セいしゅんらぶこメさあゔぁント   作:負け狐

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頭空っぽでラブコメる話が書きたいです


お見舞いランデブー
その1


「暇だ……」

 

 三日坊主、という言葉がある。何事も大体三日で飽きる、という意味では決してない。が、ことこの少年にとってはその意味でも対して違わなかった。

 入院生活三日目、比企谷八幡はギブスで固定された自身の足を見ながらぼやく。松葉杖を使えば病院内を散策することは可能だが、暇潰しに全力を傾けるほど彼は飢えていなかった。結果、ただただ一人文句を呟くツイッターのボットのような存在の出来上がりである。

 彼がこんな状況になったのは色々と偶然が重なった結果である。入学初日を切り抜け、せっかくだから気合でも入れようかと朝早く家を飛び出した結果、高級車に撥ね飛ばされ彼の高校生活は座礁した。授業開始と同時にいなくなった彼の席を見てクラスメイトはどう思うだろうか。ある意味凄い、と思ってくれれば万々歳だ。

 

「何という不毛な思考だ」

 

 自分で考え自分で呆れた。はぁ、と溜息を吐いた八幡は、肋骨にヒビが入っているため包帯の巻かれた自身の胴を撫でながら病室を見渡す。自身を轢いた高級車の主は、示談にするために治療費全負担、見舞金のおまけ付きを迷うことなく提案した。断る理由もないので首を縦に振った結果、彼は個室で悠々自適な入院ライフを送ることになったのだが。

 

「いや、人がいないのはいいことだ。いいことなんだが」

 

 いかんせん暇である。最初こそ一人最高と騒いでいた八幡は、結局三日で飽きた。動けないのがいけないのだ。そう自分に言い聞かせるが、だからといって現状が変わるわけでもない。

 仕方ないとスマホを取り出し、動画サイトで動画を漁り始めた。こういう時に文明の利器は素晴らしい。動けなくとも暇を潰す手段などいくらでもあるのだ。そんなことを思いながら、彼は指先で端末を操作していく。

 勿論この三日の間にそれをしなかったことなどない。

 

「……飽きた」

 

 つまりはそういうことだ。更新されていないネットのそれらを一通り眺め終わると、八幡はスマホをベッドに投げ出し横になった。自由に動ける時にこういう状況ならば彼はそれを満喫するであろう。が、不自由な空間で不自由を与えられた場合、当たり前だが反発するのである。

 

「まあ、他の連中は今頃頑張って慣れない授業を受けていると考えればまあ少しは」

 

 どうにもならない気がしないでもない。奴らが窮屈な授業を受けているとすれば、自分は窮屈でなおかつやることがないのだ。これはむしろこちらの方が下に見られる気さえした。

 やめだやめだ、と彼は目を瞑る。やることがないのならば寝る。この入院生活の三日で彼が学んだリセットスイッチだ。ゲームならばこれで時間が進んで新たなイベントフラグまでスキップされるであろうが、現実はしっかりがっつり眠らなければ時は進まない。

 はぁ、ともう一度溜息を吐いた。まあどうせ見舞いに来てくれる相手もいなければ来て欲しくもないが。そんなことを思いつつ、彼はゆっくりとまどろみに落ちていった。

 

 

 

 

 コンコン、というノックの音で目が覚めた。時計を見ると、すでに時刻は夕方近く。昼飯を食ってすぐさま昼寝に移行したので、大体三時間から四時間は寝ていただろうか。そんなことを考えつつ、看護師が様子でも見に来たのかと八幡は軽い調子で返事をした。

 カラカラ、と扉が開く。おずおずと病室に入ってきたのは、看護師とは程遠い存在であった。

 まず、年齢が違う。どう見ても目の前の相手は自分と同じくらいの少女だ。そもそも制服を着ている時点で間違いようがない。加えるのならば彼女のその制服は八幡と同じ高校のものだ。

 

「え、っと……?」

 

 結論、何だか知らないが女子高生が来ている、という状況に理解が追いつかなくなった八幡は困惑の声を発することしか出来なかった。それは向こうも感じ取ったのか、ほんの少しだけ目を見開くとごめんなさいと頭を下げる。勿論八幡の頭のハテナマークが増えた。

 

「何がごめんなさい……?」

「え? あ、あれ?」

 

 何言ってるのこいつ、という目で彼が自分を見ていることに気付いたのだろう。目をパチクリとさせた少女は、ひょっとして覚えていないのだろうかと彼に問い掛けた。そんな怪しいキャッチセールスやアトランティスの戦士の勧誘のようなフレーズを聞いたところで、当然ながら彼から肯定の行動を引き出せるはずもない。

 が、彼女は彼女でそれもそうか、と頬を掻いた。あの時は親の後ろに隠れていたからなぁ、と苦笑しながらもう一度八幡を真っ直ぐに見た。

 

「あの時はごめんなさい。それと、サブレを守ってくれてありがとうございました」

「さぶれ?」

「あ、はい。犬です」

「犬……?」

 

 それを聞いてようやく八幡にも合点がいった。ああこいつあの時の。そんなことを思いながら彼は彼女を見やる。そういえば確かに一昨日くらいに謝罪に来た家族に彼女はいたような気もする。

 

「何でまた」

「え?」

「いや、家族で謝罪に来ただろう? どうしてもう一回」

「あ、それは、その……」

 

 視線を逸らしながら頬を掻く。やっぱりこういうのは自分でも言わないといけないと思ったから。誰かに伝えるのではなく、自分に言い聞かせるようなその言葉を聞いてしまった八幡は、今日三度目の溜息を吐いた。

 

「はいはい。それで、用事はそれだけか?」

「へ?」

「別に気にしてない。だから、そんなに気に病む必要はないぞ」

「え、あ、うん……」

 

 よしじゃあお疲れ。そんなことを言って会話を打ち切った八幡は、しかし少女が帰る気配を出さないことで眉を顰めた。何だまだ何か用があるのか。そんなことを思いながら、彼は少女の方を向き。

 

「それだけじゃなくて。あたし、お、お見舞いに、来たんだし!」

「見舞い?」

「そう、お見舞い。……あ、迷惑だった、かな?」

 

 気合を入れて宣言した割には、彼の表情を見て少女は眉尻をしゅんと下げた。ここで迷惑だ帰れ、と言える人間はそうそういない。比企谷八幡はその方向に分類される方ではあったが、いかんせん彼は男である。

 眼の前の、黒髪の少女の顔立ちは整っている。美人、というより可愛い系であろう。そんな少女が自分の見舞いに来てくれたともあれば、謝罪という相手が仕方なしにやってきた理由が存在してもほんの少しは鼻の下が伸びても不思議ではない。

 何より彼女の胸がでかいのがいけない。巨乳の美少女はとりあえず見ているだけでも暇潰しになる。半ば無理矢理そんな結論を出した八幡は、そんなことはないとぶっきらぼうに返した。

 そんな打算百パーセントの返答に、少女は顔を輝かせよかったと笑う。何たる眩しさ、と彼が灰になりかけたのも無理はあるまい。

 とはいえ。

 

「……」

「?」

「……いや、流石に初対面の相手に話すこととか、無いっていうか」

 

 眺めていてもいいのならば眺め続けるが、その場合まず間違いなく嫌悪の表情を浮かべ気持ち悪いと吐き捨てられるであろうことは想像に難くない。一人でいるのは慣れているし嫌いではないが、別に好き好んで嫌われたいわけではないのだ。自分から孤高に全力疾走するほど彼は被虐趣味を持ってはいない。

 あ、そうか。と頷いた少女は、それじゃあ学校のことを教えるのはどうかなと笑った。

 

「いや、クラス違うだろ?」

「う、うん。ってそうじゃなくて、ひき、ひき、ひきたに君が」

「『ひきがや』だ。ついでに名前は『はちまん』だからな。『やはた』じゃないぞ」

「いや、流石にそこは間違えないし。っていうか何でやはた?」

「分かった。お前バカだな?」

「酷くない!?」

 

 

 

 

 

 

 三日坊主、という言葉がある。少なくとも彼はこの言葉の正しい意味を理解していてなお大抵のことは三日続ければ飽きると言い切るダメ人間であるが、そのために眼の前の光景をどうにも理解出来なかった。

 

「なあ?」

「ん?」

「何でまだいるの?」

「酷くない!?」

 

 入院生活一週間。比企谷八幡の病室には今日も今日とて巨乳女子高生がお見舞いにやってきていた。字面だけ見ていれば完全に勝ち組であるが、生憎彼は八幡である。彼女の真意がどうにも読めず、思わずそんなことを口にしていた。

 当然のことながら彼女は不満を口にした。唇を尖らせ、そういう言い方って良くないと思うなどと若干説教じみた言葉まで述べる。

 

「いや、だって。普通お礼と謝罪を兼ねたお見舞いって何日もするものじゃないだろ?」

「え? そう?」

「頭のネジ三本ぐらい飛んでるお前に常識を求めた俺がバカだったわ」

「酷くない!?」

 

 はぁ、と溜息を吐いた八幡は、文句をぶうたれる少女を受け流し手元にあったノートを捲る。高校で押さえておきたいポイント、と可愛らしい文字で書かれたそれを眺め、視線を窓の外に向けた。

 

「なあ、由比ヶ浜」

「何?」

「真面目に、何でお前ここまでやってくれてんの?」

「何で、って?」

「別に事故のことはもういいって最初に言ったよな。だからもし、同情とかそういうのでここに来てるなら……そういうのは、やめろ」

「……」

 

 彼女の方は見ていない。どんな表情をするにしろ、きっと楽しいものではないと分かっているからだ。だから彼は窓の外を見たまま話したし、言い終えた後も彼女を見ることなくノートに視線を戻した。

 沈黙。一人でいるのならば気にならないそれが、すぐ横で巨乳女子高生が思い詰めて俯いているかもしれないと考えるだけで物凄くそわそわしてきてしまう。言い過ぎた、と思わなくもなかったが、しかしそれを隠したままヘラヘラと彼女を迎え入れるのも何だか違う気がしたのだ。二度と来なくなるにしろ、罵倒されるにしろ、言っておかなくてはいけないことなのだ。

 

「そういうんじゃ、ない」

「へ?」

 

 ぽつりと呟かれたその言葉。それを耳にした八幡は思わずその方向へと目を向けた。

 彼女が、由比ヶ浜結衣が怒っているような泣いているようなごちゃまぜの表情で彼を睨んでいた。どんな時でも女の涙は最強だ。中学時代の思い出したくもない記憶をきっかけに腐れ縁になった少女が笑いながら言っていたフレーズが頭に浮かぶ。ああちくしょう、本当だよ。そんなことを思いつつ、とりあえずうるさいからどっか行け折本と脳裏に浮かんだ少女を吹き飛ばした。

 

「まあ、その、あれだ。えっと」

「……そんなんじゃないよ。あたしがここに来てるのは、そんなんじゃ」

 

 じゃあどんなのだ、と聞けるほど彼の心臓に毛は生えていないし辛うじて性根も腐っていない。彼に出来ることは気まずそうに視線を逸らすことと、それも違う気がして再度結衣を見ることだけであった。

 俯いて、一向に顔を上げない彼女を見ていると、自分がとても酷いことをしてしまったのではないかという錯覚に陥る。否、錯覚ではない。現実として、完膚なきまでに酷いことをしたのだ。

 ただ、それでも言わずにはおれなかった。そこを聞かずに後々になって落ちるくらいなら、今落ちた方がマシだったのだ。結果はご覧の有様であるが。

 ああもう、と八幡は頭をガリガリと掻く。この状況を作ったのは自分だ、ならば別の状況に作り変えるのも自分であるべきだ。そんな妙な責任感を持って、彼は眼の前の少女の名を呼んだ。

 

「由比ヶ浜」

「……何?」

「俺が悪かった」

「へ?」

 

 比企谷八幡の真骨頂その一、とりあえず長引きそうだったら謝る、である。喧嘩で時間が潰れそうだったならばとりあえずこっちが折れとけばいいや、という妥協の産物だ。欠点はどう考えても自分が悪くない時に使うと物凄くイラつくことだが、今回は該当しないので躊躇いなく発動可能だった。

 

「え、いや。うん、よくよく考えれば比企谷君がそう思うのも当たり前っていうか」

 

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔で八幡を見ていた結衣は、次の瞬間にはわたわたと手を振りながらテンパった表情で何事かを捲し立てていた。そこまで驚くこともないだろうとそんな彼女の動きを眺めていた八幡であったが、ここで重大な事実に気付く。

 結局余計な時間食ってるな、と。

 

「由比ヶ浜」

「な、何?」

「いや、じゃあこれはお互い様ってことで、どうだ?」

「……それで、いいの?」

「いいも何も。俺の方が得するパターンだぞこれ」

 

 そう言って八幡は笑う。比企谷は本気で笑わないとキモいから気を付けなよ。そう言われていたのを忘れていないので、彼は全力でスマイルを放った。

 結果、その比企谷スマイルを見た結衣はそこでようやく笑顔を見せる。どうやらあの時の教訓を活かせたようだ。そんなことを思いながら、八幡はやれやれと肩を竦め。

 

「ぷ、ふふふ。変な顔」

「おいコラ。人の全力スマイルに向かって何たる言い草だ」

「ご、ごめん。でも何かドラマで出てきた次の瞬間やられるチンピラみたいな笑い方だったし」

「訂正、これ間違いなく俺が損してるわ」

 

 楽しそうに笑う結衣と、そんな彼女を納得いかないとジト目で眺める八幡。暫しその光景が続いた後、笑いを収めた彼女は真っ直ぐに彼を見た。そういうんじゃないから、と口にした。

 

「あたしが、会いたいから来てるの」

「……そういうの軽々しく言うのマジやめろ」

「何が?」

「だから……ああそうかこいつ素か。これだからバカは」

「酷くない!? あたしそこまで言われるほどバカじゃないし!」

 

 今日だって授業のノート見せてるじゃん、と結衣は彼の手元にあるノートを指差す。ああこれか、と先程見ていたものとは違う方のノートを手に取った八幡は、ペラペラとそれを捲ると無言で閉じた。

 

「お前、よく総武高校受かったな……」

「同情されてる!? いやちょっとそれは流石に酷くない?」

「いやだって、なぁ」

 

 流石にこの辺は俺でも分かるぞ、とノートを開いてひらひらと掲げた。え、と間の抜けた声を上げた結衣は、そこに書かれている自分の落書きを目にして思わず固まる。

 

 もー全然分かんないし。

 

「俺で良ければ教えるぞ」

「上から目線が超ムカつく! でも勉強は教えてください」

 

 こうして由比ヶ浜結衣は比企谷八幡の病室に明日もやってくることがほぼ確定したのであった。

 

 

 


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