セいしゅんらぶこメさあゔぁント   作:負け狐

19 / 59
何かこのいろはす八幡混ざってない?


その2

『なあ、これどういう状況?』

 

 ハモった。比企谷八幡と葉山隼人が全く同じ言葉を全く同じタイミングで口にした。思わず顔を見合わせ、どちらも何とも言えない表情を浮かべる。

 眼の前では至極当然と言わんばかりに二人を眺める雪乃がいた。二人とてこれが彼女の作り出したものだということは分かっている。分かっている上で疑問を口に出したのだ。

 時間は昼休み、場所はテニスコート。

 

「ゆきのん……これ、どういう集まり?」

 

 同じく状況が全く飲み込めていない結衣はそう雪乃に尋ねる。二人から彼女へ視線を向けた雪乃は、別に難しいことではないわと微笑んだ。

 

「戸塚くんの依頼に関係することよ」

「うん、それは分かる。分かるんだけど」

 

 ちらりと視線を動かす。このテニスコートにいる面々は、八幡と隼人、雪乃と結衣、依頼人である彩加。

 そして。

 

「なんですか三浦先輩、わたしの顔に何かついてます?」

「クソビッチの濃ゆい化粧がたっぷりと」

「ナチュラルメイクですよ。どこぞの女王様とか呼ばれて調子に乗ってる人と違って」

「あ? 誰が女王だし。……てかあーしそんな呼ばれ方してんの?」

「一年の間では割と。知らなかったんですか?」

「知らんし、そんなん。……女王かぁ……うわぁ、何でだし」

「見た目のせいじゃないですか? おかげでわたしも遊んでるだのクソビッチだの酷い言われようですから」

「それは間違ってなくない?」

「心外です。これでも割と心は乙女なんですよ」

「はん。二股かけようとしてるくせに」

「はぁ? ちょっとやめてくださいよそういうの。葉山先輩が信じたらどうするんですか」

「ヒキオはいいわけ?」

「先輩はどうでもいいです。信じても信じなくてもあの人態度変わりませんし」

 

 というかさっきから言葉短くないですか。そう言いながらいろははジロリと優美子を見た。対する優美子はふんと鼻を鳴らすと彼女を睨み返す。お前の相手なんぞしてられん、とその表情が述べていて、睨まれた本人も周囲の面々もそれを感じ取り各々のリアクションを取った。

 結衣が何かを言おうとしていたが、二人も雪乃へと歩いてきたことで彼女の言葉が飲み込まれる。代わりにどうしたの、と二人に述べると、優美子もいろはもどうしたもこうしたもないと彼女に返した。

 

「これ本当にあーしとこいつの依頼を進めるためなん?」

「それはわたしも思いました。何か良いように使われてる気がプンプンします」

 

 二人の言葉を聞き、結衣はああなるほどと合点がいったように手を叩いた。自分の疑問は図らずとも氷解した。どうやら優美子もいろはも雪乃に隼人を餌にされて釣られたらしい。

 うんうんと納得したように頷いている結衣を見て色々察したらしい二人は、つまりそういうことなのだと視線を雪乃へ向けた。平然と立っている彼女へ向けた。

 

「さて、では始めましょうか」

「何をだ」

 

 ゴルゴンの眼光が雪乃を襲う。が、彼女はそれを受けても石化も即死もしなかった。そんなに睨まれたら震え上がってしまうわ、と軽口まで叩いてみせた。優美子もそんなことは承知の上なのか、そこからさらに一歩前に踏み出し胸ぐらを掴む寸前まで距離を詰める。行動に移さなかったのは、隼人が見ていることを雪乃に諭されたからだ。

 

「三浦さん、私は葉山くんにテニス部の練習を手伝ってくれるよう頼んだわ。とはいえ、彼一人では大変でしょう? もう一人彼を支えてくれる人がいてくれると心強いのだけれど」

「……そういうことか。んじゃあーしが隼人手伝う」

 

 雪乃の笑みを見て、優美子も鼻を鳴らしながらそう返す。こちとらテニスならば得意分野だ。そんなことを思いながら、向こうで八幡や彩加と話している隼人を見やる。普段と違う一面を見せて、少し意識してもらう。彼女の出した結論はこれであった。

 

「わたしが手伝いますよ。元々葉山先輩とはサッカー部のエースとマネージャーの関係ですし」

 

 勿論その結論に容易に辿り着かせる気がない人物がここに一人。雪乃と優美子の間に割って入るように近付いたいろはは、二人を、特に優美子を見ながらそんなことを述べた。一年である自分が一緒にいられる時間は部活中のみ。ならばここで共通の時間を少しでも増やすことによって自分をもっと深く知ってもらう。彼女の出した結論はこれである。

 勿論双方ともに譲る気はない。むしろ排除したいくらい、否、なんとしても排除しなければならない。

 

「そういうわけですので。三浦先輩は帰っていいですよ」

「あんたみたいなのが隼人の手伝いとか出来るわけ? 言っとくけど、あーしはちゃんとテニスやれるから」

「わたしだってやりますよ。こう見えてもそこそこ運動出来るんですからね」

 

 バチバチと火花が飛ぶ。うわ、と結衣が思わず後ずさりしている中、雪乃はこれが見たかったとばかりに笑みを浮かべていた。傍からだとそう見えるというだけで、本人は二人が自分から真っ直ぐに目標へ向かって進もうとしているのだと感じ取れて喜んでいるだけである。

 何も間違っていなかった。

 

「口だけって超ダサいんだけど」

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」

 

 ふふふ、あはは。美人と可愛いがとても魅力的な笑みを浮かべている光景のはずなのに、そこの空気はとてつもなく悪い。何かの拍子にこの空気が破裂し、血みどろの闘いが始まってもおかしくないくらいには。

 ふん、と優美子が鼻を鳴らした。そこまでいうなら、見せてもらおうか。そんなことを言いながら、彼女は顎でテニスコートを指す。いろはもその意図に気付き、分かりましたと笑みを浮かべた。

 

「なら、せっかくなのでダブルスにしましょう。本人の実力と、パートナーを活かす力。葉山くんの隣に立つための要素を両方判断出来るわ」

 

 横合いから声。雪乃がどうかしら、と二人に提案し、優美子もいろはも分かったとばかりに頷いた。

 となると必要なのはパートナーである。ある意味当事者ともいえる隼人と彩加は選べない。となると何やら面白そうなことをやっていると集まってきている野次馬か、あるいはこの場にいる知り合いのどちらかにしなければならないのだが。その選択肢となれば当然選ぶのは後者だ。迷うこともない、と優美子は雪乃、結衣、八幡を順に眺め結衣の手を取った。

 

「ちょ、優美子!?」

「あ、ダメだった?」

「いやそうじゃなくて。あたしで大丈夫?」

「何でだし。こん中ならあーしのパートナーはユイ一択じゃん」

「そ、そか……。よーし、頑張る!」

 

 おー、と拳を振り上げる結衣を見ながら、優美子はどこか優しい笑みを浮かべた。頼りにしてる、と呟くと、練習用に置いてあったラケットを取りに歩みを進める。

 そんな女子の麗しい友情を眺めていたいろはは、これは負けてられませんねと自身のパートナーを見上げた。

 

「いや、何でだよ」

「だってもう選択肢先輩しかないじゃないですか」

「何でだよ! その辺の野次馬に媚売って捕まえてこいよ」

「わたしがそんなことするような人間に見えます? 自分から男を捕まえに行くような軽い女だと思います?」

「見える。思う」

「はぁ、やっぱり先輩は実際の目だけでなく人を見る目も腐ってるんですねもう少し新鮮さを増してください期待してます」

「いやだからお前……へ?」

「期待してます」

「二回言うな、聞こえてたっつの」

 

 くすりと微笑むいろはを見て、八幡は思わず顔を逸らす。ほんの少しだけ照れくさくなったが、しかしよくよく考えると罵倒の延長線上であったことに気付きすぐさま視線を元に戻した。では行きましょう、と既に確定事項として話を進めているいろはが視界に映り、何だか無性に苛ついた。

 

「ところで先輩、テニス上手ですか?」

「そこ確認せずに俺を選んだのかよ。下手だよド下手。だからとっととパートナー解消しろ」

「じゃあ、よろしくお願いしますね」

「聞けよ」

「聞きましたよ。意外と戦力になりそうだって」

 

 違いましたか? と笑みを浮かべる彼女から視線を外した。出会った時からそうだが、どうにも八幡は彼女のペースに巻き込まれる。無理矢理振り解きたいが、上手い具合に躱される。

 決して自分からそういう方向に進んでいるわけではない、と言い聞かせ、しかし彼は諦めたようにラケットを取りに歩みを進めた。これ以上ゴネても話が進まず、結末がただただ伸びるだけ。そう判断したのだ。

 

「……まあ、向こうは女子二人、こっちは男女混合だ。戦力的にはこっちが有利だろ」

「ですよね。雪ノ下先輩と迷ったんですけど腐っても男子の先輩の方がほんのちょっとだけ有利ですよね」

「……一色、お前のそういう腹黒いところ俺は割と好きだが他の男は引くと思うぞ」

「え? 何いきなり好きとか言い出してるんですかそういうのはもう少しムードと時間と顔と懐とその他諸々と相談してから言ってくださいごめんなさい」

「訂正、お前やっぱクソ野郎だわ」

 

 はぁ、と溜息を吐いた八幡は、テニスコート内でやる気満々な結衣を見ながらガリガリと頭を掻いた。

 

 

 

 

 

 

 テニスコートに立つ男女四名。姿こそ体操着だが、元が素晴らしいおかげでそこには確かな華があった。男子一名を除いてである。当たり前の話だ。

 

「なあ一色」

「なんですか?」

「さっき俺に聞いたんだから、お前はちゃんとテニス出来るんだろうな」

「……当たり前じゃないですか」

「今の間は何だ」

 

 ジト目でいろはを見る八幡であったが、彼女はそれを見ないことにしてサーブの位置まで歩いていく。これ大丈夫じゃないな、と彼は確信を持ったが、しかしそれ自体は織り込み済みなので別段動揺することはない。

 そもそもこの勝負、八幡にとっては至極どうでもいいことなのだ。いろはが勝とうが優美子が勝とうが彼自身には何の影響もない。精々これからの練習で隼人のパートナーと外野が決まるだけだ。だから必死になって勝利をもぎ取ろうなどという気持ちはこれっぽっちも湧いてこない。

 が、目の前の結衣が真剣に勝負しようと構えているのが見えるので、ダラダラやっていたらきっと文句を言われるのだろう。そんな光景が容易に想像出来た。

 

「いきます!」

 

 不安ではあったが、八幡の予想よりも遥かにいろはのテニスの腕はマシであった。普通であった。放たれたサーブはきちんとコートに入り、結衣がそれを気合だけは物凄い勢いで打ち返す。そしてそれをいろはが普通に打ち返した。

 

「ま、こんなもんか」

 

 結衣のテニスの腕は八幡の予想通りだ。ぶっちゃけ上手くない。普通のいろはの方が優勢になるレベルである。となればある程度動ける自分が加勢すれば勝負の天秤は簡単に傾く。

 あ、といろはの声が上がる。彼女の打ち返せない位置へとボールが跳ねたのだ。足に力を込め、八幡は一気にそこへ追いつく。こう見えてそこそこ運動は出来るんだよ。そんなことを一人呟きながら、彼はその球を逆サイドへ打ち返した。

 

「うぇ!?」

 

 てててて、と走っていた結衣は全然違う方向へ打ち返されたことで思わず動きが止まる。ぐりん、と首を動かすが、その時は既にテニスコートにボールが突き刺さっているところであった。

 笛が鳴る。ポイントを取られたのだと理解した結衣は、優美子に振り返りごめんと頭を下げた。せっかく頼ってくれたのに役に立ててない、と項垂れた。

 

「何言ってんだし」

「へ?」

「ユイ、めっちゃ頑張ってたじゃん。あーしちょっと驚いてフォロー忘れちゃった。だから今のはあーしが悪い」

「優美子……」

「てわけで。ユイ、次も期待してるから」

「うん!」

 

 おい何か向こう友情深めてるぞ、と八幡はいろはに視線を向ける。同じようにそれを見ていたらしい彼女は、何かを考え込むような仕草を取っていた。ほどなくして結論を出したのか、うんうんと頷きながら可愛らしい笑みを見せる。

 

「先輩、由比ヶ浜先輩を集中的に狙いましょう」

「お前ほんと最低だな」

「先輩に言われるとそこはかとなくムカつきますね」

「何でだよ」

「言わなきゃ分かりません?」

 

 こてん、と首を傾げながらそう問われ、八幡は顔を顰めながら視線を逸らす。その発想は自分も持っていた。だから確かに非難される覚えはないという彼女の言葉はその通りなのだろう。

 はぁ、と相手コートを見る。結衣は変わらずやる気十分、そして優美子は。

 

「……おい一色」

「何ですか?」

「次サーブ受けるの三浦だよな?」

「当たり前じゃないですか」

 

 何言ってんだこいつという目で八幡を見たいろはであったが、しかし彼が思いの外真剣な顔をしていたので表情を元に戻した。何か気になることでもあったのかと尋ねると、気になるというわけではないがとどことなく濁した返事が来る。

 

「何か嫌な予感がする」

「普通なら笑って流すところですけど、先輩が言うと謎の説得力がありますね」

 

 どちらにせよ、今の自分のやれることはサーブを打つことのみ。警戒しつつも、いろはは先程と同じようにラケットを振るう。失敗することなく、ボールは相手コートへと飛んでいった。

 ワンバウンド。それに合わせるように動いていた優美子は、手にしたラケットを思い切り振り抜く。

 

「へ?」

「な――」

 

 猛烈な勢いの返球が八幡達のコートに叩き込まれた。先程までの音とは違う、テニスの中継で拾うような音がコートに鳴り響く。見事なほどの、完全なるリターンエースであった。八幡は一応目で追えたが、いろはに至ってはボールの行方がまるで分からないといった表情をしている。

 

「一色、あーし言ったよね」

 

 自分はテニスが出来る、と。そう言ってラケットを突き付けた優美子は、いろはに向かって笑顔を見せた。その笑みはさながら獄炎。燃え盛るような獰猛さを持った、ゴルゴンの笑顔である。

 

「いや、出来るってレベルじゃねぇだろ……」

「そりゃそうだよヒッキー。優美子って中学の頃女テニの県選抜だったし」

「勝てるわけねぇだろアホか!」

 

 親友を自慢気に話す結衣に向かい、八幡は全力で叫んだ。彼のやる気は急降下、一気にマイナスまで落ち込んだのは言うまでもない。

 

 


 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。