断梅   作:灰の熊猫

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双輪

「はッ!」

 

 ウメが自身の足裏に光陣を生み出し、それを蹴り出す事で蟷螂へ向けて飛び出す。

 それに合わせて、構えられていた大鎌がウメの体を両断すべく真っ直ぐに振り下ろされる。

 鋭くも愚直な突進の軌道へ合わせられた大鎌が、ウメへ迫る。突出したウメの体に、振り下ろされた大鎌が当たった――

 

「当たってはやれんな」

 

 と思った瞬間、大鎌の影に覆われたウメがさらに光陣を足元に生み出し、それを斜めに蹴り飛ばした。

 突進の軌道を蟷螂から斜めに変え、大鎌より逃れる。そのままの勢いで大鎌が地に突き刺されば、地響きと震動が地面から波及していった。

 

「サクラ!」

「わかってるわぁ」

 

 蟷螂から離れた場所へと突き進んだウメが、声を張り上げる。名のみを叫ぶ、それだけでウメの思惑をサクラは察する。

 大鎌を地に突き刺している蟷螂の上体を狙い、サクラの双銃が光芒を放つ。迫る二条の銃撃を、蟷螂はもう片方の大鎌を体との間に割り込ませる事で受け、そして銀の外皮が光をサクラへと跳ね返した。

 

「あらあら、危ないわねぇ」

 

 勢いはそのままに自身へ返ってくる桜色の銃撃を、サクラは瞬発的に横飛びする事で、影だけをその場に残して逃れてゆく。跳ね返された光は、その影を穿き地面を大きく穿った。

 横に何度もステップを刻みながら、サクラは続けざまに二発、四発と銃撃の角度を変えて蟷螂を撃つ。その全てが腕・鎌・胴部の外皮に阻まれ、それぞれが別々の方向へ跳ね返されていく。

 

「こっちだ……!」

 

 サクラが牽制をしている間に、ウメはさらに地の表面に浮かべた光陣を蹴り続け、高速で蟷螂の背に回り込む。

 そのままウメは剣に自身の加護を込め、外皮に覆われていない翅の付け根を狙い振りかぶる。先程のお返しとばかりに、ウメは蟷螂の背へ向け力強く剣を横に振った。

 

「――くッ!」

 

 が、それよりも早く蟷螂が振り返りながら、その勢いのままに地に突き刺していた大鎌を強引に後方へと振るう。土砂を纏って迫る大鎌を防ぐべく、ウメは咄嗟に両手で剣を構え、身を護る為の姿勢を取る。

 大鎌が剣に叩き付けられ、ウメの細身が空へと弾き飛ばされた。ボールの様に跳ね跳ばされたウメは、自身の弾かれた方向へ光陣を設置し、それを宙で踏んで強引に体の勢いを殺す事で、後方の地面へと降り立つ。

 ウメが想定していた以上に、目の前の蟷螂は力強く、そして速い。完全に背後を取っていた筈が、それにも蟷螂は防御を間に合わせてみせた。

 紛うこと無き強敵だ。そうウメは自身の中の認識をさらに固めた。

 

「だが、()()()な?」

 

 攻撃が防がれた。その事実がウメとサクラに、確かな勝機を示していた。

 騎士団の花騎士やサクラの攻撃を受けても、目の前の害虫の鎧の様な外皮には傷一つ付けられなかった。しかし、本当に無敵の存在であれば、そもそも防御の姿勢など取る必要は無い。

 いかに頑強な全身鎧(フルプレート)を纏っていようと、生物が纏う以上は必ず隙間は生まれる。各部の関節、呼吸の為の鼻と口、視界の為の目。何もかもを覆ってしまえば、戦う事すら出来無くなる。

 故に、必ず弱点は存在する。”最強”という言葉はあれど、”無敵”という概念はこの世には無い。いかに害虫が人を超越した存在であっても、弱点一つも持たない訳では無い。

 それならば――いくらでも、戦い様はある。

 

「サクラ、援護を頼む!」

「任されたわぁ」

 

 ウメがその場から飛び退き、同時にサクラも動き始める。蟷螂を中心に、ウメとサクラが円を描く様に動き、互いの対角線上に位置取る。

 必ず、同じ視界に留まらない。隊列を整えて攻撃を集中させる事は戦闘の基本ではあるが、少数での戦いに於いてはいかに敵の意識を散らすかが重要となる。

 ひたすら側面を取ろうとし続ければ、嫌でも注意は逸れる。単一の個体が注意を割けるのは視界内にある存在のみであり、その状態では取れる行動は限られている。

 即ち、それは――

 

「シイイッ!」

「やらせないわよぉ?」

 

 片方への襲撃。ウメを狙って蟷螂が大きく一歩を踏み込むと同時に、反対側からサクラが銃撃を放つ。

 小刻みに放たれる光弾が横向きの風雨となり、蟷螂の全身を狙う。大きく害する一撃では無く、探る為の一手。それらが蟷螂に飛来する。

 腕の付け根へ。弾かれる。脚の根本へ。弾かれる。首へ。弾かれる。

 翅を背負う背面へ。――()()()()()

 

「やっぱり背中ね、ウメちゃん」

「ああ」

 

 サクラの銃撃を疎んじたか、蟷螂は前方のウメと後方のサクラを同時に切り払うべく、大きく一回転して周囲を薙ぎ払った。

 刃の旋風とも言うべき烈刃から、二人は弾ける様に大きく後退する事で逃れる。間合いから大きく離されてしまったが、それでも今の交戦にはこれ以上無い収穫があった。

 やはり、目の前の害虫には確かな弱点がある。その外皮はウメやサクラの攻撃すら弾き返す程の硬度を誇っているが、それは全身のあらゆる場所にある訳では無い。

 飛翔する為の翅、巨体を動かす為の関節、頸、顔面。生物として弱い部位は、いくらでもある。

 

「サクラ、次は頭だ」

「ええ。援護するわ」

 

 再び、ウメが地に立てた光陣を蹴り飛ばして蟷螂へと肉薄する。二度・三度と連続して足元に創った光陣を踏んでいく事で、今度は大鎌を振る事すら許さず蟷螂の足元へと辿り着く。

 

「シィアッ!」

「一手遅い」

 

 それを見てから、蟷螂が右の鎌で足元を薙ぎ払おうとする。それよりも一瞬早く、ウメが地を蹴り飛ばして垂直に宙へと跳ぶ。

 一足で顔面の高さまで跳んだウメが、剣を横に構える。が、その視線の先で、瞳を絞ってこちらを睨み付ける蟷螂の両眼と、ウメと同じ高さで水平に構えられる左鎌が見えた。

 

「やらせないわよぉ」

 

 その前にサクラがその左鎌の腕の付け根を狙い、その双銃よりこれまでより一層太い加護の光の銃火を二条放つ。

 正確無比に狙われた二つの閃光が、蟷螂の腕を揺るがす。その銃火は外皮に弾かれこそしたが、一層重さを持った銃火の衝撃は完全に跳ね返される事無く、宙に拡散して霧散していった。

 

「ふッ!」

 

 腕が吹き飛ばされた事で生まれた時間で、ウメが細剣に加護を込める。

 剣を持つ腕と徒手の腕を交差させ、肩を引き絞る。そのままウメは、両腕を横に広げる勢いを以て細剣を水平に振るう。その狙いは巨大な複眼を備えた、蟷螂の顔面――

 

「――ち」

 

 しかしその剣は、頭に届くより手前で弾かれる。蟷螂が首を傾け、()()()()()()()()でウメの剣が受け止められていた。

 真っ当から掛け離れた生態を持つ害虫は、人間であれば有り得ない防御法を多く備える。一切の戦い方(セオリー)が通用しない訳では無いが、そんなヒトの予想と鍛錬を嘲笑う様に、害虫は時に想像を超えた戦いを見せる。

 地に向けられていた右鎌が、動いた。

 

「舐めるなよ」

 

 それを横目で見たウメは、剣先に力を込める。それに応じて加護の光が強まったその時、剣先より輝きの槍が飛び出す。

 至近距離より放たれたウメの剣光すらも害虫の牙は弾く。だがそれによる反動によって、ウメの体は後方へと弾き飛ばされ、大鎌の間合いより大きく離れた。

 先程までウメが居た虚空を、蟷螂の右鎌が切り裂いていった。

 

「流石に、いきなりは無理だな」

「そうねぇ、じっくり攻めましょうか」

 

 宙で態勢を整え、ウメが雪原に着地する。首より上は流石に防御が硬い。

 それはそのまま頭が庇うべき弱点である事を示しているが、大型ながら動きも反応も速い目の前の蟷螂はそれを早々と狙わせてくれない。

 すぐに倒す事は無理だな。甘えた楽観を捨て去った思考が、ウメに事実を伝える。

 

「次は脚を狙う、頼んだぞサクラ」

「頼まれたわぁ」

 

 それなら、当初の予定通り時間を稼ぐ方針で行くべきだ。端的な言葉だけをサクラに伝え、意志を共有する。

 ウメがその場に敵の方向を向いた光陣を展開し、それを踏むこと無く空中に残してウメが駆け出す。害虫から見て斜めに走りながら、二つ・三つと光陣をその場に残していく。

 自身に突撃せずに只管陣だけを設置していくウメを怪訝に思いながらも、害虫は少しずつ自身へ近付いてくるウメに向け、大鎌をウメの行く先を含める様に斜めに振り被った。

 

「撃て、サクラ!」

「了解よ」

 

 その瞬間、ウメがその場から飛び退き、離れたサクラが銃撃を続けざまに放つ。

 しかしその銃撃は害虫を逸れ、あらぬ方向へ飛んでいく。これまで正確に蟷螂の体を打ち据えてきた銃撃が初めて狙いを外したのを見て、蟷螂は僅かに困惑した。

 ――が。

 

「シイッ!?」

 

 その銃撃が、()()()()()()。鋭角に軌道を変えて加速した銃撃が、蟷螂に襲いかかる。

 続く砲火も蟷螂を逸れたかと思えば、回り込んで体を狙って飛びかかってくる。自身を明確に害する程の威力では無いが、不可思議な軌道で飛んでくる銃撃を受けた蟷螂の体が留まる。

 蟷螂がその複眼で曲がる銃撃を見極めようとする。()()()()()()()()()()()()()()、銃撃は曲げられていた。

 

「流石だな」

 

 蟷螂が体を硬直させている隙を突き、徐々に蟷螂へ近寄っていたウメが一足飛びで一気に蟷螂の足元へ近寄る。サクラからの銃撃を受け続けている蟷螂は、ウメへ対応する事が出来ない。

 そのまま剣を構え、ウメは――蟷螂の足元を潜っていった。

 

「ィ゛アッ!?」

 

 が、ウメは蟷螂の足と足の間をすり抜ける瞬間に、右脚の膝裏に当たる部分を回転しながら斬りつける。そこにあった黒い脚部をウメの剣が鋭く掠めると、そこから()()()()()()()()

 

「――硬いのは、前面のみか」

 

 その勢いのままウメは蟷螂より離れ、地面に足裏を打ち付けて体の勢いを留める。

 自身を害した存在を斬ろうと蟷螂が足を振り上げて強く振り下ろす。だがウメは自身の光陣をその場に設置し、それを踏み付けて蟷螂の足元から離脱した。

 

「シ、イッ!?」

 

 蟷螂が大地を踏み締めると、()()()()()()が蟷螂の足を跳ね返し、一瞬体勢が崩される。

 その隙を、ウメとサクラは見逃さなかった。

 

「散れッ!」

「よいしょっ、とぉ」

 

 互いに離れた位置から、同時に蟷螂の頭部を狙ってウメが複数の光陣によって増幅した剣閃を伸ばし、サクラが輪状の魔法陣を通した光の大砲を放つ。

 加護と魔力を限界まで高めた、渾身の一撃。大気を揺るがす二つの光が、蟷螂の頭部を吹き飛ばそうと迫った。

 

「ギイィ゛ッ!!」

 

 蟷螂は崩れた体勢のままに大鎌を顔の前に掲げ、迫る光を防ごうとする。それによってウメからの剣閃は大鎌の刃紋を滑って散らされるも、サクラからの砲撃の一部が不完全な防御をすり抜けた。

 桜色の光に、蟷螂の顔面が焼かれていく。蟷螂の顔の外皮は、その光を弾く事は無かった。

 

「――ィイイ゛……!」

「あらあら、随分怒ってるわねぇ」

「何を他人事の様に言っている」

 

 蟷螂は首を逸らして目への直撃こそ避けていたが、頭部の上方にはサクラの銃撃による焦げ跡が付けられていた。虫には感情を表す表情は無いが、その頭に付いている触覚を垂直に立たせて威嚇する所を見るに、その内心で怒り狂っているのは確かだ。

 翅の付いた背中、身体の後面、頭。これまでの交戦で蟷螂が庇い、攻撃を弾けなかった地点。これだけ弱点の傾向がわかっていれば、戦い方は殆ど定まっていく。

 ウメがサクラの方へ、サクラがウメの方へと何を言うまでも無く近寄っていく。再び二人は、横に並び立った。

 

「……大体の手の内は解ったな。どうする、サクラ」

「どうするって、決まってるでしょう?ウメちゃん」

 

 ここまでの交戦で、相手の力量は把握した。全身は攻撃を弾き返す外皮に覆われ、瞬発力と膂力に優れた大型の蟷螂。近寄っての戦闘は向こうの間合であり、遠距離での攻撃は通らない。

 ()()()()()()。辺り一面に死に至る毒を撒き散らす訳でも無ければ、全身のあらゆる部位が一切の攻撃を通さない訳でも無い。これまで必死に庇ってきた以上は、目玉も弱点の一つだろう。

 それならば、やる事は決まってる。

 

()()()()()()()()()()()()

「ああ」

 

 サクラが未だ残火の燻る銃を縦に一回転させ、風に煙を流す。ウメが細剣を強く握り直し、加護の光を一層強める。

 サクラの言葉を受け、ウメは再び蟷螂へ向けて突進した。

 

「シイ゛アッ!」

 

 ウメの鋭い踏み込みを見て、蟷螂は今度は翅を広げて後方に滑空しながら、両の大鎌を体の前で交差させる。

 目の前の騎士が瞬時に体を加速させるのは何度と無く見てきた。それならば、退きながら相手の軌道を見極めて攻撃を仕掛ければいい。

 害虫が後方より下がるよりも早く、ウメの体が真っ直ぐに加速する。だが飛び退いた距離の分、今回は大鎌を当てるに足る時間は足りている――

 

「それは良くないわねぇ」

 

 と、蟷螂が考えていた瞬間、()()()()()()()()()。蟷螂が前方を見れば、ウメの後方に居るサクラがその双銃より、同時かと錯覚する程の速度で光を何度と無く放射していた。

 四つ、六つ、八つ。文字通り光の速度で飛来する複数の銃火が、次々に蟷螂の翅全体を点状に焼き切っていく。飛翔する為の薄い翼に、それを防ぐ事の出来る外皮は備わっていなかった。

 

「踏み込む……!」

「シャアッ!!」

 

 蟷螂が空より撃ち落とされようとしているのを見て、ウメは光陣を展開する。しかしそれはこれまでの様に一つでは無く、十を悠に超える複数の陣が蟷螂と自身を取り囲む様に展開されていた。

 自身の背面に生んだ陣に跳ね飛ばされ、ウメが加速する。それを見た蟷螂が落下しながら大鎌を振り下ろすも、近場の陣を横に蹴る事でウメの姿が腕の軌道より掻き消える。

 跳ね飛ばされたウメは勢いはそのまま、別の陣を踏み、さらに次の陣へ跳ぶ。それを繰り返し、ウメはもはや誰の目にも映らない速度で蟷螂の周囲を飛び回り続けた。

 

「イ、ギ、イ゛ッ……!?」

 

 梅色の残像のみを蟷螂の周囲に残していくウメは、そのまますれ違いざまに蟷螂の足の背を刻んでは離脱し、離脱しては刻んでいく。

 弾かれた様に地を四方八方に駆け抜けるウメの姿は、蟷螂の複眼を以てしても捉えきる事が出来なかった。蟷螂が狙いを定めようとウメを見ようとしても、その瞬間には外皮の薄い部分に鋭い斬り傷が付けられていく。

 斬る、動く、刻む、離れる。的確に外皮の薄い場所の傍を通っては切り刻んでいく、そんなウメの一撃一撃は命を取るに足りる程の傷には成り得ない。

 だが、そんな傷が二十・三十と加速度的に増えていくにつれ、蟷螂の足が少しずつ傾き始めた。

 

「そろそろいいかしらねぇ」

 

 蟷螂がウメの姿を捉えられずにいる内に、サクラもまた蟷螂へと近付いて来る。

 目の前の蟷螂の外皮は、殆どの攻撃を跳ね返してしまう。しかしそれは絶対的なものではなく、外皮の薄い場所は攻撃を通し、そうでない部分も内包する衝撃そのものは徹す。

 それならば。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「崩すわよ、ウメちゃん」

 

 ウメの動き回る光陣より一歩だけ離れた位置で、サクラが双銃を揃えて構える。

 その銃口の先に、大きさの異なる輪状の魔法陣が三つ並行に生まれる。その中心に、サクラの力を込めた光の球体が生まれ、輝きを増すと共に膨らんでいく。

 溢れんばかりの力が注がれた光球の表面が火花を散らし始めた所で、サクラが狙いを定める。狙いは蟷螂の体の上方、即ち頭部。

 

「これは、どうかしら?」

 

 限界まで高められた光の弾丸が、威力を増幅する魔法陣を通って放たれる。耳を(つんざ)く轟音と共に、巨大な光の奔流が蟷螂の頭部へと一気に迫る。

 ウメに注意を取られていた蟷螂は、顔面を狙うその砲火への反応が遅れる。咄嗟に蟷螂は、二本の大鎌で弾こうと両腕を持ち上げて構えた。

 

「ィイイ゛ッ!?」

 

 しかしその攻撃がサクラの方向へ弾かれる事は無かった。持続して照射され続ける銃火の奔流は、弾き返された光の尖端をも飲み込んで蟷螂へと撃ち続けられる。

 一切の攻撃を通さない硬さを持つ大鎌が、少しずつ光に圧され、傾いていく。弾いても返しても、サクラの銃から発せられる光の波濤は収まらず、むしろ勢いを増していく。

 そして、一瞬だけ光の奔流が膨らんだ瞬間。蟷螂の大鎌が、大きく後方へと吹き飛ばされた。

 

「後は頼むわぁ、ウメちゃん」

「任された」

 

 大鎌が吹き飛ばされる衝撃が伝播し、ウメの手によって無数に刻まれていた蟷螂の脚が崩れ落ちる。その瞬間を見計らい、ウメは蟷螂の足元から離脱し、光陣を地面より垂直に強く踏む。

 陣に反発されたウメの身体が、一気に宙空に放たれる。蟷螂の遥か上方へと抜けたウメは、そこから落下しながら剣に自身の加護(ちから)を注いでいく。

 剣の色が、変わっていく。白銀の刃が梅色の光を注がれ、それがさらに金色の輝きへと。

 ウメが、剣を構えた。

 

「――決着の時だ」

 

 呟くと同時に、ウメが自身の上方に出した光陣を踏む。空より、ウメが墜下した。

 体勢を大きく崩されてたたらを踏んでいる蟷螂の頭部、その一点へウメが剣を突き出す。金の刃が、蟷螂の一点――右の複眼の中央を穿ち抜いた。

 

「ギッ、ィイ゛ィア゛ァッ!」

 

 唯一外皮の覆われていない急所を貫かれた蟷螂の身体が、大きく跳ねる。あまりの痛みに蟷螂が形振り構わずその場で暴れ回るも、深く剣を突き刺したウメは両手で剣を握り、そこから離れようとしない。

 むしろ蟷螂が暴れる事でウメの剣はより深くへ刺さっていく。一向に離れようとしないウメを退かそうと、蟷螂は大鎌を自身の顔面を踏んでいるウメへと掲げた。

 

「散るがいいッ!」

 

 が、それよりも早くウメが剣先より加護の光を放ち、伸長した刃が眼から体内を一本に貫く。

 その上でウメは剣を埋め込む握りから、斬る為の握りへと持ち替える。

 そのままウメは、剣を加護の光で伸ばしたまま、全身に力を込めて蟷螂の巨体を体内から抉り斬った。

 

「ガ、ア゛、ァ゛、ッ――」

 

 外皮の内側から巨体を両断された蟷螂から、力が抜ける。致命の深さと判断したウメは剣を引いて、蟷螂の顔面より跳んで離れる。

 巨体が、地面へ沈む。そこからサクラが大きく後ろへ飛び退き、ウメは小さくステップを刻んでサクラの前へと戻る。ここから蟷螂が再び起き上がる事態に備え、二人は武器を構える。

 が、蟷螂は巨体をびくびくと震わせるだけで、二度と立ち上がる事は無かった。

 

「……終わったか。やれやれ、今回はまだ相性が良い相手で助かったな」

「ウメちゃんは流石ねぇ。私一人じゃ勝てなかったわぁ」

「それはこっちの台詞だ」

 

 二人が武器を収め、息を大きく吐く。結果だけ見ればほぼ無傷の勝利で終わったが、蟷螂の膂力と大鎌の鋭さから考えれば、一度でも直撃をもらえば危なかっただろう。

 現にサクラの砲撃が無ければトドメを刺す程の隙は生まれなかった。ウメ一人では倒すどころか、足止めすら難しかっただろう。先程の戦闘を思い返し、ウメは肩を竦める。

 

「……私もまだまだだな。都に戻ったら、鍛え直すとしようか」

「うふふ、それなら私も付き合うわよぉ。久々に二人で特訓しましょうか」

「その時はお手柔らかに頼むよ」

 

 二人はその場に蟷螂だったモノを残し、城塞の方へと歩き出す。

 たとえ驚異となる害虫を倒してもそこで終わりでは無い。極限指定害虫が近場に複数潜んでいる可能性もあれば、これに乗じた害虫の群れが城塞方面へやってくる可能性もある。

 戦いは、終わらない。一つの戦いが終われば別の戦いが始まり、戦いが戦いを呼ぶ事すらある。

 ――それでも。

 

「……サクラ」

「なぁに、ウメちゃん」

「いつか、”戦後”が訪れたら。その時は、ゆっくり二人で料理でもしようか」

「……うふふ。そうね、そうしましょう」

 

 戦い続けた先に待ち受ける、平和な未来。

 その夢を見て、ウメとサクラは戦いの痕を遺す雪原を後にした。

 




ウメさんはいいぞ サクラさんもいいぞ

多分続きはありません。読了ありがとうございました。
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