セいしゅんらぶこメさあゔぁント   作:負け狐

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出だしから八幡の出番がない


単色カラリパヤット
その1


「はぁ……」

 

 教室で珍しく溜息を吐いていたのは三浦優美子である。普段と違うその様子に結衣は一体どうしたんだと彼女に話し掛けたが、当の本人は言葉を濁すだけで答えてはくれなかった。

 何か言いたくないことなのかな。そんなことを思い、しかし相談されないのは少し寂しいと考えた結衣であったが、そこで更に問い詰めることはしない。友達なら、親友ならばきっといつかは話してくれる。そんなことを胸に秘め、彼女は待つことにした。

 

「あんさ、ユイ」

「ん?」

 

 そう思った矢先である。優美子はなんでもない風を装いながら、しかしどうにもわざとらしい会話の展開を始めた。横にいた姫菜はすぐに気付いたが、結衣はそれより少し出遅れる。まさか即座に来るとは思わないじゃん、が彼女の言い分だ。

 ついでにいうならば、その会話の起点が起点であったからだ。

 

「ヒキオとはどうやって付き合ったん?」

「はぇ!?」

 

 思わず立ち上がる。次いで、教室を見渡して八幡がいないのを確認して大きく息を吐いた。おまけで他に誰か聞いていないかも確認する。幸いにして、結衣が奇行をしたということしか知られていないようであった。

 

「……あたし、ヒッキーと付き合ってないし」

「そういうのいいから」

「違うし。というか、ちょっと前にやっと友達認定されたばっかだし」

「中々面倒な人に惚れてるんだね、ユイ」

「だから違うし。そういうのじゃないし」

 

 姫菜のからかいにジト目でそう返すと、溜息を吐きながら結衣は優美子に視線を戻した。何でいきなりそんな話をしたのか、それが気になったのでそのまま問い掛ける。

 当然言われてしかるべきで、予想していないはずもないその質問を聞いた優美子は、しかし彼女らしからぬ態度を取った。あからさまに動揺したのだ。

 

「どしたの優美子。何かキャラ違くない?」

「うっさい海老名。……ちょっと、今少しイッパイイッパイだから」

 

 ふうん、と姫菜はなんてことのないように返す。が、その表情は彼女を見透かすようで、ふむふむと頷くと視線を結衣へと動かした。先程の質問にそこまで動揺する、ということはつまり。あまり考えるまでもなく出るその結論に、しかし姫菜は首を傾げた。

 

「ねえ、優美子って彼氏いたことないの?」

「はぁ? んなわけないじゃん」

「中学の頃のピークは三日スパンで彼氏変わってたよね」

 

 涼宮ハルヒかよ、と姫菜は心の中でツッコミを入れる。そうしながら、だったら何故今そんな状態なのかと尋ねた。彼女のその質問は、つまり優美子の悩みと先程の問い掛けの意図を見抜いているということで。

 

「別に、そんなんじゃないし」

「ふぅん……」

「……ムカつく」

「そりゃあ、優美子の友達だからね」

 

 そう言ってケラケラと笑った姫菜は、まあそういうことならば自分は助けにならないと肩を竦めた。中身が中身なので、生憎彼氏いない歴が年齢だ。ついでにいうと興味もそこまでない。

 

「てことはやっぱりユイ頼みかぁ」

「あたしに頼まれても困るんだけど。ていうかいつの間にか姫菜が会話回してない?」

「優美子がグダってるからしょうがないっしょ」

「このヤロー……」

 

 ねえ、と同意を求めるようにこちらを見た姫菜にデコピンを叩き込んだ優美子は、深呼吸でもするかのような溜息を吐き結衣を見た。が、何ともバツの悪そうな顔をし頭を掻くと、視線を逸らしてモゴモゴと口を動かす。何とも彼女らしからぬ動きであった。

 

「あんさ、ユイ……」

 

 それでも覚悟を決めたらしい。優美子は視線を再度結衣に向けると、ゆっくりと彼女に向かって問い掛けた。聞きたいことがある、と述べた。

 

「だ、男子と距離を詰めるには、どうすればいい……?」

「…………は?」

 

 

 

 

 

 

 いかんいかんと結衣は我に返った。あまりにもあまりにもな質問であったので一瞬意識が宇宙に飛んでいたらしい。目を瞬かせながら優美子を見やるが、当然のようにふざけている様子は見当たらない。むしろふざけていて欲しかったと心の中で溜息を吐きながら、彼女はもう一度優美子を見る。

 

「……えっと」

 

 何も言葉が出てこなかった。今までそんなことを考えるまでもなく生きてきたであろう優美子は、当然男子と距離を取っていたわけでもない。先程結衣が言っていたように付き合っていた相手も複数いる。だからこそ、何故今になってその問い掛けをしたのかが理解出来ず、何を言っていいのか分からなくなってしまったのだ。

 

「優美子そういうキャラじゃなくない?」

「分かってるし……」

 

 姫菜の軽口にも反応が薄い。それを見て小さく溜息を吐いた彼女は、少し考える仕草を取った後目で結衣にメッセージを送った。ちょっと先行するね、と。

 

「んじゃちょっとマジ話するけど。好きな人出来たんだよね?」

 

 仏頂面ではあるものの、ほんの少し頬を赤くしながらコクリと頷く。うわアオハルぅ、と先程の自分の発言をぶち壊すような発言をした姫菜は、しかしすぐに表情を戻し優美子を見た。

 

「んでもさ、今まで付き合ってたんでしょ? 同じようにやればよくない?」

「……自分から好きになったことなんか、一回もないし……」

「……はい?」

 

 説明、と姫菜は結衣を見る。はいはい、と頷いた結衣は、一応優美子の許可を取った後口を開いた。

 

「今まで優美子って、告白されて付き合う側だったの」

「うわマジで? え? 全部?」

「うん。だから毎回すぐ別れてた。合わないって結構愚痴られたし」

 

 涼宮ハルヒかよ、と姫菜は二回目の心のツッコミを入れた。しかしそうしながら、成程成程と彼女は頷く。つまり優美子にとっては初めて自分から好きになった相手というわけなのだ。

 暫し考える。優美子を眺め、ほんの少しだけ目を細めた。

 

「ぶっちゃけ告れば相手即OKすんじゃない?」

「うん、あたしもそう思う。優美子キレイだし、スタイルいいし。よっぽどのことがない限り問題なくない?」

「…………」

 

 無言で二人を睨んだ。それで解決するならとっくにしている、と言わんばかりの表情であった。それはつまり、結衣の言うように『よっぽどのこと』があるのだと彼女は思っているということでもあり。

 

「あ、まさか相手ってヒキタニくん?」

「なわけあるか! 何であーしがあんなクソ野郎好きにならなきゃいけないし!」

「クソ野郎て……」

 

 反論しにくいけどそこまでじゃないと思う。そんなことを思いながら優美子を見た結衣であったが、優美子と姫菜があーはいはいみたいな表情で彼女を見詰め返したので頬を膨らませ顔をぷいとそむけた。

 

「んじゃ誰? 親友の彼氏じゃないなら、それこそ何の問題も――」

「隼人」

「――ない、って、え?」

 

 んん? と怪訝な表情を浮かべた姫菜は、一度メガネを外すとレンズを拭いた。クリアになった視界で優美子を見たが、その表情は冗談を言っているようには見えない。つまり聞き間違いでなければ先程出た名前が彼女の好きな相手ということになる。

 

「優美子、今あたしの聞き間違いじゃなきゃ隼人くんって言わなかった?」

「……言った。あーし、隼人のこと、好きになっちゃった……」

「……ユイ」

「……姫菜」

 

 顔を見合わせ、コクリと頷く。

 

『ええええぇ!?』

 

 そして、タイミングをきちんと合わせた二人の驚きの声が思わず教室に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 何だ何だと注目が集まったのを一蹴した三人は、しかし昼休みも終わりに近付いたので続きは放課後だと話を一旦打ち切った。勿論そんな状態で授業に集中出来るはずもない。少なくとも結衣はそうであり、午後の授業は散々であった。思わず八幡が大丈夫かと聞きに来るレベルで悲惨であった。

 そんな状態を通り抜け、放課後人もまばらになった教室で三人は再度集まっていた。ちなみに八幡に何か聞かれないかとビクビクしていた結衣は、全力でスルーされたことにほんの少しだけ不満を持っていた。

 

「まあでも彼女のこと一々聞いてくる彼氏ってそれはそれで嫌だしね」

「だから彼氏じゃないし」

「ああでもそっか。ユイがどうやってヒキタニくんゲットしたかを参考にすればいいのか」

「違うって言ってるじゃん!」

 

 いい加減にしやがれ、と結衣が姫菜を睨み付けたあたりで、じゃあ遊びはこの辺にしとこうと彼女は手をひらひらさせる。周囲を見渡し、聞き耳を立てている人間がいないのを確認すると、優美子に視線を動かした。

 

「んで、優美子の好きな相手ってのが隼人くんなのは確定事項でいいんだよね?」

 

 ん、と優美子が頷く。流石に二回目なので盛大に驚くことはないが、しかしびっくりしないかと言えば答えは否。そもそも二年になってから集まって談笑するメンバーの一人で優美子と共に会話の中心人物が葉山隼人である。

 

「ん? あ、でもよくよく考えるとそう驚くことでもない?」

「いやびっくりだし。優美子、隼人くんみたいなタイプって友達としては好きだけど彼氏とかは無いって昔言ってたから」

「へぇ。どういう風の吹き回し?」

 

 興味津々、という目で優美子を見る姫菜。ここでうるさいと突っぱねるのは簡単だが、相談したのはこちらである。観念したように俯くと、なるべく二人の顔を見ないように彼女はポツポツと話し出した。

 

「あーしもそう思ってたんだけど。ほら、こないだ。ユイがさ、隼人にいきなり何か言い出した時あったじゃん」

「あー、あれね。めっちゃ唐突に『ざまぁ』とか言い出して豆乳吹き掛けた」

「あれはほら、不可抗力とかいうやつみたいな、やむにやまれぬ事情があったというか……」

 

 話が脱線するじゃん、と結衣は強引にいつかの痴態を振り切った。まあそうだ、と頷いた姫菜も、優美子の次の言葉を待つ。

 

「あの時、隼人が普段しないような嫌な顔とか、舌打ちとかしたの覚えてる?」

「あー、とべっちガチ引きしてなかったっけあれ」

「まあでも驚いたよね。隼人くんってこういつも笑顔で、みんなのために行動するって感じだったし」

「そう。だからあーしもそういうとこ好きだったし、友達だと思ってた。……けど、さ。素の自分ってやつなのか知らないけど、やっぱり隼人もああいう風に嫌がったり、あの野郎とか思ったりするんだっていうのを見たら……」

 

 みんなのリーダーのようなただの爽やかなイケメン、から、普通に嫌がったりキレたりする等身大の高校生に見方が変わった。そうして彼を見ていたら、いつのまにか彼のことばかり考えるようになってきて、そして。

 

「うっはぁ、ギャップ萌えに撃ち抜かれたかぁ……」

「意味分かんないし……」

「気になるなら今度ヒキタニくんに聞いてみたら?」

 

 ふっふっふ、と笑いながら姫菜は結衣にそう返すと、少しだけ考え込むように優美子を見た。昼と放課後で突然見た目が変わることはまずありえないので、評価も覆ることはない。この顔、このスタイル、そして案外面倒見がよく仲間思い。普通に考えれば断る理由が見当たらない。

 

「隼人くんの好みが優美子と真反対でもない限り、割といけそうな気がするんだけどなぁ」

「優美子と真反対?」

 

 ううむ、と悩んでいる姫菜の言葉に何か引っかかりを覚えたのか、結衣が首を傾げた。そうそうと返した姫菜は、まあ顔はこの際置いておくよと前置きする。

 

「例えば、優美子って髪染めてるじゃん。隼人くんの好みが黒髪の大和撫子系だったら勝率下がるっしょ」

「あー、そっか」

「後は、スタイルとかも……こう、胸が小さい方が好きだったら駄目だし」

「黒髪のヤマトナデシコであんまり胸が大きくない、とかかぁ」

 

 ふむふむと頷きながらイメージを固めてみる。美人で、黒髪、スタイルは胸が小さいということは細身で華奢なタイプということにしておいて。

 そこまで考えて、ん? と彼女は眉を顰めた。何だか嫌な予感がした。

 

「性格は……んー、そうだなぁ。優美子みたいなサッパリした感じじゃなくて、ちょっと回りくどい感じ、とか」

「ん? んんん?」

 

 何か物凄くそのイメージの該当者の心当たりがあるぞ。そんなことを思い、いやしかし別にそれが彼の好みということではないだろうと頭を振って考えを散らした。結衣のその行動に何やってんだと優美子は苦笑し、姫菜は何か感付いたのかほんの少しだけ目を細める。

 

「まあ、たらればの話してもしょうがないしね。今言ったのに該当して隼人くんと特別仲がいいとかそんな相手がいればちょっと話は変わるけど」

「……あ」

「どしたんユイ」

「え!? ううん! 何でもない! 何もないし!」

「いやどう見ても怪しいし」

 

 色々大丈夫か、と優美子が結衣を心配するように声を掛けたが、しかし当の本人はそれどころではない。とにかくひたすら何でもない何でもないと連呼し、どう考えても何かあることを全力でアピールしてしまった。

 

「ユイ、ホントどうした?」

「だから何でもないって! それより、隼人くんだよ。ほら、隼人くんカッコいいし、他にも狙ってる子いっぱいいるんじゃないかなって」

 

 由比ヶ浜結衣はテンパっている。が、その勢いのまま発した言葉は思いの外重要だったらしい。あ、と二人揃って間抜けな声を上げ、優美子と姫菜は顔を見合わせる。

 

「そういえば、それ確認してなかったなぁ……。そうだよ、もう彼女いるって可能性とか」

「彼女……。そういえば、この間の隼人に伝言した相手って」

「あぁぁぁ!」

 

 逸れたのは一瞬だけであったらしい。優美子がポツリと呟いた言葉は結衣の心配にクリティカルヒットした。もうダメだ終わった、と頭を抱えて机に突っ伏すのを見た二人は、これは本当にヤバイのではないかと焦り始めた。二人はこうなった理由を知らない。だから純粋に心配したのだ。

 

「ユイ、あんたホントに大丈夫?」

「うぅ……雪ノ下さんが、雪ノ下さんが、ゆきのんがぁ……」

「駄目だこいつ早く何とかしないと。ってん? 雪ノ下さん?」

 

 ぶつぶつと怪しい状態のまま人名を呟いているのに気付いた姫菜は、その名前に心当たりがあるかどうか脳内検索をする。程なくして答えは出て、そして先程優美子の呟きをトリガーにしたのかと結論付けた。

 

「あ、ひょっとして。ユイ、雪ノ下さんと隼人くんの仲を勘繰って――」

「あら、私がどうかしたのかしら?」

「うぇ!?」

 

 がばり、と三人が一斉に声の方を向く。もう三人以外いなくなった彼女達の教室の入口、その扉にもたれかかるように雪ノ下雪乃が佇んでいた。

 

「少し聞き覚えのある声が聞こえてきたから、つい足を運んでしまったの。……その様子だと、私はお邪魔のようだけれど」

 

 そう言って、しかし少しだけ口角を上げた雪乃は、言葉とは裏腹に立ち去る様子がない。三人が自分を見て何か思うところがあったのだということを知っているので、すぐには立ち去らない。

 そう、黒髪で、細身で華奢な美人。少し回りくどい性格をしている葉山隼人の知り合いを見て、何かを考えていると分かっているので、雪乃は言葉を待っているのだ。

 

「――もしよければ、奉仕部に相談してみてはどう?」

 

 結衣はそんな彼女を見て、ああきっとヒッキーなら悪魔の笑みとか言うんだろうなと場違いなことを考えた。

 

 


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