その1
「時に八幡」
「あ?」
体育の時間。別段気にせず余り物になった八幡と同じく余り物になっている少年が、ストレッチをしながらそんなことを話していた。少年の巨体を押しながら、八幡は何だ材木座、とやる気なさげに言葉を返す。
「いや、実は少々助力を仰ぎたくてな」
「嫌だ」
「即答!? いや話だけでも聞いてよハチえもーん」
「気色悪い声を出すな。聞きたくねぇんだよ、察しろ」
つい先日も感想が欲しいと限定公開にしている投稿サイトの小説を押し付けてきたばかりだ。八幡と、教室で見ていたために発見された結衣、姫菜、優美子の三人によりボロクソに言われたのは記憶に新しい。修正の結果ついにチラシの裏にて通常公開し、感想を一件ほどもらえるようになったらしいという追加報告も受けていた。
そんなこともあり、八幡にとって彼の、材木座義輝の頼み事は絶対に面倒だと断言出来る事態であった。
「ふ、だが我は話すぞ。この問題は自分一人ではどうにもならないことだからな!」
「威張って言うな」
はぁ、と八幡が溜息を吐く。どのみち授業が終わるまで彼とは一緒に行動するのだ、一方的に話すとしても嫌でも聞こえてくる。耳をふさいで授業を受けるわけにもいかず、そしてそんなことをしては無駄に目立ってしまう。つまりは逃げ道がない、ということだ。
「んで、何だ」
「おお、聞いてくれるか八幡。やはり我のオーラは万人を、は無理だから八幡を魅了してしまうのだな」
「お前三回くらい死んだほうがいいぞ」
「辛辣ぅ! けどそれもお主の優しさだって我は知っているから平気」
「で?」
「うむ。実はな」
時間ないからとっと話せ。そんな視線を受けた義輝は、話せば長くなるのだがという前置きをして言葉を紡いだ。ゲーセン仲間と自身の書いている小説について語っていたらその中の一人に酷評されたのでSNSで複数アカウントを用いて煽って炎上させた結果勝負することになった。そう言って頭を振った。まるで自分が被害者だと言わんばかりに肩を竦めた。
「……そうか、頑張れ」
「助けてよハチえもーん!」
「自業自得じゃねぇか。ボロクソに叩きのめされてくりゃいいだろ」
「そんなことになったら二度と立ち上がれないじゃないか!」
「大丈夫だ。三浦と海老名さんの感想にも耐えたお前なら、きっと」
「いやあの二人案外普通に感想くれたし……」
それはどうでもいい、と義輝は立ち上がる。ストレッチのポジションを交代しながら、問題は今回の勝負だと言い放った。
勿論八幡の答えは先程と変わらない。別に勝負で勝とうが負けようが死ぬわけでもなし。精々自分のやったことを反省するくらいで済むだろう。正直他人事なので彼にとってはその程度の感想しか出てこない。
「だからそれがまずいのだ。何とかして勝負をなかったことにするか、あるいは我の『
「お前の得意ジャンルゲームだろ。そこで勝てないなら勝ち目ねぇよ」
「ぐっ……。くそう、これだから人生エンジョイ勢は……!」
「人を勝手に謎のカテゴリに入れるな」
「女子とキャッキャウフフしてる時点でリア充の仲間入りだ。この八幡!」
「人の名前を罵倒の用語にするな」
はぁ、と溜息を吐いた八幡は、これ以上聞いていても無駄だと判断し残り全てを聞き流すことに決めた。見捨てないで八幡、と別れを切り出された彼氏彼女のようなことを言ってきたので徹底的に無視をした。
「……」
「……」
そして授業が終わり、義輝とは別クラスのために別れる。そのまま昼休みまで平和に過ごした八幡は、既に彼のことなど完全に記憶から追い出して昼飯のために購買へと足を進めていた。
そうした結果、ドラクエのように後ろをついてくる材木座義輝の出来上がりである。後ろを振り向くと負けな気がしたので、八幡は決して彼を見ようとはしなかった。
とはいえ、このまま教室に戻ると場合によっては自爆特攻により八幡にもダメージを与えてくる可能性がある。溜息を一つ吐くと、彼はそのまま購買近くのテニスコートの見える自称ベストプレイスまで移動を始めた。勿論義輝はついてくる。
「おい材木座」
「何だ八幡」
「ちょっと溶鉱炉にでも飛び込んでくれ」
「アイル・ビー・バックしろと!?」
「いや、そのまま戻ってくんな」
パンの袋を開け、齧り付きながら八幡はそんなことを述べる。ふんすふんすと鼻息を荒くした義輝は、そんな彼の横に座り同じように昼食を始めた。去らない、ということは当然体育の時間の話の続きをする気なのだろう。それが分かっているからこそ、八幡も何も言うことはなかった。勿論何か言ってきても聞かない方向である。
「いいじゃないか助けてよハチえもーん!」
「うぜぇ……」
「いやちょっと心底嫌そうに吐き捨てると我もちょっと心に来るんで」
「俺に言われてもどうにも出来んことを延々と言われればこうなるっつの」
そもそもの発端が自業自得である。八幡としても控えめに言っているだけで、抑えなければうるせえ死ねの一言を発してもおかしくない。ちなみに既に発しているので控えめなどという状態は存在していなかった。
それは義輝も分かっている。が、それでも彼は八幡に縋るしかない。何故なら彼にとって八幡とは。
「友達だろ?」
「違うぞ」
「拒絶!? もぅマジ無理……リスカしょ」
どこからか取り出した日本刀のペーパーナイフを鞘から抜き放つと、彼はゆっくりと手首、ではなく腹に押し当てる。言葉とは裏腹にポーズは切腹であった。勿論切れるはずもない。
当然ながらはいはいと流した八幡は、食べ終わったパンの袋をくしゃりと潰すとMAXコーヒーに手を伸ばした。付き合ってられんと呟いた。
「はい」
「ん。……ん?」
手渡されたそれを開封し一口二口。そうした後、隣に誰かがいることにようやく気が付いた。弾かれるようにそちらを向くと、どこか楽しそうにこちらを見ている結衣の姿が。
「何やってんのガハマ」
「ヒッキーが何か面白そうなことやってたから、見に来たんだけど」
ちらりと義輝を見る。突如現れた見た目ギャルにビクリと肩を震わせ、以前感想をくれた三人娘の一人だということを確認するとほんの僅かにだが警戒を解いた。
「また中二に頼まれごと?」
「別に頼まれてもいないがな」
「頼んだよ!? 超頼んだよ!?」
「って言ってるけど」
「その願いは俺の力を超えている」
「頑張ってよ神龍!」
義輝の言葉を無視し、そういうわけだと八幡は結衣に述べた。何がそういうわけなのかさっぱり分からない彼女はこてんと首を傾げ、まあとりあえず出来ないのだということだけを理解した。
でも、そんなに難しいことなのだろうか。そう思った結衣はそれを口にする。あ、バカ、という八幡の言葉に被せるように、義輝はよくぞ聞いてくれたと勢いよく立ち上がった。ちなみに視線は彼女に向けていない。
そうして彼が語った事の経緯と願いを聞いた結衣は、目をパチクリとさせて口をぽかんとあけていた。見ようによってはエロいな、という八幡の感想は脇に置き、分かったかと問われ彼女はコクリと頷く。
「無理じゃん」
「だろ?」
「見捨てられた!?」
「だって中二の勝てそうなのがゲームで、でも向こうの方が強いんでしょ? どうしようもなくない?」
「ああ、そうだ。ガハマですら分かるシンプルな答えだ」
「酷くない!? それ絶対あたし馬鹿にしてるよね!?」
うがぁ、と叫ぶ結衣を尻目に、そういうわけだから諦めろと八幡は義輝に言い放った。ダブルでダメ出しされたことで、彼もようやく一旦引き下がる。が、ここで諦められるのならば最初から義輝は相談などしていない。やはりここは最後の手段しか無いか、となどと呟きながら食べ終えたコンビニおにぎりのゴミを片付けている。
そうしてそれらをゴミ箱にぶちこむと、彼は真っ直ぐに八幡を見た。結衣とは目を合わせられないので傍から見ていると無視しているように見えなくもない。
「八幡」
「嫌だ」
「まだ何も言ってないのだが……」
「碌でもないことなのは分かってるからな」
「こうなれば、敵の母艦を直接叩くっ!」
「一人で罪を償ってろよキンケドゥ」
「一人ぼっちは寂しいじゃないか!」
「うるせぇ」
母艦? きんけどぅ? と首を傾げている結衣に、八幡は気にするなと言い放った。意味のないやり取りだから気にするだけ損だと続けた。むしろこいつの存在そのものを気にするのが人生の損失だと結論付けた。
「待て、待って、待ってくださいお願いします」
「よし教室戻るか」
「いやヒッキー。流石に捨てられた子犬みたいな中二をほっとくのも……」
「材木座がアイフル犬みたいなことしてもキモいだけだろ」
「うん」
「分かってましたけどぉ! それでももう少しお慈悲を! お慈悲をぉぉぉ!」
このままだと人が来ようが気にすることなく、みっともなく泣きわめいて縋り付くぞ。そんな謎の脅迫じみた言葉を述べながら義輝は八幡を見る。さあどすると言わんばかりに、全力で、目を見開いて彼を見る。
もう既に割と実行しかけているので、これ以上となると一体どうなるのだろうか。そんなことが頭をよぎった八幡は、ちらりと結衣を見た。自分だけならばともかく、彼女を巻き込むのは流石にまずい。嘲笑の対象にされかねない原因をこんなしょうもないことで作るわけにはいかない。
「材木座」
「ん?」
「話は聞いてやる。だからもう叫ぶな、な?」
「お、おう……。八幡目が怖い」
「さっきまでの行動思い出せば理由はすぐ分かるだろ」
すいませんでした、と素に戻って謝る義輝を見て、八幡は面倒くさいと溜息を吐いた。結局こうなるんじゃないか、と項垂れた。
放課後の特別棟二階。その廊下を三人は歩いていた。八幡と義輝、そして何故かついてきた結衣である。
「ガハマ、お前何で来てんの?」
「え? ついてきちゃマズかった?」
「いやお前がマズいんじゃないかと。だって材木座だぞ」
「おうふ、我の存在そのものが酷い扱いに」
地味にダメージを受けている義輝を余所に、結衣はあははと笑った。別にそんなことは気にしないと言ってのけた。
「あたし、そういうの気にしないようにしたし」
「本当にいいのか? 三浦とかとつるみ辛くなったりとか」
「優美子はああ見えてそういうの寛容だよ。ていうか、その、姫菜がどっちかっていうと中二と同じタイプと言うか……」
教室で堂々とBLカップリングを叫んでいた少女を思い出す。成程、確かにあれはあれで中々に酷い。社交性があるのが大きな違いではあるが、それを抜きにすれば結衣が耐性を持っていても不思議ではない。そういうことなら、と八幡は渋々ながらも頷いた。
そんな彼を見ながら、結衣はそれに、と笑みを浮かべる。友達の手伝いはしてあげたいし、と八幡の目を真っ直ぐに見てそう続けた。
「え? 俺?」
「他に誰がいるし」
「いや、まあ、そうなんだが……」
そう真っ直ぐに宣言されると少し恥ずかしい。そんなことを思いながら、しかし決して口にはせず。八幡は視線を逸らして頬を掻いた。
尚、逸らした視線の先には材木座義輝がシラけた目で彼を見ているという光景が広がっている。
「リア充爆発しろ」
「人を勝手にカテゴライズするな。俺達が必要ないなら帰るぞ」
「あ、待って嘘です嘘です」
「ぷっ」
「おい何笑ってんだガハマ」
「昼も思ったけど、仲良いなって。男同士の友達ってやっぱ違うね」
「まあ確かに? 我と八幡は同士だから? 相棒だし?」
突如のその会話に若干乗り切れない義輝であったが、しかしそこは全力で肯定する。胸を張り、どこか誇らしげに宣言しながらバンバンと八幡の肩を叩いた。勿論八幡はそれをはねのけた。
「てかガハマ。お前俺に友達がいてもいいのか?」
「どういう意味だし。何でヒッキーあたしをちょくちょく酷い奴扱いにするわけ?」
「一色の時を思い出せ」
「あれは、女の子の友達っていうのに驚いただけで……」
それに、いろはちゃんと距離近かったし。という言葉は蚊の鳴くような声であったために誰にも聞こえなかった。ともあれ、八幡は結局同じようなものだろうと肩を竦め視線を彼女から義輝に向ける。
「そもそも、俺はこいつと友達になった覚えはない」
「拒絶!? あ、これ今日二回目だ」
「精々良くて知り合いだ。水嶋ヒロも言っていただろ、友情とは、心の友が青くさいと書くってな」
「何一つ関係なくてワロタ……ワロタ。――否! お主と我は友情を超えた宿命で繋がった同士! 相棒に他ならぬ!」
「なった覚えもないし繋がってもいねえよ。現実見ろ剣豪将軍」
「やっぱり友達じゃん」
ほんと捻くれてるよね、と笑う結衣を見た八幡は思わず顔を逸らした。いいから行くぞ、と何かを誤魔化すように一人ずんずんと足を動かす。
そんなことをやっていたので、二人がついてこないことに気付くのが少し遅れた。振り返ると離れた場所、準備室程度の大きさの教室の入り口で立ち止まっているのが見える。どうやら目的地はそこだったらしい。
「おかえり」
「……おう」
結衣の言葉に八幡はそっぽを向く事で返答とした。そうして見えた先には、ドアにこの教室が何の部活かを示す張り紙がされている。
『遊戯部』。それが八幡達の向かっていた場所であり、義輝の勝負の相手がいる場所。
「よし、では行くぞ八幡」
「俺達は付き添いだぞ。行くのはあくまでお前だからな」
「またまた、そんなこと言っちゃって。相棒、共に行こうぞ」
「……」
がらり、と八幡は無言でドアを開けた。結衣とアイコンタクトを交わすと、素早く義輝の背中に周りその背中を突き飛ばす。
「お、おぉぉぉぉ!?」
ずしゃぁ、と効果音が聞こえてくるほどの見事さで、義輝は遊戯部の部室へとヘッドスライディングをしていった。幸いなのは射線上に何も存在していなかったことであろう。部室へのダメージは最小限に抑えられたようである。
「先制攻撃は成功だな」
「……ついノリでやっちゃったけど、これ大丈夫なやつ?」
倒れたままピクリとも動かない義輝を見ながら、二人はそんなことを口にした。