ヒッキー:へそまがり
ガハマさん:かわいい
ゆきのん:トリックスター・マンジュシカ
あーしさん:脳筋
屋外で正座させられている男子高校生は非常にシュールである。不幸中の幸いなのはこの空間が学校内であることであろうか。ともあれ、比企谷八幡はさながらお白洲に運ばれた罪人が如くであった。
「無様ね、比企谷くん」
「殴りてぇ……」
ふふ、と優しく微笑む雪乃を見ながら、八幡はそんな言葉を零す。尚、彼の下に敷かれているダンボールは彼女が用意したものだ。今の態度さえ無ければ少しは感謝したのに、という彼の心の声は生憎彼女に届くはずもなし。
ちなみに現在彼の目の前に立っているのは五名。憤懣やるかたない乙女が二人、ゴルゴンが一人、面白がっているのが二人だ。
「信じられないですよ。先輩のデリカシーの無さ」
「うんうん。いろはちゃんの言う通りだよ」
いつの間にか向こう側で八幡を責める側に回っているいろはと、何故か仲良くなっている結衣がそんなことを述べる。どう見ても怒っていますと言わんばかりの表情なのだが、生憎と元が可愛らしいのでそこまで威圧感が湧いてこない。というよりも、横のゴルゴンのプレッシャーが凄すぎて八幡にとってはそよ風の如しである。
「いや、少しは俺の話を聞いてくれ」
「聞いた結果がこれじゃないんですか?」
いろはが彼を見下ろすようにそう返す。確かにそうなので八幡はそこで口を噤んだ。
ちなみに彼の話を聞いた結果がこれ、という経緯であるが。単純に八幡がいろはのことをこう弁明しただけである。
友達ってのは言葉の綾だ。別に俺自身はこいつを友達と思っていないし、むしろ知り合いっていうのも怪しいまである。
「何であれで納得すると思ったの……?」
「いや、その、だな。……ガハマは、俺に友達がいるのが気に入らなかったんだろうな、と」
「その言い方あたしがめっちゃ酷い奴みたいじゃん!」
「いやだってお前あのリアクション絶対そうだっただろ。『とも、だち……?』って絶句されれば普通は」
「そこでわたしを容赦なく切り捨てる辺り先輩は先輩ですよね~」
「ホントだし。ヒッキー人の気持ちもっと考えてよ!」
「何でお前らタッグで俺を罵倒するの!?」
後ろでは姫菜が爆笑している。雪乃もそれを聞いてクスクスと微笑み、優美子ですらゴルゴンモードを解除し顔を逸らした。
ともあれ、今現在出会った瞬間の気まずさは綺麗さっぱり霧散している。比企谷八幡という尊い犠牲をもって、女性陣はわだかまりを無くしたのだ。
「本当に、無様ね、比企谷くん。自分自身を犠牲にしてまで、彼女との仲を修復するなんて」
「何か俺が格好つけたみたいに仕立て上げるな。余計に惨めだろ」
「事実でしょう? でも、私はあなたのそのやり方、嫌いだわ」
「一人で話進めて一人で納得すんな。俺もお前のそういう訳分からん思考回路は嫌いだ」
やれやれ、と雪乃は肩を竦める。ではそういうことにしておきましょうと述べると、視線を八幡からいろはに向けた。随分と話が脱線していたが、こちらの本来の用事は彼女にある。
「一色いろはさん」
「はい?」
「命に未練はないかしら」
「ありまくりですよ!? いきなり何の話ですか!?」
ちらりと優美子を見る。目をパチクリとさせている彼女を見た雪乃は、任せておけとばかりに頷いた。完全に分かっていない。あるいは、分かっていてわざとやっている。
「そうね。その前にまず私の話をしましょう。名前はもう名乗ったけれど、改めて。奉仕部部長、雪ノ下雪乃よ」
「え? 奉仕部?」
「……? ええ。それで、今回は依頼でとある人物の恋を叶えるために邪魔者を排除しようという話になっていたのだけれど」
「いつどのタイミングでそんな話になった!」
後ろから優美子のツッコミが入る。違ったかしら、と振り返り首を傾げる雪乃を見て、彼女はやっぱり相談する相手を間違えていたと溜息を吐いた。
確かに隼人に近付く他の女生徒をどうにかしなければ、というのは思っていたことでもあるし、話し合ってもいた。が、それはあくまで普通の方法、あるいは搦め手でだ。謀略的な意味であり、暴力的な意味ではない。
「じゃあ、今回は一色さんを始末しないのね」
「するかっ! ……海老名、お前その目はなんだし」
「いや、別に? ちょっとつまんないなぁとか思ってないよ」
「一色の前にお前の頭砕くぞ」
コキリ、と指を鳴らす優美子を見て、いろはは軽く引いた。これひょっとして真面目に殺されるのではないだろうか、と一瞬だけ頭をよぎった。やられるのならば勘違いした男か、自分を嫌っている女に命令された男だろうと思っていた彼女にとって、目の前の光景は青天の霹靂である。
「あー、っと。三浦、一色をあまり怖がらせるな」
「あ? 何でヒキオにんなこと言われなきゃいけないし」
「いや、まあ、そうなんだけど……」
「もうちょっと頑張ってくださいよ先輩! わたしの頭砕かれちゃうんですよ!」
ずずい、と正座している八幡にいろはが詰め寄る。そんなこと言われてもあいつ怖いし、と視線を逸らした彼を見て、彼女は不満げに頬を膨らませた。
「ほんと、先輩かっこ悪いですよね」
「俺がカッコ良かったら世界の判断基準が逆転してるぞ」
「そういうとこですよ、まったく……」
ふう、と呆れたように溜息を吐いたいろはは、八幡から優美子へと視線を戻した。とりあえず理由を聞かせてくれませんか。そう言って真っ直ぐに見詰められたことで、彼女も思わず言葉に詰まる。
何故なら、そもそも頭を砕く気など毛頭ないからだ。
「……つか、あんた本当に一色いろは?」
「わたしの偽物を見かけたって話はいまのとこ聞いてませんよ」
「にしては、こう、なんつーか」
ううむ、と優美子が唸る。その様子を怪訝な表情で見るいろはの前に、お悩みのようだねと姫菜がしゃしゃり出てきた。さっき雪ノ下さんはぼかしたけれど、と言いながら優美子を見て、もう隠す必要もないと鼻を鳴らすのを確認し彼女は口を開く。
「本人の許可も出たからぶっちゃけるけど、私達は奉仕部に優美子の恋の応援を頼みに行ったの」
「まあ雪ノ下先輩の言ってた人が三浦先輩なのはもう分かってましたけど……」
「そうそう。それでね、優美子の好きな人ってのが葉山隼人くん」
「でしょうね。じゃなきゃわたしを排除とか言い出さないですし」
何が言いたいんですか、といろはは姫菜を見る。見られた彼女は彼女で、分かってるくせに、と口角を上げた。その表情が気に障ったのか、いろはは少しだけ顔を顰める。
「中途半端に男を取っ替え引っ替えするんなら、別の人んとこ行ったら?」
「あ、言われた」
「そりゃ言うし。つか、何で海老名があーしの代弁してんだって感じだし」
そうして姫菜が口を開く直前、優美子がいろはへそう言い放った。ふん、と鼻を鳴らし、彼女はいろはを睨み付ける。八幡がゴルゴンと称するその睨みを受けたいろはは少しだけ圧され、しかしすぐに持ち直すと目の前の彼女を真っ直ぐに見詰め返した。
「お断りします」
「何で?」
「葉山先輩は割とガチ目に狙ってますから。それに今のとこあの人に匹敵する相手もまあ――」
ちらりと、本当にちらりといろはは視線を逸らした。俺置いてきぼりなんで説明くださいガハマさん、と律儀に正座したまま結衣に頼んでいる八幡を視界に入れた。
「うん、やっぱりいませんし」
そう言って、いろはは笑顔のままゴルゴンと相対した。
「状況が状況じゃなきゃそれは願ったり叶ったりだったんだけどな」
「何が?」
いい加減正座はもういいんじゃないか、と立ち上がった八幡は、痺れた足を揉みながらそう呟いた。結衣はそんな彼の言葉を聞いて首を傾げる。今の説明とその言葉がいまいち結びつかなかったのだ。
「いやな。一色と一緒にいたのがそれなんだ」
「何が?」
「……奉仕部に、葉山と仲良くなるいいアイデアないか相談に行きたかったんだと」
全力で止めたが押し切られた。そう言って溜息を吐いた八幡を結衣はジト目で見やる。やっぱり仲が良い、そんなことを言いながら、彼女は彼へずずいと距離を詰めた。
むに、と彼の体に彼女の突起がほんの少しだけ触れた。
「近い」
「さっき、いろはちゃんともこのくらいじゃなかった?」
「お前と一色だと色々違うんだよ。あいつは俺のこと完全に男として見てないから、俺も割と意識しないで済むというか――」
「……え?」
ば、と思わず下がる。今の言葉を鑑みるに、いろはでは良くて自分が駄目な理由が意識するかしないかであるらしい。何に、と言われれば勿論。
「いや違う。そういう意味じゃない。安心しろ、引くな。勘違いのしようがないってことだ。……というか何でお前なんか意識しないといけないんだこのビッチ」
「言うに事欠いてそれ!?」
思わず顔を真っ赤にして、ほんの少し照れてしまいそうになった直前までの感情を返せ。そんなことを心の中で叫びつつ、しかしそれでよかったのかもしれないと結衣は安堵した。自分でもよく分からない、向こうもきっとよく分かっていない。とりあえずは『友達』という関係なのだから、そんなよく分からない部分を気にする必要などないのだ。
「去年は黒髪だったのに、二年で同クラになったらギャル系に変貌してりゃ誰だってそう思うだろ」
「はぁ? 別にこれはみんなが色々やってたからそのまま付き合いでやってたら何となくしっくりきちゃっただけで、別に実際にそういう系ってわけじゃないし」
「しっくりきちゃう時点で素質あったんだろ」
「酷くない!? 大体あたしまだ処――」
「え?」
ばば、と思わず自分で口を塞いだがもう遅い。眼の前の八幡は非常に気まずそうに顔を逸らしわざとらしい咳払いをしている。そういうとこだぞ、と呟いた八幡に、思わず全力でチョップを叩き込んでいた。
「イチャイチャは終わったかしら」
「イチャイチャとかしてないし! で、ゆきのん、どうしたの?」
「いえ、あっちをどうするのかしら、と」
ほれ、と雪乃が指差す先は、ハブとマングース、ではなく優美子といろはがお互いを睨み牽制している。ジャッジなのか観客なのか、姫菜はそれを見て楽しんでいるようであった。
うわ、とそれを見た結衣は思わず零す。あれに近寄るのは中々骨だ。そんなことを思ったが、しかし行かないわけにもいかない。悶えている八幡を助け起こすと、覚悟を決めたように向こうへ行くべく足を動かした。全力で嫌がる八幡は、雪乃も手伝い押していった。
「話は聞かせてもらったわ」
「そらそうだろうよ……」
八幡の呟きは無視されたまま、雪乃は二人を見やる。優美子はまた碌でもないことをやりに来たなと顔を顰め、いろははまだ彼女の行動を見ていないのでどうしたのだと首を傾げる。
そんな状態の中、雪乃はまずいろはへと声を掛けた。向こうであれに聞いたのだけれど、と八幡を指差し、言葉を紡いだ。
「あなたも奉仕部に依頼に来たそうね」
「へ? あ、はい。葉山先輩との仲を取り持ってもらおうかな、と」
「あん?」
ギロリ、と優美子がいろはを睨む。が、耐性でも出来たのか、彼女は動じることなく受け流した。駄目ですか、と雪乃を見たままそう問い掛け、答えを待つ。
対する雪乃は少しだけ考える素振りを見せた。まあ別に構わない、という結論をだし、いろはに向かってそう述べる。
「ちょっと雪ノ下さん! あーしの依頼はどうなんだし!」
「勿論受けたままよ。私は引き続き、三浦さんと葉山くんとの恋も応援するわ」
「ちょっと何言ってるか分かんないんですけど」
いろはが人間広告塔と同じ名前のお笑い芸人のような言葉を呟く。その後ろでは同じようにうんうんと頷く結衣の姿もあった。姫菜は一人楽しそうに笑っており、八幡はそれとは対照的にげんなりした目で雪乃を見ている。ちなみに、目が腐っているのは通常である。
「奉仕部はあくまで手助けをするだけ。それが叶うかどうかは本人次第。だから、同じ願いを持った人が複数いても、何の問題もないでしょう?」
「それ世間一般で外道っていうんだぞ雪ノ下」
「存在自体が外道の比企谷くんに世間を語られるのは心外ね」
「お前俺嫌い過ぎだろ」
「別に嫌いじゃないわ」
そう言って八幡に微笑んだ雪乃は、まあそんなことはどうでもいいと彼との会話を無かったことにした。いや絶対嫌いだろと目を細めた彼のことなど見ることもなく、視線を再度二人へと戻す。雪乃の行動により諍いを起こしているのが馬鹿らしくなったのか、優美子もいろはも先程までの敵意むき出しの状態から通常時に戻っていた。
「えっと、つまりは。どっちかに肩入れしないってことで、いいんですか?」
「ええそうよ一色さん。だから例えばあなたが三浦さんを出し抜いたとしてもそれを向こうに報告することはないし、その逆もしかり。勿論、聞かれれば答えるけれど」
「あーしの味方でもあり、敵でもあるってことか」
「ええ。それが奉仕部よ。それに、個人的な意見としても、この学校なら葉山くんの隣に立つ相手はあなた達以外にいないでしょうから」
そう言って雪乃は微笑む。何だかうまく丸め込まれている気がしないでもないが、そういうことならば仕方ない。そんなことを思い、二人はそこで矛を収めた。
いいの? と姫菜は優美子に問う。先に相談したのはこっちだから、優遇してもらって然るべきだと思うんだけど。先程までのからかいを消してそう続けた彼女を、しかし優美子はゆっくりと首を横に振ることで返答とした。
「……正直、こいつにこれ以上深く関わると碌なことにならないような気がするし」
「お、おう……」
何だか疲れたような顔で溜息混じりにそう述べる優美子を見て、姫菜は思わず彼女の肩をポンと叩いた。まあ手助け自体はしてくれるのだからありだな、と思うようにした。
ともあれ、これでとりあえずこの場の騒動は一件落着だ。二人の恋路はまだ続くが、少なくとも今日の時点では一段落と言っても過言ではない。そんなことを考えた八幡は、思ったよりも自分の被害が少ないことを安堵しつついろはに声を掛けた。用事終わったんなら帰るぞ、と。
「え? ヒッキー、いろはちゃんと帰るの?」
「え? 先輩、わたしと帰りたいんですか?」
「そういう意味じゃねぇよ。サッカー部の連中にサボりバレるとまずいつってたからさっさと帰れって話だ」
「だったら最初からそう言ってくださいよ。先輩がわたしと帰りたいんじゃないかなって思っちゃったじゃないですか。もしそうだったら先輩が傷付いてストーカーになられても困るんでどうやって断るのが一番いいのか無駄に悩むところでした」
「俺がお前と一緒に帰るとか未来永劫ありえんから安心しろ」
「少しはありえることにしましょうよ」
「何でだよ」
嫌そうに顔を顰めた八幡を見て笑みを浮かべたいろはは、じゃあ今日は帰りますと小さく手を上げた。追っ払うような八幡の手の動きに合わせるように手を振ると、そのまま振り向くことなく彼女は去っていく。
そうして、八幡は一人残された。小さく息を吐くと、じゃあ俺も帰るかと踵を返す。どうせあの四人はまだ何かやっていくだろうと判断し、自分はもう必要ないと思ったのだ。
「あ、じゃあヒッキー、一緒に帰ろ」
「は?」
「駄目?」
「いや駄目っていうかまだお前ら用事あるだろ」
「もう続かないんじゃないかな……」
ほら、と視線を向けると、雪乃も優美子も完全に解散ムードを醸し出している。何やらスマホをふるふるしているので、これからのことを考えてアドレスの交換もしているのだろう。
だとしても、と八幡は彼女を見る。優美子達と行動していたのだから、当然その後の行動も向こうと一緒だろう。そう考え、それを口に出したが、結衣は少し考える素振りを見せた後首を横に振る。
「別に今日はこの後遊ぶ約束もしてないし。だから、駄目?」
「……いや、別に」
苦い顔を浮かべつつも、八幡はそう言って顔を逸らした。思い切り裏の無いそういう質問は、彼にとって最も苦手とするものの一つである。やた、と喜んでいる彼女のその姿も、彼にとって非常に苦手なものの一つである。
それでも、遠ざけないのは。突っぱねたりしないのは。
「俺は自転車だから、途中までだぞ」
「分かってるし。あ、じゃあどうせなら乗せてくれたり」
「嫌に決まってるだろ」
「むぅ……」
八幡にとっても、案外心地いいものなのかもしれない。本人は気付いていないか、気付かないふりをしているか。それは、彼のみぞ知る。
「優美子も上手く行ったら隼人くんとあんな感じでいく?」
「あれはユイとヒキオだから成立するっしょ。あーしは無理」
「……やっぱり今のところは由比ヶ浜さんかしらね」
「でも案外あの一色いろはちゃんもヒキタニくん推してない?」
「それあーしも思った。あいつ二股かよって」
「見た目の割にそういう部分はしっかりしていそうだったから、葉山くん狙いなのは間違いないでしょうけど……微妙なところね」
「あんな二股ビッチにあーしが負けるわけないし」
「私はいっそ隼人くんとヒキタニくんがくっついてもいいんだけどなぁ」
尚、残った三人はそんな二人を見送りながら好き勝手なことを言っていた模様。