに於いては距離と成る。

 しかしそう呼ばれる様になってからも、並び立つ親友の態度は昔から一切変わっていない。そのことに少々困らせられる事もあるが、それ以上に助けられてきた。

 

「わかったわかった、わかったからやめてくれ。痕にでもなったら敵わん」

「うふふ、ウメちゃんは笑顔が似合うもの。だから笑ってないとだめよぉ?」

 

 サクラの両手を振り払い、ウメは苦笑する。悪戯を仕掛けたサクラを見れば、いつも通りの穏やかな笑顔でこちらを見ている。

 満開の花の様な陰の無い笑顔を見ていると、それまでの考えが霧散していく。隣合わせの花が順に花開いていく様に、傍にいる者を笑顔に変えていく。サクラには、そういう力があった。

 

「……そろそろ戻るか。冷えてきた頃合だ、帰ったら食事の支度をしよう」

「それは楽しみねぇ。ウメちゃんの手料理は久々だから、おなかいっぱい空かせちゃうわぁ」

「期待させて悪いが、そこまで凝った物は作らないぞ?」

「いいのよ、ウメちゃんが作る物ならなんだっておいしいってわかってるもの」

 

 話も程々に、ウメ達は踵を返し城塞の中へと続く扉を目指す。

 サクラは常にウメの作る料理を楽しみにしている。ウメ自身がサクラの望む献立を知り尽くしているのもあるが、そもそもウメとサクラは常に行動している訳では無いという事情もあった。

 害虫の巣窟は極めて広範囲に、各地に散り散りとしている。そんな状況で国を代表する戦力を一箇所に集中させる事は稀であり、つまりはウメとサクラは同じ任務に就く事が少ない。

 そんな中で、二人が共に任務する状況は、大きく分けて二つある。一つは、他の防衛地点に優秀な花騎士が十分に集っており、且つ無作為に二人の任務が同じ物になる場合。

 そしてもう一つは――

 

「――伝令!伝令ーッ!」

 

 ウメ達がガルデ城塞の中に入ろうとした時、城塞の外から大声が響いてくる。

 その声を聞くと同時に、二人はすぐさまに声の方向へと走る。城壁塔の上から見下ろせば、城塞の門前に数人の花騎士が馬に乗って大声を張り上げている姿があった。

 それを確認し、二人は迷う事無く城壁の縁へ足を掛け――花騎士達の前へ、勢いをつけて飛び降りた。

 

「うわっ!?……サクラさん、ウメさん!?」

「何があった。手短に頼む」

 

 花騎士の眼前、地面すら捲り上げる程の勢いで二人は着地し、すぐさま何事も無い様にウメが花騎士の一人に問いかける。

 このガルデ地方の最前線に於いて、急ぎの伝令は九割方緊急事態だ。それ故に、二人は真っ先にその内容を耳に入れるべきだと考えている。

 そして、恐らくは。二人は伝令の内容を、顔を赤らめて呼吸を荒げている花騎士達の様子から予測した。

 

「……ここより北、ガルデの裾野で、極限指定と思われる害虫が出現しました!」

 

 二人が共に任務する状況、そのもう一つ。

 それは、特に強力な害虫の活動が予測される地域がある場合だった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「――撤退!撤退しろ!なんとしてでも、生き残れ!」

 

 霊峰に近い場所、打ち下ろす様な寒波が身を凍えさせる雪の平野。そこで騎士団は、ガルデ城塞を目指し馬を走らせ続けていた。

 騎士団長が檄を飛ばすその後ろから、巨大な白銀の鎧を黒い体に纏う蟷螂(カマキリ)――”極限指定害虫”の一体が、その巨体で雪原を荒らしながら追いかけて来ていた。

 極限指定害虫。それぞれが国の驚異として知られ、国家より討伐命令が下っている、大型害虫の中でも特に危険視される存在。

 その驚異は多岐に渡る。純粋な戦闘力が花騎士の一個小隊を超えるもの、不死と疑う程の生命力を誇るもの、存在するだけで大気を汚染する毒を持つもの。

 そして、今騎士団を追い込んでいる害虫は――

 

「ダメです、やはり魔法が効きません!」

「矢も全て弾かれます、傷一つ付けられません!」

 

 足止めを狙い、団内の花騎士が馬に乗りながら後方の蟷螂型へ向かって攻撃を放つ。しかしそれら全ては、無為に終わっていた。

 蟷螂へ向けられた攻撃は、蟷螂に傷を負わせるどころか、()()()()()()()()()()()。加護を込めた剣も、渾身の魔法も、雨の様な矢も。全ての攻撃が鏡の様に輝く外皮に当たる度に、明後日の方向へ、或いはこちらの方向へと打ち返される。

 逃げながらも、少しでも時間を稼ぐべく足止めを狙っての攻撃は、全てが無駄だった。それこそ人が小虫を手で払うが如く、蟷螂はこちらの攻撃をろくに意に返さない。

 

「それでも撃ち続けろ!少しでも、少しでもいい!消耗もさせずに城塞まで引き付ける訳にはいかん!」

 

 今の戦いは撤退戦でありながら、消耗戦でもあった。攻撃の効かない害虫、そんなモノをそのまま連れて城塞に帰れば、城塞側に十分な備えが出来ぬままに防衛戦を強いる事になる。

 その為に、足の早い馬に乗った一部に伝令を任せ、それ以外の団員全員で殿(しんがり)を買って出た。無論、全員が生き残る為の殿だ。

 付かず離れずの距離を保ちながら、騎士団は城塞への道を辿っていく。その間に害虫の消耗を狙い、あわよくば弱点の一つでも見つけようと攻撃を続けていたものの、その成果は今まで得られていない。

 まるで歯が立たない。早期に撤退を決めていなければ、団に多くの犠牲が出ていただろう。騎士団長は自身の判断を思い返し、ぞっとした気持ちになった。

 

「……ッ!だ、団長!アレをッ!」

「なん――」

 

 花騎士の言葉に騎士団長が振り返る。そこには、()()()()()()()()()()()()()()()()()の姿があった。

 散開、退避。その二文字が頭に浮かんだ時には既に、隊列の中央に蟷螂の大鎌が振り下ろされていた。

 

「ぐうッ!……く、くそっ……!」

 

 地を割る衝撃一つで大地が揺れ動き、騎士団全員の馬が跳ね飛ばされる。そこで走っていた花騎士達も、騎士団長も、全てが落馬して散り散りとなっていた。

 幸いにも、隊列の中央寄りに居た花騎士は全員咄嗟に馬を走らせる軌道を変え、大鎌の直撃を避けていた。が、蟷螂の一撃による落馬と衝撃の余波だけで全身は打撲し、地面から起き上がれずにいる。

 加護を持たない騎士団長は、隊列の中央から離れていてもその被害が顕著だった。肩は上まで上がらず、胴は体の内側から岩で圧される様に痛み続けている。

 早く、逃げなくては。そう考えていても、全身の痛みが許さない。

 

「……ここ、まで、か……ッ」

「まだ、です……!」

 

 団内の花騎士達は未だ健在だが、一度乱された隊列を敵の前で元に戻す事は出来ない。それがわかっていたからこそ、騎士団全体で隊列を維持したまま撤退していた。

 たった一体の大型害虫に、騎士団は壊滅させられようとしている。地に散らした花騎士達の中央に立つ蟷螂は、今や摘むだけとなった花を睨み、どこから手をかけようかとばかりに悠々と辺りを見渡している。

 迫る死を拒絶するべく、隊列の中央から離れた花騎士達が立ち上がり、構えを取っている。だが攻撃の効かぬ害虫を相手に、どんな抵抗が出来ると言うのか。

 それを最初から理解していたからこそ、騎士団長は早期に撤退を決めていたのだから。

 

「シィイィ……!」

 

 花騎士達からの敵意を察知したのか、蟷螂は抵抗の色を見せる花騎士達を見渡し、鎌首をもたげる。

 死を齎す銀の両鎌を、蟷螂が擦り合わせる。研いだ業物が鞘から抜かれる時の様に、しゃりん、と澄んだ音がその場に鳴り、その鎌の鋭さを味わわせるまでも無く教えてくる。

 無理だ、勝てない、逃げろ。騎士団長はそう伝えたかったが、その言葉が喉元で止まる。

 隊列を崩され、馬という脚を失った今、それこそ無理な事を理解していた。理解、出来てしまっていた。

 騎士団長の頭に今あるのは、絶望的な現状に対する諦観と、伝令が無事城塞まで辿り着けたかの心配だけだった。騎士団単独では勝てない相手も、城塞に駐留する無数の花騎士ならば勝ち目があるだろう。

 ゆっくりと掲げられ、今にも振り下ろされようとする蟷螂の大鎌を見て、騎士団長は目を瞑る。防ぐ事の出来ない鎌によって散る部下、その場面から目を逸らそうとした。

 ――すまない。必ず、後から自分も逝く。自らの部下へ、団長は遺言を心中に遺した。

 

「シッ!!」

 

 そして、蟷螂がその大鎌を花騎士達へ向けて振り下ろした――

 

「――ッ!?」

 

 ――瞬間。その蟷螂の大鎌の根本を、空を裂く音と共にやってきた桜色の光が飲み込んだ。

 銀の外皮は地から伸びてきた輝きを斜めへ、灰色に染まった空へと打ち返すも、その輝きの威に圧されたのか、振り下ろそうとした大鎌が弾き飛ばされていた。

 鳴り響いた音に騎士団長が目を見開けば、振り下ろされずに宙に漂う大鎌と、その辺りに散らされた桜色の残照の粒が目に入る。何が起こったのか、それを確かめるべく音の方を見た。

 

「あらあら、随分硬いわねぇ。傷も入らないなんて、ちょっとショックだわぁ」

 

 ただ一人の花騎士が、そこに居た。

 雪原の真ん中で二丁の銃を蟷螂に向けて構え、それでいて微笑んでいる。その優しげな表情には僅かながらの驚愕すらも感じさせず、ましてや驚異的な害虫に対する絶望なども見られない。

 桜色の装束と紅色の外套を纏い、真紅と深碧の両眼と桜色の長髪を持つ、双銃使い。それらを全て満たす花騎士は、スプリングガーデンに一人しかいない。

 

「サ、サクラさん……!」

 

 構えていた花騎士が、その名を口にする。その名が他の花騎士へと伝わっていき、驚愕が共有されていく。

 サクラ。ブロッサムヒルで”最強”と呼ばれる事もある、国家を代表する花騎士の一人。それが今、自分達の目の前に居る。

 

「みんな、よく頑張ったわねぇ。ここは私が食い止めるから、早く城塞まで逃げるといいわ」

 

 サクラは二つの銃を一回転させ、蟷螂へと構え直す。その眼差しに鋭さや敵意は感じさせなかったが、その銃口から立ち昇る加護の光は抑えられていても強く輝いている。

 今にも光が放たれそうなその双砲を見て、蟷螂は完全に自身の標的をサクラへと切り替えたのか、その巨体をサクラへと完全に向け、両腕の大鎌を持ち上げて顔の高さで留めた。

 

「し、しかし……!いくらサクラさんでも、一人では……!」

「大丈夫よぉ、心配しなくても。なんとかしてみせるから」

 

 蟷螂の注意が逸れた間に騎士団全員が体勢を整えるも、サクラからの言葉には素直に従えないものがあった。

 いかにサクラが強者であれど、相手は極限指定害虫だ。それ一体が国を大きく脅かす害虫を相手に、一人で立ち向かうというのはあまりに無茶だ。

 それに、相手には花騎士の攻撃が効かない。サクラの銃撃によって大鎌は吹き飛ばされた以上、一切の衝撃を徹さない訳では無いと解ったが、それでも蟷螂の腕に傷は無かった。

 そんな状況でサクラを、国の象徴に等しい存在を一人残していくのは。迷いの中で、騎士団長は動けずにいた。

 

「みんなが撤退するぐらいの時間ぐらいは稼げるわよ、私なら。いや――」

 

 しかしサクラは心配の声をかけられても、構え一つ乱さない。今にも襲いかかりそうな蟷螂を相手に、穏やかに笑みを向けながらも気配だけで威圧し続けている。

 ガルデの寒波よりも身を刺す様な、膠着による圧迫感がその場を占める。どちらかが先に動けば、その瞬間に死闘が始まる。それを予感させる静寂に、全員が息を止めている。

 誰かが、息を呑んだ。

 

「――()()()()

 

 その言葉と同時に、サクラの後方より連続して繋がる轟音と共に梅色の砲弾が蟷螂の頭へと()()()きた。

 それに蟷螂は反応し、頭を狙ってきた砲弾を大鎌で防ぐ。金属同士が激しくぶつかる、そんな耳を裂く鳴動がその場を支配し、遅れて震動が周囲の雪を地より舞い上げる。

 音速にも等しい速度で飛来した砲弾の姿を、その場の全員が見る。

 ()()()()

 

「……成程、この種の害虫か。これは骨が折れそうだな」

 

 ビリビリと衝撃で振動する大鎌が無傷な事を確認し、その人が剣を引いて大鎌を蹴り飛ばし、宙でくるりと後ろに宙返りを打ってサクラの傍に降り立つ。

 ブロッサムヒルのもう一人の”最強”。ブロッサムヒルを代表するもう一人の花騎士であり、国を支える双翼。

 ウメが、遥か彼方より瞬時に姿を顕していた。

 

「全く、先走り過ぎだぞサクラ。誰が外へ出る許可を取ると思っている」

「ウメちゃんならすぐにしてくれるでしょう?それに、ウメちゃんならすぐ追いついてくれるって信じてたもの」

「信頼してくれるのは嬉しいが、考え無しに飛び出していい理由にはならないな」

「あらあら」

 

 後方の空に真っ直ぐ並べられたウメの光陣(あしば)が、時と共に薄れていく。

 伝令を聞いてから、サクラは迷う事無く騎士団の方角へと走っていった。その場に残されたウメは、簡易的な報告と城塞を空ける許可を上層部に取り――出撃は渋られたが、”緊急事態”の一言で強引に押し通した――、それから反発力を持つ光陣を進行方向に並べて連続で蹴り飛ばす事で、文字通り飛んで来た。

 連続して光陣を強く跳ね跳ぶ音が轟音となり、害虫への不意打ちは失敗したが、元々移動と合流が目的だった為に、ウメは然程気にしていなかった。

 

「そういう訳だ。そちらは早く撤退しろ、ここは引き受ける」

「私はちょっと頼りないかもだけど、ウメちゃんがいるならみんな安心でしょう?」

 

 サクラの傍に降り立ったウメが、左手に握った細剣を水平にして蟷螂へ向ける。

 その場に来たのはたった二人の花騎士ではあったが、”最強”の援軍でもあった。花騎士の部隊一つを遥かに凌駕するだろう戦力が、二人並んでいる。

 これならば、常識を逸する害虫を相手にでも保つかも知れない――いや、斃せるかも知れない。そんな予感をさせる程に、目の前の二人は常軌より逸した存在だった。

 

「……わかりました、お二方、無茶だけはしないで下さい!総員、撤退!」

「……了、解!」

 

 騎士団長が撤退の声を上げ、それを聞いた花騎士達は倒れ込む馬はそのままに自前の脚で走り始める。

 蟷螂が未だ間近に居る以上、馬に乗り直す様な隙は見せられない。サクラによる膠着の間にいくらか痛みが落ち着いた体を強引に動かし、花騎士達と騎士団長がその場から離れようとする。

 

「シィアッ!」

「お前の相手は――」

「――私達よぉ」

 

 自らより背を向ける相手が逃げる事を阻もうと蟷螂が一歩を踏み込もうとした時、サクラの銃撃が蟷螂の足先を狙い、続いて同じ箇所へウメが矢の様な速度で突進する。

 脚まで覆われた外皮は銃撃を斜めに返したものの、内包する加護の余勢が僅かに蟷螂の脚を揺らし、そこへウメの剣が突き刺さる。

 音を置き去りにする程の剣先を受け、脚に与えた衝撃が蟷螂の全身へと伝わり、撤退する花騎士へ向かおうとしていた姿勢が一瞬崩された。

 

「――往けッ!」

「はいッ!」

 

 その間隙に、場にいた騎士団全員が城塞の方角へ向けて蟷螂から離れていく。

 大鎌の届かぬ位置まで騎士団が離脱した後に、ウメが後方、サクラが立つ位置の手前までに細かいステップを踏んで戻る。視線を今し方突いた蟷螂の脚に戻せば、依然無事な蟷螂の外皮が其処にあった。

 

「……やれやれ、まだまだ鍛錬不足か。本気で貫くつもりだったんだが」

「私の銃も通らなかったわぁ。困るわよねぇ」

 

 ウメとサクラは目の前の害虫の硬さを見て、僅かに眉を(ひそ)める。

 並の害虫ならばそのまま消し飛ばす程の一撃を放っても、この蟷螂には通用しなかった。極限指定を受けるだけはあるな、そうウメが心の中で呟く。

 

「サクラ、勝てると思うか?」

「わからないわねぇ、こんな相手は久々だから」

 

 目の前の蟷螂はこちらの動きを警戒しているのか、大鎌を構えたまま一歩も動かずにいる。攻撃を弾く外皮を備えておきながら、蟷螂はこちらに対して隙を見せようとしない。

 それはそのまま害虫として、敵としての強さの証明でもある。一瞬の交戦でもこの害虫の力量は十分に理解出来ている、だからこそ二人は僅かに不安を覚えていた。

 しかし。

 

「――だけど。ウメちゃんと一緒なら、負ける気はしないわねぇ」

「そうか。私もそうだ」

 

 それでも、不思議と恐怖は無かった。傍に居る親友が、そうさせていた。

 剣を握り、銃を握る。傍に居るのはお互いにただ一人だが、百の友軍よりも頼もしく、信頼出来る相手だった。

 ウメがサクラの顔をちらりと見る。その微笑みはいつも通りのまま、崩れていない。そんな余裕のある笑みが、ウメにも伝染った。

 

「……我ら、これより死線に入るっ……!」

「……ィィイイッ!!」

 

 ウメが声を放つと共に、害虫へ確かな敵意を向けて睨み上げる。

 その気配を受けた蟷螂は翅を大きく横に広げ、甲高い威嚇で雪原全体を震わせた。

 




ウメさんが書きたかったので続きを書きました。それだけです。
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